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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●矢立ヶ原 「木の根は残らず抜けよ! 躓いて怪我でもすれば事だからな!」 「おい、縄はしっかりと結びつけろ! 」 「そこ違うぞ! 杭は等間隔に打つんだ!」 低木地帯を横断する道の整備が急ピッチで行われていた。 均された道の両脇には等間隔で杭が立てられ、その杭同士を荒縄で結ぶ。 「ふぅ、これで道らしくなってきましたねっ!」 作業員に混じり汗する領主代行遼華も、その光景に満足気に頷いた。 「代行殿、御苦労さまです」 「あ、穏さんっ! ようこそいらしてくれましたっ!」 そんな遼華の元に、手荷物を携えた穏が現れる。 「ほう、あの原野が随分と変わりましたな」 手荷物を手渡した穏は、遼華の肩越しに低木地帯をくるりと見渡した。 「はいっ! 皆さんのおかげで作業も随分捗ってますっ!」 「この調子で行けば、予定よりも早く完成するかもしれませんな」 と、声をかけた穏。しかし、遼華はその言葉に少し表情を曇らせた。 「うん? どうかされましたか?」 「あ、いえっ。なんでもないですっ!」 不思議そうに問いかける穏に、遼華はぶんぶんと頭を振り、再び笑顔を作る。 「‥‥何か問題があるのですな。私でよければ、お力になりますぞ」 と、穏が遼華に問いかけた。1年を共にしてきた少女の変化である、それはすぐにわかった。 「あ‥‥えっと‥‥」 「遠慮する事は無いでしょう。私も心津の民だ」 そんな穏の申し出に、ちらちらと顔色を伺う遼華に、穏は無愛想に微笑む。 「じ、実は――」 と、そんな笑顔に安心したのか、遼華は開拓者の皆から聞いた土地の情報を、穏に話して聞かせた。 「ふむ‥‥。それでは普通に橋をかけても流される可能性が高いですな」 遼華の話は、心津東部に流れる名も無き河の話。 「はい。ですから、どうしようかと思ってまして‥‥」 「私も土木には疎いですからな‥‥しかし、それ以外で力になりましょう」 「それ以外?」 「残念ながら、この心津には建材となりうる物資が少ない。であれば向うから持ってくる他ないでしょう」 かくりと小首を傾げ問いかける遼華に、穏は海を指差しそう告げた。 「私が道と共に本土へ渡り、資材を調達してきましょう」 「え‥‥? でも、他にもお仕事がいっぱいあるんじゃ‥‥」 「なに、たまには外に出ねば体が鈍ってしまいます。それに、仕事は船の中でもできる」 心配そうに問いかける遼華に、穏は再び似合わぬ笑顔を浮かべそう答えた。 「わわっ、助かりますっ! 実はそろそろ資材にも足りない物が出てきてまして‥‥」 「ふむ、やはり資材を地産出来ぬのは厳しいですな。まぁ、無い物ねだりをしても仕方ありませんが」 「そ、そうですね‥‥」 穏の言葉に、しゅんと俯く遼華。 「気を落されるな。それでも代行殿はようやっておられる。我らがこの島に来た時とは、別天地ではありませんか」 と、そんな遼華に、穏は陵千の方角を指差した。 「そ、そうでしょうか?」 「ええ、そうですとも」 まるで幼い娘を可愛がるように、穏は小さな領主代行を見つめる。 「さて、また彼等が来る頃でしょう。彼らにも何が必要か聞き、調達して参りましょう」 そして、穏は実果月港へと足を向けた。 「はいっ!」 ゆっくりと歩み去る穏の背を、遼華は元気いっぱいに追いかけたのだった。 こうして、心津開拓史の第二幕の幕が上がった――。 |
■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029)
23歳・女・巫
一ノ瀬・紅竜(ia1011)
21歳・男・サ
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
ミル ユーリア(ia1088)
17歳・女・泰
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
アーニャ・ベルマン(ia5465)
22歳・女・弓
夜刀神・しずめ(ib5200)
11歳・女・シ
