【血叛】柳生有希、陰殻へ
マスター名:御言雪乃
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: 難しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/06/21 23:25



■オープニング本文

●血叛
 力こそが正統の証であった。
 掟が全てを支配するこの世界において、その事は、ある種相反する存在であった。無制限の暴力の只中に、慕容王ただひとりだけが、その力に拠って立っている。
 狐の面をした人影が、蝋燭の炎に照らされた。
 卍衆――慕容の子飼いたる側近集団に、名実ともに王の右腕と目されるシノビがいる。黒狐の神威。名を、風魔弾正と言った。本名は解らぬ。尤も、卍衆について言えば、弾正に限ったことではないのだが。
「慕容王は死ぬ」
 弾正が呟いた言葉に、眉を持ち上げる者がいた。
「何が言いたい」
「『叛』」
 面の奥に潜む表情はようとして知れぬ。冷め切った態度と共に吐き出されたその言葉が持つその意味を、知らぬ者などいようはずもない。それは、陰殻国の成立より遥か以前から受け継がれてきたもの。叛――慕容王を、殺す。


 初夏にしては冷たい風の吹く夜。
 赤みをおびた月光の降る夜道を一人ゆく者があった。
 女だ。身ごなしは只者ではない。それもそのはず、女の正体はシノビであった。
 名は柳生有希。浪志組現副長である。
 と――
 有希の足がとまった。わずかに間をおいて、くくく、と忍び笑う声が赤闇に流れた。
「さすがは柳生有希。気づいたか」
 赤闇にぼうと人影が浮かびあがった。数は二。一人は少年で小柄、一人は青年で痩せている。
「私を柳生有希と知ってのことだな。何者だ。名張のシノビか?」
「名張だと」
 痩せた影から嘲笑が発せられた。
 次の瞬間、有希が飛び退った。凄まじい殺気に吹かれたからだ。シノビの国である陰殻といえど、これほどの殺気の持ち主はそう多くない。上忍並みの実力であることがうかがえた。
 卍衆。
 有希は男達の正体を見抜いた。しかし、わからぬ。何故、卍衆が命を狙ってくるのか。
 有希は慄然とした。卍衆を相手取れる下忍などざらにはいない。唯一存在するとなれば服部真姫くらいのものか。
「柳生有希。うぬに恨みはないが、これもシノビのならい。死んでもらうぞ」
 ふふん、と青年が笑った。そして、
「殺す前に俺たちの名を告げておこう。俺は卍衆が一忍、百済朱膳」
「俺は烏帽子漣四郎」
 有希が跳び退った。同時にその手から三つの光流が放たれる。それは複雑な軌道をえがき、三方向から朱膳を襲う。
 あっ、と有希は呻いた。朱膳の身体がありえぬ形、ありえぬ向きに曲がっている。彼女の放った手裏剣は空しく流れすぎていた。
「馬鹿め」
 朱膳が空に飛んだ。有希の眼前に舞い降りざま、手刀を振り下ろす。
 それは目にもとまらすほどの迅速の一撃であった。が、からくも有希はかわした。が――
 有希の身体を一文字に朱色の線がはしった。次の瞬間、鮮血がしぶく。
「こんな……確かにかわしたはずなのに」
「忍法、つむじ風」
 くくく、と朱膳は笑った。
「俺の手足の鋭い一撃は真空の刃をはしらせる。逃げても無駄だ」
「くっ」
 有希が一気に十数メートルの距離を跳び退った。が――
 有希の口から先ほどと同じ愕然たる呻きがもれた。彼女の足に何かがからみついたからだ。
 次の瞬間、異音がした。からみついた何かが有希の足をへしおったのである。
「忍法、大蛇丸」
 漣四郎がニヤリとした。その手からのびているものがある。鞭だ。それが地を這い、有希の足にからみついていた。
「これは女の髪を編んだものだが、打ち、しめつけ、砕くだけが能ではないぞ。ほうら」
 漣四郎の笑みが深くなった。
 刹那だ。がくり、と有希が膝を折った。力が急速に抜け落ちつつある。
「これは……鞭の仕業か」
「そうだ。俺の鞭は敵の体力のみならず、気力や練力すら奪う。安心しろ。眠るように殺してやる」
「お、おのれ」
 有希が倒れた。もはや身を起こしていることすら不可能であった。と――
「有希さんに何しやがんだ、てめえら」
 怒気を含んだ声。そして現れたのは輝くばかりの美貌の少年だ。
「し、翔!」
 有希の顔が輝いた。少年の名は天草翔。浪志組一番隊の隊長をつとめる天才剣士である。
 二人の卍衆は驚愕の眼を見交わした。彼らほどのシノビが翔という少年の気配をまるで感じ取れなかったからだ。
「ここは」
「うむ。退くか」
 卍衆二忍が跳び退った。そのまま闇の奥に姿を消す。
「待て、このやろう!」
 追おうとして、さすがに翔は思いとどまった。有希を助け起こす。
「大丈夫かよ、有希さん」
「ああ。しかし翔、このことは忘れろ。他言は無用だぞ」
「わかってらあ」
 翔はむくれた。
「俺ァ、口がかたいんだ。剣の腕前と同じ、天儀一約束を守る男なんだぜ」


