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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ● 闇の中にぼうと白いものが浮かびあがった。 顔だ。 少女のもの。見る者の肌が粟立つほど美しい。 切れ長の眼。瞳は夜の色に煌いている。そして細く、高い鼻梁。髪は艶やかに黒く、腰のあたりまでのびていた。 少女は薄物をまとっていた。それがわかるのは、少女の肌が月光のように青白いからで。陽光の差さぬ世界に住む生き物が、もしかするとこのような肌の色をもっているかもしれない。 薄物からは少女の肢体が透けて見えていた。華奢であるが、乳房は豊かであった。 「瑞紀」 少女が呼んだ。異様なほど紅い唇が動く。 はい、と答える声は少女の下からした。 四つん這いになった娘がいた。少女は、その娘の上に腰掛けているのであった。 「愛する男に逢わせてあげるわ」 少女が笑った。朱唇から覗いた犬歯は刃のように尖っていた。 ● その日、神楽の都にある開拓者ギルドを一人の男が訪れた。 年齢は三十ほど。身形からして猟師であろうか。眠そうな眼をしていた。 「依頼でございますか」 ギルドの受付の者が問うと、男は、どこか人形めいた仕草で首をふった。そして告げた。 「朱羅様の使いできた」 「朱羅だと」 一人の男が立ち上がった。やつれた相貌の若者だ。 若者が男の胸倉を掴んだ。縊り殺しかねぬ勢いだが、男に反応はない。それがかえって不気味であった。 男は続けた。 「瑞紀を返してほしくば慈童塔に来い」 「慈童塔だと」 若者は慈童塔を知っていた。慈童寺に近い森の中にある塔だ。 朱羅とは慈童寺を滅ぼした吸血鬼のアヤカシであった。恐るべき戦闘力をもっている。只で瑞紀を返すとは思えなかった。が―― 「俺はゆく」 若者は叫んだ。その若者の名は駿太郎といった。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
煌夜(ia9065)
24歳・女・志
尾上 葵(ib0143)
22歳・男・騎
カルロス・ヴァザーリ(ib3473)
42歳・男・サ
桂杏(ib4111)
21歳・女・シ
ルー(ib4431)
19歳・女・志
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ● 陽光は燦々と降り注いでいる。すでに春の暖かさが滲んでいた。 慈童寺に近いその森も、日の光をあびて輝いてみえた。が―― 足をとめたその少女は、森の煌きの奥に悪意を感じた。毒蛇がじっと身を潜めているかのような不気味さだ。 「朱羅」 少女は呟いた。声が掠れているのは、抑えても抑えきれぬ憤怒の情が込められているからだ。 十七ほどにみえるその少女は名を秋桜(ia2482)といった。が、その身から放散される殺気の凄絶さはどうであろうか。とても若年の少女のものとは思えない。 「人を操り、尊厳を踏みにじって手駒とし、下卑た顔で嘲り笑う。私の最も忌み嫌う手口ですね」 「私も許せない」 静かな、しかし決然たる声音を発したのは秋桜と同じ年頃に見える娘であった。ややピンク色の紅色の髪が美しく、生真面目そうな金色の瞳をもっている。 ルー(ib4431)。オーガとも恐れられた角無しの一角馬の神威人は怒りに震える声で続けた。 「駿太郎の帰るべき場所を奪って、次は喜びを分かち合うべき人を奪おうとするなんて。孤独になるべき人なんていない」 「そうかな」 嘲弄の響きのまじった声が響いた。 ちらりと眼をむけたルーの視線の先、一人の男が寂然と佇んでいる。 四十歳ほど。しなやかな肢体は抜き身の刃のように静まっている。 カルロス・ヴァザーリ(ib3473)という名の、その竜の神威人をルーは知っていた。先日もジルベリアで同じ依頼を受けた間柄だ。 とはいえルーは親近感など覚えたことはない。見つめるものがまるで違うからだ。 ルーの見つめるものは光であり、希望であった。が、カルロスの見つめるものは闇であった。絶望であった。 その事実にカルロスも気づいている。ルーが己とは相反する存在であることに。 だから嘲笑する。今も―― 「孤独になるべき人はいないといったな。