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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 首が飛んだ。 それがふるった一撃で、アーマーの首が飛んだのだ。 アーマーが膝から崩れ、倒れた音が夜の森に響いた。 「敵襲!?」 「なにが起きた?」 夜の居留地に警鐘が鳴り響き、眠気眼の兵たちが武器を手に手に、テントから飛び出てきた。 「ジルベリア軍の居留地を狙ったのか?」 「反乱軍か?」 状況の全容がわからぬまま、声が悲鳴が喧噪があたりに響き渡る。 口々に、状況がどうなっているのかと怒鳴りあう。 その時、ひとりの兵が気がついた。 「いや、あれは――」 燃えさかる炎に、おもちゃのようなアーマーの首を手にぶらさげた一体の生物の影が浮かんだ。 「熊……!?」 だが、それを、その動物の名前で呼ぶには、それはあまりにも異形すぎた。 容貌こそはその名称の獣であったかもしれない。 しかし、その体はあまりにも巨大すぎる。 アーマーよりも二回りも、三回りも大きく、まるで帝国の誇る兵器がまるでおもちゃのようにすら見える。 巨大な子供が、いらなくなったおもちゃを投げ捨てるようにアーマーの首を夜空へ放り投げると、 「あッ!?」 とたん、獣の手は剣となり、鞭となり、ふるごと、戦おうとする相手ごとに形態を変えながらつぎつぎとあたりにいたアーマーをなぎ倒したか思うと、足下の影から、黒い影がつぎつぎと人間大の熊となって兵たちに襲いかかる。 はじめは驚いていた兵たちも、さすがはジルベリア兵。 奇襲にも勇猛果敢な対応をみせていた。 そばにいた仲間が傷つき倒れながらも戦い続ける。 むろん兵たちとてバカではない。 ただの人間はアヤカシには勝てないのだ。 指揮官もそれはわかっている。 戦況の推移を見守り、頃合いを見計らって命じた。 いまが時機だ―― 「逃げるぞ!」 そばにいた兵が笛を吹かせると、戦いのすえにようやく開いた一角に向かって生き残った兵たちを向かわせた。 森の道を走りながら兵たちの心に余裕が生まれた。 背後の炎も、もはや遠い。 追っ手もない。 誰もが助かった――そう思った時だ。 そのとたん、周囲の闇が動いた。 あたりの森に隠れていた熊たちが一斉に襲ってきたのだ。 それは残酷なまでに美しい月が夜空に昇った宵のことであった。 ● 黒い煙があがった。 「ようやく見つけたようですな」 軍服姿のアヤカシの腕に、空から目玉に羽と足をつけたアヤカシとしか言いようのない鳥が下りてくると、やっという声ととに、まるで水晶のようになって、その風景を映し出した。 「見つけましたぞ、王よ!」 その時を待ち続けていたアヤカシは歓喜をあげると、長い髭をぴんと伸ばして森に潜む部下たちに向かって命じた。 「出陣の準備を!」 静まっていた森が、にわかにうごめきはじめた。 その様子に満足にうなずきながら、アヤカシはひとりごつ。 「さて、人間たちはどのような策で対抗してきますかな? 幾つか目算はたっていますが……。まあ、わたしは、わたしの仕事をやるだけですな」 ● 「なにかわかった?」 「わからないことがわかった!」 開拓者からの報告を調べていた職員が、お手上げという態度で手をふった。 「給料さっぴくわよ!」 「ひとの浅知恵がアヤカシの怪異のすべてを白日のもとにさらけだせたのならば、それは怪異でも、驚異でもないわよ! とっくに、あの森を消し去っているわよ!?」 ぎゃあぎゃあと騒いでみせるくせに、その目には確信にも似た輝きがある。 「まあ、そうね、わかっているのならば開拓者ギルドなんて仕事は不要か。それで、その様子だとお手上げをする程度にはなにかがわかったんでしょ?」 「あのアヤカシの森から持ってきた木々の枝や土がアヤカシ化したのに、じきに消滅したのは、もしかしたら栄養源が近くにないと死滅する程度の繁殖能力しかないんじゃないかってのが現在のところの仮説ね」 「栄養源?」 |
