【紅鴉】戦いのはじまり
マスター名:御言雪乃
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/05/14 00:04



■オープニング本文

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 そこは神楽の都にある商家の一室であった。住み込みで働いている娘達に与えられたものである。
 時は深夜。布団の中には五人の娘が眠っていた。
 いや――
 一人のみ眼を開いている。闇の中でもわかる、人形のように可愛らしい娘であった。
 少女の名は千鶴。鴉一族生き残りの一人であった。
「夜叉‥‥」
 千鶴の蕾のような唇から溜息に似た声がもれた。
 夜叉とは鴉一族を滅ぼしたシノビ一族であり、千鶴の仇であった。その夜叉一族について、彼女の知ることはあまりに少ない。
 夜叉一族は北條に属するシノビ一族で、それほど大きな勢力はもっていない。ただその残忍さにおいて名を知られた一族であった。
 頭の名は夜叉骸鬼。わかっているのは名のみで、男であるのか女であるのかですらわからない。
 里の場所も不明だ。しかし勢力は小さいというから一族の人数はあまり多くはないのだろう。
 千鶴自身は確かめたわけではないが、鴉一族の里を襲ったのは五つのシノビ部隊であったという。
 通常シノビの活動単位は四人から七人。一人の中忍に数人の下忍がつくという構成だ。
 耳にしたことが確かなら、開拓者が斃した一つの部隊を除き、夜叉にはあと四つの部隊が存在することになる。
 その四つの部隊であるが。そのうちの一つの部隊中の三忍が千鶴達生き残りを見張っていた。おそらく下忍であろう。
 その三忍はすでに開拓者の手によって斃されている。が、まだ中忍を含めた数人は残っているはずだ。
 その中忍の名はわかっていた。秩父陣五郎。得意とする業はあるはずだが無論わからない。
 他には香炉銀之丞というシノビもおり、これはシノビとしての業をもたぬらしい。代わりに銃を扱うということを千鶴は聞いたことがあった。
 やはり数人の夜叉シノビを誘き出し、斃すしかないか。千鶴は思う。
 その過程で幾人でも夜叉シノビをとらえ、里の在処を聞き出す。そして里を攻める。これが間違いない戦いであるように千鶴は思った。
「やれるか」
 涼やかに濃い闇の中、千鶴は身を震わせた。
 恐怖はある。かつて同じことをしようとして隼人は命を失ったのだ。千鶴とて命の保障はない。
 が、やらねばならぬと千鶴は心に定めている。命をかけて救ってくれた隼人に報いるためにも。
「明日から」
 はじまるのだ。復讐の長い旅が。


 闇の中、三つの気配がわいた。氷の如く冷たい気配だ。
 と――
 突然、小さな炎がゆらめいた。蝋燭の炎である。
 その残照にも似た光に浮かび上がったのは三つの顔であった。
 一人は三十ほどの男である。青白く痩せた顔で、手足も細く、しかししなやかそうであった。
 さらに一人。こちらも男であった。まだ若い。おそらくは二十歳そこそこであろう。浅黒い肌で、薄い笑みを浮かべている。
 残る一人。こちらは少女であったが。
 相貌は無残であった。顔の半分が爛れている。火傷によるものであった。
 男の名は秩父陣五郎冬心。若者の名は香炉銀之丞。少女の名は椿といい、かつて鴉の里にて千鶴達を監禁していた夜叉シノビの一人であった。顔の傷は開拓者に負わされたものである。
「やはり鴉一族の生き残りがいる」
 陣五郎はいった。
 先日のことだ。頭である夜叉骸鬼から指令がくだった。
 逃れた鴉一族生き残りの娘達を探し出し、殺せ。隼人と同じ行動をとらぬうちに。
 その命をうけ、生き残りの娘達の顔を知る椿を配下とする秩父陣五郎が神楽の都にむかった。配下六忍のもう一人の生き残りである香炉銀之丞を引き連れて。
「おそらく小四郎は討たれた」
 陣五郎の口から軋るような声がもれた。
 生き残りの娘は必ず開拓者ギルドを訪れる。そうふんだ陣五郎は阿波小四郎を開拓者としてギルドに潜り込ませ、生き残りを待ち受けさせた。が、いっこうに生き残りの娘は現れず、それどころか小四郎の消息が途絶えてしまったのだ。
「確かであろうな、椿」
「はい」
 椿は肯いた。その眼に燃えるのは陰惨な復讐の炎である。
 二目と見られぬ顔になったのは鴉一族の娘達のせいである。何でその顔を見忘れようか。
「しかし奴らは開拓者を雇っておる」
 陣五郎はいった。
 生き残りの娘達が何人かかろうと小四郎が討たれるはずはない。もし討たれたとするなら、必ず開拓者がからんでいるはずであった。
「ひとつ」
 椿が眼をあげた。
「心当たりがありまする」
「心当たりとな?」
「はい。つなぎがとれなくなる前、小四郎が申しておりました。紅鴉という依頼人がいると」
「紅の鴉か。確かに気になる。‥‥よし」
 陣五郎の眼に冷たい蒼い光がともった。


