【空】箱の中の空
マスター名:まれのぞみ
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/06/07 23:28



■オープニング本文

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「ねぇねぇ、これを見てよ!」
 はずんだ声がする。
 雪解けの水音が響く林から聞こえてくる弟の声は、まるで雪国の人間が切望してやまない春の日差しのようで、ぬかるんだ林の小道をゆっくりと歩いてきた兄の足が、しだいに小走りになってしまったのもそのせいであろう。
 冬長く、春遠い、この地にもようやく短い季節の息吹がしてきた。
「どうしたんだい!?」
 母に頼まれ、村のそばの林に野草をとりにきていてた兄弟が、それを見つけてしまったのは、どんな運命のいたずらであったのか――手招きをする弟の指先が運命に誘う。
「ひどいものだな……」
 今年の雪も、例年どうりのものであったが、暖かくなって地面がゆるんでから、ふいに戻ってきた寒さと、大雪のせいだろう。
 すこし小高くなった林の丘には、大きな木があったのだが、その丘が崩れてしまって、木は横になってしまっている。幼い頃には、村の友人たちと秘密基地にしていたものだが、こうなってしまったら、ただの木材だ。
「これで、本当に失われた城になってしまったね」
 たぶん、腐るにまかせてキノコの菌床にするか、干して薪にするか、なんにしろ天儀ではないこの地では、これを社にしようという考えはない。
 そもそも大帝の知るところになれば……
「おお、怖い、怖い」
 震えながら、ひとりごつ兄に、弟が無心に声をかけ続けている。
「ねえ、見てよ」
 その倒れた木の下から、なにか見つけ出した弟の目は光り輝いていた。
「へ――」
 なんの箱だろうか。
 子供の手には、やや大きな箱は木にしては腐っている様子は見えない。しかし、さわった感じ鉄でもない。
「なにか書いてあるのかな?」
 泥まみれの表面をぬぐってみると、なにか描かれているようだ。
 そこで、すぐそばにある池に運んで、洗うと、土塊に隠されていた表面があらわになった。青い、青い――彫刻だった。
「雲かな? 空?」
 のようにも見えるが、はたしてなんの絵だろうか。
 少年たちには、それがなんであるのかはわからなかったが、きらきらとかがやく、お宝を発見したことに違いはない。
「綺麗な箱だよね!」
 満足げな弟が、その箱をなでますわすと、
「あれ?」
 なにかのはずみで、鍵が外れた音がした。
 そのとたん箱が開いたかと思うと、突然、つむじ風が小箱の中から吹きだした。
「おい!?」
 その時、兄は見た。
 吹き出した突風があたりの雪や池の水とともに弟の体を上空に舞い上げたかと思うと、その弟の体を、手の形をしたなにかがわしづかみにして、そのまま箱の中に弟とともに消えていったのだ。
 そして、それっきり箱は開かなくなってしまった。
 それは、ジルベリアの言葉で「失われた城の泉」と呼ばれた池のそばのことであった。



■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
明夜珠 更紗(ia9606
23歳・女・弓
ハーヴェイ・ルナシオン(ib5440
20歳・男・砲
戸隠 菫(ib9794
19歳・女・武


■リプレイ本文

 うっすらと開いた瞼に光がかかると、遠く、深い場所に沈み込んでいた意識が浮かび上がってくる。
 浮上した少年の意識は、しかし、見知らぬ暗闇の中にあった。
 ここはどこなのだろうか――
 たしか、箱をさわっていたら――どこからか声がした。
「起きたの?」
 別に気にはしていないが、義務的には言わねばならないから言ったという声音だ。
「どこ?」
「――そうね」
 指の音がして、少年の目の前の一角にぽっと灯がともり、その光の中に短い髪の背中が見えた。
「誰?」
「わたしはシショ。それ以上でも、それ以下でもない」
 うすら明かりのランプの下で、なにかの書物を読みながら、彼女が応える。
「シショさん?」
「そう」
「シショさん、ここはどこなの?」
「ここ? ここは――」