「でさぁ」
 翔がまくしたてた。昨夜の一件をである。
「それでか」
 真田悠が唸った。
 屯所から有希の姿が消えた。陰殻を探ると書置きをのこして。
「有希は俺達に迷惑をかけぬために一人でいったのだ。このままにしてはおけぬ」
「有希さん!」
 刀をひっ掴み、翔が立ち上がった。が、悠が制止する。
「だめだ、翔。お前はのこれ。お前は一番隊を率い、都を守らなければならない。――ここは開拓者を任せる」


■参加者一覧
崔(ia0015
24歳・男・泰
八十神 蔵人(ia1422
24歳・男・サ
九法 慧介(ia2194
20歳・男・シ
秋桜(ia2482
17歳・女・シ
海月弥生(ia5351
27歳・女・弓
狐火(ib0233
22歳・男・シ
フィン・ファルスト(ib0979
19歳・女・騎
桂杏(ib4111
21歳・女・シ
雪刃(ib5814
20歳・女・サ
ジャン=バティスト(ic0356
34歳・男・巫


■リプレイ本文

「海月弥生(ia5351)、まいりました」
 涼やかな声。うむ、という応えを待って障子戸が開いた。
 入ってきたのは二十代後半の年頃の娘で。秀麗な面立ちに似合わぬ豊満な肉体の持ち主だ。
 部屋の上座には一人の男が座していた。難しい顔をして腕を組んでいる。浪志組局長、真田悠である。
 そして、その部屋にはもう一人いた。美しい少年だ。壁に背をもたせかけ、むっつりと黙っている。これは浪志組一番隊隊長、天草翔(iz0237)であった。
 何かあった。とっさにそう悟った弥生は問うた。
「局長、副長のお姿が見えませんね」
「そのことだが」
 悠は重い口を開いた。そして柳生有希失踪の一件を伝えた。
 さすがに弥生は愕然として眼を見開いた。
「では有希さん……副長は浪士組に迷惑をかけないように、一人で陰殻にむかったと?」
「ああ。だからこそ浪志組は動かせんのだ。これは有希個人に関することだからな。とはいえ有希を放っておくわけにはいかん。どうもその卍衆とやら、有希の手には負えぬ奴ららしいのだ。なあ、翔」
 悠が眼をむけた。こと戦闘に関して悠は翔に絶対の信頼をおいている。
「だから俺がいくって」
「お前は一番隊隊長として都を守る義務があるだろ。というわけでだ、海月君」
 悠は弥生に眼を戻した。

