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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ● 「……確かに受け取った」 掛け軸を手に雲水が肯いた。待て、と声をかけたのは冷然たる美貌の娘だ。 「どこにいく? 約束のものをもらおうか」 「約束のもの?」 「とぼける気か」 娘の眼がぎらりと光った。思わずといった様子で雲水が一歩後退る。 雲水が得意とするのは情報収集であり、戦闘は得手ではなかった。その上相手は陰殻でも名の知られた服部真姫(iz0238)である。まともに戦って勝ち目があるはずがなかった。 「冗談だ。怒るな」 苦く笑う声が笠の内からもれ、雲水が懐から紙片を取り出した。真姫に手渡す。 「……ここが夜叉一族の里か」 紙片に視線をおとし、真姫が呟いた。すると雲水が、 「で、その地図をどうする? まさか夜叉一族の里に物見遊山にいくわけではあるまい」 「余計なお世話だ」 背をむけかけ、ふと真姫は足をとめた。 「この地図を手に入れたこと、夜叉にはもらすな。よいか」 「さあて」 雲水がくつくつと笑った。 「諏訪のシノビは情報を扱うが仕事によって」 「ならば覚悟しておけ」 すう、と。真姫の背から冷たい殺気の炎が立ち上った。 「この情報をもらした対価が貴様の命であると」 ● 「服部真姫、か」 闇の中に声が流れた。男であるのか女であるのか、若いのか老齢であるのか判然とせぬ声。夜叉一族頭領、夜叉骸鬼であった。 「厄介な奴がからんできたものよ」 「お頭」 笑う声がした。これは男のものである。 「ご心配は無用かと。いかに服部であろうと、この里の場所までは知りもうさぬはず。天山めに命じ、ゆるりと服部を始末なされませ」 「馬鹿め」 骸鬼の声に怒気が滲んだ。 「夜叉四十九忍衆がうち、すでに残るは十一忍。全てはうぬらの油断がよんだものじゃ。開拓者ども、侮ってよい奴らではない。いずれ、いや、もしかするとすでに奴らはこの里の在り処をつかんでいるかも知れぬ。そうなれば奴らは餓狼の如く襲来してくるであろう」 「では都の天山に手配しておきまする」 男の気配が消えた。 ● そこは、ある女開拓者の住まいであった。こじんまりとしているが、清潔で、とても居心地のよいところである。 その住まいの裏。一人の少女の姿があった。 人形のように可愛らしい顔。が、その半顔は無残に焼け爛れている。 鴉一族生き残りの少女。千鶴であった。 「気楽なものだな」 声がした。服部真姫のものだ。 ぎごちない動きで千鶴の顔があがった。が、依然としてその瞳に光はない。 「何もかも知らぬ顔をしていればよい、か」 真姫の顔に嘲笑が滲んだ。 「顔まで焼いたお前の思いはどうなった? 隼人の哀しみは? そうやって一生眠り続けるつもりか。その間、開拓者どもはお前と隼人のため、傷つきながらも戦っている。知らぬとはいわせんぞ」 真姫は告げた。が、千鶴の瞳に光は戻らぬ。ただ涙が溢れ出た。 「ただ泣けば済むほど生きていくことは甘くはない。良く見ておくのだな。開拓者どもの生き様を。真に生きるとはどのようなものなのかを」 真姫は背を返した。 |
■参加者一覧
大蔵南洋(ia1246)
25歳・男・サ
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
亘 夕凪(ia8154)
28歳・女・シ
グリムバルド(ib0608)
18歳・男・騎
レイス(ib1763)
18歳・男・泰
藤丸(ib3128)
10歳・男・シ
蒔司(ib3233)
33歳・男・シ
カルロス・ヴァザーリ(ib3473)
