|
■オープニング本文 前回のリプレイを見る ● 「……開拓者め」 ぎりぎりと軋るような声が闇にながれた。それは掠れた男のもので。 男は砂を噛むような声で続けた。 「ようも夜叉の里にまで」 「馬鹿め」 叱咤する声は、しかし依然として冷淡であった。男であるのか女であるのか、若いのか老齢であるのか判然とせぬ声。夜叉一族頭領、夜叉骸鬼のものである。 「何を今更。すべてはうぬらの油断がよんだこと。もはや残る夜叉シノビは我を除いて十忍。このまま座しておっても手足をもがれた蜘蛛の如くとなろう。ここで一気にかたをつける」 「かたを……つける? どのように、でござりまするか?」 「こちらから討ってでる」 「こちらから!?」 別の声が響いた。肯く気配。 「そうだ。こちらからじゃ。開拓者どものおおよその顔ぶれは判明しておる。一忍一殺。十忍でかかり、開拓者どもを始末する」 「しかしながら」 先ほどの声が反駁した。 「開拓者と申す者、所詮は雇われ者でござります。雇い主たる服部真姫を始末せぬ限り、いくら開拓者を始末しようとも蜥蜴の尾の如く、彼奴ら次々と我らの前に立ちはだかるのは必定」 「左様かな」 ふふふ、と含み笑う夜叉骸鬼の声がした。 「夜叉を敵とした開拓者が皆殺しとなればどうなるか。さすがに後に続く者はおるまい。たとえおったとしても片手にあまるほどの数であろう。それでは夜叉の敵にはなりえぬ」 「なるほど」 「面白うござる。そのお言葉、待っておりもうした」 楽しげに笑う声。それへ慰撫するように、 「それほど開拓者を殺したいか。よかろう。さあ、ゆけ。夜叉十忍衆よ。狙うう開拓者の首ひとつ」 夜叉骸鬼が命じた。一瞬後、ふたつの気配が消えた。 ● そこは、ある女開拓者の住まいであった。 その住まいの戸が開き、一人の少女が姿をみせた。 美しい少女である。が、その半顔は無残に焼け爛れていた。 その少女を、住まいの中から幾つかの眼が見送っていた。そこには限りない愛情と優しさ、そして不安が滲んでいる。 魂すら凍らせてしまっていた少女。が、その魂を凍てつかせていた氷には亀裂が入っている。 「千鶴。休んでいていいんだよ」 住まいの中からの声。が、千鶴は首をふると井戸から水をくんだ。口から白い息をもらしながら住まいの中に運び込む。 料理は得意であった。女開拓者より、よほど腕がいい。 出来上がった朝餉を食卓に運ぶ。黙したまま口に。 開拓者達も口をつけた。一人の開拓者が眼を丸くした。 「これは……美味い」 心底から驚いた様子で開拓者は唸った。すると千鶴の表情がわずかにゆがんだ。 何て声を出せばいいのか、よくわからなかった。代わりに涙が出た。 「……あの娘は大丈夫だ。もう私が依頼を出す必要はなかろう」 女開拓者の住まいを見下ろす巨木の枝の上。秀麗な美貌の娘がいった。――服部真姫(iz0238)である。 わかった、という声は枝葉の中からした。姿も気配もない。 「好きにしろ、服部。我ら葉隠は結末を見届けることとする」 声は、そう告げた。 |
■参加者一覧
大蔵南洋(ia1246)
25歳・男・サ
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
亘 夕凪(ia8154)
28歳・女・シ
グリムバルド(ib0608)
18歳・男・騎
レイス(ib1763)
18歳・男・泰
藤丸(ib3128)
10歳・男・シ
蒔司(ib3233)
33歳・男・シ
カルロス・ヴァザーリ(ib3473)
42歳・男・サ
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲
夜辻・十字郎(ic0022)
26歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ● 「本当!」 喜色に満面を輝かせ、一人の少年が振り向いた。柴犬の神威人。藤丸(ib3128)だ。 「そうじゃ。快気祝いに宴会をするらしい」 こたえたのはうすぼんやりとした男だ。が、只者ではない。証は身体中にはしる無数の刀痕だ。これは蒔司(ib3233)であった。 と、藤丸がしゅんと顔を曇らせた。 「俺のこと、千鶴は裏切り者だと思ってる。その俺を見ると、また千鶴は――」 「おまんはいかにゃあならん」 蒔司はいった。静かな、しかし強い声で。そして苦笑をうかべた。 恐いのは蒔司も同じであった。死地をくぐりぬける時でも、このように慎重になったことはない。 「やっぱりちゃんと想いは伝えねばならんと思うのじゃ。隼人のためにも、の」 「隼人の――」 藤丸の脳裏に隼人の面影がうかんだ。その少年の遺志を継ぐため、藤丸はシノビとなったのである。 藤丸は大きく肯いた。 ● 「小娘が正気を取り戻したか」 木枯らしが哭くような声で嘲笑ったのは、底なしに昏い眼をした男であった。名はカルロス・ヴァザーリ(ib3473)という。 「ならば…そこにいるのだろう、葉隠の小僧。小娘は人生を賭け、操を捨てて復讐を成し遂げようとしたが…うぬはどうだ」 ふん、と。嘲弄するようにカルロスは鼻で笑った。 大通りをしばらく歩くと、やがてカルロスは辻をまがった。さらに、さらに。 裏路地。 カルロスは足をとめた。かすかな物音をとらえたからだ。 背後。 ニヤリとしてカルロスは振りかえった。 丸い顔の男が一人。矢に貫かれた手をだらりとさげている。 「さすがは夜叉。罠ごときでは始末できんか」 「恐ろしい奴。シノビの俺に罠を仕掛けるとは‥‥が」 男がニンマリした。素早く印を結ぶ。 次の瞬間、地より炎がたちのぼり、カルロスの身体を包み込んだ。男が哄笑をあげる。 「くははは。骨まで焼き尽くしてくれる!」 「やってみろ」 ぬっ、と。炎の柱を割ってカルロスが姿を見せた。衣服は焼け焦げ、顔は爛れてしまっている。いくら不動にて損傷を抑えているとはいえ、その執念は只事ではなかった。 「楽しませてくれた。礼をいうぞ」 悪鬼の形相をうかべたカルロスの刃が男の胸を貫いた。一度えぐり、引き抜く。噴く鮮血にまみれ、カルロスは倒れ伏した。 ● 「これくらいでいいでしょうかね」 風呂敷包みを持ち上げてみせたのは、女と見紛うばかりの美形の若者であった。包みの中は大根や豆腐などの鍋料理の材料で。レイス(ib1763)である。 レイスは歩き出した。猫族の忍びかな足取りで。 突如、レイスは横に飛んだ。同時に同じ年頃の若者もまた。 あっ、と通行人達が声をあげた。レイスの胸の辺りの衣服が鮮血で赤く染まっていたからだ。そして若者の手には血濡れた長大な針が握られていた。 そう、若者は夜叉シノビであった。名は結城孫九郎。その暗殺術により、彼は標的に襲撃されたことも知覚させず、これまで幾多の命を奪ってきた。が―― 孫九郎は舌を巻いていた。レイスは彼の必殺の一撃をはずしてのけている。 「ちっ」 孫九郎は背を返した。 迷いは一瞬。レイスは一瞬で距離を詰めた。 次の瞬間だ。孫九郎がよろめいた。眼を閉じ、耳から血を流して。 驚くべし。レイスは瞬時に三度の攻撃を孫九郎の身体に叩き込んでいたのである。眼に拳をぶち込み、しかる後掌底で孫九郎の両耳をはたき、鼓膜を破ったのであった。 「あなた達が夜叉なら僕は亡霊……触れ得ぬ者は取り殺すだけです」 レイスが襲った。拳を孫九郎の喉仏に突き刺し――いや、寸前でとまった。 