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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ● 足をとめたのは冷然たる美貌の娘であった。名を服部真姫(iz0238)という。 彼女の鋭敏な知覚は、背後の木陰に滲む凄愴の殺気をとらえていた。 「諏訪の燐馬。いるんだろ」 真姫が冷えた声をかけた。すると凝結していた殺気が解けた。雲水がすうと木陰から姿をみせる。 「服部か」 雲水の笠の内から声がもれた。その声に不審の色が滲む。 「何故、俺がここにいるとわかった?」 「法興寺に出入りしていただろう」 真姫はこたえた。 実は、ある女開拓者が法興寺から姿を見せる雲水を追っていたのである。その尾行は結果として失敗であったが、雲水の消えた辺りはわかった。真姫は独自で動き、女開拓者が雲水を見失った地点を探り、知った顔を発見したのであった。 「ほう」 やや驚いたような声が響いた。 「あそこにお前がいたのか。――で、抜け忍のお前が、俺に何の用だ?」 「教えてもらいことがある」 「教えてもらいたいこと? 服部真姫が、俺に何を教えてもらいたいのだ」 「夜叉一族の隠れ里。上忍四家である諏訪一族中、唯一お前のみが夜叉一族と繋がりがあると聞いたことがある。知らないとはいわせんぞ」 「夜叉?」 声に不審の響きがまじった。 「確かに俺は夜叉一族の隠れ里を知っているが。……知ってどうする?」 「お前の知ったことではない」 「とは都合のいい言い草だな。教えろ、だが理由は話せぬとは」 「ならば力ずくで聞き出すまでだ」 真姫の身裡で殺気がたわんだ。 「待て」 燐馬が手をあげた。そして苦く笑った。 「ここでお前と殺りあうつもりはない。俺には何の得もないからな。だからといってただで教えるわけにはいかん」 「金、か?」 「いいや」 笠がゆらりと揺れた。 「一つ仕事をしてもらいたい。ある屋敷に忍び込み、盗み取ってきてもらいものがある」 「盗み取るとは……何だ?」 「絵図面だ。黒木膳兵衛という商人が屋敷のどこかに隠しているはず」 「ふふん」 真姫は薄く笑った。 「まだ何かあるな。商人から絵図面を盗み取ってくるだけなら、わざわざ私に頼みはするまい」 「さすがだ。実は絵図面を桑名一族のシノビ三人が守っている」 燐馬が告げた。桑名一族は名張に属するシノビ一族である。 「なるほどな。情報を操るのは上忍四家中随一といえど、こと戦闘忍術において諏訪は他の三家に一歩を譲る。……考えたな」 真姫はニヤリとすると、 「考えておこう。……ところで、だ。その桑名三忍とはどのようなシノビだ?」 「名は民部、猿彦と犬彦という。猿彦と犬彦は双子だ。得意業はさすがの俺にもわからん」 燐馬は肩を竦めてみせた。 ● ぼう、と。 その少女は前を見つめていた。その脳裏にはある面影がある。 それは少年であった。どちらかというと気の弱そうな、良くいえば優しげな眼差しの少年。思い浮かぶのはそれのみだ。 それ以上思い出そうとすると心が痛んだ。魂そのものまで凍りついているようだった。 何も考えず、何も思い出さない。それが幸せであることを本能が悟っているようであった。 少女の名は千鶴。鴉一族生き残りの一人であった。 ● 屋敷の上。 闇の中にすうと人影がわいた。数は三。 鍛えぬかれた体躯の女が問うた。 「どうだ。屋敷に近づく者はいるか?」 「おらぬ」 小柄の男がこたえた。そして、同じく小柄の男にむかって、 「どうじゃ、犬彦?」 「うむ。誰もおらぬ」 犬彦はこたえた。そして女にニヤリとすると、 「案ずるな、民部。我ら二人から逃れることのできる者などおらぬ」 |
■参加者一覧
大蔵南洋(ia1246)
25歳・男・サ
