【紅鴉】夜叉暗殺陣
マスター名:御言雪乃
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/04/23 02:38



■オープニング本文

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「服部真姫(iz0238)、だと!?」
 春夜楼地下蔵。中央に座した雲水の口から愕然たる声がもれた。鋭い眼の持ち主で、狐のような面つきをしている。
「はい」
 肯いたのは楚々とした風情の娘であった。名を夕顔という。
 男は怪訝そうにさらに眼を眇めて、
「確かか。服部は確か陰殻を抜けたはず。その服部が何故鴉のための依頼を出す?」
「わかりませぬ」
 夕顔は首をふると、しかし、と続けた。
「開拓者ギルドを調べたところ、確かに夜叉一族殲滅の依頼を服部真姫が出しておりました」
「ううむ」
 男は唸った。
 噂に聞く服部真姫は恐るべき手練れであり、同時に冷徹なる人物だ。何の利益にもならぬことはしない。その服部真姫が何故夜叉殲滅の依頼を出すのか。
 と、ぎしりと階段が軋んだ。蝋燭の光の中に一人の女の姿が浮かび上がる。それは息を飲むほど凄艶な美女であった。
「天山殿」
「漁火か」
 天山と呼ばれた男は顔を上げて凄艶な美女――漁火を見た。
「聞いていたか、漁火」
「はい。服部真姫のことでござりましょう」
「ああ。厄介なことになった。せっかく鴉の小娘の正気を失わせたというに」
「なんの」
 漁火はニンマリと笑った。
「消してしまえば問題ありませぬ。あの鴉のこわっぱのように。開拓者どもは依頼がなければ動けまぬゆえ。たとえあの服部真姫といえど、夜叉シノビが多数でかかれば……くく」
「恐ろしい女よな」
 天山もニヤリとすると、
「野槌兵衛、小源太、闇鴨紋次、弁五郎」
 と、呼んだ。すると薄闇の中にぼうと人影が浮かび上がった。
「野槌兵衛、ここに」
「小源太もおりまする」
「闇鴨紋次、ここにおりまする」
「弁五郎、ここに」
 人影からしわがれた声がもれた。天山は小さく肯くと、
「うぬら、服部真姫を殺れ」
「殺すのは容易きことでござりまするが」
 人影から舌なめずりするような音が流れ出た。
「ただで殺すのは面白くはございませぬ。甚振ってようござりまするか」
「それはかまわぬが」
「ありがたい」
 別の声には喜悦の響きがあった。
「陰殻におった頃より良い女だと思っておりました。できるものなら我が物としてみたいと。鴉の小娘は鉄牛に奪われ、臍を噛んでおったところ」
「やれやれ」
 漁火が苦笑した。
「お前達に眼をつけられるとは、服部真姫もつくづく不運な女。くくく」


「あれか」
 呟いたのは一人の女であった。
 冷然とした美しい娘。服部真姫である。
 彼女が見つめているのはある開拓者の住まいであった。主は女開拓者で、他に数人の開拓者が同居しているらしい。中には鴉一族生き残りの千鶴が匿われていた。
 一度戸が開いた時に見かけたことがあるのだが、千鶴は未だ正気を失ったままであるようだ。が、開拓者の手厚い看護もあり、身体だけは元気そうであった。
「しかし正気に戻ることが良いことか、どうか」
 真姫は呟いた。
 己が選んだこととはいえ、千鶴は半顔を焼け爛らせ、さらには身を汚された。正気を取り戻して、果たしてこの先幸せに生きていけるだろうか。
 眼を伏せると、真姫は背を返した。

 それからどれくらい時が流れたか。
 真姫の姿は開拓者ギルドの前にあった。
「ほう」
 真姫の瞳に刃の光をうかんだ。
 彼女の鋭敏な知覚は、蜘蛛の糸のような微かな気配を捉えている。殺気だ。
 考えられる相手は山ほどあるが、この場合、最も可能性が高いのは夜叉一族であろう。かつて奴らは開拓者を雇うことを阻止するため、鴉の隼人を殺した。同じことを再びやるつもりであろう。
 残る夜叉戦闘部隊は三。そのうちの二部隊であるが。
 一つは女シノビの部隊で、おそらくは春夜楼の遊女であろう。一人は開拓者によって斃されている。残るは六忍。
 一つは雲水を頭とする部隊で、こちらは二人斃されている。残るは五忍。 
「さあて。この事態、開拓者はどう使うか」
 冷笑すると、真姫は開拓者ギルド内に足を踏み入れた。


