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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ● 雲が重く垂れ込め、月すら覆い隠していた。 漆黒の空。何かがよぎった。が、あまりの暗さのため、正体はわからない。ただそれは豪壮な屋敷の屋根に降り立った。 その屋敷は北面国の都である仁生の中心からやや離れたところにあった。灯りが見えているところから見て、無住の屋敷ではないらしい。 「やはり」 屋敷を遠望できる家屋の陰。すうと人影が現れた。 それは三十半ばの男であった。腰に刀をおとしている。 「あの影……人ではあるまい。ともかくも芹内王様にお知らせせねば」 男を背を返した。闇の道を走る。 どれほど時が流れたか。男は足をとめた。すでに屋敷は遠くなっている。 「ここまで来れば――」 男の眼が驚愕に見開かれた。その胸を矢が貫いている。 「ば、馬鹿な」 男は呻いた。辺りに殺気なく、また敵の姿もない。どこから飛来した矢であるのか、まったく見当がつかなかった。 もし可能性があるとするなら屋敷から―― すぐに男はその可能性を打ち消した。ここから屋敷まではかなりの距離がある。それに直線で結ばれてはいない。矢で狙い撃つのは不可能であった。 ぐはっ。 男の口から鮮血が噴いた。そして男は崩折れた。全身が痺れてしまっている。 矢は普通の代物ではなかった。男は知らぬことであったが、それは瘴気によって形成されたものであった。 意識が闇に沈む前、男は何かの気配を感じ取った。それは子猫を扱うように、軽々と男を掴み上げた。 男の意識が完全に消滅したのは、彼の首が引きちぎられた瞬間であった。 ● 「またもや行方知れず、か」 呻くが如く呟いたのは落ち着いた物腰の男であった。歳は四十半ばほどあろうか。 芹内禅之正。北面を纏め上げる芹内王である。 どれほど前のことであろうか。 重臣である樫村喜左衛門が夜毎忍びで外出しているとの噂を耳にし、芹内王は間者を放った。が、樫村喜左衛門を尾行している時、その間者は襲われた。 襲ったのは鬼である。もし北面国首斬り役である村雨主水(iz0173)が来合わせなかったら、下手人が鬼であることもわからなかつたであろう。 真相を極秘裏に調べるため、芹内王は開拓者を雇った。わかったのは天陽様という名と樫村喜左衛門が忍び入っていた屋敷である。 そこで再び芹内王は間者を放った。が―― 「どうすればよいと思う、主水よ?」 「されば」 口を開いたのは、冷然たる美青年である。主水であった。 「開拓者を雇われてはいかがでございますか」 「開拓者、か」 芹内王は苦いものを噛んだような表情を顔に刻んだ。部外者にあまり頼りたくはないが、しかし現在の天儀の開拓者を無視することはできぬようになってしまっている。 「では彼らに頼むとするか」 芹内王はいった。 ●朝日山城への道程 芹内王の命を受けて、緋赤紅は一路、朝日山城へと向かっていた。 弓弦童子との戦いの後もアヤカシが篭城していた様だが、何とか奪還に成功したらしかった。 紅達、瑞鳳隊は、その倒すべき敵の居なくなった朝日山城へと向かっていたのだった。 果たして何の為に、と紅自身も最初は思っていたが―― 「魔の森の焼討か。件の城は、その為の拠点って訳ね」 今作戦の概要を聞けば、納得がいった。確かに、朝日山城は前線の拠点とするにはお誂え向きである。 瑞鳳隊は先遣隊として、其処に派遣されたのだ。 「見えてきましたね、隊長」 「あれが朝日山城だろう…んでもって、噂の斜命山脈ってのがあれか」 隊員と紅の見据える先、其処には朝日山城、そして国境を跨いだ山脈がその存在を主張していた。 「反対側には東房の拠点在り、と…延石寺ねぇ」 作戦書を懐から取り出すと、紅は書かれた文字を読み上げるのであった。 |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
