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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ● 「馬鹿め」 漆黒の狐面の内側から泥の煮立ったような声がもれた。風魔弾正である。 場所は弾正屋敷の座敷。弾正の前には三人の男女が座していた。 百済朱膳、黄母衣法印、犬飼小春。卍衆であった。 「柳生有希ごときを討つに、二度もしくじるとは……。うぬら、それでも卍衆か」 「面目ない」 法印が苦く笑った。そして痛む腹をおさえた。開拓者によってつけられたものである。さすがに此度ばかりは危なかった。 「が、次は必ず」 「もう、よい」 弾正が冷たくいい放った。 「もはやうぬらの手はかりぬ。慕容王を斃す前に、まずは柳生有希をこの弾正自らが血祭りにあげてくれる」 いい捨てると弾正は立ち上がった。それを見送ったあと、ゆらりと朱膳が立ち上がった。法印が顔を上げる。 「朱膳、おぬし、どこへ?」 「知れたこと」 ちらりと朱膳が法印を一瞥した。 「柳生有希を始末する」 「しかし弾正は」 小春がいいかけると、朱膳がぎりりと歯を軋らせた。 「俺達卍衆は弾正の配下ではない。俺は俺の好きにやる」 朱膳が失った片腕をちらりと見やった。 「この腕の恨み、晴らさいでおくものかよ」 「わしも同じじゃ」 法印また立ち上がった。 「弾正のことは知らぬ。その思惑も。わしは、わしの名にかけて必ずや柳生有希を殺る」 「ふーん」 ややあって小春もまた立ち上がった。 「何だか面白そう。わたしもついていっちゃお」 ● 闇の道を独り疾る者がいた。柳生有紀その人である。 その脳裏をよぎるものは何であったか。そして、その胸を吹きすぎていくものは。 一瞬、有希の瞳がきらりと光った。たった一瞬だけ――。 それは眸に溢れた涙に見えた。 |
■参加者一覧
崔(ia0015)
24歳・男・泰
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
海月弥生(ia5351)
27歳・女・弓
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
フィン・ファルスト(ib0979)
19歳・女・騎
桂杏(ib4111)
21歳・女・シ
雪刃(ib5814)
20歳・女・サ
ジャン=バティスト(ic0356)
34歳・男・巫 |
■リプレイ本文 ● 夜の底を疾る者があった。 冷然たる美貌。その瞳には氷の光。柳生有希(iz0259)である。と―― 有希はぴたりと足をとめた。前方に屋敷がある。 風魔屋敷。風魔弾正の住まいであった。 走り寄ろうとし、突如有希は振り向いた。気配をとらえたのである。 「さすがは柳生様」 くすりと笑って月光に顔をうかびあがらせたのは十七歳ほどの少女であった。慇懃無礼というのか、何を考えているのかわからぬ不気味さをもっている。秋桜(ia2482)という名の開拓者であった。 「お前達か」 有希がわずかに殺気を解いた。 「何の用だ? お前達に用はないぞ」 「きみになくても、私達にはあるんだ。ここまで来たら、もう私達の因縁とも言えそうだしね」 獣耳をぴんと立てた、凛然たる娘がいった。銀狼の神威人。雪刃(ib5814)である。 「そういうことね」 優しげな顔立ちの娘が肯いた。それだけの動作で煌く金髪がさらりと、大きな胸がぷるんと揺れる。これは名を海月弥生(ia5351)といった。 「有希さんの思う通りにすれば良いわよ。あたしとしては浪士組の一員として貴女を無事連れて帰るのが望みだしね。……それに口を滑らした子には怒らないと拙いでしょ?」 ふふ、と弥生は微笑った。 「しかし、まあ」 苦笑して、その飄々とした若者は有希を、そして開拓者達を見回した。 「よくここまで来れたものだよ。色々あったなぁ…毎回毒を貰ってよく生きてたな、俺」 「慧介」 気遣わしげに雪刃が若者――九法慧介(ia2194)を見た。これは周知の事実でもあるのだが、彼女と慧介は恋人同士であった。 「有希さん」 二十歳ほどの娘が口を開いた。どこといって特徴のない顔立ち。が、何故か一目見ただけで忘れることのできぬところがある。 