「……というわけなの」
 話し終え、ふうと弥生は溜息をついた。
 ふうむ、と唸ったの十代半ばほどの年頃の少女であった。溌剌とした生気を発散させたその少女はいわば青春の賛歌ともいうへき存在で。フィン・ファルスト(ib0979)である。
「了解ですっ。って、その卍衆というのは何者なんでしょうか」
「何でも慕容王の側近集団らしいぜ。で、フィン。ほんとに有希さん守れんだろうな?」
 問うたのは翔だ。
「大丈夫です」
 フィンは胸を叩いてみせた。
「頑張りますから」
「頑張るかぁ。でも、おめえはまん前しか見えねえからなぁ」
「そういう翔はどこが見えるの?」
 揶揄するような声音。現れたのは銀狼の神威人の娘だ。秀麗なその娘の名は雪刃(ib5814)といった。
 と、翔の顔が輝いた。フィンと同じく雪刃とも彼は顔なじみであったからだ。
「おっ、雪刃じゃねえか。あれ」
 翔は気がついた。雪刃の背後に寄り添うように立つ影を。
 それは、どこか書生然とした飄々たる若者であった。名は九法慧介(ia2194)という。
「どうも陰殻がきな臭い事になってきたね。なるべく穏便に…ならないよね。やっぱり」
 慧介は苦笑した。のんびりしたその口調に緊迫感などきまるでない。
 同じようにのほほんしているのは崔(ia0015)という青年であった。印象としては慧介に近い。飄然たる雰囲気があるのだ。が、この崔にはさらにふてぶてしさが滲んでいた。
「また面倒な連中が動き出しやがって、いちいち特殊すぎんだよあの国は!」
「シノビというものは、何かと面倒ですからなぁ」
 にいっ、と笑ってみせたのは秋桜(ia2482)という名の少女であった。若年ながら何を考えているのか良くわからぬ少女で、その悪戯猫のような笑みからは真意は読み取れない。
「そうですね」
 と肯いたのは生真面目そうな娘であった。名を桂杏(ib4111)というのだが、実はこの娘、秋桜と同じくシノビである。が、印象は全く違った。裏か表かわからぬ秋桜と比べ、桂杏はひたすら真っ直ぐであった。
「陰殻には特殊な面が多々ありますから。その一つには世襲と無縁ということが上げられるのではないでしょうか?」
「陰殻は力がすべてですからね」
 皮肉めいた口調で、さらりといってのけたのは狐火(ib0233)という名のシノビであった。
「だからこそおかしいのですよ。慕容王側近であるはずの卍衆が、何故陰殻を長く離れていた柳生有希女史を狙うのか」
「それもそうなのだが」
 端麗な面立ちの男が空に視線を投げた。ジャン=バティスト(ic0356)という名の、元はジルベリアの高潔な騎士だった男である。
「私は陰殻の陰謀などには興味はない。ただ組織の副長として、仲間を巻き込むまいとする高潔さは敬服するところでもある。強く自らを律することができる…そのような気高い女性を、みすみす失うわけにはいかない」
「いこうぜ」
 ニヤリ、その男はした。十人めの開拓者。どこかふざけた雰囲気だが、その眼には凄みがある。八十神蔵人(ia1422)だ。
「理由は何でもええ。それより女一人を数人で殺そうとするのが問題や。けったくそわりぃ。しばかんと気ィすまへん」
 ひらりと蔵人は馬の背に飛び乗った。それは悠が用意したものであった。


 ひゅう、と蛇のようなものが唸り飛んだ。
 咄嗟に、その冷然たる娘は空に舞った。その足下を蛇の如きものが薙いですぎる。
「さすがに柳生有希。そう簡単にはいかぬか」
 嘲笑う声。鞭を片手にしているのは烏帽子漣四郎であった。その傍らに立つのは百済朱膳である。
 二人の卍衆を睨み据えると、素早く有希は忍者刀を抜き払った。
「この柳生有希に同じ手は二度効かぬ」
「ふふん。そうかな」
 朱膳が地を蹴った。同時に両手を閃かせる。いや、脚もまた。
「ぬうっ」
 有希が跳び退った。朱膳の手足から真空の刃が放たれたためだ。ほぼ同時に飛来した三つの真空の刃をかわす。が――
「はっはは。ほうら」
 哄笑をあげつつ、朱膳がさらに真空の刃を放った。視認できぬほどの速さでふるわれる手足の一閃は、わずかな間隙をおいて無数といってもよいほどの真空の刃を有希めがけて疾らせた。
「はっ」
 この場合、むしろ有希は前方に飛んだ。真空の刃に身を切らせつつ、朱膳との間合いを詰める。
「殺った!」
 有希の刃が朱膳の胸めがけて疾った。
 その瞬間である。鞭が唸り、有希の手を打った。

「急げ!」
 馬上で崔が叫んだ。
「足の怪我が完治してなけりゃ、急げばまだ追いつける」
「そうだ。いそげー。そら、いそげー」
 蔵人もまた馬の尻に鞭をくれた。同じように馬を急がせながら、しかし秋桜だけは胸の内で舌打ちしていた。
「にしても、柳生殿は何故服部殿を頼らぬのでしょうなぁ。実力だけなら、お分かりでしょうに」
 苦く呟く。秋桜のいう服部とは服部真姫のことで、有希と同じ浪志組副長だ。
 馬鹿馬鹿しい限り、と秋桜が独語した。
 その時、弥生が前方を行く人影を見出した。距離にして約八百メートル。常人には顔など見分けがつかぬ距離だ。が、弥生は常人ではない。
 違う、と弥生は首を振った。と、突如ジャンが馬をとめた。ここまで彼らは茶店などで聞き込み、有希の足取りを追ってきたのであるが――
「殺気だ」
 ジャンは告げた。


