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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ● 冬にしては暖かな陽光が降り注いでいる。 その陽光をあびて横たわっている少女が一人。人形のように可憐な顔立ちであるのだが、無残にもその半顔は焼け爛れていた。 千鶴。鴉一族の生き残りの少女だ。 千鶴は布団をかぶせられていた。が、眠っているのではない。眼を開かれていた。 しかし、その瞳には光はなかった。硬玉のような無機質だ。開拓者に裏切られたと思い込み、夜叉忍びに責め苛まれ、その精神は崩壊寸前であった。 「可哀想に」 すうと手がのびて千鶴の頬を撫でた。千鶴を預かっている女開拓者の手であった。 「ごめんよ、隼人。千鶴を守ることはできなかった。あんたとこの子の無念、晴らしてやりたいが」 女開拓者は言葉を途切れさせた。 依頼を受け開拓者は動く。千鶴がこの状態では依頼を出すことはできず、夜叉を追い詰めることは不可能であった。 ● 「春夜楼は閉めぬ」 雲水がいった。声は笠の内から流れ出ている。 その前には一人の少女が立っていた。儚げな風情ではあるが、その瞳の奥には刃の閃きがある。夜叉忍びである夕顔であった。 「しかし千鶴を奪還され、春夜楼が夜叉の根城の一つであることを知られては」 「来るなら来させればよい」 雲水は含み笑った。 「来れるものならば、な。千鶴は正気を失っておる。しばらくは正気に戻るまい。それでは依頼を出せまいよ。たとえ出せたとて、すでに開拓者の顔ぶれの一部は判明しておる。罠を仕掛け、鉄壁の布陣で迎え撃てばよい。夜叉忍びの恐ろしさ、思い知らせてやろうぞ」 ● 銀灰色の霧が一瞬にして立ちこめた。 ぴたりと足をとめたのは女。二十歳半ばほどで、痩せてはいるが、胸と腰は大きく張り出している。 相貌は美しい。とはいえ、どこか冷たさのようなものを感じさせた。怜悧そうな双眸によるものかもしれない。 「葉隠、か」 振り向いた娘が問うた。すると霧のむこうから笑う声が響いてきた。 「相変わらずだな、真姫」 「お前こそ。で、私に何の用だ」 真姫と呼ばれた娘が再び問うた。 「借りを返してもらいたい」 「借り?」 「とぼけるな。誰のおかげで何事もなく陰殻を抜けられたと思っている。葉隠を怒らせればただですまぬこと、陰殻の忍びであるならば誰でも知っていよう」 「ふふん」 薄く笑うと、真姫と呼ばれた娘は霧の奥に鋭い一瞥をくれた。 「で、私にどうしろと?」 「開拓者ギルドに依頼を出せ。夜叉殲滅の」 「夜叉?」 真姫は柳眉をひそめた。 「夜叉とは、あの夜叉一族のことか。しかし‥‥潰したければ、どうして葉隠がやらぬ? 他者の手を借りるなど、葉隠らしくもない」 「できるならやっている」 応えに苦いものがまじった。声はさらに苦々しく、 「が、これは童虎の勝手なのだ。葉隠が表に出るのはまずい」 「それで私、か。――よかろう。依頼を出してやる。が」 「わかっている」 霧のむこうから何かが飛来した。一瞬、真姫の手が視認不可能な速度で動いた。 「いいだろう」 真姫がニヤリとした。その手は一本の苦無を掴んでいる。苦無には金子のつまった袋がつながれていた。 |
■参加者一覧
鬼灯 恵那(ia6686)
15歳・女・泰
亘 夕凪(ia8154)
28歳・女・シ
グリムバルド(ib0608)
18歳・男・騎
レイス(ib1763)
18歳・男・泰
藤丸(ib3128)
10歳・男・シ
蒔司(ib3233)
33歳・男・シ
カルロス・ヴァザーリ(ib3473)
