ヨーレレイとケレ
マスター名:御言雪乃
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: 難しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/06/30 07:54



■オープニング本文


 王城。
 白銀の鎧をまとった騎士が歩を進めていた。
 十七歳ほどにしか見えぬ端麗な娘。皇帝親衛隊隊長ユリア・ローゼンフェルド(iz0190)である。
 いつもは静かなその美しい相貌であるが。今は暗く沈んでいる。何か気にかかることでもあるようだ。
 と、突然ユリアは足をとめた。彼女ほどの者をして、そうせざるを得ないようなとてつもない気配が前方にある。
 それは五十歳ほどの男性であった。大柄の体躯は鍛えぬかれており、衣服の上からでも鋼のような全身の筋肉が見てとれるようだ。
 髪はすでに白い。とはいえ炯と光るその瞳の凄絶さはどうであろう。さすがのユリアですら息が詰まるのを覚えた。
 その男性を観とめる否や、王城のあらゆる者が身をすくませ、敬礼した。それもそのはず、その男性こそジルベリア最強と謳われた騎士であったから。
 バルトロメイ・アハトワ。前皇帝親衛隊隊長であり、そのあまりの強さのために生ける伝説と呼ばれている騎士であった。引退した現在においても帝国に大きな影響力もち、将軍ですら彼に逆らうことはできないという。
「アハトワ殿」
 ユリアが破顔した。父を慕う少女のような笑み。
 ユリアが駆け寄ると、アハトワもまた大きな笑顔で迎えた。彼とユリアは友人、というより師弟に近い関係にあった。ユリアが若年、さらには女性であるにもかかわらず皇帝親衛隊隊長になれた一因はアハトワの推しにあったといってもいい。
「これは……ユリア殿。久しいな」
「はい。で、アハトワ殿。今日はどうして王城に?」
「野暮用でな。引退すればゆっくりできると思っていたのだが……なかなかそうもいかん」
 アハトワが顔を顰めた。ユリアはくすくすと笑うと、
「アハトワ殿を世間が放っておくものですか」
「それは褒めてもらっているのかな」
 アハトワは苦笑すると、しかしすぐに真顔になって、
「ところでユリア殿。顔色が優れないようだが、どうかしたのかね」
「はい」
 ユリアは眼を伏せた。やはりアハトワは鋭い。
「実は」


 皇帝親衛隊隊長執務室。
 ソファに腰掛け、アハトワはふうむと唸った。
「確かに不穏ではあるな」
 アハトワは眼を閉じた。
 フェイカー。銀仮面。アルベルト。チェーニ。ユーリ。
 キーワードは五つだ。
 この五つがどのようにからみあっているかはわからない。ただ叛乱の一事で繋がっていることだけは確かなようである。
「ともかくもアルベルト、だな」
 アハトワが指摘すると、ユリアは肯いた。
「銀仮面が叛乱を画策しているのは確実です。その銀仮面とアルベルトはどうやら繋がっているようであり、またアルベルトはチェーニなるアヤカシとも何らかの関係があると思われます」
「全てがアルベルト、か。――もしや銀仮面の正体はチェーニではないのか」
 アハトワが仮説を口にした。
 報告書にある銀仮面なる存在。人間とは思えぬ力を有しているようだ。
「どうだ?」
 ユリアが佇んでいる二人の騎士に眼をむけた。
 ロラン・ジューとフランツ・キュイ。ともに皇帝親衛隊騎士であり、おそらくは現役の騎士では最高クラスの戦闘力を有している。そしてかれら二人は共に銀仮面と相対したことがあった。
「確かに人とは違う気配はしました」
 ロランがこたえた。普段は人を人くさいとも思わないロランであるが、さすがにアハトワの前では大人しい。
 するとフランツが眉をひそめ、
「ところが人間なのです。どこがと問われると困るのですが……」
「ではアルベルトに憑依しているとは考えられないか」
 アハトワが眼を転じると、ユリアは一枚の書類を取り出した。
「惰良毒丸というアヤカシがいたそうです。これは人間に憑依し、憑依した人間を操ったらしいのですが」
「ですが?」
「操られた人間はあくまで常人。が、銀仮面は人外の力を備えています。調べたところアルベルトは志体持ちではない」
「では志体持ちの人間に憑依しているということは?」
「あれは志体をもっている人間ではありませんね」
 フランツがこたえた。
 フランツは十二使徒と呼ばれるだけあって、様々な戦闘――志体を持つ者の特殊能力について精通している。一度見た銀仮面の力は断じて志体持ちの能力ではない。
 ふうむ、とアハトワは唸った。
「どうも良くわからんな。銀仮面とは何者なのか」
「しかし、わからないといってこのまま放っておくわけにはいきません。もしかするとヴァイツァウの乱以来の異変事が起きるかも知れませんから」
 ユリアの眼が蒼く光った。


