|
■オープニング本文 前回のリプレイを見る ● 二人の男が炎が吹き出そうな眼で睨み合っていた。身形は僧である。 一人の名は慈穏、もう一人の名は鳩飛。慈穏は天輪宗における穏健派である説法衆に属し、鳩飛は過激派である武僧衆に属していた。 「このまま天陽宗を野放しにしておいてよいのか」 「と申して、どうするつもりだ。力任せにねじ伏せるか。馬鹿な」 慈穏は首を振った。 「我らは僧ぞ。他宗が気に入らぬからと申して、弾圧してよいと思うのか」 「弾圧ではない。これは布教だ。そのために僧兵がおる」 「馬鹿な」 慈穏が苦々しく吐き捨てた。 「僧兵は、アヤカシから民を守るためにある」 「違う。僧兵は」 「待て」 静かな、しかし反駁を許さぬ冷厳たる声が響いた。さしもの二僧もびくりとして口を閉ざす。 声の主は五十歳ほどの男であった。が、全身に漲る精気は、その年齢には似合わぬ壮絶たるもので。 男の名は天輪大僧正。東房をまとめる天輪王であった。 天輪王は二人の僧に交互に視線をくれると、 「天陽宗のこと、少し考えたい」 「はッ」 二人の僧は頭を下げた。 幾許か後。 天輪宗本山不動寺内にある小さな堂の一つに天輪王の姿があった。 鞍馬堂。堂は、何時頃からかそう呼ばれていた。 「蔵馬」 「はい」 声とともに、一人の若者が姿をみせた。 年齢は二十歳をわずかに過ぎたというところか。美麗な若者であった。唇が紅く、その口元にあるかなしかの微笑をためている。 「私をお呼びになるとは。よほど天陽宗のことがお困りになられているようでございますね」 「さすがは」 天輪王は苦笑した。 蔵馬は天輪王の懐刀ともいうべき存在だ。天輪王の影となり、事態の収拾をはかっている。いざという時、天輪王が最も頼るのはこの若者であった。 天輪王は振り返ると、 「その天陽宗のことだが。お前はどうすればよいと思う?」 「暗殺しかありませんね」 こともなげに蔵馬はいってのけた。 「開拓者の報告書を見るに、おそらく蒼貴と申す者、アヤカシとつるみ、村を襲い、浚った村人を殺した挙句、肉として人々に食させているものと考えられます。しかしながら証拠はない」 蔵馬は指摘した。 開拓者の報告があって後、蔵馬はひそかに村人の解体場所であった洞窟を調べた。が、血の一滴すら痕跡は見出せなかった。さらには霞寺住人に配られた人肉も奪い返されている。 「天輪宗と天陽宗の全面戦争だけは避けねばなりません。そのためには蒼貴を抹殺する。あのような外道、始末したところでさしたることはありますまい。蒼貴さえ消してしまえば、おそらくは。――ただ」 「ただ?」 「蒼貴が本当に首魁であるのか、どうか。それを確かめねばなりませぬ」 「そうか」 天輪王は暗鬱に肯いた。 天輪王は穏やかな性格で、あまり荒事は好まない。が、蔵馬のいうことはもっともであり、かつ仕方のないことでもある。 しばらくして天輪王は堂を後にした。 と―― しばらくすると、天輪王のもとに一人の男が歩み寄ってきた。 二十歳半ばほど。どこかのほほんとした雰囲気をもっている。 「赤雷か」 「はい」 赤雷と呼ばれた男が肯いた。 「今日から私が侍僧をあいつとめまする」 ● 霞寺の奥。 女と見紛うばかりに流麗な男が座していた。蒼貴である。 「すべての痕跡は消しましてございます。さらには開拓者どもの人相書きを立て札として町々に立てております。これで開拓者どもも近寄ることはできまいかと」 「ううむ」 唸る声は御簾のむこうから、した。 「しかし開拓者ども、油断はならぬ。奴らはすでに苦い思いをさせられておるからの。で、天輪王、動くであろうか」 「動ましょう。もし動かぬ時は――ふふ」 蒼貴はニヤリとした。 |
■参加者一覧
赤銅(ia0321)
41歳・男・サ
