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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ● 「何!?」 御簾のむこうから、やや驚きの滲んだ声が流れてきた。 「蔵馬が時雨慈千糸を殺害し、霞寺に逃げ込んで来た、と? それは真実か?」 「はい」 こたえたのは飄然たる雰囲気の男。赤雷であった。 「不動寺を探らせましたところ、確かに時雨慈千糸は死亡。その葬儀が数日後行われるとのこと。が――」 「が? 何だ?」 「はあ」 赤雷は首を捻った。 「あの蔵馬という男、何を考えているか良くわからぬところがありますが、しかしながら天輪王の懐刀とも呼ばれているほどの者。それが理由もなく時雨慈千糸を殺害したとは思えませぬ。もし本当に時雨慈千糸を殺害したとするなら、狙いはひとつ」 「この琥珀の首、か」 くすくすと御簾のむこうから声が流れ出た。 「面白い。その蔵馬と弟子とやら、牢に入れておけ。この琥珀がゆっくりと料理してやるほどに」 「紅角」 琥珀四天王が去った後、御簾のむこうで声がわいた。先ほど琥珀と名乗った声に似ている。が、子供のもののように澄んでいた声音が、今は老婆のそれのようにしわがれている。 「例の村……確か静森寺といったか。どうなった?」 「はっ。皆殺しにし、すべて肉と」 「よくやった。これでまた一つ村が手に入る」 くく、と声は可笑しそうに笑った。 「しかし人間とはつくづく馬鹿な生き物よな。いくら利口ぶっていようとも、少し飢えただけで簡単に猿の本性を現す。まあ、そうであればこそ操るのも容易いのであるが、な」 ● 「――と、首魁は考えているでしょう」 牢内で悠然と座した蔵馬がいった。そして開拓者を見回すと、 「機会は此度限りとなるかもしれません。必ずや霞寺に巣食う魔物を始末してください。それを草葉の陰で……いや、鞍馬堂の棺の中で死んだふりをしている時雨慈千糸様を望んでいらっしゃるはずです」 蔵馬は月光のように淡く微笑った。 |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
赤銅(ia0321)
41歳・男・サ
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
フィン・ファルスト(ib0979)
19歳・女・騎
レイス(ib1763)
18歳・男・泰
マックス・ボードマン(ib5426)
36歳・男・砲
ユーディット(ib5742)
18歳・女・騎
草薙 早矢(ic0072)
21歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ● 「牢に入る事になるなんて…これが最初で最後だといいのですけど」 じくじくと濡れた石壁を珍しそうに見つめ、しみじみと呟いたのは鮮やかな青い髪をさらりと背に流した美少女であった。柚乃(ia0638)という。 「しかし、棺の中で死んだふり、って…どんな感じなのでしょうね」 つぶらな瞳を柚乃は一人の男にむけた。それは女と見紛うばかりの美丈夫であった。 名は蔵馬。不動寺鞍馬堂の主であり、天輪王の懐刀と呼ばれている僧である。 「さあ。生憎と私は未だに入ったことはないので」 「あたしも入ったことないですよぉ」 顔をしかめ、そのくせ興味津々で辺りを娘が見回した。薄暗い地下牢の中にあってさえ輝きを失わぬその娘。名はフィン・ファルスト(ib0979)という。 すると、壁にすね者らしく背をもたせかけていた女が、露出した乳房をゆらして、ふふんと笑った。 「が、ひょっとすると、今、俺達はすでに片足をそいつに突っ込んでるのかもしれねえぜ」 「確かにな。虎穴に入らずんば虎児を得ずというが、ふふ」 これも壁にもたれ、腕組みしていた男が笑った。実に男くさい男で、奔放不羈たる気をまといつかせている。 女は名を北條黯羽(ia0072)といい。男は名を赤銅(ia0321)といった。 「虎児が陽貴の首ならば良いのですが」 呟いたのは十八歳ほどの娘であった。名はユーディット(ib5742)というのだが、煌く金髪が、彼女の裡から滲む気高さに良く似合っている。 「今回の機会を逃せば多くの命が消えることになります。