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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ● 「ユリア・ローゼンフェルド(iz0190)が襲われただと!?」 もたらされた情報に愕然とし、その精悍な風貌の男は眼を見開いた。 男の名はアルベルト・クロンヴァール。ジルベリア帝国に滅ぼされたベレベーイ生き残りの一人である。そしてユリア・ローゼンフェルドとは皇帝親衛隊隊長の名であった。 「一体誰が……」 アルベルトは言葉を切った。 このジルベリアにおいて皇帝親衛隊隊長を暗殺しようなどと考える者はいない。それは神に歯向かうに等しいからだ。 その時、別の報がもたらされた。神教徒の叛乱だ。 「そうか。蜂起したか」 アルベルトの眼がぎらりと光った。 ヴァイツァウの乱の真の首謀者であるフェイカー。そのフェイカーが再び争乱を起こそうと蠢動してること事実をアルベルトは知っていた。 「つかえるかと思っていたが」 アルベルトの口からは落胆の声がもれた。 フェイカーが引き起こした争乱の火種は小さい。アルベルトがこれまでにかき集めた戦力を加えたとしてもどれほどのものとなるか。 「あれが成っていたら」 アルベルトはぎりりと歯を軋らせた。あれ、とはある開拓者に頼んだ一事である。 先日のことだ。身体と心を重ねた女開拓者に彼はある男を篭絡してくれと頼んだのだった。 その男の名はバルトロメイ・アハトワ。前皇帝親衛隊隊長であり、そのあまりの強さのために生ける伝説と呼ばれている男だ。バルトロメイが動けば帝国の軍の半分が従うとも噂されている。 そのバルトロメイ・アハトワの協力さえ得ることができれば帝国とも互角に――いや、互角以上に戦えるはずであった。が、間に合わぬ。すでに乱は起こってしまった。 「ユーリはたたないだろうな」 アルベルトは薄く笑った。 打倒ジルベリアの神輿であるユーリ。が、そのユーリは賢く、優しい。此度、ユーリは乱に加わりはしないだろうる 「が、俺は違う」 アルベルトはニヤリとした。 二十年前。ベルベーイを捨てた時、アルベルトは両親の墓標の前で誓ったのだ。復讐を。 「約束の時はきた」 「長い付き合いであった」 アルベルトの顔を見つめつつ、チェーニはくつくつと笑った。 「が、それももうすぐ終わる」 チェーニが拳を突き出した。 尖った小さな音。そして、光の砕片が散った。 「お前たち」 振り向きもせず、チェーニはいった。 「アルベルトを守れ。皇帝親衛隊の手に絶対わたしてはならぬ」 応えはない。ただ肯く気配のみあった。 ● 「争乱再び、か」 溜息まじりの重い声をもらしたのは美しい娘であった。が、アイスブルーの瞳にやどる凄烈な光はその可憐な相貌を裏切っている。 娘の名はユリア・ローゼンフェルド。皇帝親衛隊隊長である。 「が、思ったより小さい」 ユリアは呟いた。今、彼女の関心はフェイカーが引き起こした乱にはない。それ自体をしずめることはジルベリア軍にかかればそれほど困難ではないだろうからだ。 それよりもアルベルトである。アルベルトが組織した戦力が加われば乱は大きくなり、しずめること難しくなるだろう。 とはいえユリアが直接動くことはできなかった。神教徒達の武力蜂起に対処する必要があるからだ。 「しかしアルベルトは何としてもおさえなければ。奴が動き出す前に」 ユリアは騎士を呼んだ。 |
■参加者一覧
ヘラルディア(ia0397)
18歳・女・巫
孔雀(ia4056)
31歳・男・陰
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
フィン・ファルスト(ib0979)
