【黒鎖包】霧の要害
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: シリーズ
EX
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/09/26 19:24



■オープニング本文

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●実果月港
「何をやっている! 越権行為も甚だしいぞ!!」
 長い年月を経て枯れた喉が吐き出す怒声が、港を形成する海の洞窟に木霊した。
「‥‥」
 怒声を浴びる一人の青年は、悔しさからかグッと歯を食いしばり視線を落す。
「自分が何をやったかわかっているのか!」
 怒声の主『穏』は、じっと何かに耐える様に俯く青年『道』に更に声を荒げた。
「お前が調達の仕事を怠ったおかげで、心津の経済は停滞しているのだぞ!!」
 道は島領であるこの心津と、天儀本土を結ぶ唯一の交通手段である船の船長。
 不毛の土地が広がる心津の自給率は非常に低い。
 唯一の特産である茶葉を輸出し、生活必需品を購入することでなんとか生計を保っている状態なのだ。
 ゆえに道が仕事を怠れば、島民の生活に直結する。
「‥‥」
「何も言わぬのか‥‥」
 先程までの怒気は消えうせていた。
 穏は、物言わず悔しさをかみしめる道に、呆れながらも穏やかな声をかける。
「責任は俺にある」
 穏の穏やかな声に促されたのか、道はようやくきつく閉じていた口を開いた。
「そんなことは百も承知だ」
「だから、あいつ等を責めないでやってくれ」
 道の口にした『あいつ等』とは、開拓者の事であろう。
 道の我儘を聞き入れ、死地とも呼べる危険な地へ赴いてくれたのだ。
「‥‥元より責めるつもりはない。それよりも何があったか詳しく話せるな」
 それは穏もわかっている。
 しかし、領主の補佐としての立場上、苦言を浴びせねばならなかった。
「‥‥ああ」
「ならば、戒恩殿の元へ」
 そして、道は穏に腕を引かれる様に、領都である『陵千』へと向け歩きだした。

●陵千
「‥‥ふーむ」
 領主である『高嶺 戒恩』の私室に、穏と道が訪れていた。
「勝手に行動した事は謝る。すまねぇ。だけどよ、相手はあの――」
 道は自ら行った事の正しさを証明する気など端からない。
 この心津が何者かによって狙われている。その確信の無い漠然と不安だけで動いた。
 そして、不安は幸か不幸か現実の物となりつつある。
 道は戒恩に向け、必死で訴えかけた。
「ああ、わかってるよ。よく調べてくれたね」
「え‥‥?」
 叱られる。いや、最悪の場合解雇もあり得る程の事をした自分。
 しかし、戒恩から掛けられた言葉は、礼だった。
 道は思わず言葉を止め、ぽかんとだらしなく口を開けた。
「戒恩殿は知っておられたぞ」
 と、呆ける道の肩にポンと手を置く穏。
「いやぁ、なんだか面白そうな事してるなぁと思ってただけだよ? 別にやらせようとかそんなことは微塵も思ってなかったんだよ?」
「な、なんだって‥‥?」
 きょとんととぼける戒恩に、道は今まで張り詰めていた肩の力が一気に抜けた。
「それにしても――なるほど、あの越中家が再びねぇ‥‥」
 脱力する道を置いて、戒恩は持ち込まれた報告書を興味深く読みふける。
「‥‥だぁぁ!! なんだよそれ! 俺はいい様に使われたってのかっ!!!」
「そう言うな。おかげで心津の危機、かもしれない事態がわかったのだからな」
 うおぉぉっと吠えまくる道に、穏は憐れむ様に一声かけた。
「納得いかねぇぇ!! 俺の苦労返せぇぇ!!!」

●戒恩の私室
 秋の長夜に吹く風はからりと涼しい。
 風と共に流れてくる鈴虫の音が、心地よく耳朶をうった。
「‥‥狙いは遼華君か」
 月明かりが照らす窓辺の定位置で、道が持ち込んだ報告書に目を落す戒恩がぽつりと呟いた。
「なんというか、すごい執念だねぇ」
 とうに忘れた若気の至りという奴か、と戒恩は大きく溜息をつく。
「とは言え、今回は前回の誘拐事件とは少し様子が違ってそうだ」
 もうすぐ1年になるあの事件を思い出し、瞳を閉じた。
「まったく、私は平穏に過ごしたいんだけど、と我儘を言ってる場合でもないか」
 大きく深呼吸すると、再び目を開けた戒恩は報告書に視線を下げた。
「理穴の小さなお姫様の件も気になるし‥‥」
 ペらりと薄い報告書を一枚めくると、そこには先日訪島した振々の名が記されていた。
「これは先手を打っておくべきかもしれないね」
 パタンと報告書をふせた戒恩は、窓の外に覗く中秋の名月をすっと見上げた。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



●心津勢
高嶺 戒恩:
心津の現領主。
飄々とした掴み処の無い人物。
若い頃はキレ者としてブイブイ言わせてたらしい?