 ●

 戸隠 菫(ib9794)が頭をひねっていた。
(箱が子供を飲み込んだ?)
 雪の残った森の小道を歩いている。
(何とか助けだしてあげたいね!)
 そう心に決めたこところで、まず疑問。
(そもそも、この箱、アヤカシ? 精霊? それにしてもね、大木の下に埋まっていたんだよね、箱。そして、池の名前も気になるなあ)
 わからないことばかり。
 とりあえずは、まずは情報収集。
(この辺の伝承、特にお城に纏わるものを聞きこんでみるよ、うん)
 と、歩き出したら、背後から声がした。
「おや、あなたは?」
 ふたつの馬上に、ふたつの影がある。
 どこかで見たことのある顔。
「ううぅんと……」
 あの人でもない、この人でもない。ええとあの仕事でもないし、この依頼でもない。ええっと、ええっと――……あぁぁ!?
 ようやく思い当たった。
 封印された迷宮などとギルドの職員が言っていたが、あの件の依頼人たちだ。
 まったく、我ながら多くの人に出会ってきたものだと思いながら、そこは営業スマイル。すぐに思いつきましたよというすまし顔で質問。
「なぜこちらに?」
「ここは、わたしたちの領地なんですよ。いや、領地というよりも、我が一族の発祥の地でしょうね。それで、雪も解けたので墓参りにきたのですよ」
「失われた城のな」
 かいがいしくも語りかける弟とは違って、兄がつまらそうに語るが、その言い放った単語が、戸隠の心をつかんだ。
「失われた城!?」

 ●

 羅喉丸(ia0347)の頭にはひとつのイメージがあった。
 大空に見開かれた巨大な目玉。
 とある依頼で出会った正体不明の驚異である。
(手の形をしたなにかか、前回みた目玉と何か関係があるのか?)
 胸騒ぎを覚えながら、どのようなつながりがあるのかわからぬまま、羅喉丸はその依頼を受けていた。
 失われた城の泉――
 あるいは、その名前に心惹かれたのかもしれない。
(念のため、前回は空の穴の中に城があったので、ある日突然、城が消えたとか、失われたとかいう話がないか――
 やはりあった。
 戸隠が情報をどこからか得てきた。
 かつてこの地にあった、とある貴族の城が、空から伸びてきた腕によって城を奪われてしまったのだという。
「だから失われた城の泉か」
「それにね――」
 その時、城の美しさを誇っていた貴族は、とある商人から、けして開けてはいけないという条件で美しい箱を買ったという。そして、寓話が常にそうであるように、その約束は破られ、貴族は代価を払うこととなった。
 つまり、城は大空へと消え去ることとなったのである。
「ふむ……気になる事は多いが、まずは子供を安心させてやらねばな」
「……なにはともあれ、まずはこの箱をなんとかしないとな」
 明夜珠 更紗(ia9606)も眼前のテーブルに置かれた箱を見下ろした。
 箱である。
 見事なまでの彫刻の施された四角い鉄らしき物体。
 天空の様子らしきものが描かれた、美しい箱だ。
「パズルは自信が無いので一番最後か二番目くらいでな。先に挑戦した人のやり方をよく見ておくよ。突破の参考になるだろうし、些細な変化も見逃さないでおくぜ!」
 と、ハーヴェイ・ルナシオン(ib5440)は早々にやらないぜと宣言をする。
 明夜珠もまじまじと箱を眺めてから、、
「こういうのは、おふたがたの方が得意でしょうね」
 と、泰拳士と武僧にウィンクをしてみせた。
 万が一、ふたりが失敗したら自分も挑戦してみるから――ほら、と促され、うーんと戸隠は両腕を組む。
「そうすると……開けるしかないけど……」
 箱の開く様子を見ていた子に、どうやって開けたか事前に聞いて見ても、適当にさわっていただけだと応えただけだった。
「曖昧すぎて、さすがに何かのヒントになるかな? 適当に、だもんな。後は、兎に角じっくり観察して、仲間が開けようと試みている時も何処をどんな順序で触っているのか確認するだけか――と、開ける順番は……コインで決めようか、うん。どっちにする?」
 懐から一枚のコインを取り出す。
「そうだな、裏と表でいいかな」
 羅喉丸が彼らしくもない、いたずらっ子の笑い方をしてみせる。
「じゃあ、あたしはコインが立ったらね――」
 いたずら少女の笑みで応じると、天を二転、三転したコインはころり。
「さあ、俺だな」
 羅喉丸は箱を睨んだ。
 下手にいじると何が起こるか分からないので、まずは触れずに観察する。
 形を観察し、模様を観察し、なんの仕掛けがあるのかと観察する。
 気は研ぎ澄まされ、物が大きく見えてくる。
 何か開けるための手がかりはないか――どんな物なのか――類推できるものはないか――ヒントはないか――ヒントは――探り、探り、探り――天空……時間の流れ。そこに見えたイメージ。空に浮く城のイラスト。そこに触る事で城にいけるのではと考え――直感を信じ――かちり――

