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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●陵千 差し込む日差しは日増しに温かさを増して行く。 窓辺の定位置も、最近は暑いとさえ感じる事があった。 「ふぅ、汗ばむくらいの陽気だねぇ」 剥き出しになった手の甲は、日増しに強まる日差しに、日焼けしたようにも見える。 「こんなに暑いと、またあそこに行ってみたくなるね」 見つめるのは窓の外に映る東方。 そんな時――。 「伯父様、失礼しますねっ‥‥って、何ですかこれ!?」 ノックもそこそこに、戒恩の部屋へと踏み入った遼華は、その光景に目を丸くした。 「うん? ああ、ちょっとね」 「ちょっとね、って!? どどど、どうかされたんですか!?」 のんびりといつもの口調で返す戒恩。だが、遼華は目の前の光景にがくがくと震えだす。 それもそのはず、 床には大量の血痕が残っていたのだから。 「さささ、殺人事件ですっ!? どどどど、どうしましょっ!? 穏さん、穏さんっ!!」 「いやいや、ただの鼻血だから」 慌てふためき目を回す遼華に、戒恩は面白そうに微笑みかけた。 「鼻血!? ははは、鼻血!! ‥‥へ? 鼻血?」 あわあわと目を回していた遼華は、戒恩の言葉で徐々に我を取り戻して行く。 「そ、鼻血。いやぁ、この季節になるとよく出るんだよねぇ。私もまだまだ血気盛んと言う事かな?」 「血気盛んとか言う問題じゃないと思いますけどっ!?」 「そう? 男ならこれくらい出るもんなんだよ。遼華君は知らないのかい?」 「へ? え、えっと‥‥」 「‥‥ふむ」 言い淀む遼華に戒恩は言葉を続ける。 「やっぱり、遼華君は『男』をもう少し知るべきだね。やっぱり見合いの――」 「そそそ、それとこれとは話が別ですっ!?」 考えたあげく出した戒恩の言葉を、遼華は慌てて邪魔をした。 「そう? そろそろ一つくらい受けてくれてもいいと思うんだけど。ほら、候補の方々の資料が結構溜まってきてる――」 「だだだ、だから、それとこれとは話が別って言ってるじゃないですかっ!! 私はただ、開拓のご報告に来ただけですっ!」 乱雑に積まれた棚から何やら取り出そうとした戒恩を必死で止め、遼華は突き付ける様に一冊の手帳を戒恩に差し出した。 「そうかぁ、残念残念」 「ちっとも残念そうじゃないですけどっ!?」 「ふむ、どれどれ――」 遼華の激昂を他所に、戒恩は差し出された手帳をめくり始めた。 低木地帯:矢立ヶ原 原生する茶の木を出来るだけ傷付けないように作られた散策道。 海を見渡せる小高い丘に作られた展望を楽しむ為の広場。 展望台で一時の休息を旅人にもたらす茶屋。 砂岩地帯: 真冷山脈より流れて来たと思われる巨石だけの場所に通された道。 道を進めば東は大河『言葉川』。北へ進めば発見された温泉、そして天然磁石の鉱脈。 大河:言葉川 穏やかに流れる大河は時に荒々しい姿を見せる。 その激しさに対抗する為に架けられた石橋『臨望橋』。 氾濫した大河にも負けぬ強靭な石橋が、西と東を結んだ。 湿地帯: 深く霧の立ち込める沼に架けられた一本の渡り橋。 その姿とは対照的な清流が育んだ山葵の発見。 今だ群生地は見つけられないまでも、特産品としての価値は十分に期待できる。 海岸: 霧を抜けた先に広がる、蒼天滄海。 湾を抱く二本の岬。 砂の純白の絨毯 このただ美しいだけの景色が開拓の終着点。 「‥‥」 「ど、どうでしょう?」 見終えた手帳から顔を上げた戒恩に、遼華は恐る恐る言葉をかけた。 「うん。遼華君」 「は、はいっ」 「結構綺麗な字を書くんだね。いやぁ、流石豪商会刻堂のお嬢さんだ」 「‥‥はひ?」 今までの緊張は何だったのか。 遼華は戒恩の言葉に、素っ頓狂な声を上げた。 「この『海』の部首のはね方なんて、なかなかなものだね。うんうん、いい先生についたんだね」 「そそそ――」 「おっ、この『川』の字も、また趣があっていいね。難しいんだよね、簡単な字ほど」 「そんな事聞いてるんじゃありませんっ!!!」 しきりに感心する戒恩に向け、遼華は信じられないとばかりに大声を上げた。 「伯父様が開拓して来いって仰るから、皆さんの力を借りてここまでしてきたのに――」 今までの苦労を思い出し、遼華はなんとか怒りを押し殺し言葉を紡ぐ。 