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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 「花が咲きましたな」 ここに来たのは冬の始めだと記憶しているが、気がつけば冬もすでに店じまいの準備を始めている。見上げる空は青く、白い雲が浮かび、春の遅いジルベリアであっても冬の雲も冬に従ってどこかへと消えていこうとしているのがわかる。 「年々歳々――」 ここの言葉ではない、どこか遠くの国の、世界の、あるいはアヤカシ本来の言葉で詩を吟じ、そのアヤカシは、それが辞世の句になるのかもしれないと思った。 すでに部下のアヤカシたちの矢は尽き、刀は折れ、黒い塵となって消え去っていくモノたちもあらわれはじめている。 すでに兵の数は、全盛期の数分の一といったところか。 たぶん長くは保たない。 もとより籠城戦などというものは、城の外に救援のあてがあったり、敵の補給が持たないなどの理由でそのうち撤退することががわかっている場合にのみ有効な戦術である。 言い換えれば生死をかけた我慢くらべなのだ。 好きこのんでとる策ではない。 それでもなお、籠城戦のごとき戦いを選んだのは、アヤカシとして誕生した、この幼い果樹園の森とも呼ぶべき名前のアヤカシを守り、育てるためであった。そのためにも、急激な成長によって力を使い果たした、この森の心臓とも呼ぶべきアヤカシの後釜を、ここに迎え入れるためでもあった。 それがかれらが派遣された理由であった。 しかし、その目論見はかなわなかった。 新しき王となるべき熊のアヤカシが、この森へ向かってくる途上で、開拓者によって討ち取られたのだ。 彼自身も、その軍とともに救援に向かったが、森を囲み、さらに策を練った上で守りに徹したジルベリア軍は硬く、なんとか切り開き、月の照らす雪の中を駆ったにもかかわらず、王の元にたどり着いた時にはすでにアヤカシの消滅した後であった。 みごとに手を打たれてたと言うより他にはない。 名も知らぬ人の将に、心で拍手を送り、敗軍の将は森の心臓部にあたるかつての林檎の木を訪ねていた。 季節は春となり、かつてであったのならば緑の枝葉を伸ばしたであろう林檎の大樹も、アヤカシになった現在では、季節とのつながりも失ったかのようであった。 ただ枯れゆくのみである。 もはや体があるだけのぬけがらであり、人間で言えばベットに横たわり、あとはただ死を待つだけの身となっている。 その大樹の死期を看取るのが早いか、あるいは自分が戦場の塵と消えるが早いか、あとは時間の問題である。 ならば―― 背後を振り返り、軍人の姿をしたアヤカシはなにかを決心をした。 |
■参加者一覧
奈々月纏(ia0456)
17歳・女・志
カンタータ(ia0489)
16歳・女・陰
奈々月琉央(ia1012)
18歳・男・サ
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
フレイア(ib0257)
28歳・女・魔
戸隠 菫(ib9794)
19歳・女・武
緋乃宮 白月(ib9855)
15歳・男・泰 |
■リプレイ本文 ようやく体中の疲れと、緊張がほぐれてきた。 お湯に浮かんでいた濡れた金色の髪を、水玉をはじくみずみずしい白い肌や、その胸元にまとわりつかせながら戸隠 菫(ib9794)は湯からあがった。 この戦いがはじまった頃のような肌にさす冷たさも空気にはなく、さすがにジルベリアでも春になったのだと実感できる。 「――でも、少しは村の人に顔を向けられるようになるかな……長く長く待たせてしまったんだ――」 すこし悔いは残る。 戸隠は生まれたままの体でテントの出口に近づいた。 そして、テントの幕をタオル代わりにすると、そのひきしまった裸体を隠しながら、首だけ出してテントの外をのぞき見た。 すっかり顔を真っ黒にした兵たちが、忙しそうに破壊され尽くした陣地の撤収作業をはじめている。 むろん、まだ警戒を解いてはいけないだろうが、その顔には安堵の色があるように思えた。 見上げた雨後の空は、どこまでも晴れ上がっていた。 戦いは終わったのだ。 ● ぬかるんだ地面に気をつけながら開拓者たちは、再びその土地に足を伸ばした。 奈々月琉央(ia1012)が、奈々月纏(ia0456)を転ばないようにと手をとり、すっかり荒れた土地を歩いて行く。 