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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 幕が降りた。 寒々とした石の建物の中に響く音は、たったひとつ。 オルガのする拍手のみであった。 「いよいよ明日ね」 最後の練習が終わった。 舞台にいならぶ小さな主役たちと、その背後の大きな脇役たち。 きょうまでの苦労はたしかに報われ、ひとつの形となった。 それは最終稽古の唯一の観客として舞台を見ていたオルガが、我知らず拍手をしてしまったところかもわかる。 「よくもここまで‥‥」 オルガのつぶやきは、舞台上の者たちの気持ちでもある。 目には涙すら浮かべているのは誰だろうか。 まるで子供たちの晴れ姿を前に、胸をつき、ぐっとくるものがあるのだろうか。 「はいはい、そういうのは明日よ」 オルガは笑った。 「屋敷に食事と温かなお風呂を用意させていますから帰ったら、ゆっくりして、そして矛盾しているかもしれませんけど早く眠ってくださいね」 「ねぇねぇ、ぼくの演技よかったでしょ」 興奮したようすで頬をまっかにした人妖が主人に抱きついていた。 本番はこれからだぞと注意する それぞれの態度で主従たちが場を後にしていった。 最後にひとり残った女はくすりと笑った。 くるりとふりかえってオルガは、誰もいなくなった舞台をもう一度ながめた。 「あの人も来るし楽しみだわ‥‥」 ● 「なぁ‥‥」 「なんだよ」 酒を呑みかけていた男がジョッキを持つ手を止めて、ちらりと飲み友達の顔を見た。 「ほら、あいつのことだよ」 あごをしゃくって部屋の隅を見るようにと促した。 「ああ、見慣れない奴のことか」 村唯一酒場を兼ねた宿のことである。 すでに日も暮れ、家を追い出されたのか、家から出てきたのか、さまざまな家庭の事情の男たちが集っている。もっとも集まるといっても狭い村のこととて来るのは顔見知りばかりである。 そんな中に来訪者‥‥つまるところは宿の客がいれば目立たぬはずがない。 それにしても、きょうの客は度外れだ。 初めての場所なのに、なんの恐れも、遠慮もせず、まるでそこが昔から自分のいるべき場所であったかのような態度で、机に脚を載せ、椅子にふんぞりかえっている。 マントを深々と頭からかぶり、夕方から飽きることなく酒をあおっている。そう、飲んでいるのではなく、鯨飲馬食の下の二語をなくした状態で、ただただ飲んでいるのだ。 しばらく前に、この大酒呑みに、村一番の酒呑みが挑戦したが、挑戦者が敗北者になるのにそれほどの時間も必要なく、敗者は床の寝床に転がっている。 それっきり村人の誰もが、その男に声をかけようとはしなかった。 腰の得物がはっきりと見えたからであり、何よりもその体から発せられる威圧感に誰もかれもが恐れをなしたのだ。 「怖そうな人だな」 「何者なんだろうな?」 「腰に剣をおびているし騎士さま‥‥にしてはがらの悪そうなやつだな」 「怖い顔をしてるもんな」 「傭兵かね?」 「かもしれんが‥‥」 「なんでこんな田舎にきたのかな?」 「ほら、あの劇を見にきたんでないかい?」 「ああ、あの方がいろいろと準備されたという人妖たち演劇かい?」 「そうそう、明日やるじゃないか」 「そういえば、そうだな。子供をつれてけってかあちゃんがうるさかったから家を出てきたんだっけかな」 いい感じで、ほろ酔いかげんになっている。 「だけど、それにかまけた泥棒にきたってたらどうするべ?」 別の酔っぱらいが口を挟んできた。 「そういえば‥‥」 自然、声が小さくなる。 「もしも、もしもだ。みんな劇を見に行ったら盗み放題じゃないか!」 「お前のうちに盗むものなんてあったか?」 「うるせぇな、それよりもうちじゃなくてお屋敷のことだよ」 「ああ!」 「そうだろ。明日ともなれば、あのお屋敷でも人がほとんどいなくなるにちがいない。しかも、あのお方のことだから‥‥」 「どうしたらいいべか?」 「どうしたら‥‥あ、そういえばお屋敷には開拓者がいるじゃないか!」 「そうだ、そうだ、そういうことを得意な連中にやってもらったほうがいい」 「そうだな――」 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
