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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 辺境の村から、村を守るべき警備隊が乱暴狼藉を働くので退治して欲しいと、ギルドに依頼が舞い込んだのは昨年の12月。 「しかし、よく訓練されているというが、それは秩序がなっているのではないのか?」 「まぁ、どう見てもババ引く依頼よね。これ」 開拓者が見たのは、手に余る警備隊を厄介払いしたいと願う村人と、旅人から通行税を取り立てる警備隊の姿だった。 「森にアヤカシが現れたと言われるか!?」 開拓者の一つの嘘が、警備隊に失いかけた存在意義を与える。 この物語の始まり。 「今度は私が正真正銘の依頼人になるということですよ」 土下座して尻込みする係員を、隠居が宥めすかして村と警備隊の関係に片をつける依頼を出したのが、翌1月。 「やってしまったからには、最後まで見届かねばなりますまい」 「自分で絵図が描けずに追い込まれてやすぜ」 開拓者は、警備隊に領分を侵されている領主に会った。また、開拓者仲間の小杉半兵衛が、警備隊のかつての仲間だった事を確かめる。 「ギルドは報酬の払いも良いですから‥‥資金面でお困りでしたら、出稼ぎみたいな感じで依頼をこなすのもありだとおもうのです。どうでしょうか?」 一方で解決策として開拓者らは、警備隊の志体持ちをギルドに勧誘したのだった。 「困った事になったわ」 予期せぬ事態が起きた。 やがて物語は後戻りの出来ぬ方向へ回り始める。 現在、開拓者ギルド。 「はぁ」 係員が、ぼんやりと壁を見つめている。 先月は北戦の後始末やら何やらで忙殺された。失われた物は多い。顔馴染みの開拓者も、顔を出さなくなった者が居る。二度と会えない者も。 「お邪魔でしたかな?」 「御隠居さん。ああ、失礼しました」 この隠居は暇人が高じてあちこちの面倒に首を突っ込んでいる。係員とは半年ほどの付き合いだが、思えば妙な縁だ。 「申し訳ないのは私の方ですよ。すっかり御無沙汰で」 互いに頭を低くした後、同時に顔を見合わせた。 「お恥ずかしい話ですが、私には何が起きたのやら、未だによく分からないのですよ」 「‥‥私もです」 困惑する御隠居に、係員は調査資料を取り出す。 北面に大鬼が現れたとネシェルケティが警備隊長に切り出したのは、此花咲の正攻法が失敗した際の一か八かだった。隊長の反応を探るに力技も必要と考えたか。 「久留間隊長はこの協力要請――開拓者からの依頼を、請けている」 「軽率ですなあ。前回の嘘も信じてますし、騙されやすい人なんでしょうか」 隊長は村の出身らしい。村と警備隊の調査では深刻な経済状態が確認されている。それほど金に困っていたのか。 「領主様もこの状況は把握されていたのですね」 「宇鬼田様には雨傘がかまを掛けてますが、乗って来なかったですね。20年も警備隊の存在を許して、何も無いとは」 久留間隊長と開拓者達が森に入ったのは、警備隊の弓術士が戻らないと連絡を受けての事だった。 「話の腰を折って申し訳ないが、大鬼というのは、どんなモノなのです?」 「えーと、3mを超えるような大きな鬼のことを大鬼と言いますね。力も凶暴さも小鬼とは比較にならないそうですよ」 力だけでなく、様々な術を行使する個体も在る。昔、村を襲った大鬼は統率力に優れていたそうだ。 「小杉さんが倒したのだそうで‥‥人は変わるものですなぁ」 「本人に云うと怒りますから注意して下さい」 森の入口に、警備隊が建てた庵があった。 警備隊の女陰陽師が相棒の人妖と一緒に常駐していた。 