天ケ谷 昴(ib5423)
16歳・男・砲 |
■リプレイ本文 ●陵千 心津は、今日も霧。 夏の霧は、その湿気から人を不快にさせるが、冬の霧は、人の心を憂鬱にさせる。 そんな霧の中、開拓者達は再びこの地に集った。 「――と、こんな感じ」 卓を囲む一行に向け、ぺしぺしと黒板を指し棒で指すミル ユーリア(ia1088)が声を上げる。 先の調査で判明した名も無き河の説明を黒板を使って、丁寧に説明していた。 「ということは、ただ架けただけの橋では流される可能性が高いという事ですね」 ミルの報告に万木・朱璃(ia0029)が、うーんと唸りを上げる。 「そうね。神楽の街に架かってるような木の橋じゃ、流されるでしょうね」 「木じゃ無ければ‥‥石とか〜?」 考え込む一行にあって、アーニャ・ベルマン(ia5465)がふと呟いた。 「あ、石はいいんじゃないかな? 河原にいっぱい転がってたし。木と違って丈夫だと思うしっ!」 「石橋か。それならば多少の氾濫でも流される危険はグッと少なくなるな」 そんな、アーニャの提案に天河 ふしぎ(ia1037)、一ノ瀬・紅竜(ia1011)がなるほどと感心する。 「確かに石橋なら頑丈だしね、流れが速い川にはうってつけじゃないかな。ま、資材集めが少々面倒かもしれないけどね」 同じく、天ケ谷 昴(ib5423)もその意見に同意した。 「石で作るのはえぇとして、そもそもの話、その橋うちらで造るん?」 と、納得する一行に向け、夜刀神・しずめ(ib5200)が疑問を投げかけた。 「もちろん心津の人々に手伝ってもらう事にはなるであろうな」 そんなしずめの問いに、皇 りょう(ia1673)が答える。 「違う違う、そうやなくて。そら石積むくらいやったら、うち等にもできるやろ。でも、橋造るとなったらそれこそ石工とか橋職人とか専門の人材が必要やろ」 しかし、りょうの答えにもしずめは首を横に振った。 「とは言っても、この心津にそんな人材が折るとも思えんねやけど‥‥代行はん、どうやろ?」 「え‥‥? あ、多分いらっしゃらないかと‥‥」 突然しずめに話を振られた遼華は、少し戸惑いながらも申し訳なさそうに答える。 「せやろなぁ。やっぱし、本土から呼ぶしかないんとちゃうかなぁ」 「うーん」 いきなりぶち当たった問題に、一行はうーんと考え込んだ。 「ま、その辺りは大丈夫だよ」 と、そんな一行にあって、どこか自信に満ちた表情で答えるのは昴であった。 「昴さん、何かいいアイデアでもあるんですか〜?」 そんな昴に、アーニャは期待を込めて問いかける。 「ああ、橋なら架けた事があるからね。――が」 アーニャの問いに、昴は即答する。語尾に何かをつけたして。 「架けた事あるって‥‥橋をか?」 そんな言葉に目を見開く紅竜が、今一度問いかけた。 「ああ、なんなら説明しようか?」 と、昴徐には立ち上がり、今だ信じられないと言った風の皆に向け、黒板を使って説明しだした。 昴の説明は実に理にかなったもの。 まさに職人が持つ知識に他ならなかった。 「おまえ、何者や‥‥?」 「はは、まぁ、人に歴史ありってね」 訝しげに見つめるしずめを、昴はにへらと微笑みかわす。 「それにしても、すごい知識ですねっ。これなら私達でもできそうな気がしてきましたっ!」 しかし、昴の説明に朱璃はいたく感心した様で希望にグッと拳を握りしめた。 「具体的な作業の指示は俺が出すとして、現場の調査はお願いできるんだよね?」 と、昴の話を真剣な眼差しで聞き入っていたふしぎへ視線を向ける。 「もちろんっ! 前回は渡れなかったけど、今日はきっと行けると思うから、どれくらいの被害が出てるのか調べて来るね!」 そんな問いかけに、ふしぎもグッと拳を握りしめ答えた。 「方策は天ケ谷殿にお任せするとして――次なる問題は資材の運搬か」 「ですね〜。石は現地調達できるとしても、基礎になる木枠の材料は港から運ばないといけませんし〜」 昴の出した方策に必要なものはと、りょうとアーニャが話を進める。 「力仕事は引き受けるつもりだが、橋を組む枠を作るとなると、相当な量の木材が必要だよな?」 