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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ● 「神楽の都に放った海老坂典善とつなぎがとれぬ」 とろりとした闇の中、声が響いた。男とも女とも、また若いのか年老いているのかわからぬ、それは妖々たる声音である。 「紋蔵」 「はッ」 応えが響いた。すると妖々たる声音がさら不気味に、 「隼人とかもうす小僧、確かに始末したのであろうな」 「確かに」 肯く気配があった。 「ふむ。ならば何故――」 妖々たる声は一旦言葉を切り、ややあって鴉の里、といった。 「どうにも気になる。あれから鴉の里はどうなっておるか」 「田畑を耕すために十数の夜叉の里の者を。見張りとしては配下の二忍を」 第三の声がこたえた。 「二忍か‥‥。それでは足りぬ。あと二忍むかわせよ」 「承知つかまつりました。‥‥したが、いまさら何故に鴉の里になど」 「胸騒ぎがする」 妖々たる声がこたえた。それきり重い沈黙が闇にとけた。 ● 少女は耳をふさいだ。闇の底に沈むすすり泣く声から逃れるために。が、声は少女の鼓膜にまで染み入っているかのように消えない。 少女の名は千鶴。鴉一族のシノビである。 半年ほど前のことだ。突如夜叉一族が襲撃をしかけてきた。奇襲である。 恐るべき手練れ集団である夜叉一族に鴉一族は抗するべくもなかった。たった一夜にして鴉一族は壊滅してしまったのである。 その際、千鶴を含めて数名の娘が生かされ、捕らえられた。人形のように可憐な相貌の千鶴もそうなのだが、いずれ劣らぬ美女ばかりである。 生かして捕らえた理由は一つ。やがて鴉の里に入る夜叉の里の者の夜の伽をさせるためである。毎夜響くすすり泣く声は、夜叉一族の者に陵辱される娘達のあげる悲嘆の叫びなのであった。 が、たった一人、千鶴のみは無傷であった。それは千鶴が十二とまだ幼いからであり、さらには他の娘を自害させぬための人質とするためであった。無論、千鶴が自害した場合、他の娘を殺すと彼女自身もまた脅されている。 いったい何時までこの地獄は続くのだろう。耳を塞いだまま千鶴は身悶えた。 助けはこない。そのことは千鶴も承知している。滅んだ鴉一族の生き残りを助けようなどという酔狂な者などシノビには存在しないからだ。噂に聞く葉隠一族ならその限りではないだろうが。 「隼人」 千鶴は我知らず呟いていた。幼馴染である少年の名を。隼人のみ逃げ延びたことを千鶴は聞いていた。 無論、この時千鶴は知らない。すでに隼人はこの世にいないことを。そして隼人の依頼を受けた開拓者達が動いていることを。 千鶴が知っていることは一つ。夜はまだ長い。 |
■参加者一覧
霧崎 灯華(ia1054)
18歳・女・陰
空(ia1704)
33歳・男・砂
斎 朧(ia3446)
18歳・女・巫
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
亘 夕凪(ia8154)
28歳・女・シ
藤丸(ib3128)
10歳・男・シ
蒔司(ib3233)
33歳・男・シ
桂杏(ib4111)
21歳・女・シ |