42歳・男・サ
桂杏(ib4111)
21歳・女・シ |
■リプレイ本文 ● 「依頼者……服部真姫?」 一人の少年が小さく首を傾げた。少年――ではあるが、繊細なその顔の造作は少女に見えるといっても過言ではない。開拓者、レイス(ib1763)である。 と、レイスの脳裏にある記憶が閃いた。彼が主と呼んでいる娘のことだ。その娘もまた開拓者であり、以前に服部真姫(iz0238)という女と戦ったことがあるといっていた。 「……成程、あの子のいってた方ですね。‥‥どういう縁でしょうか」 レイスは独語した。すると、そのレイスの傍らで溜息を零した者がいる。 男だ。十八歳ほどに見える。右目を眼帯で隠し、槍を片手にして立つその姿は豪放無頼そのものであった。名はグリムバルド(ib0608)という。 「……新しい依頼人って、あの人かよ」 グリムバルドは再び大げさな溜息を零した。 噂に聞く服部真姫という人物。どうも美しい娘らしいが、それに似合わぬ腕の冴えと冷徹さをもっているらしい。 「どうせ誰かに頼まれたんだろうけど、よく引き受けたな。……幾らか貰ったんだろうか」 「ふふん」 薄く笑ったのは四十年配の男。 人ではない。角と翼をもつ竜の神威人だ。名をカルロス・ヴァザーリ(ib3473)というのだが。 今、カルロスが笑ったのはグリムバルドがもらした誰か、という言葉に反応したのであった。 カルロスの知る真姫という娘。利がなくば動く人物ではない。おまけに今回はギルドに名までさらしているのだ。よほどの理由があったのであろう。真姫がシノビであることを考えあわせれば―― 「葉隠の童、か。余程あの小娘にご執心と見える。面白い」 カルロスはニンマリと昏く笑った。 「その慕情の行く末、楽しませてもらおうか」 「そうだね」 同じく笑ったのは鬼灯恵那(ia6686)という名の少女であった。 黒の着物に、煌く金髪が映えて、恵那という少女は間違いなく美少女といえた。が、今見せた笑みの物凄さはどうであろう。まるで鬼のそれである。 そう。恵那は鬼であった。剣の鬼である。 「殲滅♪ 心惹かれる響きだねぇ」 恵那は楽しそうに呟いた。 この時、恵那はこの依頼のもつ意味を知らぬ。知ろうとも思わぬ。要するに依頼人は夜叉を邪魔だから消したいのだという認識しかない。恵那にとってはそれで十分であった。 かつて恵那は真姫の依頼を受けたことがあった。その時も楽しかった。 真姫は倫理がどうのと細かいことはいわぬ。ただ、斬る。ただ、殺す。きっと今回も恵那好みの仕事に違いなかった。 「とにかく、その夜叉を全員斬り伏せればいいんだね。お任せ♪」 ころころと歌うように恵那はいった。 ● 四人の開拓者が依頼書を前にしていた時より、やや過ぎた頃。 亘夕凪(ia8154)は自らの住まいにいた。 三十前の女にしてはいやに落ち着いた風情の夕凪が見つめる先、一人の少女が横たわっている。端正な顔立ちであるのだが、今はその半顔は無残に焼け爛れて―― 千鶴であった。 その千鶴の眼は薄く開いていた。眠っているのではない。が、その瞳にやどる光はなかった。まるで人形のように虚ろだ。静かに時だけが流れている。 「…何もせずただ手をこまねく事を、あんたも望みはしないだろうね…千鶴?」 夕凪が呟いた。無論、千鶴の応えはない。ただ哀しげに、千鶴の傍らに座した二十歳ほどの黒髪の娘が肩をおとした。 「夜叉一族を根絶やしにする以外、千鶴さんに穏やかな時は訪れない。……残念ですが、そうなのですね」 娘――桂杏(ib4111)は重い声をはいた。 千鶴は未だ幼い。できうるならば少女らしく恋もし、何事もなく幸せに生きて欲しかった。