【黒鎖包】深海の使者
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: シリーズ
EX
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/15 22:44



■オープニング本文

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●実果月港
 南海の孤島『霧ヶ咲島』南部の所領『心津』にあって、唯一の港と言えるのがこの崖に穿たれた天然の洞窟を利用して作られた『実果月港』だった。
 今はまだ桟橋の数も少なく、荷上げされる物も数えるほどしかない。
 しかし、それでも1年前から見れば随分と活気が増していた。
「道さん!!」
 そんな港の日常を割って、一人の水夫が詰め所へ駆けこんできた。
「なんだ、騒々しい!」
 詰所の際奥。積み上げられた書類を血走った眼で読みふける男が答える。
「また今日も出ました! あの黒い船です!!」
「‥‥ったく、毎日毎日律儀に姿見せやがって!」
 その報告を聞くのは何日連続だろう。
 この辺境の領『心津』と外界を繋ぐ唯一の手段である航路上に現れる、それ。
 道は水夫の報告に怒りに任せ、机に拳を下ろした。
「道さん、このままじゃ食料が‥‥」
「わかってる!」
 不安そうに呟く水夫に向け、道は心ならずも怒鳴ってしまう。
「‥‥あ、いや、すまねぇ」
 志体持ちである道の一喝は、一般人からすれば恐怖でしかない。
 道は怯える水夫に目を合わせることなく謝った。
「とにかく、この件はもう少し考えるから、待っててくれ」
「は、はいっ!」
 水夫は大きく首を垂れると、逃げるように部屋を後にする。
「道さん、少し休んだ方が‥‥」
 いらいらと頭を掻き毟る道を心配したのか、共に事務作業を行っていた男が声をかけた。
「あ、ああ‥‥すまん」
「気持ちは分かりますが、海上戦力のない心津ではなかなか対応できないですし。これは本国の救援を待つほうが」
「本国の救援がいつ来るか。そもそも朱藩は飛空船技術こそ発達してるが、船はそれほどでもねぇ‥‥」
「‥‥あの不思議な船には対応できない、と」
「船乗りたちには声をかけてるんだがな。‥‥乗り気な奴は、まぁ居ないわな」
「でしょうね。海賊相手とわかっていて、わざわざ手を上げる船乗りは居ないでしょう。それに、場所が‥‥」
「この航路を使う奴は少ないからな‥‥はぁ、いい案はないもんか‥‥」
 と、道は頭を抱え背もたれに身を預けながら天井を見上げる。
 そして、一息。
「道さん!」
 その時、一人の水夫が詰め所に飛び込んできた。
「‥‥今度はなんだ」
 再び開かれた扉に道は嫌々視線を向ける。
「お、お前‥‥」
「荒れとるなぁ。港を預かる者がそんなんじゃ、下に着く者が働きずらくて仕方が無いぞ?」
 水夫に続き現れた人影に、道は固まった。
「な、何でここに居るんだよ‥‥」
「ここは儂の故郷と言っても過言じゃない港だからな」
 そう、現れたのは湖鳴。
 かつてこの港の復興に携わり、心津に大きな功績を残した人物である。
「で、その里帰りじーさんが何の用だ?」
 そんな功績多い人物に対して、道は明らかに嫌な顔を見せる。
 それもそのはず、かつて一介の傭兵であった道を桔梗丸の船長に推したのは、誰であろうこの湖鳴なのだ。
「儂の息子に送り物でもしようかと思ってな」
 と、湖鳴は訝しむ道に袋を一つ差し出した。
「別にお前の息子になったつもりはねぇよ」
「おいおい、何を勘違いしてる。儂の息子は――あれじゃ」
 勘違いする道に不敵な笑みを見せた湖鳴が指差したのは、停泊する桔梗丸。
「はぁ? 息子って桔梗丸かよ‥‥」
「なんだ、不満か?」
「けっ! 別に」
 ただでさえ皺が寄った湖鳴の顔にさらに皺が増える。
 道は顔を引きつらせ、そっぽを向いた。
「これを乗っけてやってくれ」
「‥‥宝珠か?」
 渡された袋を開けることなく中身を当てた道に、湖鳴は満足気に頷く。
「さすがだな。それから、これも渡しておこうか――」
 と、湖鳴は袋を受け取った道に、更に巻物を手渡した。
「‥‥目録か。――ってこれは!」
「やり合う気でいるんだろ? なら使え」
 そこには、湖鳴が運んできた物資の詳細が記載されている。
 そして、何よりも欲しかった武天国境越境許可証。
 道は、この食えない老人に再び向き直ると――。
「‥‥すまない」
 と、一言で答えとした。