 咄嗟に有希ははねとんだ。鞭の衝撃で忍者刀は手からとんでしまっている。そして有希の右手首の骨は砕けてしまっていた。
「終わりだ。柳生有希!」
 漣四郎の手から鞭が唸り飛んだ。二条の鞭が。驚きべきことに漣四郎は左右手同時に鞭を操ることができるのであった。
 毒蛇のように鞭は有希めがけて襲いかかり――
 ぴいん、と。鼓膜をうつ澄んだ音が響き、二条の鞭ははじかれた。はじいたのは――おお、崔と桂杏だ。
「うぬっ」
 朱膳が左右手を袈裟に薙ぎ上げた。空間を裂いて飛ぶふたつの閃光は――今度は闘気をまとわせた盾によって防がれている。
「有希さん、大丈夫ですか」
 盾を掲げたフィンが問う。有希は驚いたように眼を見張ると、
「お前達は――開拓者か!? しかし、何故」
「何故って……浪士組から依頼来ましたよ?」
「浪志組? ――まさか」
「そのまさかさ」
 崔が苦く笑った。
「天草の口の軽さはまあ置いといて……ここは俺達に任せてもらうぜ。都を守る手は減らさずに副長サンの手数になる、使い道は割とあると思うんだが」
「開拓者如きが何をほざく」
 嘲笑すると、漣四郎は二条の鞭でぴしりっと地を打った。
 その時だ。慧介が流れるような動きで矢を番えた。まるで最初から狙っていたかのように矢を放つ。その間、わずか数舜。天才的な技量をもたねば発揮できぬ業だ。
 矢は漣四郎めがけて飛んだ。が、動いたのは朱膳である。真空の刃を放ち、矢を切り飛ばした。
「ちっ、虫けらが。どんどんわいて出てきやがる」
「はっ。どちらが虫だ。毒虫が」
 毒づきつつ、ジャンが周囲を見回し、索敵した。
 敵は二人。翔の話にあったとおりだ。
 ジャンは駆け出した。有希のもとに。
 と、きらと空で何かが光った。
 針、と気づき得た者がどれほどいたか。少なくとも有希のもとに駆けつけようと心を振り向けていたジャンは気づかなかった。
 針はジャンの後頭部に突き刺さり――横からのびた刃が針を叩き落した。雪刃である。
「さすがに厄介だね」
 ふう、と息をついて雪刃が眼を上げた。
 巨木の枝上。小太りの男の姿がある。
 男は背に負った巨大な傘を手にすると、ふふん、と笑った。
「開拓者とやらも、やるな。卍衆が一忍、黄母衣法印じゃ」
「やはり三人めの卍衆がいましたね」
 木陰に身を潜ませていた狐火が呟いた。
 その時だ。弥生が矢を放った。すると法印は傘を開いた。
 弥生の矢は剛い。傘を貫いて――いや、矢ははじかれた。
 ふはは、と法印は笑った。
「傘は女の皮をなめしたものだが――刃は通さぬぞ」
「ならば」
 ちらりと弥生が狐火を見た。そして矢を放つ。肯いた狐火は瞬間的に練力を解放、秘術夜を発動――
 ああ、と苦鳴が響いた。
 誰の? 有希の苦鳴が。
「有希さん!」
 倒れかかる有希をジャンが抱えた。有希の胸からは鮮血が溢れ出ている。
 慌ててジャンが祈りを捧げた。集中された練力はまるで光り輝く花束に似て。見る間に有希の胸の傷がふさがっていった。
「いったい何が」
 ジャンが声を途切れさせた。何が起こったのか、よくわからない。
 いや、一人のみ真相に気づいている男があった。狐火だ。
 彼が発動させたはずの夜の効果が現れない。理由はひとつ。破られたのだ。のみならず、効果がはねかえされた。
「これが、あれか。噂にきく夜破りか」
「知っていたか」
 何時の間にか地に降り立っていた法印が木陰に隠れた狐火を見た。
「どうやら夜を使うのはうぬのようだな。くくく。いかに秘術たる夜といえど、卍衆には効かぬ」