……それだけは防がなければなりません」 「おい」 別の壁際から声が発せられた。 声の主。それは女であった。二十歳をわずかに過ぎた年頃。細身だが、よく鍛えられた身体をしている。 篠崎早矢(ic0072)という名のその娘は、怪訝な顔をユーデット達にむけた。 「さっきから話を聞いてると全員顔見知りらしいが、どういうことなんだ」 「そっか。あんたは」 柚乃と同じ年頃の少年が笑みをむけた。燃えるような赤い髪が特徴的な、ガキ大将がそのまま成長したような少年。名をルオウ(ia2445)という。 「私の名は篠崎早矢だ」 「ああ、早矢か。で、早矢は別に俺達の仲間ってわけじゃなかったな。それに」 ルオウはフィンの側に座している美麗な若者に眼を転じた。 「ええと。確かあんたはレイス(ib1763)っつったか。あんたも事情は知らないんだよな」 「いいえ」 レイスと呼ばれた若者は、どこか得体の知れぬ笑みを返した。 「僕はフィンちゃんから事情は聞いています」 「そっか」 ルオウは一人の青年に眼をむけた。彫刻的な顔立ちの美青年だが、どこか世を白眼視している印象がある。 「わかりました」 狐火(ib0233)という名のその青年は事の顛末を語り始めた。 「ふむ、なるほどそういう事情か…」 早矢は深々と頷いた。 「だから」 ふっ、と十人めの捕らわれ人が眼を開いた。狼をおもわせる良く光る瞳の持ち主。マックス・ボードマン(ib5426)という名のその男は冷徹に告げた。 「少しの間、放っておいてくれ。俺達がここを抜け出るまでは」 「マックス」 赤銅が呼びかけた。 「あの時、別れ際まで正気だったのは解ってる。次に会う迄の間に…何があった?」 赤銅が問うた。 どれほど前であったろうか。赤銅は敵に操られたらしいマックスに撃たれたことがあった。 するとマックスは首を振った。 「俺も良く覚えてはおらんのだ」 「そうか」 ふうむと赤銅は唸った。陽貴の術を破る手掛かりのひとつでも掴むことができればと思ったが、さすがに里ひとつを狂わせた魔物だ。そう簡単に痕跡を残してはくれぬ。 「おい、狐火」 今度はマックスが狐火を呼んだ。 「前にもお前さんと同じことを話したような気がするな。揃いも揃って記憶があやふやなのは不自然だと。……色々と考え合わすとだ、どういう訳か知らんが遊んでいるらしい」 「遊んでいる?」 狐火が眉をひそめた。 「ああ。私達を殺すでもなく、何かをさせるでもなく、ね。その辺りにつけこむ隙がありそうだ」 「なるほど」 狐火の口元に冷たい笑みが刻まれた。 「レイス」 小声で囁くと、フィンはレイスの背後にまわった。壁っ、と命じると、フィンは上着を脱ぎ捨てた。 「見、見ちゃダメなんだからね」 フィンがするするとさらしを解いた。乳房にあてた布が一枚。レイスの拳布だ。 「はい」 フィンが拳布を差し出した。背をむけたままレイスが受け取る。それは顔近くまでもってくると、レイスはふふと微笑した。 「フィンちゃんの温もりと匂いがしますね」 「ば、馬鹿!」 顔を真っ赤に染めたフィンの拳が唸り、レイスが格子に叩きつけられた。 ● ガチャリ、と。 小さな音をたてて牢の鍵があいた。狐火の術によるものだ。 深更。狐火の超人的聴覚は牢番の寝息をとらえている。 「篠崎殿」 早矢もまた牢を出ようとしていることに気づき、ユーデットが振り返った。 「ここから先は死地も同然。事が終わるまでここにいてください」 「のほほんとしてここで座していることはできぬ。手伝わせてもらうぞ」 早矢がこたえた。すると黯羽がニヤリとした。 「物好きだねえ。いいぜ。好きにしな」 ● レイスは手刀で牢番を昏倒させた。縛り上げ、猿轡をかませる。本当は始末してしまいたいところだが、フィンが好まぬため、殺すことだけはやめた。 その後、開拓者達は一階に出た。そこは堂の中で。 ユーデットが柚乃に問うた。 「アヤカシの気配は?」 「塔にひとつ……いや、ふたつかも」 全身を呪術回路と化した柚乃が戸惑いつつこたえた。 「珊瑚と陽貴」 狐火が五重塔に眼をむけた。 「やはり陽貴は琥珀の中に潜んでいる」 「ともかく武器だぜ」 ルオウが堂の扉を開いた。闇の落ちた境内を見渡す。人の姿はない。 「おそらくは蔵にしまってあるはず。その蔵の場所は私が知っている」 早矢が境内の片隅にある建物に眼をむけた。 捕らわれた際、早矢もまた武器を取り上げられた。