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
亘 夕凪(ia8154)
28歳・女・シ
尾上 葵(ib0143)
22歳・男・騎
グリムバルド(ib0608)
18歳・男・騎
レイス(ib1763)
18歳・男・泰
藤丸(ib3128)
10歳・男・シ
蒔司(ib3233)
33歳・男・シ
カルロス・ヴァザーリ(ib3473)
42歳・男・サ
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲 |
■リプレイ本文 ● 「おおぅ。今度は盗人働きか」 豪放に笑ってみせたのは、金色の穂先をもつ槍を肩に担いだ若者であった。名をグリムバルド(ib0608)という。 この時、盗みそのことよりもグリムバルドは千鶴のことが気になっていた。もし夜叉の隠れ里の在り処が判明したなら、その時には千鶴が帰ってくる。何故だがグリムバルドにはそんな気がしていた。 かつてグリムバルドは独りであった。誰に対しても心を開かず、孤独であったのだ。千鶴にはそうなってほしくない。 対照的に、深刻な声で呟いたのは秀麗な美貌の若者であった。名はレイス(ib1763)というのだが、その端麗な外見にかかわらず、どこか陰惨な気配が滲んでいる。 「夜叉、その本拠に至るチャンス……逃すわけにはいきませんね」 「とはいえ腑に落ちん流れや」 女と見紛うばかりに優美な顔を、尾上葵(ib0143)という名の開拓者はゆがめた。 「まあ、罠とまではいわんが」 「確かにあまり信用はできませぬな」 少女がいった。人形のように可愛らしい顔をしているのだが、何を考えているかわからぬ不気味さのようなものがある。 少女――秋桜(ia2482)は噂に聞く諏訪シノビについて思いをめぐらせていた。 上忍四家中、最も情報戦に長けた一族――諏訪。最も敵に回したくないシノビ一族だ。 「でも、やるしかないよ」 鳶色の、人懐っこい瞳の少年がいった。 柴犬の神威人。藤丸(ib3128)だ。 思わずといった様子で葵が藤丸を見た。藤丸の声音に聞き逃せぬ焦慮の響きを感じ取ったからだ。 考えてみれば、隼人の一件に対して最も深く心を砕いているのはこの少年でなかったかと思う。隼人の遺志を継ぐ、ただそれだけのために藤丸はシノビとなり、血の滲むような修行に耐えたのだ。藤丸が逸るのもむべなるかな。 「絵図面なんかどうでもいい。仕事だからやるんだ。俺が目指すのはあくまで」 藤丸の眼にちろちろと炎が躍った。 ● 「取引か……」 呻くが如く呟いたのは沈毅重厚たる男であった。年齢は若いようであるが、それを感じさせぬ落ち着きがある。大蔵南洋(ia1246)であった。 「他に選択肢がある訳でなし、その話に乗るよりあるまい」 「そうだねえ」 肯いて、その底の知れぬところのある女は座した少女を見た。無残に半顔を焼け爛らせたその少女の瞳に光なく。千鶴であった。 女――亘夕凪(ia8154)は哀しげに睫を伏せた。いまだ千鶴の魂に光が差す兆しはない。 「せっかく掴んだ夜叉骸鬼に繋がる糸だ。このままうかと放すわけにはいくまいよ」 「そうじゃ」 男がいった。人間ではない。黒獅子の神威人だ。全身に刻まれた無数の傷が男の過ごした半生の物凄さを語っている。――蒔司(ib3233)であった。 「その情報が真実なら、漸く…千鶴の、隼人の、悲願を遂げてやれるやもしれん」 じっと蒔司は千鶴を見つめた。無骨でありながら、その蒔司の瞳にやどる優しき光はどうであろう。 すると夕凪がそっと手をのばし、千鶴のそれを優しく包んだ。 「……ちょいと留守にするけど、皆が無事戻る様に隼人と二人で祈ってておくれな。千鶴?」 「うん?」 蒔司が眼を眇めた。今、千鶴の表情が動いたような気がしたのだ。 