会刻堂 遼華:
心津領主代行の少女。
敵の一人『越中 田丸麿』の思い人であり標的。
本人はまだ、本件を知りません。

穏:
心津に席を置くサムライ。
40過ぎのおっちゃんで、心津の領主戒恩の補佐を行っている。

道:
心津所有の船、桔梗丸の船長。
自身は泰拳士な熱血真っ直ぐにーちゃん。

袖端 振々:
遠く理穴の小さな姫様。
行方不明の従者を探しに来ていたが、紆余曲折あり心津に味方する。
ちょっぴり大人っぽくなり、大器の片鱗を見せ始めた?

最上 頼重:
振々の探し人。
今孔明と謳われた軍略の天才――だったのは過去の事?
今だ行方不明中。

レダ:
空賊団崑崙の副長。
一般人であるが、その力はそれを大きく超えている。
何かに操られているようだが‥‥? 現在は陵千の牢の中。

●敵&戦力
越中田丸麿:
遼華をとことんストーカーする狂人。
志士とシノビの技を使う、めちゃ強い人。

悦:
田丸麿の腹心。
クールな弓術師もにーちゃんで、弓の腕もなかなかのもの。
田丸麿を盲目的に慕う。

細川 満安:
謎の商人。
色々な名前で呼ばれている。
そこはかとなく黒幕っぽい香りがしないでもない。

法禍:
満安配下1。
無口で人形のような女性。
鞭使いのサムライらしい。

ドク:
満安配下2。
マッドなサイエンティストマジシャン。
人体実験大好きな魔術師らしい。

シノビ衆:
かつて田丸麿が率いていた戦闘集団の一つ。
シノビのみで構成され、数も実力もいまいち不明な謎の集団。
シノビ達は志体は持っていませんが、相当の修練を積んでいる模様。

アヤカシ兵器:
アヤカシによってつくられたアヤカシ。
今回のはオウムガイの形をしています。
太い触手と固い殻に覆われた攻守にバランスの取れたアヤカシ。
数はいっぱいいます。

黒い船:
大型の黒い船、とは見かけだけで、正体はアヤカシ兵器。
攻撃手段は持っていなさそうなので、ただの輸送用?
海にも潜れます。

レア:
最新鋭の戦闘飛空船。
手法である精霊砲は現在修復中だが、それ以外は健在。

以上が現在判明している敵勢力です。
その他にも時折見え隠れする黒い影がいる様な居ない様な?


■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029
23歳・女・巫
一ノ瀬・紅竜(ia1011
21歳・男・サ
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
アルティア・L・ナイン(ia1273
28歳・男・ジ
水月(ia2566
10歳・女・吟
狐火(ib0233
22歳・男・シ
夜刀神・しずめ(ib5200
11歳・女・シ
リラ=F=シリェンシス(ib6836
24歳・女・砂


■リプレイ本文

●陵千
「また知恵を貸して欲しい」
 卓を囲む一同に穏が一礼した。
「任せてよ、精一杯知恵を絞るよ! 足りない分は前借してでも絞り出すんだからな!」
 天河 ふしぎ(ia1037)は、心津の面々に向け立ち上がり拳を握る。
「前借しても足りひんかもしれへんで?」
 意気込むふしぎを茶化す様に、夜刀神・しずめ(ib5200)口元を吊り上げる。
「そ、それでも負けないんだからな! もう僕は大切な人、大切な場所を汚させないんだ!」
 ふしぎは見上げてくるしずめにはっきりと告げた。
「まぁまぁ、お二人とも。その気持ちは私達も同じですよ。その為にここに集ったのですからね」
 じゃれているだけなのははたから見ればすぐわかるが、このままではいつまでたっても会議が始まらない。万木・朱璃(ia0029)は間に入り、二人を宥める。
「時間は有限ですからね! さぁ、始めましょう!」
 と、朱璃は集った皆を見渡した。
「ああ、その通りだ。時間はあまりないかもしれない。敵にあいつがいるからな――」
 グッと奥歯を噛みしめ、一ノ瀬・紅竜(ia1011)が吐き出した。