19歳・女・騎
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎
マックス・ボードマン(ib5426)
36歳・男・砲
高尾(ib8693)
24歳・女・シ
ヴァルトルーデ・レント(ib9488)
18歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ● アルベルト・クロンヴァール捕縛。 その依頼書を前に、その優しげな娘は碧の瞳を哀しげに伏せた。フェルル=グライフ(ia4572)である。 今日まで、フェルルは多くの出会いと別れを繰り返してきた。それらは時としてフェルルを傷つけもした。が、今あるのは、それらの積み重ねであることは間違いない。その出会いのひとつがアルベルトであった。 フェルルは胸の中で問う。フェイカー扇動による神教徒の戦乱が、あなたの革命開始の鍵だったのですか、と。 幾つかの依頼を受けて、フェルルにはアルベルトという男がわかりつつあった。信念のため、人生を投げ出すことのできる男。そのような男に降伏を提言しても、とても受け入れはしないだろう。 「ただ、多くの人の血が流れる戦乱を前に、私も曲げられません」 フェルルはきっぱりと告げた。 ええ、と硬い声でこたえたのは喪服にも似た漆黒の衣服をまとった少女であった。可憐な顔立ちであるのだが、それは今悲しみに強張っている。これは名をマルカ・アルフォレスタ(ib4596)といった。 「アルベルトさん、とうとう……」 マルカは言葉を途切れさせた。彼女にとって、アルベルトはある意味特別な存在であった。何故ならマルカもまた惨殺された両親の復讐を誓う者だからだ。 長い年月をかけ、ただひたすらに復讐の機会を待ち続けた男。その哀しみと情熱がわからぬわけではない。が、それでも開拓者としてアルベルトをとめなければならない。 そのフェルルとマルカの懊悩をよそに。冷然と依頼書を見つめる者がいた。 ヴァルトルーデ・レント(ib9488)。黒衣をまとった金髪の死神。ジルベリア帝国で代々処刑を請け負ってきた貴族の末裔である。 「私としては処刑台へと送る手間を省くつもりであったが、偉大なる陛下の番犬殿から捕縛との命が出た以上、開拓者として捕縛の命に従おう」 ヴァルトルーデはぼそりと呟いた。冷酷非情であっても、やはりヴァルトルーデも騎士であった。皇帝への絶対的な忠誠心は他のどの騎士にも劣るところはない。 ただヴァルトルーデの騎士道は他の騎士とは違っていた。 殺す。ヴァルトルーデの騎士道にあるのはその一字のみであった。 と―― 依頼を受けた開拓者達から離れ、話し合うこともなく、ギルドの入り口にむかう者があった。 二十歳半ばの、妖艶なる美女。人ではないその娘の名は高尾(ib8693)といった。 「アルベルト…あんたは反乱を…。ついに、宿願の復讐を果たすってわけかい」 高尾は独語した。そして空を仰いだ。 この空の下、アルベルトは何をしているのだろう。 想い、そして高尾は胸の裡を探った。 あたしは、どう動く…? 金のために、アルベルトを捕らえる? いいや、と高尾は否定した。今の高尾には金よりも大事なモノがあったからだ。 それは愛か、と問われれば高尾は苦く笑うだろう。愛などという生ぬるいものでは決してない。 「誇りを捨ててまで、生き延びた意味。この世に、生きた証を残したいじゃないか…」 高尾は独白した。紛れもない女の顔で。それは恋する女の顔であった。 くく。 含み笑いで高尾の背を見送る者があった。 三十歳ほどの男。顔には白粉、唇には血を思わせる真っ赤なルージュ。眼には爬虫めいた冷血の光。孔雀(ia4056)という名の陰陽師であった。 