「アホか」 夕堂は久留間と開拓者を見て、吐き捨てたそうだ。 「大鬼だと? 何のためにあたしが此処に居ると思ってんだっ」 一行は、面目丸潰れで腹を立てる夕堂を説得し、彼女の案内で森の調査を行う。森の広さは約五百m四方。 暫くして、隊長に同行した隊員の呼子笛が鳴り響いた。 緊急事態に気付いた一行は駆けつけ、京之進がアヤカシに殺された現場を目撃した。 「妙な声が聞こえたそうです」 「声?」 隊長に同行した隊員の証言では、森の中でブツブツと呟くような声がした。すぐに久留間が人影を見つけ、笛を吹くよう指示したのだそうだ。 音に振り向いた人影は笛を吹いた隊員に襲いかかり、隊員を庇った隊長と黒衣のアヤカシの一騎打ちとなった。 「久留間隊長は相当遣うらしいですね」 最初、鬼は刀で襲ってきたが、角を伸ばす奥の手に隊長はやられたらしい。 「鬼の角がのびるとは知りませんでしたな」 「角を飛ばすのも居ます。知らなければ厄介ですが、在ると分かれば開拓者ならば対応は出来ます」 アヤカシは通常の生物を逸脱した存在、どんな隠し玉を持っているか分からない。故に勝利よりも生還が重要視されるし、初手は様子見する開拓者は多い。 「警備隊の事は、森のアヤカシを退治してから、という事で宜しいでしょうか?」 「ふむ。‥‥開拓者の皆さんにお任せしますよ。素人があれこれと指図するよりも、その方が良いのでは無いですか」 「それで宜しいなら」 隠居が帰った後、割り切れぬ様子の係員に、鵜鵯田右兵之介が声をかけた。 「案ずるより産むが易しとは言うが、まさかの展開だな」 「何のことですか?」 「決まっておる。一番厄介な警備隊長が居なくなったのだ。まだ村も警備隊も混乱しておるだろう。今なら、生かすも倒すも思いのまま。手間が省けたというものよ」 鵜鵯田の物言いに、係員は絶句した。声を荒げかけて顔を伏せる。 「あ、あ、アヤカシに殺されたんですよ」 「だからなんだ。ねんねでもあるまい。人は死ぬ、まして相手はアヤカシ。お主もギルドの一員なら、覚悟は出来ておるはず」 尋常ならざる怪異と戦い、道を拓くのが開拓者稼業。腕が一流なら、用心深ければ、生き残れる訳ではない。死に方を選べる仕事では無かった。 「感情的になれば、判断を誤る。死者を悼むのは事が終わった後で良い」 「くっ‥‥」 多くの者を看取った古参開拓者から、顔を背ける係員だった。 「何故だ?」 村に残るという仲間に、男は不満をぶちまけた。 「何で久留間を止めない! お前達までこんな辺鄙な村に残るなんて、どうかしてる」 「あいつは友達だもの」 「俺は違うのか!」 「そうは言わないが、――すまんな、もう決めたことだ」 アヤカシの脅威から救った。依頼は終わりの筈だった。男は三人を村に残してギルドに戻った。 「村を助けるのがそれ程大事か。大切だって事ぐらい俺にも分かる。だけど開拓者なんだぜ」 酔っ払った男が酒場でくだを巻く。 「国を守る事が多くの村々を救う事に繋がると、お前はそう言いたい訳だ」 「貴様の耳は飾りか!?」 男の荒れ様に辟易した友人は、それ以来話題にするのを止めた。 年中、事件と騒動に振り回される開拓者。人の移り変わりも激しい、数年が経つ頃には思い返す者も居なくなる。 「半兵衛、その手紙は郷からか?」 「俺は都育ちだ」 昔の仲間からの手紙だと話す小杉を、鵜鵯田は思い出していた。 |
■参加者一覧
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
時永 貴由(ia5429)
21歳・女・シ
无(ib1198)
18歳・男・陰
ネシェルケティ(ib6677)
33歳・男・ジ