●領主部屋

 時は少し遡る。

「再び、とはどういう事だ? 何か知っているのか?」
 窓際で茶を啜る戒恩に、紅竜は鋭い眼光を向けた。
「何か、って言われてもねぇ。結構有名な話だよ。巨勢王に反旗を翻した越中家の話は」
 戒恩の言葉に、紅竜はピクリと眉を顰める。
「武天の名門越中家が巨勢王に反旗を翻した。瓦版にも載った、有名な話だよ?」
「‥‥それで、越中家はどうなったんだ?」
「謀反は見事に失敗。お家は断絶。領地も没収。まぁ、当然だよね」
 お茶を口に運ぶ戒恩を紅竜はじっと見つめた。
「田丸麿の家がそんな事になっていたのか‥‥いやしかし、その越中家が再びと言ったのは何故だ。相手には確かに田丸麿がいる。しかし、越中家とは関係ないんじゃないのか?」
「関係ないかもしれないし、関係あるかもしれない。解らないっていうのが正直なところだけど」
 戒恩は話を終えた訳ではなく、試す様に紅竜を見つめる。
「越中家の血筋は反骨の血筋なんだ」
「反骨の血筋‥‥?」
「そう、今、越中家は武天の氏族だけど、その前は、理穴の氏族だったんだよ」
「な‥‥」
 突然の告白に、紅竜は絶句した。
「昔から越中家は有能な氏族と言われていたからね。亡命した先では重用されたみたいだ」
 まるで歴史書を片手に話をするように、戒恩は言葉を重ねていく。
「まぁ、色々黒い噂も絶えないけどね。それでも大国武天の有力氏族の一つに数えられるのは並大抵の事じゃ無かったと思う」
「だ、だが、それが今回の件と何の関係が‥‥」
「そんな有能な氏族が素直に隠居すると思うかい? それにね、今回の件、中には『実時』って名前があるそうだよ」
「実時‥‥? 誰だ?」
「越中家、現当主の名前や」
 答えたのは戒恩ではなかった。
「なっ!?」
 驚く紅竜を余所に、その声は普段戒恩が外を眺めている窓から。
「なんだ。知ってたのかい?」
 突然の来客にも、戒恩は驚いたそぶりも見せず、窓へと振り向く。
「一応な」
 そこには窓を乗り越え、音もなく部屋へと踏み入ったしずめがいた。
「しずめ、どういう事だ‥‥?」
「ギルドで報告書眺めとった時に見たんや。武天転覆を狙った越中家の謀反。ま、事前に露見したらしく、失敗に終わったみたいやけどな」
「武天内部でそんな事が‥‥」
「でもまぁ、その謀反人越中家の当主『越中実時』はまだ捕まってへん。国外へ逃げたそうや」
「理穴へ‥‥ま、まさか」
 紅竜の頭の中で線と線が繋がった。それも、嫌な方向に。
「やっと気付いた? とゆぅか、一ノ瀬の兄はんの方が詳しいやろ? ビルケゆぅ商人の事は」
「田丸麿とビルケ――いや、実時が組んだ、と?」
「お家断絶の腹いせに武天に復讐しよぉと、田丸麿そそのかして、心津乗っ取る算段でもつけとるんちゃう?」
「そ、そんな事がある訳――」
「無いとは言い切れんと思う。まぁ、そんな安っぽい話やったら苦労はせんねんけどなぁ」
 紅竜の言葉を制したしずめが片目でちらりと戒恩の顔色を伺った。
「どうだろう、案外的を得てるんじゃないかな?」
 と、静かに二人の推察を聞いていた戒恩が声を上げる。
「朱藩な最近まで鎖国してた国だからね。開けてきたとはいえ、まだ閉鎖的な面もある」
「そう言えば、そうやな‥‥」
「そして、ここ心津は天儀本土からは遠いし、霧に覆われてるから航空戦力も使えない。島自体も崖に囲まれ天然の要塞だ。ほら、謀反を企てるには適した場所と思わない?」
 将棋で最後の一手を打つ棋士の様に、戒恩は不穏な計画を嬉々として語っていく。
「‥‥本気でこの島を乗っ取るつもりか?」
「どうかな。それはわからないけど、可能性はあるよ」
「実時はこの島のっとって武天に復讐。田丸麿は遼華姐はんを手に入れて――」
「利害の一致、と言う奴だろうね」
「ふーむ。まぁ、推測はええとして‥‥おっちゃん、気付いとったか?」
「うん?」
「顔がにやけとるで?」
「おっ、いかんいかん」
 呆れるしずめの注意に、戒恩は両手を頬に当て筋肉をほぐした。