フィン・ファルスト(ib0979)
19歳・女・騎
レイス(ib1763)
18歳・男・泰
マックス・ボードマン(ib5426)
36歳・男・砲
ユーディット(ib5742)
18歳・女・騎
宍戸・鈴華(ib6400)
10歳・女・サ |
■リプレイ本文 ● ぺこり、と頭を下げたのは気品に満ちた美少女であった。蒼の髪は空の輝きをやどし、紫の瞳は深い湖のように神秘的で。 美少女は柚乃(ia0638)と名乗った。 「初めまして。宜しくお願いいたします」 「ああ」 柚乃の眩しい眼差しをむけられ、しかしながらその氷の彫像のように端麗な男は無感動に肯いた。村雨主水(iz0173)である。 「私も、ね」 柚乃にむかってニッと可愛らしい笑みを浮かべた者がいる。銀の髪を無造作に結った、生きる力に満ち溢れたような十八歳ほどの少女。フィン・ファルスト(ib0979)であった。 「柚乃さんが参加してくれて心強いなあって思ってたんだ」 フィンが柚乃の手をとった。 「って、いきなりだけど、笠をかぶった志士には気をつけた方がいいよ」 「志士? どうかしたのですか」 「斬られたんですよね」 からかうような笑みを含んだ声。それは少女と見紛うばかりに美しい若者で。レイス(ib1763)である。 「本当にフィンちゃんはいつも無茶ばかりするんですから」 「フィンちゃん、ねえ」 ニヤリとし、口から煙管をはなしたのは女であった。二十歳半ばほどに見える娘で、胸元からはちきれんばかりの乳房を覗かせており、匂うような色香を放散させている。 北條黯羽(ia0072)というその娘はレイスに片眼を瞑ってみせると、 「なかなかの情夫っぷりじゃないか」 「じょ――」 フィンは熟柿みたいな顔を真っ赤にすると、 「じょ、情夫なんかじゃありませんよ! 執事で、その……い、犬なの、犬なんですっ!」 「犬?」 柚乃はきょとんとした。レイスはとても犬には見えない。しかしレイスはこともなげに微笑ってみせた。 「フィンちゃんの犬なら、ふふふ、むしろ本望ですね」 「で、肝心の依頼のことだけど」 腕白小僧めいた少女が口を開いた。十歳ほどのその少女は、名を宍戸鈴華(ib6400)というのだが。華奢であるのだが、野生動物を思わせるその身体は機敏そうであり、凄まじい瞬発力を秘めていそうであった。 「依頼のこと?」 十八歳ほどの少女がちらりと見遣った。その少女は貴族的に整った容姿であるのだが、冷然たるその様子から、まるで人形のような印象を与える――ユーディット(ib5742)であった。 うん、と鈴華は肯くと、 「屋敷の中に何があるのか探れ、というのが依頼の内容なんだよね。ボクにはむいてないなぁ、と思ってさ」 鈴華はぼりぼりと頭を掻いた。野生児ともいうべきこのサムライの少女は面倒くさいことはいたって苦手であったのだ。 「しかし、な」 ぼそりと、さびのきいた声が流れた。マックス・ボードマン(ib5426)である。 どこか翳のあるこの男は、伏せていた眼をあげると、 「お前には悪いが、よほど慎重に探らないと、この依頼、どうなるかわからんぞ」 「確かに、ね」 彫刻的な顔立ちの美青年が同意した。これは狐火(ib0233)である。 「陽天琥貴神珀」 狐火が呪文の如き言葉を発した。それこそは前回、店の女がもらした文言である。 「ご大層な文句だが、要は簡単な文字遊び。陽貴に琥珀、ですか」 「そうだ」 マックスは一度仲間を見回し、続けた。 「樫村はとびっきりの対東房強硬派。結果的に北面が救われる事になったとはいえ、この前の東房の参戦に良い印象を持っているとは思えない。