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■オープニング本文 「船長、雲が見えてきましたぜ」 「ああ見えてるよ」 双眼鏡をのぞき込みながら、貿易船ヴェーチェル号の船長が、ため息まじりの返事をする。 貿易船の行く先に見えるのは、巨大な積乱雲である。 雲間に稲光を見える。 「方向を変えるぞ――」 操縦士に告げ、嵐を回避することを選んだ。 急ぐ旅ではない。 それに、最近、この航路では行方不明になる船も多い。 用心には用心をと依頼主からも言われている。 ならば、わざわざ嵐の中に突っ込んでいく必要はないだろう。 操縦士がハンドルを操作すると、舵が方向を変え、飛空挺のエンジンがとどろき――奇妙なうなり声をあげた。 「なにか見えます!」 船員が叫んだ。 雷鳴が轟く雲間に、かっと見開かれた、ひとつの目玉があった。 そして、まっかな口を開きながら、それが飛空挺に向かってきた。 「ば、化けものだぁぁぁ!?」 ● ジルベリアの商人たちが集まる酒場のひとつが開拓者ギルドの裏手にある。 「またかね……」 貿易も営む商人、マネレンダがため息をついたのは、飛空挺が行方不明になったために載せていた荷が手にはいらずに、いささかの損をしたからであり、同時に、現在の空路が使えなくなったのでないかという可能性に気がついたからである。 「まったくついていないよ」 仲間の商人が頭をかく。 頭をかかえるほどまで困ってはいないのは、卵を同じ籠には入れないという、商人としての最低限の用心深さはもっていたからである。 つまり、マネレンダや他、数人の商人たちで協同で資金をだしあい船を雇い、外国の港から荷を運び、それをジルベリアで売る。そして、儲けは出した金額の割合で分割するという契約のもとおこなった商売のひとつが失敗したにすぎない。幾らか懐は痛んだが、彼にとっては幾らかで済んだのである。 「それにしても、な――」 と、自分の中での葛藤は終えたらしい、商人のひとりが、こんどはまわりに目を向け始めた。行方不明になった船長や船員たちや、その残された家族に思いがいたったらしい。 知らず、全員が、短いながらも黙祷をした。 やがて感傷の時間は去り、理性の時間が訪れる。 「問題は、こう何度も、あの空域での事故が多発するとなるとなにかしら原因があるのかということだな」 「気象の問題ですかね?」 「あるいは噂に聞く空賊にでも襲われたのでしょうか?」 「商船の格好をして近づいてくるという噂ですね。ただの商船だったら情報を得る機会だというのに……」 「それだったら夜中、船員が眠った頃、襲ってくるアヤカシの噂を聞いたことがあるぞ」 「いろいろと話はあるものだな。やはり、誰かが、そこに行って調べて貰うのが一番だが――」 さて、誰がと言いかけたところで、横から声がかかった。 「はいはい、みなさん、おもしろそうな話ね。その話、開拓者ギルドも載せてもらえないかしら?」 商人たちには、いささか見馴れた用紙をひろひらさせながら、ひとりの女が声をかけてきたのだった。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
ペケ(ia5365)
18歳・女・シ
明夜珠 更紗(ia9606)
23歳・女・弓
シーラ・シャトールノー(ib5285)
17歳・女・騎
ハーヴェイ・ルナシオン(ib5440)
20歳・男・砲
雨傘 伝質郎(ib7543)
28歳・男・吟
リズレット(ic0804)
16歳・女・砲 |
■リプレイ本文 遭難続きの新航路……か。 天気か、賊か、アヤカシか。 それとも何か他の原因があるのか…… うーん、よく分からねぇな。 ま、行ってみりゃ分かるか。 ハーヴェイ・ルナシオン(ib5440) ● 「はい、これが貸し出しの同意書です。とりあえず、ここに代表者ということで、仮のサインをお願いします。当日には、正式契約書に全員でサインをしてもらいますから。それと、そのぶ厚い約定は、しっかりと読みこんでおいてくださいね。開拓者ギルドの法務部が全身全霊をかけて、開拓者を嵌めるために作りこんだなんて悪口を言われるような代物ですから」 そう言うと、技師が笑いながらウィンクをしてみせた。 そうなんだろう。 これから、借りようとしているのはそれほどの代物なのだ。 女は、すこしだけ、ほんのすこしだけ指先に躊躇するような仕草を見せながら、それでもその顔は、いつものように表情を変えぬままに、みずからの名前を書類に記した。 ――明夜珠 更紗(ia9606)。 「――機体は自分たちがいうのもなんですがかなりのものですよ。ただ……エンジンがね。それ自体はいいものですが、いかんせん、やんちゃで、わがまま。行方不明になった商船があったでしょ、あれのエンジンはかなり、よかったみたいなんですけど、競売で負けて、こちらのエンジンになったそうですよ。だから、いつもすねてる……って、まあ我々はそうなぐさめあいながら――」 もはや技師の言葉は明夜珠には届いていなかった。 真紅の飛空挺を見上げる。 これが、しばらく開拓者たちの空飛ぶ家となるのだ。 名前はまだないが、そのうちつければいい。 どうやら、今回はギルドの方でも船員の手配ができなかったようだ。ならば、自腹をきってでも船員を探さなくていけないだろう。 ● 「おや、あんたは?」 飛空挺乗りの集まる酒場に入っていくと、羅喉丸(ia0347)の顔を見て、こう切り出した者がいた。 「エンジンの件では世話になりましたな」 「ああ、あなたでしたか」 やがて羅喉丸も思い出した。アヤカシに奪われた飛空挺のエンジンを取り戻すという依頼を受けた時の依頼主であった男だ。そして、今回も彼が依頼人ということである。 「それでどのような情報が必要でしょうか?」 ペケ(ia5365)が手をあげた。 「空路開拓時の関係者しか知らない妙な話とかありますか? その空域とか空路ならではの特徴とか? それと空路の気象とか、アヤカシについてとか、空賊の噂って……これははふしぎちゃんにお任せしてたんだ。てへ、ぺろ♪」 ● 天河 ふしぎ(ia1037)という女性めいた風貌をした青年の、そのあとを頭ひとつ分、小さな娘がついてくる。 (荒くれ達の所を回るんだし、リズはしっかり守るから) そっと耳元にささやくと、リズレット(ic0804)というお姫さまを護衛する騎士というさまで人で混んだ店内を進む。 「おや、かわいいお嬢さんたちじゃないか!」 「夢の翼? ああ、知ってるぜ美人ばかりの空賊だろ」 「美女だけの……違う、僕は男なんだからなっ!」 あわてて天河がその美しい顔をまっかにしながら否定をするものだから、真実を知ってか知らずか飛空挺乗りたちがどっと笑いだした。 蛇の道は蛇という事で、空賊連中がたむろしそうな酒場にやってきたのだ。あまり彼女を連れてきたくはなかったが、そういうわけにもいかない。 「天空の姫君たちは、どんな噂がご所望ですか?」、 「噂の空賊についてと、無事帰ってきた人達がその空路で何かを感じなかったか聞いてみたいんだ」 知り合いの情報屋だ。 あいさつもそこそこ仕事の話に入る。 「――どんな些細な事でもいいんだ!」 「些細か……まあ、これは関係はないだろうが、あの空路ができたおかげで、だいぶ景気がよくなってな、仕事も増え、それに応じて飛空挺乗りも増えたんだが、いかせん仕事の数に対して船員の数が足りなくて質の悪いやつも増えたってことだ」 「質の悪い?」」 「夢の翼の方々のようにではなくですか?」 実際、人手が足りないのは事実のようであった。 明夜珠が別のテーブルで、なんとか集めた船員たちと賃金などのことで 「操船を任せられる者がいてくれれば、調査と護衛の精度、双方が上がるのだ。貴方方の安全は私達が命をかけて守ろう。どうか協力しては貰えぬだろうか」 へへへといやらしい笑いを浮かべながら、テーブルの男たちを顔を見合わせている。そんな中に、明夜珠は見知った顔を見つけた。 雨傘 伝質郎(ib7543)。 同じ開拓者のはずであるが、なぜかこちらではなく、そちらの席にいるのだろうか。 問いただそうと唇を動かそうとすると、雨傘は、唇に指をたて、しっとやる。 なにかあるのだろう。 この場合、表情があまり顔にでない彼女の特徴が役立った。 がらの悪い男たちは、やがて仕事を了解したと言ってきた。 ● 港で噂話を集める話になってやすので、あっしもそれに加えて頂きやす。 酒場で皆さんと酒でも飲みながら馬鹿騒ぎを〜って、へへへっとやっていたところ、見知らぬ男たちから声をかけられたでやんす。 「顔が気に入った!?」 酒をおごられ、なんやかんやの馬鹿話をしているうちに仕事をしないかと誘われたんすが、 「いや、あっしには別の――」 と拒否しようとしところで、依頼人の名前が開拓者仲間であったので、なにやらあると踏んだでやんす。 あとは――まあ、おもしろくなりそうだといことで話にのったふりをしてみせることしやす。