 ●

 ……気がついたら何か変な場所だった

 ハーヴェイが、独白する。
 彼と、その仲間は見知らぬ空の上にいたのだ。
「どうしてこうなったのか記憶がさっぱりだな」
 そしてあたりを眺めれば風景は流れ、雲がよこぎっていく。突然、空に放り出されてしまったという感じだ。ただ一点、奇妙なことはアル=カマル産の絨毯に座って、四人は空を駆っていることだ。
「ここは現実なのか、それとも仮想世界の類なのか……」
 明夜珠がひとりごつ。
(仮想現実――……)
「えっ?」
「どうしたの?」
「なにか言ったか?」
「うん?」
 仲間を首をかしげる。
「ちがうか……どちらにせよ、元の場所に戻るには進むしかなさそうだ」
 不可思議な現象に初めこそ戸惑うが、すぐ開き直って、あたりに警戒の視線を向ける。
「とりあえず、先に進んで子供を助けりゃいいんだろうか? 面倒な仕掛けとか無いと楽なんだけどなー」
 ハーヴェイがやれやれと頭をかくと、明夜珠が弓矢をかまえた。
「残念な知らせだ」
「ああ、本当だな。どこかで見たことがあるアヤカシの群れが見える」
「どこで見た?」
「どこかで」
 誰もが、それだけの冒険をしてきて、そして生き残ってきたのだ。
 死屍累々のアヤカシの屍を踏み越えて生きた者たちだけがもつふてぶてしさで、かれらは迫る敵を睨んだ。
「人が使えるものがあるということは、これを残したのは人なの? ということは、目や手はガーディアンの類ではと考えるべきか――」
「どちらにせよ、元の場所に戻るには進むしかなさそうだ。操縦はまかせた」
 ハーヴェイは仲間に運を任せ、自分は自分だけができる仕事をすることとした。
 つまり、迎撃に専念したのである。
「おうおう、たくさんいらっしゃって」
 無理に撃破を狙わず、クイックカーブや単動作で出来るだけ隙をなくして攻撃をつづける。
「おっと、操縦の邪魔はさせないぜ」
 間合いの空きをつき突っ込んできたアヤカシに牽制の攻撃を加える。
 羅喉丸と戸隠も自分の仕事に専念することにしていた。
 特に戸隠は、遠距離を攻撃する武器を持っていないのだ。
「絨毯の操縦するね!」
 ということだ。
 しばらく羅喉丸に操縦をまかせアヤカシどものの行動を観察していたが、なんとなく敵が行かせまいとしている方向がわかるようになってきた。
「ああ、そうか! あっち言って!」
 みごとにアヤカシの大群からは逃げることができた。
 まだ試練がつづくのだろう。
 練力が足りなくなったら使うつもりでいる節分豆を袋から出して、手の中にいれて、これからくるであろう苦難に備える。
(でも、ちょっぴりアル・カマルの御伽噺みたいで良いなあ――)
 などと、すこしでも思っているうちに雲が拡がってきた。
 あっという間に、白かった雲がまっくらとなって、あたりはあっとういうまに風と雷の迷宮と化した。
 嵐の中を突っ切って、それでもなお追ってくるアヤカシを払っていくと、弓矢を放ちながら、あたりを観察していた弓術師がそれに気がついた。
「あそこか!」
 雲間に見えた。
「あれか!」
 両開きの扉が閉まりかかっている。
 羅喉丸が水晶球に似た操縦桿に念をこめた。
「ええぃ、ままよ!?」

 ●

「ててて――」
 明夜珠がぶつけた頭をさすった。
 たしか、空に浮かんだ扉に絨毯にのったまま突っ込んできて――ぱっと上空から光がさしてきて、自分たちがどこか地上にいることがわかった。
 どうやら空に浮かぶ、巨大な岩が何枚も浮かんだ空間にいる。
 そして、その真ん中の岩には、左右に四本の手を持ち、足はなく、空に浮いている鎧の姿があった。
「ガーディアンの類のようだな」
 羅喉丸がにやりと笑った。
(しかし、予想はとは違う形が――)
 なんにしろ戦ってみればわかることだ。
 さて、問題はどのように戦うかだ。
 幸い、敵は攻撃してくるそぶりはみせない。
 たぶん、敵のテリトリーに進入したことを判断して襲ってくるタイプなのだろう。
 目の前に見える、岩盤のステージは、ところどころに空がのぞくほどの隙間が開いていて、それぞれが独立して、大きく揺れている。
 たとえれば、春の池の水面で砕けた氷が浮かんでいるようなものだ。
 しばらく観察していたが、足場が突然、消えたりはしないようだ。
 しかも敵は空を飛びタイプときた。
「ならば、こちらだな」
 背中から持ってきた弓を取り出す。
 用心としてもってきたが、みごとに勘があたったようだ。
「なんだか知らんが、襲ってくるなら迎撃するまで」
 明夜珠も獲物を狙った鷹の目を模した宝珠のはめ込まれた弓矢を射る。
 月影や朧月など、さまざな攻撃を仕掛けるつもりだ。知覚と物理どちらが有効か確かめ、より有効な方で攻撃しよう。
 ハーヴェイの作戦は、射程圏内に相手を常に収められるよう位置取りを頑張りつつ、弐式強弾撃とクイックカーブで援護射撃をするつもりだ。