42歳・男・サ
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲
夜辻・十字郎(ic0022)
26歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ● 都の外れにむかう三人の男女があった。 十七歳ほどの娘が一人。あと二人は男で、一人は二十歳半ば、そしてもう一人は四十ほどであった。 ちっ、と舌打ちしたのは、その四十ほどの男である。ぞくりとするほど昏い眼の持ち主で、名をカルロス・ヴァザーリ(ib3473)といった。 「情報収集とは間怠っこしい」 カルロスはごちた。 「情報はシノビの領分だ。動きを察知され体勢を整えられる前に里を襲撃したいところだったが」 「まったくでございますね」 苦く笑ったのは娘である。猫のように常に笑みを満面にたたえており、何を考えているのかわからぬところがある。これは名を秋桜(ia2482)といった。 「折角里の場所を嗅ぎ付け、相手には悟られていない有利さを今回でみすみす逃す事になるとは……せめて戦力を整えて攻め入った時にはもぬけの殻、という自体にならぬ様にだけしませんと。……ところでナイト様は今回が初めての依頼でございましたねえ。期待しておりますよ」 「わかっています」 言葉少なに若者がこたえた。 名は夜辻十字郎(ic0022)。修羅だ。鍛え抜かれた身体は修羅独特のもので、鋼の筋肉をまとっている。 むっつりと前を見据えた表情は無愛想だが、しかしその胸の風景は意外に鮮やかで。今も内心ぶつくさと文句を呟いていた。 ――期待しているだって!? これが俺の初めての依頼だってこと、知ってるだろ。何なんだよ、この女。 それより少し前。 亘夕凪(ia8154)の住まいを一人の少年が訪れていた。少女のように華奢で、また少女のように美しい少年で、名は叢雲怜(ib5488)という。 「良く来てくれたね」 笑顔で迎えたのは懐の深そうな女であった。娘といってもよい年頃であるのだが、その落ち着きぶりは壮年を思わせる。夕凪であった。 「助かるよ」 夕凪はいった。実は千鶴のことが気掛かりであったのだ。 夕凪達が留守の場合、千鶴の側には暮穂や桂杏がいる。二人は共に女性であり、なおかつシノビとしての才覚も備えていた。 が、話し相手となれば別だ。怜の天真爛漫さは、時として凍てついた北風すらもはね返す。 「千鶴姉のことで注意することがあれば教えてほしいのだぜ」 「ああ」 怜に問われ、夕凪はやや離れたところにぽつねんと座した少女に眼をむけた。千鶴である。 「うん?」 夕凪は不審げに眉をひそめた。 千鶴の人形のような顔。その綺麗な方の頬に微かに残ったもの。 涙の跡? 夕凪にはそう見えた。が、相変わらず千鶴の表情に変化はない。ただ器物のように静かだ。 夕凪は歩み寄ると千鶴を抱きしめた。 「ちと遠出をしてくる。その後……そうだねえ。くだらない事に笑ったり、日がな一日野原で転げ回ったり……そんな生き方もあると、きっと教えてあげるから。……ま、刀振り回す私に云えたこっちゃあ無いやな?」 苦く笑って、夕凪は二人をじっと見つめている男に視線をむけた。無愛想な、岩のような顔の若者だ。 と、夕凪を慰撫するように若者は微笑った。それは、若者の悪相からは想像もつかぬほど優しいもので。 若者――大蔵南洋(ia1246)は、髪を短く切りそろえた大人しい雰囲気の娘に厳しい眼をむけた。 「留守中の千鶴殿の身の回りのこと、頼んだぞ」 「はい」 娘――桂杏の眼が輝いた。南洋は彼女の兄であるのだが、その兄の背を追って開拓者になるほど桂杏は南洋を敬愛していたのである。 その兄がいった。