■参加者一覧
大蔵南洋(ia1246
25歳・男・サ
秋桜(ia2482
17歳・女・シ
亘 夕凪(ia8154
28歳・女・シ
尾上 葵(ib0143
22歳・男・騎
グリムバルド(ib0608
18歳・男・騎
レイス(ib1763
18歳・男・泰
藤丸(ib3128
10歳・男・シ
蒔司(ib3233
33歳・男・シ
カルロス・ヴァザーリ(ib3473
42歳・男・サ
叢雲 怜(ib5488
10歳・男・砲


■リプレイ本文


 氷の美貌をもつ娘が、瞑目し、座している。
 開拓者ギルドの中。
 ふっ、と娘が眼を開いた。
「秋桜(ia2482)、か」
「さすがは服部真姫(iz0238)殿」
 声と共に、すうと人影が現出した。十七歳ほどの、メイド服を纏った可愛らしい少女。秋桜である。
「気配は消したいたつもりなのですが……さすがですね」
「私に何の用だ?」
「それは」
 秋桜は素早く周囲に視線を走らせた。夜叉シノビの気配はないようだ。安堵したのか、秋桜は切り出した。
「服部殿が命を狙われていると聞いて、微力ながらお力添えに参りました。まだ本質を見定めておりませぬ故、死なれては目覚めが悪うございますから」
「いってくれる」
 真姫が苦く笑った。どうも秋桜という女は食えぬところがあった。
「で、用件は何だ。それを伝えるためだけに姿を見せたのではないのだろう?」
「はい。ひとつお願いしたいことがございまして」
 秋桜は猫のように笑った。

「別の依頼を出した、だと?」
 屋根の上、平蜘蛛のように這った影が身を起こした。野槌兵衛である。
 肯いたのは十七歳ほどの美少年で。弁五郎であった。
「ああ。ふたつ」
「ふたつ?」
 兵衛は不審げに眉をひそめると、
「お前は別の依頼を探れ」
「では兵衛達はどうするのだ」
「俺達は服部真姫を殺る」
 兵衛の眼の奥に青白い炎がちろちろと躍った。


 服部真姫が開拓者ギルドを出た。
 それを見送って男が口を開いた。化粧をしているのかと思うほど美麗な顔立ちをしている。
「そうか。故郷に戻ってた間にそんな事が……」
 男――尾上葵(ib0143)はある種の感慨を込めて溜息を零した。彼は千鶴を知っていたのである。
 葵はじろりと一人の男に視線をくれた。それは四十ほどの男で。只の人間ではない。
 昏い眼をした竜の神威人。カルロス・ヴァザーリ(ib3473)である。
 ぞわり、と葵の身から凄絶の殺気が立ち上った。カルロスが見返す。葵の殺気に触発されたのであった。
「何だ、若造。俺に文句でもあるのか」
「ある、いうたらどないする?」
「面白い。この前は夜叉シノビを殺し損なった。血が奔騰して仕方なかったところだ」
「ほう」
 葵の眼がぎらりと光った。
 その時だ。二人の間に一人の女が立ちはだかった。
 二十代後半の娘。が、その年齢に似合わぬ貫禄があった。亘夕凪(ia8154)である。
「いいかげんにするんだね。仲間割れしている場合じゃないよ」
「すまん」
 葵は苦く笑った。
 綺麗事だといくら笑われようと、夕凪が不殺の信条を貫いていることを葵は良く承知していた。そして、大切な者が傷つけられた時、その夕凪が一転非情なる者へと変貌してしまうことも。
 そして、カルロスもまた薄く笑った。面白くて仕方なかったのだ。
 今回、開拓者達は夜叉一族をを殲滅するため、もはや類焼を恐れることなく春夜楼に火を放とうしていた。目的のためには手段を選ばず。その姿は、斃すべき夜叉一族とどこが違うのか。
「確かに、そうだ」
 一人の男がこたえた。まるでカルロスの心中を読み取ったかのように。
 無骨を絵に描いたかのような男。いや、漢と呼ぶべきか。大蔵南洋(ia1246)である。
「が、それも仕方無しと判断している。報復を繰り返されぬためにも、一族を根絶やしにするより他に術は無いからだ。とは申せ、どのような者が夜叉を束ねているのか、その人と為りも、所在も、確たることは何も分かっておらぬが現状。ならば、今は見えておる敵の手足をもぎ続けることで痺れを切らせ、首魁自ら動かざるを得ぬよう追い込むしか手はない」
「そうや」
 ぼそりとこたえたのは無数の刃傷を身体中に刻んだ男であった。どれほどの修羅場を潜り抜けてきたのかと思う。蒔司(ib3233)であった。
 少なくともわしはな、と蒔司は続けた。
「人非人。けっこうや。この依頼に関しては、わしはそうあろうとしちょる。千鶴が正気を取り戻したとて、幸せかどうかはわからん。が、生きてこそやり直し、掴めるものもある。隼人という男を知る者が、一人でも多く生きておって欲しい。あの娘が只人として微笑む日の為に、血に塗れるのはワシのような者だけでええんじゃ」
「そうだ、な」
 ニヤリとし、顔の右半分を眼帯で覆い隠した男が蒔司の肩に手をおいた。どこか野放図な印象のある若者。グリムバルド(ib0608)であった。
「隼人や千鶴。似てるんだよなあ、あいつらに」
 グリムバルドはいった。あいつら、とは死んだ彼の弟妹達のことである。そのこともあるのだろうが、戦場においては鬼神の如きこの男は子供に対してはすこぶる優しかった。
「ところで服部の姐さんのことなんだが。あの人を狙うとは…夜叉シノビは自信があるのか、馬鹿なのか」
「十を二つ三つ越えたばかりの娘を弄ぶ輩共だ、胸糞悪いが…その好色さは命取りになるだろうさ」
 冷たく告げると、夕凪は天津甕星なる魔刀を腰におとした。
「そろそろいいだろう。ゆくよ」