「それを‥‥それを字が綺麗ってなんですかっ!!」 自分が頑張った事はいい。それが自分に与えられた役目だから。 でも、皆の苦労がそんな評価を受けるのだけは許せない。 遼華はふつふつとわき上がる怒りを躊躇う事無く戒恩にぶつける。 「そんな言葉を聞く為に、私達はがんばってきたんじゃないですっ!! そもそも伯父様が――」 「遼華君」 「なんですかっ!」 「まだ、この報告書は貰う訳にはいかないよ」 「‥‥え?」 「だって、これはまだ『未完成』だからね」 「え、えっと‥‥それって‥‥」 「この報告書が完成したら、是非見せてね。楽しみにしているから」 毒を抜かれた遼華に手帳を返した戒恩は、再び視線を窓の外に向けたのだった――。 |
■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029)
23歳・女・巫
一ノ瀬・紅竜(ia1011)
21歳・男・サ
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
ミル ユーリア(ia1088)
17歳・女・泰
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
アーニャ・ベルマン(ia5465)
22歳・女・弓
フレイ(ia6688)
24歳・女・サ
夜刀神・しずめ(ib5200)
11歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●矢立ヶ原 爽風吹き抜ける茶の原生林を縫う様に拓かれた道中には、一軒の茶屋が建っている。 「‥‥」 緊張した面持ちで見つめる女中達を前に、万木・朱璃(ia0029)が差し出された小皿に口をつけた。 「ど、どうでしょう‥‥?」 渡されたレシピ通りに作った。自分達で味見もした。後はこの人の合格を貰うだけ。 女中の一人が恐る恐る朱璃に問いかける。 「おいしいですよ」 「ほ、ほんとですか!?」 「はいっ。でも――」 「で、でも‥‥?」 「もう少し塩分を控えめにした方がいいので、醤油を少し減らしてみましょう」 「は、はいっ!」 合格点、とまではいかなかったが及第点はもらえたのだろう。 微笑む朱璃に、女中達は自らの奮闘を称え合う様に笑顔を合わせる。 「この味ならお客様に自信を持ってお出しできると思いますよっ!」 喜ぶ女中達に、レシピを教えた自分も嬉しくなってくる。 朱璃は、女中の輪に加わる様に笑顔でみたらしの餡をもう一舐めした。 「いい香りだ」 と、そんな時。暖簾をくぐり皇 りょう(ia1673)が茶屋に顔を出す。 「あ、りょう君。いらっしゃいませ」 顔を覗かせたりょうに向け、朱璃が声をかけた。 『い、いらっしゃいませっ!』 と、そんな朱璃の言葉につられたのか、先程まで笑顔で喜んでいた女中達が緊張した面持ちで、りょうを迎える。 「え? いや、私は少し立ち寄っただけ――」 「ご、ご注文は何になさいますか!」 「お一人様ですか!?」 「お席はこちらでよろしいでしょうか!」 突然現れた初の客に、女中達は口早に覚えたての台詞を並べたてる。 「皆さん、落ち着いてっ!」 その時、初めての客に慌てふためく女中達に、朱璃の一喝が飛んだ。 「しゅ、朱璃殿?」 女中達に向けビシッと指を立てる朱璃に、りょうも思わず目を見張る。 「こんな事で動揺していては、接客などできませんっ!」 『は、はいっ!』 「ここは訪れたお客様にゆっくりとくつろいでもらう場所です。逆にお客様を困惑させてどうするんですか!」 朱璃の檄に、女中達は直立不動で何度も頷く。 「では、もう一度接客の復習からですっ!」 『はいっ!』 そして、再び朱璃先生による接客講座が始まった――。 「お待たせしました」 「御苦労であるな」 講義が終了するのを外で待っていたりょうの元に、朱璃が顔を出した。 「皆さんやる気は十分なんですけどね。やっぱり経験が無いから色々と不安みたいで」 「そうであろうな。経験した事の無い世界に身を置くのだ、相応の緊張と不安は覚えよう」 「ですね。でも、それも乗り越えてもらわないとっ」 店の軒先で楽しそうに言葉を交わす二人。 「あ、そうそう。これ試作品として心茶屋に初めて来てくれたお客様にお出ししようかと思ってるんですけど、お一ついかがです?」 と、朱璃が小さな包みを開きりょうに差し出す。 「これは‥‥草餅、であるか?」 