「殺せ」
 くぐもった声が発せられた。銀色に輝く仮面の内から。
「ユリア・ローゼンフェルド。帝国最強の騎士集団である帝国親衛隊こそ最大の障害。その皇帝親衛隊の隊長がユリアだ。そのユリアはアルベルトを疑っている。今奴を始末しなければ、必ずや目論みの前で立ちはだかるだろう」
 一端言葉を切ると、銀仮面は黒々とわだかまった影にむかって再び殺せと命じた。
「ユリアは必ず毎月母親の命日に墓を訪れている。その時だけ護衛の騎士どもを遠ざけ、唯一一人で。チャンスはその時だ。いいな、ヨーレレイ、ケレ 」
 肯く影は三つあった。そして――
 影のうち一体はすうと陰の中に埋没し、他の二体は男女の人の姿と変じた。


「ユリア様をお守りください」
 娘はいった。ユリアに仕える者だという。
「嫌な予感がするのです。ですが警護の騎士はお供することができません。何卒開拓者の皆様のお力をお貸しください」
 開拓者ギルドの中。娘は懇願した。


■参加者一覧
ヘラルディア(ia0397
18歳・女・巫
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
フェルル=グライフ(ia4572
19歳・女・騎
狐火(ib0233
22歳・男・シ
フィン・ファルスト(ib0979
19歳・女・騎
長谷部 円秀 (ib4529
24歳・男・泰
マルカ・アルフォレスタ(ib4596
15歳・女・騎
ミレーヌ・ラ・トゥール(ib6000
13歳・女・騎
高尾(ib8693
24歳・女・シ
ヴァルトルーデ・レント(ib9488
18歳・女・騎


■リプレイ本文


「一度お会いしたことがありましたが」
 可愛らしい顔立ちだが、どこか寂しげである少女が呟いた。
 マルカ・アルフォレスタ(ib4596)。彼女がまとっているのは喪服を思わせる漆黒のドレスであった。
 今、マルカの発した言葉通り、彼女はユリア・ローゼンフェルド(iz0190)を見知っていた。
 皇帝親衛隊隊長。帝国内に圧倒的な力を有している女性である。その戦力において。また権力においても。
「陛下の信厚きお方に何事かございましたら帝国を揺るがしかねません。必ずお守りいたしますわ!」
「だよねー」
 うんうん、と。大きく肯いたのは溌剌とした娘であった。青の瞳が生きる力できらきらと光っている。――フィン・ファルスト(ib0979)であった。
「そのー、あんなに若いのに親衛隊隊長って、同じ女子として、憧れなんですよ。絶対、あたしも守ってみせます。それに」
 哀しみの翳りをおびた顔を、フィンは墓地にむけた。
 ユリアの名を聞く度、フィンには思い出すある名があった。
 クリスティーナ。ジルベリアの片隅で、ささやかに暮らしていたある女性である。
 その女性が殺害された。銀仮面の仕業である。優しきフィンの心に、クリスティーナの死は今も棘のように刺さり、血を流させていた。
「入れるかなぁ」
 再びフィンは、坂の上にある墓地を見上げた。墓地には管理人がいるという。一般市民は入れぬ可能性があった。
「柚乃(ia0638)達だけなら大丈夫かもしれませんが」
 やや高めの可愛らしい声をもらしたのは、神秘的な紫の瞳の美少女であった。名を柚乃という。
 すると二人の娘が肯いた。共に十八歳ほどで、金髪。が、表情は少し違う。
 ヘラルディア(ia0397)という娘はやや眼が垂れていて、大人しげである。優しいお姉さんといったところか。
 一方のフェルル=グライフ(ia4572)は陽気な笑顔の持ち主であった。見ているだけで、その者もまた笑顔をふっと浮かべてしまいそうになるほど心に染み入る笑み。
「なんせ私達は巫女ですからね!」
 フェルルが片目を瞑ってみせた。
 そう、フェルルにヘラルディア、柚乃は巫女であった。祈りを捧げに来たといえば墓地に入ることは可能であるかもしれない。
 さらにいえばミレーヌ・ラ・トゥール(ib6000)とヴァルトルーデ・レント(ib9488)。
 フェルルは、きかん気そうな顔立ちの少女と、ひどく冷たい眼をした娘に視線をむけた。
 きかん気そうな顔立ちの少女の方がミレーヌで、綺麗な薄紅色の髪を後で束ねている。口をへの字に結んでいた。
 冷たい眼の娘はヴァルトルーデ。すらりとした長身で、ジルベリアで良く見かける黒の衣服をまとっていた。
 そのミレーヌとヴァルトルーデであるが。二人の家柄は共に下級とはいえ貴族なのである。マルカ同様入れぬということはなさそうであった。
 ところが――
 フェルルは二人の男に眼を転じた。
 一人は二十代の若者。彫刻的な顔に皮肉な笑みを浮かべている。名を狐火(ib0233)といった。
 もう一人は狐火と同じ年頃で、風に吹かれるようにして無造作に立っている。こちらは名を長谷部円秀 (ib4529)というのだが――。
 この二人。平民である。円秀に至ってはジルベリア人ですらない。
「だったらマルカさんの下僕ってことにしたらいいんじゃないですか」
 フィンが瞳を輝かせた。すると狐火は口の端をすっと吊り上げて、
「それをいうなら従者でしょう」
「いいですね、マルカさん。下僕がもてて」
 くすくすとヘラルディアが笑った。この娘、どこまで本気か良くわからない。
 すると円秀が飄然としていった。
「ともかく墓地に入りましょう。ユリアさんが来る前に墓地を見ておきたいですからね」
 円秀の眼がきらりと光った。それは獲物を狙う虎の眼であった。