■参加者一覧
奈々月纏(ia0456)
17歳・女・志
カンタータ(ia0489)
16歳・女・陰
奈々月琉央(ia1012)
18歳・男・サ
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
フレイア(ib0257)
28歳・女・魔
戸隠 菫(ib9794)
19歳・女・武
緋乃宮 白月(ib9855)
15歳・男・泰 |
■リプレイ本文 空がにわかにかき曇り、テントの幕が揺れはじめた。 不安げにテントの入り口から外を眺めていた緋乃宮 白月(ib9855)の目の前を白いものがよぎり、じきに嵐が近づいていることを告げる。 テントの中ではフレイア(ib0257)がランタンの光の下、ただ黙り込んで地図を見つめていた。 (アヤカシ熊? とただの熊の群れ?) テントに備え付けのストーブの薬缶からは湯気があがり、周囲のテントの揺れる音が聞こえる。 人肌を求めでもしたのか、寒そうに体をすくめて銀の髪が、金の髪に寄り添うようにして、地図をのぞきこむ。 このテント村のどこかでも住む家をなくした子供たちが心細さのあまり親にそうやっているところがあるかもしれない。 不安なのだ―― アヤカシの森の浸食により故郷を追われ、さらに来襲をほのめかされるアヤカシの軍勢。 この嵐のように自然の驚異の前にひとは無力な存在だ。 だが、ここに開拓者がいる。 そのアヤカシに勝てるだけの力をもった人間が! 青と金のまなざしは地図の上に未来を描こうとしてた。 ● 「巨大熊もどきのことだけどさ、話を聞くと、とても強いし、取り巻きが多いのが厄介だよね……」 戸隠 菫(ib9794)が雪道を歩きながら、背後についてきている仲間に自分の考えを述べる。 「一刻も早く村に帰りたい村人達には悪いけど、戦力を集中させてこれを一気に倒さないと森を何とかするにも限度があるしね……村人達にはこらえて貰うしかないか……」 腕を組んだり、おおげさに天をあおいだりして天儀の武僧は、その職にある者にふさわしく弱者に対する思いをにじませる。 だが、同時に開拓者らしい考え方ものぞかせた。 「なるべく、昼間に平原を進行中の所へ仕掛けたいね。動向が分かれば進路を予測して待ち伏せするかな。……って、あれ?」 後ろを振り返ると、そこには人影はなかった。 お嬢さま――いや、既婚者だから、ご婦人だろうか、まあ、どうだっていい。それよりも見えなくなった奈々月纏(ia0456)のことである。彼女になにごとかあったら、旦那さまの奈々月琉央(ia1012)に怒られてしまう。 戸隠はあたりの雪原を見回した。 一面の雪原に、ところどころに見えるかまくら状態になった場所。下は、果樹園か、あるいは貯水池のようなものがあるのかは行ってみないとわからないが、そのうちのひとつに足跡を見つけた。 やれやれと腰に手をやって戸隠は歩き始めた。 すこし先の空がかき曇り、雪が舞っているのが見える。 「あの様子だと、テント村の方は大雪だね」 雲の動きがここからでもわかるほど早い。 じきに、ここにも雪が降り出すだろう。 その頃、森と白の平原――雪の下に隠れた森に足を踏み入れた纏は愛刀の鞘を雪に突き立てながら歩いていた 鞘を突き立てる場所は、一か所だけではなく周囲を何か所か間隔を置き突いて調査。 「……平地のよーに見えるけど、実は池やったーとか沼やったーとか怖い事あるからな〜♪」 ……きゃあ!? その後、戸隠が夫のひとにしばらくにらまれたという事実だけを記すだけにして、このシーンは終了としよう。 ● アヤカシの森周辺は緊張した空気の中にあった。 昨日、ここを訪れた時よりもは状況は悪化している。それがカンタータ(ia0489)の肌で感じる現実であった。 駐屯軍へ要請へ向かう途上、蝶の姿をした式を放ち、森から飛び出ようとしたアヤカシを仕留めるという出来事があったほどだ。 「今回優先での対応が出来なくなってしまい申し訳ありません」 いま自分が経験した事件が頭によぎる。 しかし、目の前にだまされてはいけない。 古来の兵法書に云う。 「敵がしきりに挑発しているのは、策にはめるべく、こちらを誘い出そうとしているからだ」 そして、状況はまさに教科書的なそれである。 「前回確認された植物ぽい4本手のアヤカシ等が統率された形で出てくるだろうと思われます。別件が解決したら駆けつけます」 そこで―― カンタータの目が輝いた。 「策をさずけたいと思います」 「策?」 「はい。アヤカシが森から複数方向に打って出られると困ってしまいますが、兵の3分の1程度にタワーシールドと片手槍を装備で前衛形成。 残る6割を2〜3の小隊に分け、銃や弓装備で組毎順に面射撃を行う等で進行を阻めないかなと考えます。 風向きを考慮して火矢等使い、外周だけでも焼いてください。 本当は熊アヤカシは陽動の類であまり森を長く残すのはまずい感じがしています。ご検討くださいませ。そしてもし、防ぎ切れなければ迅速な撤退を――」 その時こそ開拓者がどうにかしてみせるという、それは無言の決意であった。 つづけて鈴木 透子(ia5664)が森を警備しているジルベリア軍に願い事と、重要な情報を提供した。 「この森のアヤカシとの戦いは、栄養源を断たないと終わらないみたいです」 「栄養源?」 「ギルドはそう考えています。だけどそれが何処の何なのかは良くわかりません。調査をしたいですが熊のアヤカシも放置できないので調査お願いします」 「それはぜひとも必要なことです。こちらもできる範囲でやらせていただきます」 「あと――」 「あと?」 「掘り返された跡のあるお墓の調査に人を割いて貰えないでしょうか?」 「墓をですか?」 「はい。勘のようなものなのですが」 それは彼女にしか知り得ない理由だが、重要なことであるような気がする。 「厄介ですが退治をしないことにはアヤカシの森の調査もできないようです。ひとつひとつ解決して備えると致しましょう」 鈴木の爪先には乾いた泥がすこし残っていた。 ● 「さて――」 戦場として設定された雪原に立ち、フレイアは仲間たちに向かって、再度、作戦の説明をはじめた。 すでに幾日、幾夜、仲間の間で議論しつくした末の作戦である。いまさら説明と確認の必要もないが、意識を集中させる儀式のようなものである。 「まず第一の目標は熊撃破。その後、戦力に余裕がある場合は森の方の帝国軍を支援します。帝国軍から情報はいただきましたから、アヤカシ熊のだいたいの場所は把握できています」 「それから、最新の情報だと最適会戦箇所は、昨日のあそこでいいみたいだよ」 琉央はじろり、発言した戸隠はてへぺろ。 纏はふむふむとメガネのフレームに手をやりながらメモ書きをして、琉央はこちらには、あきれ顔。 「先に熊姿のアヤカシと戦闘。その後に余裕があれば森の対処ですね」 「アーマーを一撃で倒すアヤカシですか、今倒しておかないと後々被害が大きくなりそうですね」 緋乃宮のつぶやきにフレイアがにっこりと笑う。 「正直なことを言えば、余力があれば――などというのは虫のいい話だと思いますよ。それでは、まず足跡探索と望遠鏡による物見による探索で熊アヤカシと熊の群れの正確な位置と進行方向と大まかな移動速度を確認しましょう。それと――」 「ええ、すこし森の枝草や土をばらまいて、仕掛けをさせてもらいました」 合掌するように手をかさね鈴木はにっこりと笑うのであった。 