頼む、と。 溢れそうになる涙を隠し、桂杏は大きく肯いた。 南洋達一行が出立した後。 その背を追うようにふらりと動き出した人影があった。建物の陰にまぎれて動くその様は漆黒の野生獣にも似て。蒔司(ib3233)であった。 「遂に夜叉の里の在り処が…」 蒔司は呟いた。ともすれば逸りそうになる心を必死になって抑えつける。 「いや、まだじゃ」 蒔司は己の裡の獣につけた鎖をひいた。それは戦闘兵器として育てられた彼の冷たい計算である。敵の戦力が判然とせ以上、迂闊に攻め入ることはできなかった。 「待っちょってくれよ、隼人。千鶴」 蒔司は尚更に心を冷たく研ぎ澄ませた。 ● ぴたり、と女は足をとめた。 冷然たる風貌の美しい娘。服部真姫(iz0238)である。 「私に何の用だ?」 「やはり気づかれてしまいましたか」 物陰から薄く笑った顔が現れた。整った顔立ちは女のように美麗であるが、その眼は刃のように冷たく光っている。 レイス(ib1763)。開拓者であった。 レイスはひらひらと手を振ると、 「真姫さんの警護のためにきました」 「警護?」 「ええ。夜叉一族は一度依頼人を殺したらしいですからね。また真姫さんも狙われてますから。同じ手は通じないとか思ってるとそこを突かれそうですし、二度ある事は三度あると言う事で」 「なるほど。では残る九人は夜叉の里へ?」 「いえ、一人は千鶴さんのところに。里にむかったのは八人です。旅芸人とギルドの使いに扮して旅に出ました。今頃は里の手前。そろそろ変装にとりかかっている頃かと」 「何っ」 真姫の表情が変わった。 「それはまずいことになるかもしれん」 ● 「あの先に夜叉の隠れ里があるんだな」 ぎらりと眼を光らせたのは精悍な風貌の若者な若者であった。身ごなしが軽やかで、いかにも戦い慣れているといった風だ。 その若者の名はグリムバルド(ib0608)というのだが、今は愛用の眼帯は外していた。それと――ともかく身形は薄汚れていた。旅の風塵にまみれている風情であるのだが。 しかしそれは偽装であった。同じ開拓者である藤丸(ib3128)の手になるものである。 ふふん、とグリムバルドは笑った。 「決着の時が近づいてる感じだな。この図体で盗人とか色々大変だったぜ…まあ、俺にとっちゃ今回の方がまだ楽かな」 「奴ら」 ぎりぎりと歯を軋らせたのは神威人の少年であった。柴犬の耳をもっている。――藤丸だ。 「ついに追い詰めた。もう逃がさない」 隼人、と藤丸は胸の裡で呼びかけた。もうすぐだ。もうすぐ仇はとると。 「おい。顔が恐いぜ。気負うのはけっこうだが、今からそれじゃ疲れちまうぞ」 グリムバルドがいった。歴戦の猛者らしい忠告である。 「わかってるよ。でも血が奔騰してたまらないんだ」 藤丸は自身の両手を見下ろした。小刻みに震えている。武者震いのためだ。 すると蒔司が苦笑した。 「藤丸の場合は仕方ないかもしれん。隼人に対する思い入れは尋常やないからの。が、の。わしも必死になって自分を抑えちょる。もう少しだと己に言い聞かせての。――ところでわしはここで別れる。次会うのは夜叉の里じゃ」 蒔司は背を返した。 森の中の一本道を三人の男女が歩んでいた。秋桜、カルロス、十字郎の三人だ。 「どうだ」 肩で風を切って歩きつつ、カルロスが問うた。どうだ、とは罠の有無である。 「今のところは」 秋桜は首を振った。罠は全く見当たらない。 「見張りらしき者の姿もありませんね」 十字郎は周囲を見回した。森に入ってからずっと周囲の様子を探っているが、ひそむ人影などは全く見当たらない。 「夜叉一族はよほど里が襲われないということに自信があるのでしょうね」 「それならいいのですが」 秋桜の瞳に不安の翳がよぎった。 ● 「いかんのか」 茶店の縁台に座した真姫が問うた。笑みをうかべたまま首を振ったのは傍らに座したレイスである。そのレイスの瞳には焦慮の光であった。 真姫が口にした恐るべき推測。もしそれが真実であるならば、今回の依頼は失敗と終わりかねない。 が、そうと知ってもレイスは動くことはできなかった。真姫だけは何としても守りぬかなければならないからだ。 「彼らは只者ではありませんからね。虎口を脱することなど」 レイスは言葉を途切れさせた。 「千鶴姉。きっと火傷は治るのだぜ」 怜は千鶴の火傷痕に薬を塗りのばした。 「だってこの薬には皆の想いがこもっているからなのだぜ。夕凪姉や藤丸の。そして俺の。この傷の落とし前は俺がきっちりつけてやるのだぜ」 「あれは」 それまで微笑みながら怜の声を聞いていた暮穂がはっとして眼を瞬かせた。信じられぬものを見たからだ。 千鶴の眼に滲んでいるもの。それは涙ではないか。 怜は屈託なく千鶴の涙を拭った。 「泣きたい時は思いっきり泣いていいのだぜ。その涙の一粒一粒が、きっと千鶴姉の力になってくれるから」 振り向きざま、怜は腕をのばした。その手には短筒――一機当千が握られている。 「出てくるのだぜ。夜叉シノビ」 すうと暮穂と桂杏が立ち上がった。すでに二人もまた超人的聴力に異変をとらえていたのである。 次の瞬間、天井をぶち破って二つの人影が降り立った。 ● 里人らしき男を見つけ、秋桜が歩み寄っていった。 「酒場のようなところはありませんか」 「酒場?」 男はのんびりした様子で秋桜を見返し、それから里の入り口に眼を転じた。派手だが薄汚れた身形の一団がある。中にまじった女は濃い化粧で傘をさしていた。何とも珍妙な集団だ。 「あれは旅芸人でございますよ。それよりも酒場は」 いいかけた秋桜の面前を白光が逆さまに疾りぬけた。咄嗟にに跳び退ったものの、秋桜の水着は裂け、鮮血とともに真っ白な乳房がぶるんと露わになった。 「旅芸人だと」 嘲るような声。 はじかれたように周囲を見回した開拓者達は、取り囲むように姿をみせた七つの人影を見とめた。 「開拓者どもが。ようもほざく」 一人が嘲笑した。蛇のように冷酷な眼をした男だ。 「確かに私達は開拓者です」 あえて秋桜は認めた。そして続けた。開拓者ギルドの使いであると。 「実は交渉に来たのです。頭領と忍衆の首、差し出してはいただけませんか。ほれ、このように夜叉一族の里はすでに判明しております。もしこちらの要求に応じていただけなければ武力を行使する事も」 ちらりと十字郎が秋桜を見た。内心冷や汗をかきながら。 ――おいおい、これは交渉というより宣戦布告じゃないか。これで良いのか。 そう十時郎が思った時、カルロスが口を開いた。薄ら笑いを浮かべつつ。 「笑っているのはいいが、かまわんのか。服部真姫のような聡い女が、何故自ら名を晒して利にもならない依頼を出しているの。何故、我らがこの場所に到達したのか。…その理由を考えてみるがいい」 「何っ」 わずかに男達の間に動揺の波が伝わった。そして愕然として眼を見開いた。真姫とつながりがあると噂される、ある恐るべきシノビ一族に思い至ったからだ。それは―― 「葉隠か」 声は、男の背後からした。男とも女ともつかぬもの。それは頭巾で顔を隠していた。 「何者だ」 南洋が問うた。が、この時、すでに彼はその正体を推察していた。 未だ合間見えたことのないほどの圧倒的な殺気の持ち主。その名は―― 「夜叉骸鬼」 頭巾の主がこたえた。そして含み笑うと、 「案ずることはない。もし葉隠一族が我らを敵としているのならば、わざわざ開拓者の手を借りることなどない。それに開拓者ギルドのことも。うぬらが鴉一族に与する開拓者どもであること、とうに知れておるわ。