●桟橋
「桔梗丸に大筒を詰め!」
 天秤の原理を応用した荷降ろし器を使い、巨大な大筒が釣り上げられる。
 湖鳴との話し合いで決めた
「儂の船が戦闘艦になるとはなぁ‥‥」
 甲板には大筒が。船体には鉄板が。
 変わり行く船を眺め、湖鳴が悲しそうに呟いた。
「もうお前の船じゃねぇだろ‥‥」
 黄昏れる湖鳴に向け、道は呆れる様に声をかける。
「お前にやったが、息子はいつまでも息子に変わりはない」
 しかし、湖鳴はそんな皮肉を豪快に笑い飛ばした。
「そうかよ‥‥」
「食糧は多めに積んで行けよ」
「そんなもん積んだら、重くなって仕方ねぇだろ。最低限しか積まねぇよ」
「なら、小型船で食料を運んで行け」
「‥‥そこまで遠いのか?」
 熟練の船乗りである湖鳴が、そこまでこだわるのだ。
 道は思わず問いかけた。
「遠くは無い。しかしな、どう転ぶかわからないのが船の旅だ。まぁ、旅なんて生半可なもんじゃないだろうけどな」
「‥‥おい!」
「はい!」
 湖鳴の言葉に、道はすぐさま水夫を呼びつけた。
「小型船を一隻連れて行く。積めるだけの水と食料を積んどけ!」
「は、はい!」
 道の指示を受け、即座に踵を返す水夫。
「ほぅ。よく統制がとれているな」
「褒めても何も出ねぇぞ」
「別に褒めておらん」
「‥‥けっ」
 こうして二人は、小型船へ向かっていく水夫の背をしばらく共に眺めていた。

●夜
 洞窟にあるこの実果月港は、昼夜を通し松明が焚かれ明りを取っている。
 しかし、洞窟の出口や地上へと抜ける道から日の光が差し込まぬ夜は、やはり暗い。
「‥‥」
 人気の無くなった夜の洞窟港を、道は一人歩いていた。
 遠くの小屋からは水夫達が今日の疲れを癒す為に日々欠かさない、酒盛りの笑い声。
 道はそんな日常の風景を横目に、桟橋を目指した。
「‥‥」
 立ち止った道。
 その目の前には、ゆらゆらと揺れる松明の光に照らし出された黒金。
「嫌な予感ばかり膨らみやがる‥‥」
 完成した戦闘艦『桔梗丸』を前に、道が小さく小さく呟いたのだった。


■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029
23歳・女・巫
一ノ瀬・紅竜(ia1011
21歳・男・サ
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
アルティア・L・ナイン(ia1273
28歳・男・ジ
水月(ia2566
10歳・女・吟
フレイア(ib0257
28歳・女・魔
夜刀神・しずめ(ib5200
11歳・女・シ
リラ=F=シリェンシス(ib6836
24歳・女・砂


■リプレイ本文

●南海
「相も変わらず、航路上にどっかと居座ってますね」
 降り注ぐ太陽の光を遮る様に万木・朱璃(ia0029)が額に手を当て遠方を望む。
「でも、今日は一隻みたいね。他の船はどうしたのかしら?」
 卓越した視力を駆使するリラ=F=シリェンシス(ib6836)の瞳に映るのは、一隻だけであった。
「桔梗丸程度の相手、一隻で十分とか思っていたりしてね」
 主帆に背を預け、のんびりと水タバコを燻らせるアルティア・L・ナイン(ia1273)。
「だとしたら随分と舐められたものですね」
 戦闘に備えた事前の準備に抜かりはない。
 フレイア(ib0257)は初めて見る海上の黒点に、静かに怒りを現した。
「船首を北に‥‥。やっぱり同じ動きをしてる」
 桔梗丸の船首に片足を乗せ、天河 ふしぎ(ia1037)は望遠鏡を覗きこむ。
「‥‥やっぱり目的は桔梗丸?」
 くるくると回る思考を体で体現する水月(ia2566)は、酔ったように頭を回した。
「あまり考えすぎると、熱を上げて倒れるぞ」
 そんな水月に冷たい水を差し出した一ノ瀬・紅竜(ia1011)は苦笑を交じえる。
「‥‥うにゅ‥‥ありがと、なの」
 差し出された水を受け取り一気に飲み干した水月。
「さて、どないするか‥‥」
 一人甲板に広げた海図に向き合う夜刀神・しずめ(ib5200)が唸った。
「様子見だけやったら、前と変わらへん‥‥」
 ふと顔を上げ海に彼方に漂う黒点を睨みつける。
「‥‥もっと直接的な手段にでんとあかん、か?」
 自問自答を繰り返すしずめ。

