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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ● 百済朱膳より連絡――部下の報告に、弾正は首を傾げた。 「漣四郎が討たれたか」 「……柳生有希、いったい何なのです?」 霧雨丸が不愉快そうに眉を寄せた。 今でこそ浪志組などに籍を置くが、下はといえば、腕が立つとは聞いていも、しょせんは名張を抜けた下忍に過ぎぬというではないか。同じ浪志組ならば、服部などのほうがよほど名が知られているし、開拓者なら阿尾のようなシノビもいる。 何故、今わざわざ有希に刺客を差し向けるのか、と。 「不満か」 「……」 「死んでいてくれるほうが、万事都合の良い者もいるということだ」 感情の篭らぬ、くぐもった声が面の奥より響いた。 「法印」 と、弾正が呼んだ。すると部屋の片隅にすうと気配がわいた。 小太りの男。背に傘を負っている。黄母衣法印であった。 「何じゃ、弾正」 「柳生有希がことよ。おそらくは根来寺に潜んでおるはず。狩り出して始末せよ」 「柳生を始末するのはよい」 法印は脇腹をおさえた。すでに傷は癒えているが、そこには傷痕がある。開拓者によってつけられたものだ。 「奴らには借りがあるからの。返さずにはおかん。とはいえ根来寺は広い。雇うた者を使ったとしても、そう簡単にはいかぬぞ」 「任せておけ」 弾正が薄く笑った。次の瞬間、またもや部屋の片隅に気配がわいた。今度はふたつ。一つは人間のものであり、もうひとつは獣のものであった。 「……犬飼、か」 法印がニンマリした。そして気配の主に眼をむけた。 それは野性的な美少女であった。犬飼小春といい、卍衆の一忍である。獣は金色の毛並みをもった狼であった。 「法印、やられたんだって?」 けらけらと小春は笑った。むっと法印は顔をしかめた。その顔が面白いと、さらに声を高めて小春が笑う。 「法印。柳生有希を刺したんだろ。針をかしな」 「ほらよ」 法印が針を放った。十センチメートルを超す長い得物である。 空で受け取ると、小春は針を金狼の鼻に近寄せた。 「わたしの星丸からは逃げられない」 ニッと小春は笑った。 ● 根来寺中央付近。 筵がもぞりと動き、人影が現れた。川に浮かべられた小船の上である。 現れた人影は冷厳な相貌をもつ美しい娘であった。柳生有希である。 卍衆から逃れ、ともかくも有希は根来寺に潜伏した。卍衆の眼を欺いたあと、すぐさま弾正の屋敷のある伊宗に向かうつもりであったが、そうもいかなくなった。予想をこえる早さで卍衆が根来寺周辺をかためてしまつたのである。 「……このままでは身動きならぬ。何とかしなければ……風魔弾正に会わねばならぬというのに」 「そのために我らがいる」 声が、した。それは――それこそは同じく根来寺に潜伏していた開拓者のものであった。 |
■参加者一覧
崔(ia0015)
24歳・男・泰
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
海月弥生(ia5351)
27歳・女・弓
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
フィン・ファルスト(ib0979)
19歳・女・騎
桂杏(ib4111)
21歳・女・シ
雪刃(ib5814)
20歳・女・サ
ジャン=バティスト(ic0356)
34歳・男・巫 |
