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■オープニング本文 ● 夜は漆黒であった。 夜は真紅であった。 ニンマリ笑ったその顔の中で眼のみ黄色く光っていた。 「小僧」 男の口が薄く開いた。 「殺してほしいか」 少年は答えることもできず、ただ男を見上げていた。張り裂けんばかりに眼を見開いて。その瞳には地獄絵図が焼きつけられていた。 反射的に少年は男に飛びかかった。それは勇気というより、死の恐怖に駆られての行動であった。 男は無造作に手で払った。少年の身体が鞠のように宙に舞う。地に落ちた時、少年の胸から血がしぶいた。 「弱いな、小僧」 男は狂ったような哄笑をあげた。その時―― ● 「奴らを殺してくれ」 その日、開拓者ギルドを訪れた少年は、そう告げた。 少年―― 年齢は十二歳ほどであろうか。青い額をしており、若葉のような瑞々しい肢体の持ち主である。 ただ、その眼は異様であった。氷のような冷たい光をやどしている。暗い淵を覗いたことのある者のみ持ちうる眼であった。 「殺す?」 ギルドの手代が訝しげに眉をひそめた。さすがに殺してくれとの依頼は剣呑すぎる。それもこのような若年の者が。 「それは物騒なことで。まずは貴方様のお名前をお聞かせいただけますか」 「俺は隼人。鴉の隼人だ」 「鴉?」 再びギルドの手代が眉をひそめた。どこかで聞いたことがあるようだが思い出せない。 「で、奴らとは?」 「盗賊だ。名は百足丸、血頭、吉川勘助。本当は俺だけで殺してやりたいんだけれど――」 隼人は言葉を途切れさせた。悔しげに唇を噛む。瞳の中の氷は解け、紅蓮の炎が燃え上がっていた。 「俺の力じゃ奴らは斃せない。だから力を貸してほしいんだ」 |
■参加者一覧
霧崎 灯華(ia1054)
18歳・女・陰
空(ia1704)
33歳・男・砂
斎 朧(ia3446)
18歳・女・巫
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
亘 夕凪(ia8154)
28歳・女・シ
藤丸(ib3128)
10歳・男・シ
蒔司(ib3233)
33歳・男・シ
桂杏(ib4111)
21歳・女・シ |
■リプレイ本文 ● 開拓者ギルドの裏。 暗がりの中に、うっそりと立つ影があった。 男だ。年齢は三十をわずかに過ぎたところか。相貌は整っているが、どこか虚無的な翳があった。 「人‥斬‥なけ‥これ‥で‥」 男の口から呟きがもれた。その手には一枚の紙片。依頼書であった。 「殺‥殺せる‥なら‥して‥そう、だから‥今‥あぁ‥帰‥君‥‥」 男の眼の光が強まった。殺気をはらんだ光。いや、狂気か。 やがて男は得心したようにニタリと笑った。 「そうか、殺せばイイんだな」 男の名は空(ia1704)。シノビ――開拓者であった。 ● 「さて物騒な話やな」 口を開いたのは女だ。年齢は二十代後半といったところだろうが、そうは思えぬ重厚さがある。 名は亘夕凪(ia8154)。サムライであった。 「何ぞの背景はあるんだろうが、問答無用ときたかい」 夕凪はちらりと眼を動かした。その視線の先には一人の少年の姿がある。 年齢は十二歳ほど。手負いの狼を思わせる雰囲気を漂わせている。依頼人の隼人だ。 「隠し事が多すぎて事態が見えてこないね」 同じく隼人を見た者がいった。 こちらは十八歳ほどの少女だ。名を輝血(ia5431)といい、年齢相応の輝きに満ちている。いや―― 夕凪の眉がひそめられた。彼女には輝血の瞳の奥に秘められた刃の切っ先が見てとれたのである。 夕凪の背を冷たい手が撫でて過ぎた。もし必要ならば輝血は平然と親兄弟であろうとも見殺しにするだろう。輝血の眼は爬虫のそれであった。 奇しくもというべきか。夕凪は輝血が背に蛇の刺青を入れていることを思い出した。 「額面では少年の復讐依頼‥と映るがな」 第三の声がこたえた。 ちらと視線を転じた夕凪の面がやや和んだ。 声の主は三十歳ほどの男であった。名は蒔司(ib3233)。黒獅子の神威人ということらしいが、眠っているかのような茫たる風貌からはとてもそうは見えない。ただ顔と、衣服から覗く腕に走る無数の傷痕は不気味であった。 