「ああ、流石に開拓者と言っても、一人二人でどうにかなる量じゃないね」 「私も力仕事を受け持つつもりではあるが‥‥やはり、牛馬の助けなしでは厳しいか」 的確に答える昴の言葉に、紅竜、りょうはうーんと黙り込んだ。 「馬や牛なら、穏のおっちゃんが調達してくれるんでしょ?」 「うんっ。馬も牛も3頭ずだけど確保できたって、穏さんから連絡あったよっ」 問いかけるミルに、遼華は嬉しそうに答える。 「合計6頭か。少し少ないかもしれないな」 そんな遼華の答えに、紅竜は小さく呟いた。 「もう少しお願いした方がよかったでしょうか‥‥?」 「い、いや。なんとかなる。それにこれから更に調達となると費用も時間もかかるだろ?」 「そ、それはそうですけど‥‥」 湧き出た更なる問題に、紅竜と遼華はどこか沈んだように言葉を交わす。 「なーに、暗くなってんのよ。ここにいいのがいるじゃない。グータラでどうしよーもない謎生物が」 「ア、アレを使うのか‥‥?」 ミルの言葉の意味するものを悟り、紅竜は苦々しく呟いた。 「働く者食うべからず、って言うでしょ?」 「それはそうだが‥‥」 ビシッと指を突き付けてくるミルに、紅竜は小さく頷いたのだった。 ●蔵 陵千の屋敷の奥に立つ古めかしいが立派な蔵。 今まで誰も立ちいらなかったこの蔵は、今やある生物の住処となっていた。 『ほう、この俺様に会いにざわざわやってきたとは、人間にしてはなかなか感心な奴だ』 この蔵の住人――と言っても不法占拠甚だしいが――であるもふらは訪れた開拓者達を、まるで我が家に迎える様に招き入れた。 「なんやこの、矢鱈偉そうなもふらは‥‥」 「おや? シズメは初対面だっけ?」 ヒクヒクと頬を引くつかせ、ニヒルに微笑むもふらを見下ろすしずめにミルが問いかける。 「うーん、なんや先月見た気がせんでもないけど‥‥って、アーニャの姉はん、どうしたん‥‥?」 「うぅ‥‥」 一方、そんなもふらを眺め、胸を押えどこか苦しげに呻くアーニャに、しずめが声をかけた。 「もう我慢できません〜!」 途端、アーニャは目を輝かせもふらに抱きついた。 『おいおい、積極的なお譲さんだな。まぁ、この毛並みにかかれば仕方の無い事がだがな』 開拓者であるアーニャ渾身の抱擁に至る所を歪ませながら、もふらは満足気に呟く。 「うぅ〜! この綿菓子の様なモフ感、たまらないです〜! はっ! そういえば、お名前がまだ無かったんでしたっけ〜!」 しかし、そんなもふらの台詞などアーニャの耳には届いていない。 「あー‥‥別世界に入っちゃったわね」 そんなアーニャをミルは呆れたように見つめる。 「そうです! 『わたがし』様なんてどうでしょう!!」 「まんまじゃない‥‥」 「決定!」 恋する乙女?は止まらない。アーニャは周りの事などお構いなしにもふらの名を命名してしまった。 「なんであんな毛玉がええんや、理解できん‥‥」 『ふっ、お子様には目の毒だったかな?』 幸せそうなアーニャにもふり倒されながらも、もふらはしずめの視線を敏感に感じ取る。 ‥‥ぶちっ。 しかし、その言葉がしずめの琴線に触れた。 「切り株一つ引っこ抜かれんと、食っちゃ寝しとるだけの神様とか、お笑いやな!」 『‥‥ほう、この俺様を神と認めないと?』 「あたりまえや! お前が神やったら、うちなんか蛇神様や!」 『ぷっ‥‥蛇の神だと? お子様らしい発想だな』 「な・ん・や・と‥‥? そこまでゆぅんやったら、実力勝負や!!」 アーニャが抱くもふらに、しずめ渾身のダイブ。 「あ〜! もふら様は上げませんからね〜!」 『はは、愛い奴め』 「何が『愛い奴め』や。気色悪いゆぅねん!!」 巻き上がる砂ぼこりの中から聞こえてくる三人の声。 「あー‥‥こっちはこっちで‥‥」 そんな煙の中で、複雑な三角関係を形成する3人は、バチバチと火花とハートを撒き散らす。 「あいや、待たれいっ!」 そんな修羅場に?どたどたと豪快な足音を響かせ、りょうが現れた。 「はぁはぁ‥‥、待たれいっ!」 息を切らす程の猛ダッシュをかまし、蔵へとはせ参じたりょう。 「リョ、リョウ‥‥? どうしたの?」 そんな鬼気迫る迫力を醸し出すりょうの姿に、ミルは思わず一歩後ずさり問いかけた。 「先の宴では少々失敗したが‥‥今回こそは腕によりをかけて作ってまいった!」 