噂される今度の魔の森の焼き討ち作戦についても同様だ。そんな男がだ、天輪王を脅かす存在に成りうる集団が東房に現れた事を知ったら、はたして放っておくだろうか?」 「だからこそ、このまま見過ごすわけにはいきません。陽貴はすでに東房において足場をかため、その上で北面にまで手をのばしてきた。ここで阻止しなければ」 狐火ほどの男が言葉を途切れさせた。 天陽宗は人肉を獣肉と偽り、人々にばらまいていた。そのような鬼畜の所業を、この地においてもなお許してなどおけるわけがなかった。 狐火はひどく静かに告げた。 「どう阻止するのか、正念場ですね」 ● 「あの」 か細い声がひとつ。呼び止められた男が振り向いた。 「何か用かい?」 男は声の主を見とめた。それは大きな瞳に哀愁の色を滲ませた美少女で――。 はい、少女は肯くと、 「私は舞いを生業とし、旅をしている者なのですが。やはり娘の一人身で旅は心細く、不安でありました。しかしこの街には天陽様という方がおられ、不安と取り除いていただけるとか」 「天陽様?」 男は首を傾げると、すぐに知らないとこたえた。 「そうですか」 少女は深々と頭を下げた。刹那、少女の眼が動く。側の屋敷へと視線を走らせたのである。 すぐに少女は顔を上げ――すでに呪文展開。呪力回路と化した法術者しか見えぬ呪紋が広がる。 と、親子連れに飴を売った飴屋が通りかかった。 「どうですか、柚乃さん。アヤカシの気配は?」 飴屋に化けた狐火が問うた。すると少女――柚乃は首を振った。柚乃の張った結界は探知結界であったのだ。 「今は、まだ。あなたの方は?」 「声はします。が、不審なものは」 ない、と狐火はこたえた。 彼の超人的に高められた聴力がとらえたもの。それは下働きの者らしい数名の会話だけであった。 同じ時、鈴華の姿は屋敷近くの町の中にあった。通りかかる町人に誰彼ともなく尋ねてまわっている。 「腕が刃の鬼アヤカシのこと、何か知ってないかい?」 「さあ」 というのが大抵の答えである。が、当の鈴華に落胆した様子はなかった。何故なら鈴華の目的はアヤカシの情報そのものではなかったからである。 が―― それは突然起こった。 鈴華は場所を移した。通りを曲がり、別の通りへ。と、鈴華の足が突然とまった。 気配がある。剣呑なるもの。 鈴華は裏路地へと足を踏み入れた。その後を小柄の人影が追う。笠をかぶっているため、顔はわからない。 次の瞬間、笠の人物はぎくりとして足をとめた。眼前に鈴華が立ちはだかっていたからである。 「そっちから来てくれるのは望む所…いざ、尋常に勝負!」 快活に笑うと、鈴華は自身の背丈よりもなお巨大な矛をかまえた。はじかれたように笠の人物が抜刀する。 「それはこっちの台詞だ。何故、鬼のことを探っている?」 「知りたかったら腕ずくで来い!」 「えやぁ!」 笠の人物が襲いかかった。同時に鈴華が踏み込み――慌てて矛をはねあげた。斬られた笠がひらりと舞う。 「あれ?」 鈴華は首を傾げた。敵が弱すぎたためだ。鈴華は若年であるが、手練れである。それにしても―― 倒れた相手を見て、鈴華は、ははんと肯いた。相手は子供であった。十をわずかに超えたくらいであろうか。おまけに男装してはいるが女であった。 少女ははねおきると、再び刀をかまえた。 「やるな」 「……ってか、おまえ。子供じゃん」 「うるさい! お前だって子供だ。その子供がどうして父上を殺した鬼のことを探っている?」 「父上って……お前の親父さんの名前、もしかして橋本雄之進っていわないか?」 「そうだ。父上は鬼に殺されたって聞いた。だから私が敵をとるんだ」 「そうか」 鈴華はニッと笑った。彼女を見つめる少女の眼差しはいやというほど真っ直ぐで眩しい。 