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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ● 黄昏の光の立つ少女は朱美と名乗った。 美しい少女だ。 髪は艶やかに黒く、腰のあたりまでのびていた。瞳もまた黒曜石のように黒く、潤んだように光っている。鼻梁は細く高く、唇は蕾のように紅い。どこかの姫君であるかのように気品に満ちていた。 「今からでは峠を越えるのは危ない」 新助がいった。彼とても旅の身であるのだが、それよりも朱美のことが気にかかった。 朱美とは知り合ったばかりだ。旅の途中に休んでいたらしく、街道の切り株にちょこんと座っていたのである。 「村がある」 嘉平次が視線を投げた。同じ方向に新助も眼を向けた。 確かに村があった。あまり大きくはない。 「一夜の宿くらいは得られるだろう」 新助が朱美に眼を転じた。 野宿は願い下げであった。何より朱美が可哀想だ。 「村にいこう」 新助が促した。 村の入り口にある石標。そこには慈童寺と彫られてあった。 ● 「‥‥村に入ったが、誰もいなかった」 嘉平次がいった。声が震えている。 「おかしいとは思った。が、ともかく人を探した。そのうち日が落ちて暗くなってきた。すると」 嘉平次が言葉を途切れさせた。いいしれぬ恐怖がその眼に滲んでいる。見てはならぬものを見た者の眼だ。 「すると?」 開拓者ギルドの受付の者が促すと、嘉平次は口を開いた。 「奴が現れた」 「奴?」 「化け物さ。身形からして最初は村人の老人だと思った。が、突然奴が襲いかかってきた。俺たちは逃げた。逃げられたのは運がよかったんだろう。なんせ奴らは獣みたいにすばしっこいからな」 「奴‥‥ら?」 受付の者は嘉平次の言葉を聞きとがめた。ああ、と嘉平次は肯いた。 「奴ら、だ。村のいたるところから奴らが現れた。男に女、子供もいた」 「それでよく逃げおおせられましたね」 「助けてくれた者がいたんだ」 嘉平次の顔に刻まれた恐怖の色が一瞬薄まったように見えた。 「助けてくれた者?」 「ああ。村の娘だ。村の者達が化け物に変り始めたので隠れていたらしい。俺達が追われていることに気づき、助けてくれたんだ。娘の案内で、俺達は村外れの土蔵の地下に隠れた。が、何時までもここに隠れているわけにはいかない。それで朝になるのを待って俺達は村を出た。助けを求めるために。しかし」 嘉平次は肩を落とした。 ギルドに辿り着いたのは彼一人。新助の姿はない。 ややあって顔を上げると、嘉平次は縋りつくように眼を受付の者にむけた。 「助けてやってくれ、朱美と瑞紀というその娘を」 「瑞紀!」 はじかれたように一人の若者が立ち上がった。 元々は凛々しい顔立ちであったようだが、今は頬がこけている。眼の下にくまがあり、どこか病的に見えた。どうやら開拓者であるらしい。 若者は嘉平次の胸倉を掴んだ。 「その村は慈童寺か?」 噛みつきそうな若者の勢いに、嘉平氓ヘがくがくと首を動かした。 「そうか」 嘉平次を放すと、若者は告げた。 「俺は駿太郎。お前の依頼を受ける」 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
出水 真由良(ia0990)
24歳・女・陰
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
尾上 葵(ib0143)
22歳・男・騎
カルロス・ヴァザーリ(ib3473)
42歳・男・サ
桂杏(ib4111)
21歳・女・シ
ルー(ib4431)
19歳・女・志