■参加者一覧
亘 夕凪(ia8154
28歳・女・シ
尾上 葵(ib0143
22歳・男・騎
グリムバルド(ib0608
18歳・男・騎
藤丸(ib3128
10歳・男・シ
蒔司(ib3233
33歳・男・シ
カルロス・ヴァザーリ(ib3473
42歳・男・サ
ルー(ib4431
19歳・女・志
叢雲 怜(ib5488
10歳・男・砲


■リプレイ本文


 そこは神楽の都にある寺の境内であった。
 吹く風にはすでに夏の色は濃い。立つ影は二つあった。
 一つは少女だ。人形のように整った可愛らしい顔立ちをしている。千鶴であった。
 そして、もう一つ。こちらは少年だ。人懐っこい眼をしており、犬のものらしい耳をもっている。
 名は藤丸(ib3128)。開拓者であった。
「それでいいんだな」
 藤丸が念をおした。
「夜叉シノビを斃す。その過程で夜叉の里の在処を暴く」
「はい」
 千鶴はこくりと肯いた。
「そう簡単に夜叉一族を滅ぼすことはできないと思っています。それよりも」
 気遣わしげな眼を、千鶴は藤丸にむけた。
 かつて、鴉一族の生き残りである隼人は依頼者である点をつかれ、夜叉一族によって殺害された。その轍を踏まぬために、此度は開拓者の一人が紅鴉と名乗り、開拓者ギルドに依頼を出すことになっている。が、それは危険な行為であった。
「俺なら大丈夫だ」
 藤丸はニカッと笑った。少年特有の眩しい笑顔である。そして藤丸は告げた。
「さぁ、仕事をはじめようか」


 開拓者ギルドは喧騒に満ちていた。
 その中に頭巾をかぶった少年がいた。少年は依頼を出し、ギルドの受付の男が壁に依頼書をはりつけた。依頼人は紅鴉とある。
 それを確かめると、少年はギルドをあとにした。やや遅れて一人の男が動いた。
 三十ほど。青白く痩せた顔をしており、手足が妙に細い。
 男は少年を追うようにギルドを出た。すると、またもや別の男が動いた。
 年は四十ほどであろうか。角と翼をもつところからみて、竜の神威人である。
 ひどく不気味な男であった。体躯はがっしりとしており、沈毅重厚の趣がある。が、その身から漂い出しているのは禍々しい闇の気配である。
 男の名はカルロス・ヴァザーリ(ib3473)。彼もまた開拓者なのであった。
 カルロスは男を追って外に出ようとし――ぎくりとして立ち止まった。少年を追っていったはずの男が戻ってきたのである。
「気のせいであったか。いや」
 カルロスは男の背にじっと眼をむけた。
 気の迷いではない。何かがカルロスに告げていた。それは彼の裡の獣が血の匂いを嗅ぎ取ったのかもしれぬ。
「夜叉か、それとも」
 葉隠ではあるまい、とカルロスは思った。
 柘植現八の姿はない。当然だ。カルロスに葉隠シノビであることをあかしてしまったのだから。姿は老人であったが、声から察するに小僧であろう。恐るべき変形能力の持ち主であった。
「葉隠。ぬしらは何のために動く?」
 ふと、カルロスは呟いた。


