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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ● 夜は漆黒であった。 夜は真紅であった。 ニンマリ笑ったその顔の中で眼のみ黄色く光っていた。 「小僧」 男の口が薄く開いた。 「殺してほしいか」 少年は答えることもできず、ただ男を見上げていた。張り裂けんばかりに眼を見開いて。その瞳には地獄絵図が焼きつけられていた。 反射的に少年は男に飛びかかった。それは勇気というより、死の恐怖に駆られての行動であった。 男は無造作に手で払った。少年の身体が鞠のように宙に舞う。地に落ちた時、少年の胸から血がしぶいた。 「弱いな、小僧」 男は狂ったような哄笑をあげた。その時―― 男の前に一つの人影が立ちはだかった。 少女だ。少年とよく似た顔立ちで、わずかに年上に見えた。 「逃げて、隼人!」 少女が叫んセ。が、隼人と呼ばれた少年は動かなかった。動けなかった。恐怖で竦みあがってしまっている。 「逃がすかよ」 男の手から苦無がとんだ。それは小動物のように身動きもならぬ隼人の顔面にむかって―― たらり、と血が零れた。少女の胸から。隼人を庇って立つ少女の胸に苦無が突き刺さっていた。 「あ――」 隼人の強張った顔に亀裂が入った。恐怖以外の表情が青白い顔に浮かび上がりつつある。 「姉‥‥ちゃん」 「隼人‥‥逃げて。お願い」 隼人の姉が懇願した。隼人はいやいやをするように首を振った。 と、男が動いた。忍び刀を手にしている。隼人を殺すつもりであった。 刹那、隼人の姉が跳んだ。男にしがみつく。 「ええい、邪魔だ」 男の忍び刀が翻った。が、隼人の姉は男も、そしてその手の刃も見てはいなかった。 隼人の姉は隼人を見ていた。そしてにこりと微笑んだ。 「隼人、大好き」 ● がばっと隼人ははね起きた。冷たい汗に全身がぐっしりょと濡れている。 またあの夢だ。 鴉一族が滅んだ夜。姉が逝った夜。赤と黒の夜だ。 隼人はぎりりと唇を噛んだ。拳を握り締める。爪が食い込み、血が滲んだ。 「姉ちゃんは命をかけて俺を助けてくれた。それなのに俺は――」 無力で臆病な自分が許せなかった。だから必死に修行もした。鴉一族を滅ぼした夜叉一族に復讐するために。 が、力をつければつけるほど、隼人は己の無力感を味わった。夜叉一族は強い。数年修行したとて、小僧一人の力でどうにかなる相手ではなかった。 元々鴉一族は陰殻上忍四家の一家である諏訪に属する一族であった。が、里長である鴉兵蔵は葉隠一族たらんとして諏訪との繋がりを断った。それが誤りであった。 小さなシノビ一族の独立を他のシノビ一族が見逃すはずもなく。まさしく餓狼の如く夜叉一族が襲いかかったのであった。 夜叉一族は北條に属するシノビ一族で、それほど大きな勢力はもっていない。ただその残忍さにおいて名を知られた一族であった。 たった一夜のうちに鴉一族は壊滅した。夜襲であるが、その点について隼人は卑怯とは思わない。それがシノビの戦いであった。 その日を境に、隼人は復讐の二字を胸に歩みはじめた。まず手をつけたことは夜叉一族について調べることであった。 が、所詮は子供。さしたることは掴めなかった。 わかったことといえば頭領の名が夜叉骸鬼ということのみで、顔はわからない。若いのか、年配なのか、それすらも。 ● 「まだ仲間が神楽の都にいるはずなんだ」 開拓者ギルドの中。隼人はいった。 シノビは通常、数人で作戦行動をとる。鴉一族の場合、中忍である小頭が指揮をとり、三人の下忍が従う。 人数は違うかもしれないが、夜叉一族もおそらくそうだろう。少なくとも小頭一人は神楽の都に潜伏しているはずであった。 「見つけ出し、斃したい。力を貸してくれ」 隼人は復讐に燃える瞳をギルドの受付の者にむけた。 |