どれほど前であったか。孔雀は高尾からあることを頼まれた。それは驚天動地の内容で。 もしアルベルトが捕らえられたら、何とか逃してやってほしい。それが高尾の依頼であった。 「ンフフ、あの女がアタシに協力を乞うなんてねぇ」 孔雀は眼を潤ませた。劣情にかられた雌の獣のように。 「嗚呼、認めたくないけど、今のアンタは凄く素敵よ、とっても輝いているわァ。その男と出会って自分にとって大切なもの、生きる意味を見いだしているのね。美しい、美しいわ、嗚呼とってもとってもとってもブチ壊したいいいい! あの娘の絶望する様が見たい! 大切なものを失う様が見たい! とことん付き合うわよぉ! アタシを喜ばせて頂戴!」 孔雀は身悶えた。そして股間の膨らみを撫でさすった。欲情で全身が震えている。 が、反面、頭脳はしんと冷えていた。蛇の性をもつこの男の血は、いかなる時も沸騰することはない。 ● 「ベルベーイを滅ぼしたのは皇帝その人か」 ユリアからの文を手に、秀麗な美貌の若者が呟いた。狐火(ib0233)である。 「が、戦端を開くきっかけをつくったのはニコライ・コンドラシン将軍……」 狐火は唇を噛み締めた。ユリアの文の内容は彼の予想を裏づけるものであった。 ベルベーイ滅亡の裏でチェーニが暗躍しているのではないか。それが狐火の推測であった。 かつて未綿の里の長もアヤカシに操られ、里を滅ぼしかけた。それと同じことが、このジルベリアでも起こったのではないか。 その推測を立証することができればアルベルトとチェーニの絆を断つことができる。狐火はそう考えていた。が、今、その方法も時間もない。 「ともかくもアルベルトを捕らえなければ」 「でもアルベルトさん……大人しく捕まってくれると良いんだけど」 蒼の瞳を曇らせたのは華奢で可愛い顔立ちの娘であった。名をフィン・ファルスト(ib0979)という。 フィンの知るアルベルトという男は一癖も二癖もある人物で、簡単に捕らえることができるとは思えない。そのアルベルトが館内にいることは狐火の超人的聴覚によって確かめられていた。他に配下らしき者達が数名いる。 「それでもやらなければならない」 凛然たる風貌の若者がいった。猛禽を思わせる鋭い眼には決意の光。 若者――長谷部円秀(ib4529)は理解している。復讐にかられるアルベルトの心が。 が、それでもアルベルトの復讐を見過ごすわけにはいかなかった。彼の復讐には多くの犠牲がともなう。それは何としても防がねばならないのだ。 「だろうが、な」 館の裏。しなやかな獣を思わせる男が呟いた。マックス・ボードマン(ib5426)である。 そのマックスの足元には一人の男が昏倒していた。館から忍び出てきたアルベルトの配下である。 「すまんな。おまえを叛乱勢力のもとに行かせるわけにはいかんのだ」 マックスはどこか哀しげに男を見下ろした。 もし男が叛乱勢力のもとにむかえばどうなるか。すぐさま叛乱勢力は蜂起するだろう。それだけは阻止しなければならなかった。叛乱を瓦解させるため――いや、叛乱勢力を温存させるため。 そう。マックスは見てみたかったのだ。己と良く似た反逆の魂をもつ獣が雄雄しく戦う様を。それが成るか成らぬかは問題ではない。ただアルベルトという男は犬死してはならぬ。 「しかしアルベルトよ」 マックスは館を見上げ、問いかけた。彼にはどうしても解けぬ疑問があったからだ。 彼の知るアルベルトという男は才知に溢れている。それほどの男が、何故今蜂起しようとするのか。戦力の差は歴然としているのに。それを読めぬアルベルトではないはずであった。 「ユーリを守るため、か」 マックスの脳裏に焼きついているもの。アルベルトがユーリを友と呼んだ声音だ。それは単なる手駒を呼ぶ声では断じてなかった。 