それは串に刺された三つの緑色の団子。 「うーん、惜しい! これは、茶団子ですよっ」 「ほう。それでは失礼して――」 「っとと! ちょっと待ってくださいっ」 「うん?」 興味深げに櫛の一本を取り上げたりょうを朱璃が制す。 「これをかけて完成なんですっ」 そして、朱璃が満を持して取り出したのが、小さな小瓶。 「この匂い‥‥先程のものか?」 「ですです! この餡をかけて――っと、これで完成ですっ!」 「ふむ‥‥」 そこには琥珀色の餡を纏った緑色の茶団子。 「心茶屋、渾身の一品ですっ! さぁ、どうぞ召し上がれっ!」 「では、頂くといたそう」 誕生した我が子を自慢する様に進める朱璃に、りょうは頼もしげに頷き団子を口に放り込んだ。 ●砂岩地帯 ごつごつとした灰色の世界を行くと、ふと目に飛び込む赤銅色の異点。 「これが例の鉱脈か」 突然現れたそれを、一ノ瀬・紅竜(ia1011)は興味深げに覗き込んだ。 「はいっ、朱璃さんと夜刀神さんが見つけたそうですっ」 紅竜の横で同じように赤銅色の大地を覗きこむ遼華。 「しかし、磁石か‥‥」 「磁石って何に使うんでしょう‥‥?」 「船や飛空船で使う羅針盤、位しか聞いた事が無いな。後は玉鋼になるんだったか」 「その通りです!」 と、突然の声に二人は後ろを振り返った。 「遼華殿、一月ぶりであるな」 「りょうさんっ!」 そこには、朱璃とりょうの姿。 「お邪魔でした?」 りょうに飛びつく遼華を横目に、朱璃が紅竜に問いかけた。 「い、いや。そんな事はない」 答える紅竜は、見上げる朱璃からわざとらしく視線を逸らせる。 「そうですか? ならいいんですけど――っと、遼華さん」 「うっ‥‥」 言葉を詰まらせる紅竜を他所に、朱璃は遼華の元へ。 「あ、はい?」 「えっとですね。この磁石――磁鉄鉱の事なんですけど」 振り返った遼華に、朱璃は赤茶けた大地を指差す。 「精錬すれば玉鋼になるんですよっ」 「ほう、刀の素材であるな」 「ですです! なのでしっかりとした採掘体制と錬鉄体制を整えれば、一大産業に発展する可能性もあると思うんですっ!」 何も無いとされていた心津の大地がもたらす富に、朱璃は興奮気味に言葉を続けた。 「製鉄ですか‥‥」 「あ、あれ? あまり気乗りしませんか?」 しかし、朱璃の提案に遼華の声はどこか沈んでいた。 「えっと、すごいいい案だと思うんですけど‥‥」 「温泉の事か」 「あ、はい‥‥」 言葉尻を押す紅竜に遼華は申し訳なさそうに頷く。 「ここは温泉の上流になりますから、あまり水を汚すような産業は控えたいな、って言うのが本音で‥‥ごめんなさいっ」 折角の提案を否定せねばならない遼華は、朱璃に大きく頭を下げた。 「そっか、そうですよねっ。そこまでは考えが及びませんでした。こちらこそごめんなさい‥‥」 そんな遼華の態度に、朱璃は自分こそはと頭を下げる。 「別に使えなくなったわけじゃない。何か別のいい方法を考えればいいさ」 と、頭を下げ合う二人に、紅竜が、 「であるな。一先ずの区切りではあるが、この先もこの地は発展していくのだから、今すぐに答えを出す必要も無かろう」 そして、りょうが声をかけた。 「そうですね‥‥うんっ! 朱璃さん、またいい案があったら聞かせてくれますか?」 「はい、もちろんですよ!」 謝り合った二人は今笑顔を向け会った。 ●海岸 一寸先も見えない程の濃霧を越えた者に等しく訪れる、光の洗礼。 眩しさに閉じた瞳をゆっくりと開くと、誰しもがそこに広がる絶景に絶句する。 「何度見ても綺麗だよね‥‥」 降り注ぐ陽光を額に添えた手で遮りながら天河 ふしぎ(ia1037)が呟いた。 「ほら、いつまでも感慨に耽ってないで、働く働く。はい、これ」 と、どこか物憂げなふしぎにミル ユーリア(ia1088)がある物を手渡す。 「こ、これは‥‥?」 「縄よ。見てわからないの?」 「な、縄‥‥っ!? ぼ、僕はそんな趣味無いんだからなっ!?」 「はいはい。お約束な答えありがと。これは、あそこに使うのよ」 と、縄を手に顔を真っ赤にするふしぎに、ミルが双子の岬を指差した。 「え? 岬に?」 「そ。あのままじゃ危ないでしょ? 折角いい景色なんだから、岬の上も歩きたいじゃない」 「それじゃ、これって‥‥手すり?」 「そうよ? 何だと思ったの?」 「そ、そうだよねっ。わ、わかってたんだからなっ!」 「はいはい」 と、ミルは必死に否定するふしぎから視線を海へと向ける。 