●陵千
「‥‥ようやく敵の姿が見えて来た感じ」
 戒恩、しずめ、紅竜の口から語られた話にリラ=F=シリェンシス(ib6836)が深く頷いた。
「‥‥こんな繋がりになっていたなんて」
 三人の示した推測を水月(ia2566)は分かりやすいように書に書き込んでいく。
「敵の正体と目的はわかってもらえたと思う。これを踏まえ、皆の策を聞きたい」
 穏はこの場に集った皆を見渡す。
「海岸線が一番の問題でしょう。この土地は一見天然の要塞っぽいですが、土地に対して人が少なすぎます」
 口火を切ったのは朱璃であった。
「少ない人数では、この広い心津の全体を防衛するのは難しいんじゃないでしょうか」
「た、確かに心津にはあまり人がいません‥‥」
 今まで心津に関わり、その栄枯盛衰を見て来た朱璃の言葉は実に的確だった。
 遼華は反論もできずこくんと頷く。
「あ、別に責めている訳じゃないんですよ? 人が少ないのはしょうが無いんですから、それをどう乗り越えるかを考えましょう!」
 申し訳なさそうに俯く遼華に、朱璃はいつも人懐っこい笑みを浮かべた。
「は、はいっ」
 朱璃の笑顔に背中を押される様に、遼華はにこりと微笑んだ。
「人がいない――もしや、この地に兵士はいのですか?」
 朱璃と遼華の会話が気になったのだろう。狐火(ib0233)がふと声を上げた。
「え、えっと‥‥陵千を警備する人達が少しいるくらいで、兵士と呼べる人達は――」
 どこか驚いた様な狐火の問いに、遼華はばつが悪そうに答える。
「兵士がいない。なるほど、それほどこの地形に頼ってきた訳ですか」
「防衛の必要がなかった、と言った方が正しいんじゃない?」
 考え込む狐火にリラが声をかけた。
「必要がなかった?」
「そう。会議の前に少し見て来たけど、この島ってかなりの田舎みたいだし」
 と、リラはちらりと遼華を見やる。
「あ、その‥‥仰るとおりです」
「戦いが無いのはいい事だと思う。何ごとも平和が一番だしね」
 萎縮する遼華ににこりと微笑み、リラは言葉を続ける。
「だから、この地形に頼っていたというより、護る必要がなかったの。今まではね」
「本来平和な島ですからね、心津は」
 リラの推測に朱璃も頷く。
「でも、それは昨日までの話でしょ? 今はこの不利な状況をどう覆すかが問題」
「リラ君にはいい案が?」
「いい案かどうかはわからないけど。防衛に当たる施設ごとにランクを付けるべきだと思う」
「ランク、ですか?」
「そう。一番重要なのは言うまでもなくここだし。ここから離れた場所はそれほど重要じゃない」
「‥‥最重要地点は領都と港、ですね」
「うん、そう思う。特に港は外界との唯一の接点だし、ここを落とされたら心津は落ちるといっても過言じゃないでしょ」
「そうですね。港を最重要防衛地点にするのは私も賛成ですっ」
 と、朱璃はリラの言葉を受け、皆に確認するように見渡した。
「――皆さん、異存はなさそうですねっ。では、港の防衛を最重要項目として設定しますねっ! 水月君、記録お願いしますっ!」
「‥‥」
 こくこくと頷いた水月が、説明書きに書き加えた。

●実果月港
「ここも随分と変わったものだね」
 今は『実果月港』という立派な名を冠してはいるが、元は海賊のアジトである。
 その頃を知る者として、アルティア・L・ナイン(ia1273)は、開発が進んだ港を一望し感慨深く呟いた。
「そんなに久しぶりだったか?」
「うん、一年以上は来ていないかな。出来れば――来たくなかったけどね」
 共に港を歩く道の問いかけに、自嘲気味の笑いを浮かべアルティアが答えた。
「来たくもないのに、わざわざ顔出すなんてなぁ。物好きな奴だ」
「はは、まったくその通りだね。自分でも笑ってしまうよ」
「はぁ、ほんとに変な奴だな‥‥」
 他愛のない話をしながら港を進む二人。
「そうだ、道君。この港に入ってきた船や乗客の名簿なんてのはあるかな?」
「うん? あるにはあるが、何時からのだ?」
「何時から、か。そうだね、あの黒船が現れる前後かな」
「前後か‥‥。まぁ、後は無いな。あの船が出てから、この港は閑古鳥が鳴いてる」
「ふむ‥‥。じゃぁ、前か」
 と、道の答えに、アルティアは俯く。
「前と言っても漠然過ぎるぞ?」
「確か開拓したんだったよね。その頃から人が増えた?」
「ああ、増えたぞ。だけど、移住してきた人間は全員身元を確認した。あんなことがあったからな」
「へぇ、すごいじゃないか」
「まぁ、全員と言ってもそんなにいないからな」
 少しは人口が増えたとはいえ、まだまだ田舎には変わりない。
 道は自嘲気味に呟いた。
「いや、それだけでも随分助かるよ。となると――」
「不明なのは、観光客としてきた奴だな」
「うん、そうなるね。流石に観光客までは身元を調べられないだろう?」
「自己申告だけだな」
「もう一度、この地を洗う必要があるかもしれないね」
「‥‥人を出すか?」
「いや、大人数で動けば相手も警戒するだろう。――僕が行くよ」
「ああ、任せる」
「任されたよ。っとそれより、ここの防衛策。ちゃんと領主屋敷に届けてね」
「これか。ったく、自分で届けりゃいいのによ」
 と、道は懐に忍ばせた巻物を見下ろす。
 その巻物にはアルティアの考えた実果月港防衛策の草案が記されている。
「僕は人見知りなんだ。――ある特定の人にはね」
「はぁ、めんどくせぇ奴」
 顔を見合わせ苦笑を交わす二人は、そのままお互いの行くべき道へと足を向けた。