■リプレイ本文 ● 「もうっ、こんなに集まんなくったって良いでしょ、卍衆!」 フィン・ファルスト(ib0979)がぷっと頬を膨らませた。そのような表情をすると、元々童顔であるだけに、なおさらこの娘は可愛らしい顔となる。 「いやー囲まれちゃったねぇ。流石に仕事が早い」 呑気そうに苦笑をもらしたのは九法慧介(ia2194)であった。 川から少し離れた小屋の中。根来寺中に卍衆の手の者が溢れているというのに、この若者は依然として飄々としている。 「笑い事じゃないでしょ」 さすがに呆れたように睨みつけたのは銀狼の娘であった。 雪刃(ib5814)。この怜悧そうな娘と慧介は恋人同士なのであった。 「で、どのようにして根来寺から抜け出たものか」 狐火(ib0233)が眼を閉じた。その冷徹な頭脳内において策をめぐらせる。 「それもそうなのですが」 にこりと微笑みつつ、秋桜(ia2482)という名の、十七歳ほどにみえる少女が顔をむけた。その先には冷然たる美貌の娘の姿がある。柳生有希(iz0259)であった。 「柳生様」 慇懃に秋桜が声をかけた。有希がちらりと視線をむける。 「何だ?」 「この辺りで誰から向けられた刺客なのか、その程度ははっきりとさせていただけませんでしょうか。それ次第で動き方も変わってきましょうし」 「仕方あるまい」 有希の口から深い溜息が零れた。 「私を狙っているのは、おそらくは弾正についた卍衆」 「弾正か」 鉛色の声をもらしたのは誰であったか。そして秋桜は何故とは問わない。問うても有希はもらすまい。 しかし、とジャン=バティスト(ic0356)は思うのだ。シノビとは、何と厳しきものなのだろうかと。 ジャンは、愁いを含んだその端正な顔を有希にむけた。 柳生有希という娘。恐るべき敵に命を狙われながら、それを誰にも口外できず、助けを求めることも儘ならず、たった一人で胸の内に抱えこんでいるのである。あまりにも哀れではあるまいか。 「しかし」 ふっ、とその娘は口を開いた。桂杏(ib4111)という名の娘であるのだが、整った顔立ちの持ち主とはいえ、どう見ても凡庸としか映らぬ。が、どこか惹きつかれずにはいられぬところがあった。 「どうもおかしなところがあります」 「おかしなところ?」 海月弥生(ia5351)が、その煌く金髪をゆらし、首を傾げた。 「おかしなところって……何なのかしら」 「卍衆の動きです」 考えをまとめているかのように、ゆっくりと桂杏はこたえた。 「動き?」 「ええ。シノビがやることにしては無駄が多い気がします。広い根来寺を包囲するよりもっと効率的な方法や襲撃場所があるのではないでしょうか?」 「確かにそうやな」 燃えるような赤髪の、どこかふてぶてしい笑みをうかべた長身の男が肯いた。八十神蔵人(ia1422)である。 「本当なら伊宗への道中で襲うはずや」 「そうなんです」 桂杏は仲間を見回すと、 「そこから導き出される答はひとつ。もしかすると卍衆は有希さんの目的を知らないのではないでしょうか」 わずかに有希の表情が動いた。それを目ざとく見出したのは崔(ia0015)という青年であった。ふふん、と笑い、丸眼鏡をついと中指で押し上げる。 彼にはわかったのだ。これは有希と弾正の個人的な問題であることが。 「まあ、そのくらいでいいんじゃね。卍衆全員を相手取る無謀に比べりゃ、内数人と配下相手の無茶なら何とかなりそうだしよ。それより」 崔はシノビである秋桜、狐火、桂杏に視線をめぐらせた。 「三人に確かめたいんだが。忍びが相手を追う為に使う手ってのは何なんだ?」 「まずは情報入手でしょうね」 狐火がこたえた。シノビは余人には想像もつかぬほどの情報網をもっている。 「それと超越感覚ですな」 とは秋桜の答である。