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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ● 「死んだ‥‥か」 闇の中に、地の底から響いてくるかのようなしわがれた声が流れた。 男のものとも女のものともわからぬ。夜叉一族頭領、夜叉骸鬼である。 夜叉骸鬼のいう死んだとは、夜叉一族討伐の依頼を開拓者に出していた者のことであった。年齢からするに、どうやら鴉一族生き残りの一人、千鶴であるらしい。 「確かであろうな。開拓者に追い詰められ、千鶴が自害したというのは」 「はッ」 こたえる声も闇の中に響いた。 「配下の者に探らせましたところ、確かに件の小間物問屋に潜伏しておりましたのは千鶴に間違いなく。その千鶴の姿は、その日から見えなくなっておりまする」 「そう‥‥か」 夜叉骸鬼の声には、いまだ不審のねばつく響きが滲んでいた。が、ややあって、 「よかろう。が、椿は開拓者ギルドを見張らせたままにしておけ。お前達は」 「はッ。このままシノビ働きをつづけまする」 応えが響いた。 ● それは一瞬ではあるが、異様な光景であった。 年齢こそ違え、半顔を焼け爛らせた少女二人が行き違ったのである。その傷さえなければ、二人はく美しい顔であった。同じように―― が、反応は違った。 年嵩の少女の方は、もう一方の少女のことなど一顧だにすることはなかった。それよりも周囲の者の顔に関心があるように見渡している。 しかしもう一方の少女は―― 立ち止まると、振り向いた。良く光る眼を、一方の少女の背にむける。 「あれは‥‥夜叉一族の椿」 軋るような声音は、千鶴のものであった。 反射的に千鶴は椿を追った。本来シノビとしての能力の劣る千鶴が尾行に成功したのは僥倖、というより椿の油断である。椿の念頭には千鶴生存の可能性は全くなかった。 やがて椿は一軒の茶店に立ち寄った。 女が一人待っている。千鶴は知らぬことであったが、それは先日千鶴を狩る依頼を出した夕顔という娘であった。 椿と夕顔はしばらくの間、ひそひそと何事か話し合っていた。内容までは千鶴にはわからない。 先に立ったのは椿である。少し遅れて夕顔が立った。 千鶴が迷ったのは一瞬であった。夕顔の後を追う。 どれほどの時が経ったか。 やはり夕顔にも油断があったに違いない。いや、思い込みか。もはや敵はいないという。 夕顔が辿り着いたのは楼港であった。とはいえ五行ではない。遭都領となり、神楽の都近くに移された楼港である。 春夜楼。 夕顔は遊郭の一つに姿を消した。 |
■参加者一覧
大蔵南洋(ia1246)
25歳・男・サ
亘 夕凪(ia8154)
28歳・女・シ
グリムバルド(ib0608)
18歳・男・騎
藤丸(ib3128)
10歳・男・シ
蒔司(ib3233)
33歳・男・シ
カルロス・ヴァザーリ(ib3473)
42歳・男・サ
ルー(ib4431)
19歳・女・志
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲 |
■リプレイ本文 ● 「そうだったのか」 愕然たる声は開拓者ギルドの片隅で発せられた。 声の主は男である。二十歳半ばといったところ。が、歳に似合わぬ落ち着いた雰囲気をもっていた。 男――大蔵南洋(ia1246)は対面している女に、驚きの滲んだ厳しい面をむけた。 「まさか妹がかかわっていたとは」 南洋は慨嘆した。 鴉一族生き残りの隼人。その復讐に、当初、南洋の妹がかかわっていた。その遺志ともいうべき今回の一件に、今度は兄たる南洋がかかわっている。奇しき因縁というべきか。 「私も驚いてるよ」 女は苦笑した。 こちらは二十代後半と思われた。が、南洋同様、そうは度量の広さをうかがわせる。名を亘夕凪(ia8154)といった。 「私としちゃあ、南洋さんほどの開拓者が来てくれて助かるがね」 「それはありがたいが。‥‥しかし、その依頼人たる千鶴殿と申される娘御、やむを得なかったとはいえ早まった真似を」 南洋は暗鬱な顔で言葉を切った。 先日のことだ。夜叉の追及を逃れるため、千鶴は顔を焼いた。 千鶴としては覚悟を見せたつもりであったのだろう。が、復讐を遂げたとして、後に何が残る? もはや千鶴には女としての幸せな未来などないのだ。 