「それから、連絡を忘れていました地雷の場所ですが――」 ● 全員が警戒しながら周囲を見張る。 白い雪原には、四方に雪と空しか見えるものはなく、曇った空もまた白く、白く、白く――ただ、ましろな空間の中に開拓者はいつしか自分たちもまた溶け込んでしまっていくようなそんな感覚に襲われていた。 時間もまた緩慢なものに思える。 「可能な限り明るいうちに攻め入り解決したいところです」 カンタータは誰にともなくつぶやいた。 声をかけあわねば、そのまま、全員がその白い雪景色の中に消えてしまいそうな、そんな不安がよぎるのだ。 空から雪が落ちてくると、風が吹き、粉雪が舞う。 「見つけた!?」 緋乃宮が叫んだ。 白い布に黒い点をひとつ見つけたような驚きは、やがて確信に代わり、しだいに、それは白の衣を漆黒に染める、死神の列であることがわかるまで時間はかからなかった。 巨大な熊もどき――とさえいいたくなる異形――に率いられた熊の群れは、あたかも王者の行進であるかのごとく、ゆっくりとだが堂々と地平の彼方から訪れた。 やがて開拓者達の攻撃範囲を知ってでもいるかのように、その距離のほんのすこしだけアウトレンジでその行進は止まった。 そして、開拓者たちを一瞥すると巨大な熊の王は腕をふるった。 背後の熊たちが一斉に突っ込んでくる。 まさに雪上に盛り上がった、黒い津波である。 地が揺れ、大地が悲鳴をあげる。 視野全体に拡がり、迫ってくる地上の津波。 その時、開拓者たちの目の前が真っ赤になった。 爆発音が音無き、雪原に響き渡り、炎があがった。 熊たちが開拓者たちの仕掛けた地雷原に入ったのだ。 「やったか――!? だが、それはぬか喜びであった。 まだ晴れてもいない煙のなかから残った熊たちと、その主人が恐れを知らずに向かってくる。 死など恐れぬ、いや忘れた獣の猛攻だ。 歴戦の開拓者といえども、鳥肌を覚えざえるを得ない迫力である。 「予定外だけど!」 フレイアが冬の嵐に命じた。 氷の嵐が津波を崩す。 だが、それでも波の一角をくじいたに過ぎない。 琉央は身長よりも巨大な弓を引く。 炎の獣が熊の立ち向かう。 一体、一体と片足から倒れ、あるいはあまりのスピードに背後に飛ぶが、その屍を越え、踏みつけ、まるでかつての仲間すらも、地面の石かゴミであもあるかのように獣どもの奔流はとどまることを知らない。 「くるぞ!?」 琉央は弓を投げ捨て、両手に二本の刀を手にした。 背中から妻の緊張が伝わってきた。 衝突する。 回避する。 ぶつかってくる。 一撃を耐える。 吹き飛び、吹き飛ばす。 血が流れ、流し、刀がふるわれ、獣の爪が人間に襲いかかり、血は白い大地を染め、空から降る雪は血で穢れた大地を白く清める。 「こっちだ!?」 琉央が咆哮で熊たちの軍勢を裂く。 黒い川の流れが枝分かれし、琉央たちの誘う場所へと向かう。 天空も血に酔いでもしたのか、雪は吹雪へと姿を変え、戦場はより混沌としたものとなっていった。 冬の嵐が曲を奏で、剣戟が戦いと死の歌が謡う。 熊たちが、過日、纏がはまった積雪の下の沼地にはまり、そこへ夫婦が襲いかかる。 熊の援軍が来る。 纏は琉央と背中をあわせ戦う。すでに息が乱れ、肩も大きく上下している。疲労は事故の原因だ。雪や泥に足をとられないように注意をしないといけない。そんな中にあっても、夫にその背中を全幅の信頼をあずけられるのは幸せなことだと、妻は思った。 「逝きや!」 炎の刃が熊を切り倒すと、吹雪の中に熊の姿が消えていった。 もはや視界などないに等しい。 「フレイアさんブリザードを!」 どこかで仲間の呼ぶ声がする。 こうなってしまえば、風にかき消されそうになりながらも聞こえてくる、そんな声だけが頼りだ。 