こと超人的な感覚にかけてシノビの右に出る者はいない。 「狼だ」 有希がいった。 「狼? あのうおおんと鳴く狼のことか?」 「ああ。卍衆には狼をつかうシノビがいると聞いたことが……名は確か犬飼小春」 「狼使いか」 狐火の顔から笑みが消えた。 ● 「読み通りでした」 狐火が、やや焦りの滲んだ声で告げた。根来寺の至るところでシノビらしき者と、それらが連れた狼が跋扈している。 「あれ? 狐火さん、その傷は?」 フィンが狐火の頬にはしる傷に気がついた。 「これですか」 苦く笑って、狐火は傷を指でおさえた。 町の様子を調べにいった時のことである。狐火は町の名主のもとを訪れ、柳生有希のことを調べている連中は町に破壊活動を行おうとしているのだと注進した。が、こともあろうに名主は彼の方を捕えようとした。傷は逃亡の際に負ったものであった。 秋桜も溜息まじりに、 「確か根来寺の名主はシノビ。疑うのがシノビの習いですからなあ」 「これは」 桂杏の表情が変わった。先ほどから彼女は超人的聴覚により周囲の様子を探っていたのであるが―― 「数名、こちらに近づいてきます」 「名主の配下に妙な動き?」 野性的な美少女が眉をひそめた。犬飼小春である。 町人のなりをした男が肯く。 「数名。何者かを追跡しているようでありました」 「追跡……ねえ」 小春は難しい顔をして考え込んだ。ややあって眼を開くと、男に顔をむけた。 「配下のあとは追わせているわね。わたしはそちらにむかうわ」 ● 「各個分断はある意味怖いのだけれど、悠長に策を練っている暇はなさそうね」 弥生が仲間を見回す。 「が、これは好機かもしれない」 ジャンの口の端に笑みがたまった。 「名主の配下が動けば少しは騒ぎとなるだろう」 「そっか」 フィンの瞳が輝いた。 「第三者を巻き込めば卍衆もやりにくいだろうしね。よーし。それじゃ」 血のついた衣服をください。フィンが請うと、有希は衣服の一部を切り取った。 「これでいいのか。これを受け取るということは」 「わかっていますよ」 にこりと微笑んで、フィンは衣服の一部を受け取った。 「死ぬかもしれないんでしょ。でも大丈夫。こう見えて、あたしは頑丈なんですよ」 「頑丈か。こりゃあ、いい」 崔が可笑しそうに笑った。フィンという少女は頑丈というより、むしろ華奢といってよい。しかしいくら叩いても笑顔で立ち上がる、そのような不思議な強さをフィンという少女は感じさせた。 「ほな、そろそろいこか、有希ちゃん」 蔵人が促す。そして有希の耳元に口を寄せると、 「ところで、や。確認したいんやけど……有希ちゃん、結局の所、どっちの陣営につくんや?」 「私か」 有希は冴えた眼差しを蔵人にむけた。 「決まっている。私は局長の考えに従うだけだ」 「そういうと思ったで」 蔵人は片目をつぶってみせた。 「ではわたくしも」 秋桜が有希に会釈した。まるでこれから遊びにでも出かけるような風情である。が、その懐には有希望の血のついた布切れがしのばされていた。 その秋桜と同行するのは弥生に雪刃だ。弥生は泥で金髪を汚している。が、その豊満な胸はさすがに隠しようもない。雪刃は獣耳を髪で隠した。 慧介、フィンに続いて小船に乗り込もうとした桂杏を崔が呼びとめた。そして耳元でそっと囁いた。 「危ねえ役だ、気をつけてな?」 「はい」 にこり、と。この娘には珍しい豊かな微笑をうかべ、桂杏もまた小船に乗り込んだ。 ● すう、と。 屋根の上に狐火の姿が現出した。 「さあ、ついてきてください」 ましらのように狐火は跳んだ。道をはさんだ向かいの家の屋根にひらりと舞い降りる。その背後に、今度は三つの影が現れた。 