娘――桂杏(ib4111)はしっかりした声音で、 「そろそろ教えてくれても良いのではないですか。この屋敷のあるじに、どういった御用があるのでしょう?」 「どうしても確かめねばならぬことがあるのだ。かつて風魔弾正配下のシノビとして」 「風魔弾正の配下……」 桂杏は言葉を失った。風魔弾正と柳生有希。何らかの因縁はあると思っていたが――。 すると貴族的な顔立ちの男が素早く指刀が空に呪文を描いた。一瞬、有希の身体が光に包まれたようである。 「有希。あなたに加護結界を施した」 男はいった。名はジャン・バティスト(ic0356)。巫女である。ジャンは有希の手をとると、 「シノビの掟は分からない。しかし決着を付けねばならぬ因縁があるのだろう。ならば、ゆけばいい。だが、約束してほしい。必ず生きて帰ると」 「約束はできぬ」 しかし有希は首を振った。 相手は風魔弾正。最強の卍衆だ。生きて帰ることのできる可能性は万に一つもなかった。 「が、これだけは約束しよう。この柳生有希、恥ずべき生き様だけは晒すまい、と」 「気に入ったぜ、柳生よ」 ニッと笑ってみせたのは、茫洋とした掴みどころのない若者であった。名は崔(ia0015)という。 「柳生の心意気を見届けたいのは山々だが…そうも言ってらんね。これ以上連中に水差させるのもナンだ、横槍止める奴も必要だろ? 無事に戻って、顛末は柳生自身の口から聞かせてくれや」 「わかった」 有希は背を返した。その背を見つめ、ぼそりと崔が呟いた。 「ま、ここから歓迎…ってのも先ず無かろ。すんなり入れるのは柳生だけだろうが、それも罠と疑って良さげだな」 「ともかく敵の姿は見えないようね」 弥生がいった。その瞳にういているのはバダドサイトの呪紋である。この時、彼女は猛禽類並みの視力をもっていた。 その時、有希が跳び退った。苦無を手に、じろり秋桜を睨みつける。有希の衣服の端に針が突き刺さっていた。 「何の真似だ」 「心配でございまして」 平然と秋桜がこたえた。 「その針から滴る血をたどれば、柳生様がどこに連れて行かれようと発見することはできるわけでして」 ● 木戸が開いた。現れたのは男の顔であった。男の顔が驚愕に歪む。 「まさか本当に表から堂々と乗り込んで来るとは。柳生有希。昔と少しも変わらぬな」 男はいった。どうやら弾正配下の下忍であり、有希と顔なじみであるらしい。 有希はいった。 「弾正様に会いたい」 「よかろう。入れ」 男が有希を招じ入れようとした。その背にむかって、片鎌槍を肩に担いだ長身の男が声をかけた。八十神蔵人(ia1422)である。 「ところで弾正なあ、有希ちゃんの身内ー? 事情知らんし、なんとなくやけどな、ええ男は女の涙に敏感なもんで」 有希の足がとまった。その背にむかって蔵人は続ける。 「斬りたくないか? 泣くほど嫌か? ……まあ、わしは雇われやさかい、頼まれたら何でもしたる。自分の望むままに答え出してやったらええで」 「すまん」 有希が木戸をくぐった。続いて入ろうとしたフィン・ファルスト(ib0979)であるが。その眼前で木戸がばたりと閉まった。 「……今まで色々されてきてあの態度」 フィンがぷっと頬を膨らませた。可愛らしい顔を怒りで真っ赤に染めると、 「ふ、ふふ、もう我慢しなくて良いです?」 「そやなあ」 にやり、と蔵人が笑った。 「わし思うねん…。今までこっちは散々こそこそさせられて、せやけど向こうには好きかってやられたやん。だから最後やし、わしら、これくらいしても許されるんちゃうか、と」 蔵人が竹筒を取り出した。中にはたっぷりとヴォトカが詰まっている。 フィンが戸惑ったように、 「あの……火、つけちゃうんですか」 「そうや。反対か」 「反対じゃないです」 フィンがにこりと笑った。 「この際、一気に燃やしちゃいましょう」 「お、おいおい」 さすがの蔵人もたじろいだ。これだから女は怒らせると恐い。 「やるか」 蔵人が竹筒を掲げた。 その瞬間である。竹筒がすばりと断ち切れた。 「何っ!?」 はじかれたように蔵人が顔をあげた。 門の上。人影が見える。百済朱膳であった。 「来たな、開拓者ども。この腕の恨み、晴らしてくれる」 朱膳の眼に陰惨な炎が燃え上がった。 ● 「しつこいなあ、君も」 眼にもとまらぬ素早さで慧介が矢を弓に番えた。