「ど、毒ですか」 苦く笑い、レイスはがくりと膝を折った。 ● 「ふん、ふん、ふん」 鼻歌を口ずさみながら駆ける少年の姿があった。綺麗な顔立ちはまるで人形のよう。叢雲怜(ib5488)であった。 「千鶴姉、元気になってよかったのだぜ」 天真爛漫に怜は笑った。 と―― ぴたりと怜は足をとめた。振り返る。 夕闇が迫る頃。背後に人影はない。 瞬間、何かが空に舞った。それが人間であると見とめるより早く、怜は後方に飛んだ。板塀に背をうちつける。背後からの襲撃を避けるためだ。 「間合いが狙撃じゃなくても…俺、負けないのだぜ!」 怜の両手に突如二丁の短銃が現出した。まるで魔法のような手並みである。 あっ、と愕然たる声が発せられたのは、しかし怜の口からであった。 迫る人影。獣の疾走速度をもつそれの姿が二重にぶれているからだ。 「くっ」 怜はトリガーをひいた。が、必殺の威力を秘めた弾丸は空しく襲撃者の背後に飛びすぎていった。 「死ね」 襲撃者――細身の男の手刀が怜の右手を払った。わずかに遅れて足をはねあげる。 「くう」 怜が男の脚めがけて左手をうちおろした。同時に払われた右の銃口を再び男の顔面にポイント。が、怜の指がトリガーを引くより早く男が掌底で怜の手をはねあげた。轟音が空にまきちらされる。 男の身が反転した。その手の刃が怜の胸に突き刺さる。 ずるずると塀に血の筋をひいて崩折れた怜を見下ろし、男はニンマリした。 「とどめだ」 「させるか、なのだ」 怜が男を睨みつけた。 刹那、光が炸裂した。呻きつつ、男が飛び退る。光のために視力が奪われていた。 その時だ。悲鳴があがった。 ちっ、と舌打ちすると、よろめきつつ男は走り去っていった。 「千鶴……姉ちゃんの手料理……食べてみたかっ」 怜の手から短銃が落ちた。 ● その住まいは決して立派なものではなかった。が、住まう人の人柄か、良く手入れがされており、ひどく居心地がいい。 主である無骨そうな若者は酒宴の支度に余念がなかった。あえて少女は同居人である女開拓者に任せている。 若者は名を大蔵南洋(ia1246)といい、少女は名を千鶴、女開拓者は名を亘夕凪(ia8154)といった。 それは今朝のことである。 朝餉の後、何気ないふうに夕凪が声をかけた。 「髪を結い直してあげるよ」 こくん、と小さく千鶴が肯いた。そして幾許か。 「綺麗な髪だね」 夕凪は髪を梳き始めた。 「私の事、怖いかい?」 雪片を包み込むような声音で夕凪が問うた。すると千鶴は小さく首を振った。そうか、と夕凪は息をもらし、ならば聞いてもらいたいことがある、と告げた。 それは千鶴と開拓者の間にできた亀裂のことだ。それは心のすれ違に過ぎなかったのであるが、結果として千鶴を傷つけてしまった。 「許せとはいえないけれど、せめて隼人が憧れ同じ道をと望んだ開拓者達を……彼等は厭わないでやっとくれな」 夕凪はいった。千鶴はこたえない。夕凪は続けた。 「思い出させたくないのも本音だが……今、互いに共に越えなけりゃならない。ゆっくりでいいから。叶う事ならば、傍で笑って、私達に力を分けておくれな?」 やはり千鶴はこたえない。ただ、膝においた千鶴の手に力が込められたことを夕凪は見てとった。 千鶴の髪に、すうと夕凪は簪をさした。 「さ、花の出来上がりだ」 ● 夕闇が辺りを包む頃、三人の開拓者が南洋の住まいを訪れた。 いうまでもなく二人は藤丸と蒔司である。そして残る一人はグリムバルド(ib0608)であった。 「遅くなっちまったな」 グリムバルドは快活に笑うと、かいがいしく鍋料理の準備をしている千鶴を見た。 「ごめんな、千鶴。もっと上手くやれてたら、お前がこんな風にならなくても済んだろうにな。