そこには、澄み渡る蒼い海と空。遠くには入道雲。ここだけが、まさに夏。心なしか気温すらも高い気がする。 「さてと。あたしは柵つけに行くけど、フシギはどうすんの?」 「あ、えっと、僕はもう少し砂浜を調べようかなって」 「ああ、宿を建てるんだっけ?」 「うん、それもあるんだけど‥‥ほら、ここ」 「うん?」 と、砂浜を差した指を追いミルが視線を向けた。 「霧が無いんだよね」 「確かにここだけは出てないわよね。不思議と」 「でしょ。だからここになら、アレを呼べるかなって」 「アレって?」 「飛空船っ!」 グッと拳を握り空を見上げるふしぎ。 「飛空船かぁ、確かにここなら降りてこられそうよね」 「うんっ! もし可能なら、ここに資材を運ぶこともできる様になると思うんだっ!」 「そうね。もし飛行船が使えるなら観光客の人とかも来るの楽になるかもね」 「でしょでしょ!」 「ま、そっちは任せるわ。あたしは岬でお仕事してこなくちゃ。最後だし真面目にね」 「それって、今までは真面目にお仕事してなかったみたいな言い方に聞こえるよ?」 「御想像にお任せするわ。それじゃね」 そして、ミルは資材を背負い一路岬を目指す。 そんなミルの背を眺め、ふしぎは今一度砂浜へと視線を移した。 ●湿地帯 五里霧中。 まさにその言葉を体験できる場所がここであろう。 「ほんとに見えないですね!?」 肌にまとわりつく湿気に、アーニャ・ベルマン(ia5465)は少年の様にはしゃぐ。 「あんまり急ぐと沼にはまるわよ?」 無邪気な妹に姉であるフレイ(ia6688)は呆れる様に、だがどこか優しく声をかけた。 「もぉ、お姉ってば、いつまでも子供扱いっ! 私はもう大人なんだからっ!」 そんなフレイにアーニャはぷぅと頬を膨らせじと目で睨みつける。 「そうね、ごめんごめん」 不満そうな妹が一層可愛いのか、フレイは苦笑を笑顔に変え答えた。 「あー、姉妹愛全開のとこ悪いんやけど、そろそろ本題に行ってもええ?」 そんな二人を呆れる様に見つめる夜刀神・しずめ(ib5200)。 「あ、ごめんなさいね。山葵の畑の話だっけ?」 むくれる妹の頭を撫でながら、妹よりもさらに小さなしずめにフレイは問いかける。 「そや。存在は先月確認したし、後は自生地を探すだけなんやけど‥‥」 「そこで、わたがしさんの出番と言う訳なんですねっ!」 頭を撫でられる手を振り払う様に一歩前へ出たアーニャがしずめに向け嬉しそうに声をかけた。 「そやな‥‥癪やけど、あいつの鼻が頼りやかなら」 と、殊更嫌そうに答えるしずめ。 『ふっ‥‥お嬢さん達に頼りにされるのも悪くないな』 そこへ満を持して登場のわたがしであった。 「きゃぁぁ! わたがしさん、今日も絶品なもふっぷりですっ!」 深く霞む霧の中、悠然と現れたわたがしを確認するや否やアーニャが飛びつく。 『おいおい、そんなに熱く抱き締められると‥‥俺も本気になるぜ?』 「ああんっ。わたがしさんたらっ!」 霧の中で繰り広げられる甘い会話。 「それにしても不思議な霧よね」 そんな霧の様な濃密な会話を他所に、フレイとしずめは辺りを見渡した。 「まったくや。邪魔で仕方あらへん」 「ほんと、折角の名産品もなのにね」 「まぁ、それも今日までの事やけど」 「何かいい案でもあるの?」 「さっき、アーニャの姐はんとも話しとったんやけど、見つけられへんのやったら、作ればええ」 「へぇ、なるほどね。確かにその方が効率いいかも」 「そやろ? これぞ心津山葵田計画やっ!」 感心する様に見つめるフレイに、しずめは自慢げに胸を張った。 ●心津温泉 赤茶けた大地の少し下流に完成した温泉には、磁鉄鉱の鉱脈と同じ色をした泉が湧き出る。 「あとは母屋の完成を待つだけか」 「ですねっ。母屋さえできればお客様を呼べる状態になると思いますっ」 4人が辿りついた温泉には、漆喰と竹で作られた湯船が完成し、脱衣所となる母屋もほぼ形が出来ていた。 「では、ここにも――」 と、新しく建てられた小屋の脇に、りょうが一本の杭を打ち付ける。 「りょうさん、それは?」 「う、うむ。観光目的の客人が訪れた際に、迷わぬようにと思ってな」 遼華の問いかけに、りょうは気恥しそうに答えた。 「もしかして‥‥道標です?」 「うむ‥‥。拙いものであるが無いよりはましであろう」 「そんな事無いですよっ! すごいですっ! きっと訪れてくれるお客様は大助かりですよっ!!」 