「まるでお伽噺に出てくる幽霊船の様ですね」
 全てが黒に染まった船体。そして特徴的な髑髏を冠した海賊旗。
 初めて見る船にフレイアが呟いた。
「それに潜ったりもするから‥‥ほんとお伽噺だよね」
 望遠鏡を下ろしたふしぎが、フレイアの例えに感心したように頷く。
「お伽噺の様に、ドキドキハラハラの対決の末、見事やっつける。などと、現実でも行えればいいのですけどね」
「やるよ‥‥僕はその為にここに戻ってきたんだから!」
 冗談交じりの呟きに真剣に答えるふしぎを、フレイアは眼を見開き見つめる。
「若いね。本当に眩しいくらいに」
 自慢の大旗をぎゅっと握り蒼海を睨みつけるふしぎを、アルティアがどこか羨ましそうに見つめた。
「貴方もお若いと思いますけど?」
「そうかな? これでも大分落ち着いたって言われるんだけど?」
 かくりと首を傾げるフレイアに、アルティアは負けじと可愛らしく首を傾げる。
「うん、アルティアは‥‥えっと、その‥‥少し変わったよね」
 と、二人の問答にふしぎが振り向いた。
「あ、別に悪い意味じゃないんだ! その‥‥なんだかちょっと」
「まぁ、こんななりになったからね。そう思われても仕方ないかな」
 アルティアは傷付いた自身の体を自嘲する。
「うんん! そうじゃないんだ! えっと、ほんとは‥‥羨ましいなって」
「‥‥」
 しかし、ふしぎの口から出た言葉に、アルティアの表情が変わった。そして――。
「ふしぎくん、一つだけ忠告しておくけど‥‥僕の様になってはいけないよ」
「え‥‥?」
 ふしぎの耳にもやっと届くような小さな声で囁く。
「おい、お前達。道船長が呼んでる。船内に来てくれ」
 そんな時、水平線に浮かぶ黒点を様々な思いで眺めていた一行を、船内へと繋がる入口から水夫が手招きした。
「さて、船長様がお呼びの様だ。行こうか」
 水夫の手招きに、アルティアは我先にと入口へと歩き出す。
「私はアレを見てから行くから。先に行っておいて」
 一人、船首に取り付けられた大筒の前にしゃがみ込んだリラを残し、一行は船内へと足を踏み入れた。

●桔梗丸船内
「これが今までわかってる情報だ」
 波で大きく揺れる船室で道が紙束を差し出した。
「‥‥目新しい情報はほとんどなしのようね」
 受け取った紙を眺め、次の者へ渡して行くリラ。
「目的がわからんだけで、行動は単純やからな」
「攻撃もしてこなければ、追っても来ない。ただ動きを模倣して、追えば逃げる。本当に何を考えて行動しているのでしょうね」
 相手の行動自体は単純。読むのは容易い。しかし、その目的が分からない。
 しずめと朱璃は流れてくる報告書に目を通しながら、ぶつぶつと呟き考えを練る。
「‥‥やっぱり現れるのは日の出。消えるのは日没」
 水月は流れて来た報告書の一点をじっと眺めた。
「‥‥場所もほとんど一緒‥‥心津から一日の距離」
 中央の机に広げられた海図に穿たれた点に視線を落す。
「後はこちらからアプローチをかけた時にどう動くかだね」
 水月の横からアルティアが海図を覗きこんだ。
「‥‥追いかけてみるの?」
 水月は海図に置かれた桔梗丸の代わりとなる駒をすーっと移動させる。
「そうだね。それしかないかもしれない」
 水月が進める駒の先に、アルティアがこつんと指を立てた。

●夜
 報告書に束の中に設計図を見つけ、紅竜が口を開く。
「道、あの船の種類はわかったか?」
「ああ、戦艦じゃなくて、ありゃ旅客船に近いな」
「旅客船か‥‥どこか国の特徴とか出てたりしなかったか?」
「泰国の船なら一目瞭然なんだが、天儀の船はどれも変わりはないからなぁ」
 紅竜は現れた黒い船団がどこかの国に所属しているのではないかと疑い、道に船の種類を調べるよう頼んでいた。
「天儀の船には間違いないんだな?」
「断言はできないけどな。形式的には天儀の船だ」
 老練な船乗りである湖鳴に聞いた情報だ、と道は付け加える。
「この桔梗丸より大きな船で、同じ動きが出来るものなんですか?」
 と、朱璃がふとした疑問を道にぶつけた。
「普通は無理だろうな。小さい船の方が小回りが利く」
「でも、あの船は桔梗丸と同じ動きをしますよね。そんなことが可能なんですか?」
 朱璃の疑問ももっともである。
 大型船である黒い船は、寸分違わず桔梗丸の動きを模倣する。
 海流、風、操舵技術――。普通に考えれば不可能な動きも、完全にだ。
「余程腕のいい船乗りが、宝珠推進をうまく使えば、不可能じゃねぇかもな」
「そんな人、いるんですか?」
「一人だけいるが‥‥まぁ、そいつは白だろうな」
「湖鳴か」
「むかつくじじぃだけどよ。腕だけは確かだ」
 短く呟いた紅竜に、道は胸糞悪そうに悪態をついた。

「後は、あの海賊旗。髑髏に鎖が巻いてある独特の旗の情報はどうだ?」
 船の話を終え、海賊旗の話となる。
「無い。これも船乗り達に聞いてみたが、見たことが無いそうだ」
「新参の海賊か?」
「新参かどうかはわからねぇが‥‥少なくとも無名だろうな」
 道も道なりに、手を尽くし船の情報を集めた。
 それでもなお、あの漆黒の船団の情報は得られなかった。
「一体何が目的なんでしょう‥‥」
 いつもは能天気に突き進む朱璃も、さすがに困り果てたのか顔を顰める。
「一先ず、それを突き止めるのが俺達の仕事だ」
 紅竜の返す言葉にも、どこか迷いが残っていた。