志藤 久遠(ia0597)
26歳・女・志
神咲 輪(ia8063)
21歳・女・シ
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
マックス・ボードマン(ib5426)
36歳・男・砲
ユーディット(ib5742)
18歳・女・騎
宍戸・鈴華(ib6400)
10歳・女・サ
ノイエ=キサラギ(ib7368)
14歳・男・泰 |
■リプレイ本文 ● 「陽貴」 告げたのは流麗な若者であった。 名は狐火(ib0233)。シノビであるこの若者の相貌には、いつも皮肉な笑みがたたえられているのだが、今は、ない。 「とは、何だ?」 問うたのは中肉中背の少年であった。尊大に背をそらせている。名はノイエ=キサラギ(ib7368)といった。 「かつて未綿の里を破滅寸前まで追い込んだアヤカシです」 「そのアヤカシとこの一件と、どう繋がりがあるのですか」 冷然たる風貌の美少女――ユーディット(ib5742)が問うた。 その疑念は無理もない。未綿は他国のことであり、確か首謀者である忠恒とやらは斃されたのではなかったか。 その一件であるが、ユーデットとはあながち無縁ではなかった。 ユーデットのジュノー家は、ジルベリア帝国において名門である。家柄だけいえば、現宰相であるアレクサンドラのアシモフ家と同格といってよい。が、ジュノー家は零落して久しく、その意味で未綿の里の一件は他人事ではなかったのである。 違う、と狐火は首を横に振った。 「確かに忠恒は斃しました。が、首魁たるアヤカシ、即ち陽貴は逃がしてしまいました」 だけではない。その後、その陽貴に人妖たる珊瑚を浚われてしまった。 「では」 しなやかな獣の如き印象の男が狐火を見た。名をマックス・ボードマン(ib5426)という。 マックスはふてぶてしい相貌に、やや当惑の色を滲ませて、 「俺達は魅了されたというのか」 問うた。すると、そうだよ、と声をあげた者がいる。 少年――いや、少女だ。十歳ほどに見える。どこか勝気そうな相貌といい、俊敏そうな身ごなしといい、野生児といった印象がある。 少女――宍戸鈴華(ib6400)は蒼穹のような曇りのない瞳を狐火にむけると、 「狐火の兄ちゃん、ボク達が戻って来た時の目つきがおかしかったっていうけど。別におかしな感じはしないんだよね」 「その通りです」 同意したのは、鮮やかな蒼の髪と瞳の凛然たる娘だ。生真面目な相貌をしているが、肢体は豊満で悩ましい。名を志藤久遠(ia0597)という。 久遠は訴えるかのように続けた。 「自分がアヤカシの術に囚われたとは思いたくありません」 「だろうが、な」 こたえたのは、腕組みして眼を閉じていた男であった。 精悍な相貌、肌は浅黒く、そして隆たる筋肉をまとわせた体躯。徹頭徹尾漢くさい男。名を赤銅(ia0321)というその男は、よく光る眼を久遠にむけると、 「接触試みてくれた三人揃って記憶が途切れてるのも妙な話だ」 「‥‥確かに」 久遠は肩をおとした。赤銅のいうことはもっともである。 が、それでも久遠には我慢できなかった。元々自身を律することの強い久遠にとって、他者――それもアヤカシなどに操られことなど、一刻たりとも耐えられぬ屈辱であった。 「では、我々が陽貴に呪縛されているとしてだ」 マックスがちらりと久遠と鈴華を見た。 「その効果はどれほどのものなのだ」 「おそらくは陽貴以外の者にも逆らえないでしょう」 狐火はこたえた。未綿の里の一件では、忠恒の命に家臣達は盲目的に従っていたのである。 ともかく、といって狐火は立ち上がった。 「私は天輪王に会ってみます」 ● 開拓者達はギルドを後にした。が、ここに一人残った者がいる。ノイエだ。 