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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ● 「葉隠ではない」 闇の中、声が響いた。 先日のことだ。夜叉一族の長である夜叉骸鬼は、彼らを狙う紅鴉、すなわち鴉一族の生き残りの行方を探るべく三人のシノビを放った。が、結果して二人のシノビが討たれ、椿なるシノビのみ逃げ戻ったのであるが―― 骸となったシノビの一人、秩父陣五郎の手の中に一枚の葉が握られていた。 その葉の事実を知った時、夜叉一族は慄然とした。この陰殻において、葉という言葉によって想起されるのは葉隠一族である。 葉隠一族とは、上忍四家ですら恐れるシノビ一族であった。葉隠には手を出すな、とは陰殻における不文律である。いかに残忍無残で知られる夜叉一族も、葉隠一族に戦を仕掛ける愚を承知していた。 「葉隠ではない」 もう一度、闇の中に妖々たる声が響いた。夜叉骸鬼の声である。 「陣五郎を討ったは開拓者と知れている。それにもし紅鴉の正体が葉隠であったら、開拓者の手は借りぬはず。が」 敵中には恐るべき策士がおる、と夜叉骸鬼は呟いた。 「ならばこそ、使わずおくのは勿体無いとは思わぬか」 くくく、と夜叉骸鬼は低く笑った。そして椿、と呼んだ。 「お前は鴉一族生き残りの者どもの顔を知っている。さらには開拓者どもの顔も。確かであろうな」 「はい」 こたえる声は老婆のもののようにしわがれていた。 ● 「もしや開拓者様ではございませんか」 声がした。振り返ったのは一人の男であった。ごつい体格の男で、名を浅海主馬という。 「そうだが」 主馬は声の主を見返した。 それは女であった。楚々とした風情で、十七歳ほどの美少女である。少女は夕顔と名乗ると、 「お助けいただきたいことがあるのです」 「助けてほしいこと?」 主馬は眉をひそめた。 「開拓者を雇いたいのであれば、ギルドにいけばよい」 「それが」 哀しげに夕顔は首を振った。 「ギルドにゆけば詳しい事情を話さなければなりませぬ。そうなれば見知らぬ大勢の方々にも知られてしまいます。それは私にとって堪え難いことなのでございます」 「ふむ」 主馬は肯いた。夕顔の怯えた様子から、よほどのひどいめに遭ったのだろうと推察したのである。 「よかろう。知り合いの開拓者に声をかけてみよう。で、依頼の内容は何だ」 「鴉を狩っていただきたく」 夕顔は告げた。 |
■参加者一覧
亘 夕凪(ia8154)
28歳・女・シ
尾上 葵(ib0143)
22歳・男・騎
グリムバルド(ib0608)
18歳・男・騎
藤丸(ib3128)
10歳・男・シ
蒔司(ib3233)
33歳・男・シ
カルロス・ヴァザーリ(ib3473)
42歳・男・サ
ルー(ib4431)
19歳・女・志
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲 |
■リプレイ本文 ● 下げた頭を、その少女は静かにあげた。 夕顔。 その名の通り、夜に咲く花のような、どこか翳のある儚げな美少女だ。 「皆様。私のためにお集まりいただきまして、ありがとうございます」 「気にするな」 応えを返したのは巌のような体格の男であった。名を浅海主馬という。 「俺達は開拓者。依頼があり、受けた。それだけのことだ」 「その通りだ」 肯いたのは端正な若者であった。名を保科慶次郎といい、主馬の友人であるらしい。そしてもう一人の友人である石倉駿蔵という男が続けて口を開いた。 「で、依頼の内容は?」 「はい」 首をこくりと縦に振り、その後に語り出した夕顔の話の内容は、こうだ。 ある女がいた。その女に夕顔は恨みをかった。女の惚れた男が夕顔に好意をよせたというのが理由である。 女は復讐するためにならず者を雇い、夕顔を襲わせた。そのことが原因で夕顔は許嫁と別れることになり、彼女の両親も自殺してしまった。 「‥‥ならず者は私に告げたのです。鴉と名乗る女に頼まれた、と。私は一度自害することを考えました。でもやはり悔しくて。だから調べました。それでわかったのが」 夕顔は数枚の紙片を取り出した。いずれにも女の人相書きが描かれている。 「おお、これは」 紙片を受け取った一人の開拓者が感嘆の声をあげた。 「いずれもが稀にみる美形であるな」 ニタニタ笑う。