その顔からおどけた表情がすうと消える。ただ冴え冴えと。 慧介が矢を放った。一陣の疾風と化して飛んだそれは、しかし朱膳の眼前で半分になってはじかれた。切断したのは朱膳の手刀である。 「馬鹿め。この百済朱膳が二度も傷を負うものかよ」 「とは、いかねえんだ」 崔がニンマリした。 「今度は腕一本じゃちと足りね。今度は首も置いてって貰わねえとな…」 「ぬかせ」 朱膳が腕を振り下ろした。空間を裂いてはしったのは真空の刃である。 まるで鋼と鋼が相搏つような音がひびいた。ジャンだ。真空の刃を盾で防いだのである。 ほっ、と崔は驚いた顔をした。ジャンは貴公子然としていて、このような荒事にはむかないと思っていたからだ。 「やるじゃねえか」 「こう見えて、もとは騎士だからな。誰かの盾になるのは習い性みたいなものだ。うん?」 ジャンが眼をあげた。その眼前をかすめるように巨大な影が躍る。 それは獣であった。月光をあびて輝くのは金色の毛並み。星丸であった。 「へえ。あの時の開拓者かあ」 おどけたような声は朱膳の傍らでした。いつの間にか少女が立っている。犬飼小春であった。 「野郎!」 崔が星丸に眼を向けた。すると、崔の前を蔵人が手で遮った。 「待てや、崔。わし、あの嬢ちゃんに用があるんや」 蔵人が小春に笑みをむけた。 「なあ、嬢ちゃん。戦うのはやめにせえへんか。このままわしらと一戦だらだら交えるよりも、風魔弾正と柳生有希の相対がさてどうなるか、見届ける方が面白いと思わんか?」 「うーん」 小春が首を傾げた。もとより小春は卍衆であり、戦闘は三度の飯よりも好物である。が、風魔弾正と柳生有希の対決などめったに見られるものではないのも事実であった。 その時である。フィンが星丸に飛びついた。驚いた星丸がフィンに噛みついた。フィンもまた噛みつきかえす。がぶがぶ、がぶがぶ。 小春が噴出した。 「星丸が遊んでる。わたし以外の人間に懐くなんて」 「こいつの頭ン中は獣並みだから、波長があったんだろうなあ」 崔がしみじみと呟いた。すると秋桜が口を開いた。 「朱膳様も手をひかれてはどうでございますか。貴方様方は、老いたとはいえ化け物じみた王との戦を控える身。私どもを討ったとて、何の得がございましょう? 弾正様と柳生様の話し合いが終わり次第、速やかに撤退いたしますゆえ。何卒、ここはご自重くださりますよう」 「そうはいかぬ」 朱膳の口から軋るような声がもれた。 「もはや叛などどうでもよいのだ。うぬらを殺すことができればな」 朱膳が腕をあげた。それが合図であったか、幾つかの影が空に躍りあがる。 「数だけ多くても無駄よ」 弥生が矢を放った。二人の下忍が吹き飛ぶ。弥生の放った矢の衝撃波の仕業である。 同じように慧介もまた矢を番えた。が、がくりと膝を折る。驚くべき精神力でもちこたえてはいるが、実は慧介は立っているのもやっとの体力であったのだ。 「ぬうん」 慧介を庇って雪刃が刃を薙ぎ上げた。空を裂いてはしった真空の刃が下忍の肉を断つ。 「慧介、大丈夫?」 「ああ。けど、雪刃、俺のことは放っておいてく」 「黙って」 刃を片手に雪刃はいった。 「わたしは慧介を守る。きみが一番大切だから」 ● 驚くほど戦いの響きは静かであった。これがシノビの戦いというものか。 その戦いをよそに、ひっそりと動き出した影があった。 一人は桂杏だ。そして、もう一人は皮肉めいた笑みをうかべた青年である。名は狐火(ib0233)。 塀まで忍び寄ると、桂杏が肯いた。すると狐火が桂杏を蹴った。その反動を利用し、塀の上に。信じられぬ跳躍力であった。 「大丈夫です」 狐火がいった。 庭に人の気配はない。いかに隠形していようとも、心臓をとめない限り、彼の耳から逃れることは不可能だ。 狐火の手を借り、桂杏も塀上にあがった。二人同時に飛び降りる。そして、庭を疾走。縁にあがろうとして、ぴたりと桂杏は動きをとめた。 「罠です」 桂杏がいった。その指摘通り、一本の糸がはられている。髪の毛よりも細いもので、通常人には見分けられぬものであった。 「さすがは」 唸ると、桂杏は奥に進んでいった。 「入れ」 声がした。静かな、それでいて刃のように冷たい声音。 障子戸が開き、有希は中にはいった。 そこは大きな部屋であった。上座に一人、座している者がいる。