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ● 土煙をあげて馬がとまった。 数は八。ずっと走りづめであったのか、どの馬も鼻息が荒い。 馬上にあるのは九つの影。男が四人に女が五人だ。 「慈童寺まではあとわずかだな」 男の一人が道の先を見遣った。 二十歳ほどの年頃。真っ直ぐな眼差しと屈強な体躯をもつ若者であった。名を羅喉丸(ia0347)という。 ああ、と肯いたのはやつれた相貌の若者。駿太郎は手綱を引いた。 と、白い柔らかな手が駿太郎のそれをおさえた。 「焦ってはだめですよ」 手の主がいった。 二十歳半ばほどの、瑞々しい肢体をもつ娘。潤んだ大きな瞳が駿太郎を見上げている。出水真由良(ia0990)。その真由良を抱え込むようにして駿太郎は、いた。 さすがにこの時の駿太郎には意識する余裕はないが、普通ならこれは男にとって地獄の責め苦であった。真由良のような美しく、かつ豊満な女に身を寄せ、反応しない男が世にいるだろうか。ない。 さらに始末の悪いことは真由良にその自覚のないことだった。だかららこそ無造作に駿太郎に身を預け、蕾のような唇を駿太郎のそれに近寄せることなどできるわけだが。 「大丈夫。今まで無事だったのですから」 「いや、俺はゆく」 「しかし」 短い髪のせいでもなかろうが、どこか地味な印象の娘が空を見上げた。桂杏(ib4111)というのだが、彼女は日の高さが気になっている。 桂杏を含めた開拓者達は、当初慈童寺到着を日の出と決めていた。が、結局のところ、慈童寺近くに至ったのは昼過ぎの頃であった。黄昏が近い。 「‥‥逢魔ヶ時、か」 呟いたのは美麗な男だ。一見優男に見えるが、身ごなしにどこか剣呑なものを滲ませていた。優美な猫族の獣といった風情だ。 男――尾上葵(ib0143)は苦く笑った。 人が魔と遭遇するという時。その逢魔ヶ時に慈童寺に赴くというのは何たる皮肉であろうか。 さらに思い出すことがある。 依頼人たる嘉平次が会った少女、朱美。その時はまさしく黄昏。即ち逢魔ヶ時ではなかったか。 「ちいと出来過ぎや。おまけに慈童寺に導いたとあってはな」 今はまずい、と葵は駿太郎をとめた。 以前に遭遇したアヤカシ。それは村人の姿をしていた。のみならずその記憶ももっていた。そして、そのアヤカシは血を啜るために襲ってきたのである。その特性こそまさしく―― 「まるで吸血鬼ね」 珍しい玩具でも見つけたかのように笑ったのは冷然たる美貌の少女であった。いや―― 事実はそうではない。実年齢は二十四である。が、とてもそうは見えなかった。それが酷く禍々しくて。 魔女と呼ばれる陰陽師、リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)である。 「私達の想像が正しければ、日が暮れてから村に入るのはまずいわ」 「まだ日はある」 「確かにそうだ」 嘲笑う声がした。はっとして眼をむけた開拓者達は一人の男の姿を見出している。 四十歳ほど。竜の神威人であるらしく角があり、細身であるが効率の良さそうな筋肉をまとっている。カルロス・ヴァザーリ(ib3473)であった。 「急げば確かに日のある内に慈童寺に着く」 恐れげもなくいう。淡々としているというより、むしろ嬉々としている。まるで死地に足を踏み入れることが楽しいとでもいうかのように。 「お待ちください」 馬をすすめようとしたカルロスを少女がとめた。震える声で。 それは水着姿の童女のようであった。それほどに小柄で可愛らしい。が、身体の線がそうでないことを物語っている。声が震えているのは寒さの故であった。 