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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 古砦に立て篭もる開拓者らは、数十倍のアヤカシに包囲されていた。 「このままだと、村は全滅だ。宇鬼田殿に援軍を頼もう」 「無駄だ。宇鬼田の兵は動かんよ」 開拓者達は村を襲った鬼を倒したが、村近くの森に棲むアヤカシを本気にさせてしまう。森のアヤカシを束ねる一本角の大鬼は、陽動で開拓者らをこの砦に引き寄せて罠に落とした。開拓者らも窮地だが、守り手を失った村を落とすのは、アヤカシにすれば赤子の手を捻るより容易いことであろう。 「何故だ? 村を守らずして何の為の領主なのだ!」 「だからこそだ。宇鬼田殿は村々を守る義務がある。この村を守るために、それらを犠牲には出来ないのだ」 鬼の侵攻は予想を超えていた。小領主の身では防衛体制を整え、中央へ援軍を頼むので精一杯のはずだ。小さな村を守る為に、僅かな兵力を率いて鬼の軍団に戦いを挑む愚を冒す訳がない。 「だから見捨てるというのか!」 「‥‥優先順位だ。俺達だって、すべては救えないだろうが」 「例えそうだとしても、それでも私は助けたい!」 それは20年前の、既に終ってしまった開拓者の戦い。 開拓者ギルド。 御隠居さんと係員が世知辛い話をしていた。 「――つまり、退治に向かったはずが、存在意義を与えて帰って来たという訳ですか」 「えーと。そういう見方もありますかね」 呆れ顔の隠居に、土下座したまま開き直る係員。 手に余る警備隊を退治して欲しいと依頼を受けた開拓者達は、まず状況を確認するために村へ潜入を図った。 その際、警備隊に怪しまれずに村へ入る方便として、森にアヤカシが現れたらしいのでその調査の為にやって来た、という偽の依頼を拵えた。 この嘘を警備隊も村人も信じた。 折しも、北面でアヤカシの大侵攻が始まり、そのような変事が起こっても何の不思議も無かったからだ。 「いま警備隊を失うと困るから、退治の依頼は無かった事にしてくれと村長から連絡があった時は、私も何事かと思いましたよ」 警備隊退治は村人が決めた事だが、隠居を窓口にした秘密の依頼だった。 どうやら、警備隊退治の事は村の主要人物しか知らない秘事だったようだ。秘密にしたのは、警備隊に漏れる事を恐れた為でもあるし、村人の中にも警備隊を支持する者が居るからだという。 「村長自身、この村が今も在るのは警備隊のおかげだと認めておりますからな。命を救われた村人も少なくはないようで」 「しかし、そんな恩人を退治しようと言うのは、どういう気分なのでしょうね」 開拓者らが調べた所では、問題は村の規模に合わない警備隊に在るらしい。 百数十名程度の小村に相応する戦力というのはケースバイケースではあるが、件の村では1〜2名の武士と郎党数名というところだ。警備隊は5〜6名の志体持ちに十数名の一般兵という大所帯。小さな村が養うには負担が大きく、十分な費用が払われない事で警備隊も荒れて来たらしい。 「旅人から通行料を取っているそうですからねぇ」 「穏便に解決は出来ないものですか? 警備隊の規模を縮小するとか?」 依頼をキャンセルしたいと言って来た村長は隠していた事情も話したそうで、警備隊の縮小は何度も打診していたそうだ。しかし、村が養える規模――志体持ち1〜2名ではアヤカシの侵攻があった時に無力に等しいと警備隊長は首を縦に振らなかった。 