■リプレイ本文 ● 寒風が吹き荒ぶ陰穀の地をゆくのは七人の開拓者であった。 そこは陰穀においても辺境といわれる辺り。とはいえ、余所者が簡単にうろつけるところではなかった。 道という道にシノビの眼が光っている。身元の知れぬ者は、たとえ開拓者といえども無事ではすまない。それでも開拓者が道を進むことができたのは、それが隼人の教えてくれた鴉一族しか知らぬものであったからだ。 と―― 一人の少女が薄く笑った。 十八とは思えぬほど艶やかな笑み。が、それはひやりとする冷たさをはらんだもので。 斎朧(ia3446)はいった。 「娘ばかりを生かしておいたのは、おそらく慰み者にするためでしょう。分かりやすいといいますか、案外甘いといいますか。後腐れなく、全て消していれば襲われる事もなかったでしょうに」 「朧姉ちゃん!」 きっ、と少年が朧を睨みつけた。犬の耳と尾をもっているところみて神威人であろう。 「ひどいじゃないか。せっかく生き残りの鴉一族がいたのに」 「藤丸(ib3128)」 身体中に無数の傷痕を刻んだ男が少年の肩に手をおいた。 無骨な、戦うことしか知らぬ手。が、それはとても温かい。だから藤丸はその蒔司(ib3233)という男が大好きであった。 顔を上げた藤丸を見下ろし、静かに蒔司は首を振った。 「朧のいうことに間違いはない。夜叉は確かに誤った。その甘さが奴らの首を絞める結果となる」 「でも」 髪を短く切りそろえた娘が睫を伏せた。美麗な朧と比べて地味な娘である。が、それは美しくないという意味ではない。 桂杏(ib4111)というその娘は、実際のところ美しい。明日を目指すその魂は虹色の光を放っており、その輝きが眩いばかりの美を桂杏に与えているのであった。 桂杏は続けた。 「助けたからって総てが解決する訳じゃないのですね」 「隼人は」 ふっ、と口を開いた。十八ほどの、整った顔立ちをもつ純真無垢な少女。が、それは偽りだ。 背に入れた刺青と同じ。彼女の眼は爬虫のそれであった。輝血(ia5431)という一族長の名を継いだ時から、彼女は一切の感情を捨てている――はずであった。 が、空を見上げる輝血の瞳にたゆたう蒼い光は何であろう。 誰にも聞こえぬ声で輝血は独語した。 「今あっちでどんな風に思ってるかな」 「見守ってくれてるさ」 藤丸がニカッと笑った。彼は耳がいい。 桂杏が大きく肯いた。 「そうですね。だから私達はせめて残った命を救わなければ」 「ふふん」 嘲笑った者がいる。 少女だ。年齢は朧や輝血と同じであるのだが、童女のように見える。が、その身にまとった気はひどく禍々しい。血の匂いがする。 言葉には発さないが、実のところ、霧崎灯華(ia1054)というこの陰陽師にとって隼人のことも生き残りの鴉一族のことなどどうでもいい。彼女とって興味のある対象は、むしろ敵である夜叉であった。 どれほど血を流してくれるか。どれほど血を流させてくれるか。まさに灯華は血に狂っていた。 「誰に喧嘩売ったか後悔するといいわ」 灯華はぬらりと大鎌の刃を濡れた舌で舐め上げた。 ● 鴉一族の里は山間にあった。 戸数は五十ほどか。あまり大きくはない。 里を一望できる丘の上で一人の女が腕を組んだ。 年齢は二十八。が、そうは思えぬほどの落ち着きがある。亘夕凪(ia8154)であった。 「ここからじゃ詳しいことはわかないねえ」 煙にたつ家屋が見えるが、そこに娘達が囚われているとは限らない。 奪還に二度目はない。確実を期す必要があった。 夕凪は蒔司と輝血、そして桂杏に眼をむけた。 三人は共にシノビ。潜入において彼らにかなう者はいない。 「使用されている家屋数と位置、そして見張りの有無と人数。見定めて貰えるかい? 生かしてる訳も大方胸糞悪い理由だろうさ。なら確実に出入りがある筈だ」 「うむ」 ゆらりと蒔司が立ち上がった。輝血、桂杏もまた。 その背にむかって夕凪がいった。 