●陵千
「通信手段としての狼煙は非常に有効です。しかし、この島では使えないでしょう」
「この霧じゃ、そもそも狼煙は見えないし」
 休憩を挟み会議は再開された。狐火の説明にリラが付け加える。
「相手も馬鹿じゃないだろうし、攻めてくるのなら霧の出ている日を選ぶはず」
「この地の霧は濃いと聞きました。であれば視覚に頼る通信手段を用いるべきではない」
 話を進める二人の思いは同じなのだろう。互いの言葉を補い合う様に説明を続ける。
「ええ、その通り。だから、設置した見張りには銅鑼とか太鼓とか、大きな音が出る物を持たせるべきだと思う」
「音による通信は相手にも感付かれやすいですが、旋律を工夫するなどして暗号化すれば、相手にはまずわからないでしょう」
「音の大小は距離によって聞き分けにくいだろうから、打つ間隔で合図を変えるべきでしょ」
「暗号は紙に書いてしまうと、いざ奪われた時に意味がありません。担当者に覚えさせるべきでしょうね」
「連絡手段はそれでいいとして、設置場所はどうしましょうか?」
 二人の話し合いに朱璃が加わる。
「設置場所ですか。私はあまりこの地にくわしくないのですが、いい場所はありますか?」
「そうですねぇ‥‥どこれくらいの間隔で置く予定ですか?」
「3km――いや、2km間隔で」
「欲を言えば1km間隔がいいけど。人もいないし贅沢は言えないかな」
「2kmですね。了解ですっ。水月君、地図を出してもらえますか?」
「‥‥用意できてるの」
 朱璃の言葉が終わるより早く、水月は机の上に心津の地図を置く。
「じゃ、この陵千を中心にして、監視台の設置場所の目星をつけてもらっていいですか? あ、2km間隔で」
「‥‥はいなの」
 朱璃に言われたとおり、水月は机の上に置かれた地図に身を乗り出して印をつけていく。
「ねぇ、海の方ばかり気にしてるけど、真冷山脈の方は大丈夫なのかな?」
 と、水月の作業を見守る皆を前に、ふしぎが声を上げた。
「北から敵が来ると考えてるんです?」
 ふしぎの言葉に朱璃が応える。
「うん、可能性はない訳じゃないと思うんだ。真冷山脈は高い山脈だから、頂上付近には霧が無い」
「確かに、山頂付近にまで霧は出てませんが‥‥」
「それって、飛空船を使えるって事だよね? 飛空船と言えば‥‥相手にはレアがある」
 それはふしぎが懇意にする友の奪われた船。
 心津の霧のおかげで、飛空戦力での襲来を考えていなかった一行に投じたふしぎの一石は場に波紋を呼ぶ。
「レアは、今は主砲が使えないけど、それでも最新鋭の戦闘艦なんだ。敵がこの戦力を無駄にするとは思えない」
「しかし、真冷山脈はほぼ垂直に切り立った崖が成す、天嶮だぞ? 仮に飛空船で乗り付ける事が出来ても、そこから降りてはこれないだろう」
 真冷山脈は三千m級の天嶮が連なる山脈。
 紅竜の言う通り、普通で考えればここを使い攻めてくるとは考えられない。
「うん、可能性は低いかもしれない。でも真冷山脈をまったく無警戒にするのは、僕は危ないと思うんだ」
「なるほど‥‥水月さん、山を監視できるような場所の目星も付けてもらえますか?」
「‥‥」
 すっかり書記官が板についてきた水月が、地図に分かりやすい点を並べていった。

●客室
「‥‥こんにちはなの」
「む? 誰じゃ」
 部屋の入口でぺこりと首を垂れる水月に、振々はきょとんと問いかけた。
「あ、こちらは水月さん。心津の事を助けてもらってるんですよっ」
 水月の後ろから遼華が顔をのぞかせる。
 休憩時間を利用し、二人は振々にあてがわれた客室に訪れていた。
「ふむ。で、その者が振に何か用かえ?」
「‥‥振々さん、あなたの探していた人が見つかったの」
「なんじゃとっ!?」
 水月の突然の告白に、振々は勢いよく立ち上がる。
「‥‥あ、えっと‥‥ごめんなさい、見つかったのは探している人を攫った人なの」
「頼重を攫った‥‥? あの商人かっ!」
 酷い剣幕で声を荒げる振々に、水月は何度も頷く。
「‥‥あの商人さん、えっと細川満安さんじゃなくて、越中実時さんって言うんですけど、その人を南の島で見たの」
 早く情報を寄こせと視線で訴える振々に、水月は一息つき説明を始める。
「‥‥それから、その人がここを狙ってるらしいって事なの」
「なんじゃ、つまり何が言いたいのじゃ」
「‥‥えっと、実時さんはここに来ると思うの。その時、振々さんの探している人も一緒に来るかもしれないの」
「何故そう言いきれるのじゃ」
「‥‥実時さんのお家があった南の島には、頼重さんっぽい人はいなかったの。頼重さんは別の所に捕えられてると思うの」
「‥‥一体どこにじゃ」
「‥‥レア。飛空船なの」
「報告にあった奪われた船じゃな」
「‥‥そうなの。きっとまだあの中にいると思うの」
「ふむ‥‥証拠はあるのかえ?」
「ないの」
 訝しむ振々の視線を真っ直ぐに見返し、水月は断言する。
「‥‥でも実時さんは、頼重さんの偽物をここに送りこんで、振々さんと遼華さんを仲違させて混乱させようとしたんじゃないかなと思うの」
 と、水月は振々と遼華を交互に見つめる。
「ふむ‥‥それで頼重がダシに使われたと、そう言いたいのじゃな?」
「‥‥」
 振々の問いかけにこくこくと頷く水月。
「‥‥ここで心津と沢繭がいがみ合っていても敵が喜ぶだけなの」
 そう言えば目の前の少女は気付いてくれる。水月はそう思い話を終えた。
「振姫様、今私の領地が危機に瀕しています。お願いしますっ。どうか力を貸してくれませんか?」
 水月の説明が終わるのを待って口を開いた遼華が、振々に必死に懇願する。
「‥‥しかし、振は一人じゃぞ? 何の役に立つのじゃ?」
 問いかける振々の表情にはすでに怒りの色はない。
「‥‥不安が消えるだけでも、十分な力になるの」
「そうですよっ! 振姫様が『理穴の領主が援軍に駆けつけた』って、言葉だけでも戦う人は元気が出ると思いますっ!」
 気持ちを軟化させた振々に向け、二人は必死で説得を試みる。
「‥‥ふむ。解ったのじゃ、役には立たぬかも知らぬが、鼓舞くらいはして見せるのじゃ!」
 大きく一つ頷いた振々は二人を交互に見つめる。
「‥‥ありがとうなの」
「よろしくお願いしますっ!」