そこで村長達は大恩ある警備隊を潰し、有事の際にはギルドを頼る方式に変えようと考えたのだそうだ。 「‥‥嬉しいような話ではありますけど、言ってはなんですが、村が消えた後で有事の連絡が都に届く気がするのですよ」 「それこそ、言っても仕方の無い話でしょう。今度の北面の件でも、そうした村はありましたから」 アヤカシが活性化した際に、否応なく呑みこまれる集落は存在する。 分かっているなら防備を固めればよさそうなものだが。アヤカシ相手では守りを固めても万全は有り得ないし、辺境にびっしりと兵力を敷き詰める事は現実的でない。守れる人々を守るために、守れない人々が居る。 「切ない話ですが」 逆に云えば、警備隊は20年も良くもったものだ。其の間には、様々な事があっただろうに。 「それじゃあ、この仕事はお終いですね」 「は?」 真の依頼主がキャンセルしたいと言っているのだ。依頼料が出ない以上、依頼はこれまでだと係員は言う。 「良くもまあ、ぬけぬけと言えるものだ。最後まで治めようという気はあなたには無いんですか」 「責任は感じますけど、どうしようもない話じゃないですか?」 係員の小心者ぶりに、隠居は少しのあいだ思案を巡らせていたが。 「では、こうしましょう」 「どうします?」 「今度は私が正真正銘の依頼人になるということですよ」 依頼内容は、村と警備隊の問題の解決。 「え、もっと具体的に言って下さいよ」 「さあて。アヤカシの話は嘘だったと自供して改めて警備隊を退治するなり、嘘をつき通して村と警備隊の仲直りを図るなり、色々と策はあるでしょうよ。どうするかは皆さんにお任せしますが、このままにはしておけないじゃないですか」 片をつけさえすれば、方法も結果も問わないという。 酷い依頼人があったものだ。 しかし、係員には弱みもある。隠居の無茶な依頼を渋々と預かった。 「困りましたねえ」 「そうでもあるまい」 係員の愚痴を聞くのは、古参開拓者の鵜鵯田右兵之介。 「確実に、村と警備隊の両方を救える方法があるではないか」 「ほ、本当ですか?」 縋りつく係員に、ニヤリと嗤った鵜鵯田は親指と人差し指を曲げて丸を作る。 「ようは、金だ。警備隊を養う資金を出してやれば良かろう」 「無茶苦茶な。それじゃ、何も解決しないでしょう」 「確かにな。しかし、解決しなくても人は救える」 仮にこの話が見ず知らずの村ではなく、故郷で起きた事だったら、私財を投げ打つ開拓者が居てもおかしくない。 「小杉さんの事ですか」 前回、鵜鵯田達に何故避けたのかとしつこく尋ねた開拓者が居た。根負けした鵜鵯田は、小杉半兵衛は警備隊の関係者だと洩らした。 「村の名に聞き覚えがある。以前、その村から小杉に手紙が来ていてな。奴に聞いたら、昔依頼で行った事のある村だと答えたのだ」 それで小杉はこの件では逃げ回り、面倒を避けたい鵜鵯田も受けないのだという。20年前の小さな村の仕事など、ギルドでもまともに記録は残っていない。 「面倒なことは若い者に任せるのが一番だ」 若い時の苦労は買ってでもせよという。まさに開拓者のためにあるような言葉だが、本当に苦労を買ってくれる開拓者が居るだろうか。係員は心配で胃が痛かった。 |
■参加者一覧
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
時永 貴由(ia5429)
21歳・女・シ
此花 咲(ia9853)
16歳・女・志
无(ib1198)
18歳・男・陰
ネシェルケティ(ib6677)
33歳・男・ジ
雨傘 伝質郎(ib7543)
28歳・男・吟 |