■参加者一覧
霧崎 灯華(ia1054)
18歳・女・陰
空(ia1704)
33歳・男・砂
斎 朧(ia3446)
18歳・女・巫
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
亘 夕凪(ia8154)
28歳・女・シ
藤丸(ib3128)
10歳・男・シ
蒔司(ib3233)
33歳・男・シ
桂杏(ib4111)
21歳・女・シ |
■リプレイ本文 ● 「そういう理由だったのですね」 溜息に似た声をもらしたのは二十歳ほどの、月見草にも似た控えめな印象の娘であった。 名は桂杏(ib4111)。開拓者である。 彼女の前には一人の少年が立っていた。 年齢は十二歳ほどか。何かを思いつめた眼をしている。 依頼人。鴉一族の隼人である。 この場合、兄ならどうするだろう? 本名は大蔵桂杏という彼女は疑念を胸に抱いた。そしてすぐに首を振った。 桂杏は兄を慕い、その背を追った。それは兄におぶってもらう為ではない。兄に認めてもらいたいからだ。そのためには一人で立ち、一人で決断しなければならない。 桂杏ははっきりとした声音で告げた。 「微力ながら助太刀させて頂きます」 「いいのか」 隼人は良く光る眼で八人の開拓者を見回した。 「夜叉一族を敵とするんだぞ」 「だから?」 ふふん、と。嘲笑うかのように問い返したのは二十歳に満たぬ少女であった。 華奢で小柄で、おまけに童顔。一見したところ、身形ともあいまって大人しげな陰陽師としか見えない。 が、よくよく見ればその瞳には不気味な光があることに気づく。それは毒蛇の牙の閃きであった。 少女――霧崎灯華(ia1054)は不敵にいいはなった。 「夜叉一族がどうだっていうの」 「斃した三人は下忍だ。夜叉一族の力はあんなものじゃない」 「で、今度は小頭、か」 刀を腰におとした女が眼をあげた。大樹のように落ち着き払ったサムライ。名は亘夕凪(ia8154)という。 何故、少年が復讐に命をかけるか。隼人の覚悟はわかった。また少年をしてそうさせざるを得ない夜叉一族の残虐ぶりも。 夕凪は腰の刀に視線を落とした。 「綺麗事好むな私の性分だが」 夕凪の頬に自嘲めいた笑みがよぎった。 世に道理のみが通用するはずもない。そのことは理解しすぎる夕凪である。 が、それでも夕凪は夢見ていたい。正義と愛という手垢のついた、そして蹴飛ばされ続けた言葉が燦然と煌く世界を。 夕凪は刀の柄を握り締めた。此度ばかりは遠慮は要らないだろう。 「腹ぁ括るとするかね」 「そうやな」 ふっと夕凪の背に声がかけられた。硬いが、暖かい声音。 振り返った夕凪は、そこに一人の男が立っているのを見とめた。 年齢は夕凪よりやや上か。顔といわず腕といわず、露出した部分すべてに傷を刻んだ凄みのある男だ。 蒔司(ib3233)。黒獅子の神威人であった。 「隼人の意地と誇り、どこまで貫けるんか、ワシもちと見てみとうなったわ」 蒔司は微かに微笑うと、隼人を見下ろした。 「ええか。復讐は誰ぞの為にするもんやない。手前の気持ちが治まりつかんからやるもんや」 「‥‥」 隼人は黙したまま蒔司を見上げた。 隼人に兄はいない。もし兄がいるならこのような人であったろうと隼人は思っている。だから彼の言葉は聞き逃さない。 蒔司は続けた。 「おんしがワシらを雇うてくれる限り、力を尽くすきに」 「す‥‥まない」 隼人の眼の刃の光が解けた。後に現れたのは夏の陽光のような無垢な瞳である。 その隼人の瞳を眩しく見つめている者が一人。斎朧(ia3446)という少女であった。 年齢は灯華と同じ。つまりは十八であるのだが、印象はまるで違う。いやに大人っぽいのだ。