この男の名は守谷蔵太といった。 「が、これはどういうわけだ。鴉と名乗る女は一人ではないのか」 「はい」 夕顔は肯いた。 「どうやら鴉とは仲間の呼び名で、全員が共謀していたらしいのです」 と、中に数名、首を捻った者がいる。痩せた浪人者めいた男と爽やかな青年、そして女と見紛うばかりの美形の少年。粕谷甚十郎、根岸晋作、菊次郎の三人だ。 「これは」 晋作が一枚の紙片を掲げてみせた。 「少女のように見えますが。間違いないのでしょうか」 ごくり、と。唾を飲み込む音が微かに響いた。 それは集まった開拓者中、唯一の女で。二十歳ほどの美しい娘で、妖しい金色の瞳に眩しい光をうかべている。 名はルー(ib4431)。彼女こそ―― そう。ルーこそ、この集まりに紛れ込んだ紅鴉――千鶴を護る者であった。 「どうかしたか?」 問うたのは菅生半蔵という男であった。いえ、とルーは首を振ってごまかした。が、その眼は一枚の紙片に吸い寄せられている。 そこに描かれた顔。それこそは千鶴のものであった。 ルーは確信した。夕顔こそ夜叉一族であると。まさに夕顔――夜叉一族は千鶴を狩ろうとしている。本気で。それも、最も皮肉な手段をもって。 「これだけの人数がまとまって探すのも非効率。手分けして探すというのはどうですか」 ルーが口を開いた。夕顔、そして他の開拓者達が一声にルーに眼をむける。その中の一人、役者かと思うほどの美しい若者が大きく肯いた。名を渋谷平助という。 「その娘さんのいう通りだな。大の男が雁首ならべて一つ所にむかってもしようがねえ。俺は、その娘さんと組ませてもらうぜ」 「えっ」 ルーの顔色がわずかに変わった。半ば腰を浮かせると、 「私に同行は必要ありません。一人で大丈夫です」 「いや」 首を振ったのは陰鬱な表情の痩せた男だ。これは名を柘植俊吾といった。 「鴉という連中がどれほどのものか、腕がわからぬ。一人での行動は危険だ」 「その通りです」 夕顔が不安に怯える顔をむけた。 「皆様にもしものことがあっては申し訳ありません。必ず数人で行動してください。それとも何か一人で動かなければならない理由でもおありになるのですか」 夕顔が視線がルーに動いた。ルーは口を閉ざした。 夕顔はルーに疑念をもちはじめている。下手な動きは禁物であった。 「よし。では」 人相書きを手に主馬が立ち上がった。 「俺は慶次郎と組む。都の北をあたろう」 「なら俺は東だ」 駿蔵が立ち上がった。ルーの身体が一瞬身動ぎする。都の東の方こそ千鶴が隠れ潜む地であった。 一緒にゆく、という言葉をあやうくルーは飲み込んだ。それだけはいってはならぬ一言であった。 俺は一人でいい、と駿蔵はいった。 「じゃあ俺達は南だ」 ルーにむかって、平助がニヤリと笑いかけた。 ● 神楽の都。 中心からややはずれたところに一軒の船宿がある。 その船宿を、遠くからじっと見つめる二対の眼があった。 男と女。 男の方は十八歳ほどの少年だ。が、若年とは思えぬ凄みがある。それは唯一覗いている左眼に宿る凄絶の光故かもしれない。右目には眼帯をつけていた。 女の方は、男よりもかなり年上に見えた。三十手前といったところか。 容姿は美しいといえるものだが、それよりも女を特徴づけているのは、その人間的迫力であった。幾度も死線をくぐりぬけてきた者しかもちえぬ、どっしりとした落ち着きがある。 男はグリムバルド(ib0608)、女は亘夕凪(ia8154)といった。 「なるほどなぁ」 グリムバルドはニヤリとした。 「まー使っちゃいけねぇわけじゃねぇもんな」 「そうだねえ」 夕凪が肯いた。 彼らが見つめている船宿こそ、夕顔の依頼を受けた開拓者達が集っているところである。夕凪は続けた。 「隼人は夜叉を狩るために開拓者を雇った。同じことを夜叉がしてはならないという法はあるまいからね」 「確かに、な。が、そうはいっても、確かに盲点さ。それをやってのける夜叉。どうも奴らの中には知恵者がいるらしい」 グリムバルドはいった。戦場を経巡って来た彼ならわかる。敵の戦略眼の高さが。 「どうにも面白くなってきやがった」 「笑えないがねえ」 夕凪はぽつりと呟いた。 そうだな、という声は、突如背後から響いた。 一人。無数の傷を身体に刻んだ、黒い太陽を思わせる三十ほどの男だ。 「蒔司(ib3233)さん。あんたも来たのかい」 「ああ。開拓者達の顔を見ておきたくなったのでな」 司の眼に殺意の炎が揺れた。 