謙遜するりょうに、遼華は大きく首を振る。 「そ、そうであろうか? 遼華殿にそう言っていただけると、気恥ずかしながら嬉しいものがあるな」 皆が見つめるりょうが立てた看板。それは――。 性格がそのまま映し出されるような武骨な文字で書かれた堅苦しい説明文。 そして、その横に申し訳なさそうに添えられた可愛らしい絵。 「な、何と言うか‥‥」 この絶妙にアンバランスな看板に、紅竜も何と言っていいものやら考え込む。 「個性的と言いますか‥‥これはこれで名物の一つになりそうですよね」 同じ感想を抱いたのか、朱璃も苦笑交じりで看板を見つめた。 「他の名所にも掲げて行こうかと思うのだが、構わないだろうか?」 「はいっ、もちろんですっ! すごく助かりますっ!」 りょうの提案に、遼華は嬉しそうに頷く。 「まぁ、遼華がああ言ってるんだし、いいんだろう」 「ですね」 少し変わった看板を前に、にこやかに会話を弾ませる二人を、紅竜と朱璃は微笑ましく見つめた。 ●湿地帯 しずめとアーニャの提案により、山葵田に適した場所を見つけた一行は、わたがしによってもたらされた山葵の新芽を移植する作業に励んでいた。 「あっ!」 「どうしたの?」 と、作業の途中、突然顔を上げたアーニャに、フレイが問いかける。 「忘れてた!」 「ちょっと、落ち着きなさい。何を忘れてたの?」 「橋の伝説っ!」 「‥‥はい?」 グッと拳を握り天を仰ぐアーニャに、フレイはきょとんと問いかけた。 「その為に二人っきりにさせたのに‥‥山葵に夢中で忘れてたのっ!」 「二人きりって‥‥ああ、あの二人のことね」 アーニャの指す二人が、誰であるか理解したフレイは、なるほどと頷く。 「そう! こうしちゃいられないのっ! お姉! 私行くねっ!」 思い出した一大事に、アーニャは取るものも取りあえず、臨望橋目掛けて桟橋をかける。 「ちょ、ちょっと、アーニャ!?」 そんなちょっぴり暴走気味の妹の身を案じ、フレイも急ぎその背を追った。 「そんなに色恋ゆぅんがおもしろいんか‥‥」 すでに霧の中に消えた姉妹を呆れる様に見つめ、しずめが呟いた。 『ふっ‥‥お子様には恋愛の良さが――あがあがっ!?』 「‥‥毛玉の分際で偉そうに」 理解できぬ行動に眉を顰めるしずめを諭すわたがしであったが、その言動はしずめの苛立ちを直撃した。 「で、肝心の山葵は見つかったんやろな?」 『あががっ!?』 「何ゆぅとんか聞きとれへんわ!」 『があぁがっ!』 必死にもがき苦しむわたがし。 志体持ちの膂力を最大限に発揮するしずめ。 霧の中、宿敵とも思える一人と一匹の攻防は激しさを増して行く。 「ん? なんやちゃんと持ってきとるんか」 と、両頬を摘み上げながらゆさゆさを振るうわたがしの身体から、何かが転げ落ちる。 『あががあっ!?』 「これで、うちの計画は完遂する‥‥! 長かったこの湿地帯との戦いも、うちの勝利で終わるわけやっ!」 足元に転がった山葵の姿に、しずめは歓喜の勝鬨を上げた。 悶え苦しみ白眼を剥くわたがしの頬を更に強く引っ張りつつ――。 ●臨望橋 「どうです? すごいでしょっ!」 「ああ、立派な橋になったな」 橋の上でくるくると身を翻す遼華を、見つめ紅竜が答えた。 「あれ? 朱璃さんとりょうさんは?」 「さ、先に行ったみたいだぞ?」 遼華の質問にもどこかぎこちなく答える紅竜。 「そうなんですか? じゃ、私達も急がないといけませんねっ」 「いや、急ぐことはないだろう」 「え? どうしてです?」 取り残されたにも関わらず、先を急ごうとしない紅竜に、遼華は問いかけた。 「遼華。お前は将来の夢、とかあるのか?」 「え?」 しかし、返ってきたのは真剣な眼差しを湛えた紅竜の答え。 その頃、橋の袂では――。 「間にあったっ!」 湿地帯から駆けつけて来たアーニャが、橋の上に佇む二人の姿を見つけ、グッと拳を握る。 「そんなに急がなくても逃げないわよ」 そんなアーニャを追って、フレイも橋の元へ辿り着いた。 「ここで待てとのことであったが、一体何があるのであろう?」 と、二人を迎えたのはりょうと朱璃。 「ふふふっ。今、ここに心津の新たな伝説が生まれるのですっ!」 りょうの問いかけにも、アーニャは小さくほくそ笑み、期待に満ちた瞳を橋へと向ける。 「ああ、なるほど。あの二人ですね」 と、朱璃はアーニャの企みに気付いたのか、うんうんと納得したように頷いた。 「あの二人と言うのは、一ノ瀬殿と遼華殿であるか?」 