玖堂 真影(ia0490)
22歳・女・陰
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
針野(ib3728)
21歳・女・弓 |
■リプレイ本文 はぁと雑巾を持った手に息を吹きかけると、春もすぐそこだというに、まだ息は白く、ここが北の地なのだといまさらながらに思い出させる。両手をこすりながらささやかな暖をとり、あたりを見回す。 北の地に住む者たちのささやかな望みである春は、もう近く、そしてまだ遠い。 なんと静かな場所なのだろう。 いまでは本来の役割を果たすことのない、この場所はかつて神の信徒たちが集った場所である。見上げる天井は高く、暗く、手を伸ばせば何かが降りてきて、その手を取り、そして人の手では届かぬ世界に連れて行かれるような、そんな漠然とした不安と、そして希望がわく。むろん、そのような夢想とは別に現実として言えば、それだけ広い場所なので魔法による特殊効果が存分に使えるという開拓者の劇にはもってこいの場所である。 玖堂 真影(ia0490)、玲璃(ia1114)、針野(ib3728)の三人は掃除をしていた。 今日はいよいよ本番なのだ。 子供の晴れ舞台の朝のような、自分ではないのに晴れがましくも、不思議な緊張感を覚えながら、その気持ちをごまかすように彼らは会場を掃き清め、椅子を拭き直していた。 頃あいを見計らったように館の使いが朝食を運んでくる。 「いよいよですね」 テーブルに軽食と温かな飲み物を置くと、館のみんなも期待していますよと言い残してメイドたちは去っていった。自分たちも着替えて、あとで来るのだという。 「館の方はどうするのかね?」 そんな疑問もあるが、こちらはこちらの仕事をするまでだ。 朝食で体を温め直し、会場をもう一度、見直した。 「舞台はよし、席もならべた――」 観客の入場方法や誘導方法も確認して、さてつぎは何をやろうか。 と、そこへ彼らが来た。 「おっはようございま〜す!?」 大きな声をはりあげて、眠ったのか、眠れなかったのか、それとも睡眠不足なのか――そんなやわな精神力で開拓者の相棒になれるとは思えないが――すこし不明な人妖と猫又がぞろぞろとやってきた。 テンションはすっかりハイになっている今回の主役たちの登場だ。 玲璃がにっこりと笑うと、懐から裁縫道具を取り出して彼らと一緒に舞台裏へと向かった。すでに着慣れた衣装に袖を通し、ぼろぼろになった台本を手にする。 もはやすらで言える台詞を、いま一度、読み合わせを行う。 本番と言っても、普段と同じようにやればよい。 開拓者と共に命をかけた本場を常に経験しているのだ。ある意味においては、もっとも本番というものを知っているのかもしれないのに、主役たちの顔は普段以上の緊張と興奮を隠しきれないでいる。 「‥‥――」 なにか声をかけようとして玲璃は口を開けかけ、つむぐと、ただ微笑むだけであった。 舞台の外からざわめき声がしてくる。 いつしか人が集まり始めていた。 「いっちば〜ん!?」 数人の子供たちが一団となって入り口に駆け込んできた。 「いったぁ‥‥」 針野に正面衝突。 「あれ、パンを咥えていないの?」 ごめんなさいと言ってから、すっかり顔なじみなった子供たちが不思議なことを言う。 「どういうこと?」 「館の人が女の子はパンを咥えてぶつかるものだって言っていたよ」 「何のことかしら?」 首をひねりながら子供たちを一番前の席にご案内。 「よかったら、最後に『楽しかったよ!』っていっぱい拍手を送ってほしいさー」 その時、舞台裏から声が響いてきた。 