それは花の香りのする豊かな肢体によるものであるのかも知れない。 「羨ましいですね、心燃やせるというものは」 朧は独語した。 彼女の心は、自身驚くほど平静である。それを他人は落ち着きと呼んでいるが、朧は時として寂たるものを覚えていた。 と―― 朧は、ふと仲間の異変に気づいた。 非常に小柄の、十歳ほどの少年。耳が柴犬のそれであるところから神威人であろう。怯えたように身を震わせている。 「藤丸(ib3128)さん、どうかしましたか」 朧は問うた。藤丸は普段快活で、子犬のように震えているところなど見たことがない。 「隼人が」 「隼人‥‥さんが、どうかしましたか」 「うん‥‥遠いところにいっちゃうような気がしてさ」 迷いつつ藤丸がこたえた。 若年といえど藤丸は開拓者。その勘は尋常なものではない。 朧が口を開こうとした。それを遮るように第七の声が響いた。 「隼人」 少女がいった。 年齢は朧と同じほど。大きな瞳が可憐な美少女だ。その微笑みは天使のようで。 いや―― もし注意深い者がいたなら、輝血(ia5431)という一族長の名を受け継いだ彼女の瞳の奥にある冷めた光に気づいたかも知れぬ。 それこそは死生眼。この世の死も生も、また己の死すらも彼岸のものとしてただ眺めることのできる者だけが持ちうることのできる眼であった。 輝血は続けた。 「仕事ならどんなことでも口を挟むつもりはないよ。ただ一つ答えな。事が成ったとして、その先に何を望む?」 「何を?」 戸惑ったように隼人は口を閉ざした。正直、復讐のことで頭がいっぱいで、その先については考えたこともない。 その時、隼人の脳裏に姉の笑顔がうかんだ。 そうか――。 「俺は」 隼人は口を開いた。似合わぬ、どこかはにかんだような声で、 「誰かのために戦いたい。だから――開拓者になる」 「そうかい」 夕凪が肯いた。 「なら、今回は私と一緒にいてもらおうか」 「なっ――。どうして?」 「貴方が鴉一族最後の一人だからですよ」 桂杏がこたえた。さらにいいきかせるように続ける。 「あなた以外に死んでいった方々の恨みを晴らしてあげられる人はいないのです。だから仇である夜叉の頭領を討つまでは決して無茶をしてはいけません」 「‥‥わかった」 素直に隼人は肯いた。 くくく、と。 含み笑うような声が流れたのは、隼人と七人の開拓者がギルドから出た直後のことであった。 一人の男が口をゆがめ、笑っている。可笑しくてたまらぬように。 「まだ、殺り足りねェか」 男の眼が黄色く底光った。名は空(ia1704)。八人めの開拓者だ。 隼人の生死など、正直空はどうでもよい。野良犬ほどにも関心はなかった。が、隼人の末路には興味がある。満身を真っ赤な血に染めた時、果たして―― 「あの小僧は飲まれるかね? それとも踏み止まるか」 空の唇の端が鎌のように吊り上がった。 ● その日の夕刻。 灯華は居酒屋にいた。隣に座しているのは、前回、鴉一族の情報をくれたいやらしい男だ。 男が灯華を抱き寄せた。胸元に手を差し入れようとし――灯華がおさえた。 「あんまりオイタが過ぎると、その首飛んじゃうわよ♪」 笑う。可愛い、しかし恐い笑みだ。男が顔色をなくした。 「わかったよ。そのかわり情報はなしだぜ」 「‥‥仕方ないわね」 一瞬躊躇った後、灯華は手を放した。報酬を与えずして情報を得ることなどありえない。 男はニンマリすると灯華のこぶりの乳房を揉みしだいた。そして告げた。 「鴉の里に生き残りの者がいるらしいぜ」 同じ時、ある宿の番頭が首を傾げていた。 先ほど宿をとった四人。そのうちの二人の顔にどこか見覚えがあるような気がするのだ。 「確か先日」 呟いた時だ。階上より声が降ってきた。どうやら誰かが泊まり客に何事かを尋ねているようだ。 ややあって一人の娘が降りてきた。