はてさて、鬼が出るか蛇が出るかでやんす。 ● ハーヴェイが望遠鏡をのぞき込んでいる。 全天がまっかに染まり、太陽が燃えながら、雲海に沈んでいく。 あの太陽は、果たして、どこに消えていくのだろうか。その日、最後のきらめきが、ひときわ美しい閃光を放ち、雲の中に消えていった。 いつかあたりは星々に包まれていた。 「交代の時間よ」 シーラ・シャトールノー(ib5285)が甲板に出てきた。 彼女の提案もあって三交代で監視をしていたのだ。 顔が、すこし汚れているのは、下の方で仲間たちとともに、lなにか作業をしていたからだろう。 入れ替わる間際、ハーヴェイが独り言のようにシーラの耳元につぶやく。 「気になることがあるんですよね。飛空挺の消え始めた時期と、空賊の跋扈しはじめた時期と場所が違うんです」 「どういうこと?」 「空賊と飛空挺の消息不明の噂が出始めた時期を調べてみたんです――」 ● 「すこしは手伝えよ!」 「あっしは楽師ですよ」 「だったら楽師らしい仕事ってなんだよ!?」 「腕は三流でやすがね」 にっと笑って演奏をはじめた。 ♪〜 なげぇ なげぇ 船旅だァ〜 オイラは着くまで 働くフリだけしよう〜 ♪〜 こえぇ こえぇ 探索だァ〜 オイラは終わるまで 探すフリだけしよう〜 「――こんな具合に、勤労意欲を奮い立たせる曲を演らせていただきやす」 「働きたくねぇのに、労働歌をかけるんじゃねぇよ!」 船員たちは、らしくない文句を言う。 ぶつぶつと言いながら体を動かし始めた。 「へ−、不思議なことをおっしゃりますな」 すっとぼけた態度で応じると、相手は簡単にのってきた。 「お前だって本当はわかってるだろ! 俺たちゃあな、本当は――」 ● 大きなくしゃみが、夜空に響き渡った。 船長といえども交代で哨戒にあたらなくてはならない。 「……空はいいよな。今は少々冷えるが」 そう言われながら当番と交代して深夜の甲板に立ったはいいものの、これほどの寒さとは予定外であった。 「えッ?」 だれかが肩から毛布をかけてくれた。 ふりかえれば、そこには見馴れた顔があった。 まわりを見回し、誰もいないことを確認すると、天河はそっとその毛布の端を彼女の小さな肩にかぶせた。 「寒いだろ?」 「……はい!」 リズレットが満天の夜空にすら勝るかがやきを、その顔に発した。 「ふしぎ様は、今回の件についてどう思いますか……? この空を脅かす怪物の噂。それに、空賊……、夢の翼の皆様とは違って悪い方達なのですよね、ふしぎ様?」 「――ああ」 確信を秘めた問いは、心からの信頼をあらわしている。 ふしぎは、月のかがやきにも劣らぬ銀色の真摯なまでのまなざしを、いまさらにようにまぶしそうに見返した。 月下の魔法か。 ほんのすこし手をのばせば、それが手に入る。 しかし―― なんともいえぬ胸騒ぎを感じ、つい、その視線を外してしまった。 その時、天河は目を見開いた。 「あれは!」 月に、なにかの影が見えた。 黒塗りの飛空挺!? その時、船の中で騒がしい音がしてきた。 ● 「どおーだぁ?」 黒い飛空挺の中で親分が椅子にふんぞりかえっていた。 部下が、あの船に入り込んでいる。 こんな夜中に反乱を起こさせるのだ。 抵抗する間もなく、あの船をハイジャックできるだろう。 すでに二隻もの船を、この方法で拿捕している。 きょうも部下が、うまい具合にあの船に乗り込むことができた。どうやら、あちらでも船員を捜していたようで、まさに渡りに船であった。 情報では中にいるのは数人だと聞く。 「楽勝ですね!」 「あぁぁ、そうだな」 「お、合図の火が見えましたぜ」 「おおしぃ、接船するぞ!」 飛空挺に近づき、フックのついたロープが何本も空賊の船から放たれ、そのうちの幾つかが、獲物にひっかかると船同士が横付けされた。 空賊の船から板が渡されて、橋がかけられると、親分が、部下たちをひきつれて拿捕した船に乗り込んだ しかし、静かだ。 「おぉぃ、中にいるだろ! 出てこぃぃ」 中からひょっこりと顔をだした者がいる、 「だ、だれだ、てめぇは?」 「あっしすか? あんたたちの――」 気がつくと、背後にいた部下たちが、つぎつぎと倒れていった。 あっという間に見知らぬ者達に囲まれていた。 そして、親方もいつの間にか、 「ぼいんちゃん!?」 に羽交い締めにされて甲板に転がっていた。 実は、空賊は相手が開拓者だったとは知らなかったのだ。 そして、開拓者と一般人が戦えば、ケンカにもならない。 