その武器は彼女の目の前で蔵へとしまわれたのだ。 狐火は耳をすませた。辺りに人の気配はない。 マックスが訝しそうに眉根をよせた。 「あまりに手薄すぎないか」 「そうでもありません」 狐火はこたえた。気配のないのは境内のみで、彼の耳は不動寺周辺に散った幾つもの心臓の鼓動をとらえている。 「なるほど」 赤銅がふふんと笑った。 「内側には敵なんぞいねえと踏んでやがるようだな」 「では」 狐火は夜行獣のしなやかさで蔵めがけて走った。 僧房の中。一人の男がむくりと身を起こした。 飄然たる相貌。琥珀四天王の一人、赤雷である。 「奴はきっと何かを企んでいる」 赤雷は立ち上がった。 「念のため、地下牢に押し込めた奴らの様子を確かめておくか」 ● わずかな軋み音をたてて扉が開いた。素早く開拓者達は内部に身を滑り込ませる。 そこに蔵馬の姿はなかった。狐火の提案により、蔵馬はすでに脱出の途についている。 五重塔内部にはしんと冷えた闇が満ちていた。静寂が氷のように凍てついて辺りを圧している。 狐火がはっしと階上を睨みあげた。ついにここまで来たという思いがる。彼は未綿の里の一件より、ひたすらに陽貴を負い続けてきたのだ。 その熱い思いとは裏腹に、狐火は冷静に階段を上り始めた。ここは上級アヤカシの塒。どのような罠が仕掛けられているかわからない。 二階、そして三階。慎重に様子を探りつつ、開拓者達は塔を上っていった。アヤカシの気配があるのは最上階であることを、すでに柚乃は突き止めている。とはいえ、ただならぬ緊張感に開拓者達の身体は強張っていた。 それはひとつの里を狂わせた魔物に対する恐怖か。それとも決戦の予感への慄きのためか。 やがて開拓者達は四階へと続く階段に足をのせた。 その時である。絶叫が響き渡った。それは、奴らが逃げたと告げていた。 「しまった!」 舌打ちすると、はじかれたようにユーデットが階段を駆け上がった。 「くそっ」 歯噛みしつつ、赤雷が堂を飛び出した。五重塔へと疾風のように馳せる。が―― ぴたりと赤雷は足をとめた。眼前に一人の男が立ちはだかっている。蔵馬だ。 「貴方をいかせるわけにはいかないのですよ」 蔵馬は慈愛に満ちた笑みをうかべた。 ● 最上階。 飛び出すように駆け上がったユーデットが素早く周囲を見回した。 「ぬっ」 はじかれたようにユーデットは美しい鍔の宝剣をかまえた。彼女の眼前、異様なモノが座している。 少女に似たモノ。ただそれは人としては非常に小さく、そして美しすぎた。 その時、涼やかな音が流れた。 横笛の音色。柚乃だ。 「やっと会えましたね。琥珀――いや、珊瑚」 「うぬの顔、覚えているぞ」 少女――人妖である珊瑚の口から可愛らしい、しかしぞっとするほど非人間的な声が流れ出た。 この時、狐火は人妖珊瑚の製作者である観房に変装していた。が、珊瑚はその正体を瞬時にして見抜いていた。 ふふふ、と珊瑚はおぞましい笑みに顔をゆがめると、 「またうぬの面を見ることになろうとはな。が、まあよい。うぬもわしの下僕に加えてやろう」 眼をかっと見開いた。その瞳から金色の光が迸り出る。 「さあ、下僕ども。殺しあうがよい。我が覇業をうぬらの血で祝うのだ」 珊瑚が命じた。するとマックスがすうと短銃をもちあげた。銃口をユーデットの背にむける。 「そうだ。殺れ」 珊瑚がニンマリした。 次の瞬間、轟音が響き渡った。しそして珊瑚の笑みが凍結した。 「な、何故――」 珊瑚の口から呻きがもれでた。その額がぼつとはじけ、黒煙のような瘴気と呪文が噴出している。マックスの銃弾によるものだ。 短銃を片手で保持したまま、マックスの眼がぎらりと光った。 「俺達をいいなりにできると思ったか。開拓者をなめるなよ」 「ううぬ」 珊瑚の眼が動いた。柚乃にむかって。 「うぬの仕業か」 珊瑚がきりきりと葉を軋らせた。 刹那である。珊瑚の顔に亀裂が走った。そして―― はじけた。まるで内側から爆発したかのように。 その瞬間、何かが空に躍り上がった。 やや大柄の何か。それは四つの腕をもっていた。 その正体を見とめ、さすがの早矢も息をひいた。 額にはぞろりと角をはやし、口からは獣のもののような牙をのぞかせている。鬼であった。豊かな乳房をもっているところから見て鬼女であろう。 「でやがったな、陽貴」 黯羽の満面を凄絶な笑みが彩った。 階段を疾駆する三つの影があった。 