 さて、こうなると――

「歩きにくいな……天狗駆は地面じゃないから無効、と……」
 戸隠は、揺れる地面を片足で、こんこんと叩いてみて、すこし困り顔。
 仲間はと見れば、弓と弓と、狭間筒。
 みごとに遠距離武器ばかり。
 それに対して、自分の手にした得物は天輪棍。
 どう見ても近接武器である。
「うーん……」
 こうなれば――
(あたしは、兎に角攻撃できる所まで接近するしかない!)
 と、決心をして
「えぃ!?」
 揺れる床から床へと八艘飛び。
 口には、戒己説破で状態異常への対抗も忘れずに、背後から仲間の援護を受けて、ついにアヤカシのいる地面に着地。
「はぁい」
 とアヤカシに挨拶がてらに一撃を加え、さらに、えいっと背後に蹴り出して、
「精霊さん、お願い!」
 片手で印を結び、目をつむり、精霊に助力を乞うと、そのまま、こんどは前方に駆けだして、大振りの混をふりまわす。
 跳んでははね、はねては跳んでの大活劇。
 頭をたれては、敵の剣先を髪の数本を犠牲に首を守る。
 しかし、敵の腕は複数。
 それを避けても、つづけざまに一の刃に、二の刃、さらには三の刃までもが迫ってくる。
 よけても、よけても――というわけにもいかない。
 まずい!?
 いらぬ被害を被り、体勢を崩したところに、もう一撃。
「あぶないな!?」
 飛来した弓術師の矢が、大きな弧を描き、アヤカシの刃にぶつかって、その勢いと向きを変えた。
 ありがとう――と感謝する間もない。
 さらに銃弾と、別の矢がきて敵の体勢を崩す。
「おい、あいつは物理の攻撃が有効なようだ」
 一端、一歩さがって体勢を整えると、迫る四本の剣に三本の矢と直角に曲がった銃弾が命中し、混が残った一本の腕ごと敵の剣を粉砕した。
「やったね」
 くらくらとなったアヤカシの姿に泰拳士が機会到来と弓を投げ捨て、走り出した。
 その間にも武僧と化け物の戦いはつづく。
 くるりと反転しては、
「いくよ!」
 の声とともに、混を体ごと一回転さすてアヤカシの体にたたきつけ、ふらふらとなったアヤカシに足の届いた泰拳士が鎧の首のあたりに拳をたたき込み、最後、アヤカシの頭上から天輪棍を振り落とされると、その化け物は沈黙した――

 ●

 アヤカシが消えていった。
「そういや、吸い込まれたっていう子はどうしたかな?」
 戦いの緊張から解放され、ハーヴェイがやれやれと背伸びをしてから、ふと表情をあらためた。
 ここまできた目的を思い出したのだ。
 明夜珠は、倒れたアヤカシのいたあたりに片膝をつけて、探っていた。
「鍵……かな?」
「鍵……だな」
「鍵ね」
「鍵にしか見えないな」
 おもちゃかと疑う巨大なサイズの鍵が見つかった。
「なんに使うのかな?」
「お宝の鍵か、門の鍵か、あるいは――」

 おーい!?

 そんなことを言い合っていると、元気そうな声がしてきた。
 見れば――依頼人に似た――少年が走ってきてきている。
 明夜珠はほっとした。衰弱が見られた場合には栃面家の飴湯を与えようとも考えていたが、そんな必要もないだろう。
 だが、すぐに目の色がさきほどの戦っていたときと同じものとなったのは、少年ではなく、その背後に立つ、水面の影のように揺れる存在があったからであった。
「からくり?」
「アヤカシ……か?」
 それが首を横にふる。
「どっちだっていい。わたしの天空の図書館に迷子が入り込んできた人間を保護した。そして、あなたたちが助けにきたから返す。ただ、それだけ」
「敵? それとも味方なのか?」
「そんなことは知らない。わたしにできることは見ることだけ。観察して記録する。それがわたしの仕事。人類救済のアヤカシというシステムの中で、人間が……――」
 そこまで言いかけたところで、その影はふいに消えた。
「シショさん、どうしたの?」
 少年が不思議がっているが、開拓者たちには、それが本体ではなく、幻のようなものであったという察しはついた。
「いや――」
「帰ったわよ」
 男たちが言葉を探しているうちに、女たちがそう子供を言いくるめていた。
「そうなんだ」
「とこで、どこから来たの?」
「あそこ!」

 そこには、暗闇をはらみながら閉じられていく扉と、もうひとつ、こちは、あの雪の小道へとつながる扉が開いていた。