●2日目
「夜はいぃひん‥‥。何処におるんや?」
 夜間の偵察結果を記した報告書を手に、しずめがうーんと唸りを上げる。
「別の場所におる? それとも海底にでも沈んどるゆぅんか‥‥? それこそほんまに幽霊船や」
 いくら開拓者と言えど、海の夜に潜るのは自殺行為だ。
 しかもここは外洋。そして、海流が複雑に入り混じる海の難所なのである。
「誘い? 罠‥‥? ほんまにいらつくわ‥‥」
 得られた情報だけで黒い船団の真意を探ることは不可能なのか。
 しずめは苛立ちを隠そうともせず、目の前に置かれた次の報告書を手に取った。
「‥‥」
 しずめの予測を実証する為、一日目の夜、桔梗丸は黒船がいつもいる『定位置』にて夜明けを待った。
 出現が毎回同じ位置であるならば、対応は比較的簡単ではないかと考えたからだ。
「ほんまに、鬱陶しい奴やな‥‥」
 しかし、結果は散々たるもの。
 二日目の朝に黒船が現れた場所は、桔梗丸から約300m離れた場所であった。
「距離だけは不変ゆぅんか‥‥」
 『定位置』は絶対点ではなかった。漆黒の船にとっては、距離こそが最重要であるのだ。
 しずめは報告書を憎々しげに見つめる。
「――はぁ、あかん。ええ案浮かばへん」
 と、しずめは手にした報告書を紙吹雪の様に天に向け放り投げると、椅子の背に思いっきりもたれかかった。
「これは相当持久戦になりそうやな。――ほんま湖鳴のおっちゃん、やりよるで」
 この事を予想していたのか。それともただの勘か。今さら真意を聞きには戻れないが、湖鳴が指示した食料の確保が今は有り難かった。

●夜
「あの船の正体‥‥みんなが感じた通りじゃないかな」
 軽い夕食を終え、再び始まった会議の中、ずっと押し黙っていたふしぎが立ち上がった。
「遠くからだったけど船の中に人の気配はなかった。人が乗らない船があの海流を越えれる訳が無いよ」
 ふぅと一息吐き。
「あの船自体がアヤカシだと思う。もしくは、船を疑似餌にしたアンコウみたいなでっかいアヤカシ‥‥とか」
 今度の提案はさすがにふしぎも自信なさげに呟いた。
「船自体がアヤカシと言うのならわからないでもないが‥‥アンコウはさすがに突拍子もないと思うぞ。船でさえあの大きさなんだぞ?」
「あ、やっぱりそうかな‥‥そうだよね。そんなに大きなアヤカシならそれこそ大アヤカシクラスだもんね」
 突拍子もない案だとは自分でもわかっていた。しかし、どうしてか口にせずには居られなかったふしぎは、呆れる様に自嘲した。
「船アヤカシの線も念頭に置いて調査を続けるのがいい――」
「でも、可能性が無いわけではないでしょう。現に武天の南岸では南海へと向かう無数の巨大アヤカシ兵器が目撃されているのです。アレもアヤカシ兵器の一種である可能性があります」
 と、ふしぎの予想を否定しようとした紅竜を、フレイアが制す。
「アヤカシ兵器‥‥! そんな‥‥まさか、あの船も!」
 フレイアの口を衝いて出た『アヤカシ兵器』の単語に、ふしぎは立ち上がり奥歯をギリッと噛んだ。
「実際に乗り込んで調べた訳ではありませんから、断定はできませんが――関連性なしとは言い切れないかと」
「アヤカシ兵器? 聞き慣れないが‥‥一体なんなんだ?」
 フレイアとふしぎにはそれが何なのかわかっているように見える。そして、その危険性も。
 紅竜が二人に問いかける。
「アヤカシ兵器とは、アヤカシによって作られたとされるアヤカシです」
「大量破壊、大量殺戮だけを目的に作られたアヤカシ、なんだ」
 ギルドで開示された報告書でその存在を知りえたフレイア、そして、実際に何度も剣を交えたふしぎが説明した。
「そ、そんなアヤカシもいるのか‥‥」
 紅竜とて何体ものアヤカシとやりあってきた。しかし、聞いた事もないアヤカシの特徴に、驚きを隠せない。
「とにかく、この南海で何かが起きている気がするのです」
「それは俺も思う。アヤカシ兵器とか言う奴かどうかはわからないが‥‥全ての事に人の悪意の様なものを感じる」
 フレイアの直感、紅竜の六感に、一行は腕を組み閉口した。