「……気のせいか」 蒔司は溜息まじりに呟くと、再び千鶴の顔を正面から見た。 今、千鶴の顔に笑みはない。悲しみの色さえ。が、もし、と思うのだ。もし悲願を遂げたなら、千鶴はもう一度笑ってくれるだろうか、と。 蒔司は眼をあげた。その瞼に蘇る面影がある。 のぅ、これでええんよな、隼人。 「では、ゆこうか」 夕凪が腰をあげた。 その時だ。夕凪達の住まいの戸が開いた。顔を覗かせたのは葵である。 「夕凪が一人で潜入するって聞いたんでな。万一の事があったら、骨は拾うとくわ」 葵は拳を夕凪の腹に入れた。岩を叩いたような感触がある。葵はニヤリとすると、夕凪の胸を見た。 「追いはぎにあったように見せかけるなら、喜んで協力するで」 「やってみるかい?」 夕凪の身から凄絶の気が放たれた。 その夕凪の殺気に反応したのは別の男であった。 夕凪たちの住まいの外。木陰に身を潜めた竜の神威人である。 「亘夕凪、か」 男はニンマリした。女にしてはいい気を放つ。 「いくらシノビとはいえ餓鬼は餓鬼。千鶴が呆気なく壊れてしまってつまらんと思っていたが」 奇麗事ばかりぬかす開拓者ども。が、千鶴のために奴らはついに都の者達をも戦いに巻き込んだ。 「せいぜい心を殺し、苦しむがいい。ま、復讐なんてものはそもそも、相手も己をも破滅に追い込む道だ…幸せを望むなど烏滸がましい。その破滅の様、俺はゆっくりと眺めさせてもらうぞ。そのために夜叉とやら、叩き潰してもやろうさ」 男は昏く笑った。 カルロス・ヴァザーリ(ib3473)。それが男の名であった。 ● 「燐馬様」 ひそめた声で呼ばわった。秋桜である。 が、応えはない。場所は服部真姫(iz0238)が諏訪の燐馬とまみえた場所であった。 「仕方ありませね」 秋桜はニッと笑った。端から隠密裏に燐馬と接触するつもりはない。 「諏訪の燐馬様〜。燐馬様、出てきて下さい〜」 秋桜は大声で呼ばわった。すると木陰の中にふっと人の気配がわいた。雲水である。笠をかぶっているため、顔はわからない。 「何者だ、貴様」 笠の内から軋るような声がもれた。秋桜は動じたふうもなく、 「服部様の手の者です。少しお尋ねしたいことがありまして」 「絵図面のことだ」 秋桜の傍らの男が口を開いた。南洋である。 「盗み取ったはいいが、贋物であっては笑い話にもならぬ。何が描かれているのか教えてもらいたい」 「ある建物の内部の様子。さらには地下構造だ。書面には雷の印があるはず」 「では小間物屋の手に渡った経緯を。腕利きのシノビが三名、端金で雇えたとも思えぬ」 「それをうぬらが知る必要はない」 素気なく燐馬がこたえた。仕方なく南洋は背を返した。しかし秋桜は残った。 「まだ何か用があるのか」 笠の内から不審そうな声が流れ出た。秋桜は再びニッと笑むと、 「特に用というわけでは。――私、こう見えても実はメイドでもありまして。だから」 「ほう」 笠からもれる声に刃の鋭さがまじった。 「なかなかに用心深いな。俺の監視をするつもりか」 「そうではございません」 秋桜の口の端がきゅっと吊り上がった。 「燐馬様のお世話をさせていただくのです」 ● 豪壮な屋敷の片隅。 離れの中で、布団に横たわっていた女が身を起こした。髪型を変え、いやに女らしく装った夕凪であった。 数刻前のことだ。行き倒れを装って夕凪は黒木屋に接触した。親切にも黒木膳兵衛は夕凪を介抱し、医者を呼んでくれた。その際に黒木屋での奉公を希望したのだが、さすがに見ず知らずの者を簡単に雇ってくれるはずもなし。医者は一晩養生すれば良くなるはず――この場合、夕凪の鍛えぬいた身体があだとなった――と見立てたので、離れを借りたというわけであった。 夕凪は音もなく離れの戸を開けた。屋敷を調べるのなら今しかなかったからだ。庭におりると、夕凪は屋敷にむかった。 と―― 夕凪は足をとめた。