「俺様を満足させる依頼がないのは、ここのギルドのレベルが低いからに違いない」 ノイエはギルドの壁に刺すような視線をむけた。 「が、この最強の俺様の腕を見せるいい機会だ」 ギルドの壁に白墨で何かを書き記すと、ノイエは拳を叩き込んだ。 ぎしり、とギルドが揺れた。壁は強固であるが、それでも亀裂がはしった。凄まじい威力である。 「このギルドは幸せだな。英雄である俺様の手形が刻まれた。宝にするがいい」 「何をなさいます!」 ギルドの者が飛び出してきた。するとノイエはギルドの者を睨みつけると、 「誰に口答えをしている?」 眼にもとまらぬ速さで拳をギルドの者の顔面にぶち込んだ。血と歯をばらまきつつ、ギルドの者が吹き飛ぶ。 ノイエはふんと鼻で笑うと、 「いい経験をしたな、職員。正義の英雄に逆らうとどうなるか、勉強になっただろ。じゃ、依頼にいってくるぜ」 「待て」 声がした。ノイエが振り向くと、そこに数人の男が立っていた。どうやらギルドにおいて警備の任に就いている者達であるようだ。 男の一人が口を開いた。 「無体はいけねえなあ」 「何!?」 ノイエは眼を光らせた。が、筋が通っているのは警備の者達の方である。何の罪科もないギルドの者をぶちのめしたノイエの行為は単なる暴力であった。 「邪魔する気か」 ノイエの手が異様な動きをみせた。まるで蛇のようにうねる。 次の瞬間、ノイエが一気に男との間合いを詰めた。空気を裂いて拳を疾らせる。 刹那、男の姿が消失した――ようにノイエには見えた。再び男の姿が現出した時、その手刀はノイエの腹に突き込まれていた。 さすがにギルドの警備の任に就いているだけあって、男は志体持ちであった。同じ志体持ちである以上、いかに超人たるノイエであっても所詮は駆け出し、熟練の男には敵うべくもなかった。 昏倒したノイエを見下ろし、男はいった。 「役人に引き渡せ」 ● 不動寺の海にほど近い山頂。そこに豪壮な建築物がある。天輪宗本山不動寺であった。 その不動寺の前に狐火は立っていた。門衛たる僧兵に歩み寄ると、狐火は天輪王との謁見を願い出た。 待つことしばし。やかで一人の男が現れた。 二十歳ほどの若者。薄く笑みを浮かべている。 「俺は赤雷。天輪王の侍僧をつとめている」 若者は名乗ると、帰れ、と告げた。 「開拓者に依頼を出したことは内密だ。何のために僧を使わず、開拓者に依頼を出したと思っている?」 「それは」 さすがに狐火は言葉に窮した。 仕方なく狐火は背を返した。見送る赤雷の口が嘲笑の形にゆがんだ。 ほどなくして狐火は不動寺を後にした。山を下る。 と、狐火の足がぴたりと止まった。ふふ、という笑い声は木々の間からもれた。 「さすがは」 木々の間から人影が現れた。頭巾で顔を隠しているため、人相はわからない。 狐火の手がすうと針短剣――ミセリコルディアにのびた。そして、問う。 「何者です、貴方は?」 「琥珀四天王、といえばわかるか」 こたえると同時に、琥珀四天王の一人の身体が揺れた。ゆら、ゆらと。 酔拳。 狐火は敵の業を読んだ。その上で敢えて前に出た。すべるように琥珀四天王の一人との間合いを詰める。 きらっ、と光がはねた。ミセリコルディアの一撃だ。 その一撃は琥珀四天王の一人の肩を貫いた。狐火の刺突の鋭さに、躱すに躱せなかったのだ。同じ時、狐火の腹には琥珀四天王の一人の掌底がおしつけられていた。 まずい、と狐火が思った時は遅かった。彼の腹部に爆発的な衝撃が叩きつけられた。琥珀四天王の一人の掌底から発せられた気だ。 狐火は跳び退った。一気に数メートルの距離を。 「逃さぬ」 琥珀四天王の一人が追った。が―― 琥珀四天王の一人の足がとまった。眼前に煙が渦巻いている。 やがて―― 煙は晴れた。が、狐火の姿はすでになかった。 その狐火は離れた森の中にいた。 