 その服部真姫は春夜楼からやや離れた路上にいた。
 側には一人の女。背が高く、ロングコートをはおっている。
「しばらく護らせてもらいますよ。恩は倍にして返せ、仇は三倍にして返せ……主の家で教えて貰った言葉です」
 女は、女としては野太い声でこたえた。
 その女から少し離れて一人の少女が歩いている。可憐な美少女だ。
 美少女は町歩きがよほど楽しいのか、周囲をきょろきょろと見回していた。護身のためか、腰には筒銃が揺れている。
 と――
 常人には聞き取れぬ囁くような呻き声があがった。発したのは夜叉シノビ、小源太である。
 彼が呻いたのは真姫の側にいる女を見とめた故であった。彼はその女を知っている。変装してはいるが、シノビの眼は誤魔化せない。
「あれは開拓者だ」
 小源太が呟いた。
 その指摘どおり、女装した男は開拓者であった。名はレイス(ib1763)。そして美少女に見えるのは叢雲怜(ib5488)であった。
「かまわぬ」
 兵衛はニンマリすると、
「このまま服部真姫を殺る。奴は必ず仕留めねばならぬからな。それにあの真姫という娘、見れば見るほど良い女。俺も抱いてみとうなった」
 舌なめずりした。

 小さく呻く声は、他方でもした。
 建物の陰。柴犬の神威人。少年だ。名を藤丸(ib3128)といい、真姫を護る三人めの開拓者であった。
 その藤丸の超人的な聴覚が夜叉シノビの会話を聞き取っていた。
 どうする?
 藤丸は迷った。夜叉シノビは開拓者の存在に気づいている。
「最後にあの人が生きのこりゃ勝ちだ、少なくともこっちの班は。でも」
 藤丸は夜叉シノビの命を噛みちぎろうとしていた。狂犬と化して。それほどに藤丸の夜叉シノビに対する憎悪は深い。それは隼人という少年にむけた愛情の裏返しでもあった。
「早く来い、夜叉。あいつができなかったこと――お前らの命から帰還を食いちぎってやる」
 藤丸は心中に呟いた。