蒔司は続けて、 「なんや、それだけで済みそうに無い気もするがよな」 「それだけじゃない、か」 くすり、と笑った者がいる。 輝血と同じ年頃の少女。身形からして陰陽師であろう。 一見して誰もが見惚れてしまいそうになるほど美しい。が、その微笑にひそむ禍々しさはどうだ。蛇が鎌首を持ち上げたような気味悪さがあった。 「どうやら楽しめそうね」 少女――霧崎灯華(ia1054)の笑みが深くなった。 死と隣り合わせ。その瞬間にだけ、彼女の冷血は奔騰する。笑みは、血の匂いを嗅ぎ取った魂がもたらした無意識的なものであった。 その灯華を慰撫するように見つめる者がいる。 銀白の煌く髪を無造作に背に流した巫女姿の少女。名は斎朧(ia3446)といい、年齢は灯華と同じなのだが、印象はまるで違う。 灯華が紅であるなら、こちらは蒼白。灯華が闇そのものとするなら、朧は星であった。 「楽しめるかどうかはわかりませんが」 朧はすらりと他の開拓者を見回した。 「厄介な仕事になることは間違いないでしょうね。事情は伏せ、人の命を奪う依頼。でもまあ、よろしいじゃありませんか。事情があれば命を奪っていいというもので無し、ならば事情を知らぬままというのも大して変わりませんので」 「それはそうですが」 一人の娘が立ち上がった。年齢は二十歳ほど。身ごなしからしてシノビであるらしい。細身の刀を腰におとしている。 桂杏(ib4111)。此度の依頼が初めてという開拓者であった。期待と不安に瞳が異様な光を放っている。 桂杏は隼人に歩み寄っていった。 「これだけは答えていただけないでしょうか。彼等三名には殺されなければならないだけの理由があるのですね」 問うた。 他の開拓者は知らず、彼女にとってこの一点は重要事であった。なぜならば開拓者は殺し屋ではないからだ。いや、ないと思っているからだ。 桂杏の兄もまた開拓者であった。敬愛する兄の背を追い、彼女もまた開拓者となったのだ。兄のゆく道が薄汚い殺し屋の道であってたまるものか。 隼人は大きく肯いた。瞳の奥にちろちろと炎がゆらめいている。 「ああ。理由はある」 「そうですか」 ふっと桂杏は吐息をついた。 「では依頼はお受けします。けれど万が一彼らに非が無いことが後日明らかとなりました時には、追加報酬としてあなた様の御命を頂戴したいと存じます。よろしいですね」 桂杏の眼がすっと細められた。見返す隼人の眼もまた。空で火花が散ったようだ。 「ああ」 隼人がこたえた。 「なら」 隼人の前に別の男が立った。 少年だ。隼人よりも背が低く、年齢も下に違いない。耳が柴犬のものであるところから柴犬の神威人であることが知れた。 「俺は藤丸(ib3128)。一つ確かめておきたいことがある」 少年――藤丸がいった。 「何だ」 「百足丸、血頭、吉川勘助。三人の人相特徴だ。間違って他の者を殺しちゃ、今度は俺達がお尋ね者になってしまうからな」 「夕凪」 呼び止める声に、夕凪は足をとめた。振り返ってみると藤丸が立っている。 「何だい」 夕凪が問うと、藤丸は声を低めて、 「三人のことだ。奴らはひょっとするとシノビなんじゃないかと思う」 「シノビ?」 夕凪の眼がわずかに見開かれた。ああ、藤丸は肯くと、 「隼人のいう三人の特徴。身軽で夜目が利く‥‥それだけなら盗賊の特徴といえなくもないが、闇の中での戦闘が得意となると」 「三人だけじゃねえ。あのガキもシノビだ」 ふっと声がわいた。いや、人影も。 男だ。その殺伐とした雰囲気に、夕凪は男が仲間である空という開拓者であることを思い出した。 「やはりのう」 唸ったのは蒔司である。 空という男、シノビであるらしい。かつての彼と同じ闇の匂いがするのであまり好きではないが、その腕は認めざるを得ない。その眼に狂いはないだろう。 「鴉の、と名乗っているからには、隼人も只人ではあるまいとは思っていたが‥‥霧崎」 蒔司が灯華を呼んだ。 「なあに」 灯華が足をとめた。他の開拓者と別れ、一人聞き込みに向かおうとしていたのであった。 「隼人と三人のことよ。ひょっとするといずれもシノビであるかもしれぬ」 「シノビ?」 灯華の脳裏に生意気そうな隼人の顔が蘇った。 