「さぁて、始めるとしようか」
 囁きにも似た独語をもらしたのは女であった。二十代後半に見えるが、その年齢にはそぐわぬ落ち着きがある。そのくせ妙な色香のようなものも保持していた。
 亘夕凪(ia8154)という名の女は依頼書を見つめていた。紅鴉が依頼主である依頼書である。
 その紅鴉という文字を見るに、夕凪は忸怩たる想いにかられた。
 本当のところ、夕凪は千鶴をとめたい。少女の身で何で自ら復讐に身を委ねなければならないのか。紅鴉なる仮名は、すなわち鮮血をあびた千鶴のことであるように思える。もし隼人が生きていたならきっととめたであろう。
「が、あの娘は覚悟を決めたんだ」
「そうやな」
 肯いたのは、端麗な美貌の若者であった。躍動感を裡にひそませたその立ち居振る舞いは獣を思わせる。猫科の肉食獣を。――尾上葵(ib0143)である。
「一日も早う、お天道様の下に出したらな、な」
 葵はいった。彼らしくもなく、いやにしんみりとした語調だが――それには理由がある。
 かつて葵はシノビであった。そしてある任務で幼子を死なせた。それを機に彼はシノビを抜けたのであるが、今でもその幼子の顔を忘れることはできない。もう幼き者の死に顔を見るのは真っ平であった。
「ともかく地道にいくさ」
 ふっ、と笑ったのは、おそろしく背の高い少年であった。どこか飄然とした雰囲気があるが、左の金の瞳――右は眼帯で隠されている――にやどっているのは凄愴の光である。幾多の死地を潜り抜けた者のみ持ちうる眼だ。
 名はグリムバルド(ib0608)。ジルベリア帝国生まれのサムライであった。
 するとその傍らに立つ小さな人影が、だなー、とこたえた。叢雲怜(ib5488)という名の開拓者であるのだが、どうも異様である。
 不気味というのではない。十歳ほどの怜の姿はむしろ美しい。美少女のようである。
 ただ、その手の得物は異質であった。ファイアロック式マスケット銃であるのだが、小柄の怜の背丈よりも長い。
「地道というのは得意じゃないのだが‥‥ん、復讐開始だな!」
 怜は、若年には似合わぬ不敵な笑みをうかべた。


 少し、前。
 開拓者ギルドから頭巾をかぶった少年が姿を見せた。藤丸である。
 街路を歩みつつ、藤丸は耳を澄ませた。練力により増大させた聴力により周囲の足音を拾う。どこかに夜叉シノビがひそんでいるはずであった。
 夜叉シノビに狙われた場合、生き残ることができるや否や。
 生き残る自信は藤丸にはない。が、必ず生き残る強い意志はあった。何故なら――
 かつて藤丸は弓術士であった。それがシノビになった。理由は一つ。隼人の意志を継ぐためだ。
「決めたんだ。あいつができなかったことをするって」

 何者か。
 心中に呟いたのは笠をかぶった小柄の影であった。椿である。
 ギルドに潜り込んだ秩父陣五郎の合図をうけて紅鴉を追ってはいるのだが――
 頭巾から覗く顔は彼女の知らぬものであった。鴉一族生き残りの娘達ではない。
 では一体――


 その椿の後を歩く者がいた。身形からして行商人であるようだが。しかし、その尋常ならざる様子は隠しようもない。
 顔には刀痕らしき幾つもの傷がはしっている。身体には凄まじい発条がひめられているようだ。
 蒔司(ib3233)。シノビである。
 その蒔司の瞳は昏い。それは、葬りつつあった彼の過去の瞳であった。
 かつての彼の瞳は闇と血のみを映していた。彼の所属していたシノビの世界にはそれしかなかった。
 が、いつしか蒔司の瞳には光がともった。安らぎの光が。それなのに――
 千鶴を思う時、蒔司の眼の光は消える。
 復讐の道とは、すなわち修羅の道だ。すべてを捨て去らねば、到底果てまで辿り着きはせぬ。残るものは闇と血。蒔司が拭い去ったものであった。
 千鶴の決意を理解し、手助けするにやぶさかではない。が――
 胸の奥から囁く声がする。これでいいのか、と問う声が。
「わしは」
 こたえはわからなかった。そして蒔司は椿に眼をむけた。何故か――
 蒔司は見抜いていた。椿の正体を。通常人たろうとする椿の足音には微妙な違和感があったのである。
 が――

 ニンマリ、と口を歪めた者がいる。
 浅黒い肌の若者。眼には野生の光。手には銃を携えていた。香炉銀之丞である。
 奴が小四郎を斃した開拓者の一人か。
 銀之丞の視線は一人の男に据えられていた。蒔司に。