が、運命はそれを許さない。結果、千鶴は血に染まり、身を汚され、精神を破壊されてしまった。今となっては―― せめて千鶴の心を安んじてやりたかった。それが夜叉の殲滅であるというなら、桂杏は刃とも鬼ともなろうと決意している。 そして、もう一人。千鶴の傍らには男が座していた。 鍛え抜かれた身体に無数の刃傷がはしっている。殺伐とした様子であるのだが、不思議とその紅色の瞳には優しげな光がたゆたっていた。 蒔司(ib3233)というその獅子の神威人は、千鶴の頬にそっと手をのばした。一瞬だが、びくりと千鶴の身が震えた。 意識が戻ったのではない。夜叉シノビに身を責め苛まれていた嫌悪の反射であろう。 蒔司の瞳に紅蓮の炎が燃え盛った。夜叉シノビに甚振られている千鶴の姿が脳裏を過ぎったのである。夜叉シノビの魔窟より千鶴を救い出したのは蒔司であった。 私情・私怨で動くはシノビに非ず、唯、主の懐剣たれ。 任務完遂を信条とせよ。 蒔司は胸の内にて呪文の如くその言葉を繰り返した。 そう。その言葉はまさしく呪文であった。かつて、ただ操られて暗躍するだけであった己を縛る糸であったものだ。 その糸を、蒔司は断ち切った。自由なる獣となって野に放たれたはずであった。それなのに、何故蒔司は今その呪文を繰り返しているか。 それは己に対する怒りを抑えるためであった。鴉一族の少年、隼人の最後の願いすら叶えることのできなかった非力な己自身に対する。ならば―― 蒔司はゆるりと顔をあげた。その面には、かつて滲んでいた非情の色が濃くある。 「…夜叉を一人残らず滅する事が、俺に残された贖いというならば、最早躊躇わぬ」 「そうだね」 肯くと、夕凪は二人の男女に眼を転じた。 男は二十歳半ばほど。無骨そうでありながら、瞳に理知の光がある。名は大蔵南洋(ia1246)といい、桂杏の兄であった。 そして女は暮穂(ia5321)といった。もの静かな様子であるが、それでいて芯の強さを感じさせる娘である。 「頼むよ、千鶴のこと」 同居する二人にむかって夕凪は頭を下げた。南洋は岩のようにごりっと笑った。 「何の。水くさいことを。留守がことは引き受けた」 「すまない」 夕凪もまた笑み返した。南洋ならば安心して千鶴を託すことができる。 その南洋についてなのだが。男して愛しているのか、と問われれば夕凪は首を傾げざるを得ない。少なくとも今は。それは南洋もまた同じであろう。 それよりも夕凪は南洋ともっと深いところでの繋がりを感じている。前世というものがもしあるとするなら、もしかすると二人は仲間であり、共に戦っていたのかもしれない。 「身の回りのことは私が」 暮穂がちらりと千鶴を見遣った。痛ましげな視線を送る。そして、告げた。 「夕凪さんが取り決めた符丁を示せない訪問者は、誰であっても受け付けません。そう、誰であっても。…開拓者への不信感も元はといえば内側から放たれた悪意が要因。これ以上は見逃しません」 「これで心置きなく戦える」 夕凪が足を踏み出した。 「いこうか」 「はい」 桂杏が立ち上がった。 夕凪は足をとめた。住まいの外である。 彼女の前には一人の少年が立っている。真っ直ぐな眼差しの、柴犬の神威人。藤丸(ib3128)であった。 「来てくれたんだね」 夕凪が声をかけると、藤丸はこくりと肯いた。 「…俺を見ると千鶴が心がまたおかしくなってしまうかと思ったんだけど……やっぱり心配で」 「それでいいのさ」 夕凪の頬に小さく微笑がういた。 「確かに今は虚ろだが…あの子の心を照らせる者はそう多くいやしない。藤丸さんは、その少ない、大事な一人さ」 「千鶴」 藤丸は背を返した。 