「哀れなもんや。雇った開拓者は咬ませ犬ちゅうとこやろ。大方此方の動きを逆手に取って、紅鴉を炙りだし、始末つけようちゅう算段。せやけどな、千鶴は護り抜く。それだけは」 ギンッ、と。司の眼から炎が噴出したように見えた。 「決して過たぬ」 ● 「暑いなあ」 溜息ともに、初老の男が顔にふいた汗を拭った。 「千鶴。店の前に水をまいてくれるか」 「はい」 こたえたのは人形のように可愛らしい相貌の少女だ。いうまでもなく鴉一族生き残りの千鶴である。 裏に駆けていこうとする千鶴であったが、しかし一人の男がとめた。 切れ長の眼といい、細く通った鼻梁といい、紅い唇といい、まるで女のように美麗だ。が、その身のこなしは敏捷で、猫族の肉食獣めいた躍動感がある。 「俺がやる。千鶴は店の片付けでもしとき」 「でも」 「いいのだぜ」 ニカッと笑ったのは、曇りない美貌の少年であった。どこか神秘的な光を放っている。それは少年の瞳の色が左右違っているせいかもしれない。 そう。少年の右の瞳は蒼、左の瞳は紅なのであった。 男は名を尾上葵(ib0143)、少年は名を叢雲怜(ib5488)という。共に開拓者であり、千鶴を直接護るために彼女が身を隠している小間物屋に一時雇いしてもらったのであった。 怜はからかうような視線を葵にむけると、 「尾上は力仕事しか能がないから任せてやってほしいのだぜ」 「力仕事しか能がんないっちゅうのは殺生やな。せやけど」 葵は片目を瞑ってみせると足早に裏にむかった。裏には井戸がある。 桶に水をくむと、葵は表にむかった。道に水を撒きつつ、壁に眼をむけた。 何も、ない。潜入したルーより何か情報があるはずであったが―― この時、葵は知らぬ。ルーが渋谷平助というサムライと組み、この地には近づけぬ身となっていることを。 ● ふらりと居酒屋に二人の男が足を踏み入れた。甚十郎と菊次郎の二人である。 「娘を探しているのですが」 菊次郎が数枚の紙片を掲げて見せた。人相書きである。 「鴉と名乗っているかもしれません。どなたかご存知ありませんか」 「鴉、だと」 一人の男が顔を上げた。酔っているのか顔が赤い。甚十郎が眼を眇めた。 「知っているのか」 「知らいでかよ」 男はこたえた。 「以前、鴉名乗る者に依頼を持ちかけられたことがあるぜよ。顔を隠して人相までは分からなかったが、な。復讐したいとか何とかいっていたな」 「復讐‥‥」 甚十郎と菊次郎が顔を見合わせた。 人相を確かめられぬ以上、男のいう鴉が探す主であるかどうかはわからない。が、このままうち捨ててはおけぬ情報ではある。 菊次郎が男に顔を近づけると、 「その鴉ですが。どこにいるか知っているのですか」 「境内の堂を塒にしているようだったが。せやが、今はどこにおるかは知らん。近々他所に身を隠すともらしていたからのう」 「他所に!?」 菊次郎が甚十郎に眼をむけた。甚十郎は肯くと、 「その堂とはどこにある?」 問うた。 ● 茶店の中。 縁台に座り、平助は団子を食っていた。ルーは呆れたように、その様子を眺めている。 「鴉を探さないの?」 咎めるような口調で問うルーに、平助はニンマリと笑ってみせると、 「まだ日は高い。休みも必要さ」 ルーはこたえず、眼をそらせた。真っ直ぐに駆けることが信条であるルーにとって、どこかふやけた平助のような男は苦手であった。いや―― 本当のところ、ルーは男すべてが苦手であった。飼われていたという哀しい過去があるから。唯一心を許す――許せそうであったのは、同じ瞳をもった異形の者で。 はっ、とルーは眼を見開いた。茶店の奥に座している一人の男の姿を見出したからである。 それは異様な雰囲気をまとわせた者で。竜の神威人であるのだが、問題はそれではない。男の存在そのものであった。 虚無、というばよいか。何か殺伐とした破滅的な何かを男は肝の底にひそませている。 カルロス・ヴァザーリ(ib3473)。開拓者であった。 物憂げに口から煙管を離すと、カルロスは立ち上がった。すれ違いざま、ルーの足元に紙片を落とす。連絡用の文だ。 そのままカルロスは店を後にした。そして遊郭へと足をむけた。 「何っ」 ただならぬ声は長屋の一角であがった。 声の主は駿蔵である。彼の前には一人の若者。簪職人であった。 駿蔵は紙片を指し示して、 「この少女を本当に知っているのか」 「ああ」 若者は肯いた。 