隼人と三人の因果関係を尋ねたところ、取り付く島のない態度であった。では失敗したらあんたのせいだと釘を刺しておいたが、それがどれだけこたえたかはわからない。 「面倒ね」 欠伸を噛み殺すと、灯華は再び足を踏み出した。 ● 月はやや眼を開いていた。薄蒼い湖底のような闇が地をおおっている。 神楽の都の外れにあるその宿にすでに灯はなかった。静寂が支配している。 ふっと気配が動いた。宿の一室だ。 闇の中、三つの人影がある。 空、輝血、蒔司の三人であった。 「ゆくか」 音もなく輝血は立ち上がった。別に気負いなどない。これは仕事。効率よくこなすだけのことだ。すでに超越聴覚によって三人の在室は確かめてあった。 同じ時、別の部屋でもまた三つの影が蠢いていた。 こちらは夕凪と朧。後詰め役の開拓者である。この二人に隼人が加わっていた。 「動いたね」 夕凪が刀を腰におとした。闘気は腹の底に秘めている。殺気をもらすような間抜けではない。 「そのようですね」 朧が肯いた。こちらの方は泰然自若たるものだ。微笑を消しもしない。 朧は気配を探った。 無い。が、闇の中、事は動いているに違いない。夜遅くまで百足丸と吉川勘助が戻ってこなかったので確認が遅れたが、すでに顔を見、部屋も突き止めてある。退路も確保してあった。 と―― すっと朧の手が動いた。隼人の手を握る。 「気負うのはわかりますが、少し落ち着いてください。張り詰めた糸は切れやすいものですよ」 「――わかっている」 闇の中、異様に輝いていた隼人の眼の光がすっと弱まった。 ● 少し前―― 灯華の姿は神楽の都の只中にあった。 ふう、と灯華は息をついた。三人の名、さらには鴉という言葉で居酒屋を当たっていたのだが、当たりはなく――。 これで終わりにしようと入ったのは裏路地にある居酒屋である。あまり広くない店内には数人の客がいた。全員人相は良くない。 中でも一際眼をぎらつかせた男が奥にいた。灯華は歩み寄ると、 「殺し屋を探している奴がいたの」 「殺し屋?」 男の眼が怪訝そうに細められた。その瞳の奥に燃え上がった陰火の如く好色の光を灯華は見逃さない。 「そう」 肯いた灯華は思い出した。蒔司のいっていたことを。 「鴉のナントカっていってたけど‥‥もしかするとシノビかもしれない」 「鴉の‥‥シノビ? ああ」 ニヤリと男は笑った。 「知っているの?」 灯華が身を乗り出した。わざと緩めた胸元から真っ白な乳房が覗く。男が舌なめずりした。 「話によっちゃあ教えてやってもいいぜ」 「話って‥‥これ?」 腰を下ろすと、灯華は男の手を胸元に導いた。男がごくりと唾を飲み込む。 男の手が灯華の胸を弄んだ。身体の芯に燃え上がった快感よりも、この状況が面白くてたまらず、無意識的に灯華は濡れた舌で蕾のような唇を舐めた。 ● 闇の廊下に、さらに黒々とした三つの影が立った。戸に手をかける。 音もなく戸を開くと、夜行性の肉食獣のごとく三人――空、輝血、蒔司は襲った。 空と蒔司は暗視を発動している。行動が阻害される恐れはなかった。 刹那―― 殺気が膨れ上がり、刃風がした。 咄嗟に蒔司が抜刀した。 雷火散る。二つの刃が噛み合ったのだ。 刃を送ったのは戸の陰に隠れていた男。吉川勘助だ。伏兵あることを予期していた蒔司なればこそ対応できたのであった。 「‥‥」 無音無声のまま空と輝血に殺到した。 対する敵も無音。それがシノビの戦いであった。 ほぼ同時に空の刃と輝血の拳が唸った。殺気のこもった一撃。殺すつもりであった。 「ぬっ」 一瞬後、呻く声は空の口からあがった。彼の刃が垂直に立った畳を貫いている。 「畳返しか」 はじかれたように二人は飛び退った。背を返す。初撃がしくじった以上、留まるのは危険であった。 その時、風を裂く音が響いた。空の肩と輝血の腰、そして蒔司の腕に痛みがはしる。苦無が突き刺さっていた。敵三人が放ったものだ。 が、かまわず空と輝血、そして蒔司は廊下に走り出た。突き当たりにある窓をぶち破り、空に躍り出る。 猫族の身ごなしで着地。そのまま闇の地を駆けた。 その後をひたと三人の敵が追った。昼間、シノビらしき女が探っていることに血頭が気づき、夜間の襲撃を予期していたのだ。 何者か。捕らえて正体と目的を糾す。