 開拓者達が墓地にむかう前夜。
 ギルドに一人の女の姿があった。
 年齢は二十代半ばほどであろうか。蜜がたらりと滴っているような艶っぽい美女であった。額に二本の角があるところからして修羅であろう。
 名を高尾(ib8693)というその女は、壁に貼り出された依頼書に眼を吸い寄せていた。依頼人はユリア・ローゼンフェルドの侍女とある。
「ユリアといえば、過日受けた依頼だ」
 高尾は呟いた。その依頼とはアルベルトという男を探るというものである。
「……あいつは一体、何者なんだい」
 またしても高尾の口から呟きがもれた。その依頼において彼女はアルベルトと肌を重ねたのであるが。
 シノビである高尾に気づかれることなく姿を消した。只者とは思えない。
 高尾は依頼書に視線を走らせた。ユリアが狙われるかもしれないとある。
 考えられることではあると高尾は思った。
 過日の依頼においてのことである。アルベルトを大っぴらに探っていた開拓者――ミレーヌが銀仮面に襲われた。その際に銀仮面は依頼主を問いただしたという。
 ちらと高尾は眼を動かした。視線の隅に、ギルドから出ようとする一人の少女の姿がある。フードをかぶっており、顔は見えにくい。薄紅色の髪が少し見えていた。依頼人である。
「やってみようかねえ」
 少女を追って高尾は足を踏み出した。ユリアのためでなく、己のために。
 本当のところ、ユリアに対して報酬以外の義理を高尾は感じていない。それでも高尾が依頼を受けたのは意地であった。シノビとしての、修羅としての、そして女としての。
 シノビとして、そのもてる技量の全て――女としての部分も含めて――を使い、今まで高尾は幾多の男をおとしてきた。唯一、未だその正体を見届けることのできなかったのがアルベルトだ。その体力精力は、とても人間とは思えない。
「何としても裏の顔を見てやるよ。そして盗まれたあたしの心を取り戻すんだ」
 高尾は前をゆく小さな背を睨みつけた。少女を追えば必ずアルベルト、もしくは銀仮面のところに行き着くと予想しているからであった。


 どれほど時が流れたか。高尾は愕然たる思いで足を進めていた。
 高尾はずっと少女を尾行してきたのだが、どれほど追っても追いつくことはできなかった。シノビの高尾が、だ。そして――
 ついに高尾は少女を見失った。気づけば、そこは王城の近くであった。
「アルベルト」
 ぎりっと高尾は歯を軋らせた。その眼はアルベルトの幻影を見ている。
「ついてこいといった言葉…あれは戯言だったのかい?」
「戯言じゃないさ」
 声は、突如した。
 建物の陰から姿をみせた男。精悍でありながら、どこか翳のある――アルベルトであった。
 高尾はやや慌てて、
「アルベルト。あんた……どうしてこんなところに」
「ふふん。それを知って探しに来たんじゃないのか」
 アルベルトはニヤリとした。