秋桜(ia2482)というシノビの少女はカルロスの行く手をふさぐかのように馬をすすめると、 「此度のアヤカシは謎が多い。慎重に事を運びませぬと」 「確かに謎は多いわ」 ぽつりと声が落ちた。 声の主は薄く血が滲んだかのような赤い髪の娘だ。他を拒絶するかのような冷たい美貌の持ち主であるが、その金茶の瞳に煌くのは未来の光である。 ルー(ib4431)という名の一角馬の神威人は思考を追うように眼を眇めると、 「確かにアヤカシの正体は吸血鬼である可能性が高いわ。でも、それならどうして瑞紀は村から逃げ出さないのか」 独語であるかのように問うた。 が、その疑問に対する答えの欠片はすでに掴んでいた。桂杏が嘉平次に対して発した質問から。 瑞紀が何故日中に逃げ出さないのか。それは陽光の下でも村人が徘徊していたから。 しかし、ここで再び疑問が生じる。その村人はアヤカシなりや否や? 吸血鬼は強大な魅了の魔力をもつという。もしかすると操られているだけかもしれない。 そして嘉平次は新助と二手にわかれて逃げた。それはたとえ襲われても、どちらかが助けを求めることができるようにとの配慮であった。 「彼らは本当に吸血鬼なのかしら」 「もしかすると」 リーゼロッテの夜色の瞳が輝いた。 「日光の制限をまるで受けつけない上位個体がいるのかも」 ● 馬を村はずれの森に残し、開拓者達は村に潜入した。 まだ太陽は空にある。すでに残照の色を滲ませてはいたが。 「土蔵は?」 家屋の壁際を走り、油断なく周囲に視線を走らせつつ、羅喉丸が問うた。その先だ、と駿太郎がこたえる。同じ村はずれであるが、土蔵に辿り着くためには村を突っ切るしか道はなかった。 「その土蔵なのですが」 軽やかに疾走しつつ桂杏が駿太郎に顔をむけた。 「地下があることは御存知でしたか?」 「ああ」 駿太郎は肯いた。 「古い土蔵で、使われなくなって随分経つ。俺と瑞紀が幼い時に偶然見つけた。知る者は誰もいないはず。――あれだ」 駿太郎が指差した。その指し示す先、確かに古い土蔵がある。 ややあって開拓者達は土蔵の前に行き着いた。辺りに人影は見えない。 「待て」 急く駿太郎をカルロスがとめた。 「まずは俺がゆこう」 カルロスが土蔵の戸に手をかけた。それは駿太郎を慮ってのことではない。この男にはそのような殊勝な心根などはなかった。 その証に、カルロスはゆるく笑っていた。誰にも聞こえぬ声で、彼はこう呟いていたのである。 「通常の攻撃が効かぬ敵か。‥‥面白い」 ちらりとカルロスは左右に視線をはしらせた。 「どこかに潜んでいるはずだ。そして我らを見て、せせら笑っているのであろうが」 カルロスが戸を開けた。 ぼろぼろの長持のようなものが幾つか置かれている。 「そのむこうだ」 駿太郎が告げた。なるほど、と秋桜は頷いた。 朽ちた長持のむこうを覗こうとする酔狂な者はいない。子供を除いては。 その秋桜であるが。先ほどから無意識的に駿太郎の背後に位置どっていた。いざという時に盾となるため。秋桜はそのような娘であった。 「これか」 カルロスが声をあげた。 奥の壁際に地下への戸があった。床板に紛れるような作りになっているため、よほど注意しないとわからない。 「開けるぞ」 さすがに笑みを消し、カルロスが地下戸を開けた。 薄闇の中、地下に続く階段が見える。中は暗い。 カルロスが階段をおりはじめた。ひやりとする地まではすぐ。殺気を身裡に秘め、羅喉丸がカルロスを見送った。 罠であったとして。第一の襲撃はこの瞬間に違いなかった。 その時である。カルロスが土蔵地下に降り立った。 何事も起こらない。ただ凍りついたように闇と静寂のみ辺りを圧している。 と、カルロスは気づいた。闇の奥に白いものが見える。人影だ。 