甘いな小娘。人は、元々孤独なものなんだよ」 「だからこそ温もりが必要なのではないのか」 「何だと」 カルロスが振り向いた。そこに立っていたのは二十歳そこそこに見える若者だ。衣服の上からでもわかる鍛え抜かれた体躯の持ち主で、真っ直ぐな眼差しが特徴的であった。 怒気に、カルロスの眼がすうと細められた。 「羅喉丸(ia0347)とかいったな」 「ああ」 羅喉丸は肯くと、 「カルロス殿。貴方も温もりが欲しいと思ったことがあるはずだ。人は誰かを愛する為に寂しさを抱いて生まれてきたのだから」 「笑わせるな」 カルロスはせせら笑った。その身裡に殺気が膨れ上がる。 かつてカルロスも人を愛したことがあった。が、それは遠い想い出にしかすぎない。今、彼の胸をしめているのは限りない虚無であった。 「小僧。お前に教えてやろう。俺が寂しさを抱いて生まれてきたというなら、その理由を。それは」 カルロスの手がゆるりと腰の刀にのびた。羅喉丸を毀してやるつもりであった。と―― カルロスの手を別のそれがおさえた。カルロスほどの男に気配を感じさせぬ、それはあまりにも迅速な手際で。 「そこまでよ」 手の主がニヤリと笑った。 女だ。銀髪碧眼の、ジルベリアの者らしく美しい顔立ちをしている。ただ、その笑みには猛獣めいた凄みがあった。 女――煌夜(ia9065)は首を小さく振ると、 「それ以上やると、私もこいつを抜かなければならなくなるわ」 煌夜の右手が腰の刀の柄にかかっている。 「面倒臭いわねえ」 一人の少女が唇をゆがめた。 十代半ばほどか。可憐にみえるが、その眼の光の凄艶さは若年の者とは思えない。 「ただでさえ朱羅なんていう厄介なのが相手だというのに」 くすりと笑う。この場合、笑うことのできる少女の神経こそアヤカシに近いものではなかろうか。 少女――リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)という開拓者の場合、その比喩があながち的外れではなかった。 まるで魔法少女のような外見をしているが、リーゼロッテの実年齢は二十四なのである。それを彼女は十四ほどに見せていた。 妖異なる者、汝こそ呪われてあれ。 不老不死を求める魔女。それが、すなわちリーゼロッテなのであった。 ● 「これが慈童塔か」 荒い息をつきつつ、羅喉丸が見上げた。 それは何時の時代に建立されたものかわからぬほどに古い三重の塔であった。朱羅が指定したものである。 「ゆくぞ」 羅喉丸が足を踏み出した。ややふらつく。 その身はすでに満身創痍であった。森の中ですでに吸血鬼による襲撃を受けていたのだ。 仲間に練力を使わせぬようにした結果である。梵露丸のおかげで練気は尽きてはいないが、体力はその限りではない。 「まだだ、希望が一筋さえあるというのなら、俺は足掻く」 羅喉丸はさらに足を進めた。肉が裂け、骨が軋もうとも。それが誰かを支える道であるなら。 その時―― 「上!」 一人の少女が叫んだ。大人しげな、地味な印象の娘だ。 刹那、塔の一階屋根の上から何かが飛んだ。三つの影。ましらのような身軽さである。 それは吸血鬼であった。かつての村人の面影を残してはいるものの、眼は血色にぬめ光り、口からは鋭く尖った乱杭歯を覗かせている。 「またか」 羅喉丸が動いた。疾駆しつつ、瞬間的に練気を練り上げる。高濃度の熱量の蛇と化したそれを経絡にそって循環、掌に集めた。 「ふんっ!」 羅喉丸が掌を突き出した。煌、とした光が噴出する。強大な破壊力を秘めた練気塊であった。 さすがの吸血鬼もこれにはたまらず吹き飛んだ。高次の熱量にまで高められた練気により瘴気の呪的結合が分解。吸血鬼の腕が消滅した。 「やるわね」 くくっ、と笑うと、リーゼロッテは符を飛ばした。同時に鍵となる呪文を詠唱。符の呪的結界が解かれ、封印されていた呪が再構築される。すなわち式へと。 空を疾ったそれは漆黒の蛇のように見えた。吸血鬼の手を手をかいくぐり、式が喉下に噛み付いた。そのままずぶりと肉体内に潜り込んでいく。 吸血鬼が苦悶した。恐るべきことにリーゼロッテの放つ式は肉体ではなく、その魂や瘴気を喰らうのであった。 その時、残る一体が襲撃を知らせた娘に襲いかかった。鋼の硬度をもった爪が疾る。 