「勘というのは案外バカにできない」
 墓地の入り口を前に、円秀は足をとめた。
「ユリアさんは帝国親衛隊隊長…そして一人。ここを狙わない手はない。ユリアさんの腕を考えるに奇襲で来るでしょう」
「影」
 狐火が口を開いた。
「影?」
 フィンが眼を見開いた。狐火は肯き、チェーニは影に潜むモノ、といった。
「もしアヤカシが襲ってくるならば、ソレもまた影を操るモノである可能性が高いかと」
「それは」
 柚乃は顔色を変えた。彼女は影に潜むアヤカシ――影鬼と遭遇したことがあったのだ。瘴気結界では探知できない厄介な敵であった。
「試してみます」
 ヘラルディアは両手を合わせた。
 呪唱。ヘラルディアの瞳に金色の呪紋が現れた。
 数人の仲間の影を確認し、ふうとヘラルディアは息をついた。これでけで呪力のほとんどを使い果たしてしまっている。
「術はかけられていないようです」
「じゃあ」
 フィンが自身の影に槍をむけた。深紅の穂先を突き込む。異常はなかった。
 そのフィンの姿を見遣り、フェルルは唇を噛んだ。
 話に聞く銀仮面の遣り口。それにフェルルはフェイカーの影を感じ取っていた。
 かつてヴァイツァウの乱の裏で暗躍した魔物。そのフェイカーがまたもや動き出していることをフェルルは知っている
 フェルルはパンと自らの頬を叩いた。ともすれば沈みそうになる気を引き締める。
「もうおまえの好きにはさせない」


 そして、前夜。
 軋むベッドの上、ふたつの肉体がもつれあっていた。高尾とアルベルトである。
 アルベルトに貫かれながら、高尾はアルベルトの瞳を覗き込んだ。その奥に潜む復讐の鬼を探そうとするかのように。
 アルベルトと高尾は似たもの同士であった。共に権力に踏みにじられた者である。
「いってくれたよね、アルベルト。地獄の道行きって。いいね、上等じゃないか。生まれた時からあたしは地に這い蹲って来た。今更だよ。どこまでもついてゆこうじゃないか。だから」
 高尾は両腕をのばし、アルベルトの頬を包んだ。
「教えておくれよ、あんたの真実を」
「教えてやってもいい。ひとつ、俺の願いをかなえてくれたらな。ある男を篭絡してほしいんだ」
「ある男……誰だい、そいつは?」
「バルトロメイ・アハトワ」
 アルベルトはいった。