■リプレイ本文 落葉を踏み潰しながら、木々の間を抜けていく。 「扱いきれなくなったから、討伐しようとしただなんて‥‥そんな、道具を使い捨てる様な真似は納得できないのです」 胴貫具足に虎皮の陣羽織、顔は面頬に隠れて見えないが、鬼咲の鉢金を絞めた銀髪の少女は、枝をかき分けて森の奥を目指しながら、なおも憤懣やる方ない様子。 「何か、必ず方法があるはずです‥‥っ。ですよね、ネシェルケティさん」 此花 咲(ia9853)は憤慨していた。 「連絡用にグライダーか駿竜買えば? 私としては、あっさり手の平を返した段階で村人も何とかって領主も、どうでもいいわよ」 青白い外套に身を包んだ2mの巨漢は羽根帽子を手で押さえながら、外見に似ぬ軽やかさで獣道を進んでいる。 「要は、自警団が自立すれば、解決するのよね」 ネシェルケティ(ib6677)は不機嫌だ。 出発前、係員を修正してやると息まいていたが、後妻打ちの後片付けが終わらぬ係員に逃げられた。 村の事は仲間に任せ、二人は警備隊との交渉を選択した。 前回の繋がりでネシェルケティは久留間京之進に協力を要請したのだった。 「隊長さん、困った事になったわ」 「一体何事ですかな?」 ネシェルケティは隊長に、北面の戦況を聞かせた。前線で戦う開拓者の言葉だけに重みがある。その上で、彼らの追うアヤカシが北面に現れたと語る。 「何ですと!?」 警備隊は開拓者の話を信じ、森の調査を始めた所だった。それが遠く離れた北面に出たと言われ、隊長も驚きを禁じ得ない。 「では、森で大鬼が目撃された話は誤報だったのですか?」 「隊長さん、まだ決めつけるのは早すぎるわよ。それでね、実は私達、人手が足りないの。警備隊にこんな事を頼むのは気が引けるけど、力を貸して貰えないかしら」 真剣な表情で依頼を口にしたネシェルケティ。 さながら切り札の無いハッタリ勝負。人心を手玉に取る路地裏の辻占いの真骨頂。 都。とある居酒屋。 「探したぞ」 夕暮れの斜光と共に縄のれんをくぐったのは時永 貴由(ia5429)。 「む」 腰を浮かした小杉半兵衛は、裏口を塞ぐニコニコ顔の秋桜(ia2482)に気づき、観念したように座り直した。 「本題を言おう。警備隊の話だ」 小杉の正面に座り、微笑を湛えた時永。 「‥‥はて? 料簡違いでござる。拙者は忙しいのでこれで」 脇をすり抜けた小杉の腕を掴む時永。 「逃げるな」 「離せ。警備隊と言われても、何の事やら分からん」 「語るに落ちたな。私はどこの警備隊とは言ってないぞ、何故逃げる?」 なお抵抗を見せた半兵衛ですが、二人のシノビを巻くのは無理でした。 「‥‥」 押し黙った小杉に、時永は溜息を一つ。 「若い者にやってもらおうと考えているなら、やってやる。話をするのも嫌になるくらい久留間さんが嫌いになったか?」 「――今更、あの村の話と言われてもな、俺は久留間に絶交されたのだ」 小杉の目に寂しげな表情が浮かんだ、気がした。 コクコク。 相方の尋問中、秋桜は安酒を飲みながら中年侍の顔を凝視。視線に気づいて半兵衛は何度も秋桜を見るが、疑われぬように、秋桜はほんわか笑顔で酒飲みまくり。 「相棒の頭の中が花畑だが、大丈夫か?」 「要らぬ心配だ。それより、久留間さんは元開拓者なのか?」 一瞬、小杉は怪訝な表情を浮かべた。 「ああ‥‥京之進は元開拓者だ。お前ら、警備隊の素性を調べてないのか」 彼は少し安心した様子。過去を根掘り葉掘り聞かれる心配は無いと踏んだのだろう。 「相変わらず閉鎖的な村だな。俺も昔は手を焼いた。‥‥京之進はあの村の出身だ」 小杉はじっと見つめた。逆に二人の反応を観察するように。 