澄んだ音を響かせ、娘が刀で吸血鬼の爪を受け止めた。日の光を浴びて能力が弱まっているとはいえ、吸血鬼の戦闘力は常人のそれを遥かに上回っている。その一撃を受け止めえる娘の力もまた常人の範疇を超えるものであった。 「邪魔するな!」 絶叫が響き、吸血鬼の胸が爆散した。獣の怒号を発し、吸血鬼が振り返った。 「駿‥‥太郎。わしに手をかけるか」 吸血鬼が牙をむいた。それは老人であった。幼い頃、駿太郎がよく遊んでもらった―― 「お願いだ。邪魔しないでくれよ、源蔵じいちゃん」 駿太郎の掌が真紅に光った。次の瞬間、老人の顔が消滅した。 「くそっ」 駿太郎が歯を軋らせた。 かつて見知った人をどれだけ手にかけたか。これ以上続けていたら気がおかしくなりそうであった。 反射的に走り出そうとした駿太郎の手を、その時、がっしと掴んだ者がいる。女と見紛うばかりに美しい男だ。 「早まるんやない、駿太郎」 男――尾上葵(ib0143)が警告した。兄とも慕うその言葉に、さすがに駿太郎は足をとめたが、その顔に滲むどす黒い焦りの色は隠せない。 「尾上さん」 ひそやかに囁いた者がいる。先ほどの娘――桂杏(ib4111)であった。 何や、と葵が問うた。 「朱羅の企みについてです。朱羅は己の楽しみのため、あらゆる手段を用いて駿太郎様を追いこんでくる。そんな気がしてならないのです」 「いうことはよう分かる」 葵の切れ長の眼がきらりと光った。 「あいつは、面白い遊びゆうてたからな。駿太郎が、瑞紀とおうてからが本番かもしれへん。それはそうと頼みがある」 「頼み? 私にですか?」 「ああ。駿太郎のことや。見てみい、あの様子。このままやったら焦って何を仕出かすかわからん。頭にのぼった血を下げたってくれへんか」 「血を下げるとは」 桂杏は戸惑ったように眉をひそめた。すると葵は桂杏の耳元に口を寄せて何事か囁いた。 次の瞬間である。桂杏の満面が朱に染まった。が、困惑の態は一時であった。 桂杏は歩み寄ると、駿太郎の手をとった。そして自身の柔らかな胸に押し付けた。 「なっ」 驚倒し、駿太郎は手をひいた。が、桂杏はさらに胸に駿太郎の手をおしつけると、わかりますか、と問うた。 「これが私の鼓動です。怖くて、でも瑞紀さんのことが心配で、早鐘のように鳴っています。貴方と同じように」 「俺‥‥と?」 駿太郎は桂杏の顔を見つめた。懸命な眼で、羞恥に頬を染めている。どれほどの想いを込めてこのような行為をしてくれているのか。 「そうか。同じか」 駿太郎の顔から鬼相が消えた。 ● 桂杏が耳を澄ませた。 超常の聴覚がとらえた異変はひとつ。心臓の鼓動だ。塔の三階にある。 ふふん、とカルロスは笑った。 「どこぞで嘲笑っているのであろうが、朱羅よ。楽しませてもらうのは俺の方だ」 塔内部の右の戸に歩み寄ると、カルロスは蹴りをぶち込んだ。戸を粉砕する。続いて正面。さらに左。 陽光が塔一階部分を白く染めた。これで吸血鬼の反応速度が鈍るはずであった。 「さて、どうでるか」 カルロスは中央の階段に足をかけた。 わずかの後、二階屋根の梁に飛びついた者があった。 秋桜である。 重力を無視した身ごなしでするすると梁を伝い、秋桜は屋根に縁に取り付いた。すうと身を持ち上げる。 屋根の上に身を這わせ、秋桜は三階の閉ざされた戸を見つめた。殺意に瞳が燃える。 あそこに朱羅がひそんでいるはずだ。そして、おそらくは瑞紀も―― と、秋桜の首筋に冷気の如きものが広がった。 ● 階段を上がりきったリーゼロッテが素早く視線を巡らせた。そしてある一点でとめた。 そこにふたつの人影があった。 ひとつは優しげな顔立ちの娘だ。おそらくは瑞紀であろう。まるで人形のように表情がない。 その瑞紀に寄り添うようにして立つ玲瓏たる美少女は―― 「朱羅。久しぶりね」 「そうね」 朱羅とリーゼロッテが笑み交わした。今、相対するのは魔女と妖女である。 と、魔女が哀しげに肩を竦めてみせた。 「あなたとはゆっくり話してみたかったけど、残念。‥‥私も開拓者なのよねぇ」 「私は虫けらと話す気はないわ」 朱羅は鼻を鳴らすと、駿太郎に艶のある視線をむけた。 「来たわね」 「瑞紀を返せ」 駿太郎が叫んだ。すると朱羅はひどく優しい微笑をうかべて、 「返してあげてもいいわ。でもただというわけにはいかない。