漆黒の狐面をつけた女。風魔弾正であった。 「まさか、この風魔屋敷に乗り込んでくるとは……。まあよい。まずは座れ」 「はい」 有希が弾正の前に座した。互いの間合いをはずした、やや離れた位置に。 弾正が再び口を開いた。 「この風魔屋敷に乗り込んできておいて、生きて帰れるとは思っておるまいな」 「それは承知ですが。しかしながら、ひとつ確かめておきたいことがございます。何ゆえ、弾正様は私の命を狙われるのでございますか」 「わからぬか、その理由が」 「わかりません。いや、ひとつだけ思い当たることが。もしや、それは」 有希の脳裏にある光景がよぎった。幼き日の光景だ。 有希の前に背がある。いつも追いかけていた背だ。転んだ時はいつも手をかしてくれた。ぎゅっと握ってくれた温かく、柔らかく、優しい手―― 「いうな」 弾正が制止した。同時に、その手が閃いた。銀光がはしる。 次の瞬間だ。障子戸をぶち破って男が飛び込んできた。黄母衣法印である。 ぎらりと眼を光らせ、弾正が法印を睨みつけた。 「何の真似だ、法印?」 「知れたこと。柳生有希を殺る。邪魔するなら、うぬも殺す」 その言葉が終わらぬうち、法印が手にした傘を開いた。ぐるぐると回す。無数の白光が周囲に散った。 「忍法、時雨針」 「姉さん!」 咄嗟に有希が飛んだ。 ● 矢がはしる。凄まじい衝撃波をまきおこしつつ。 二人の下忍が吹き飛んだ。が、その背後から一人の下忍が空に飛んだ。手裏剣を放つ。 それは空で三つにわかれた。さしもの弥生すら避け得ない。 「あっ」 弥生の口から呻きがもれた。その身体に二つの手裏剣が突き刺さっている。 「しゃあ」 下忍が弥生に襲いかかった。が、一瞬早く、ジャンが弥生に飛びついた。抱きしめたまま、ごろごろと転がる。 「これを」 身を起こしたジャンが弥生に花束を手渡した。まるで求愛するように。受け取った弥生の傷が見る間に治癒していく。 「ぬっ」 歯噛みした下忍が再び襲った。今度はジャンめがけて。 刹那である。下忍の前に崔の姿が現出した。 「やらせるかっての!」 崔が足をはねあげた。下忍の鳩尾にぶち込む。 「ええいっ」 朱膳が真空の刃を崔めがけて放った。次の瞬間―― 空間で見えぬ爆発が起こった。二つの真空の刃が噛み合ったのである。刃で薙いだ姿勢のまま、雪刃が叫んだ。 「今だ!」 「臨兵闘――」 素早く秋桜が呪文を唱えた。わずかに遅れて朱膳が空に跳ねる。その足から鮮血を撒き散らしながら。 秋桜が悪戯猫のように笑った。 「右足はいただきました」 「次は命や!」 蔵人が槍を放った。咄嗟に朱膳が蹴りを放つ。が、これが間違いであった。朱膳は本能的に利き足である右足を閃かせたのだ。傷ついた右足を。 朱膳の脚は空を薙いだ。一瞬後、流星のように流れた槍が彼の胸を貫いた。 ● 弾正が有希を抱きとめた。その有希の背には無数の針が突き刺さっている。 「有希。やはり知っていたか、そのことを」 「なるほど。そういうことか」 法印がニヤリとし――ちらりと眼のみ動かした。 「そこに潜んでおる奴。わしの耳からは逃れられぬぞ」 「ほう」 感嘆の声が何もない空間から響いた。そして一息、二息。廊下にすうと人影が現出した。狐火である。 瞬間、狐火の背後から別の人影が飛び出した。桂杏である。 「ううぬ」 法印が傘で前をふさいだ。が、その時すでに桂杏は法印の懐に飛び込んでいる。 「忍法、影」 桂杏が忍者刀を閃かせた。刃が肉を貫く。桂杏が刃を捻ると同時、法印が跳び退った。血煙をあげつつ。と―― ぽとりと法印の首が落ちた。弾正の手には血塗れた刃が握られている。 「さしもの黄母衣法印も夜破りを使う余力はなかったようだな。開拓者よ」 弾正が有希を床に横たえた。 「有希を連れていくがいい。もはやこの娘に用はない。下忍どもは退らせよう」 「これでいいのですか」 気を失った有希を抱き上げ、狐火が問うた。 「あなたを身を挺してまで庇った柳生有希――妹に対し、何もいうことはないのですか」 「ない」 冷たく弾正はこたえた。 「卍衆となった時、この風魔弾正は全てを捨てた。今、この弾正が興味あるは慕容王との決戦のみ」 「では」 狐火が有希を抱き上げた。背を返す。 「さらば、妹よ」 弾正がぽつりと呟いたのは、狐火と桂杏の気配が消え去ってしばらく後のことであった。 |