 春夜楼裏。
 朧と見えた人影が凝結した。それは秋桜と蒔司であった。
「裏に隠し戸などはないようや」
 蒔司は、呪紋のういた瞳を裏戸にむけた。
「罠もない。ゆくぞ」
 面をかぶると、建物の陰から蒔司が飛び出した。同じように覆面をつけた秋桜が後を追う。
 その瞬間である。空気を割く音を蒔司の耳はとらえた。咄嗟に顔を手で庇う。飛び来たった手裏剣がその腕に突き刺さった。
「来たな、開拓者」
 屋根の上から人影が舞い降りてきた。
 黒装束に黒覆面。身体つきは女である。
「邪魔はさせませぬよ」
 秋桜が素早く印を結んだ。瞬間、彼女の身を中心に煙が噴き出した。が――
 その時、すでに女は秋桜に迫っていた。常人を超えた迅さで。
「させんきに!」
 秋桜の前に立ちはだかった蒔司が刃を疾らせた。流れる剣光の上を女が跳ぶ。
 秋桜の手から白光が噴いた。手裏剣だ。
 が、空を疾る三条の光流は女を掠めて過ぎた。それが秋桜が発動した煙遁の効果であるのは皮肉な結果であった。
 女が秋桜に襲いかかった。
 と――
 女が崩折れた。何時の間に抜き出したか、秋桜の手には血濡れた刃が握られている。
「まさかここで夜を使うことになるとは……」
 秋桜が苦く笑った。


「そろそろやな」
 南洋を促し、葵が歩き出した。春夜楼の入り口に歩み寄っていく。
「恋ひ死なむ後の煙にそれと知れ。忍ぶ恋こそ真や、そうおもわへんか?」
 葵が軽口をたたいた。が、南洋は無言であった。その身体に殺気の糸がまとわりついている。
「さて、と」
 夕凪の頭上できらりと光がはねた。抜刀した刃をふりかぶったのである。
「どうせ待ち伏せてるんだろ。お望み通り攻めてやるさ」
 夕凪が刃を振り下ろした。唸る剣風は刃と変じ、入り口めがけて疾った。苦鳴が響く。それが合図であったかのように四人の開拓者が春夜楼に飛び込んだ。わずかに遅れて夕凪が。
 刹那。幾つもの光が乱れ飛んだ。手裏剣である。
 南洋とカルロスのみ手裏剣をかわした。南洋はそのまま奥にむかって走る。カルロスは火のついたヴォトカを投げた。噴き上がる炎に満面を朱に染め、ニンマリする。
「くくく。今度こそ皆殺しにできそうだな。ぬっ!」
 カルロスが呻いた。その足元の影から針が飛び出したからである。
 その時、女のものらしい悲鳴があがった。夜叉シノビではない女郎が発したものだ。さらに男の喚く声も。これはいつづけの客だろう。
「我、死すれども滅す。紅き墓標と成し、彼の人に捧げん」
 葵が剣を掲げた。攻撃力をあげる騎士ならではの業。が、同時にそれは隙をも生む。事実、女が葵めがけて襲いかかった。
「あっ」
 女がはねとんだ。盾を叩きつけられたのである。
「すまん」
 葵がグリムバルドを見た。するとグリムバルドは片目を瞑ってみせた。
「騎士は相身互いだ」


 夜叉シノビ達は春夜楼襲撃を察知した。
 が、彼らは春夜楼にむかうことはしなかった。彼らの任務は服部真姫暗殺。どのような場合においても任務が優先する。
 それでも彼らは焦った。故に行動を逸った。夜を待たずに襲撃に出たのである。
 突如、レイスを炎が包んだ。不知火である。さすがのレイスも。これは避けようもない。
 兵衛が叫んだ。
「殺れ、小源太!」
「おおっ」
 蝙蝠のように小源太が踊りかかった。レイスめがけ。
「させるか!」
 怜が銃をかまえた。何時抜き出したか、わからない。魔法のような手並みであった。
 が――
 怜の指がトリガーを引くことはなかった。その身体に影がからみつき、動きを阻んでいたのである。
「くたばれ!」
 小源太の刃が貫いた。レイス――いや、レイスを庇って立つ藤丸の胸を。
「も、もう……これ以上盗られんのは、嫌なんだ!」
 鮮血を口から溢れさせつつ、藤丸は刃を横薙ぎにはしらせた。小源太が跳び退る。
「くっ」
 今度は怜が炎に包まれた。それでも怜は叫んだ。
「真姫姉、逃げて!」
「逃がすものか!」
 小源太が飛鳥のように跳んだ。その眼前、同じく飛燕の如く空を舞う者があった。
「旋蹴落!」
 重い鉈のようにレイスの踵が薙ぎ下ろされた。