「あなたは」 ● 「アヤカシと化した村人を殺したらどうなるのかしら」 物騒なことを平然と口にし、リーゼロッテはニヤリとした。そして死体は瘴気になって消えるのかしら、と続ける。 「それにしても彼らは私の理想に近いアヤカシよね。ふふ。運命を感じるわ」 心底楽しそうにリーゼロッテは笑った。 人としての形状と記憶をとどめ、さらには不死身たるアヤカシ。その秘密を解き明かし、しかる後にその力を得る。それこそリーゼロッテの望む不老不死へと至る道ではないだろうか。 「一体持って帰って色々イジってみたいわねー♪」 本気とも冗談ともつかぬ口調でリーゼロッテは呟いた。 「瑞紀様ですか」 秋桜が問うと、駿太郎は首を振った。 「違う。瑞紀じゃない」 たまらずといった様子で駿太郎が人影に駆け寄ろうとした。その前を手がふさいだ。葵の手だ。 「待て、駿太郎」 弟に対する兄のような声音で葵がとめた。 「近くに、潜んでるかもしれへん、親玉がな」 葵が人影に松明の火を近づけた。淡い光に人影の相貌が浮かび上がる。 ほっ、と開拓者達の口から溜息に似た声がもれた。 それは女であった。彫刻的な顔立ちの美少女だ。 「朱美様‥‥ですか?」 秋桜が問うと、人影――朱美はこりと肯いた。身を震わせ、土壁に背を押しつけている。 「助けに来ました。瑞紀――貴方を助けた女性はどちらに?」 「食べ物と水をとってくるといって出て行かれました」 「出て行った?」 駿太郎が愕然たる声をあげた。 「それは何時のことだ?」 「三日ほど前のことです」 「三日」 駿太郎がよろめいた。三日も村を彷徨い、無事でいられるはずがない。いや、それでも―― 瑞紀、と叫んで階段を駆け上ろうとする駿太郎の肩を、がっしと葵が掴んだ。 「だめだ、駿太郎。もう日が暮れる。今はともかくこの少女を助けるんだ」 「しかし」 「落ち着け!」 葵が叱咤した。 「お前も開拓者のはずだ。今はどうすべきかわかるだろう」 葵が手をのばし、朱美のそれを掴んだ。 滑らかでひやりとする手触り。蛇を掴んだ感触に似ていた。そして、それには確かに脈があった。 その時―― 呼子笛の音が鳴り響いた。 ● 家屋の陰から人影が姿を見せた。 以前、駿太郎を襲った千鶴という少女。顔をリーゼロッテが覚えていた。 「やっぱり陽光の下でも動けるのね」 リーゼロッテの眼が輝いた。 刹那、ルーの手がはねあがった。引鉄を引く。背後の家屋の屋根に潜んでいた村人が額を撃ち抜かれて転がり落ちた。 「お前ら、よくも」 千鶴の眼が吊り上がった。肉食獣のような牙をむく。村人が額をおさえて苦悶していたからだ。 ルーのもつ皇帝の筒口が千鶴の顔面を狙った。非情に告げる。 「こちらもこれくらいの用意はする。次はあなたの番よ」 「しゃあ」 化鳥のような叫びを発し、千鶴が襲いかかった。一気に十メートル近い距離を飛翔する。 黄昏の光をはねて、鋼の硬度をもつ爪が疾った。が、皇帝の照星はすでに千鶴の額に狙いをつけている。 次の瞬間だ。真紅の流星が流れ、千鶴の額がはじけた。オーラをまといつかせた皇帝の弾丸の仕業である。 「ふーん」 鼻を鳴らしたリーゼロッテの手から放たれた符が術式を解放、再固定した式が別の村人を斬り裂いた。切断された首が飛ぶ。 ばたりと村人が倒れた。その身から黒霧のようなものが立ち上った。瘴気である。 後には村人の骸が残されていた。木乃伊のように干からびている。 「どうやら首を切断するといいらしいわね。それに」 リーゼロッテが残照に眼をむけた。 「この前より動きが鈍い。陽光の影響は受けるようね」 「皆さん、早く!」 土蔵にむかって声をかけつつ、桂杏は結印。 土蔵に殺到する村人の足がとんだ。