白銀の髪の美しい少女である。 「そうそう尻尾を残していませんね。一度池田屋に戻って立て直しますか」 少女が呟いた。そのまま戸をくぐり、姿を消す。 直後のことだ。 番頭はぎくりとした。いつの間にか背後に男が立っている。身形からして行商人のようだ。 黙したまま土間に下りると、行商人もまた戸をくぐり、姿を消した。 ● すっと旅籠の窓が開いた。 二つ。覗く眼も二対あった。 一つは蒔司である。先日襲撃した宿に逗留しているのであった。 街路をゆく朧を見つめつつ、蒔司は素早く結印。練り上げた練力を耳に送り込んだ。 「ふふん」 蒔司は笑った。 朧の後を歩く行商人。その足音がない。 いかに変装していようとも蒔司の耳を欺くことはできぬ。奴はシノビだ。 「来たか」 同じく超越聴覚を用いた輝血もまた呟いた。そして同室の二人を見た。 桂杏と藤丸。藤丸は先ほどまで外套で耳を隠していたが、今はさらしている。 「奴か?」 輝血が問うと、桂杏は首を振った。 先ほど、近くの飯屋において桂杏は兄を探していると称し、夜叉三忍の人相風体を伝えた。その後、気づくと一人の雲水の姿があった。おそらくは夜叉一族の者であろう。何故なら、この宿においてもまた雲水が夜叉三忍のことを尋ねていたからだ。 「少なくとも夜叉は二人。‥‥ばれてないかなあ」 やや不安げに藤丸が耳を触った。隼人に変装したつもりだが、それがどこまで有効かはわからない。 開拓者達はこの宿に罠をはった。が、ここはいわば敵地。どこに夜叉が潜んでいるか知れたものではないのだ。 きゅっと藤丸は唇を噛み締めた。隼人のことを思い浮かべる。守るべき者がある時、藤丸はより強くなることができるのだった。 「きっと仇をとらせてあげるよ」 ● 「たぶん盗みだ」 茶店の縁台に腰をおろすと、隼人が口を開いた。 神楽の都では今、夜鴉組なる盗賊が暗躍しているという。夜叉一族の属する北條は盗賊行為を容認していた。 「そうかい」 夕凪の顔に思わずといった笑みが滲む。きっと隼人が睨みつける。 「可笑しいか」 「可笑しかないさ」 こたえつつ、しかし夕凪の笑みは消えない。 隼人は獣耳カチューシャをつけていた。藤丸に借りたコルセールコートをまとっている。そうした姿はやはり少年そのものであった。夕凪としては微笑を禁じえない。 「うん、よぉ似合うとると思うで」 蒔司の言葉を真似て夕凪がいった。ぶい、と隼人はそっぽをむいた。 ● 少し前。 待て、と。 呼びとめられ、灯華は足をとめた。暮色の濃い裏道でのことだ。 灯華は振り返った。男が二人立っている。 「貴様、夜叉と鴉のことをかぎまわっているな。何者だ?」 顔の長い男が問うた。灯華はすうと手の大鎌をおろすと、 「あたしは霧崎灯華。何でも屋よ。鴉一族の生き残りって奴に殺しを依頼されたんだけど、断った。でも金になりそうだから一人で動いてるのよ」 「――鴉一族の生き残り」 二人の男が顔を見合わせた。 「そうよ。今頃は宿に罠仕掛けて待ってるわ。報酬をくれるなら、もっと鴉の連中の情報あげるけど?」 「報酬か‥‥」 長い顔の男の手が黄昏の光をはねた。 咄嗟に灯華が飛び退る。が、遅い。肩に手裏剣が突き刺さった。 「何の真似、これは?」 眼を吊り上げ、灯華が手裏剣を引き抜いた。長い顔の男はせせら笑い、 「身体に聞くが夜叉の報酬よ。牛頭丸」 長い顔の男があごをしゃくった。不承不承肯くと、牛頭丸と呼ばれた男は背を返した。 長い顔の男は再び手裏剣を手にとると、 「知っていることを吐いてもらうぞ。その後で、この馬頭丸がゆっくり殺してやる」 「できるか!」 裂帛の呼気は同時。一瞬後、呻く声は馬頭丸の口からあがった。 薄闇の中、馬頭丸の鼻から血が滴り落ちているのが見える。いや、鼻だけではない。眼からも。そして耳からも。 呪声。 