「そう言う事。あの二人、ちっとも進展しないみたいじゃない。それで、ちょっとした切欠をね」 不思議そうに問いかけるりょうに、フレイは悪戯っぽい笑みを浮かべ答える。 「お、お二人はそのような関係であったのか‥‥!?」 フレイの言葉に、恋愛事にはとんと疎いりょうも流石に気付く。 驚いた様に顔を赤らめ、橋を眺める三人に詰め寄った。 「それはこれからのお楽しみ、っていう所かしら」 期待と不安が入り混じる複雑な表情を見せるりょうに、フレイが答える。 「紅竜君は‥‥まぁ、態度を見てればわかりますけど、遼華さんの方はどうなんでしょ?」 「きっと、紅竜さんの言葉を待ってるんですっ!」 朱璃の問いかけに、乙女モード全開のアーニャは握った拳を更に堅く握り答えた。 「お前の未来は、この場所にあるのか。とふと思ってな」 「この場所に私の未来‥‥?」 まるで謎かけのように問いかけてくる紅竜の言葉に、遼華は視線を落し考え込む。 「色々な経緯があったとは言え、この地に来てもう1年以上経つからな。お前の気持ちがどう変わったのか聞きたくなった」 「‥‥ですね。色々ありました」 この島へ来て1年。遼華は光陰の如く過ぎ去った時を静かに目を閉じ思い出す。 「私は‥‥きっと、ここにいると思います。大好きな皆がいるから」 そして、ゆっくりと瞳を開けると静かだが力強くそう語った。 「そうか‥‥すまんな、変な事を聞いた」 「いえ、ありがとうございますっ! なんだか自分の気持ちを再確認できたみたいですっ」 「そうか、それはよかった。それじゃ、行くか。俺達が拓いた道を」 「はいっ! 行きましょうっ!」 薄く霧の霞む橋の先を指差す紅竜に、遼華は嬉しそうな笑みを向け、皆が刻んだ足跡を辿る様に歩きだす。 「――どちらにしても、俺はお前の味方だ。いつまでもな」 「え? 何か言いました?」 「いや、何でもない。さぁ、先を急ごう」 そして、紅竜は見上げる遼華の頭にぽふんと手を乗せ、ぽんと背中を押し橋の先へと足を向けさせた。 「う、うーん‥‥」 こちらへと向かってくる二人を見つめる、アーニャは複雑な表情を浮かべる。 「お堅いって言うか、不器用って言うか‥‥これは先が思いやられるわね」 そして、期待はずれな展開にフレイは苦笑を浮かべた。 「色恋とは、かくも深く険しい道のりであるか‥‥!」 一方、りょうは一筋縄ではいかぬ色恋沙汰の奥深さに、感慨を受ける。 「多分、違うと思いますけど‥‥」 そんなりょうに、朱璃は苦笑交じりに言葉をかけたのだった。 ●湿地帯 「これでええはずやっ!」 濃い霧に隠され、全景は見えないが、確かにそこには人工的に作られた水田がある。 しずめは泥に塗れる服の事も気にせず、わたがしがもたらした山葵の若芽を水田へと突き刺した。 「夜刀神さん、お疲れ様ですっ!」 と、時を同じくして、濃霧立ち込める湿地帯に遼華の姿が見える。 「うん? 遼華の姐はん‥‥におさぼり二人を含む、御一行様か」 続き、件の計画遂行の為に湿地帯を離れた姉妹に、紅竜と朱璃。 「あはは‥‥そんなに睨まないでってば」 じと目で見つめてくるしずめに、フレイはぽりぽりと頭を掻いた。 「すごいっ! これ夜刀神さんが作ったんですか?」 どこか気まずい空気の漂う辺りの空気を読んでか読まずか、遼華がしずめの足元に広がる水田を指差す。 「うん? あぁ、うちだけやないけどな。穏のおっちゃんにも随分助けてもろたし。一応、こいつも‥‥ちょーーっとは役に立ったし」 そして、しずめは足元に視線を落とした。 『ふっ‥‥俺様に‥‥かかれば‥‥造作も‥‥』 そこには何故か一戦交えた後のように疲弊するわたがしの姿。 「それで、それで、いつ頃収穫できるんですかっ?」 と、期待に満ちた目で水田を見下ろす遼華が問いかける。 「ま、すぐにゆぅわけにはいかんやろぅけど、環境、土壌、気候、全部問題無い筈やから、来年にはゆぅとこやな」 「来年ですかぁ‥‥うん、でも楽しみですねっ!」 「管理の方も、ここの人らに任せたし、まぁ大丈夫やろ」 と、答えるしずめはどこか誇らしげでもあった。 そして、一行は深い霧を抜ける。 この開拓史の最終目的地へと向けて――。 ●海岸 「これが終着の地であるか‥‥」 暗い霧のトンネルを越えた先に広がる蒼天の空。 りょうは目の前に広がる光景に思わず見とれていた。 「すごい綺麗ですね‥‥」 りょうの傍らで寄り添う様に同じ風景を眼に焼き付ける遼華。 