水飛沫をあげて疾った刃によって。 と―― 土蔵の入り口から開拓者達が走り出てきた。少女を連れている。 「もうここには用はない。ゆくぞ」 羅喉丸が地を蹴った。どこへ、と駿太郎が叫ぶ。前方はすでに数人の村人によって塞がれていたからだ。 「ここだ」 羅喉丸が土蔵内部に走り戻った。同時に経絡に練気循環。爆発的に高められた気を身体ともに土蔵の壁に叩きつけた。 轟、と。 土蔵の壁が吹き飛んだ。 ● 馬まで戻った時、開拓者達は満身創痍の状態であった。足元に転がった村人の骸はカルロスに火をつけられ、胸の悪くなるような異臭を発している。 「もう日が落ちる」 駿太郎が馬に飛び乗った。朱美に手をのばす。朱美もまた手をさしのべ―― 「お待ちください」 秋桜がとめた。 「確か瑞紀様は三日前に食糧と水を取りに出ていかれたとか」 「はい」 怯えた様子で朱美が肯いた。思わず抱きしめたくなるような可憐な様子で。 が、秋桜はじっと朱美に眼を据えたまま、 「では朱美様は何故そのようにお元気でいらっしゃるのです? 貴方のお話が本当なら、すでに貴方は三日間何も口にしてはいないはず。貴方は一体何を食されていたのですか」 その瞬間である。銀光が空を裂いて疾った。 それは眼にもとまらぬ速さで放たれたダーツであった。放ったのはカルロスだが―― 呻いたのはカルロス自身である。 カルロスの胸にダーツが突き刺さっていた。朱美がダーツを受け止めるや否や、さらに素早くカルロスめがけて放ち返したのであった。 「やるな」 この場合、しかしカルロスはニヤリとした。口からたらたらと鮮血を滴らせながら。 「朱美。貴様がこの村を滅ぼしたのか」 「そうよ」 朱美もまた笑った。すでにその笑みには当初見た時の清楚な色はない。あるのは真っ黒な毒の色だ。 「でもいっておくけど、わたしは朱美なんて名前じゃない。わたしの名は朱羅」 その言葉の響きが消えぬうち、朱美――朱羅の姿が消失した。 次の瞬間である。秋桜の身体が寸断された。刃の鋭利さをもった朱羅の手刀によって。視認不可能な速度で繰り出された朱羅の一撃であった。 が、分断された秋桜の身体が朧と消えた。 理。それは秋桜の作り出した身代わりであった。 「やるわね」 朱羅の眼がぎろりと秋桜を睨みつけた。 「でも次はないわ」 秋桜は顔色を失った。その言葉がはったりでないことが彼女にはわかったからだ。 「貴方も次はないわ」 真由良の眼が青く光った。その眼前に呪法陣が展開する。 「疾ッ」 呪式発声。直後、冷気が朱羅を襲った。 「ははは」 嘲笑、響く。 冷気を切り裂くようにして朱羅が真由良に迫った。迅さそのものでは真由良は朱羅にかなわない。朱羅の手刀が真由良の首に突き刺さり―― ぴたりと刃のような爪が真由良の首寸前でとまった。 「貴方達、気にいったわ。今日はここまでにしてあげる。もっと面白い遊びを思いついたから」 朱羅が跳び退った。一気に十メートル以上もの距離を。 追おうとした開拓者の足が凍結した。瑞紀の名を朱羅が口にしたからだ。 「瑞紀に会いたかったら大人しく帰ることね。まあ、帰ることができたらだけど」 「ぬっ」 羅喉丸が身構えた。周囲を氷嵐の如き殺気が渦巻いている。村人達だ。 「仕方がない。今は退くぞ」 葵が馬に飛び乗った。他の開拓者もまた。が、駿太郎のみ立ち尽くしている。 「しかし、このままでは瑞紀は」 「その瑞紀のために今は退くんだ」 葵は焙烙玉を取り出した。 ● 幾つもの爆発音が轟き、炎が闇をなめた。 鉄蹄の響きは八。掴みかかろうとする闇から逃れるように疾駆する。 ここに開拓者達は村を滅ぼした真の敵と遭遇した。 それは屍の姫。名は朱羅。 瑞紀奪還を誓いつつ、開拓者達は再び村を後にした。 |