「開拓者の道を望んだ隼人は既に仲間さ。九人めの魂と共に‥完遂といこうじゃないか」 「そうやな」 蒔司は鴉の里に眼をむけた。 隼人よ。 心中、蒔司は声をあげた。 隼人よ。やっとここまで来れたぞ。お前が夢見てくれた開拓者の姿、間違ってはいなかったと微笑ってくれるように―― 「お前の最後の願い、此処に果たそう」 蒔司が飛鳥のように跳んだ。 ● どれほど時がたったか。 突然藤丸が耳をぴくりと動かした。 「伏せて」 藤丸が小声で叫んだ。微かだが、異様な気配を藤丸はとらえていた。 「夜叉かもしれない」 伏せた朧が呟いた。 彼女達は都において潜伏していた夜叉シノビを斃した。死体は始末したが、当然その者達との連絡はつくまい。鴉の里にいる夜叉シノビが警戒しているのは当然であった。 そして幾許か。藤丸が顔を上げた。 「気配がなくなった」 「そうかい」 夕凪が胸を撫で下ろした。そして気づいた。 身を起こした開拓者は彼女を除いて二人。藤丸と灯華だ。では朧はどこに―― 朧の姿は、やや離れた樹間にあった。 紐を解き、巫女袴を下げる。惜しげもなく秘部を晒し、朧はしゃがみこんだ。しばらくして液体が地をうつ音が響いた。 「娘」 朧の背後に気配がわいた。 男。夜叉シノビである。名を関根重蔵というが、無論朧は知らない。 朧はこたえない。ただじっとしている。 それを恐れ故ととったか、はたまた羞恥の為ととったか、重蔵はニヤリとすると、 「何者だ。シノビには見えぬが、何故ここにいる?」 問うた。 その問いの響きが消えぬ間に、朧は振り向いた。その朧の顔に当惑も羞恥もない。何故なら彼女自ら夜叉シノビをおびき出したのだから。が、秘部を男の眼に晒して顔色一つ変えぬその心魂をいかに評するべきか―― ただならぬ苦鳴が響いた。それは重蔵の口から発せられている。その身は炎に包まれていた。 反射的に重蔵は手裏剣を放った。さすがの朧もこれは躱せなかった。細い朧の肩に手裏剣の刃が突き刺さる。 皮膚を焼け爛れさせ、重蔵が朧を襲った。 刹那、白光が流れた。背を割られた重蔵がばたりと倒れる。背に矢が突き立っていた。藤丸の矢が。 「大丈夫かい」 夕凪が手を貸し、朧を起こした。 「これくらいの傷」 朧は手裏剣を引き抜き、口の中で短く呪を唱えた。 一陣の風。たちまち朧の肩の血がとまった。 「よかった」 胸を撫で下ろしつつ、しかし夕凪の眼は昏い。 このシノビが戻らねばどうなるか。夜叉シノビは警戒を強めるに違いない。 「まずいねえ」 夕凪は呻くが如く呟いた。 ● 三人のシノビが戻ってきたのは、まだ中天に日があるうちであった。 「急に奴らの動きがおかしくなったが」 なるほど、と蒔司は得心した。彼の足元には重蔵の死体がある。舌を噛み、自らにとどめを刺したのであった。 「いきましょう」 桂杏が促した。 「夜叉の備えが整わないうちに仕掛けた方がいい」 ● 木陰に潜んだ夕凪がちらと眼を覗かせた。 村の中央。一軒の家屋の前に佇む二人の男の姿が見えた。 一人は初老で、一人は若い。身ごなしからして夜叉シノビに違いなかった。 「やるねえ」 夕凪は唸った。 人の出入りがあった家屋は二つ。村の中央だ。身を隠すものはない。近づくには身を晒す必要があった。 「しかし、やるしかない。いくよ、藤丸」 「うん」 藤丸は緊張に強張った顔で首を縦に振った。 「隼人‥‥見守っててくれ。必ず、やり遂げてみせるから」 「鴉の民を蹂躙した以上‥下忍も里人も関係ない」 すう、と夕凪の手が腰の刀――翠礁にのびた。 「遠慮も加減も無しだ」 抜刀しつつ、夕凪が飛び出した。