●3日目
 昼夜を問わず続く話し合いに一行の表情にも疲労の色が浮かぶ。
 このままでは士気にかかわるとみた道に提案で、この日は丸一日休日とした。
「はい、渡薫が入ったよ」
 息抜きの為に甲板へと出た一行を、海に冷やされた心地よい風が撫でる。
 アルティアが心津特産のお茶『渡薫』を煎れ、皆の前へ差し出した。
「腹が減っては戦はできません! と言う訳で、少しですがこれも食べてください!」
 朱璃によって握られた塩鯖入りのお握りが、甲板にドンと置かれる。
「ただしおかわりはなしですよ? 無駄食いするわけにはいきませんから」
「‥‥」
 そんなダメ出しに、いの一番にお握りを手に取った水月は、信じられないとばかりに目を大きく見開いた。
「これを食べていいよ」
 朱璃の衝撃の告白にパクパクと口を開閉する水月を不憫に思ったのか、アルティアが自分の分のお握りを差し出す。
「‥‥」
「そんな目をしなくても大丈夫だよ。僕にはこれがあるから」
 子犬の様に見えない尻尾をパタパタと振る水月を、苦笑交じりに見下ろしたアルティアの手には水タバコが。
「これだけ積んでも、一週間がええとこか」
 目の前に握られたお握りの量。そして、船倉に運び込まれた水食料の量。しずめは頭の中でぱちぱちと消費計算。
「武装品に結構場所をとられたからね」
 と、リラが船首に据えられた大筒を指差した。
「さすが朱璃の料理だね! お握りなのにこんなにおいしいっ!」
 一口頬張ると、ふっくらとした米の感触と鯖の絶妙な塩加減。
 ふしぎはお握りですら見え隠れする朱璃の手腕にいたく感動していた。
「食材がいいのはもちろんですけど、この景色が何よりのスパイスになるんですよっ!」
 朱璃は嬉しそうに微笑むと、両手を広げ見る者を雄大な南海の景色へと誘う。
「夏は汗かくしな。流れた線分を塩鯖で補給するんのは、理にかなっとる」
 言葉に似合わずもぐもぐと懸命に咀嚼するしずめは、自慢の蘊蓄を鼻高々に披露。
「‥‥」
「‥‥」
「どうした? 食わないのか?」
 目の前に置かれたお握りを、じっと凝視するフレイアとリラに、紅竜が不思議そうに声をかけた。
「人が握ったんでしょ‥‥? 別に朱璃がどうとかそういうつもりはないんだけど‥‥」
「‥‥同感ですね」
 それぞれ天儀とは違う地で生まれた二人にとっては、天儀独特の食文化『お握り』はどうにも抵抗があるらしい。
「寿司と同じだろ? 早く食わないと――水月が狙ってるぞ?」
 そんな二人が可笑しいのか、紅竜は苦笑交じりに傍で目を光らせる白い猫を指差した。
「‥‥」
「‥‥」
 補給の無い船上では食料は貴重だ。食べねばいざという時、支障をきたす。
 顔を見合わせた二人は、意を決したようにお握りを口へと放り込んだ。

●四日目
「‥‥二隻で挟み撃ちにする様に接近するの」
「一隻では逃げられる。ならば二隻ではどうか。と言う事でしょうか?」
 フレイアの補足に水月はこくこくと頷く。
「‥‥桔梗丸と同じように動くのなら、もう一隻は自由に接近できるの」
「乗り込む事も可能、と言う訳ね」
 今度はリラの補足。水月は意を理解してくれる仲間達の言葉に、嬉しそうに何度もこくこくと頷いた。
「結局、乗り込んで罠を食い破るんだね」
 何日もかけた調査と対策会議。
 そして、四日目にして一行はようやく行動指針を決めた。

「僕は――行かせてもらうよ。剣の届かぬ所では無力だからね」
「うちも乗り込むで。こうなったら威力偵察や!」
 しずめ、アルティアは小型船にて、黒船へと乗り込む。
「僕は海中に! 必ず何かを掴んでやるんだからなっ!」
「‥‥私はふしぎさんの援護をします。一緒に連れて行ってください」
 水月とふしぎは海中に潜り、調査を行う。
「俺は引き続き調査だ。まだ試していないパターンがあるかなら」
「私も見張りね。バラバラに動くんだから、『眼』は必要でしょ」
「回復役は最後の砦ですからねっ! 申し訳ないですけど、私も桔梗丸に残って援護します!」
 紅竜とリラ、朱璃は桔梗丸に残り、調査を引き継ぐ。
「私は桔梗丸から援護します。接近戦には向いていませんから」
 フレイアは小型船に乗り支援を買って出た。

 作戦は決まった。
 一つは、桔梗丸から一定の距離をとる黒船の習性を利用し、桔梗丸と近づけ黒船の定位置から移動させ、定位置の海底に何があるのかを潜水にて調べる。
 二つは、桔梗丸とは別に動かす小型船に乗り込み、直接黒船に接舷、乗り込み調査する。