 炎のあげる煙が辺りを覆い始めていた。
 壁をぶち破ったカルロスが足を止める。背後に殺気を感じ取ったからだ。
「すまんな」
 ニヤリとし、カルロスは振りかえった。
「俺は忍眼とかいう手品はもちあわせておらんのでな。ぶち壊させてもらった」
「ぬかせ!」
 刃を手に、女が跳びかかった。
 剣光一閃。それはすぐに朱に染まった。
 倒れた女に止めの刃を突き刺し、カルロスは再びニヤリとした。
「すまんな。お前もぶち壊させてもらった」
 
 悲鳴をあげながら女が廊下を逃げてきた。葵がわずかに身を壁に寄せた。
「早よ、逃げや」
「馬鹿め」
 女の手が光をはねた。刃だ。
 次の瞬間である。澄んだ音をたてて、女の刃が叩き落とされた。夕凪である。
「尾上、油断だよ」
「やるな」
 女が跳び退った。凄艶なる美女。漁火である。
「漁火様、お逃げください!」
 声がかかった。別の女である。同時にその手から手裏剣が飛んだ。
 この場合、葵は敢えて前に出た。大剣の剣身で手裏剣をはじく。さらに前へ。その身が闘気で輝いている。
 間合いを詰めると、一気に葵は女を袈裟に斬り下げた。
 そして、夕凪。
 この時、彼女もまた前に出た。その手の刃は、辺りを焼く業火よりもなお赤々と燃えて。
 炎が躍った。顔面をおさえて漁火が再び跳び退る。
「くっ」
 夕凪が唇を噛んだ。その足を針が貫いている。その痛みの分だけ踏み込みが浅くなってしまったのだ。
 漁火が部屋の中に飛び込んだ。千鶴が責められていた物置部屋だ。
 後を追おうとして夕凪がたたらを踏んだ。その前を炎がふさいでいる。
「俺に任せろ!」
 グリムバルドが物置部屋に飛び込んだ。


 小源太が地に叩きつけられた。同時にレイスもまた。もはや二人が動くことはない。
 影縛りを解くと、紋次が馳せた。真姫めがけて。と――
 銃声が轟き、紋次がよろけた。その脇腹を弾丸がえぐっている。
「小僧!」
「さ、させるかぁ!」
 紋次の手から光が飛んだ。同時に怜の手の銃が火を噴いた。
 しぶく鮮血はふたつ。怜と紋次の首から。
 倒れつつ、それでも怜は告げた。
「逃げて、真姫姉」
「だとよ」
 倒れた怜の顔を、兵衛が踏みつけた。
「健気なもんじゃねえか、服部よ。いいぜ。いけよ、服部。俺ひとりでお前を殺れるとは思ってはいない。代わりにこいつらの首を持ち帰る。いいだろう? どうせお前にとっては使い捨ての道具だ」
「ああ。私は利益にならぬ殺しはしない」
 真姫が肯いた。
 次の瞬間だ。複雑な軌道を描いて疾った複数の苦無が兵衛を襲った。
「だが、お前を踏みつけてやりたくなった」
 針鼠になった兵衛の顔を、真姫は踏みつけた。


 少し前のことである。
 南洋は物置部屋の地下で見つけた隠し通路を抜け、井戸らしきところに出ていた。垂れていた釣瓶を伝い、外へ。そこは屋敷の庭であった。と――
「良く来たな開拓者」
 声が、した。庭に面した障子戸のむこうから。
 はじかれたように南洋が眼をむけた。そして、身を凍りつかせた。障子戸のむこうから吹きつけてくる異様な気によって。南洋ほどの男が、それっきり息もつげない。
 次の瞬間、南洋の顔が苦痛でゆがんだ。その腹から刃が突き出ている。漁火であった。
「死ね」
 止めを刺すべく、漁火が刃をこねようとした。刹那――
 槍が漁火を貫いた。
「大蔵!」
 グリムバルドが駆け寄り、倒れかかる南洋を抱きとめた。そして障子戸を睨みつけた。彼もまた異様な気を感得したのである。
 と、突然気配が消えた。南洋を横たえ、庭を走り、グリムバルドが障子戸を開けた。
「これは」
 グリムバルドが声を途切れさせた。
 そこには脱ぎ捨てられたかのような着物があった。そして奇妙なモノ。それは、まるで人の皮のように見えた。


 夕焼けに溶けるようにして立つ墓標があった。隼人の墓標である。
 その墓標を前に佇む影ひとつ。藤丸であった。
「残る夜叉は十一忍」
 そっと藤丸は呟いた。