その背に凍りつきそうなほどの殺気が吹きつけている。 「貴様、行き倒れの女だな。どこへいく?」 「私は」 夕凪はゆるりと振り向いた。 鋭い眼の女が一人たっている。身ごなしが只者ではなかった。 「少し風にあたりたくなりまして」 夕凪は裏木戸を開けた。刺すような女の視線が夕凪の動きを見守っている。 「明日には旅に。それまで宜しくお願いいたします」 夕凪はいった。 屋敷の裏路地。 そこで数人の子供達が遊んでいた。中に、とびきり美しい少年がいる。整った容貌は名工の手になるように精緻だ。――十人めの開拓者、叢雲怜(ib5488)であった。 怜はこの日、子供達にまじり情報収集を行っていた。が、あまり結果は芳しくない。 ただ、一人の子供の母親がもらしたことがあった。亭主が畳職人であるらしいのだが、畳替えに屋敷を訪れた際、断りなく奥座敷に入ったらすごく怒られたというのだ。 「奥座敷かあ〜」 怜が呟いた時だ。裏木戸が開き、声が響いた。 と、別の声が怜の耳に届いた。 「今のは夕凪の声じゃないのか」 「グリムバルド!」 怜の顔が輝いた。 「何かつかんだのかだぜ」 「いいや」 グリムバルドは首を振った。 近所の聞き込みの結果。黒木膳兵衛という男はやり手の商人てあるというものばかりだ。 「で、夕凪は何ていってたんだ?」 「明日には旅に出るって」 「明日か。……では決行は今夜だな」 グリムバルドはいった。 同じ頃、黒木屋の店内には二人の開拓者の姿があった。レイスと藤丸である。 レイスは店内を見回すと、 「良い店ですね。店主殿はどのような方なのですか」 「仕事一筋という不器用者で。けれど常にお客様がお喜びになることを考えております」 番頭らしき初老の男が微笑んだ。肯いたレイスの眼がちらと動いた。商品を見てまわっていた藤丸がすいと店奥に姿を消したのだ。 が、すぐに藤丸は戻ってきた。店奥には数人の丁稚が働いており、とても潜り込めはしなかったのである。 ● 夜の都を駆け抜ける影があった。数は八つ。 開拓者であった。 「さあ大泥棒するのだぜ」 怜が瞳を輝かせた。葵が苦笑する。どうも怜には無邪気すぎるところがあった。真剣に虹の彼方に何か素晴らしいものが待っていると思っているような無邪気さが。 「遊びやないんやぞ」 好意の眼で蒔司がたしなめた。 彼が調べた黒木膳兵衛という男。黒い噂はなかった。が、一介の行商人に化けた彼にどれだけ商人たちが真実を告げたかは疑問が残る。 「待て」 突如、カルロスが開拓者達をとめた。そして冷たく仲間を見渡すと、 「ここから先は無駄口はよせ。敵のシノビの能力はわからんが名前から想像するに耳や鼻が効くのかもしれん」 告げた。この男、恐るべき慧眼の持ち主である。 そして―― 「心配はいりませぬよ」 暗い樹間。笑みを含んだ声を投げたのは秋桜であった。 「が、相手は桑名三忍」 笠に顔を隠した燐馬がこたえた。すると秋桜は嘲るように、 「こちらは九人おります。とびきり優秀な九人が」 ● 黒い布で顔を隠した葵が跳び退った。苦鳴をもらしつつ、肩をおさえる。手裏剣が突き刺さっていた。 土蔵の屋根の上。小柄の人影が見える。 「くくく。何者か知らぬが、この犬彦から逃れることはできぬ」 「七人いるはずだ。出て来いよ」 別の黒い影が高々と空に舞った。重力を無視した跳躍力である。 「はっ」 影――猿彦の手から手裏剣が飛んだ。咄嗟に葵は避けることもならず。 刹那、別の黒覆面が葵の前に立ちはだかった。グリムバルドである。 三本の手裏剣がはじかれた。グリムバルドの硬質化された肉体によって。 「ぬん!」 葵が地を蹴った。猿彦に肉薄する。 葵の剣が袈裟に疾った。が、唸る刃は空をうった。猿彦が身を後方回転させたからだ。そのまま数度回転する。名の通り、猿並みの身ごなしであった。 