「奴は、力を持て余した田舎武士だった。俺が開拓者のイロハを教えたんだ」 何度か村を訪れた小杉達は京之進と親しくなり、京之進は村を守る為に開拓者になる道を選び、そして村を守る為に開拓者を辞めたのだという。 「村を守る為に?」 「強くなるには開拓者になるのが早道だ。しかし、開拓者は朝命に従う義務がある。あいつは今時珍しい、ぶれない奴だったよ」 朝命遂行の義務は、開拓者の大原則の一つだが、普通は殆ど気にならない。 実際、氏族や国家と開拓者の二足の草鞋を履く者は大勢いるし、厳しい選択を迫られる機会は稀だ。 「奴には家族を、あの村を守ることが天下国家の守護よりも重かった」 目的が目的だけに京之進の開拓者としての活動期間は短く、他の開拓者とも反りが合わないから仲間と呼べるのは小杉達だけだったようだ。 「そうか。掛け替えの無い故郷、それが警備隊長が村に固執する理由、か」 納得した時永。 酩酊寸前の秋桜は、小杉が目を伏せた、気がした。 「あー、わたしは、しりょぶかいのれす」 「ふふん。若い頃の話を穿られて嬉しがる奴は居らんぞ。じゃあ宿題を出してやる、開拓者ギルドとは何だ? 俺が納得する答えが出せたら、何でも協力してやろう」 漠然とした問い。回答は無数にあろう。 意味の無い謎かけを残し、小杉は立ち去る。 辺境、宇鬼田館。 その屋敷は、領主と言っても、一城の主人と呼ぶのは躊躇われるみすぼらしさだった。詰まる所、村5つ、合わせて領民千名に満たぬ田舎の小領主の内情というのは、都の裕福な商人より遥かに下である。 「だからって、何代に及び土地を支配してきた地方の小豪族と言うものは、侮って良い存在では無いですね。細心の注意と、最大の敬意を払うべき相手ですよ」 无(ib1198)は再度手紙を送り、宇鬼田好政に謁見を願い出た。前回、意を伝えていた事もあり、首尾よく若当主に会うことが出来た。 「お待たせしたな、学士殿。この辺りの地歴を調べていると聞かされたが、本当か?」 好政の第一印象は、あどけなさの残る、おっとりした青年。 「はい。宇鬼田様もご存知の如く、最近はアヤカシの跳梁いよいよ盛ん、魔の森も活性化している由にて、陰陽寮では次に襲われるのは何れの国かと戦々恐々。情報収集に努めておりますが、これには天儀各地の瘴気分布が密接に関係し、実に様々な要因が重複し‥‥(中略)‥‥という訳で、各地の地歴調査にも熱が入っている次第にて」 「あー、分かった分かった。さすがは陰陽寮。深謀遠慮、誠に恐れ入る」 難しそうな事を言って煙に巻く。細かい面倒を避けるのに効果的だが、多用すると信用を失う。 「この地では警備隊が武威を示していると聞き及びます。ギルド創設以来、力を持った傭兵は数が少なくなっておりますが」 当り障りの無い質問の後、徐々に本題に入った。 「珍しいか? 物心つく頃から在るもの故、取り立てて意識したことは無いがな」 「‥‥意外な。宇鬼田様からすれば、いわば商売仇でございましょう。御本心とは思われません」 不意に核心をつかれ、好政は苦笑した。 「学士殿は、歯に衣着せぬ」 「出すぎた真似、失礼しました。必要なら意見せよが陰陽寮の文化でして」 「構わぬ。そうだな、本来ならば最も警戒せねばならぬ相手だが、私は久留間京之進を信頼している。あの男に限って、間違った選択をする筈が無い」 妙な答えだ。つい无はまじまじと好政を見つめた。 「重ねて失礼を‥‥」 「何の、田舎者の問わず語りだ許されよ。都人には不合理に写ろうが、土地には土地の風習があるのだ」 それほど信を置く相手なら、なぜ登用されないのかと聞いてみた。 