雨傘 伝質郎(ib7543)
28歳・男・吟
ルカ・ジョルジェット(ib8687)
23歳・男・砲 |
■リプレイ本文 警備隊の砦。 「そもそも、隊長と小杉、夕堂ちゃんと‥‥話じゃ20年前、もう1人いたらしいじゃない。その人どうしたのよ」 ネシェルケティ(ib6677)は勘違いをしていた。 「ん‥‥」 それは副隊長の風荻のことでは無いかな、と時永 貴由(ia5429)が言葉を繋ぐ前に、梅蔵は答えていた。 「久留間さんの事かい」 「「‥‥‥‥‥‥え?」」 世界は誤解で動いている。 何かを変えたいと願う時、勇気や、もっと知恵や力があればと人は思う。だが、人の世で最も多くの変革を成してきたのは、誤解力であろう。 人間は世界の裏側まで見通せる風な事を云いながら、その実は己の背中も見えない。世界は起こるべき事しか起きないが、変えるためには一歩踏み出すだけでいい。 村長の家。 「久留間の旦那の葬式は、いつでやす?」 村にひょっこり現れた凶相の渡世人、雨傘 伝質郎(ib7543)。警備隊に捕まって砦に一晩泊ったり、宇鬼田館に己の腕を売り込みに行ったりと、面構えそのままの挙動不審者である。 「いつ、と言われても‥‥」 村人は雨傘と目を合わせようとしない、関わり合いを避けられるのは慣れている。アヤカシに殺された久留間京之進の葬式に参列しようと村を訪れた雨傘だったが、誰も相手にしてくれないので村長宅を訪れた。 「葬式は済みました」 「そうでやすか。かぁ、申し訳ねぇや。日が過ぎてやすから仕方もねぇ話でござんすが、それでしたら喪主はどなた? せめてお墓に参らせて頂く訳には、参りやせんかい」 雨傘は、おやっと感じた。 仁之丞の顔色が、尋常でない。警備隊長の死は、村長にとってそれほどの出来事なのか。己の手で警備隊を葬ろうとした男の憔悴が、伝質郎は気になった。 「喪主は、副隊長の風荻だった、な。墓は、他の警備隊の戦死者と同じく、あの砦の裏の墓地に、あるはずだ」 「有り難ぇ。それだけ教えて頂ければ十分だ。‥‥あっしのようなのが言えた義理ではござんせんが、隊長さんが居ねえ以上、村民にとっちゃ村長さんが頼りでやすぜ」 言葉を詰まらせた村長を残し、雨傘は足早に立ち去った。 自分達は、何か思い違いをしていたのではなかろうか。 宇鬼田屋敷。 村の領主の宇鬼田好政に開拓者として謁見を願い出た秋桜(ia2482)。 「開拓者というと、森のアヤカシの一件か」 好政の値踏みする視線を感じつつ、秋桜は首を振る。 「違うのか?」 「宇鬼田様が、警備隊長へ信をおいていた事は、お伺い致しました。しかし、件の長がアヤカシによって亡き者とされた今、残った警備隊への対応について、お話を聞かせて頂きたく、御無礼とは存じますが推参した次第」 「ほう。私が久留間京之進を信用していたと、誰に聞いたか分からぬが――それより、開拓者が、一介の村の警備隊の始末を何故気にかける」 秋桜は、にっこりと微笑んだ。 「興味本意でございます。多少なりと関わり合いがあれば、見て見ぬ振りは出来ません。僭越ながら現在、あの村と警備隊を救えるのは宇鬼田様だけでございましょう」 「ははは、常人は見て見ぬ振りせねば、生き抜けぬ世の中なのだが、開拓者らしい考えだ。そして貴女の言うように、領内の村と警備隊に対処するのは、私の責務であろう。正論だ」 声をあげて笑うと、好政は年齢相応の若々しい顔を見せる。 「今はな、村の平和に一命を全うした久留間隊長に敬意を表している。来月、警備隊に解散を要求する。有能な者は迎え入れるつもりだが、宇鬼田に、今の警備隊を存続させる余裕は無い。砦は破棄することになるだろう」 「なるほど。