「そういうの、ボクは嫌いじゃない。だからお前には教えてやる。お前の親父さんの敵、ボク達がとってやったぜ。だからもう安心しろ」 「えっ」 少女は眼を丸くした。その瞬間、鈴華が背を返した。風のように走り去る。 その背を見送り、少女は刀をおろした。何故だか矛の少女――鈴華のいうことが信じられような気がしている。涙が溢れて仕方なかった。 ● 数日の間、屋敷には目立った動きはなかった。とはいえ、屋敷の出入りはあった。 月のない闇夜。一つの籠が屋敷の中に吸い込まれていった。 「今夜も別の人物ですか」 物陰からひそとした声が流れた。狐火である。 ああ、と肯いたのはユーデットであった。彼女とマックス、そして狐火は、毎夜屋敷を訪れる人を尾行し、その素性をあらためていたのである。ほとんどが商人であるが、中には北面の志士もいた。 「では、俺は行くぞ」 マックスの姿が闇の中に消えた。マックスはいつも屋敷から離れた位置に待機している。 「静かに」 狐火が押し殺した声で仲間を制したのは、マックスが消えた直後のことである。彼の超聴覚がある言葉を拾ったのだ。それは屋敷の内部の声で。 琥珀様。声はそういった。 「やはり」 ユーデットが呻いた。彼女もまた狐火同様、陽天琥貴神珀なる言葉から琥珀の存在を予期していたのである。 ユーデットの背を冷たい汗が滴り落ちた。それは恐怖の顕われである。 東房でのこと。仲間の開拓者は敵に操られていた節がある。彼女もまた同様の術を施されている可能性があった。 「そう簡単に操られてなるものか。柚乃さん」 「はい」 柚乃が素早く印を組んだ。結界を展開する。探知結界だ。 「います!」 小さく柚乃は叫んだ。屋敷の中に確かにアヤカシはいる。 次の瞬間、柚乃の口から鮮血が溢れた。その腹を鋭い手刀が貫いている。手刀は陰から突き出ていた。 「ソロソロ始末スル、カ」 陰からぬらりと異形が現出した。鬼である。 鬼が柚乃からずほりと手刀を引き抜いた。鮮血がしぶく。ぐらりと倒れ掛かる柚乃を鈴華が抱きとめた。 「ありがとうございます」 柚乃は青白い顔に苦痛にゆがむ笑みを浮かべた。同時に呪文詠唱。闇に白銀色の光の波がはしったかと思うと、柚乃の傷が見る間に癒されていった。 「ヤルナ、人間メ」 鬼がいった。当然だ、と答えたのはユーデットである。剣を鞘走らせると、 「来い。私達の本当の力、見せてやる」 ユーデット告げた。 ● 屋敷の表に面した通り。 表門からやや離れた土塀によりかかるように崩折れた人影がある。 「貴様、何をしている?」 時折屋敷の周りを巡回する志士らしき男が声をかけた。人影は女で、ぷんと花の腐ったような匂いを漂わせている。 「すみません。酔いつぶれてしまって」 介抱しているのは少女であった。他にも少女のような若者がいる。 「早く連れていけ」 舌打ちの音をひとつ響かせ、志士は立ち去っていった。 ニヤリ、と女が笑んだのは、その直後のことである。黯羽であった。 「上手くいったようだねえ」 「はい」 ふう、とフィンは吐息を零した。レイスの前でしくじることだけはしたくない。 そのレイスは苦笑をしていた。 「名演技でしたよ、フィンちゃん」 「もう。馬鹿にして」 「痴話喧嘩はいいかげんにしな」 黯羽はむくりと身を起こした。そして符を取り出し、ふっと息を吹きかけ―― 瞬間、符は鼠へと変じた。 「さあ、頼んだよ」 黯羽が鼠を放った。屋敷の俯瞰した様子は梟と化した人魂によって確かめてある。 鼠は土塀を駆け上がり、屋敷の中に忍び入った。音もなく廊下を走り、音を探る。 屋敷の中にほとんど音はなかった。志士は門の外にいるし、下働きの者も今宵は暇を出されているようだ。 数体めの鼠は屋敷の中をひっそりと走り回った。人の姿はない。いや―― 声がした。どうやら奥座敷だ。