この里の在り処、もしかして知られておるかも知れぬと思い、うぬらの顔を知る者に都の入り口を見張らせておいた。旅芸人に扮するのならば都の中においてするべきであったな」 次の瞬間、カルロスの肩から血がしぶいた。 ● 夜叉シノビから真空の刃が放たれた。瞬間、跳んだ桂杏の手から銀光がしぶく。 「くっ」 苦鳴をもらしたのは暮穂であった。彼女は真空の刃から千鶴を守ったのである。が、トリガーをひく怜の指の動きは一瞬遅延した。 あっ、と思った時は遅かった。眼前からもう一人の男の姿が消失している。 「ぬっ」 呻く声は空で響いた。反射的に一機当千の筒口を上にむけた怜は見た。男の肩に突き刺さった簪を。それは千鶴のものであった。 「終わりなのだぜ」 怜がニカッと笑い、銃声が轟いた。 ● 「な、何が」 信じられぬものを見るように藤丸が眼を見開いた。 突如、カルロスが血を噴いた。斬られたのである。が、何時―― 恐怖にけぶる眼を、藤丸は夜叉骸鬼にむけた。 「退くしかないねえ」 夕凪は仕込みの刃を抜き払った。ここは敵中である。おまけに多勢に無勢、さらには敵中に夜叉骸鬼がいる。策が破れてしまった以上、このままではこちらが全滅しかねなかった。 「逃がすと思うか。少しでも動けばうぬらのそっ首、この夜叉骸鬼が叩き落してくれる」 夜叉骸鬼が軋るような声で笑った。 刹那である。もうとした煙が周囲を灰色に染めた。 ● 走る。開拓者が森の中を。 来た時と違い、道には様々な罠が仕掛けられていた。悠長に解除している暇なく、それらのために開拓者達は満身創痍の身となっている。 「逃さぬ」 開拓者達の眼前に巨漢が降り立った。その巨体にも似合わず、猿のように木立を飛び移って来たのである。 「どけえ!」 カルロスが刃をたばしらせた。凄まじい衝撃が地を割りつつ疾った。 「ぬん!」 巨漢が右掌を突き出した。衝撃がはじける。鮮血とともに衝撃の余波が周囲に散った。 ぷっと巨漢が口を尖らせた。空に光がはねる。 きんっ、と澄んだ音が響いた。巨漢の吹いた含み針を十字郎が盾ではじいたのである。 「化け物め。けど、逃さないのはこっちの方だ!」 藤丸の手袖から光が噴出した。矢だ。 「くっ」 巨漢が呻いた。その右目に矢が突き刺さっている。 「とどめだ!」 夕凪が迫った。突き出した一撃は雷の迅さをひめている。 が、巨漢はその突きを左掌で防いだ。掌を貫かせたまま刃を握る。 「ご自慢は腕のようだな」 空に舞った南洋は横一文字に刃を薙ぎ払った。空間にはしった光の亀裂がすぐに緋色に染まる。 「これで一人か」 落ちた巨漢の首を見つめるグリムバルドの身裡で殺気がたわんだ。それは金色の竜と化し、グリムバルドの経絡を駆け巡る。 「俺がやる」 グリムバルドが袈裟に刃を薙ぎ下ろした。一瞬後、大きな音をたてて断ち切られた大木が道をふさいだ。 ● 夜叉シノビの一人は斃した。そして一人は逃した。 とはいえ手傷は負っている。桂杏が放った風車によって。それよりも―― 簪を投げた姿勢のまま、呆然と立つ千鶴の手を怜がしっかりと握った。二度と放さないというかのように。 「おかえりなさいなのだぜ」 同じ頃、七人の開拓者は惨憺たるありさまで蹲っていた。森を抜けた辺りから夜叉の気配は消失している。 満面の血を拭い、南洋が呟いた。 「夜叉め。どうして追って来ない?」 「ここが鞍馬一族の里だからじゃ」 こたえのは蒔司だ。彼は煙遁によって仲間を逃した後、自らは森中を走り抜けて来たのであった。 「鞍馬一族は五十三家中の一家。夜叉といえど、さすがに里に足を踏み入れることは躊躇ったのじゃろう。しかし」 蒔司は悔しげに拳を握り締めた。 「夜叉の背がまた遠くなってしもうた」 |