ですが、村や警備隊が解散を受け入れられない時は?」 「是非に及ばず。警備隊が反抗するなら、鎮圧する。とは言え、相手は歴戦のつわもの。おそらくギルドに頼むことになるが、そのような事にはしたくないものだ」 宇鬼田はこの機に20年前にずれた歯車を元通りにし、以前の体制に戻すつもりだ。領主としては普通の選択。代替わりしたばかりの若当主でしがらみも無い、初めての大仕事という事か。 「誰も悲しませず、この状況を納められるのは私だけだ。だがそれも、貴女たちの協力あってのことと思っている。無理強いはせぬ。民と警備隊のために何が最良か、よく考えてほしい」 屋敷を辞した秋桜は好政の顔を思い返す。 「田舎領主と云えど、権力者ですわ。さあさあ、どう致しましょう」 ぽわぽわした笑顔の下で、正念場を感じる秋桜だった。 某所、安酒場。 「ところで、うひょうひょ仮面という言葉に聞き覚えはありませんか?」 无(ib1198)は小杉半兵衛に酒を注ぐ。 「無い。そいつは、どこの芸人だ?」 嘘をついているようには見えず。无は行方不明の柏木以外の警備隊幹部と村長、そして宇鬼田好政にも問いを発した。答えは全員同じ。 「意味のある言葉とは思えないのですが、アヤカシの思考には未知の部分が多い」 馬鹿馬鹿しさ故か、他の開拓者は触れないが、无は研究者の習性がそうさせるのか、くだらない妄言に拘りを見せた。他に取っ掛りが無いのだ。 「あ、ちょっと宜しいですか?」 无が鵜鵯田右兵之介に同じ質問をぶつけたのは、たまたまだ。鵜鵯田に聞こうとは、考えていなかったのである。 「む‥‥黙っておるつもりであったが、直接問われては答えぬ訳にもいかぬか」 「知っているのですか!?」 予想外である。鵜鵯田は観念したように口を開いた。 「拙者だ」 「はぁ?」 「拙者が妖怪うひょうひょ仮面だ」 「‥‥」 「驚かぬな」 「絶句してます。隊長さんと何があったのかは知りませんが、罪を償って下さい」 无は不愉快だった。本気にせよ、からかわれているにせよ、これだから中年は。 「殺して居らぬのに、自首など。警備隊長を殺したのは拙者の、妖怪うひょうひょ仮面の偽物だと申している」 鵜鵯田の話によれば、妖怪仮面は彼が若い頃に、一部の依頼で正体を隠して行動する際に使っていた洒落だという。普段真面目な開拓者が、一部の依頼でやっちゃった話は良く聞くが。 「それが本当だとしたら、何故係員さんに話さなかった? 人が死んでるのに」 「分からぬか。拙者は潔白だが、疑われて困る事の一つや二つは抱えている。拙者だけならば構わぬが、人に迷惑をかけることだ」 小杉や鵜鵯田のような不良開拓者は、依頼成功のために問題行動を取ることがある。綺麗事では20年も開拓者は務まらないと彼らは嘯く。 「親ほども年の離れた中年親爺の気持ちなんて、分かる訳が無いね」 しかし、ならばなぜ小杉は妖怪仮面を知らないと言ったのだろう。 「半兵衛は、知らぬだろう。奴と話すようになったのは、あの村の一件の後だからな」 「妖怪仮面の出没期間はそれ以前と言う訳か‥‥誰に聞いても分からぬはずだね」 鵜鵯田の言う事が真実なら、无は間違えていない。あのアヤカシは昨日今日のものではなく、20年前の大鬼事件に端を発している。 「登場人物が、足りているか。足りない線と点は無いか」 自分達にこの状況を紐解けるか。 ともあれ、仲間達と合流し、相談するより他はあるまい。 「あなたの事は、後だ。逃げないで下さいよ」 「承知した」 どうして中年は胸中に色々と抱えているのだろう。 (それが人間さ) 誰かが答えた気がした。 「するってぇと、領主は警備隊に旦那の仇討ちをさせねぇつもりでござんすかい」 秋桜の話を聞き、雨傘は宇鬼田の腹を読む。 