「まだ来ますか!?」 カンタータが幾重にもはった結界は、もはや意味をなさなくなっていた。 頭から足まで、自分と熊の血にまみれた鈴木が炎の獣を呼び出し、熊たちに襲いかからせている。あたりにまいたキャンディーなどは血に酔った熊どもの足に踏まれ、雪に隠れ、どこにあるかなどわかりはしない。 もはやどこが自分の傷から流れる血で、どこからが返り血なのかはわからない。後衛に陣取った陰陽師がここまで追い詰められているということが戦況の悪化を物語っている。 もはや開拓者たち前衛も後衛も、あるいは獣たちに、そのような考えなど――あのアヤカシをのぞけば――ありはしない。 獣の海に放り出されながらもなお、開拓者たちは溺れまいともがき、くるしみながら、ただ目の前の敵を殺めていくだけであった。 そして―― 雪の平原が鮮血の平原に変わっていた。 吹雪もやみ、あたりには倒れた熊どもの死体があふれ、あるいは雪に隠れ、山すら作ることができるほどである。 もはや残すは、巨大な熊もどきのみ。 開拓者たちがじりじりと近づく。 しかし、王はうろたえない。 カンタータが推測した通り、大熊アヤカシが繰り出す影熊は薄暮から月が昇りきるくらいまでの薄明るい時間帯に姿を見せた。 待っていたとばかりにブリザードの魔法と、火炎獣の式が大暴れをして、それらを一掃した。さらにフレイアの雷撃がアヤカシ熊を襲う。 ぎらりとアヤカシの目が動いた。 「こっちだよー!」 緋乃宮がお尻をぺんぺんとやって、あっかんべー。 アヤカシ熊の気を惹こうと必死だ。 なんとしても術者から、あの化けものを離さないといけない。 アーマーすらも一撃でつぶしたという、その腕力は、当たったら、まず痛いではすまない。サムライなどとは違って、そのまま戦闘不能になってしまってもおかしくはないのだ。 「この馬鹿でかい熊はなんだ……? あの森の影響だって言うのか?」 小丘ほどの熊である。 離れて見ていたときには漠然としかわからなかったが、じかに目にすると、言葉もシンプルなものになってしまう。 そして、意外なまでにそれの動きは素早かった。 熊の複数ある腕の動きに幻惑され、琉央は張り倒された。 刀が手から抜け、すこし離れた場所に落ちる。 つづけざま、二撃がきた。 まずい――そう、思った時、琉央の目の前に妻の姿があった。 「危ないわ!」 目の前で小さな体がアヤカシの一撃を盾となって受ける。 琉央の目には、その姿が、スローモーションとなって飛び込んできた。 吹き飛んだのは纏。 二度、三度バウンドして、雪の中にめりこんでしまうと、そのままぐったりとなって動かなかった。 「き、貴様!?」 地面に投げ出された、妻の愛刀、長曽禰さん、紅葉さんを手にする。 そこへカンタータの結界呪符が飛んだ。 熊の一撃をはじくと、すこし間ができた。 敵の強力な一撃はバーストアタック的なものを織り交ぜていると予想詠唱完了までの一息遮れれば十分な筈だというのが、彼女の読みであった。 そして、それは正鵠を射る。 黄泉の国から呼び出された形容しがたいなにかが、アヤカシの体をはがいじめにしている。 成敗!――琉央は慣れぬ刃を突き立てた。 ● 「は、は、は、は……」 戸隠は大の字になって、雪の上に背中から倒れ込んでいた。 わけもなく笑いがこみあげてきて、体中の筋肉も笑っている。 ここまで体を酷使したのはいついらいだろうか。 巨大熊もどきが何とかなったあと、余力が残っていれば、森の一部だけでも焼いてみようなどと仲間と語りあっていたが、いまはそんな体力もないし、考えもできなくなっていた。 あたりでも仲間達が腰をおろし、あるいは彼女と同じように横になっている。夫は無事だった妻を歓喜のあまり抱きしめている。 雲は晴れ、もはや月すら西に傾いた冬の夜空がそこにはあった。 |