その建物の本来の用途を考えれば声が遠くまで届くのは構造的に不思議ではないが、それでも程度というものがある。 舞台裏の声が、まだ開演前の会場に、まる聞こえというのはどうしたものだろうか。 「よっしゃ、信じてんぜ、鶴祇、蘭、蓮華、泉理。劇、ぜってー成功させような!」 いつもと違う衣装を身につけハイテンション。くるくる回ってみたり、軽く跳ねてみたりしているに違いない相棒の姿が容易に想像できる。 針野はあいつめと口にしながら、心では、あいつらしいなと思っていた。 そして、まるで我が子の成長に戸惑いながらも喜ぶ母親の表情でくすりと笑うのであった。 ● 「やれやれ時間切れか‥‥」 気になることがあってオルガをさがしていた羅喉丸(ia0347)は増えてきた客の数に頭をかいた。 オルガの方も別に客の対応をしているらしく、開拓者たちが起きるよりも前に屋敷を出たらしく、今日は誰も顔を見ていない。メイドたちの証言によれば、どうやら寝坊をしたらしく身支度もそこそこパン切れを口に加えたまま屋敷を駆けだしていったらしい。 「そして道角で、いい男とぶつかるわけね。そして始まる恋もある」 とは、なんの喜劇か、あるいはどんな恋愛劇のことを言っているのかメイドが笑い話として言っていたことである。そして、それとは別の劇に出演する男はまだこのような場所にいる。 「出番があるんだろ?」 赤い髪が揺れルオウ(ia2445)が道すがら買った駄菓子を加えながら、じゃあ行けよと羅喉丸を送り出す。すまんといって去るとルオウは残った仲間に向けて肩をすくめてみせた。 「‥‥ちぇー、すっかり邪魔者扱いかよ」 そして、主人は相棒の猫又についてぶうたれてみせた。朝、こんなことを言われたのだと、朝から何度目かの愚痴だ。 「まあ雪なら一人で立派にやれるってのはわかるけどよー。まあ、不審者ってのが気になるのは確かだし‥‥」 雪が聞いたのならば女々しいですぞとでも言うのだろうか、似たような境遇でもある竜哉(ia8037)はただ苦笑するだけであった。 なんにしろ村人から依頼のあった男については遠巻きに観察することとなった。オルガの客という可能性もある――可能性が高いというのが彼らの見立てである――から彼女に確認を取りたかったが現在のところは不明である。 「怪しい奴だったら清光でぶった斬って‥‥え? 早まるなって? わ、わかってらあ!」 血気はやるルオウを押さえるのが今回の仕事かなと竜哉は微苦笑するより他になかった。はじまりの鐘の音が風にのって聞こえてきた。 ● 「誰かが望んだ、誰かが願った。春の息吹を取り戻して欲しいと。ならば理由などそれだけで十分。その先に誰かの笑顔があるなら、退く理由など何もない」 幕開けとともに、長い髪を結いリボンで結んだ騎士が舞台にあらわれた。細くしなやかな身に鎧をつけた鶴祇だ。 魔法の力でふりそそぐスポットライトを浴び、精密細工の人形が動いているような不思議な景色が舞台に浮かび上がる。 かわいいとか、かっこいいといった声が舞台下から上がる。 少々、外の件が気になるので主人との連絡を絶やさぬようにと衣装にプラスした囁きのリボンが意外なアクセントとなった。 鶴祇のそんな姿に少女たちがお姉さま〜といった類の黄色い歓声をあげていた。 (いいのかしら‥‥?) 少々、危険な感じを受けながら鶴祇は舞台の反対側にあらわれた皇帝役の蘭の方へと足を進めた。 ● ひとりの男が建物の外にいた。 つぎつぎと客の入っていく臨時の劇場を前にして、足を止め、つまらなそうに手書きの看板を眺めている。 「ふん」 酒の入った革袋をあおると、道の端に腰を下ろした。 懐から入場券を取り出し、あいかわらずふんふんとうなっている。気がつくと、いつのまにいたのか物欲しそうに見ている幼子がいる。 「劇が見たいのか?」 じろりとにらむ。 大人であったのならば大抵の者が、その眼差しに呑まれ、声を出すことはおろか、体が硬直してまともな応対すらできなかったかもしれない。権威というものを信じる大人ならばなおさらのことだ。