●陵千
「いざという時の為に、街の人が逃げ込める場所は必要だと思うんですが、そう言う場所はありますか?」
「逃げ込める場所ですか‥‥? えっと、それって領民全員って事ですか?」
「そうですね。出来れば全員が逃げ込める場所があればいいと思うんです。もちろん、何も無いに越したことはないんですけど‥‥残念ながら、そううまくいくとは思えませんし」
「そ、そうですよね‥‥。大きな建物‥‥」
 と、遼華は助けを求める様に戒恩に視線を向けた。
「そうだねぇ。残念ながら島民全員逃げ込めるような建物はないかなぁ」
「うーん、無いですかぁ‥‥」
「建物じゃ無ければあるけどね?」
「え?」
 一度落としておいて、持ち上げる。
 戒恩の常とう手段に、一同はまたかと肩を落とす。
「実果月港かこの屋敷か。港はそもそも建物じゃないけど、島民全員位は入れるし、ここも塀で囲まれた所でよければ入れるよ。まぁ、すし詰め状態だけどね」
「港とここですか‥‥」
「この領主屋敷の設備は防衛には向かないでしょうが‥‥背に腹は代えられませんか」
 考え込む朱璃に、狐火が窓から覗く屋敷の土塀を眺めながら呟いた。
「‥‥それと、要人の警護も大切なの」
 と、水月が声を上げる。
「遼華さんとか戒恩さんとか‥‥この島の大切な人を狙ってくるかもしれないの」
「そうだな。遼華も戒恩も心津に必要な人間だ。やらせる訳にはいかない」
「‥‥だから、私は朱璃さんの案に賛成なの」
 紅竜の言葉にこくこくと頷いた水月は、上座に座る戒恩と遼華を見上げた。
「色々と状況を考えると実果月港を本拠地兼避難所にするというのがいいでしょうか?」
「そうだな。あそこは元海賊のアジトだけあって堅牢だ。護るにはうってつけかもしれない」
 朱璃の提案に答えた紅竜に、皆異存はない様で無言で頷く。
「では、本拠地を実果月港に置き、心津の皆さんもここに避難していただきましょう!」
「わかった、では早速領民に伝えてこよう」
 穏が立ち上がり部屋を後にした。

「さぁ、いよいよ防衛案も纏ってきました! こちらから攻めない以上、これは籠城です!」
 朱璃が立ち上がる。
「そして、籠城と言えば糧食が必要です! 今のうちにありったけの食料を集めておかないといけません!」
 心津と深くかかわり、その台所事情にも精通する朱璃の頭の中には、外界から孤立するであろう心津の民たちを喰わせる為の策が巡らされていた。

●集落
「アルティア?」
「うん? やぁ、リラくん」
「やぁ、リラくんじゃないでしょ。会議にも出ないでこんな所で何やってるの」
「ちょっと探し物をね」
「探し物?」
 陵千から程近い30人程の小さな集落で、リラはアルティアを見つけた。
「『鼠』をね」
「ああ、鼠ね。それは駆除しないと」
「ま、そう言う事なんだよ。――それより、リラ君は何故こんな所へ?」
「私は櫓の下見。この村にも建てるから」
「ああ、連絡手段だっけ? 確かに広い地を守るのに連絡手段の確保は大切だしね。いいと思うよ」
「他人事みたいな言い方して。それより、『鼠』はいたの?」
 リラも気になる事は一緒の様で、アルティアの成果が気になるらしい。
「いや、いないね。今年は不作で餌が少ないのかもしれない」
「じゃ、この間の3人だけだってこと?」
「少なくとも今はね」
「ふーん、なら内部からの工作は考えないでいいか」
「でも、鼠は何処から湧くかわからないからね。家の穴とかはちゃんと塞いだ方がいいかも」
「なに? 何か気になる事があるのなら言えば?」
 いつものようにどこかはぐらかすアルティアの言葉に、リラは眉を顰め問いかけた。
「必ずどこかに隙はできる。万全を期してもね」
「‥‥当然でしょ。全部を完璧に出来るとは思っていないし」
「そう思ってくれてるなら問題ないよ。さて、僕はもう少し散歩をしてこようかな」
 と、アルティアは強引に話を切るとリラに背を向ける。
「陵千にはいかないの?」
「僕一人居なくてもどうにかするさ、彼女ならね」