 板の破れ目から差し込む光のため、内部はそれほど暗くはない。
 堂。前回、千鶴が開拓者を呼び足した寺の境内にあるものだ。
 その堂の中には八つの人影かあった。
 一つは無論紅鴉に扮した藤丸である。残る七人は開拓者であり、藤丸の前に座していた。その七人の開拓者であるが。
 顔ぶれは夕凪、葵、蒔司、グリムバルド、カルロス、怜。そして塚原内膳――ギルドにおいてカルロスに眼をつけられていた男であった。
 小四郎の例もある。またも夜叉、もしくは葉隠かとカルロスは疑った。が、その正体を知る術はない。
 黙したままの藤丸に、じれたかのように内膳が口を開いた。
「お前が紅鴉か。ならば依頼の内容を聞かせてもらおう」
「それは」
 藤丸は口ごもった。夜叉一族壊滅という目的を、まさか正体の知れぬ内膳に明かすわけにはいかない。
 藤丸はちらっと仲間に眼をむけた。夕凪が戸を少し開いた。外の音を捉えやすくするためである。そして葵も動いた。
「心配はいらんでぇ。我、死すれども屈せず。我が蒼穹の誓い、理非によりて揺らぐ事なし。な」
 この日、二度目の言葉を葵は発した。一度目は寺に着いた時である。
 その言葉こそ聖言。ある種の呪文生成器であり、発言者に精霊力をおびさせるのであった。
 葵はニヤリとした。すでに夜叉シノビ遊撃に対する備えはできている。事前に寺の戸を代え、天上裏には逃げられぬよう撒菱をまいてあった。
 藤丸は肯いた。
「依頼内容は復讐だよ」
「復讐?」
 内膳の眼がきらりと光った。
「標的は誰だ?」
「それは」
 再び藤丸は口ごもった。
 この寺に来たのは夜叉シノビを誘き出すためである。が、夜叉シノビの襲撃は未だない。
 藤丸の当惑をよそに、蒔司はじっと眼を閉じていた。椿の尾行を中止し、開拓者として堂に入ったものの、彼の耳は椿の鼓動や息遣いをとらえたままであった。椿に動く気配はない。
 蒔司は心中に呻いていた。
 何を‥‥何をやっているんだ。夜叉シノビよ。


 寺に襲撃をかける気は椿にはなかった。
 理由は二つ。
 寺には数名の開拓者がいる。そこにたった一人で襲撃をかけたとて意味はない。
 もう一つは紅鴉にあった。
 その顔を椿は知らない。ということは鴉一族の娘達ではないということだ。
 ならば何者か。鴉という名は単なる偶然であるのか。それがわからぬうちは迂闊な行動はとれなかった。
 と――
 堂の戸が開いた。中から開拓者達が姿を見せる。しばらく境内にとどまっていたが、やがて一人去り、二人去り――。
 開拓者達の姿がすべて消えた後、ようやく紅鴉が姿を見せた。不安げに周囲を見回す。それから紅鴉もまた寺から立ち去っていった。
 それを見定め、ゆるりと椿は動き出した。