その手には、どこの関取が食べるのかと言わんばかりのどでかい鍋が。 「――うん? もふらさまは何処に?」 息を落ち着かせたりょうは、きょろきょろと辺りを伺う。 「あー、あれなら、そこ」 と、ミルは怒声と嬌声入り乱れる土煙を指差した。 「む、先客か! しかし、負けるわけにはいかぬ! 我が渾身の手料理を持って精霊の御使いであらせられるもふらさまに、喜んでいただく!」 「‥‥ガンバレー」 「皇家が当主おりょう、いざ参る!!」 ミルの冷ややかな声援を背に受け、りょうは気迫みなぎらせ土煙の中へと猛進した。 所変わって土煙の中――。 『いや、待て。落ち着いて話をしよう!』 アーニャに抱かれ、しずめに噛みつかれ進退極まったわたがしは、だらだらと冷や汗を垂れ流す。 「感想ならば、食した後でじっくりと! さぁ!」 そんなわたがしに鍋を携えじりじりとにじり寄るりょう。 『あぁぁぁぁつっっ!!』 りょうの差し出した匙を口にねじ込まれたわたがし。 その絶叫は陵千の街に響き渡ったのだった――。 結局、橋が立った暁にはその栄光を湛えもふらの石像を立てる、というミルの提案を受け入れ、わたがしは開拓作業へと参加を決めた。 ●名も無き河 先月の荒々しい姿など想像もできない程、澄み渡り穏やかに流れる清流。 「これが本来の姿なんだ‥‥」 霧の中であってもその清浄さを感じる事のできる川に、ふしぎは感嘆の声を上げた。 「天河の兄はん、感動しとらへんとさっさと調査せな」 「そ、そうだね。うん、行こうっ!」 しずめの言葉に現実へと引き戻されたふしぎは、穏やかに流れるへと向かい、荒縄を手にすると、 「一応、流れが急な所もあるかもしれないから、僕が先に渡るから」 その一端をしずめへと手渡した。 「別にそんな事――」 「じゃ、しっかり持っててね。行くよっ!」 渡された荒縄の端を不思議そうに見つめるしずめをおいて、ふしぎはシノビの技を駆使し、慎重に川を渡り始めた。 流れに注視し、慎重に川を渡るふしぎ。 「やっぱり少し流れが速い。慎重に進まな――」 「普通に渡ればいじゃない」 「まったくや」 と、そんなふしぎの横をじゃぶじゃぶと水音を立てミルとしずめが過ぎ去った。 「え‥‥? え、え、ええっ!?」 そんな二人の姿をポカーンと見つめるふしぎ。 穏やかな表情を見せる川は小柄なしずめの膝ほどの深さしかない。 「ほら、早く来ないと置いてくわよ」 「で、この縄、いつまでもっとけばええんやろ?」 慎重に進むふしぎを置き去りにし、ずんずんと先を進む二人。 「ままま、待ってよぉ!!」 そんな二人に、ふしぎは慌てて後を追ったのだった。 ●陵千 心津の首都である陵千の街。 「わたがしさまが加わってくれたみたいですけど、流石にそれだけじゃ足りませんしね――」 そんな街の中央に、どどーんと立て看板を掲げ、朱璃が往来を見渡した。 「さぁ、そこ行く紳士淑女の皆さま! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい!!」 そして、すぅと深く息を吸い込むと、街ゆく人々に向け大声を上げる。 「今、この心津に大開拓時代が到来しているのをご存知でしょうか!」 いつも静かな街に沸いた突然の喧騒に、街の人々は何事かと集まり始めた。 「今まで、お茶くらいしか産業の無い片田舎と言われ続けて来たこの心津!」 どこか小馬鹿にした様な文句に、集まった野次馬達の表情が曇る。 「――でも、それも今日まで!!」 そんな野次馬達の表情の変化を確認し、朱璃は勿体つける様に話を続けた。 「この心津の東方! 今まで未開の地とされてきた東方の土地に、宝が眠っている事が判明したのです!!」 ざわざわ――。 朱璃の発した殺し文句に、野次馬達のざわめきが広がる。 「今、あなたの力が必要です! この南洋に浮かぶ小さな島に、富と人と繁栄をもたらす為に!!」 そして、グッと拳を握り力説する朱璃の言葉に、街ゆく人々は次第に虜になっていった。 ●砂岩地帯 不揃いの河石が見渡す限り広がる一帯に、一行は足を踏み入れていた。 「確かに資材には困りそうにないな」 一面にびっしりと敷き詰められた大小様々な石に紅竜が感嘆の声を上げた。 