「どうやらここまでのようですね」 苦しげに笑うと、ばたりと狐火は倒れ伏した。その意識はすぐに闇にのまれて、消えた。 ● 「ほう」 朝の透明な空気がいまだ漂っている頃。感心しちような声があがった。赤銅である。 霞寺の入り口。そこに立て札が立てられていた。描かれているのは赤銅ら三人の開拓者の顔であった。 「こうきたかよ」 赤銅はニヤリとした。 その時だ。大きな声が響いた。村人のものだ。 「やれやれ」 肩を竦めると、赤銅は腹の底に気をためた。練り上げたそれを一気に放出する。 びくりとして村人達が立ちすくんだ。それを見届けると、赤銅は背をむけて逃げ出した。 霞寺。 そのほぼ中央にある屋敷。門には天陽宗なる看板が掲げられている。 その門の前に一人の男が立っていた。マックスである。日の光とともに虫の声が降っていた。 マックスの手が木戸にのびた。と―― マックスの手が触れるより先に木戸が開いた。そして一人の若者が姿をみせた。 年齢は二十歳半ばほどであろうか。端正な顔に薄い微笑をうかべている。翠峰であった。 「あんた達の顔が見たくなって寄らせて貰ったんだが、表の人相書、あれは一体なんだ?」 ちらりとマックスは視線を門にはしらせた。そこにあるのは赤銅が見たものと同じ手配書であった。 「あれは天陽宗の敵です」 翠峰がこたえた。この時ばかりは微笑が消えている。 「その三人の中の一人が、今朝、霞寺の入り口に姿を見せたと報せがありました。それで捜索のために人を出そうと思っていたのですが」 「ならば俺にも手伝わせてもらえないか」 すかさずマックスが申し出た。すると、あっさりと翠峰は肯った。 「いいでしょう。貴方にも手伝っていただきましょう」 ● 霞山。 霞寺内にある小さな岩山である。その霞山の頂に天陽宗総本山たる霞寺があった。 ユーデットは今、その霞山の麓に立っている。少し前、久遠と鈴華が山を上っていった。案の定、誰にも見咎められることはなかった。 追うようにユーデットもまた山道に足を踏み入れた。 と―― 男がユーデットの前に立ちはだかった。崖の上から飛び降りてきたのである。 その男にユーデットは見覚えがあった。他の村で布教活動を行っていた紫藤という泰拳士だ。 「見忘れましたか」 ユーデットが先に口を開いた。 「理空殿の誘いに応じ、やって参りました」 「そうか」 じろりと一瞥し、紫藤は背を返した。 「ついてこい」 ● 「あれは人相書の男だ!」 マックスが走り出した。後を翠峰と僧兵達が追う。しばらくしてマックスが立ち止まった。 「どうやら見失ったようだ」 マックスは周囲を見渡した。そして翠峰にむかうと、 「手分けして探そう。あんたは俺と来てくれ」 「いいでしょう」 肯くと、翠峰は僧兵達を分け、三方の捜索を命じた。それからゆるりとマックスに眼をむけると、 「これで邪魔者はいなくなりましたね。では琥珀様の命を伝えます」 翠峰の唇の端がつっと吊り上がった。 どれほど時が流れたか。 赤銅は足をとめると、深く空気を吸い、呼吸を整えた。天陽宗の手勢をひきつけるため、ずっと駆詰めであったのだから無理もない。 「この歳で追いかけっこはこたえるぜ」 赤銅は苦笑した。 と―― 赤銅は歩み寄ってくる者に気づいた。マックスだ。 「どうした、マック――」 轟音が響いた。銃声だ。 赤銅ががくりと片膝ついた。肩を抑えた手の隙間からたらたらと血が滴り落ちている。 「すまんな」 マックスの顔に泣き笑いのような表情がうかんだ。 「琥珀様の命令には逆らえんのだよ」 「ぬっ」 赤銅が跳び退った。さらに――いや、赤銅の足がとまった。灼熱の殺気がその背を焼いている。 はじかれたように赤銅は振り返った。 「久しぶりだな」 笑った。鬼が。赤黒い肌をしており、四本の腕をもっている。