「警備隊が隊長の仇を討てば、村人は心情的に警備隊を潰せないわ。警備隊の代替わりは、宇鬼田としては阻止したいでしょうね」 ネシェルケティは溜息を洩らす。皮肉なものだ。警備隊の存続に、一番拘った当人が真っ先に退場し、今度は彼の死の扱いが警備隊継承の争点になるとは。 「警備隊に、仇討ちを遂げさせるつもりかね」 无の問いに、ネシェルは声を荒げた。 「当たり前でしょう? このまま消すなんて、筋が通らないわよ」 ネシェルは秋桜を睨みつけた。 「別に、わたくしは悪くありませんわ〜」 「そうね。気にしないで、私は小娘が嫌いなだけだから」 秋桜が持ってきた話のように、宇鬼田を支持し、警備隊を解散に追い込めば当初の依頼を完遂したも同じことだ。 「私は反対だわ。折角、20年も村を守ったのだもの。警備隊には形を変えても自立して貰えばいいじゃない」 半開拓者路線に乗せる、それがネシェルの狙いだ。今の専任状態とは変わるが、世に幾つも例のある話だろう。 「領主としちゃ、それが面白くねぇんですよ。おっと、時永様の意見も伺いてぇ。考え方は様々でござんすが、あっしらは身内同士。腹に抱えることもござんせん」 「私は別に‥‥」 時永はちらりと秋桜を一瞥した。秋桜は頬を膨らませて不満顔。宇鬼田につくと決めてはいないと言いたいのだろう。 「悪いが、方針は定まらん。答えは無数にあるし、間違いも正解もないだろうけれど――小杉さんの事を考えていたんだ」 「ああ、アノ事ですかい」 この場に小杉半兵衛も居れば、どれほど都合がよいか。だが、それは叶わない。 「間違いも正解もないだろう。だけど、開拓者は何より冷静に周囲を見回す義務があると思っている。開拓者の働き如何で、善人だった者が悪人になる。偏った考えは誰かを、自分をも傷つける。開拓者とは罪作りなものだよ」 時永の答えに、小杉は首を振った。 「无の奴も、似たような事を云ったな。意味付けは各自による、故に開拓者を定義するものでありながら全てではない。志体持ちの居場所の一つだ、とな」 つまらない奴らだと、小杉は言う。 「何度も先輩に言われたのさ。俺の上の世代は、開拓者ギルドの存在意義を示し続け、己に問い続けなくちゃいけなかった。お前の言う通り、答えなんて何でもいい。それをお前自身が納得していたらな」 時永の答えは結論に辿り着いていない。 例えば、こう続く筈だ。ギルドとは一人では過ちを犯す開拓者が集まり、より良い道を模索して仲間と共に歩く場所であると。 小杉の質問は信念を問うものだ。誰でも答えられるが、答えは皆違う。 「小杉さんの答えは、あるのか」 「俺か。ギルドは魔の森を焼き尽くす手段だ。他のことはオマケさ」 普段、仕事をサボってばかりいる男の答えにしては峻烈すぎるだろう。だが、その想いなくば20年以上も開拓者など続けられるものか。死に方も選べぬ仕事を、四半世紀も。 「答えは無意味だ。だがな、お前の言葉を借りれば、開拓者なんて間違いだらけなんだよ。自分の心が定まっていなくちゃ、たやすく曲がる。折れる」 或いは、常人ならば折れ曲がり、砕け散る程の衝撃を何度も受けて鍛えられたものが、真に一流の開拓者と呼べるのかもしれない。 「‥‥」 安酒を胃に流し込んでいた小杉の体が、静かに倒れた。酔い潰れたのかと思ったが、机の上に赤い血がゆっくりと広がる。 「小杉さん?」 酒場で吐血した小杉半兵衛。誰が呼んだか、医者と巫女と僧侶が集まって彼を診た。 「残念ですが」 「手の施しようがありませんね」 医者達の言う事には、長年の開拓者生活で小杉の肉体は限界を超えている。どこもかしこも悪い。 「治らないのですか?」 