「待て。うぬに確かめたいことがある。あっ」 三つの人影がばたりと倒れた。その後方にさらに佇むのは少女と、金色の毛並みをもつ狼の姿であった。 「邪魔なのよ、ぼけ」 倒れた三人にむけて吐き捨てると、少女――小春は狐火の顔を真正面から見据えた。 「どうやら開拓者のようね。教えてもらおうか。逃れた三つ。どれが本当の柳生有希かを」 「ほほう」 内心の驚愕を、かろうじて狐火は笑みで覆い隠した。 この少女、我らの策を看破している。さすがは卍衆というところか。 「私がしゃべると思いますか?」 「思わない」 あっけらかんと小春はこたえた。そして金狼の頭を撫でた。 「星丸もそういってるしね。あんたの眼は、自分の命より大事なものを背負っている者のそれだって。……まあ、いいや。ともかく三つのうち一つはほんものだってわかったから。あっ、と。動かないでよね」 配下のシノビ二人をのこし、小春と金狼の姿がすうと消えた。 ● 川面をわたる風は涼気を含んでおり、心地よかった。が、慧介にはその涼風を楽しんでいる余裕はない。 その時、慧介の耳は異音をとらえた。犬の鳴き声のようなもの。近い。 冷たい気配に、はっと慧介が眼をあげた。 頭上。異様なものが浮かんでいる。傘だ。 「黄母衣法印!」 「この前の若造か!」 傘の上の小太りの男が印を組むのと、眼にもとまらぬ動きで慧介が矢を番えるのが同時であった。 「忍法、時雨針」 法印の叫びと同時、傘が無数の針をふいた。まるで雨のように小船めがけて降り注ぐ。 その針の間隙を縫うようにして白光が疾った。慧介の放った矢だ。 くっ、という呻きは傘の上からした。法印の身がよろけ、傘から落下する。 一方の小船の上。筵がはねあげられ、フィンが身をおこした。澄んだ音を響かせ、降り注ぐ針を腕輪ではじく。 そして残る二人。桂杏と慧介には針をかわしようもなかった。両手で急所をかばうのが精一杯の業だ。 「あっ」 桂杏ががくりと膝を折った。針に塗られていた毒がまわったのである。痺れ薬ではない。致死性のものだ。 桂杏の体内を練力が駆け巡った。毒素を中和、対表面の汗腺から排出する。 「うっ」 慧介が吐血した。慌てて桂杏が慧介を抱きとめる。 「フィンさん、岸につけてください。医者にみせなければ」 「でも川岸には卍衆が」 「大丈夫です」 桂杏はこたえた。 シノビとは非情なものだ。ここに柳生有希がいないと判明した以上、長くはとどまるまい。 はい、とこたえたフィンが艪を操る。凄まじい早さで小船が岸に着いた。岸には桂杏が計算したとおり、すでにシノビも忍狼の姿はなかった。 ● 根来寺の路地裏を縫うように進む一団があった。 三人の女。秋桜、弥生、雪刃であった。 足をとめると、秋桜が振り向いた。そして感嘆したように微笑むと、 「狼の鳴き声が近づいてきますなあ。さすがは忍狼というところでしょうか」 「感心してる場合じゃないでしょ」 さすがに呆れた弥生が注意した。狼の泣き声から察するに、確実に敵はこちらを追い詰めている。振りきるのは困難そうであった。 弥生は前方に眼をむけた。遠くに人の姿が見える。 「知っている顔ではないわね」 弥生がいった。どうやら弥生の眼は遥か離れた人の顔であっても判別できるらしい。 「急ごう」 雪刃が促した。三人が足を速める。が、狼の泣き声は確実に彼女達に追尾していた。のみならず彼我の距離を縮めつつある。 たまらず三人が駆け出した。すると―― 「動き出したな、鼠ども」 声が降ってきた。屋根の上からだ。 はじかれたように振り向いた雪刃は見た。屋根の上に立つ一人の男の姿を。 「百済朱膳!」 「そうと知るはやはり――うん?」 