「おい」
 蔵人が口を開いた。
「ひとつ聞かせろや。てめえら、一体何が目的や」
「知れたこと。柳生有希の首をもらいうける」
 嘲弄するかのような声で朱膳がこたえた。が、すぐにその表情が引き締まった。眼前の蔵人から放たれる凄絶の殺気を感得した故だ。
 ただ切り刻まれるのではない。こちらも殺る。――蔵人の覚悟であった。
 剣の極意とは、突き詰めれば相打ちである。並みの剣士ならば生涯かかって到達するその境地に、蔵人は一瞬の覚悟で手をかけた。
 蔵人が迫った。凄まじい速さで槍の穂先を突き入れる。
 それを朱膳は斜めに飛んでかわした。が、蔵人にはさらなる一撃があった。横殴りの一閃を朱膳めがけて繰り出す。
「すっとろいサムライの技だけやと思うたか、甘いわ! ――あっ」
 蔵人が呻いた。彼の槍は空をうっている。朱膳の首が肩と平行に曲がっていた。
「しゃっ」
 首を曲げたまま、朱膳が足をはねあげた。いや、とまった。その足に影がからみついている。桂杏だ。
「忍法、影縛り。お前の手足は縛った」
「小癪な真似を」
 漣四郎が鞭をしならせた。まるで意志有るもののように鞭が桂杏を襲う。
「小癪なのはそちらですな」
 秋桜の手から手裏剣が飛んだ。鶴哭をあげながら。が――
 手裏剣がはじかれた。漣四郎の前に展開された薄黒い円幕によって。それは高速で回転する鞭であった。
「ちいいっ」
 桂杏を襲った鞭がはじかれた。一瞬にして距離をつめた崔の鋼糸によって。
「野郎。面倒な真似しやがって」
 崔が朱膳を睨みつけた。その姿が再び消失した。


「はっ」
 鋭い呼気を発し、雪刃が地を蹴った。するすると地をすべり、漣四郎との間合いに。
「来るか、女!」
 漣四郎の鞭が躍った。黒い稲妻と貸して雪刃を襲う。が、雪刃はいまだ刃を鞘におさめたままだ。
 雪刃がわずかに身をずらし、鞭の一閃をかわした。するどい鞭の一撃により、彼女の銀髪が数本断ち切れ、宙に舞う。
 その時、地を影が疾った。秋桜の影が。鞭を回転させる漣四郎の手の動きが一瞬だけとまる。
「ぬん!」
 雪刃の腰から銀光が噴いた。抜刀したのである。
 銀光はすぐさま赤光に変わった。雪刃の瞬速の一撃は漣四郎の腹を割いている。

「漣四郎!」
 朱膳が跳び退った。怒涛のように真空の刃を放つ。
 が、崔の姿は空にあった。その手から唸り飛んだのは鋼の糸である。
「うっ」
 苦鳴とともに空にはねとんだものがある。朱膳の左腕であった。

「おのれっ」
 法印が傘を投げ上げた。同時に飛鳥のように空を飛び、傘の上に飛び乗る。
「漣四郎、朱膳。ここは退け!」
「おおっ」
 二人の卍衆が一気に十メートルの距離を跳び退った。
 刹那である。回転する傘の周囲がきらきらと光った。
「針!?」
 超人的視力をほこる弥生が光の正体に気づいた。
 次の瞬間、弥生は矢を番えた。空にむけて放つ。
 矢は爆発的な練力をまとわせ天に。すると針が吹き飛んだ。矢がまとった衝撃波の故である。
 が、雨のように降り注ぐ全ての針を排除することはかなわなかった。幾人かの開拓者が針の洗礼を受けている。
「有希さん!」
 フィンの盾が輝いた。頭上に掲げ、有希を庇う。チン、と澄んだ音をたてて針がはじきとばされた。
 同じくジャンもまた盾で有希を庇った。無数の針とはいえ、二重の盾を貫くことは不可能であった。
 ゆらり。慧介が立ち上がった。矢を放つ。
「馬鹿め。わしの傘に矢など通じるものかよ」
 法印が嘲笑った。
 次の瞬間である。矢が傘を貫いて疾った。無念無想で放たれた慧介の矢には、鉄壁の防御力を誇る忍傘すら破る威力が秘められていたのである。
 法印の腹から鮮血がしぶいた。慧介の矢が深々と突き刺さっている。
 続いて矢を放とうとした慧介であるが。がくりと膝を折った。
 慧介の肩に針が突き刺さっている。針には毒が塗られてあった。


 卍衆三忍は三方に逃れた。
 そのうちの一忍、漣四郎が逃れたのは北であった。木々を飛んで移動する様はまさにましらのようで。
 漣四郎は悔しげに歯噛みした。
「柳生有希め。次は必ず仕留めてくれる」
「次はありません」
 飛影はあまりにも美しく。交差した後、漣四郎は血煙あげて地に落ちている。すでにこときれていた。
 そして舞い降りた美影。それは狐火であった。

 開拓者達に毒消しをあたえ、有希は立ち上がった。
「礼はいっておこう。が、これ以上のかかわりは無用だ」
「そうはいかないのよ」
 弥生が呼び止めた。
「お節介かもしれないけれど、あたしたちはもう巻き込まれてしまったのよ。だから話してほしいの。何故卍衆が有希さんを狙うのかを」
「それは」
 口を開きかけて、有希は背を返した。
「わからぬ。故に確かめねばならぬのだ。陰殻において」