「入口でこれほどの量があるのであれば、一帯全体ではどれほどの物があるのであろうな」 同じく砂岩地帯を眺めるりょうも、霧に先もきっと同じ光景が広がっているのだろう、と同じ感想を持つ。 「これならわたがしさんの彫刻もいっぱい作れそうですね〜!」 「いやいや‥‥いっぱいはいらないだろう‥‥」 グッと拳を握り決意に燃えるアーニャに、紅竜が呆れた様に声をかけた。 「皆さんっ! とりあえず資材はここに置いていってくださいっ!」 先行く一行の後からついてきていた遼華が、人夫達に向け砂岩地帯の一角を指差す。 『はぁはぁ‥‥、やばいな、死ぬ』 続々と運び入れられる資材。そんな資材の運搬を任されたわたがしは、何年も蔵で過ごした不摂生が祟ったのかすでに、虫の息であった。 「わたがしさん、がんばって〜!」 そんなわたがしに、アーニャが声援を送る。――が、決して手は貸さない。 『ふっ‥‥お嬢ちゃんの頼みならば仕方がないか』 そんな声援に、ニヒルに口元を吊り上げたわたがしは、すでに訪れた筋肉痛?に悲鳴を上げる体に鞭を打ち立ち上がった。 「おぉ〜! その意気ですよ〜! その姿絵になります〜!」 ぷるぷると短い足を振るわせ立ち上がったわたがしに、アーニャの声援は更に大きなものとなる。――決して手は貸さないが。 『当然だろ? 俺様を誰だと思っているんだ。――あ、例の件、忘れるなよ?』 そんな捨て台詞を残し、わたがしは手を振るアーニャに見送られ、再び運搬の作業へと戻っていった。 「‥‥なんかすごいな」 「え、ええ‥‥すっかり手なずけちゃってますね」 そんな二人のやり取りを遠巻きに見つめる紅竜と遼華。 「な、なるほど‥‥もふら様とはあのようにこみにけいょんをとるものなのであるな‥‥」 そんな呆れる二人を他所に、りょうはアーニャの行動を羨望の眼差しで見つめる。 「いや、多分違うと思うぞ‥‥」 そして、呆れる紅竜の言葉にも、りょうは二人の掛け合いを真剣にメモに取った。 ●名も無き河 「ふーん‥‥こんな所まで水が来てたんだ」 「まぁ、前来た時は対岸が見えへん位ふくらんどったからなぁ」 川に残る氾濫の痕跡を、ミル達は入念に調べる。 「ねぇ、二人とも」 と、そんな二人にふしぎが声をかけた。 「あれだけすごい勢いだったのに、流木がほとんどないと思わない?」 ふしぎがそう問いかけ辺りを見渡す。 「確かに、石ばっかりよね」 「上流は植物が生えてへんって事やろうな」 「うんうん、と言う事は――」 「こないだ言ってた、山葵は上流には無いって事?」 「せやろうな。ちゅぅとことは、あっちが本命やな」 と、しずめが霧の彼方の東方を指差した。 「うんっ! 早速、この事を皆に報告して――」 「その必要はないかもね。ほら、来たいみたいよ」 と、ふしぎの言葉を遮り対岸へ振りかえるミル。 その視線の先には、後発として河へと到着したアーニャ達の姿があった。 ●名も無き河 「じゃ、僕達は引き続きこの先を調べてくるからっ」 「うむ、よろしく頼む」 先に広がっているという湿地帯へ向け出発する三人を、りょう達が見送った。 「さて、早速作業に取り掛かるか?」 先を行く三人を見送り、紅竜が昴に問いかけた。 「そうだね。まずは――」 と、そんな紅竜の問いに昴はくるりと背を向け、懐から何やら取り出す。 「――えっと、まずは土台を組んでっと」 「それはなんですか〜?」 視線を落しぶつぶつと呟く昴の肩越しに、アーニャが紙を覗きこむ。 「おわっ!?」 その声に振り向いた昴は、息もかからん距離にあるアーニャの顔に、思わずその場を飛びのいた。 「い、いや何でも無いよ!」 「ほう、なかなか詳細な手順であるな」 と、アーニャの接近に飛びのいた場所が悪かった。そこは丁度りょうの目の前。 りょうは後ろ手に隠す昴の紙を、何気なく読み上げる。 「‥‥はぁ、もういいか」 読み上げられた紙の内容に、昴は大きく一つ溜息をついて、その紙を皆の前へと差し出した。 「確かにこれは凄いな。天ケ谷が作ったのか?」 「そう――と言いたいところだけど、昔であった橋職人の親方に教えてもらった事を書いたメモだよ」 「なるほど〜、それで会議の時もあんなに詳しく話してたんですね〜」 「‥‥自慢げに語ってごめん。