「きっとまた会いにくる。夜叉を斃して」 ● 開拓者は楼港にむかった。あとには夕凪だけが残っている。 「いるんだろ、服部さん」 夕凪の背後。ふっと人影が現出した。 美しい娘。が、その瞳は冷たく光っている。服部真姫であった。 夕凪は苦く笑った。彼女ほどの手練れであっても真姫の気配は全く感じ取れなかったのである。 「依頼を受けた開拓者か。どうやら私のことを知っているようだな」 「開拓者やってりゃ浪志組の服部って名は耳にするさ。ところで、服部さんに頼みがある」 「頼み?」 「ああ。夜叉への襲撃を手伝っちゃあもらえないかい」 夕凪はいった。 噂に聞く服部真姫は恐るべき戦闘力の保持者である。味方にすれば、これほど心強い者はいない。 「馬鹿な」 ふふん、と真姫は嘲笑った。そして冷然たる声音で、 「どうして私がお前達の手助けをしなければならない?」 「ただで、とはいわないよ」 夕凪は真姫の眼をじっと覗き込んだ。 「夜叉が盗人働きで貯めこんだ金が春夜楼にある。それと引き換えじゃどうだい?」 「くだらん」 真姫の顔から笑みが消えた。 「約束手形なんぞで、この服部真姫を雇えると思っているのか」 「なら」 夕凪は金子の詰まった小箱を指差した。 「あいつでどうだい?」 ● 楼港。 不夜城といわれる歓楽街だ。が、さすがに日中のこととて人の通りをゆく姿は少ない。 その楼港の一角に春夜楼はあった。 二つの人影が現れたのは、その春夜楼の裏口であった。レイスと桂杏だ。レイスは顔の下半分を布で隠しており、さすがに異様な風体といえた。 周囲を素早く見回すと、桂杏はまとめた小枝をもって裏口に忍び寄っていった。と―― 桂杏は突如足をとめた。地に何か仕掛けられている。罠だ。常人であるならば見過ごしてしまいかねぬ巧妙さであるが、忍眼を備えた桂杏には無意味であった。 桂杏は小枝を裏口戸にむかって放った。それから跳び退り、結印。不知火の発動―― いや、途中で印は解かれた。桂杏の肩に手裏剣が突き刺さっている。 次の瞬間、屋根の上から三つの影が舞い降りてきた。 「夜叉の小源太」 「半太夫」 二人の男が名乗った。そして残る一人が桂杏をじろりとねめつけた。椿である。 「うぬの顔、覚えているぞ。開拓者だな」 「ちっ」 咄嗟にレイスが煙玉を投げつけた。真姫から作り方を聞いて作成したものだ。 炸裂音とともに、煙が噴き出した。その煙を割って、瞬時にしてレイスが半太夫との間合いを詰める。 「……ああいう狼藉、僕も嫌いですので。御命、頂戴します」 レイスの拳が疾った。半太夫の眼をめがけて。 半太夫は顔をひいて、かわした。が、そのレイスの一撃は誘いであった。さらけだされた半太夫の鳩尾めがけ、レイスは手刀をぶち込んだ。 「おのれっ」 小源太が跳んだ。楼の壁めがけて。 そうと知りつつ、しかし桂杏は動けない。椿が襲ってきたからだ。 「レイスさん、夜叉が!」 椿の刃を、自身のそれではじきつつ、桂杏が叫んだ。レイスがはじかれたように振り向く。 と、そのレイスの腕に半太夫の手が絡みついた。口からたらたらと鮮血を滴らせつつ。恐るべき執念であった。 「死ねっ!」 小源太の刃が閃いた。レイス動けぬレイスの背から血がしぶく。 「レイスさん!」 桂杏の注意が一瞬それた。何でそれを見逃そう。椿の手から刃がとび、桂杏の胸を深々と刺し貫いた。 「とどめじゃ」 小源太が刃をふるった。激痛にたえつつ、レイスが半太夫に蹴りを放つ。たまらず半太夫が手を放した。 が、遅い。その時、翻った小源太の刃が桂杏の首に迫った。 ● 法興寺。 その境内に夕凪の姿はあった。普段は動きやすいように無造作に束ねた髪を、今は綺麗にまとめている。 