目指すのは二つの家屋の三つ隣だ。 「来たぞ、小鬼丸」 初老の男が若者に目配せした。瀬音の勘兵衛という。小鬼丸と呼ばれた若者は背に回した忍者刀に手をかけた。 「俺が」 「いや」 勘兵衛が制した。 「奴らはわしが迎え撃つ。お前は残り、千鶴を見張れ」 勘兵衛が地を蹴った。瞬くに襲撃者との間合いを詰める。 「しゃっ」 勘兵衛の手から手裏剣が飛んだ。襲撃者――夕凪と藤丸は左右に跳ねた。 うっ、と苦鳴を発したのは藤丸だ。その太股に手裏剣が突き刺さっている。 がくりと藤丸が膝をついた。その時にはすでに勘兵衛は肉薄している。 「死ね」 勘兵衛の刃が袈裟に疾った。 ぎいん、と。耳障りな音が響いたのは次の瞬間であった。 勘兵衛の刃がはねあげられていた。夕凪の刀によって。 ● 開拓者達は二手に分かれて襲った。 家屋まで身を晒す必要があるが仕方ない。森に張り巡らされた罠は蒔司が解き、襲撃が気取られるまでの時間が短縮できたことがせめてもの救いであった。 「ふん!」 小鬼丸が手裏剣を放った。蒔司が身を捻る。が、躱しきれない。 あえて蒔司は左手で受けた。急所を守る。夜叉シノビの手裏剣の技量はかなりのものであった。 手裏剣を引き抜き、しかし蒔司は舌打ちした。手裏剣の刃が黒く染まっている。 「毒か」 手裏剣を投げ捨て、蒔司は歯を軋らせた。すでに身体が痺れ始めている。 「馬鹿め」 哄笑をあげた小鬼の手から再び手裏剣が飛んだ。さすがに他の開拓者は足をとめた。輝血を除いて。 さらに疾走の速度をあげて輝血が迫る。空で火花が散った。偶然であろうが、彼女の放った苦無が小鬼丸の手裏剣を撃ち落したのであった。 ぬっ、と輝血が小鬼丸の眼前に立った。 「遅い」 輝血の刃が小鬼丸の胴を薙いだ。 しぶいたのは鮮血――いや、茶の飛沫であった。 それが砂であることを見とめるより早く輝血は跳び退っている。が、小鬼丸は逃さない。背の刀を引き抜きざま薙ぎあげる。 地に降り立った輝血は頬に手をあてた。深く切り裂かれており、血が滴り落ちている。 この場合、しかし輝血の表情は変わらない。ただその瞳にのみぞくりとするような蒼い光が閃いた。 「一族の長たる輝血の顔に傷をつけた罪、償ってもらうぞ」 輝血は蹴りをぶち込んだ。冷たい怒りを込めて。 その怒りであるが。 それは決して言葉通りのものではなかった。 物心ついた時から、輝血はシノビであった。修羅場の只中にいた。故に愛も恋も知らぬ。陰謀と憎悪のみを糧として育ってきたのだ。 その輝血が唯一見た真実。氷を割って蒼い空を目指した一輪の花のような少年を――輝血がどこかに忘れてきたものを思い起こさせる存在を夜叉は殺した。その夜叉をどうしても輝血は許すことができなかったのだ。 輝血の蹴りを受けて小鬼丸が吹き飛んだ。 衝撃はある。が、たいしたものではなかった。 獣のように小鬼丸が地に這った。 「効かぬ!」 「そいつは私がもらう!」 不気味で、かつ可憐な笑みが躍った。灯華である。 灯華が印を組んだ。呪唱。 小さな灯華の身体を取り巻くように呪力が展開した。 ぎりり、と灯華は唇を噛んだ。まだ呪力が足りない。あれを呼び出すには―― 次の瞬間だ。 小鬼丸が倒れた。身をよじって苦悶する。その口から血のまじった反吐を吐いた。魂そのものを噛み砕く呪いが彼の身を蝕んでいるのだった。 「くはは」 嘲るように笑う灯華の口からも鮮血が噴いた。 血の契約。外法たるこの呪法は使用者の命をも削り取る。さらに灯華の胸には苦し紛れに小鬼丸が放った手裏剣が突き刺さっていた。それでも灯華は笑う。 「運がいいわね。