まぁ、俺の知識なんてこの程度のものなんだけどね」 と、皆の視線に俯く昴は、自嘲気味に笑みをこぼす。 「いやいや、その知識、経験が此度の作業に大いに役立つ。これはすでに、天ケ谷殿の功績であろう」 しかし、自嘲気味に笑う昴に、りょうは真剣な眼差しで首を横に振った。 「そうですよ〜! 昴さんがいなかったら、橋職人さんを探して〜、とかもう一作業増えていたんですから〜!」 「だな。会議の時おまえが言った様に、人には人の歴史あり、って事だ」 次々と上がる昴を褒め称える声。 「‥‥そ、それじゃ、作業の手順を説明するから、皆手伝ってくれるかな?」 皆の声に昴は顔を上げ、一度皆を見渡した。 そして、一度大きく頷いた昴は皆に問いかける。 その答えを確信して――。 ●砂岩地帯対岸 「さてと、あたしはちょっと寄り道」 「え? 湿地帯にはいかないの?」 砂岩地帯を渡りながらふと呟いたミルに、ふしぎが問いかけた。 「カイオンのおっちゃんが温泉もあるとか何とか口走ってたらしいから、ちょっと探してみるわ」 と、ミルは河の上流を指差し、ふしぎに答える。 「そう言えば、そんな事ゆぅとったな。あのおっちゃんの事やから信憑性には甚だ疑問が残るけどな」 そんなミルの言葉にしずめも戒恩のだらしない笑顔を思い浮かべながら、苦笑交じりに呟いた。 「まぁね。でも、もし本当にあるなら、結構な観光資源になるんじゃない?」 「それはそうだけど‥‥この河の上流にあるの?」 ミルの意見に賛同はするが確証は無い。ふしぎは再びミルに問いかけた。 「さぁ?」 「さぁ、って‥‥」 返ってきた答えに、ふしぎはがくりとうなだれる。 「シズメはどうする?」 と、そんなふしぎをほったらかし、ミルはしずめに問いかけた。 「うーん‥‥うちは山葵を探しにいこかな。なんやこないだの話では、東の端から旅人が持って帰ってきた、ゆぅてたそうやし、この先にある湿地帯にある可能性は高いやろ」 「そか。それじゃここで一旦解散ね」 そんなしずめの言葉に、ミルは解散を提案する。 「うんっ。ミルも気をつけてねっ!」 「了解や。ほな、報告楽しみにしとるで」 こうして、三人は二手に分かれ、それぞれの目的とする物を探しに行った。 ●名も無き河 「せいっ!」 カーン!! 霧の立ち込める名も無き河に、杭を打つ音が木霊す。 「はっ!」 カーン!! また、音は別の場所でも。 「杭は深く打ち込むんだ! 川底が砂だから流れで抜けない様にね!」 大槌を振り下ろす、りょうと紅竜に向け、昴はてきぱきと指示を下していた。 「昴さん、土台になる石を見つけてきましたよ〜」 そんな昴に、アーニャが声をかけた。 「ありがとう。――うん、なかなかいい石だね」 土台となる石はかなりの大きさになる。アーニャは河原に転がる岩を吟味したのち、土台に相応しい石を選んで運んで来たのだ。 「流石に、これだけ大きいと運ぶのも一苦労ですね〜」 「ああ、だけどいい方法を思いついたね」 と、汗を拭うアーニャに昴は感心したように答える。 アーニャは巨大な岩を丸太のコロを使って運搬してきたのだ。 「大きな建物建てる時は、この方法で資材を運ぶって聞きましたから〜。でも、うまくいってよかったです〜」 「うん、助かるよ。これで土台の材料は問題無しっ、と。後は――」 と、手にした紙に筆で×印を付け、昴が顔を上げた。 「お待たせしましたっ!」 と、時を同じくして、砂岩地帯に朱璃の声が響く。 「随分と大勢集まってくれたのだな」 と、りょうは大槌を地面に下ろし、朱璃の後ろに控える人々の姿に感嘆の声を上げる。 「皆さん、心津の為に一肌脱いでくれるそうですっ!」 迎えた一行に向け、朱璃は自慢げに新たな働き手達を紹介した。 「じゃ、私は矢立ヶ原の方に戻りますね」 人夫達を引き渡した朱璃は、そう言って踵を返す。 「うん? 手伝っていくんじゃないの?」 そんな朱璃に昴が問いかけるが、 「はいっ。まだあちらでやりたい事がるのでっ」 朱璃はにこりと微笑み、そのまま来た道を戻っていった。 「天ケ谷殿」 「うん?」 「私も少し外してもかまわないだろうか?」 「何かする事があるのかい?」 どこか申し訳なさそうに申し出るりょうに、昴は問いかける。 