「父の代から誘うておるが、首を縦に振らぬ」 警備隊の不釣り合いな規模に関しては、宇鬼田はあの村に対して租税の減免処置を取って、事実上の二重徴税を緩和しているらしい。 「ところで」 男装し、无に同行した時永が一つ質問した。 「小杉半兵衛という人物をご存知でしょうか?」 「無論」 警備隊の前身、村を救った開拓者らのリーダーとして小杉の名は残っていた。 「天儀を救うために旅立たれたと聞いている。さぞや立派な武将におなりでしょう」 「‥‥いえ」 「つまり、一か月の村の収入が十五万文ほどで、警備隊の支出は約十万文ほどになる訳ですか?」 領主の屋敷を出た无は今度こそ村を訪れ、村長に単刀直入に村の台所事情を聞いた。学術調査に協力するようにと好政が手紙を書いてくれたので、話は早かった。 「大雑把に云えば、そんな所です」 収入が十五万と言っても、当然支出も同程度は有る訳で、十万も出せる訳は無い。 本来、領主とか警備隊という代物は消費するのみで生産性は無い。税金や報酬で食べている訳だが、食えぬ武士は畑を耕したり、内職に励む。警備隊も、砦の側に菜園を作り、また通行料の徴税などを活動資金の足しにしているらしいが、それでも村の負担は四、五万になる。 「かなりの重税状態ですな」 「そうねー、やっぱり陰陽師さんもそう思う?」 交渉の合間にネシェルケティは村に立ち寄っていた。ネシェルは警備隊の経費を洗い出していて、村から出ている報酬を確認したが、最近は全額納められた事が無い。 「あら、村の柵の修理なんかもやってるのね。街道の巡回に砦の維持費、兵隊の人件費も馬鹿にならないし、開拓者と違って自警団って大変ねぇ」 契約により朝廷の士分である開拓者は極端な話、喰うに困る事は無い。 開拓者もとどのつまりは天儀の民の税金で養われている訳だが、アヤカシからの国土防衛という重大使命をこなし、命も張り実績も残しているので大きな不満は聞かれない。 「装備が違うわよ。ホント、論より証拠、百聞は一見に如かずだわー」 ハイヒールで闊歩するネシェルは警備隊員らに装備を見せびらかした。彼の場合は自分の肉体を見せるのが目的のようなものだが、今回の同行者、此花咲は打って付けだった。霊刀、名刀を佩き、強化された名品の数々は黙して雄弁である。 「此花ちゃんたら、小娘のくせにいい仕事をするじゃないの」 「別に、私は普通です」 その此花だが、彼女は最初、警備隊の志体持ちに接触していた。 「この警備隊に現在、志体持ちは何人居るのですか?」 「んー? まず隊長だな。それに副隊長の風荻さん、俺、柏木、それに夕堂の姐さんで五人だぜ」 十手で肩をとんとん叩きながら梅蔵が指折り数えて教えてくれた。風荻は男の巫女で、物静かな大男だ。食事と菜園担当も兼務する裏方。夕堂は女性の陰陽師で、監視役として森に常駐している。隊長・風荻・夕堂の三人は結成当時からのメンバーで柏木は元開拓者、梅蔵は元岡っ引。 「と言う事は、梅蔵さん以外は開拓者だった訳ですね」 「俺以外ってのが引っかかるが、そうだよ」 「好都合です」 咲は彼らに、とある提案を行った。 「私は、こちらに志体持ちの方々がいらっしゃると聞いて、開拓者の仕事を勧めにきたのですよ」 「ほう」 警備隊長と面会した咲は、率直に用件を切り出した。 「ギルドは報酬の払いも良いですから‥‥資金面でお困りでしたら、出稼ぎみたいな感じで依頼をこなすのもありだとおもうのです。どうでしょうか?」 警備隊が資金難とみて、開拓者としてギルドの仕事を請けて活動資金を得る事を提案したのだ。