紅角であった。 紅角の眼が血色に光った。 「忠告したはずだ。つらまぬことは詮索せぬ方がいい、と」 ぶちのめされ、赤銅は横たわっていた。さすがの超戦士たる彼も、同じ開拓者、さらには中級に分類されるアヤカシを相手取っては如何ともし難かったのである。 赤銅を見下ろし、紅角はくつくつと笑った。 「こやつも陽貴様のところに連れていった方が良いようだ」 ● 赤銅がマックスと対しているのと同じ頃、久遠と鈴華は蒼貴と対していた。 赤銅達の陽動が効いたか、霞寺内部にはほとんど人の姿はない。二人が見かけたのは、案内してくれた黒飛という細身の男だけである。 「今日はどのような理由で参られたのか」 蒼貴が問うた。ぬめ光る眼を久遠と鈴華の面に据えている。 鈴華は無邪気そうな素振りでこたえた。 「少し聞きたいことがあって」 「そうなのです」 久遠は肯いた。 その時だ。久遠は蒼貴の背後の御簾のむこうに揺れる小さな影に気づいた。狐火のいうことを信じるならば、あれこそが敵の首魁、陽貴がとり憑いた人妖に違いない。 その時だ。ぎちりと何かが久遠の魂を締め付けた。 それは愛という名の枷であった。信じられぬことに久遠は琥珀を絶対的に尊崇していたのである。 「ぬ‥‥おおぅ!」 久遠は練力を経絡を通して全身に巡らせた。その過程で錬力を練り上げ、炎の龍へと育て上げる。そして一気に魂の枷へとぶつけた。 「陽貴!」 呪縛を破った久遠が馳せた。同時に鈴華も。 その鈴華の魂には枷がついたままであった。が、愛よりも重い覚悟が彼女の足を進ませている。 「覚悟!」 鈴華の蛇矛――張翼徳が御簾の影めがけて疾った。強化した腕でふるう一撃は凄まじい威力を秘めている。 が、その一撃は横から閃いた蹴りによってはじかれた。黒飛だ。 次の瞬間、のびた黒飛の脚が鈴華の顔面めがけて薙ぎ下された。回避能力の低い鈴華には躱しようもなく。頭蓋を踵でうたれ、床に叩きつけられる。 同じ時、久遠の前には蒼貴が立ちはだかっていた。その蒼貴を斃すつもりは久遠には、ない。 彼女の目的は陽動であった。本当の刃は狐火達シノビである。 今なら―― そう。陽貴の前に立ちはだかる琥珀四天王はひきつけてある。今なら陽貴を――少なくとも人妖珊瑚は討てるはずであった。 が―― 何も起こらぬ。 「動くなよ、久遠とやら」 鈴華の背に馬乗りとなっている黒飛がいった。 「動かば、この娘の首をへし折るぞ」 「さすがに開拓者。我が術を破るとはたいしたものよ」 御簾のむこうから声がした。 「次はもっと強い術をかけねばならぬようじゃ」 ● ただならぬ物音に、霞寺内部の一室に座していたユーデットは腰を浮かせた。 「あれは?」 ユーデットは部屋を飛び出そうとした。後詰めとして、駆けつけねばならない。 そのユーデットを紫藤が遮った。 「ゆく必要はない」 「どけ!」 ユーデットの全身から煌と黄金光が迸り出た。同時に白光が閃く。ユーデットが抜き撃ったのである。 「くっ」 紫藤の口から苦鳴があがった。その左眼が縦に切り裂かれている。 ユーデットが部屋を飛び出した。物音のした方向へと廊下を走る。 行き止まり。奥の部屋がある。 ここか。 ユーデットが戸を蹴破った。中には二人の僧、そして久遠と鈴華の姿がある。 「よく来ましたね、ユーデット」 ニンマリ、と。久遠は邪悪に笑った。 ● どれほどの時が流れたのか。 霞寺の外れに立った五人の開拓者達にはわからない。わかっているのは依頼を果たせなかったという事実のみだ。 さらに一つ。判明したことがある。いかに強力無比な陽貴の術といえど、開拓者ならば破れぬことはないという可能性である。 その五人の開拓者が、気を失っていたところを助けられた狐火と顔をあわせたのは、さらにその数日後のことであった。 |