 一見、強引とも思える策だが、強引でなくては掴めないものもある。
 吉と出るか凶と出るか。賭けにも似た強行調査は――明朝決行される。

●五日目
 快晴に次ぐ快晴。
 調査に出た日、一日とて雲の出る日、雨の降る日はなかった。
 もちろんこの日も、灼熱の太陽が降り注ぐ立派な夏日。南海特有の湿った風と、夏の太陽が桔梗丸の甲板を容赦なく焼いた。
「暑いわね‥‥」
 すでに天儀に来て半年は経とうかと言うリラ。
 しかし、この特有の湿気を含んだ暑さに慣れることはない様だ。
「リリリ、リラっ!? ふふふ、服はちゃんと着る物なんだぞっ!!」
 暑さのあまり無意識に胸元を肌蹴させたリラに、ふしぎが顔を真っ赤に注意した。
「なによ、ふしぎこそ裸じゃない。説得力が無いわ。はぁ、暑い‥‥私も脱ごうかしら」
 水中調査の為、水着へと着替えたふしぎを、リラは恨めしそうに見つめる。
「あまりからかうなよ。見た目に反して、そう言う事には免疫が無いんだ」
 あわあわと慌てるふしぎを気の毒に思ったのか、紅竜が助け舟。
「ふしぎ、気をつけて行けよ。志体持ちであっても、海中ではその力の何分の一も出せない。危険と思ったら、すぐに上がってこい」
 「なによ、別にいいじゃない」とむくれるリラをなだめつつ、紅竜はふしぎの肩に手を置いた。
「うん! それに水月もいるし!」
「‥‥」
 可愛らしい白の水着に着替えた水月がふしぎの足元でこくこくと頷いた。
「これを」
 と、海中へと向う仲間に、フレイアはランタンを手渡す。
「松脂で密閉しています。燃え尽きるまでは海中の明りとなってくれるでしょう」
 ランタンの中には煌々と燃える樹脂の炎。
「ありがとう、助かるよ!」
「‥‥」
 ふしぎがランタンを受け取り、水月がぺこりと礼をした。

●海上
 外洋の高い波の前には、小型船など木の葉と同じ。
「何か口寂しいね」
 水パイプはさすがに邪魔になると桔梗丸においてきたアルティアが手持無沙汰気に海面へ手をつけた。
「しかしまぁ――随分と物々しくなったものだ」
 見上げる桔梗丸は、この調査の為に急造戦闘艦として換装される。
 アルティアは軽鉄板に身を包む桔梗丸の姿をどこか悲しげに見上げた。
「これだけしてもあの船のやりあったら、ものの数分で負けるやろな」
 とはしずめの言。
「断言するんだね。もう少し持つかもしれないよ?」
「無理やろな。海に潜れる船やで? どう考えても勝ち目はない。水中から船底突き破って出てこられたら一発で真っ二つや」
「ふむ、なるほどね。――手を貸そうか」
「ええ、ありがとう」
 と、フレイアが縄梯子を使い降りてくる。
「やるやらないにしても、調べてからだね」
「? 何の話です?」
「いや、こちらの話だよ」

●桔梗丸
 時を同じくする頃――。
「あいつの居場所まで行けばいいんだな?」
 小型船を見下ろす一行に道が問いかける。
「ああ、頼む。今まで通り桔梗丸の動きを模倣するのなら、あの定位置にこちらが向えばあっさり明け渡すはずだ」
 紅竜がじっと佇む漆黒の船を指差し答えた。
「もし接近しても動かなかったときはどうします? 攻撃でもしちゃいますか? 私の精霊砲が火を吹きますよ!」
 グッと腕まくりをし、握った拳に精霊力なん固めて見せる朱璃。
「‥‥」
 と、息巻く朱璃の腕を掴み、水月がふるふると首を振った。
「‥‥これまでの計測からいくと、距離は300m位あるの。精霊砲はもちろん、大筒もまともに当たる距離じゃないの」
 水月が注視していた漆黒の船との距離。それはこちらの遠距離手段を見越して取られた距離とも思う程、絶妙な位置であった。
「むぅ、そうですか。残念です‥‥」
 水月の説得に、朱璃も渋々納得したのかしゅんと肩を落とす。
「ねね、少しバランス悪くないかな?」
「うん? バランス?」
 と、ふしぎ。桔梗丸に残る人数に対して、乗り込むが少なすぎるのを懸念する。
「あ!」
 そんなふしぎの心配に、朱璃がポンと手を打った。
「私、瘴気結界で調べてきます! あの船自体がアヤカシかもしれないなら、なおのこと必要な情報でしょう!」
 そして、朱璃は船縁に足をかけると、迷う事無く小舟へ向け飛び降りた。

「‥‥あいつ、意外と猪だよな」
「ああ、同感だ」
 思い立ったら即行動。朱璃の溢れんばかりの行動力に、紅竜と道は苦笑いでお互いの顔を見合わせた。

●定位置
 取舵、面舵。操舵を繰り返す事、数刻。桔梗丸は風と海流を見事に読み切り、漆黒の船の『定位置』へと進む事に成功した。
「見事なものね。船って風の力だけでこんな動きもできるなんて驚き」
 的確な道の指示と水夫達の手さばきにリラは感嘆の声を上げる。
「船乗りならこの程度、普通だ。と、ここだ」
 羨望の眼差しを送るリラから照れる様に視線を外した道が、船縁から海中を見おろした。
「‥‥一見してなにもないわね」
 これが漆黒の船が見ていた景色。
 しかし、リラの瞳に映るのは何処までも蒼い世界のみであった。
「それじゃ、僕達は行くね!」
「‥‥命綱お願いします、なの」
 水着に着替えたふしぎと水月が船縁へ足をかける。
「海上には何もなさそうだけど、気をつけて。中がどうなってるかはさすがに探れないから」
「うん、ありがとう! 気をつけて行ってくる!」
「‥‥
 水月が船に残るリラと紅竜にそれぞれ命綱を預けた。