が、それでシノビの眼を誤魔化せるとは夕凪も思っていない。彼女の顔を知る雲水――おそらくは中忍であろうそのシノビは春夜楼の守りについている。そうとふんでの行動だ。 夕凪は境内を往復した。お百度参りを装っているため、不審には思われぬはずであった。 と―― 夕凪は足をとめた。 庫裏の戸が開き、男が姿を見せた。身形は雲水だ。 夕凪は息をつめた。件の雲水であればただではすまない。 が、何事もなく雲水は歩き去っていった。どうやら件の雲水ではなかったようである。 では何者か。 迷いは一瞬であった。雲水を追って夕凪は法興寺を後にした。 ● 「しくじったか」 蒔司が呻いた。彼は超人的聴覚により春夜楼周辺の音を聞き取っていたのである。 確かに薄い煙はあがっている。が、火を放つことには失敗したようだ。 カルロスが口をゆがめた。 「類焼を避ける、か。ぬるいことをしているから、こういう始末となる。依頼内容は夜叉一族殲滅。手段を選ぶなど笑止の至りというものだ。小娘の方が、まだ肚を括っている」 「今更いっても遅いぜ」 どうする、と問いかける眼をグリムバルドは恵那にむけた。するとすぐさま恵那は顔をそむけた。 火で混乱する状況をつくりあげているなら、まだわかる。が、そうない以上、罠が張り巡らされているであろうシノビの拠点に入り込むなど真っ平であった。 「このまま夜叉を放ってはおけない」 藤丸が手裏剣を手にした。が、その手を蒔司がおさえた。 「待つんじゃ」 「でも」 「悔しいんは、わしも同じじゃ」 蒔司がぎりっと歯を噛んだ。 春夜楼こそは千鶴を責め苛んだ場所だ。この場所において夜叉を叩き潰したい思いはある。 が、火を放つことに成功し、春夜楼が混乱することが襲撃の絶対条件と決めていた。それが成らぬ以上、春夜楼襲撃は猛獣の巣に自ら飛び込むことと同じであった。 「俺ならいいんだぜ」 グリムバルドの左の瞳が金色の光を放った。 この男、思考はいたって大雑把であった。大切な何かを守るための戦いであるのなら、どれほど傷ついてもかまわない。 それはある意味、カルロスも同じであった。殺し、毀せるのなら自身の身がどうなろうと知ったことではない。身体の奥の黒い獣の飢えを満たせるのなら。 しかし―― 蒔司は首を振った。 計画は計画である。当初の予定とこれほど違ってしまえば、決行は危険すぎた。 「今は退くんじゃ」 蒔司はいった。 「あーあ。面白くない」 恵那は大げさに肩を竦めてみせた。 ● 戛然。 空にはねあがったものがある。小源太の刃と手裏剣だ。 「きさま」 小源太が愕然たる声をあげた。手裏剣の主を見とめた故である。 「服部真姫。知っているぞ。何故、貴様ほどのシノビが邪魔をする?」 「金さ」 真姫はニヤリとすると、レイスに眼をむけた。 「動けるか」 「ええ」 肯くと、レイスは桂杏を肩に担ぎ上げた。細身ではあるが、鍛え抜かれた身体である。深手を負っていようとも、女性一人担げぬことはなかった。 「貴方達には借りができたようですね」 レイスの眼がぎらりと光った。その身から放散される凄愴の鬼気に空気が凍結する。さすがの夜叉シノビですら後退った。 ほう、と真姫は感嘆した。これほどの殺気の持ち主などざらにはいない。 「というわけだ」 真姫はいった。そして後退しつつ、 「この男、傷ついていても強いぞ。死にたくなくば追わぬことだ」 ● 「ごめん。千鶴」 後日のことだ。夕凪の住まいを見つめ、藤丸が呟いた。 夜叉殲滅の機会を逃した。それが悔しく、哀しかった。 「けれど」 藤丸は眼をあげた。 「もう少しなんだ。必ず」 夜叉殲滅を誓った。大空に描いた隼人の面影にむかって。 |