ただ権威という目には見えない服だけを着た王に、あなたは裸ですよと言うことができるのは古来より子供ということになっている。 そして、彼も無意識から、その伝統にしたがった。 つまり子供は自分の勘にしたがい、こくりと首を縦に振ったのだ。 「ふん‥‥」 普段ならばけして見ることのない、きたならしい格好をした子供をまじまじと見て、男は券を押しつけるように渡した。 「やるぞ」 名も知らぬ子供が不思議そうな顔をしている。 「行くがよい!」 男は子供を顎でうながした。しばらく迷っていた子供はやがて、ばいばいと手を振って劇をやっている建物の中に消えていった。 手を振り替えそうとして男は正気に戻った。 「まったく――バカだな――」 誰に向かってなのか、上げかけた手を下ろしながら男はつぶやいて酒を再びあおった。 ● 皇帝の登場は爆笑シーンであった。 かつてこれほど愉快な皇帝が登場したのは田舎芝居でももまれであったろう。むろん、狙ったわけでもない事故なのだが、そこはそれ、劇ならではの出来事であったろう。 まず人間ならば美少女としか言いようのない蘭が皇帝役。これは問題ではない。だが、それが男の、それも中年をやろうというのだ。似合わないつけ髭に、着ぶくれをした上に容れ物してでっぷりとした格好になっている。 その違和感に大人たちは息を呑みかけたが、子供たちが正直な笑い声をあげると、それが誘い水になって大人たちも自然に笑いだした。 そして、わざと威厳をこめて低い声で語り出すと、それすらも笑いの種にしかならない。 それでいいのだ。 別に芸術のための劇ではない。悲劇が喜劇よりも高等ないわれもない。観客たちの心の中に精神の起伏を産み、それを表立たせる、それで十分なのだ。 「その命承った」 ちょうど昨晩、主人が何を思ったのかジルベリアの規範に則った礼の練習を繰り返していたのが参考になった。完璧な騎士の礼がとれた。 (礼を言うぞ) (何のことだ?) (こちらの話じゃ――) 遠くの主人に心の中で礼を述べながら、一端、表舞台から去る。 さて―― 「我らの【希望】が旅立つまで控えていた事は礼を言う」 蘭に光が降りてきた。 これより、彼女の演じる彼がしばらくの主役だ。 どこからか声がしてきた。 「妖よ!」 皇帝の声ととも舞台の端から黒い影があらわれた。 頭からマントをかぶり誰かわからない。 「よ、よくも私に深手を負わせ【鍵】を奪い、手出しできぬ様今まで封じおって‥‥。だが、貴様とて私の戦いで瀕死のはず。‥‥だからあの者に行かせたか!」 一呼吸を置き、いま何事か気がついたのだという風な言い方をしてみせる。 そういえば、開拓者や、その供をやっていれば誰でも一度はどこかで見たことが聞いたことがある息づかいだという笑い話が練習中にあった。 「だが冬に愛されし我が主の力を奴は思い知るだけだ。万が一春が戻ろうと称えられるのは貴様ではない!」 「親が子を育てるように、民を守る事に見返りや称賛など求めぬものだ」 「クク‥‥。ならば望み通り人知れず朽ちよ!」 黒衣の妖が、皇帝に襲いかかるが皇帝が剣を振ると妖が光に包まれた。 観客からはどよめきがあがり、妖は断末魔の叫びと共に消え退場。 光は閃癒で演出だった。 舞台裏でやってみたりと玲璃が小さくガッツポーズ。 そして、舞台では彼女の人妖が演じる皇帝、膝をつき荒い息で 「頼んだぞ‥‥」 と言い残し退場した。 光が落ち、真っ暗になった会場は、ただ涙、涙となった。 ● オルガが何やら見つけたらしく客のたまった出店の前で足を止めた。そして、あっちで待っていてくれというと出店の行列にならんだ。 「買ってきたぞ!」 「なんだ?」 「祭りだったら、これがなくちゃな」 ルオウが買ってきてくれたジルベリアの祭り名物の菓子ということである。竜哉とルオウはベンチに座った。男ふたり、出店で買った菓子を食べることにする。 もちろん、二人の視線の先には、やはりあの男がいた。 あいもかわらず酒をかっくらい、建物を見てる。 