俺は馬鹿だから、千鶴にとって今は何が一番良いのかとかよく分からんけど…千鶴がまた笑えるようになるまで、頑張るぜ」 柔らかな、温かい時。それは決して鍋のせいばかりではあるまい。 ほぼ鍋が空になった頃。蒔司が千鶴と呼びかけた。 「隼人の話を、してもええやろか?」 問う。 「千鶴が聞きとうないんやったら、耳塞いでくれて構わんきに」 前置きし、蒔司は続けた。 「…会うたばかりの隼人は、ホンマ触れなば斬らんと言わんばかりの目ぇしとった。それでもな、いうてくれたんや。誰かのために戦いたい。だから――開拓者になる、とな。復讐のみ望んどった隼人が、自分以外の者の為に力を尽くしたいと…そんな未来の隼人を、ワシも見たかったよ」 声を途切れさせ、蒔司はぎりと歯を噛んだ。が、すぐに胸にためていた息をぬき、蒔司は千鶴の焼け爛れた顔を見つめた。 「夜叉を滅したとて、癒される事のない傷は残ろう。喪った者が還る事も無い。だがワシの悲願は変わらん。その為に、夜叉の根絶が必要ならば躊躇わぬ。越えてくれ、千鶴。例えどんな結末でも生き続けてくれ…」 告げた。とつとつとした口調であるが、それには蒔司の魂の震えが込められている。 と、千鶴が蒔司を見返した。強張った顔で。 「……私、微笑ってるんです」 「千鶴。ごめんな」 藤丸の肩が震えた。 ● 「いるのでしょう」 振り上げていた剣をとめ、ちらりと振り向いたのは人間ではなかった。 有角の戦闘種族。修羅である。名は夜辻十字郎(ic0022)といった。 一瞬だが十字郎は殺気を感得した。思い当たることはある。夜叉だ。 ――って、滅茶苦茶納得いかねぇ。 十字郎は内心ごちた。 「襲撃者の方。前回の件かと思いますが、あの時は私も事情がありましてね。和平交渉の為の形式上の護衛だったのですが、結果は訳もわからずに壁役にされただけでした。取引という訳ではありませんが、秋桜(ia2482)という厄介な女を此処に呼び出し、襲撃の御膳立てをします。如何です?」 提案した。のほほんとして。 待つことしばし。こたえは、ない。が、それ自体が一つのこたえであった。 闇が墨の如く地を塗りこめた頃。 歩む二つの人影があった。一つは十字郎のものであり、もう一つは秋桜である。 「十字郎さん。珍しい酒がある静かな場所まではまだかかるのですか?」 秋桜が問うた。すると十字郎は、いや、とこたえた。 「どうやらここまでのようです」 刹那だ。無数の獣の遠吠えに似た音が響いた。 咄嗟に十字郎は盾をかざした。秋桜は後方に跳ぶ。 幾つもの澄んだ音が重なった。地に落ちたのは数本の手裏剣である。 ふわりと降り立った秋桜の手には血濡れた手裏剣が二本。手練れの開拓者である彼女ですらも全ての手裏剣をかわすのは不可能であったのだ。 が、この場合、秋桜は猫のようにニッと笑った。 「薄々は、こうなる事も感付いてはいましたけどね〜…。十字郎さん、まさか貴方に誘い出されるとは思いませんでしたよ〜」 「いえいえ、誘い出したのは相手の方でして」 十字郎は闇の奥に視線を据えると、 「どうせ私を見逃す気など無いのでしょう」 「おのれっ」 闇の奥から再び幾つもの殺気の細片が噴出した。同時に二つの人影が闇の宙に舞う。 「夜叉忍法、時雨剣!」 「ちいぃぃぃ」 十字郎が盾で飛来する手裏剣を叩き落した。が、全てを防ぐことは不可能だ。数本の手裏剣が十字郎の身体を突き刺し、あるいは切り刻む。 その時、十字郎の肩を蹴り、何かが空に躍りあがった。蝙蝠の羽の如きものを翻らせて。 覗く身体は水着のみのほぼ裸身。秋桜だ。 数瞬後、地に二人の男が叩きつけられた。 夜叉シノビ。一人はすでに息絶え、もう一人は脇腹をおさえている。 