●領主部屋
「邪魔する――っと、狐火の兄はんもおったんか」
「ええ、少し領主殿のお力をお借りし様と思いましてね」
「なんや、うちと同じ考えか」
 と、しずめは何の遠慮もなしに、狐火のいた戒恩の部屋へと踏み入った。
「――話を戻しますが、本土からの援軍は可能ですか?」
 しずめの登場にも顔色一つ変えず、狐火は再び戒恩へ向き直る。
 狐火の提案したのは、朱藩本土からの援軍要請。ここ心津も辺境ながら朱藩の領地である。輿志王にかけ合って援軍を得られないかと、戒恩に進言に来たのだ。
「状況による、っていうのが正直なところかな」
「状況は十分に揃っている筈でしょう。現にアヤカシ兵器なるものがここに押し寄せてきているのですよ」
「押し寄せてきているみたいだね」
「みたいだねとは、随分と呑気ですね。ご自分の領地がどうなってもいいのですか?」
「いい訳はないよ、そりゃね。でもね、一国の軍がそう簡単に動くとは思わない方がいい」
 正論を持って説き伏せようとする狐火に、戒恩は静かに首を横に振った。
「君のいい分は実に理にかなっていて正しい。だけどね、世の中すべてが理で回っている訳じゃないんだ」
 戒恩に否定にも表情を変える事無く見つめる狐火。
「いいかい? この心津は何も被害を受けていないんだ」
「確かに今は受けていない。しかし、受ける可能性は極めて高いとはお思いにならないのですか?」
「うん、なるね。でも、それだけじゃ軍は動かないんだ。そうだね、軍と言うのはね一種の巨大な生き物みたいなものなんだよ」
 戒恩は大きく手で円を描き、狐火に示した。
「生き物は動く時に飯を食べる。生き物が巨大になればなるほど沢山のね」
「軍の糧食を賄えない程、朱藩は貧窮している訳ではないでしょう」
「うん、実に正論だね。だけど、その大量の食糧は無料じゃない。それに兵士の給金も必要になる。それは誰が出す?」
「朱藩国でしょう。ここは朱藩国なのですから、朱藩国が出すのは当然です」
 狐火は戒恩の問いに即答を持って尽く答えていく。
「無駄になるかもしれないとわかっていても?」
「無駄になどなりはしないでしょう。アヤカシは現にそこにいるのですから」
「でも、それがここに来る確証は?」
「‥‥ありません。しかし、必ず来ます」
「うん、来るだろうね。だけど、それだけじゃ軍は動かせない。資源の浪費をする為だけに何も起こっていない所に軍は送れない。とね」
「何かあってからでは遅いでしょう。それをわからぬ程、暗愚な王とは思いません」
「私もそう思うよ。輿志王なら出してくれる。でも周りの人間がそうだとは限らないんだ」
「ふむ‥‥」
「まぁ、でも――」
 戒恩の言い分にも一理あると思ったのだろうか、狐火は口元に手を当て考え込む。
「輿志王は聡明なお人だ。うまく話を持って行けば、軍とは言わないまでも一部隊位借りることはできるかもしれないね」
 戒恩は筆をとると机にあったよれよれの紙に何やら記入する。
「交渉はしてみるよ。折角持ってきてくれた案だしね。無駄にするのはもったいない」
「部隊が無理でも、最新式の魔槍砲や精霊砲を借りる事が出来れば、随分と戦力が増えるでしょう」
「了解。それも書いておくよ」
 狐火の提案を書に認めていく戒恩。
「そろそろ、代わってもろぉてもええんかな?」
 と、珍しく静かに話を聞いていたしずめがようやく声を上げた。
「ああ、待たせたね。じゃ、お嬢ちゃんの話を聞こうか」
「‥‥まぁ、ええわ。うちのも狐火の兄はんの案に似とるんやけど――」
 子供扱いされるのに若干イラつきを覚えながらもしずめは話を始めた。
「援軍かい?」
「援軍‥‥まぁ、援軍には変わりあらへんか」
 と、人差し指を唇に当てとぼけるように呟いくと。
「うちが考えてるのは、外交交渉や」
「外交? 一体どこと交渉するんだい?」
「武天に決まってるやろ?」
「いつ決まったんだい? 武天の他にも国はあるだろう?」
 まるで禅問答の様な二人のやり取り。
「‥‥黒い船。あの船は許可もなしに武天と朱藩の領海を行き来しとる」
「報告にあったあれだね」
「で、あの船の寄港先の岩島は、越中家のもちもんや。これは黒船が越中家のもちもんやゆぅてもええんちとちゃうか?」
「‥‥まぁ、普通はそう見るだろうね」
「なら話は簡単や。このネタを武天の有力者に送る。うちが出しても誰もきかんやろぉけど、戒恩のおっちゃんの名前出せば聞いてもらえるやろ」
「どうだろうねぇ。朱藩では多少は名が知られてるけど、他国まで轟く様な名声はないよ?」
「悪名やったらあるやろ?」
「まったく酷い言われようだ」
 ニヤリと口元を歪めるしずめに、戒恩は大仰に肩を落とす。
「内容は領海侵犯。朱藩の領地である心津に武天船籍の船が『無断』で戦闘行為を仕掛けてきとる」
「うん? まだ仕掛けられてないよ?」
「なに優等生発言しとるんや。はったりはおっちゃんの得意分野やろ?」
「‥‥で?」
 試す様に見上げてくるしずめに、戒恩は大きな溜息で答える。
「この船をどうにかしてくれ、せやないと『噂』流すでってな」
「あー、怖い怖い。私がどんどん悪者になっていく気がするよ」
 などと言いながらも、戒恩はすらすらと書状を書きあげていく。
「1割でも食いつけば儲けもんや」
「博打は嫌いなんだけどなぁ」
 時々しずめに誤字を指摘されながらも、戒恩は20以上もの書状を書きあげた。