「簪をおさめている小間物屋で働いている女の子だよ。名は知らないが」 「見間違いではないのか」 「見間違うもんか。あんな綺麗な女の子は、この神楽の都といえどもそういるもんじゃないからな」 「そうか」 紙片を懐にしまうと、駿蔵は若者に礼をのべた。その顔に薄く笑みがうきつつあった。 ● 「あれは!?」 呻くような声は菊次郎の口からあがった。 鴉と名乗る者が住処としていたという寺の近く。顔を隠した異様な風体の小さな人影がある。 と、突如、人影は身を翻した。走り出す。 「気づかれたか」 菊次郎の身が消失した、ように見えた。一瞬にして人影との距離を詰める。 次の瞬間だ。菊次郎の口から苦鳴が発せられた。その足には撒菱が突き刺さっている。 「くそっ」 菊次郎の手から数枚の手裏剣が飛んだ。乱れ疾る光条を、人影は跳んで躱した。が、すべては躱しきれなかった。その背と足に手裏剣が突き刺さった。 「俺に任せろ」 甚十郎が駆けた。人影が瞬間的に移動する。が、よろけた。手裏剣の傷のために上手く術を発動できないようだ。 「もらった!」 甚十郎が抜刀した。人影が敵対行動をとる以上、鴉の一人と思って間違いあるまい。殺してでも捕らえるつもりであった。 人影が抜刀した。 刹那だ。甚十郎の視界が塞がれた。煙によって。 堂の戸が開き、人影が転げ込んだ。その背と足が血でぐっしょりと濡れている。 人影は外套を脱いだ。現れたのは人懐っこい眼をした少年の姿で。 犬の耳をもっているからには神威人であろう。八人めの開拓者。藤丸(ib3128)であった。 藤丸は堂の床に眼をむけた。その顔に一瞬痛ましげな表情がよぎる。 そこには遊郭で病死したという少女の遺体が横たえられていた。顔は無残にも焼け爛れている。カルロスの仕業であった。 仲間ながら、恐ろしい男だと藤丸は思う。幾ら死んでいるとはいえ、少女の顔を平然とカルロスは焼いたのだ。 「ごめんね」 藤丸は外套を少女に着せた。爪は、彼と同じ紅色を施してある。 藤丸の耳がびくりと動いた。二つの足音がする。開拓者達だ。 司の煙遁のおかげで何とか逃げ延びることができた。ここでしくじるわけにはいかなかった。 「隼人」 藤丸は呟いた。 隼人とは、かつての依頼者。想いの半ばで逝き、その意志を今、藤丸が継いでいる。 「俺に出来る限りのことは、するから。俺がどうしようもない、幸運が必要な所で、力を貸してくれ」 藤丸は火を放った。 ● 薄闇が降りていた。 裏路地。音もなく歩む者がいる。駿蔵だ。 「ここか」 駿蔵の手がすうと懐にのびた。瞬間、空に躍りあがった影がある。 交し合う声はない。ただ殺気の波が行き交った。 一息後、影は葵の姿をとり、地に降り立った。顔をゆがめ、腹に手をやる。刃が突き刺さっていた。 「殺したの?」 倒れた駿蔵を見下ろし、震える声で千鶴が問うた。葵は首を振った。 「気絶させただけや」 「でも生かしておくわけにもいかないのだぜ」 怜が短銃の筒口をむけた。葵は眼を見開くと、 「何をするんや」 「殺す。この人は千鶴のことを知っているんだ。生かしておけば千鶴のことが知られてしまうのだぜ」 「馬鹿」 な、という言葉を葵は飲み込んだ。短銃の筒口が彼の方にむけられていたからだ。 「邪魔はしないで。誰かを護る覚悟を持つには、誰かを斃す覚悟が居るって、ママ上にいわれた気がするのだ!」 怜が短銃の引金をひいた。そして、もう一度。完全に息の根をとめてしまわなければならなかった。 涙の滲んだめ眼を拭った時、怜は気づいた。千鶴の姿がない。 と、葵が足元に落ちている紙片に気づいた。カルロスから預かり、千鶴に渡したものだ。 その時だ。千鶴のものらしい悲鳴に似た声があがった。 はじかれたように怜が駆け出した。勝手。まだ火が残っているはずだ。 「千鶴!」 怜が叫んだ。蹲っていた千鶴が立ち上がり、向き直る。 ああ、と。怜の口から嘆くが如き声がもれた。 小さな花のように美しかった千鶴の顔。その半分が焼け爛れている。 千鶴は喘ぐような声で告げた。 「貴方は、私のために覚悟をみせてくれた。だから私も覚悟しなければ。もうこれで、千鶴はいなくなった」 「カルロス、め」 葵は紙片を握り締めた。そこには、こう書かれていた。 顔を知られておるのだろう。 復讐を遂げる前に見つかっては意味もない。 身代わりとした娘の骸だけでなく。 うぬ自身も顔が分からなくなるように焼いてしまったらどうだ? 修羅の道を選んだのだから。 |