推測するに、アルベルトはユーリを救おうとしたのではあるまいか。すでに十二使徒が動いている。皇帝親衛隊が本気になれば辺境貴族の一人や二人、容易に圧殺してのけるだろう。自ら散ることによってユーリとの繋がりをアルベルトは断とうとしているのではないか。 「早まるな、アルベルトよ」 マックスは呻くが如くいった。 軋むベッドの上、男が夢中になって腰を振っていた。 その下、乳房をゆらして喘ぎ声をあげているのは高尾であった。その蕩けたような表情の奥、冷たい思考が閃いている。 わかりかけてきた、アハトワという男。 高尾はニンマリと笑った。 ● 「アルベルト・クロンヴァール!」 夜の静寂に大音声が響き渡った。フィンの声である。 「あなたに尋ねたい事があります! 直ちに投降してください!」 祈るような気持ちでフィンは叫んだ。貴方を傷つけたくはない。だから、どうか大人しく出てきて、という祈り。 「さすがは十二使徒。ここを嗅ぎつけたか」 館の二階。精悍な風貌の男がニヤリとした。アルベルトである。 「アルベルトさん、逃げてください。ここは俺達が」 配下の若者が剣を引き抜いた。一瞬躊躇い、しかしアルベルトはすぐに寂しそうに微笑った。 「わかった」 アルベルトは部屋を飛び出した。窓から裏を窺う。人の姿は見えない。が―― 「十二使徒に雇われたほどの開拓者だ。そんなヘマはするまい」 不敵に笑むと、アルベルトは身を躍らせた。 ● 入り口のドアを蹴破るようにして数名の男が飛び出してきた。いずれもが剣で武装している。 その男達の前に、サーコートを翻した少女が立ちはだかった。背負うは紅い瞳のレイヴン――マルカである。 「我がアルフォレスタ家の銘と誇りにかけて、陛下に歯向かう者を捨て置くわけには参りません!」 マルカは叫んだ。 その瞬間、マルカの周囲の空間が軋んだ。彼女の身に凝縮された精霊力の成せるわざである。 フェルルが素早く印を組んだ。その身から放射される不可視の結界が同心円状に広がる、男達を走査。 「彼らは人です」 「わかった!」 フェルルの警告をうけ、フィンは男の剣の一撃を盾で受けた。同時に右の剣で男を叩き伏せる。剣は鞘におさめたままであるので殺してしまう恐れはなかった。 「くそっ」 別の男がマルカに襲いかかった。なかなかの手練れらしく、鋭い突きを繰り出す。 マルカはわずかに身をひねった。刃がマルカの前髪を数本断ち切って疾る。 「ふんっ」 マルカの刃が男をうった。激烈な一撃は男の肩の骨を砕いている。可愛そうだが、こうまでしなければ男は攻撃することをやめないだろう。 それに、もうひとつの目的。アルベルトの注意をひきつけるには派手な戦闘が必要だ。 アルベルトが舞い降りた。地に転がり、衝撃を逃す。立ち上がりざま、アルベルトは走り出した。 「ぬっ」 呻いたのはヴァルトルーデであった。彼女と円秀は裏口を破るべく潜んでいたのである。 「逃さん!」 円秀が地を蹴った。一瞬にしてアルベルトとの距離を詰める。 「多くの犠牲を出さぬため、きみの復讐はとめなければならないんだぁ!」 円秀が足をはねあげた。唸りをあげて疾った脚は雷光と雷鳴をまとわせ、龍と化してアルベルトを襲った。 次の瞬間―― あっ、という愕然たる声はふたつ発せられた。円秀とアルベルトの口から。 彼らは見たのだ。アルベルトの影から現出した鬼が円秀の蹴りを受け止めたのを。 べきりと鬼の腕が砕けた。が、円秀もはねとばされた。アルベルトといえば呆然と立ち尽くしている。 が、それも一瞬、アルベルトは再び駆け出した。と―― アルベルトの足がとまった。彼の足に別の影がまとわりついている。狐火であった。 「くそっ」 アルベルトがぎごちない動きで剣を引き抜いた。