包帯をされ、肩からさがった腕は過剰なものだと彼女は思っていた。 一日もすれば治るような軽いねんざなど、開拓者にとってはケガのうちにも入らない。しかし、これも勲章だ。 夫がどこか心配げに見てくれるのだ今日くらいはいいかなと思えてくる。 討ってでてきたアヤカシを倒し、森は消えた。 だが、用心はしておくべきだろう。 琉央の考えでは、相手が植物を原型にしたアヤカシだった事を踏まえているのだ。 「アヤカシが種など蒔いていたら洒落にならないからな」 「地面を捜索すればいいのよね」 夫の顔を見上げながら妻は、くすりと笑った。 「種子の運び出しが無くても、まだ何らかの手段で残そうとする可能性はありますから、何か地面を掘り返した跡や、地面の上に物をかぶせて隠すなどに注意しながら探しますね!」 風呂からあがり、乾いた衣装に腕を通した緋乃宮 白月(ib9855)も、そのあたりを探っている。 「願わくは……また普通の果樹園として再生して欲しいものだが……」 すこし歯につまったように琉央は、つぶやく。 鈴木 透子(ia5664)も種子のようなものが無いか気にしながら、すべての発端になった土地のそばにいた。果樹園の持ち主の遺骸が残っていないかも探ってみたいところだが、もはやそのようなものは手にはいらないだろう。 あそここそが、もはや墓所なのだ。 場所こそ違うが、ねんごろに弔おう。 言ってまわった言葉のせいで花咲かねーちゃんだと地元の子供たちに親しまれることとなった女は、そう思った。 それにしても―― 彼女の手の中で、なにかが崩れ去った。 さらさらと風の中に散っていく。 ジルベリア軍の許可もあり――自分たちのところでは解析は不可能だし、どうせ解析を頼む場所も同じだという理由で陰陽寮に持ち帰ろうとした――白月が手に入れたアヤカシが残した種子が消滅していく。 そして、一陣の風とともに上空に舞い上がった。 風とともに空から見下ろす地上には、かつてアヤカシに占領されていた果樹園が、いまは深くえぐられ、雨水をたたえ、あたかも池のようになっているのが見えた。 ● (援軍らしき熊妖も討ち取りましたし、残りは果樹園のアヤカシでしょうか。何があるかは分かりませんので最後まで油断せずに参りましょう) 扇で口元を隠しながら、フレイア(ib0257)の目元は笑っている。 すでに策は練った。 (火攻めで森を焼き払い森内に潜むアヤカシ群が森から出てきたところを迎撃し殲滅。敵の抵抗力が弱まったところで森の深奥に攻め入り止めを刺す感じで攻略を試み、敵の反攻が陽動で重要な何かを脱出させる可能性も考慮して追跡班を用意して対処というところでしょうね) あとは気になるとしたら雲行きと――ふと、ある女の横顔と言葉が頭をよぎった。 「森は縮小してるみたいですが、放っておけば無くなるのかもしれないものの最後の反攻に出てきそうな様子です。狙いがあるとすれば――」 声を潜めて、こうつづけた。 「何か形でアヤカシの森を残そうとすると思います」 「森を残す?」 「思いつくのは種子のようなものを残すことだと思います。もし攻撃にでてくるのなら、それを森の外に運び出すための陽動か滅んだ振りをするためだと思います」 ● 言葉を残してテントを出た鈴木は、すでに顔なじみになったジルベリアの兵たちに挨拶をしてまわっていた。ついでのような顔で、森を監視している彼等に森の様子や住民の様子をついても聞いて回る。 同行するカンタータ(ia0489)も前回の防衛戦の提案を受け入れて対応してくれた事に感謝しながら、あいさつをしていた。 兵たちも慣れたもので開拓者たちに笑顔で応え、情報を提供してくれる。 以前の戦いでカンタータの策によって敵の突破を遅らせ、時間を稼いだことによって開拓者たちの決定的な勝利をもたらすこととなった兵団にも足を向ける。甚大な被害を受けた部隊だと聞き、慰問に向かったが、こちらもこれも任務ですからといって将官は微笑し、むしろ彼女の策による最低限の被害ですんだと頭をさげられたほどであった。 恐縮しながらもカンタータは 「もしかしたら更に組織立ったアヤカシ介入可能性があるかも」 と告げた。 眉をあげる兵たちにさらに語り、要請した。 「もしかすると敵が果樹園を囮にアヤカシの種になるものを移動させるかもしれない。