僧。琥珀四天王である翠峰と黒飛、そして蒼貴である。 「おのれ、開拓者ども」 蒼貴が吼えた。 その瞬間、三人は別の方向に跳んだ。一瞬後、空間を切り裂いて衝撃波がはしりすぎた。 ずしり、と。階段を軋らせ、偃月刀を引っ下げた大柄の男が姿をみせた。赤銅だ。 「蛇の頭を残す訳にゃいかねえんでな。ここまでにしてもらうぜ」 「俺達に勝てると思っているのか」 黒飛が身構えた。触発されたように赤銅もまた身構える。黒飛の放つ豪宕の拳気によるものだ。 「いいや。だが、あしどめくらいはやってみせるさ」 床をえぐりつつ、赤銅が偃月刀を逆袈裟に薙ぎ上げた。 ● 「…未綿の里で滅相し損ねてから随分と好き勝手やってくれたようだが、今日で終わりにしてやるぜ。いったろ? 手前を覚えてやる代償は俺に因る滅相だ、ってなぁ」 黯羽が楽しげに笑った。対する陽貴もまたニンガリと笑った。 「わしも覚えているぞ、女。うぬの面を。その面を思い出す度、この腕がきりきりと痛んでのう」 陽貴がちらりと腕を見た。 六つの腕。そのうち二本が消失している。開拓者のために失ったのだった。 「腕が哭くのじゃ。うぬらの命が欲しいとな。だから」 陽貴の口の端が鎌のように吊り上がった。 「殺してやる」 「やってみろ!」 目にもとまらぬ速さで早矢が矢を番えた。放つ。 必滅の意志をのせた矢はあまりにも鋭くて。咄嗟に払った陽貴の掌を貫いた。 「虫けらが!」 怒号を発しつつ、陽貴が開拓者にむけて三つの掌を突き出した。それぞれに炎、雷、瘴気の塊を撃ち出す。 苦鳴は同時に三つ発せられた。壁に叩きつけられたのは狐火、マックス、早矢である。凄まじい威力であった。 「やりやがったな!」 叫ぶ黯はの背後の空間が手から割れ、ずるりと白毛九尾の狐が姿を現した。空を駆け、陽貴に襲いかかる。 「前に手前の手に咬み付かせた感想だが…不味かった、ってよぉ?」 「馬鹿が」 陽貴の手が白狐を掴んだように見えた。次の瞬間、白狐の姿が砕けて、消えた。 散る光。 それよりもなお金色に輝く姿があった。ユーデット! ユーデットが一気に陽貴との間合いを詰めた。陽貴の首めがけて刃をはしらせる。 「無駄じゃ」 鋼の強度をもつ陽貴の右腕の爪がユーデットの剣をはじいた。そして左の手刀をユーデットの顔面に―― ぴたりと陽貴の手刀がとまった。ユーデットの顔面寸前で。陽貴の腕をがっしとばかりにレイスが引っ掴んでいる。 「こっちだあ!」 陽貴の頭上。突如、ルオウの姿が現出した。 怒りを力に。渾身のルオウの一撃が大気に白光の亀裂をはしらせた。 はねとんだのは陽貴の腕であった。かろうじて腕で防いだのである。 同時、フィンもまた陽きの眼前に現出していた。その身が炎に似た闘気につつまれている。 「極奥義――禍断ちぃ! 」 フィンが真一文字に剣を薙ぎ下ろした。はしる光流が、音たててレイスの掴んだ陽貴の腕を断ち割る。 「ううぬ」 たまらず陽貴が跳び退った。 「逃がすかよ」 素早く黯羽が印を組んだ。空間に黒く光る呪紋が滅滅する。 禍々しい気に空間がゆがんだと見えた一瞬後、陽貴の口から大量の瘴気が吐き出された。その身を構成する高密度の瘴気が、黯羽の送り込んだ式神により変質、分解されているのであった。 「さらば、陽貴」 告げる声は、閃いた光の後。そして―― 刃を握った狐火の足元に、ごとりと陽貴の首が落ちた。 「死ねい!」 左右から殺気が叩きつけられた。それを追うように翠峰と黒飛の手刀がうなる。さしもの赤銅も避けることはかなわない。が―― 翠峰と黒飛の動きが突然とまった。まるで糸が切れた人形のように。 「俺達は」 「何をしているんだ」 翠峰と黒飛の口から呆然とした呟きがもれた。 「やっと目が覚めたかよ」 ふっと笑った赤銅の口から重い息がもれた。 ● 未だ明けぬ夜の中、開拓者達は霞寺を後にした。境内には、ただ茫然自失たる僧の姿が残されたままだ。 「これからどうするのでしょうか、彼らは」 足をとめ、振り返り、誰にともなく柚乃が問うた。陽貴に操られていたとはいえ、彼らは多くの人を殺し、そしてその人肉を人々に喰らわせていたのだ。その鬼畜の所業は決して免れることはできない。 「悪夢はきっと覚めます。そうすれば人はまた歩みだすことができます。彼らもまた」 フィンが指差した。地を曙光が白く染め始めている。 その朝、東房は救われたのだった。 |