そして、近づいてくる子供たちに懐からは券を取り出し―― 「何枚出てくるんだ?」 しばらく見ていたが、何枚も、何枚も、まるで手品師でもあるかのように入場券が出てくる。 「怪しい奴だな清光でぶった斬って‥‥じゃなかった、ふん捕まえていいかな?」 血気はやるルオウとは違って竜哉を別のモノを見ていた。 「無銘か‥‥」 「なにがだ?」 「あの男の腰の得物がだよ」 「得物? ああ剣のことか‥‥」 そんなものを見ていていたのかとルオウはあきれ顔だ。 「かなりいい剣だけど、竜哉が他人の剣に興味があるなんて意外だな」 「ああ、かなりいい剣だから気になるのだよ。そのような大切なものに銘らしきもを‥‥わざわざ削っているのがな」 「盗品じゃないのかね?」 「それでは羽振りのいい盗人だな」 ● 「まったくアヤカシはとんでもない盗人なんですわ‥‥」 絵で描かれた村人たちを背中に老人があらわれた。 「知っているのか?」 騎士が問う。 「知っているもなにも、わしらは奴にどれほど悲惨な目にあわされたか!」 「そうか、それで奴のことで何か知っているのか?」 「こいつが、ありかを知っております」 村長の紹介ととも矢薙丸の登場だ。 「かっこつけの騎士さまだな。でもいいさ、ついて行ってやるよ!」 騎士は供を得た―― 台本のト書きは、それだけのシーンである。 台本を書くためにさまざまな書物をあたっていた時、玖堂は、ある書籍で、その一文にぶつかった。その時は何とも思わず流した一文だ。それが台本の一文になったのは単に記憶していただけかもしれない。だが、その後で、お伽噺が台本を通して劇という形になった時、それが文字であるがゆえに持つ重さというものに玖堂は愕然となった。 舞台では劇がつづいている。 その間、旅の様子が歌になって語られる。 いわゆる道行きというものだ。 配役をこなす人数が少ないので旅路の様子を歌にして説明をしてしまおうという手段である。 ジルベリアの劇では珍しい様式で、あるいは天儀特有の演出方法であったかもしれない。これについては監修を担当した雪が首をひねったが、この後の演目とともに、わからないこともないしめずらしいからいいかということとなった。 舞台を騎士と連れが一周して歌が終わると、場面転換としたことになる。 その間に、舞台の真ん中にいた泉理は村長から旅人に早変わり。黒子の格好をした玖堂が泉理の衣装の着付け糸をとると、はらり。はや、別人。 「やぁやぁ、あながたも旅の人かね?」 これもまた天儀の舞台演出だ。 世にもめずらしい変身芸に、村人たちはやんややんやの大喝采。 そして旅人はこの先で怪異が起こっているということを語った。 「化け物?」 「アヤカシじゃねぇのか?」 そう言って騎士と従者は一端、舞台から消えた。 真っ暗になった舞台。そこへ、光が降りてきて、きらりと輝くティアラを頭上に載せた妖精役の雪が登場。そして、ケガを負った自分の身の上をろうろうと語ったところへ、再び主役たちの登場。 そして傷を騎士に治して貰い、妖精が仲間にして欲しいと頼む。 「信じるのかよ!?」 治療する反対していた従者がさらに食ってかかる。 「‥‥信じます」 しばらく考える演技をして騎士はきっぱりと応えた。 「俺は知らないよ!」 旅はこんな二人のケンカシーンと妖精の仲介を挟みながら、はやクライマックスとなる。 四季を司る妖精が騎士たちの前にいた。 「人の子よ、このような地になにようじゃ」 おっととと‥‥蓮華は、いつもの口調になってしまった。 そんな表情をしてみせて蓮華は観客の笑いをとる。 そして、こほん。 「仁、智、勇を兼ね備えた真の騎士なら乗り越えられるでしょう。試練に挑む覚悟はありますか?」 「もちろん」 騎士は断言した。 「それでは、この雪原より春の兆しを見つけるがよい」 「春の兆し?」 「なんのことでしょうね?」 「わかんね」 そう言いながら騎士達は頭を悩める。 その一方で、妖精は部下の守護獣を呼んだ。 「ラゴウ、出番です」 「うぉぉぉ!?」 