可能であれば今回ボク達が攻撃する面以外に前回同様の防衛網を敷いてほしいです」 ● もう冬が終わったんだ、長かったな―― 曇ったからぱらぱらと落ちてくる雨粒をあびながら、空を見上げた戸隠は、ふっと息をつく。 空気はそこまで冷たくはない。 雨が雪に変わることはないだろう。 (流石に反撃とかが明らかに弱くなってきたし、もう少しの踏ん張りかな) かつての果樹園であり、現在のアヤカシの森を完全に囲んだ陣地の中から、戸隠は森を見ていた。 風もないのに、森の木々がざわめているのが見える。 (余力が無いと反撃すら不可能になるから……組織だった対応をしてきた敵だし、起死回生の一手を打っても不思議じゃない。この動きは多分そういう事だよね) 森が動こうとしている。 (血気に逸って飛び出してきたのは遠慮なく討つし、表面を撫でる程度の深さまでの範囲への攻撃で少しずつ戦力を削いでいく) ぐっと拳に力がこもる。 琉央もつぶやく。 「いよいよ決着、か……」 そして、妻の横顔をみ、やがて、その耳元にささやいた。 「最後まで油断せず行こうか」 彼女は表情を変えない。 ただ頷いただけで、突然の来襲に備え、柄に手をかけながら森をじっと見つめている。 森の一角では煙があがった。 ● 「始まりましたか――」 それを予期していたように、それはつぶやいた。 終わりの始まりだ。 ならば、あとはすることは決まっている。 「よろし――」 振り返り、そう言いかけたところで、二体のアヤカシが人間にはわからない概念で愚痴をこぼしていた。 「はぁ……なんで、こんなことになるのかね……。勝手に俺の終わった仕事を許可なく引き継がれて面倒ごとになったから休日に出てきてまで客先でトラブル処理かよ。休出として処理してくれるかな?」 「喜んでサービス出勤をしてくれたと上司には報告しておきましたよ」 「ば、バカ野郎!?」 こほんと、咳をされて、ようやく二体は黙った。 幾つかの箱が、その手元にある。 これに、種が入っているのだ。 すべてが助かるとは思ってはいない。四方八方に数打ちゃ、どれかは逃げれるんじゃないという営業マンの返事である。 あきれたもんだと、再び肩をすくめると、そのアヤカシが応じた。 「まあ、すこしは肩の力が抜けたんじゃないですか? これから死んでいくアヤカシのあなたに、こういうのもなんですがね」 「あの方のもとに、すこしでもな……」 「あの方?」 そこまで言われて助っ人は宛先が誰かを聞くのを忘れていた。 それには同僚が応えた。 「言いませんでしたか? あの司書にですよ」 ● 森が動いた。 木々の枝葉が、人間に牙を向ける。 地面を掘っていた――土木作業ばかりうまくなってと指揮官が苦笑していた――兵たちが、工作道具を武器に変えて戦い、陣地の中へと戻っていくと、幾重にも巡らされ柵の中から、特注サイズの長い槍で近づかぬようにしながら、長距離からの弓矢でちくちくと攻撃を繰り返し、しだいに矢に火矢がまじりはじめる。 「これ以上、この森を相手に犠牲を出したくはない。ここは任せてくれ」 兵士達には遠巻きに矢や火をけしかけてくれる前面に男が立ちはだかる。 こちらの方面でも火攻めがはじまった。 それにしても、衰えたな―― 火に乗じて再び森に突入した開拓者たちは思った。 まだ大丈夫だが、じきに火が拡がってくると火にまかれない様に注意する必要がある。低い姿勢で進むべきだろうか。纏は煙を吸いこまないように、紐を通してマスクのようにした布で口元を押さえた。 前回は突破できなかった迷宮へ挑むのだ。 こんどこその誓いを胸に、かれらは進む。 以前の経験から、視界を遮る木々の葉や茂みに全員で厳重警戒。さらに地面に張り巡らされている木の根や背の小さい草などにも注意する。 それらもまたアヤカシであるのだ。 魔法の障壁に護られながら、兵たちの放った火とともに進む。 降り出した雨が、森の中にさえもふりそそぐ。 時には開拓者みずからが火を放ち、まるでおびえるように逃げようとする、あるいは襲いかかってアヤカシを一刀のもとに斬り倒していく。あるいは人間の技たる炎が、氷が、あるいは空から襲来する石が森をずたずたに切り裂いていく。 むろん、歴戦の開拓者たちに油断はない。 小さいな音に気を配り、人魂を偵察として放ち、敵の動向を気にしながらの侵攻。敵の手の内にあることに変わりはない。 「その手はくわない!?」 戸隠がジャンプすると、もといた足もとに深い穴が開く。 そして、ついにたどり着いた。 ● 「お待ちしていましたよ」 それは、その姿に最後の敬礼すると、やがて振り返った。 最後の仕事を終えた王は枯れ果てた。 もはや思い残すことはない。 あの箱に入れ、この森の次代となる種は部下たちに持たせて、放った。どれほど生き残ることができるかは、それの知ったことではなかった。 あとは、各々の運にまかせるより他にない。 それはしかたない。 相手が、自分以上に考えた。だから負けた。ただ、それだけのことなのだ。 もとより戦いなどというものは、どちらが、より決定的なミスをするか、そして、そのミスをどちらがよりつけ込むことができるかでしかない。 それに、王は失われた。 目的はなくなったのに、なぜ戦う必要があるのか。 策はつきた。 目の前に森に仕掛けた罠を突破し、両の手で足りるほどとなっていた部下たちを滅した開拓者たちの姿があった。 ほぼ、無傷。 予想はしていた通りだから、驚きはない。 代わりにあるのは――歓喜! あとは、ただ散るのみだ!? ● フレイアの策が、アヤカシたちを追いつめていた。 協力を得られたジルベリア軍により、主攻の反対側の攻撃が薄くならざるを得ない箇所に伏兵を配して戦場の離脱を試みる敵に対処していたのだ。 その策ははまったといっていい。 そして、ひとり白月も、それに気がついた。 なにかが森の中で動いたのだ。 なにかをもって逃げようとしているのだろう。 「待て!?」 瞬脚で、追いつき、足止めしたかと思うと、彼の放った青白い閃光がアヤカシの顔を捉えた。アヤカシは背中から倒れ、箱を落として、そのまま転がって木に衝突すると、そのまま瘴気となった。 雷鳴の轟く雨の中、彼は一人でアヤカシを仕留めたのだ。 ● 「ここに来て敵の最後の手段としては森と同化する等して、こちらの犠牲を多く出す事で瘴気を生み次に繋ごうかと考えるかもしれん。それはそれでアヤカシとしては充実した最期かもしれんが……こちらが付き合う義理は無い」 戦前、琉央がつぶやいた言葉である。 このアヤカシならば、そう言われたのならば満面の笑みを浮かべながら、 「ごもっとも、ごもっとも」 と手を叩いたことであろう。 なんにしろ、負けは確定している。 四方から迫ってくる炎と、それに乗して攻めかかってきた開拓者たち。 そして、打ち込まれる大打撃の魔法と剣伎の数々。 それに対抗する術はない。 ただ耐えるだけである。 もとより、個体としては戦うすべをもたぬアヤカシなのだから当然だ。 もはや、それは、戦いとすら呼べるものではなかった。 虐待といってもいいほど一方的なものであった。 アヤカシは、ただ守りに徹している。 しかし、アヤカシも開拓者を、ただで帰すつもりはなかった。 せめてもの抵抗をするつもりだった。 ほら―― なにかの音がしてきた。 それに最初、気がついたのは小さな音にも気を配っていた纏であった。 「地面が揺れている?」 やがて、全員がそれに気がついたとき、アヤカシはすでに半死半生の体であった。 「地震……違う!?」 フレイアの感知結界に反応があった。 空からふりそそいだ岩が、地面ごとえぐった。 木の根が襲ってくるのならばこれで十分だ。 だが、今回は違う。それだけでは感知結界に反応はおさまらないのだ。 「なぜ?」 「まって……!?」 やがて鈴木が、それに思い当たった。 「でも……」 「どうしたの?」 あまりに荒唐無稽で、鈴木も自分の考えをまず信じることができなかった。しかし、始めは疑い、やがてアヤカシのそれまでのふるまいから、確信にいたった。 防御に徹しているのは、時間を稼いでいるのだ。 すでに地面は大きく揺れている。 地面の揺れは森の外にも伝わってきた。 「逃げろ!?」 その声すらもかき消されるような豪雨だ。 ぬかるんだ土地に足をとられ、肩から転んだ妻の手を引っ張りあげて琉央は、兵たちに向かって再び、大声で叫んだ。 声は届いたろうか。 軍は、俊敏な動きをするには、あまりにも巨体すぎる。 しかし、爆発までは時間があるはずだ。 (間に合ってくれ――) それは、大きな罠であった。 あのアヤカシはこの森ごと、開拓者たちに爆発させようというのだ。 一矢報い事ができると確信したアヤカシは、にやりと笑った。 次の瞬間、魔法がアヤカシを射貫いた。 目に人間の女の唇が映る。 赤く、艶めかしいそれが動いた。 それがアヤカシが知覚した、最後のものであった。 ソ・レ・デ・ハ・御・機・嫌・ヨ・ウ |