「かなり広いな」
 円秀が墓地を見回した。さすがに上流貴族の墓地だけあって広大だ。森に迷い込んだかのような錯覚すら覚えた。
 柚乃は瞑目した。ブレスレットの鈴が澄んだ音を響かせる。一切不浄を浄化させるかのような聖なる音色だ。
「ローゼンフェルド家の墓にゆくぞ」
 難しい顔をしてミレーヌが歩き出した。悔しくてたまらなかったからだ。
 ユリアの暗殺。それを遂行しうるほどの強者であるのなら、今のミレーヌの腕ではとてものこと敵わない。できることといったら援護することくらいである。
 やがて開拓者達はローゼンフェルド家の墓に辿り着いた。場所は管理人から聞いてあったのだが――。
 さすが名門というべきか。そこは小さな礼拝堂ともいえる建物であった。中に墓があるのだろう。
「さすがに我らが偉大なる皇帝陛下の番犬殿だけある」
 冷淡にヴァルトルーデは呟いた。
 有体にいって、ヴァルトルーデはユリアにさしたる興味はなかった。番犬がどこで、どのようにくたばろうが知ったことではない。ただ、その身分は問題であった。
 皇帝親衛隊隊長。皇帝陛下の剣であり盾である親衛隊隊長が暗殺された場合、どうなるか。皇帝陛下の威光は地に落ちてしまうであろう。
 その時である。柚乃は瞠目した。歩んでくる女性の姿を見出したからだ。
 それは十七歳ほどに見える凛然たる娘であった。まとっているのは純白の衣服。皇帝親衛隊の制服である。
「あれがユリア・ローゼンフェルド」
 狐火は感嘆した。歩く姿に一部の隙もない。
「あの」
 マルカの方から歩み寄っていった。するとユリアが破顔した。
「確かマルカ・アルフォレスタ殿。一度王城でお会いしたことがありましたね」
「はい。今日は両親の墓に」
「あっ」
 ユリアは息を詰まらせた。マルカの両親が惨殺されたという噂を聞いたことがあったのだ。
「ご両親はお気の毒でした。もし私にできることなら何なりと。力にならせていただきます」
「ありがとうございます。では、早速。ユリア様のお母様にお祈りを捧げさせてはいただけませんか」
「それは」
 ユリアは再び破顔すると、先に立って建物に入った。マルカが続く。
 やや遅れて開拓者達もまた建物内部に入った。大勢が続く不自然さはあるが、ユリアを守るためには仕方なかった
 内部はまさに礼拝堂そのものであった。窓から入る光と蝋燭の灯りでかなり明るい。
 冷たい殺意に彩られた視線を素早くヴァルトルーデは巡らせた。
 建物内部には開拓者の他に数名の人影があった。ユリアの母の命日を知って訪れた者達であろう。それが真実冥福を祈ってか、それとも政治であるのかはわからないが。
 ユリアを挟む形で柚乃とフェルルは立った。すでに瘴気結界は展開し終えてある。
 どこだ? 敵はどこから来る?
 柚乃とフェルルは精神を集中し、アヤカシを探った。が、未だアヤカシの存在はつかめない。
 と――
 母親らしき女と少女が歩み寄ってきた。手に蝋燭をもっている。
 一礼するとユリアが脇にどいた。
 刹那である。親子がユリアに襲いかかった。獣の、いや獣を超える迅さで。
 親子の姿は一瞬にして変わっていた。
 鋼のような筋肉をまとわせた巨躯。獣のもののような牙。ナイフのように尖った爪。――ケレだ。
 ケレは茫乎として佇むユリアに踊りかかった。岩さえ切り裂く爪がユリアめがけて疾り――
 鮮血がしぶいた
 一体のケレの爪が腹部に突き刺さっていた。誰の――フェルルの。
 そて、もう一体のケレの爪はフィンの盾が受け止めていた。彼女達はケレの襲撃に気づくや、一瞬で距離を詰め、ユリアの盾となったのであった。
 フェルルは叫んだ。
「させない!」
「今度こそ守ってみせる」
 フィンもまた叫ぶ。
 が、ここに、盾ではない騎士道を歩む者がいた。刃たる者。ヴァルトルーデだ。アドラストゥスを手に殺到する。
 それより速く、円秀はケレの背後に迫った。渾身の力をこめた拳をケレの背にぶち込む。たまらずケレが身を仰け反らせた。
 瞬間――
 ケレの足元の影から何かが飛び出した。
 立体の影ともいうべき漆黒の何か。ヨーレレイである。
 開拓者達を潜り抜ける形でヨーレレイがユリアに肉薄した。刃のように鋭い手刀をユリアの喉に――
 ぴたり、と。ヨーレレイの手刀がとまった。ユリアの喉一寸前で。
 ヨーレレイの身体に別の影がからみついていた。狐火である。
「チェーニ、ではないな」
 至極冷静にユリアがいった。面白くもなさそうにヨーレレイを見る。そのヨーレレイの背に矢が突き立った。ミレーヌである。
「始末してくれ」
「えいっ」
 マルカが剣を振り下した。


「知っていましたね」
 狐火が苦く笑った。
 ユリアの落ち着きぶり。暗殺のことを承知していたとしか思えない。
「私を囮にすればチェーニが姿をみせるかも知れぬと思ったのでな。十二使徒は顔が知られている可能性があった。だからお前達に手伝ってもらったのだ」
 ユリアは床に眼をむけた。すでに開拓者達が斃したヨーレレイとケレの姿はない。瘴気と化して消えてしまっていた。
「では、もしかすると侍女というのも」
「あれは十二使徒の一人、アーニャ・ルービンシュタインだ」
「もう」
 ぷっとフィンが膨れた。
「最初からいってくれれば、もう少し違う方法もとれたのに」
「すまん。敵を欺くには先ず味方からというからな。が」
 ユリアは再びフェルルに謝罪した。そのフェルルはヘラルディアによって癒されている。
「ユリア殿!」
 ミレーヌがユリアに詰め寄った。その可憐な顔を紅潮させている。怒っているのだ。
「少しはご自重を。ユリア殿はジルベリアになくてはならぬお方なのです。それが自ら囮となるとは」
「私は人を見る眼はあるつもりだ」
 微笑すると、ユリアはミレーヌの肩に手をおいた。
「頼りにならぬ者に背を任せはしない。ミレーヌよ」
「わ、私は」
 ミレーヌがさらに赤くなった。