●海上
 墨でもぶちまけたのかと思う程に、その黒壁は黒い。
「真黒ですね‥‥それにこんなに大きかったんですか」
 桔梗丸の行動に合わせ小型船を繰り、漆黒の船へと迫った。
 予想通り、漆黒の船は桔梗丸の動きを模すだけで、小型船の動きには全くの無反応であったのだ。
「で、朱璃の姐はん。反応はどうや?」
「あ、そうですね。少しお待ちを――」
 巨大な船に呆気に取られていた朱璃が、しずめに言われ印を結ぶ。
「――あー、真黒ですね。これアヤカシです」
 結果は即座に出た。
 張った結界が漆黒の船に触れた瞬間、術者である朱璃にアヤカシであると告げたのだ。
「アヤカシか――。まぁ、そうじゃないかと思ったけどね。これじゃ火矢は効かないか」
「アヤカシとわかっても行きますか? なんでしたら、この場で沈める事も出来ますよ」
 広範囲の術式を行使するフレイアが全力を持って滅せれば、ただ浮くだけで図体ばかりでかいアヤカシを沈めるなどそれほど難しい事ではない。
「まぁ、慌てんと。中を調べてからでも遅ぉないやろ」
「そうそう、目的も知りたいしね。中にヒントが隠されてるかもしれない」
「食われるかも知らへんけどな」
 ニヤリと口元を歪めるしずめ。
「援護はいつでもできるようにしてますから、どうかお気をつけて!」
「では私は待っている間、水中の捜索でもしましょうか」
 「え?」と驚く一行を他所に、フレイアはいつもの黒衣を手際よく脱いで行く。
「天河君の予想を確かめる必要もあるでしょう?」
「そうですけど‥‥お一人で?」
「ええ、危なかったらすぐに戻ります」
「まぁ、疑問は全て潰しておこう
「そやな。もしかしたら海中に精霊門でもあるかもしれへん」
「さすがにそれはないんじゃないです?」
「わかりませんよ? 水に潜る船があるくらいですし、何があっても不思議ではないです」
「――楽しい船旅になりそうだね」

●桔梗丸
「‥‥」
「どうしたの難しい顔して?」
 二人を海中に送りだした紅竜は、甲板に広げた海図を睨みつけていた。
「ああ、リラか。いや、今までのアレの行動パターンを書き込んでみたんだが――」
 不思議そうに覗き込むリラに、紅竜は海図の一点を指差す。
「まったく同じ行動をしていたと思っていたんだが、少しだけずれているんだ」
「ずれ?」
「ああ、この桔梗丸が南へ下った時なんか、少しだけだが移動距離が短い」
「‥‥ほんと。ほとんどわからない距離だけど」
「逆に北に大きく上った時も同様に移動距離が短い」
「ふむふむ」
「でだ――」
 と、紅竜は物差しを取り出すと。
「ここにこう当てると――」
「‥‥それが何か?」
 引かれた線が海図に伸びる。
「もう一本――」
 同じように引かれた線は、遥か西方の一点で交わった。
「これって‥‥」
「ここに何かあるかもしれない」

●海中
 夏の強烈な日差しは蒼く澄んだ海中までも煌々と照らし出す。
 桔梗丸から海中へと飛び込んだ二人を、一面の蒼の世界が包んだ。
(‥‥)
 ふしぎは同じ目線な高さを泳ぐ水月に向け、手信号で「下へ」と指を指した。
(‥‥)
 こくこくと頷いた水月が足元へ視線を向ける。

 黒々とした漆黒の闇。
 太陽の光さえ届かぬ、真の暗闇が大口をあけて二人を飲みこもうと待っている。

 そんな錯覚すら感じる程に外洋の海は恐ろしい。
 桔梗丸より垂らされた命綱が無ければ早い海流に流され、数刻もせぬうちに漂流者の出来上がりである。
 身をもって行かれる様な海流に抗い、二人は海中を深みへと進む。

 随分と潜った気がする。届く光も次第に黒く塗りつぶされてきた。
 ふしぎは水月へと再び向き直ると、こくんと一度頷き合図を送る。
 対する水月も合わせる様に頷くと、静かに目を閉じた。

 祈る様に体の前で両手を交差させた水月の『領域』が海中に広がった。

 手を組みじっと黙して動かない水月をふしぎは辺りを警戒しながら見守る。
 そして、水月の瞳が開いた。
 問いかける様に覗きこむふしぎに、水月は申し訳なさそうにゆっくり首を振った。

●漆黒の船
 まるで人の気配――否、生気と言うものがまるでない。
「いやぁ、生きてるうちに幽霊船に乗れるなんてね。夢の様だ」
「なんやったら、ほっぺた抓ったろか? 痛ぁなかったら、夢かもしれへんで?」
 夏だというのにひんやりとした空気が船内を行く二人を包んだ。
「後はここだけだね」
「なんかおる‥‥!」
 船長室と思しき立派な扉の向うからしずめの聴覚にのみ響く、小さな呼吸音。
「‥‥」
 剣を鞘から抜き放ち、アルティアが壁を背にした。
「いくよ」
「いつでもええ」
 日頃、滅多に取らぬ戦闘態勢をとり、しずめも壁を背に頷いた。