鼠は――黯羽は耳を澄ませた。 「……で、どうなのだ」 「焼き討ちがことか。万紅。斜命山脈の主たる貴様であっても気になるようだな」 別の声に嘲りの色が滲んだ。が、それよりも―― 万紅? 万紅とは何者だ? 鼠が戸の隙間に忍び寄っていった。見咎められる危険はあるが、紅万と呼ばれた者の正体だけは見届けねばならなかった。 奥座敷の中。相対する二つのモノがあった。 一つは子供よりなお小さな存在だ。陰陽師である黯羽にはわかる。それは人妖であった。 そしてもう一つ。顔の上半分は狼の仮面で隠しており、正体は良くわからない。ただ尾と狼のもののような耳があった。さらには獣のもののような爪。 「いいだろう」 人妖から声が流れ出た。口は動いていない。 「この陽貴が力を貸して」 声は途切れた。人妖の顔がむいている。鼠の方に。 ● 陰から飛び出した鬼が空を舞う。鮮血が散った。 苦鳴をもらしつつ、鈴華の眼は再び陰に沈む鬼の姿をとらえている。が、いかに強力の鈴華とて陰に潜む敵を着ることは不可能であった。 「来い! ボクにむかって来い!」 鈴華が吼えた。が、鬼が誘き出されることはない。 「どこにいるの?」 さすがの柚乃も焦った。鬼は陰中にある時は瘴気を隠すことができるらしく、彼女の結界をもってしても居所を判別することは困難であったのだ。 と、ユーデットは気づいた。狐火の姿が見えない。 「逃げたな!」 ユーデットが呻いた。 「まずい!」 黯羽が跳ね起きた。 「気づかれた。逃げるよ」 黯羽が走り出す。後をフィンとレイスが追う。が―― すでに屋敷の屋根の上には異形の影が佇んでいた。万紅だ。 万紅は弓に矢を番えた。その眼は黯羽達だけでなく、柚乃達四人の姿もとらえている。 万紅が矢を放った。獣の遠吠えにも似た音が鳴る。 咄嗟にレイスは矢をかわした。はずであった。が、矢はレイスの腹を貫いた。 「馬鹿な」 レイスの口からひび割れた声がもれた。彼の一時的に増幅された動体視力は射線を変えた矢の動きを見とめていたのである。 万紅は次々と矢を放った。それは流星のように黯羽やフィン、のみならず柚乃めがけても疾り―― ユーデットが背をむけて走った。 何でその逃走を見逃そうか。陰から鬼が襲った。ユーデットの背後に舞う黒影。いや―― その鬼の背後に浮かぶ別の影。狐火であった。 「ぬん!」 狐火が風也――乙女の血と頭髪を溶かした陰鋼で打たれた刀を鬼の首の付け根に突きたてた。同時に振り向きざまユーデットが鬼を斬り下げた。 「キ、貴様……ワザト逃ゲタフリヲ」 鬼の口から黒血が噴出した。ユーデットはただ冷徹に、 「いっただろう。私達の本当の力を見せてやると」 刹那である。柚乃の顔めがけて矢が迫った。当然狐火もユーデットも動けず、鈴華ですらも―― 戛然! 折れた夜の牙のように矢が舞った。刀ではじかれたのである。村雨主水であった。 万紅は無言のまま黯羽を見下ろした。矢をむける。止めを刺すつもりであった。 「させるかよ!」 黯羽が符をかざした。が、間に合わない。万紅は矢を放とうとし―― 目も眩まんばかりの閃光が闇を圧した。マックスの放った閃光練弾である。 「今だ! 退くぞ!」 弾丸をばらまきつつ、マックスが叫んだ。 「わかってる。が」 九尾の白狐が万紅めがけて翔けた。黯羽の放った式だ。が、これしきのことで万紅なるモノを斃せるとは思っていない。 「この借り、きっと返してやるぜ」 「もう! 無理しないでください」 軽々と黯羽を担ぎ上げ、フィンが走り出した。その脇腹は矢に貫かれている。この少女もまた化け物であった。 ● 「敵の首魁の名は万紅」 報告書に視線を落とし、芹内王は呻いた。そしてすぐさま命じた。屋敷を急襲せよ、と。 が、すでに屋敷に人の、いや何者の姿もなかった。ただ地下蔵からは無数の人骨が発見された。 |