「待て」
 呼びとめられ、藤丸は足をとめた。振り返る。
「お前は」
「俺だ」
 呼び止めた主はこたえた。青白く痩せた顔の男。塚原内膳だ。
「何の用だ」
 藤丸は問うた。その顔に驚きの色はない。尾行者の存在は耳で察知していた。
「訊きたいことがある。復讐の標的のことだ」
「それは今はまだ話せないといったはずだ」
「いえぬか」
 内膳――秩父陣五郎の眼が黄色く底光った。
「では身体に訊くしかないのう」
 陣五郎の足がはねあがった。苦無を手に、藤丸が跳び退る。次の瞬間、凄まじい衝撃が藤丸の腹を襲った。
 たまらず藤丸は身を折った。肋骨が数本砕かれている。
「こんな」
 信じられぬものを見るように藤丸は眼を見開いた。陣五郎との間合いは開けたはずである。が、陣五郎の岩をも砕く蹴りは確かに藤丸に届いていた。
「忍法、肉鞭」
 陣五郎はニタリと笑った。
 驚くべし。陣五郎は間接をはずし、自在に手足をのばしうるシノビなのであった。のみならず、その一撃は鉄壁すら穿つ威力をもっている。
「ふふふ。息だけはさせておいてやるが。――吐いてもらうぞ。貴様が何者なのかをな」
 再び陣五郎の足が唸りをあげた。瞬間、何かが疾った。漆黒の颶風と化した何者か。
 その何者かから白光が噴いた。刃光だ。
 陣五郎は横に飛んだ。が、刃はさらに迅く――
 呻く声は刃の主――蒔司からあがった。彼のふるう刃は空をうち、その足を針が貫いていた。
「おのれっ」
 蒔司は歯噛みした。「裏術・鉄血針」の主はわかっている。彼が後を尾行していた椿であった。
 何故蒔司がここにいるか。
 寺より開拓者達は去った。紅鴉との会談が終われば当然のことであり、夜叉シノビに疑われぬためにはそうするしかなかった。
 が、蒔司のみ別に動いた。それは彼が椿の位置を掴んでいたこともあるが、何より藤丸の警護者の任を負っていたためである。
「馬鹿め」
 陣五郎が身を捻った。さらに破壊力を増した蹴りが蒔司の頭部を襲う。まともに喰らえば頭部は熟れた果物のように粉砕されてしまうだろう。
 轟、と。
 砲声が轟き、陣五郎の身体が吹き飛ばされた。胸から鮮血がしぶいている。
「陣五郎殿!」
 椿が絶叫をあげた。それに対し、逃げよ、と陣五郎は叫び返した。同時にその眼は弾道を追い、狙撃者の位置を特定している。そこに――
 怜は、いた。
 銃をかまえる。すでに装填をすませてあった。
 精霊力展開。怜の瞳に呪的に描かれた十字照準が現れる。
 が――
 怜の視界が塞がれた。陣五郎から発せられた煙幕によって。
「逃がさないのだよ」
 怜の指がトリガーをひいた。
 一瞬後、重なるように銃声が響いた。


 わずか前のことである。
 一人の男がすうと銃を持ち上げた。銀之丞である。彼が狙っているのは怜であった。
「ふふふ。夜叉一族をなめるなよ」
 銀之丞はトリガーにかけた指先に力を込め――はっとして振り向いた。凄絶の殺気を感得した故だ。
 銀之丞の眼は、彼にむけられた一つの銃口を見出した。銃の持ち主は一人の娘であった。
 薔薇色に輝く鮮やかな髪。金色の神秘的な瞳。流麗な相貌で、駿馬のようなしなやかな肢体の持ち主だ。
 彼女の名はルー(ib4431)。八人めの開拓者であったが。
 ルーは今までどうしていたか。
 彼女は第二の尾行者として潜んでいたのである。そして彼女は銀之丞の存在に気づき、今まで隠れていたのであった。
「ふんっ」
 銀之丞がルーの銃を自身の銃ではじいた。同時にトリガーをひき――ルーの手が銀之丞の銃を上にはねあげた。一瞬遅れて銃が火を噴く。
「私は」
 ルーは再び銃を銀之丞の胸にポイント。が、銀之丞がまたもやはじく。一瞬後、再装填。今度は銀之丞がルーの胸をポイントした。
「傭兵に売られたけれど、その果てに自分を得た」
 ルーの手が銀之丞の銃をうった。銃口をそらせる。そして自身のそれを銀之丞にむけた。
「やりぬけば見えるはず」
「貴様、何をいっている?」
 銀之丞の顔に恐怖と不審の色が広がった。対するルーの金色の瞳がギンッと光った。
「私はルーだ」
 トリガーをひいた。


「二人、逃がしたようだねえ」
 陣五郎と銀之丞の骸を見下ろし、夕凪は唇を噛み締めた。さすがのグリムバルドもいつもの不敵な笑みはない。
 彼らは夜叉を殲滅するつもりであった。が、事実は取り逃がし、のみならずこちらの敵対行動を知られてしまった。
 と、気づけば葵がしゃがみこんでいる。陣五郎の手に一枚の葉を握らせていた。
「さあて。夜叉がどう読み解くか。見ものやで」
 葵は眼を眇めた。それは獲物を狙う獣の眼であった。

 後日のことだ。
 千鶴のもとに荷が届けられた。甕である。添えられた書状には復讐の証と記されてあった。
 中を覗き込んで、千鶴は息をひいた。中には二つの心臓がおさめられていたのである。
「カルロス‥‥」
 送り主の名は記されていなかったが、誰の仕業であるのかは明白であった。
 そして千鶴は悟った。カルロスの意志を。
 カルロスは挑戦している。これでも復讐の道を歩む覚悟はあるのか、と。
「わたしは‥‥負けない」
 千鶴は甕から血を指ですくいとると、紙片に夜叉二人と記した。