 同時に勢いよく扉があけ放たれた。

「‥‥!」
 部屋へと身を躍らせた二人を迎えたのは、椅子に腰掛ける事無く立ち尽す人影。

 漆黒の闇を照らす炎の様な、赤髪。
 腰まで届くウェーブがかった紅い髪と、気の強そうな瞳が特徴的な美女であった。

「‥‥まさか、こんな所で感動の再会になるなんてね」
「なんや、知り合いか?」
 構えた剣を下ろしたアルティアに、しずめは戦闘態勢のまま問いかける。
「とある空賊の副長だよ」
 見知った顔。アルティアは何故この場にいるのかと言う疑問も忘れ剣を納めた。
「やぁ、レダくん。こんな所で会えるなんてね」
 そして、ゆっくりとレダに近づく。

 その時突然、船体が傾いだ――。

「しもた、日没や!」
 日も届かない真っ暗な船内を捜索していて、時間の感覚がずれていた。
 しずめはどこか魅入られた様に人影に近づくアルティアの手を強引にとる。
「しずめくん、何をするんだい?」
「目ぇさまし! こんなアヤカシの腹ん中に知り合いがおる訳あらへんやろ!!」
 知り合いとの再会を邪魔され、むっと表情を曇らせるアルティアに、しずめは思いっきり叱咤した。
「それとも何か。ここで一緒に沈む気か!」
 床の傾斜がしずめの引く力を助ける。
 しずめに抗いを見せたアルティアだったが、引く力に負け入口へと後退した。

●桔梗丸
 夜の帳と共に月が顔を覗かせる。
 威力偵察ともいえる索敵を終え、一行は桔梗丸へと再び集った。
「海中には何もなかったよ‥‥」
「‥‥」
 得られなかった成果に、ふしぎと水月はしゅんと肩を落とす。
「私も潜って調べましたが、あの船の底にも何もありませんでしたね。大きなアヤカシも、アヤカシ兵器も」
 と、こちらも海中を捜索したフレイアが結果だけを伝えた。
「しずめくん、そっちはどうでした?」
「うち等は船の中に捜索に行ったんやけど、中は真っ暗。人どころかアヤカシもおらへん――と思ったんやけどな。奥に人がおった」
 しずめの報告に、一同の顔がこわばる。
「何でもアルティアの兄はんの知り合いらしいけどな」
 と、どこか含みのある言い回しで続けたしずめは、ちらりとアルティアへ視線を向けた。
「‥‥レダ君だったよ」
「えっ!?」
 しずめに背を押される様に呟いたアルティア。そこに出た人物の名に一番驚いたのは、ふしぎであった。
「レダ‥‥確か、空賊団の副長ですね。ですが、今は仲間の元にいると聞いていましたが」
 その名は妹から聞き及んでいる。フレイアが記憶を辿る様に皆に説明した。
「‥‥この間、行方不明になったって聞いたの」
 と、こちらもフシギ同様にショックを受けていた水月が、小さな声を上げる。
「う、うん‥‥確かにレダ――その空賊団の副長は、この間のアヤカシ兵器との戦闘依頼の後‥‥居なくなった」
 水月の説明を補足するように、ふしぎが言葉を絞り出す。
「行方不明になった空賊の副長がアヤカシの中に? それって‥‥本当に人なの?」
 アヤカシの中に人がいる。本来であればあり得る筈の無い事態にリラは怪訝な表情を向けた。
「わからない。――ただ」
「ただ?」
「普通ではなかったような――気がする」
 普段の捉え処の無い雰囲気はなりを顰め、自信なさげに答えるアルティアに、一同は閉口する。
「皆、そっちも大変だろうが。これを見てくれないか」
 と、湖鳴を伴って現れた紅竜が皆の前に海図を広げた。
「? 海図ならもう何度も見た筈ですけど」
 朱璃は見飽きる程に眺めた海図を前に、かくりと首を傾げる。
「ここを見てくれ」
 紅竜が海図に引かれた二本の線を同時になぞる。
「『筒賀』という」
線の終着点。海図にすら点でしか記載されていないその小さな島の名を湖鳴が呟いた。
「前にも言ったが、武天領の島だ」
 それは以前の調査の段階で気付いていた岩だけの島の存在であった。
「‥‥護ってる? それとも誘ってる?」
 海図に示された交わりの点は桔梗丸と漆黒の船を線で結んだ延長線上にある。
 水月は答えを求める様に、皆に問いかけた。
「わからない‥‥でも、きっとそこに何かある気がする!」
「俺もそう思う」
 真相は今だ闇の中。ただ、きっと何かがそこにある。
 ふしぎと紅竜は眼を合わせ頷く。
「俺も行くつもりだ。――お前等、また力を貸してくれるか?」
 意を決めた道の言葉に、一行は力強く頷いた。