殺すのはその後でよい。 と―― 突如、前を疾走する血頭が足をとめ、苦鳴をもらした。 「撒菱だ。おのれ、あじなまねを」 血頭が舌打ちし、小さな三角錐形の金属を地に叩きつけた。 その瞬間である。何かが月光をはねた。 ひゅうと風を切る音がし、やや遅れて勘助の軋んだ声がひびいた。その脇腹を矢が貫いている。藤丸の矢だ。 一斉に三人は平蜘蛛のように地に這った。百足丸が歯噛みし、 「まずい。退くぞ」 「だめだ」 勘助が首を振った。脇腹の傷が思ったより深い。 「わかった。ならば」 百足丸の苦無が勘助の首を刎ねた。足手まといを始末し、同時に口をも封じたのである。恐るべき冷酷さであった。 「ゆくぞ」 「おお」 百足丸と血頭が跳んだ。何で見逃そう。木陰に潜んでいた桂杏が飛び出した。その手には薄刃の手裏剣があった。 「逃さない」 「やれるか」 百足丸と血頭が素早く印を結んだ。一瞬後、二人の身体を舞い踊る木の葉が覆う。 「木葉隠か。ええい」 躊躇は一瞬。桂杏は手裏剣を放った。兄に追いつくため、彼女は進まねばならぬのだ。 が―― 手裏剣は空しく闇の彼方へと飛び去っていった。百足丸と血頭の姿が遠くなる。 「そうはさせない」 藤丸の経絡を瞬間的に賦活化された練力が駆け巡った。矢を放つ。闇を切り裂いて疾った光流が血頭の足を抉った。 血頭の足がとまった。かまわず百足丸は走る。 と、その百足丸の足がとまった。そうせざるを得ないほどの凄絶の殺気が吹きつけてくる。前方の二つの人影から。 二人―― 朧と夕凪であった。 ● 動きの鈍くなった血頭めがけ、三つの影が襲いかかった。いわずと知れた空、輝血、蒔司の三人である。 「はっ」 「ふん」 同時に輝血と蒔司は練力を練り、足に錬気を送り込んだ。風の迅さを得た二人は瞬く間に間合いを詰めた。 刹那―― はじかれたように二人は左右に飛んだ。二人の間を銀光が流れ過ぎる。血頭が放った手裏剣だ。 再び血頭が手裏剣を手にした時、ぬっと彼の眼前に迫った者がいる。空だ。 「殺すな」 冷徹な輝血の声が飛ぶ。が、空はとまらない。 ニンマリすると、気をのせた刃を空は血頭の胸に突き立てた。肉を切り、骨を削る手ごたえが刃を通して空の手に伝わる。 ――面白えなあ。 空の眼が血色の光を放った。 百足丸が手裏剣を放った。夕凪が横殴りに払う。その隙を突くように百足丸が肉薄した。 「馬鹿め」 夕凪の刃が反転した。すでに峰は返してある。足を切り払うつもりであった。 が―― 夕凪が飛び退った。炎が彼女の身を灼いている。 火遁の術――と彼女が気がつくより早く、さらに百足丸が夕凪に迫った。 「ははは。死ね――」 すべての言葉を百足丸は発することはかなわなかった。今度は彼の身が白炎に灼かれている。 炎のむこうに、百足丸は薄く微笑する白銀の髪の少女の姿を見た。 「浄炎。炎には炎、というところですか」 少女――朧の身から癒しの光が迸り出た。その時、夕凪の刃が再び翻った。百足丸の足を斬る。これでしばらくは動けぬはずであった。 ぴた、と夕凪の刃が百足丸の首に凝せられた。 「おまえさんには訊きたいことがあってね」 夕凪がいった。 その瞬間である。夕凪の背後から飛び出した小さな影があった。隼人である。 隼人の手の刃をみとめて、あわてて夕凪が手で制した。少年の手が血で汚れることは見過ごせぬ。 一瞬。 夕凪の注意が百足丸からそれた。それを百足丸は見逃さない。 たらり、と。 百足丸の口から血が滴り落ちた。舌を噛み切ったのであった。 もはや動かぬ百足丸を、隼人は呆然と見下ろしていた。 ややあって―― 隼人の身が瘧にかかったかのようにぶるぶると震え出した。手の刃に映る月光もゆれる。 「うわあ」 絶叫しつつ隼人が刃をふりあげた。そしてありたけの力をこめて百足丸の身に振り下ろす。いや―― 横からのびた手が隼人のそれを掴んだ。藤丸だ。 「もういいでしょう」 桂杏が隼人の手から刃をもぎとった。 「そろそろ話していただけますよね。あいつらは一体どういった連中なのですか?」 「あいつらは」 「夜叉一族」 隼人を遮って声がした。 月光を背に影ひとつ。鳶色の瞳が妖しく光っている。灯華だ。 そして灯華は笑みを含んだ声で続けた。 「そうよね。鴉一族の隼人」 |