頭から若布のようなひらひらとした布を垂らした守護獣に扮した羅喉丸だ。そして、音楽に合わせて舞う。羅喉丸が子供の頃みた地元の祭りで神楽の舞がモデルだ。 そして、その妨害をはね除け、守護獣が舞台裏へと姿を消し、妖精もまた床下に隠れると、舞台には何かが残った。 「待雪草――」 それはあたかも雪が消え、あるいは雪がそれになったようにも見える演出であった。さらに一押し。騎士が手にした草は光りだし、笛へと代わった。 「春風のフルート、その名の通り春を告げる横笛です。きっと力になってくれるでしょう」 いつしか四季の精霊の姿もまた消え、声だけが残った。 その時―― 「この時を待っていたぞ!」 黒い衣装に身をやつしたアヤカシがのっしのしとあらわれ、 「万が一とは思っておったが、まさかこうなるとはな! だが、その幸運もここまでだ!」 気持ちのいいほど悪役らしい台詞を吐いたかと思うと、先ほどの戦いで傷ついた騎士が片膝をついているところへ、えいやえいやと剣を振り下ろした。 「しかも、邪魔なお前も傷を負っている! 千載一遇の好機よ!」 騎士が苦しい、苦しいと演技をする。 (騎士さん、がんばって!?) 子供たちの声があがった。 「ええぃ、これが最期だ!」 えいやとアヤカシが剣を振り下ろすと、そこへ従者が割って盾となる。 「意見の合わないこともあったけど、今は背中を預けてるかけがえのない仲間だ」 「お前――」 「春を取り戻せ!」 ――その時、騎士は友を得た。 騎士は絶命し倒れてくる友を抱くと、剣を捨てた。 「愚かな!」 アヤカシが迫る。 騎士はためらわず、笛を鳴らした。 突然、あたりの光が強まり、アヤカシは悲鳴をあげた。 そのメロディーに観客達も声を呑む。 「な、な、なんなんだ――」 もだえ苦しみながらアヤカシは退場となる。 鐘が鳴った。 あたりに春を祝す歌声が響く。 あのなつかしメロディー。 聞き慣れた旋律が心に響き、自然と声が漏れる。村人たちがいつしか、その音楽に合わせて歌い出していた。ジルベリアに昔から伝わる春の到来を喜ぶ、祝福の歌だ。 鐘が鳴る、旋律が奏でられ、歌声が響く。 かつて神への祈りが歌われた場所で、春への素朴な祈りが歌われる。 入り口か吹き込んできた風には、確かに春の息吹があった。 「こんなところにいたのですか?」 「こんなところ‥‥か」 入り口には、あの男が寄りかかっていた。 女が笑いかけてきた。 「俺を劇のあいだ見ていた男たちは、お前のさしがねか?」 「いえ‥‥お客様ですよ。この素敵な劇をやってくださったね」 「そのために、皇帝であるわしが屋敷を追い出され、朝になっていってみれば屋敷に鍵がかかっておったわ」 さすがに、その声はささやくように小さい。 「いい経験だったでしょ?」 「別にしたいとは思わん経験だがな。まったく村の宿で一夜をあかす皇帝か、まるで御伽噺だな。それに何十枚、あの券を配ったんだろうな‥‥」 あんなに入場券を押しつけおってと遠回しに苦情を言う。 「それくらい渡さないと入ってこなかったでしょ?」 夫の性格くらいわかる。男など女にとっては、どんな年上であっても手のかかる子供のようなものなのだ。 「それに、いいものが見ることができたでしょ? 上奏されるたびに幾たびも手が加えられた書類に記された数字ではない、本当の庶民というものを見ることができて――」 「おまえ!?」 射るような皇帝の眼差しをかつての騎士は軽く流すと、舞台裏から大きな声が聞こえてきた。 「んで、無事に終わったから一人ずつ胴上げな、どーあげ!」 「‥‥矢薙丸、一体どこでそんなこと覚えてきたんさー‥‥?」 「終わったようね。さあ、あなたもいらっしゃい。あのかわいらしい名優さんたちや、その主人たちと一緒に、ひさしぶりに手料理を食べさせてあげるわ。朝から別宅で材料の仕込みが大変だったのよ」 「まて!?」 未来の舞台の主役になるであろう男の追求すら、春の風のようにあしらってみせると、オルガはこの場所の舞台の主役たちのもとへ向かうのであった。 |