アヤカシですら呪縛する狐火の影縛りの影響下において。信じられぬことであった。 「やはりチェーニにより超人的な力を与えられたか」 狐火の眼がぎらりと光った。さらに気を込める。 その狐火に鬼が迫った。数歩歩み寄り、ごとりと何か落ちた。 鬼の首。断ち切ったのはヴァルトルーデである。 「我が騎士道は…殺すこと。騎士の誓約を発動した上は生かしてはおかぬ」 ヴァルトルーデはアルベルトの首にぴたりと刃を凝した。 「死にたくば動いてみろ」 ● アルベルトの配下はすべてフィンとマルカ、そしてフェルルによって昏倒させられた。超人たる彼女達に常人でしかない彼らが敵うべくもなかったのである。 ただ手加減したために多少の傷は負った。が、それもフェルルによって癒されている。 「アルベルトさん」 縛められたアルベルトに、フェルルは沈鬱な顔をむけた。 「戦しか…なかったんですか。他の道を示せと言われれば、今は答えに窮します。けれど、戦では駄目なんです。あなたのように苦しみを背負う人がたくさん出てしまう…」 「お前は」 アルベルトは哀しみの光をうかべた眼をあげた。 「優しいのだな。あいつも、そうだ。しかし、俺は違う。人にはそれぞれの生き方があり、そうでなければ生きられぬ者もいるのだ」 「それが戦ですか」 違う、と円秀は首を振った。 「そこに大儀はない。それは自己満足だ」 「復讐とは、そういうものだ」 そうこたえると、アルベルトは口を閉ざした。言葉もなく開拓者達は館に散った。チェーニの警戒のためである。 マルカはユリアに報せるためスィーラ城に走っている。彼女はアルベルトが皇帝と対面できるように懇願するつもりであった。 そして―― アルベルトの側にヴァルトルーデのみ残った。 「うっ」 ヴァルトルーデが息を詰めたのはどれほど時が経った頃だろうか。 視界が効かなくなっている。まとわりつく漆黒の闇のようなモノのためだ。 咄嗟にヴァルトルーデは剣の柄に手をかけた。が、すぐにがくりと膝を折った。今度は身体が痺れてしまっている。衝撃にヴァルトルーデの意識は闇に沈んだ。 「助けてあげる」 毒蛇の笑みをうかべ、孔雀がアルベルトの縛めを解いた。 「何故」 「急いだ方がいいわよ」 アルベルトの問いに答えず、孔雀は片目を瞑ってみせた。 孔雀に教えられた場所からアルベルトは脱出した。 夜の闇に溶け込もうとする寸前のことである。アルベルトは足をとめた。闇に半身を隠した男が佇んでいる。マックスだ。 再びアルベルトが歩き出した。マックスは黙したまま。 すれ違う二人。かわす言葉もなく、視線もあわさない。が、何かが二人の間を流れた。 闇に身を溶け込ませたアルベルトはやや驚いた声で尋ねた。 「どうしてここに?」 「貴方を助けるために。貴方は私の大切な友。失うわけにはいきません」 「馬鹿だな、お前は」 「ええ。貴方の友ですから」 にこりと微笑んだ声の主の名はユーリといった。 ● 「助けて」 女が駆け寄り、男にすがりついた。女は妖艶な美女であり、男は五十年配のがっしりした体格の巨漢である。 その女を追って数人の男達が殺到してきた。手に剣をひっ下げており、全員物騒な面つきをしている。 「その女をわたせ」 男の一人がいった。すると巨漢は黙したまま振り向いた。 刹那、男達の手からがらりと剣が落ちた。眼を恐怖に見開いたまま、凍りついている。巨漢の発する気迫により、荒事になれたはずの男達が完全に気死しているのだった。 「女、いくか」 「はい」 肯いた女は巨漢を潤んだ瞳で見つめた。その口元に小さな笑みをためて。 やった。これで懐に飛び込むことができた。後は、その心の中に忍び入り、蕩かすだけ。 女は胸の内で叫んだ。 その女の名は高尾。そして巨漢の名はバルトロメイ・アハトワといった。 |