「まさか……夜か」 呻きつつ、脇腹をおさえた男が跳び退った。夜とは陰殻に伝わる最高忍術の一つである。 その時、男の足元から煙が噴き上がった。 煙遁。 秋桜が気づいた時、すでに男の姿のみならず、気配も消え去っていた。 ● 戸が開き、凍てついた夜気の中に四人の男が姿をみせた。ゆっくりと夜道を歩み出す。 やがて四人は辻まで辿り着いた。 「レイスと怜が来なかった。おかしい。気をつけろ」 いいおくと、南洋は背を返した。 少し酔ったようだ。 夕凪は土間におりたった。甕の中の水で喉を潤す。と―― 夕凪の手が腰の魔刀――天津甕星にのびた。 結果として、この日藤丸と蒔司が襲われることはなかった。しかしグリムバルドは違った。 ニヤリとするとグリムバルドは足をとめた。闇の草原の只中で。 「ここなら誰にも迷惑がかからないだろう。さあ、始めようぜ」 南洋は足をとめた。前方に立ちはだかる人影が一つある。 「夜叉、よな」 「玉虫兵庫」 人影――兵庫の口が嘲りの形にゆがんだ。 ● 白光がはしった。 咄嗟に夕凪は抜刀した。頭上から振り下ろされる刃をはじく。 次の瞬間、男が夕凪の背後に降り立った。夕凪を抱くようにして再び跳躍。関節をきめられた夕凪は身動きもならない。 鈍い音とともに夕凪は頭を床に叩きつけられた。とどめを刺すべく男が殺到する。 あっ、と呻く声は男の口からあがった。男の顔面で粉が飛び散ったからだ。夕凪手作りの目潰しである。 「くそっ」 男が外によろけ出た。顔をゆがめつつ、夕凪が半身を起こす。その満面は血笑に彩られていた。 「夜叉相手に正々堂々とやる事ぁない。卑怯も手数さ」 夜目にも白く鮮やかな、それは美少年であった。まるで誘うようにニィと笑う。 と、その妖艶な姿がすうと闇に溶けはじめた。 「ぬっ」 グリムバルドは盾をかまえた。美少年の姿が完全に闇に消えてしまったからだ。さらには気配も。 グリムバルドは彫像と化して佇んだ。それが最良の対処方法であることを彼の卓越した戦闘本能が告げている。 どれほど時が流れたか。突如、鳥が羽ばたいた。 刹那である。グリムバルドの足元から少年が空に後方の闇から何かが宙に舞い上がった。振り向きざま疾らせたグリムバルドの槍が半月の如き光の弧を描く。 美少年が地におりたった。と―― つつう、と血の糸が額から滴り落ちた。妖艶な笑みを顔にはりつけたまま、どうと美少年が倒れ伏した。 ふう、と重い息をはき、グリムバルドは胸につきたった苦無をぐいと抜いた。身を硬質化していなければどうなっていたことか。 「これで残る夜叉は九忍」 グルムバルドは指を一つ折った。 カマイタチにも似た風が舞う。南洋の刃が生み出したものだ。 その悉くを、しかし兵庫はかわした。獣のものに似た奇妙な動きで。 南洋の眼がぎらりと光った。 「迅い。が、逃げるだけでは俺には勝てぬ」 「ならば」 兵庫が間合いを詰めた。何でその接近を南洋が見逃そう。 南洋の一刀が縦一文字に振りおろされた。その一撃を、しかし兵庫は刃で受けた。が、受けるだけで渾身の業だ。噛み合った刃をささえたまま、兵庫はじりじりと後退した。 南洋の顔に憫笑がよぎった。 「よく受けた。が、俺の剣を二度かわすことはできぬ」 「そうかな」 兵庫がきゅうと笑った。次の瞬間、何かが南洋の喉を貫いた。 「夜叉忍法、肉槍」 口から黒血をふいて倒れた南洋を見下ろし、兵庫は刃をふりかぶった。 その時だ。南洋の手が閃いた。飛んだのは目潰しであった。 「おのれ」 兵庫は呻いた。ふふふ、と南洋は嘲笑をなげる。それは夜叉に対する宣戦布告であった。 「うぬらの頭、確か名は夜叉骸鬼といったな。伝えておけ。必ずうぬの首は我ら開拓者がとる、と」 |