「あ、リョウカ。それにみんなも来たのね」 と、そんな真っ白な砂浜に踏み入った一行を、海から顔を覗かせるミルが出迎えた。。 「あっ! ミルさんが海水浴中っ! ずるいっ、私も入りたいですっ!!」 ミルの姿を見つけ、アーニャは思わず砂浜を駆け出した。 「ちょっとアーニャ!」 今日何度目であろう。妹の暴走にフレイは手を伸ばすが、紙一重で振り切られる。 「2番、アーニャ、いっきま〜すっ!」 紺碧の空と海。仄かに頬を撫でる夏の風。 アーニャは泥に塗れた服のまま、砂浜を大きく蹴った。 「あ、まだ寒いから気をつけてね」 と、宙を漂うアーニャに向けて、海面に顔を出したミルが小さく呟く。 「ひやぁっ!? そそそ、そう言う事は先に言ってください〜!」 ジルベリアの寒村育ちのミルにとっては、この程度の水温でも問題無いのであろう。 しかし、箱入り娘なアーニャにはその水は冷水にも等しい。 アーニャは、飛び込んだ海の冷たさに思わず飛び上がったのだった。 ●海 海面に浮かぶ、白い二つの球体。 「じーー」 『あ、あの‥‥近いんですけど、お嬢さん‥‥』 身構えるわたがしの瞳をまじまじと見つめるミル。 「ねぇ、あんた。ほんとにもふら?」 『そしていきなりだね、お譲さん!?』 息もかからん距離に迫ったミルの問いかけに、流石のわたがしも動揺を隠せない。 「なんで心津に居るの?」 『脈絡というか、こっちの話は無視だよね?!』 「あの蔵からして怪しかったのよね。あんたひょっとしてアヤカシなんじゃないの?」 『こんなぷりてぇなもふらを捕まえて、アヤカシとはなんぞ!?』 「アヤカシなら毛を刈ればわかるし‥‥ちょっと剃らせなさいよ」 『既にアヤカシ確定!? そして、『剃る』になってるんですけどっ!?』 何処からともなく飛苦無を取り出したミルが、じりじりとわたがしに迫った。 と、その時。 「わたがしさん見つけましたっ!」 突然の声が二人に向けられる。 海面に仰向けになりぷかぷかと浮かぶわたがしに、アーニャがじゃばじゃばと水をかき分け迫ってくる。 「あら、先を越されたわね」 そして、後ろにはフレイの姿。 『やはりこうでなくてはなっ!』 自分の価値を理解する者の出現に、わたがしは瞳に自信の光を取り戻す。 「行くよ、お姉!」 「ええ、いらっしゃい!」 と、ふんぞり返るわたがしをガチリと掴んだアーニャは、そのままポンと宙へと放り投げた。 『へ‥‥?』 突然の浮遊感に呆気にとられるわたがし。そして、次の瞬間。 「もふもふあたーーっくっ!!」 『へぼあっ!?』 痛烈な平手打ちがわたがしの頬を捕えた。 「その程度で、私の勝てると思っているの?」 向かい来る白い毛玉。しかし、フレイの表情には余裕さえ見える。 『げぼぅ!?』 そして、高速で飛来したわたがしを双掌が弾き返した。 「むむむ‥‥! さすがお姉、やるねっ!」 「私に勝とうなんて、10年早いわよ?」 繰り返されるわたがしの応酬。 「ガンバレー」 姉妹の意地と意地をかけた排球合戦を、ミルは遠巻きに生温かく見守ったのだった。 ●砂浜 「天河の兄はん、これ見てくれへん?」 「え、なになに?」 砂浜に腰かけ海を眺めていたふしぎに、しずめが声をかけた。 「これやねんけど、なんかわかる?」 と、しずめはどこか自慢げある物を差し出す。 「えっと、羅針盤かな?」 「え‥‥?」 しかし、その答えをあっさりと導き出したふしぎに、しずめは思わず呆けた。 「でも意外。しずめが航海術に興味があったなんて」 「いや、あの‥‥羅針盤ゆぅたら、器に水を張ってそこに磁石を浮かべた――」 予想外の答えにうろたえるしずめは、自ら思い描く羅針盤を説明し始める。 「えっと、ごめん。その羅針盤を見た事無いかも?」 と、そんしずめにふしぎはどこか困った様に答えた。 「そ、そんな、あほな‥‥」 「し、しずめ?」 「うちの案が‥‥」 「あ、あの、しずめ‥‥? その、気を落さないで、ね?」 肩を落とし去って行くしずめの背に向け、ふしぎが小さく語りかけたのだった。 ●夕暮 「ねぇ、遼華」 岬の先に座り、赤く染まる海を眺めていた遼華とふしぎ。 「うん?」 と、ふしぎが口を開いた。 「‥‥遼華って好きな人いる?」 「え?」 突然の質問に、遼華は目をぱちくり、不思議そうにふしぎを見つめる。 「あ、えっと、いないならいいんだっ」 「‥‥ふしぎちゃんの悩みってその事?」 申し訳なさそうに問いかけてくるふしぎを、遼華は真剣な眼差しで見つめ返した。 