と―― 闇に血飛沫が散り、猿彦が血に転がった。真空の刃が猿彦を斬り裂いたのである。 「さすがに猿。よく跳ねる」 横に薙いだ姿勢のまま、カルロスがニヤリとした。 静かに裏木戸が開いた。夕凪が開けておいたものだ。 するりと身を滑り込ませたのは藤丸と蒔司である。 「ゆかせぬ」 女がいった。二人の眼前である。 きら、と光がはねた。ふたつ。女――民部が大小の刃を抜き払ったのである。 瞬間、蒔司と藤丸が跳び退った。地に降り立った時、二人の身体からは血が噴いている。民部の斬撃によるものだ。 「は、迅い」 藤丸が呻いた。その時―― 別の影がすうと現れた。レイスである。 「ここは任せてください」 「一人で何ができる?」 民部が嘲笑った。するとレイスが刀を放った。 がしっと。空で受け取った者がいる。 「一人じゃないさ」 夕凪であった。 ● 「三人、屋敷に入った。民部だけには任せてはおけぬ」 土蔵の屋根の上。犬彦が背を返した。 次の瞬間である。犬彦の背がはじけた。真空の刃によって。 「ゆかせぬよ」 刃を引っ下げ、南洋が告げた。ぎりっと歯を噛むと、猿彦が空に跳ね飛んだ。 風の唸り。猿彦のから放たれた真空の刃が旋風と化して開拓者達を襲った。 藤丸と蒔司が奥座敷に走りこんだ。素早く部屋を見回す。何も、ない。 「ここにあるはずなんだ」 藤丸が掛け軸をめくった。後の壁には何の痕跡もない。藤丸が掛け軸を畳の上に叩きつけた。 「隠し部屋があるかもしれん」 蒔司が壁を叩いた。が、おかしな音はしない。 「どこだ?」 藤丸の口から焦慮の滲む声がもれた。その時だ。蒔司が藤丸に走り寄った。いや、藤丸が投げ捨てた掛け軸に。 蒔司が掛け軸を拾い上げた。裏に何か貼りつけてある。絵図面だ。 「あったぞ」 掛け軸を破り、蒔司は懐にしまった。そして藤丸を促す。長居は禁物であった。すでに黒気屋の家人が役人のもとに走っているかもしれない。 蒔司と藤丸は奥座敷から走り出た。再び庭へ。 「逃さぬ」 二人に気づき、民部が二刀を投げた。それは流星と化して蒔司と藤丸へはしり――深々と突き刺さった。夕凪の腹部に。 「に、逃げ」 「そうはいきませんよ」 鋼と化した肉体により刃をはじいたレイスが夕凪を肩に担ぎ上げた。そして、そのレイスの前に藤丸が立った。 「みんなは行ってくれ。ここは、俺が」 「小僧」 民部が地に落ちた一刀を拾い上げた。 「貴様に何ができる?」 「知りたいか」 絶叫とともに、藤丸の周囲に銀灰色の煙が渦をまいた。 ● 「来た!」 むくりと怜を身を起こした。 裏木戸から藤丸が飛び出してきた。一瞬遅れて女が。 怜は銃をかまえた。 通常、この距離での正確な狙撃は困難である。が、怜に躊躇いはない。怜の瞳には呪術的に現出させた照準円が浮かんでいる。 怜がトリガーをひいた。着弾の衝撃に民部が吹き飛ぶ。 呻いて民部が足を手でおさえた。太股を弾丸が貫通している。正確無比の射撃。これでは迂闊に動けない。 民部は平蜘蛛のように地に這った。怜がほくそ笑む。それこそが怜の目的であったから。 怜がひそやかに背を返した。 「あれは」 葵が眼をあげた。 銃声。怜のものだ。 「絵図面を手にいれたか」 「ならば」 南洋はゆっくりと後退りはじめた。 「私達は退く。追ってきたければ追って来い。死にたくば、な」 「うぬっ」 二人の桑名シノビは悔しげに身を震わせた。 四対二。いかな桑名シノビとて分が悪い。 立ち尽くす桑名シノビの前、四人の開拓者たちは身を翻らせた。 ● 「もう夜明けだ」 笠が動いた。内の眼が空を見上げる。黒に青みが混じりはじめていた。 「絵図面を盗み取るのはしくじったようだな」 「まだ夜明けでございますよ」 秋桜は耳を澄ませた。地を蹴る音が小さく、しかし確実に近づいてくる。 「さあ。夜叉一族隠れ里の在り処を教えていただきましょうか」 |