朱膳の眼がすがめられた。顔色が変わる。 「ぬかった。柳生有希はおらぬ」 「朱膳殿」 朱膳の背後にわいた幾つかの人影の一人が声をかけた。 「彼奴らの始末、どのように?」 「放っておけ。なかなかの美形揃い、責めるに面白そうだが、今はその時がない。肝心の柳生有希を取り逃がしては一大事じゃ」 じろりと朱膳は三人の開拓者を睨みつけた。 「おぼえておけ。失った腕の借り、きっと返してくれるぞ」 「楽しみに待っておりますよ」 秋桜がニッと笑った。 ● ぴたりと足をとめた。 四人の男女。いうまでもなく三人の開拓者と有希である。 その彼らの前には一人の少女の姿。後方にはさわさわと陽光を反射する黄金の毛並みをもつ狼。犬飼小春と星丸であった。 そこは根来寺の主要街路のひとつ。当然人通りも多く、大勢の通行人が何事かと足をとめた。 「見ぃつけた!」 にい、と小春は笑った。するとジャンが深くかぶっていた笠をあげた。 「私達に何の用だ?」 「とぼけんな! 柳生有希。いるのはわかってんのよ。死んでもらうから。星丸!」 小春が声をかけると、金狼が低く唸った。ほう、と蔵人が歓声をあげた。 「忍狼とは初めて見たな。しかも黄金の毛並みか、いけてるやないか!」 「でしょ。星丸っていうの……てか、馬鹿!」 小春の手から手裏剣が飛んだ。有希がかわす。が―― 背後に流れすぎたはずの手裏剣が有希の背を襲った。ジャンが盾をあげたが間に合わない。手裏剣が有希の背に突き刺さった。 「狼……」 崔が呻いた。狼を警戒していた彼は見とめたのだ。小春の投げた手裏剣を空でくわえ、狼が首をひねって投擲したことを。 小春がけらけらと笑った。 「忍法、人狼剣。わたしと星丸からは逃げられない。……ふふん。わざと往来を堂々といくなんて、やるじゃないの。でも相手が悪かったわね」 「確かに相手が悪かったようやな」 振り向きざま、蔵人がヴォトカをぶちまけた。が、金狼が素早く回避する。のみならず、金狼が有希めがけて飛びかかった。 「は、迅い!」 ジャンの端正な相貌を焦りの色がどす黒く染めた。まさに金狼の襲撃速度は獣のものだ。ジャンの盾では防ぎきれない。 刹那だ。ジャンの眼前に人影が現出した。崔だ。 何かが光をはねた。 次の瞬間、金狼が飛び退った。ぐるると唸り、しきりと首を振る。 崔がニヤリとした。 「どうやら香水はお気にめさないようだな」 「星丸!」 小春の口から悲鳴に似た声が発せられた。 「何てことすんのよ、馬鹿!」 「悪い下けどな、綺麗な嬢ちゃん。わしらは急いどるんや」 蔵人が小春に迫った。槍を繰り出す。小春が横に飛んで逃れた。 「嬢ちゃん達はわしらがくいとめる。有希、先にいけやあ!」 「すまないが、そうさせてもらう」 有希の姿が消えた。次の瞬間、屋根の上にその身を現出させる。 「逃がすもんか」 小春が手裏剣を投げた。金狼にむかって。 金狼が手裏剣をくわえた。それを投擲しようとし――動きがとまった。ジャンが飛びついたからだ。メチャクチャな男であった。 ジャンの首から血がしぶいた。手裏剣でえぐられたのである。 ちらりと見た有希の顔色が変わった。が、ぎりっと唇を噛むと、再び姿を消した。 あっ、と声をあげた小春が飛んだ。同時に金狼もまた。屋根の上にひらりと舞い上がる。 「待て!」 小春と金狼の姿も消えた。 ふう、と重い息を吐き、蔵人が槍をおろした。 「有希ちゃん、逃げられたやろか」 「大丈夫だろ」 崔が民家の屋根を見上げた。 「柳生は手練れのシノビ。鼻のつぶれた狼なら何とか逃げおおせるだろ。しかし」 崔は横たわったジャンに視線を転じた。 「馬鹿なのか凄いのか、よくわからんな、こいつ」 |