代わりに開拓者の首をちょうだい」 獣の姿勢で、秋桜は横に滑った。一瞬遅れて、秋桜のいた位置に降り立った者がいる。 少年の吸血鬼だ。三階屋根の梁にへばりついていたのであった。秋桜の首に広がった冷気とは、この少年が滴らせた涎であった。 「逃げないで。血をおくれよう」 少年もまた獣の姿勢で、そして獣の迅さで秋桜に襲いかかった。 ● 「開拓者の首、だと?」 駿太郎が息をひいた。憎悪に燃える眼を朱羅にむける。 が、身動きはならない。朱羅の爪が瑞紀の首にかけられているからだ。迂闊に動けば造作なく朱羅は瑞紀の首を切り裂くだろう。 「そうよ」 朱羅はくすりと笑った。 「できるでしょ。人は愛する者のためなら何でもできるんじゃないの?」 「俺は」 駿太郎は足を踏み出すと、開拓者と間合いをとった。震える拳を上げる。 「身勝手な奴と蔑んでくれ。でも俺は瑞紀を救いたい」 駿太郎の眸から涙が零れ落ちた。すると桂杏は小さく首を振った。 「誰も貴方を蔑んだりなんかしない。もし蔑むとするなら」 「朱羅!」 叫びとともに階段から飛び出した者がいる。 疾走。瞬く間に朱羅との間合いを詰める。 迅い。たとえるなら真紅の稲妻というところか。それもそのはず、ルーとは光を意味する言葉であった。 が―― 朱羅の反応速度はルーの予想を超えていた。さらに朱羅は開拓者の動きを読んでいた。朱羅の爪が瑞紀の喉を浅く抉る。 朱羅の唇の端がつっと吊り上がった。 「馬鹿め」 「くっ」 ルーが飛び退った。いや、正確には横に跳んだ。 そのルーの姿を、一瞬だが朱羅の眼が追った。刹那―― 煌夜が跳んだ。飛鳥のように。瑞紀にむかって。 この煌夜の奇襲は朱羅にとっても意想外であった。が、それでも朱羅の動きは迅い。 刹那、朱羅の手に鉄鎖が巻きついた。それは現象化された呪力――すなわちリーゼロッテの放った式で。 その朱羅の隙をつき、煌夜が瑞紀を抱えた。そのまま押し倒す。朱羅の爪が閃いたが、血飛沫をあげたのは煌夜の背のみであった。 「今度は俺と遊んでくれ」 ぬっ、と。カルロスが朱羅の眼前に立った。殺意に、その顔が細くつりあがる。朱羅以上に禍々しき相貌。 カルロスの刀が袈裟に疾った。 「ぬっ」 呻く声はカルロスの口からあがった。 カルロスの刀は受け止められていた。はねあげられた朱羅の足の指にはさまれて。 「勝ったと思っているようね、お馬鹿さん」 朱羅の潤んだ瞳が動いた。そこには瑞紀に駆け寄る駿太郎の姿が映っている。 「瑞紀!」 「駿‥‥太郎」 瑞紀の手が動いた。握られているのは短刀である。その切っ先は迷うことなく駿太郎の首に―― 「はっはは」 朱羅が哄笑をあげた。瑞紀によって駿太郎を殺害させることこそ最後の朱羅の罠であったからだ。が―― 朱羅の哄笑が凍りついた。 瑞紀の刃がとまっている。駿太郎の首の寸前で。 瑞紀にかけた魅了は完璧だ。自らの意志をもって逃れることなど不可能なはず―― 「貴様!」 朱羅の眼が赤光を放った。 彼女は見とめたのだ。床を這う影が瑞紀の身体をとらえていることに。その影の主こそ―― 印を結び、影をのばした桂杏が告げた。 「貴方の負けです。朱羅」 「おのれっ」 カルロスの刃を足場に、朱羅が飛んだ。同時に、爪を弾丸のように飛ばす。貫いたのは――おお、葵の腹だ。 「なめるなよ、朱羅。俺達を誰やと思ってるんや」 葵は血笑をうかべた。朱羅はそのまま戸をぶち破り、外へ。 「逃がさない!」 絶叫は、朱羅の頭上から響いた。秋桜だ。 「人は貴様の玩具ではない。貴様如きが、へらへら笑いながら玩んでいいものではないっ!」 「ぬかせ!」 朱羅が跳ぶ。秋桜が舞い降りる。それは相搏つ餓狼と猛鷲にも似て。 秋桜が屋根に降り立った。がくりと崩折れる。首を切り裂かれていた。火遁により吸血鬼の少年を撃退したものの、その際に傷ついていたことが枷となっていたのだ。 「大丈夫?」 ルーが秋桜を助け起こした。その眼は遠くなりつつある朱羅の姿をとらえている。さらには塔に群がり寄ってくる吸血鬼達の姿を。 「さあ、いきましょうか」 ルーは宝珠銃――皇帝の銃口をむけた。駿太郎と瑞紀の未来を切り開く為に。 八人の開拓者が神楽の都に帰りついたのは七日後のことであった。そして―― 彼らの傍らにはふたつの眩しい笑顔があった。 |