「彼女が自分で選んだんだ。私達にできることは、其の覚悟を無にせぬ様――」 夕凪もまた言葉を切った。 鴉一族の隼人なる少年。その少年のことを、どこか夕凪は弟のように思っていた。 その隼人の意志を継いだ千鶴は、いわば夕凪にとっては妹のような存在だ。が、隼人に続き、今度も千鶴を守りきれなかった。その忸怩たる想いが夕凪には、ある。 「カルロス・ヴァザーリ(ib3473)」 南洋の眼に刃の光が閃いた。 千鶴に顔を焼くように唆した者。それこそカルロスという名の開拓者であり、その冷酷無残なカルロスの正体を南洋は良く知っていた。 「おそらくは楽しんでいるのだろう。千鶴が破滅していくのを」 「千鶴の破滅‥‥」 夕凪は歯噛みした。が、今更どうすることもできない。 「ともかく」 南洋は手にしていた刀を腰におとした。北面の刀工である鬼神丸国重がうった鬼神丸なる名刀だ。茎には尽忠報国の四文字が彫られている。 「私は楼港にむかう」 「楼港?」 「ああ。春夜楼を探るつもりだ」 「春夜楼を探る、ねえ」 夕凪がニヤニヤした。その夕凪の笑みに気づき、南洋は眉をあげた。 「何か問題があるのか?」 「いやいや。問題なんかないさ。それどころか――くく」 夕凪は含み笑うと、 「遊郭は女である私じゃどうすることもできないところだからねえ。せいぜてい気張っておくれな。まあ木乃伊とりが木乃伊にならないように、ね」 ● 転がった鞠を、一人の少年が拾い上げた。 十歳ほど。美麗な顔立ちをしている。それだけでも十分人目をひくのだが、その少年にはさらに特徴的な部分があった。 妖瞳というのだろうか。右の瞳は海の色に輝いているのだが、左は燃えるような真紅の色に光っている。 少年はふっと顔を振り向けた。 やや離れたところに門があり、そのむこうに家屋が立ち並んでいた。まるで祭りの見世物小屋のようだ。 子供としては好奇心をそそられる外見ではあるが、門を通って子供が入るのは禁止されていた。 「怜ちゃん、どうしたの?」 子供のものらしい甲高い声。怜と呼ばれた少年は駆けてきた子供達に眼を転じると、 「お前ら、遊郭って知ってるか」 「知ってるよ」 子供の一人がこたえた。 「綺麗な姉ちゃんがいるところだろ。父ちゃんがいってた」 「そうなのだぜ」 怜は首を傾げた。 「遊郭というのは、その綺麗な姉ちゃんと遊ぶところなのだぜ。でも子供は入っちゃ駄目なのだぜ。不思議なのだぜ」 で、と。怜は子供達にある女性の人相風体を話して聞かせた。 「見たことあるのかだぜ」 「あるよ」 一人の子供がこたえた。遊郭の門からこちらに出てくる女性はごく少数であり、また怜が口にした人相ほど綺麗な女性はなおさら珍しい。それで子供は覚えていたのだった。 「そのお姉ちゃんならしょっちゅう門から出てくるよ。でも」 子供の顔に怖気のようなものが滲んだ。 「何か恐い。あっ」 子供が後退った。はじかれたように怜が振り返ると、一人の少女が門をくぐるのが見えた。 十七歳ほどの楚々とした美少女。それこそ怜が語った女性であった。名は―― 「夕顔、か」 通り過ぎた夕顔を汪うに、すうと物陰から一人の男が姿を見せた。僧形であり、笠をかぶっている。ただ、その笠から覗く男の顔こそ異様であった。 よく日に焼けた顔には無数の傷がはしっていた。どれも刃傷のようである。それが男が送ってきた人生の剣呑さをうかがわせていた。 男――蒔司(ib3233)は夕顔を追って足を踏み出した。さらにその後を追い、鞠を子供達に返してから怜――叢雲怜(ib5488)もまた歩き出した。 ● 開拓者ギルド近くの物陰に潜む者があった。 少女だ。異様なことに、その半顔は無残に焼け爛れている。千鶴であった。 その千鶴の視線の先、別の少女の姿があった。同じように半顔に火傷の傷がある。これは夜叉一族の一忍、椿であった。おそらくはギルドを見張っているのであろう。 と、椿が動いた。 逃さぬ。後を追って千鶴もまた動いた。いや―― 千鶴は動けない。背に冷たく硬い感触がある。筒口だ。 しまった、と千鶴は唇を噛んだ。目の前で椿の姿が遠ざかっていく。 千鶴の手がゆっくりと懐にのびた。せめて一太刀でも夜叉に斬りつけねば気がすまなかった。 振り向きざま千鶴は刃を疾らせた。銃をもった人影が跳び退る。その顔を覆った布がぱっくりと割れ―― 「ああっ!」 千鶴の口から悲鳴に似た呻きがもれた。 