灯華が放った式が馬頭丸の脳内で炸裂したのである。いわば霊的爆弾ともいえる代物であった。 馬頭丸は飛び退ると、そのまま逃走に移った。無防備な脳に対する攻撃は馬頭丸に無視できぬ損傷を与えていたのだ。 ややあって―― 灯華は地に視線をむけた。 手裏剣が落ちている。側に苦無が一本。 本来灯華の胸を貫くはずの手裏剣を、その苦無がはじいたと彼女自身は見抜いていた。 「――誰が?」 灯華の姿が消えた後、民家の屋根の上にむくりと起き上がった影があった。 「少し目立ちすぎたな」 影は苦く笑った。闇の中に溶けたその顔は、居酒屋で灯華に情報を与えた男のものであった。 「これ以上葉隠がかかわるわけにはいかねえ。この顔と名、捨てねばなるまいな」 ニヤリとすると、男は闇の中に姿を消した。 ● 灯華と同じように朧も呼びとめられていた。 振り返った朧は行商人らしき身形の男の姿を見出した。旅籠から後をつけてきているこはすでに承知している。故に隼人のもとにむかうことができなかったのだ。 「少し道をお尋ねいたしたく」 言葉が終わらぬうち、男の手が閃いた。朧の首に手裏剣の刃が凝せられる。用心はしていたが、彼女の反射能力を男のそれは遥かに上回っていた。 「騒ぐな。騒げば殺す」 男の眼に酷薄な光がうかんだ。 「貴様――いや、貴様達は何者だ。百足丸達をどうした?」 「‥‥貴方達は夜叉一族ね」 動じたふうもなく、逆に朧は問い返した。このような場であっても彼女の心は波立たぬ。 男の眼に殺意が閃いた。 殺せ。 物陰に身を潜めた空は冷酷に思った。 朧の戦闘能力は低い。一対一ではシノビには勝てないだろう。ならばさっさと死ね。後は俺が上手くやる。 空がニタリとした。 刹那、空は跳ねた。彼の超聴覚が背後の異音をとらえたのだ。それは鯉口を切る音であった。 「やるな」 含み笑う声が闇の中に響いた。次いで、ぼうと人影が浮かび上がる。 壮年の男。黒装束をまとっていた。 「てめぇ」 空の手が背にまわした忍刀にのびた。彼のシノビとしての本能が告げている。こいつが小頭だ。 この場合、空の頭脳はしんと冷えた。冷徹に計算する。 小頭の技量は己と同等以上。加えて下忍が一人。数は同数だが勝ち目は薄い。 ならば―― 空は身を翻らせた。一気に朧と対峙するシノビとの間合いを詰める。 「はっ」 「ふん」 二影が交差した。続いて響いたのは二つの重い音。 空が地に転がった。その腹には刃が突き刺さっている。 そして夜叉の下忍もまた地に伏していた。その首からは血がしぶいている。 「朧、早く俺を治しやがれ!」 叫び、よろよろと空が身を起こした。 小頭が結印している。何か術を発動させるつもりだ。 「わかっています」 朧の身が淡く光った。呪力が空の細胞分裂を促し、傷をふさいでいく。 刹那―― 小頭の手から紫電が飛んだ。刃と化したそれは避けもかわしもならぬ空めがけて―― いや、空をかすめて下忍の首を薙いだ。 「なにっ!?」 愕然とする空と朧は見た。薄く笑う小頭の背後に、いつの間にか男が一人立っている。この時の朧と空は知らなかったが、牛頭丸という下忍であった。 「そうか。鴉の――」 呟くと、小頭は一気に数メートルの距離を飛び退った。後に牛頭丸も続く。 夜叉の二影が消えて、ようやく空は立ち上がった。もはや追いつくことはかなわない。たとえ追いついたとて―― かくして事件は終わった。 神楽の都に潜む夜叉一族小頭は討ちもらしたものの、下忍一人は斃し、一人は傷つけた。まるきり成果がなかったというわけではない。 それになにより大きな朗報がもたらされた。 鴉一族の里に生き残りがいる。 灯華の情報を耳にし、隼人の顔に微笑みが浮かんだ。 それは開拓者が見る初めてのもので。 そして―― それは同時に、開拓者が見た隼人の最後の微笑みでもあった。 |