あたしの本気でイケるんだもの」 「今です」 桂杏が家屋に飛び込んだ。 ● 「小鬼丸!」 勘兵衛が振り返った。 一瞬の隙。ねじこむように夕凪が迫った。 縦一文字にはしらせたのは必殺の一撃。が、それは空しく空をうった。勘兵衛の姿が朧に揺れていたからだ。 「いかせない!」 藤丸の身裡で巨大な気が炸裂した。矢を放つ。 唸りをあげて飛んだそれは、しかし勘兵衛をかすめたにすぎなかった。 「ぬぐっ」 勘兵衛がよろけた。無論矢に撃たれたためではない。矢の発する衝撃波の仕業であった。 「終わりだ!」 夕凪の怒号。 空間が震え終わった後、血煙をあげて勘兵衛が倒れた。 「あっ」 一瞬桂杏が足をとめた。 家屋の中。一人の少女が横たえられていた。猿轡をかまされ、戒められている。 「鴉一族の生き残りですね」 桂杏が問う。少女はこたえない。かまわず桂杏が猿轡を解いた。 「隼人さんに頼まれました」 「隼人に!」 少女が愕然たる声を発した。 「本当なの、隼人から頼まれたって」 「ええ。仔細は後ほど必ず」 「おぬし、名は?」 「千鶴」 蒔司の問いに少女がこたえた。蒔司は肯くと、 「他に生き残っている鴉一族は?」 「隣に」 「わかった。では、その者達の人数と名を教えてくれ」 ● 桂杏が戸に手をかけた。耳をすませる。 物音はあった。が、それが誰のものかまではわからない。 まだ夜叉シノビがいる可能性があった。偵察は十分ではない。 用心しつつ桂杏が戸を開いた。するりと身を滑り込ませる。 いた。部屋の隅に幾人もの人の姿がある。 一見したところでは全員が女だ。こちらもまた全員が戒められ、猿轡をかまされている。全員が気絶しているようだつた。 一人、戸に近いところに倒れている少女がいた。どうやら這って逃れようとしたものらしい。 桂杏が駆け寄った。 「待って」 朧がとめた。が、その時すでに桂杏は少女の猿轡に手をかけていた。 「あっ」 ひびの入ったような声は桂杏の口から零れた。その腹を刃が貫いている。少女が手に隠していた短剣の刃が。 「兄‥‥様」 このままでは終われなかった。 桂杏が目指す地平。そこには敬愛する兄の背がある。 どのような苦難に遭おうとも、決して挫けぬ兄であった。辛い顔など見せぬ兄であった。その妹たる自分が、こんなところで立ち止まってどうするのだ。 桂杏の腰から白光が噴いた。少女が飛び離れる。閃く刃はその面上をかすたにすぎなかった。 「何故――」 という声は少女の口から発せられた。刃で腹を貫かれ、それでもなお反撃できる者がざらあろうはずがない。 その時、少女の身が炎に包まれた。 ● 二人の夜叉シノビは死んだ。少女のシノビのみ逃れた。 残るのは夜叉の里人であったらしく、さしたる追撃を受けることもなく開拓者達は村を離れた。鴉一族生き残りの娘達を伴って。少女がなりすましていた娘は家屋の押入れから見つかった。 「手掛かりが得たかったのですが」 朧が小さく首を振った。 呪法、終りへの階。しかし施す時間が足りなかった。 灯華もまた夜叉の里人から情報を聞き出そうとしたが、夕凪がとめた。夜叉シノビの追っ手がかかるかもしれないからだ。今は生き残りの身の安全が第一である。 「まあ、いいさ。でも大変なのはこれからだ」 夕凪は蒔司とは別種の息を吐いた。 鴉一族の長が求めた葉隠一族。その自由と誇り高き生き方を生き残りの達もまたと願うが、肝心の葉隠一族との繋がりがない。 「まあ、いい」 蒔司は溜めていた息を吐いた。その口辺に微かにういているのは微笑だ。 隼人が笑う声がする。何故だかそんな気がした。 |