船に残っていた子分たちが、ロープを斬って、あわてて飛空挺を後退させた。 「あぁっぁ、てめぇら逃げるんじぁねぇぇぇ」 おいて行かれた親分が叫ぶと同時に、船底でなにかが外れるような音がしたかと思うと、開拓者たちの船が、ごとりと揺れた。そして、飛空挺の船底から滑空機が飛び出てきかと思うと旋回しながら空賊の進路を妨害し、船室のまっ正面でマスケット銃を突きつけるのだった。 ● 事後処理が終わった頃には、すでに翌朝となっていた。 「これで一件落着ですね」 ふんじばった空賊たちは飛空挺の片隅に集めて、ひと仕事、終わり。 いや、これで依頼は完了だろうか。 「大山鳴動して鼠一匹ってのが、あっしは好きでやんすよ」 しかし、今回はそんな雨傘の希望はもろくも崩れるのであった。 開拓者たちの会話に耳を傾けていた空賊の親分が首をひねる。 「……おめぇら、なにかおかしいことをいってませんか? 俺たちゃあ、そんなことは知りませんよ?」 「なに!?」 「それでは!」 シーラがハーヴェイのこわばった横顔を見た。 「時期がずれていたのは別に理由がある!?」 外を見ていたペケが声をあげた。 「あ、あれ!?」 「なんだと!?」 巨大な目だ。 飛空挺よりも巨大な目玉が、雲の隙間からこちらをのぞいている。 どこか滑稽であり、非現実的であり、それになにより心底、恐ろしいものであった。 「闇目玉か?」 明夜珠が矢をつがえ、朧月を放つ。 しかし、矢は目に達する目前で消え去った。 避けられたのではない。 消えたのだ。 目を疑い、明夜珠が再度、何本かの矢を放つが、しかし、それはどれひとつ目にたどり着くことはなかった。それどころか、それを消し去ったモノの姿がしだいにはっきりとしてきた。 空に顕れた穴だ。 まずい! 「支援をします」 シーラが、再度、滑空艇に飛び乗った。 「最大船速……離脱する!」 天河が操舵輪にとりつく。 「おおぅ!?」 羅喉丸が機関室に駆け込みレバーをひいた。 エンジンがうなり声をあげる。 穴が近づいてくる。 「軽くなりたかったら、空賊の飛空挺を捨てちまぇよぉ!」 柱にしがみつきながら雨傘が叫んだ。 ペケが甲板に出て縄に叩き斬った。 ゆっくりと飛空挺が離れて行く。 「あぁぁぁ、俺たちの船が、青春が、人生がぁぁぁ――」 「聖域号が、喰われたぁぁぁぁ!?」 穴が空賊の飛空挺を消し去ったのだ。 「ふしぎ様、あれは?」 「わからない!?」 それがアヤカシの仕業であろうということは、その長い経験から察することはできた。しかし、なんだあれは。 「まるで空、そのものが襲ってきているみたいです」 その時、巨大な双眸の眼前で、まぶしい閃光が走り、突然、青空の中にあった開拓者たちの飛空挺が雲の中に消えた。 いや、それは閃光と、煙幕!? 「逃げるが勝ちですよーっ」 ハーヴェイが閃光練弾を放ち、ペケが煙遁の技を使ったのだ。 単なる目隠しだから、すぐに正体と居場所はわかってしまうだろう。だが、開拓者とアヤカシの戦いにおいて一瞬とは、それだけでも決定的な時間となる。 「行くぞ!?」 羅喉丸が大きく息を何度か、吐いては、吸い。 心落ち着かせると、強い思いを載せて、エンジンのレバーをひいた。 エンジンが甲高い、あまりにも甘美は高音で歌声を突然、奏ではじめた。 「これは――!?」 それは激変ともいっていい変化であった。 そのつもりはなかったのに天河はリズレットを抱き留めながら腰から床に落ち、機関室の羅喉丸はエンジンから幾何学状に飛び出たパイプに腹を打ち、しばられた空賊たちは、部屋の中であちらの壁から、こちらの壁まで、ただ、ころころと転がるよりほかになかった。 なにが起きたのか本人たちにはわからなかったであろう。 ただ、機上の人となって上空にいたシーラだけが、それを理解していた 飛空挺が、まさに赤い彗星のようなスピードで急加速をはじめたのだ。 あっというまに、穴の間合いから離れてしまう。 穴は飛空挺を追っていくことをあきらめた。 「あるいは、あの供物で満足してくれたのかしら?」 滑空機のシーラは、高度からそれを観察しながら思った。 目を行方を向ければ、仲間の船が姿が遠くになっている。 逃げきったか。 いい頃合いだ シーラも、その場を撤収しようとした。 最後に、確認するように来し方を見たとき、 「えッ!?」 まるで扉が閉まるように、その穴が、まるで両開きの門が扉が閉ざされていくように、空に消えていこうとしていた中に、空を飛ぶ城を見たのだった。 そう、羅喉丸が探していると言っていた御伽噺のように―― |