「え? な、悩みなんて一言も言ってないんだぞっ!」 「‥‥嘘だよね。今日のふしぎちゃん変だもん」 「うっ‥‥」 最早、どれだけ繕っても遼華にはお見通しなのだろう。ふしぎは観念したように、いすまいを正す。 「‥‥僕には大事な人がいるはずなのに、もう届かない昔の人の事が忘れられない‥‥」 と、ふしぎは自分の悩みを吐き出し始める。 「最近、その事に気付いて‥‥僕の心って何処に向いてるのかわからなくなって‥‥一途って何だろうって‥‥」 巣から放り出された雛鳥の様に、か細く弱々しい言葉を並べるふしぎ。 「ふしぎちゃんって、欲張りだよね」 と、静かに話を聞いていた遼華の口が開いた。 「え?」 「いつだったか、教えてくれたよね。空賊団として、飛空船を手に入れるんだって」 「う、うん‥‥」 視線は合わせずじっと海の方を見つめながら言葉を続ける遼華の横顔を、ふしぎは見つめた。 「夢なんでしょ? それとも船は諦めたの?」 「そ、そんな訳ないんだからなっ! いつか絶対、飛空船を手に入れて見せるんだからっ!」 「やっぱり欲張り」 むきになり反論するふしぎに、遼華は静かに呟いく。 「ふしぎちゃん、男の子でしょ?」 「え? うん‥‥」 「ふしぎちゃん、団長さんなんでしょ?」 「‥‥う、うん」 「一途に夢を追ってる男の子って、とっても輝いて見えるよ。すごくかっこいい」 「‥‥」 「でも、今のふしぎちゃんからは、その輝きは見えないよ。この心津みたいに深い霧の中にいるみたいにぼんやりぼやけて見える。きっと、今周りにいる子達もそう思ってるよ。ふしぎちゃんの魅力が曇ってるって」 「そ、そうなのかな‥‥」 「好きな人の事を想うのは素晴らしい事だけど、色恋にふしぎちゃんの魅力が曇らされるのは残念だな」 ふしぎに向けられた遼華の笑顔は、どこか悲しみが含まれていた。 「って、偉そうなこと言ってごめんっ!」 「えっ! そ、そんな事無いよっ! ‥‥でも、そうだね。うんっ、ありがとう遼華っ!」 ふしぎは遼華の心遣いに答える様に、いつもの希望に満ち満ちた笑顔を返したのだった。 ●岬 右を振り向けば荒々しい白波が立ち上る外海。 左を振り向けば穏やかな波音が耳をくすぐる内海。 「ここがよいか」 この全く表情の事なる二つの海を交互に眺め、りょうが小さく呟いた。 「わかった」 と、りょうの指示した場所に、紅竜は両手で抱える岩を置き据えた。 「すまぬな」 「気にするな。力仕事くらいしか手伝えることはないからな」 縄で作られた安全柵に守られる岬の突端。二人は置かれた石を見つめる。 「ここに私達の名を刻むんでしたっけ?」 と、共に岬へを上がったアーニャが問いかけた。 「名でなくても、各々思い思いの言葉を刻んでいただければ」 「ふむ、何でもいいんですか〜。それじゃ――」 と、少し考え込んだアーニャは、ふと思いついた言葉を筆に乗せる。 『開拓は一本の矢から始まった』。 それがアーニャの刻んだ文字であった。 「アーニャらしい一言ね」 「えへへ、そうかな?」 記された文字を前に、微笑む会う姉妹。 「それじゃ、あたしも――」 と、次にミルが袖を捲り筆をとると、 「なっがい道のりをわざわざ来たんだしね。やっぱ、これしかないでしょ!」 そこには『楽しめ!』と、たどたどしくも豪快なミルの一筆が刻まれた。 「うちも一筆書かせてもらうで」 着物に襷をかけ気合十分なしずめが筆をとる。 「‥‥こりゃわかりやすいな」 石碑に刻まれた文字は『夜刀神しずめ、此処にあり!』。 そのストレートすぎる言葉に、紅竜は思わず苦笑い。 「最後は‥‥りょうか」 「うむ、では――」 と、最後に残ったのはりょうは石碑の前に跪くと、 「我等が繋いだ縁の終端となるこの地に足跡を――」 「最後までお堅いなぁ、皇の姐はんは」 そこに記された文字は、道標にも記されてきた武骨な文字。 『我等に武神の加護やあらん』と――。 皆が書き終えた石碑を見つめる一行。 「最後にこの苗を――」 と、りょうは懐から袋に包まれた小さな苗を取り出し、石碑の脇にその苗を植えた。 「心津第一次開拓史、ここに完。やっ! さぁ、戻ろか!」 しずめの声に皆は笑顔で頷き、自らの軌跡を振り返る。 そこには、打ち上げの宴の準備を終え砂浜で大きく手を振る朱璃とふしぎ、そして遼華の姿が。 皆が刻んだ軌跡の石碑が見下ろす海岸で、一行は長かった開拓史の終止符を打った――。 |