●砂浜
「‥‥」
 霧ばかりのこの島にあって、常に青空を覗かせる場所がここ。
「‥‥きれいな所なの」
「うん、僕のお気に入りの場所なんだ」
 地形の特徴を紙に写し取っていた水月も、この砂浜の美しさに思わず筆を止めていた。
「でも、ここは格好の上陸場所になると思うんだ」
「‥‥」
 どこか悲しそうに呟くふしぎに、水月はこくこくと何度も頷く。
「水月、ここの事も詳しく書いておいてね。物見櫓を立てるのならあの双子岬がいいよ」
「‥‥書いておくの」
 ふしぎは砂浜を囲むように突き出た二本の岬を指差した。

「‥‥でも、この心津事態が目的だなんて、本当かな」
「‥‥私も驚いたの。でも、聞かされた時、そうだったのかなって、思っちゃったの」
 ふしぎが呟いたのは会議で聞かされた敵の目的。
 もちろん、推測でしかないのだが、そう考えると今までの出来事が全て繋がる様な気がする。
「‥‥よっと」
「‥‥ふしぎさん」
 散々悩みに悩んだ結果が、最悪の結論を導き出す。
 ふしぎはいきなり砂浜に手をつくと逆立ちを始めた。
「こうしてたらさ‥‥悪いことが引っくり返っていい事にならないかなって」
 その考え自体が子供なのだと思う。
 だけど、今自分にできる事のあまりの少なさに、ふしぎはこうせずには居られなかった。
「‥‥んしょ」
「み、水月?」
 と、水月がふしぎを真似、逆立ちをしようと砂浜に手をつく。

 ぽふっ。

「‥‥」
 勢いよく地を蹴ったものだから、水月は勢い余って一回転。
 砂浜に尻もちをつき、ぱちくりと瞳を瞬かせた。
「あは‥‥はははっ!」
 そんな水月の姿に、ふしぎは大笑い。
 同じようにくるりと回って砂浜に尻をつく。
「‥‥むぅ」
 腹を抱えて笑うふしぎを、水月は恨めしそうに見上げる。
「――あはは‥‥うぅ、ごめん」
「‥‥」
 今だ冷めやらぬ波をこらえ、水月に謝るふしぎ。
 しかし、水月はプイっとそっぽを向く。
「ごめんね、水月。なんだか、自分を見てる気がしたからさ」
「‥‥」
 突然の落ちついた語り口に水月は振り返った。
 そこには、どこか吹っ切れた様な表情で立ち上がったふしぎの姿。
「無い知恵も絞り切ったら、後は突っ走るだけ。そうだよ、僕にはそれしかないもんっ!」
「‥‥それでこそ、ふしぎさんなの」
 グッと拳を握り海に向って吠えたふしぎに、水月はにこりと微笑んだ。

●実果月港
 本拠地と決まった実果月港は、急ピッチでその容貌を変化させつつある。

 朱璃が提案した、敵船入港の撹乱の為に、外海には多数のブイが増設される。
 アルティア、狐火の提案により、潜水可能な敵侵入の妨害の為に、馬止め柵ならぬ船止め柵の設置。
 朱璃、アルティアの提案により、侵入の際の第一迎撃の為に、港の入口には大筒が5門設置された。
 そして、アルティアの組み上げた狙撃用の防壁を軸に、リラが戦闘可能な者達へ射撃主体の戦術を仕込む。

 唯一の地上への出入り口である階段は、万が一の時、火薬の力を借りわざと崩落させ侵入を防ぐ。
 このアルティアの提案には賛否あったが、心津の民を囲う実果月港を出来うる限り戦禍から守る為には必要という戒恩の一声により、承諾された。

 他にも、心津の各所に鉄板で強化された物見櫓が設置され、海上から来る脅威を見張り、発見次第暗号化された銅鑼の音で周囲に知らせる。

 着々と出来あがって行く心津防衛網に、
「なんで戦争なんて‥‥」
 不安げに呟いた遼華が、荒れる外洋を眺める。

 黒くとぐろを巻く巨大な蛇は、虎視眈々と心津を護る霧の島に狙いを定めていた。