「いや、大した事ではないのだが‥‥ミル殿が一人で上流に向かわれたようなので、少し心配に‥‥」 「うん? 彼女なら一人でも平気――ああ、そう言う事。いいよ、こっちは人も揃ったし」 と、りょうの申し出の真意を悟り、昴はニッと笑みを浮かべ快諾した。 「そ、そうか。すまぬ、それでは行ってくる!」 昴の言葉に表情を輝かせたりょうは、一目散に上流へと河原を駆けて行った。 ●上流 どれほど登ってきただろう。 まったく見えなかった霧の先に、うっすらと山の形が見えて来た。 「っ! この匂いって」 そんな時、突然辺りに立ち込めた匂いがミルの鼻をくすぐる。 「まさか‥‥」 その臭いは、戦場を活躍の場とする開拓者には嗅ぎ慣れた臭い。 ミルは知らず知らずのうちに匂いの元、更なる上流へ向け足を速めていた。 ●湿地帯 立ち込める霧がより一層深くなる。 まだ冬だと言うのに体に纏わりつく湿気は、気持ちを憂鬱にさせるのに十分すぎるものであった。 「先が見えないね‥‥」 「噂に違わぬ濃霧やな」 伸ばした手の先すら霞む程の濃い霧に、二人はどこか重たい感想を口にした。 「とにかくここを越えないと砂浜には辿りつけないんだし、行こう!」 「当たり前やろ。その為にわざわざ来たんやから」 意気込むふしぎに答えるしずめ。そんな言葉の端にすらどこか意気込みの様な物が見える。 そして、濃い霧が立ち込める中、ふしぎは湿地帯への第一歩を踏み出した――。 ずぼっ! 「わひゃっ!?」 「‥‥いきなり、なに素っ頓狂な悲鳴上げてるんや」 足を踏み入れたふしぎは、沼の様な地面に足を取られ、膝まですっぽりと埋まっていた。 「そんな事言ってないで、助けてよっ!?」 呆れる様に見下ろすしずめに、ふしぎは必死になって助けを求める。 「しゃぁないなぁ――ほれ」 と、そんなふしぎにしずめは荒縄の端を投げた。 「ありがとうっ! これで脱出が!」 「ちょっ!? そんなに引っ張ったら――」 と、ふしぎが投げ入れられた縄を思いっきり引いた、その時。 ずぼっ! 「‥‥」 「‥‥」 頭から水を被り濡れ鼠と化した二人は瞳をぱちくり、互いに見つめ合う。 体格の違う二人の綱引き。その勝敗はふしぎに軍配が上がっていた。 「あほかっ! 力任せに引っ張ったら、そら道連れになるわっ!!」 「ご、ごめん!?」 「あはは、ごめんやわ!」 道連れにされた事に叱責するしずめに、ふしぎはただ謝るしかなかった。 ● 「うーん、ここにも橋が要りそうやな」 「う、うん、これじゃまともに進めないね‥‥」 なんとか沼から脱した二人は、体についた泥を拭い落しながら湿地帯を見つめる。 「はぁ‥‥ほんまに難儀な所やなぁ、心津って」 「でも、これを越えてこその開拓なんだからなっ!」 「はいはい、燃えるのはかまわんのやけど‥‥しゃぁない、一旦引き上げよか」 そして二人は、霧立ち込める湿地帯を一瞥し、一旦皆の元へと引き返した。 ●名も無き河 昴の指示の元、橋架け作業は着々と進行していた。 「紅竜さん、ちょっとちょっと」 と、アーニャが一休みしていた紅竜に小さく声をかけた。 「うん?」 「えっとですね――」 アーニャは悪戯な笑みを浮かべながら、紅竜に小さく耳打ちする。 「この橋が出来たらですね、伝説になると思うんですよ〜」 「はぁ? 伝説って‥‥?」 「あ、まだないんですけどね。これから作るんです〜」 「作るって‥‥そもそも出来てない橋に、伝説?」 「ふっふっふ〜。だから作るんじゃないですか〜」 にやにやと不敵な笑みを浮かべるアーニャ。そして、その笑顔に何か寒いものを感じ取る紅竜。 「作るって‥‥どんなだ‥‥?」 「ふっふっふのふ〜。ズバリ! 恋ばな!」 「‥‥よし、もう一仕事してくるか」 ビシッと鼻先に指を突き付けてくるアーニャに、紅竜は呆れた様に立ち上がった。 「ままま、待ってくださいよ〜! 紅竜さんにも悪い話じゃないんですから〜!」 と、立ち上がった紅竜を追う様にアーニャも立ち上がり、再び耳元で何やら囁きかける。 「‥‥おほんっ! は、話はわかった。考えておく」 「ふふ〜、よろしくお願いしますね〜」 若干頬を染め咳払いする紅竜と、童のように悪戯な笑みを浮かべるアーニャ。 「じゃ、私はこれで〜」 「あ、ああ‥‥」 紅竜の快諾を受け、アーニャは満足そうに紅竜の元を後にした。 ●矢立ヶ原 「皆さん、お疲れ様ですっ!」 茶樹林の整備に汗を流す人夫達に向け、朱璃が声をかけた。 「よぉ、嬢ちゃん。また飯作りに来てくれたのか?」 そんな朱璃の姿に、矢立ヶ原を整備する男が嬉しそうに答える。 「残念ー、今日は別件なんですよ」 「おや、それは残念だな」 わざとらしく残念がる男を朱璃はくすくすと笑った。 「あれ、朱璃さん?」 「あ、遼華さん、ここに居たんですねっ」 と、そん二人の会話を聞きつけたのか、矢立てヶ原の整備指揮に当たる遼華がひょっこり顔を出す。 「どうかされました?」 「えっとですね。突然なんですけど、ここに茶屋を作れないかなと思いまして」 と、丁度良いとばかりに、朱璃は遼華に向けて本題を切りだした。 「折角の風景ですし、この展望台だけじゃもったいないと思うんですっ!」 「おぉ! すごい案ですねっ! ――っと、いいですか‥‥?」 朱璃の提した案を遼華はいたく気に入り、伺いを立てる様に人夫の男を見上げる。 「こりゃ、またまた忙しくなるな!」 と、二人の期待に満ちた瞳に答える様に、男は腕を大きくまくり上げた。 「ありがとうございすっ! じゃ、早速穏さんに資材調達のお願いをしてこなきゃ!」 「あ、私もご一緒しますよっ!」 男の頼もしい答えを受け、二人は満面の笑みで、陵千へと駆け戻っていった。 ●上流 辺りに立ち込める匂いと煙。 先が見えぬのは霧と変わらないが、ここだけは少し様子が違っていた。 「‥‥」 足を止めたミルが足元に広がる光景を無言で見下ろす。 「ミル殿!」 「うん?」 そんなミルに、声がかかった。 「あら、リョウじゃない。どうしたの?」 「一人で上流に向かわれたと聞いて、心配になって来てみたのだが‥‥これは‥‥」 と、合流したりょうはミルの足元に広がる光景に思わず息を飲んだ。 「すごいでしょ。あたしもびっくりよ」 下流よりも更にごつごつとした河原の岩場に、ぽこぽこと小気味のよい音が響く。 ミルの感じたあの匂い。その正体は鉄と硫黄の臭いであった。 「このような泉はみた事が無いな‥‥」 「うん、あたしも初めて見るわ」 岩場の一角を真っ赤に染め湧き出す泉に、二人はしばし見とれた。 「これでも温泉なのだろうか‥‥?」 「そうじゃない? と言っても、このままじゃ入れないだろうけどね」 「ふむ‥‥ここは、一旦引き返して報告した方がよいか」 「だね。とりあえず、カイオンにはあったわよ、って言っておかないとね」 そして二人は、この発見を報告する為に一旦皆の元へと戻った。 ●名も無き河 数日に及ぶ基礎工事の末、集った開拓者達を筆頭に、陵千から集まった有志達の働きもあり、橋の土台が完成する。 「――ここからが大変だから、十分に注意して」 昴は土台の出来上がった橋を背に、人夫達に詳細な指示を与えて行く。 「指示は終わったみたいやな」 一通りの指示を終えた昴にしずめが声をかけた。 「ああ、後はここの人たちに任せよう」 しずめの言葉に頷いた昴は、真剣に話し合う心津の民へと視線を向ける。 「俺達の出来る事もここまでか」 そんな昴の視線を追い、紅竜もまた架橋に携わる民に視線を送った。 「今回は。ですよ〜。また次回もナイスなアイデア持ってこないといけませんから〜!」 と、紅竜の肩に手を乗せ、うんうんと頷くアーニャ。 「やはりここでは働き口も無かったのであろうな。皆真剣そのものだ」 「ですね。こうやって仕事ができれば土地も栄え、繁栄していくものですから」 懸命に汗を流す心津の民を、りょうと朱璃は頼もしく見つめる。 「うん、きっと今度来た時には、見違える様に変わっているんだろうね!」 そんな二人の言葉に、嬉しそうに頷くふしぎ。 自分達の起こした行動が波紋のように広がり、この一大事業を心津の民を巻き込んだものに変えて行っている。 一行はその作業風景を頼もしげに見つめ、その場を後にしたのだった。 こうして、名も無き河に橋を架けようと言う一大工事は、その一歩を記す。 名も無き河にかかる名も無き橋。 この橋に名がつく時、その時が心津中央部と東部とを結ぶ架け橋の完成なのだ。 今はまだその全容は見えないこの橋に、集った者皆が思いを馳せたのだった――。 |