「安静にしていれば、もって半年」 「聞きたい事は、まだ在ったんだが‥‥本当に、人とはあっけなく死ぬ」 「お姉さま‥‥」 私達が関わり合いにならなければ、小杉が警備隊の事で心労を刻む事もなく、もう少し長生きできたのだろうか。 「いえ」 秋桜は曇っていた表情を、無理に変えた。 「今は、新たな犠牲者を出さないことが先決。アヤカシを絶つだけでなく、皆が安心して暮らせるように」 笑顔で宣言する。 「そう。警備隊の事は置いても、避けては通れない道だわ。でも、20年前の鬼じゃない、のよね?」 ネシェルは无に確認する。隊長の殺害状況を、无は丹念に調べていた。 「まず人相‥‥ですが、誰もハッキリ見ていません。触手のような髪が邪魔で、生き残った隊員も分からないと言っています。次に声ですが、しゃがれて低い、聞き取り辛い声で、聞き取り調査の限りでは、鵜鵯田さんも含めて該当者は居ません。ただ、声色だとすれば分かりません」 メモを見ながら、淡々と報告する无。 「瘴気は本物でしたが、以上の事からまだアヤカシと断定するには及びません」 「どういう意味?」 「幻覚、または瘴気を纏った人間の可能性など、別の見方も否定しきれないという事です」 例えば『敵』が陰陽師で、アヤカシの仕業に見せかけて隊長を殺害した、という筋書きも有り得なくは無い。無論、可能性は十分に低いが。 「もう少し情報が欲しいですね」 「ひと当りしてみろってこと?」 「さて、時間は残されていないと思いますが、警備隊の方はどうです?」 隊長を失った警備隊を誰がまとめるのか。この辺の事情を探るのは、既に協力体制を築いているネシェルの領分だ。 「副隊長の風荻が今は隊長代理をやってるわ。でも、新体制はまとまってないわね」 ネシェルは仇討ちを風荻に提言した。 当然、乗ってくるものと疑わなかったが、行方不明の柏木の捜索と、アヤカシが森から出て来た場合を想定した村の防備強化が優先だと言われた。 「信じられないわよ! 攻撃こそ最大の防御、警備隊に漢は私の隊長しか居なかったみたいね‥‥惜しい事したわ」 幹部で仇討ちに意欲的なのは夕堂、彼女は慎重な風荻に激怒し、森から出てこない。志体持ち以外の隊員は、8割方が仇討ちを望んでいるが、彼らだけで久留間隊長を倒したアヤカシに勝てないのは明らかなので、動くに動けず、村の周りに柵や堀を作りながら不満を溜めている状態だ。 「梅蔵さんはどうされるのです?」 旅芸人として村に入った時永は梅蔵を見つけて、話を聞いた。元十手持ちは、表面上は普段と変わらない。 「俺がここに流れてきた頃には、もうアヤカシなんて出なかったからなぁ。どうなるか分からねぇから、見廻りしてるのさ」 時永の予想と違ったのは、村人の反応。 隊長の死を悲しみ以外で感じる人も居ると思っていた。だが、見る限りでは村人の全員が彼の死を悼んでいるように思える。警備隊を滅ぼすつもりだったのに、何故。 「久留間の旦那は、この村を愛しておられやしたようで‥‥しかして何で、村と距離をとっておいででやしたんでしょうなァ」 京之進の墓参りをした雨傘。 簡素な墓標に手を合わせていた年寄りは暫く雨傘を無視していたが、不意に振り向いた。 「村長に遠慮したんじゃろう。二人きりの兄弟じゃったのに」 たしか、村長の姓は大貫のはず。 「久留間は開拓者だった嫁さんの姓じゃよ。ほれ、ここに居る」 老人は隊長の隣の墓にも丁寧に手を合わせてから村に帰った。 「‥‥そういう事ですかい」 退治したい警備隊に、村を守り戦死した開拓者が居たと判れば都合が悪い。事情を隠してギルドに依頼を出し、拗れそうと思って即座に取り下げた。 「だが三度も来りゃ、唐変木でも呑み込めるもんでござんすねぇ」 天運:18 |