開拓者経験があり、実戦から遠ざかっても居ないなら、訓練不要で再契約する事も難しくはあるまい。今は有事だ、即戦力はギルドも喜ぶ。 「大変有り難い申し出ですが、私はこの村を守るので精一杯。とても奉公の適う身ではありません」 「残念です」 梅蔵は「俺は地廻りが性に合ってる」と断り、柏木には「気が向いたら」とはぐらかされた。風荻は白いものが混じった頭髪をかきながら、 「20年だ。わしらはこの村を守って来た。骨を埋める覚悟が無くては、出来ない話なんだ」 「いえ、村を捨てる訳では」 「もし依頼を受けている間に故郷が襲われたら、お主は依頼を放り出すかね?」 「在り得ません」 たとえ故郷が壊滅しようとも、志士たる己がそれを許さない。 此花は引き下がった。 開拓者は異世界からやって来た救世主でもなければ、陰陽師の式でも無い。元をただせば村人、町人である。ギルドは開拓者を増やすため、様々な方策を取って来たし、自警団のスカウト等も行われてきた。それは一定の成果を上げ、開拓者の数は年々増加しているが、まだまだ志体持ち=開拓者というには程遠い。 「――それで野郎、大慌てで逃げちまいましてねぇ。志体持ちが死体持ちになったってぇ、しまらねぇ話なんでござんすよぉ」 酒を手土産に警備隊を再訪した雨傘 伝質郎(ib7543)は隊長室に転がり込み、頼まれもしない馬鹿話を聞かせていた。 「それにしても、早く戦が終わらねえと、民草は堪ったもんじゃねえや。いつの世も、戦で苦しむのは下々ってぇ相場が決まっておりやす」 どことは言わないが、戦いの重税に苦しむ村民の話をする雨傘。 「お主、悪い酒のようだな」 「そうかもしれやせん。でも旦那ぁ。あっしは思うんでやすが、英雄ってなァ 雨傘と同じでやす。普段は萎んでて雨の時だけ開けば良し」 降り止めばお荷物。 「‥‥弱ったな」 雨傘が覗きこむと、京之進は合点がいったという顔をしていた。 話は冒頭に戻る。 相手が頑固者だけに、正攻法の此花が通じなかった事を想定してネシェルは警備隊を強引に駆り出す力技を使う。 「他の者と協議してみよう」 「急いでね」 急遽開かれた幹部会議で、隊長は北面に向かう事を主張したらしい。ネシェルは協力する旨の答えを聞いたが、出発準備を待っている間に、思わぬ方向に事態が動く。 「森へ調査に入った柏木が戻らぬ。奴も手錬れ、或いは大鬼が現れたか」 「まさか!」 驚く咲。確認と捜索の為、森に在る夕堂の庵に向うという隊長らに二人も同行した。彼らは途中で无と合流する。 「丁度良い。私も先達にご挨拶しましょうか」 無事、庵には着いたが、夕堂は柏木を見ていないという。手分けして森を探索する事になった。 長い艶やかな黒髪が、意思を持つように逆立ち、風に逆らって揺れ動いていた。 髪の隙間から伸びた一本の長い角と、黒々とした外套から漏れ出る瘴気、二人の陰陽師でなくとも見誤ることは無い。 闇の戦士は雪降り積もる樹木の陰に立ち、槍のように伸びた角は赤く濡れ、刺し貫かれた久留間京之進の身体は動かない。 「アヤカシ!?」 「‥‥拙者は‥‥妖怪うひょうひょ仮面‥‥だ」 意味不明の妄言を残し、隊長を殺害したアヤカシは森の奥へ消える。 「待て!」 追いかけんとした咲を无が制止した。 「状況が分からなすぎます。‥‥あれは、大鬼では無い」 「ご縁が無かった様でやすなァ、是非もねェ、もう一方に売り込みに行きやす」 領主館を出た雨傘は、警備隊長戦死の伝令とすれ違った。 思惑は絡み合い、予想外の変事まで出来した。 開拓者は一度都へ戻り、警備隊の始末は次回へとつづく。 天運:20 |