布の破れ目から覗いた顔。それは凛然としながらも、どこか寂しげな翳のある美しい娘のものであった。かつてあった一角馬の神威人たる証である角はすでにない。ルー(ib4431)であった。 「何故あなたが」 千鶴が声を途切れさせた。その胸にどす黒い疑念が渦巻いている。 開拓者とは依頼で動く者達である。もし夜叉が千鶴を狩る依頼を発し、その依頼をルーが受けた場合どうなるか。別の開拓者は夜叉の依頼を受け、紅鴉を狩ろうとしたのではなかったか。 はじかれたように千鶴は跳び退った。慌てたのはルーである。 本当のところ、ルーはひそかに警告の文を千鶴に預け、去るつもりであった。千鶴が一人になった時に。が、千鶴は相変わらず椿を追おうとしている。それで仕方なく行動に出たというわけだが―― 「待って!」 「助けて!」 ルーの口から発せられたひび割れたような叫びと、千鶴の絶叫が重なった。さすがに通行人の眼がむく。ルーの手の銃に気がついた者が悲鳴をあげた。 千鶴が人の群れに飛び込んだ。追おうとしてルーはたたらを踏んだ。人が邪魔になって追跡できない。 「藤丸(ib3128)さん!」 「任せて!」 人の群れの中から飛び出した者がいる。それもまた神威人であった。犬の耳と尾をもっている。 少年だ。歳は千鶴と変らない。 少年――藤丸は千鶴を追った。可愛いともいえるその顔が、今は必死の思いで歪んでいる。 今の千鶴は、開拓者達の――少なくとも藤丸にとっては頭であった。その頭が潰されたらどうなるか。依頼を半ばで諦めねばならぬ無念さは隼人の時で十分すぎるほど味わっている。 「待って、千鶴!」 藤丸が叫んだ。が、千鶴はとまらない。 藤丸の疾走速度がぐんと加速された。千鶴に手が届く――と見えた瞬間、千鶴の姿が一瞬にして遠ざかった。千鶴もまた何らかの術を発動しているのであった。 「待って、千鶴。違うんだ!」 再び藤丸が叫んだ。刹那である。千鶴は立ち止まった。刃を己の首に凝して。 「来るな。お前達の手にかかって果てるくらいなら」 刃が浅く首を切り裂いた。つつうと鮮血が滴り落ちる。 藤丸の身は凍結した。脅しではないことを本能的に悟ったのだ。 「ま、待って。話をきいてくれ」 「もう騙されるもんか」 千鶴の眸に涙が溢れた。一度胸を染めた真っ黒な疑心暗鬼は、そう簡単に解けるものではない。その時―― 「待て」 声がした。 男。どうやら役人であるらしい。 「何をしている?」 役人が藤丸の手を掴んだ。当初は子供の喧嘩と思われたが、少女は刃をもち、首から血を流している。只事ではなかった。 千鶴が背を返した。藤丸は追おうとしたが、手は役人に掴まれている。追跡は不可能であった。 「離してくれ。ようやくだ。ようやく動けるようになったんだ」 「ならぬ。事情を聞くまではな」 役人の手に力がこもった。その間、藤丸の超聴覚は遠くなっていく千鶴の呼吸音をとらえている。やがてそれも――消えた。 ● 夕顔が足をとめた。 場所は裏路地。錦屋という反物を扱う大店の裏である。 しばらくすると木戸が開いた。姿を見せたのは下働きの者らしい娘である。 辺りを見回し、夕顔が娘の耳に口をよせた。すると娘が夕顔の手に何かを握らせた。 眼で肯くと、夕凪は素早く裏路地から立ち去った。 ややあって―― ふっと人影がわいた。蒔司である。 「なるほど」 引き込みか、蒔司は呟いた。彼の超聴覚はとらえている。夕顔が娘に告げた一言を。 土蔵の鍵は。夕顔はそう聞いたのである。 「急がないと、だぜ」 怜が急かせた。 ● 春夜楼。 花のような甘い匂いにみちた店に、そぐわぬ無骨な男が現れた。 「漁火太夫を」 男は告げた。春夜楼一番の太夫の名を、事前に酒場の親父から彼は聞いていたのである。 が、店の老婆の顔に浮かんだのは嘲笑だ。一見の客が太夫を名指しすることなどできるはずがない。 そのことを説明すると、意外なほど素直に男は肯いた。 その時である。怒鳴り声が聞こえた。 竜の神威人。傍らには優しげな娘が困惑したように立っている。 「遊女はこれしかいないのか。全員の顔を見せろ」 竜の神威人が喚いた。すると別の娘がすっと歩み寄ってきた。こちらは凄艶な美女である。朱里と名乗った。 「お客様。お相手は私が」 「ほう、お前が」 竜の神威人の眼がわずかに動いた。無骨な男の姿がない。この騒ぎに紛れて登ったのであろう。 「よかろう」 竜の神威人は肯いた。 ● 「愚か者ども」 怒りを含んだ陰惨な声がながれた。 発したのは雲水である。笠のために顔はわからない。 そこは神楽の都の外れの橋の下であった。夕顔は愕然とし、椿がびくりとして身を竦める。 「まだ気づかぬか。余計な者を引き連れてきおって」 雲水の両手から手裏剣が飛んだ。 キンッ、と。澄んだ音がして手裏剣がはじかれた。 「ばれちゃあ仕方ねえな」 ニヤリ、として現れたのは十八歳ほどの若者であった。どこかふわりとして、そのくせ剣呑なものを裡にためている。雷気をためた雲を思わせた。 さらに別の物陰からも人影が現れた。こちらは二人。蒔司と怜である。 ふふ、と若者は笑うと、 「やっぱでかい図体は目立つなあ」 「何者だ、貴様」 「グリムバルド(ib0608)」 若者――グリムバルドはこたえた。その背後にすうと現れたのは夕凪であった。 「私は夕凪。開拓者さ」 「開拓者!」 椿の口から驚愕の声が発せられた。その様子を面白そうに眺めながら、夕凪がいった。 「里では顔合わさず仕舞いだったかね、焼かれて遁走したあんたとは」 「何!?」 椿が眼をむいた。 「ではお前は」 「そうだよ。隼人の仇はまだ討っちゃいないからねえ」 「というわけだ」 グリムバルドが大きく槍をふりかぶった。 蜻蛉切。槍の穂先にとまった蜻蛉が、それだけで真っ二つになってしまったという名槍である。 グリムバルドが凄絶に笑った。雲水から吹きつけてくる凄愴の鬼気に反応してのことである。 並みの敵ではない。そう悟った時、反射的にグリムバルドは槍を薙ぎ下した。 次の瞬間、雲水の笠がはじけた。グリムバルドの放った真空の刃の仕業である。 「見たぜ、てめえの顔」 ニンマリしたグリムバルドは足をおさえた。針が貫いている。椿の裏術・鉄血針だ。 「ここは私が」 夕顔が印を組んだ。咄嗟に夕凪と蒔司、怜が跳び退ったが、遅い。夕顔より放たれた真空の刃により、夕凪達の身は切り裂かれた。 「ぬっ」 蒔司が印を組んだ。 次の瞬間である。煙が渦を巻き、視界を灰色に染めた。 煙が晴れた時、すでに雲水、そして椿と夕顔の姿はなかった。 逃した、のではない。端から夜叉を捕らえるつもりはなかった。 では成功か。と、自問した時、蒔司の顔は曇る。 かつて、蒔司はシノビとして闇の荒野を歩んでいた。が、今は日溜まりの中、生きている。それがたまらなく心地よい。 できることなら千鶴にもそうした人並みの暮らしを送ってほしいと願っていたのだが―― が、結果はどうであったか。無残なり、千鶴。それが隼人が望む形であったのかと疑わざるを得ない。 掴もうとして、掴めない。掌から砂が零れていく虚しさだけを蒔司は覚えていた。 「千鶴よ」 せめて、と。その顔に刻んだ強き想いが枷とならぬよう、蒔司は願った。 ● 行灯の薄明かりに蠢く人影が浮かび上がっている。 男と女。 竜の神威人たるカルロスと朱里であった。 魂すら痺れそうな快感にカルロスは溺れた。 それは異様な感覚であった。カルロスが女を抱いた数は数え切れない。が、ここまで耽溺したのは初めてあった。 おかしい。 カルロスの脳裏で警鐘が鳴り響いた。が、そのカルロスの疑念を、すぐに桃色の霧が覆い隠した。 一刻ほど後のことである。 布団をめくり、気だるげに一人の男が立ち上がった。無骨な男――南洋である。 布団の中には女が一人眠っている。瑶という可憐な美少女だ。 「まさに女は魔物よな」 苦笑すると、南洋は着物をはおり、部屋を抜け出した。寝静まった廊下をゆく。 と―― 南洋は足をとめた。廊下に蝋燭の炎が揺れている。 誰か、と南洋が思った時だ。ふっ、と炎の光が消えた。 足音をたてぬよう注意を払いつつ、南洋は廊下を進んだ。炎が消えた辺り。戸がある。物音はしない。 確かめるべく南洋は戸を開いた。 あっ、と。口の中で南洋は愕然たる声をあげた。 そこは物置であるらしかった。長持などがおかれてある。が、人の姿はない。 「お客様」 声がした。雷に撃たれたかのように南洋が振り返る。神楽の都でも滅多に見かけぬほどの秀麗な娘が立っていた。 「何をしておいでで」 「厠を探しておるのだが」 戸惑った様子で南洋はこたえた。そうですか、と肯いた娘の眼が一瞬冷たく光ったように見えたのは気のせいであろうか。 ではご案内いたします、と娘が先に歩き出した。蝋燭の炎に染まるその姿は魔物のように見えた。 |