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■オープニング本文 ●霧ヶ咲島 朱藩南洋に浮かぶ、朱藩と武天の国境にある島。 その名が示す通り、島は実に一年の半数を霧が覆う。 この然したる産業を持たない辺境の島で、ある大計画が持ち上がった。 ●心津 北からの寒気に冷やされた風と、南洋から流れる暖流がぶつかり、霧を発生させる。 新年を迎えた心津は、いつもの様に濃い霧で包まれていた。 「明けましておめでとうございますっ!」 心津領主代行『会刻堂 遼華』は、新年の挨拶に領主である『高嶺 戒恩』の部屋を訪れていた。 「はい、おめでとう」 深く首を垂れる遼華を、戒恩は嬉しそうに見つめ、挨拶に答える。 「やっぱり新年は、こうじゃないといけませんねっ」 と、遼華は顔を上げると戒恩の部屋を見渡す。 「そうかなぁ、なんだか落ち着かないんだけど‥‥」 つられる様に自分の部屋を見渡す戒恩は、どこか納得のいかない様な表情で答えた。 「何言ってるんですかっ! 新年なんですよ、新年っ! 散らかったままで年を越す気だったんですか!」 「とは言ってもねぇ‥‥微妙に使いにくいんだよね‥‥」 呆れる様に声をかけてくる遼華を他所目に、戒恩は自分の部屋を再び見渡した。 そこは、まるで別の部屋かと思うほど、綺麗に整頓され埃一つない自分の部屋。 「皆さんが頑張って掃除してくれたのに、我儘言わないでくださいっ!」 「うーん、そう‥‥なのかなぁ」 「そうですっ!」 「うーん‥‥」 「失礼しますぞ。戒恩殿、新年おめで――おや、代行殿も居られたか」 言い合う二人の元、新たな訪問者が戒恩の部屋に現れる。 「穏さんっ、明けましておめでとうございますっ!」 現れた穏に、遼華は嬉しそうに首を垂れた。 「これは丁寧に。おめでとうございます、代行殿」 娘程も年の離れた上司に、穏は穏やかに微笑むと深く礼をする。 「新年の挨拶御苦労さま。来てくれるのをずっと待ってたんだよ」 「自分から出向くという思考は持ち合わせておらぬようですな。まったく領主殿もお変わりありませんな」 「褒めても何も出ないよ?」 穏の嘆息も慣れたもの、戒恩はにへらとだらしない笑みを浮かべた。 「褒められてませんっ!」 そんな戒恩に、遼華はビシッと指摘。 「あれ? そうなの?」 「そうですっ! どこをどう聞いたら褒め言葉に聞こえるんですかっ、まったく――」 「おかしいねぇ。大絶賛だと思ったんだけど‥‥?」 「はは、ほんとに変わられていない。いや、部屋は変わられましたか」 そんな二人を、にこやかに見つめる穏は、戒恩の部屋を見渡し感心したように呟いた。 「はいっ! 叔父様がいつまでたっても掃除してくれないから、皆さんと一計を案じましたっ!」 「ふむ、その作戦はうまくいったようですな」 「どこかのなまけものさんのおかげで、随分と手こずりましたけどねっ」 部屋の主そっちのけで、会話に花を咲かせる二人。 「あ、そうそう二人とも」 いいように言われるのも気にせずに、戒恩は二人に声をかけた。 「はい?」 「どうされました?」 その呼びかけに、振り向いた二人。 「うん、新年になった事だし、気分一新心津の開拓を進めようと思うんだけど、どうかな?」 そんな二人に、戒恩はどう問いかけた。 『‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥はい?』 長い長い間。 二人は先程の言葉が空耳ではなかったのかと、思わずオウム返しに問いかける。 「だから、心津を開拓していこうかと思うんだけど、どうだろう?」 そんな二人に若干眉を顰めながら、戒恩は再び同じ言葉を繰り返した。 『‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥はい?』 再び訪れる長い長い間。 遼華と穏は互いと戒恩を交互に見つめ、今一度戒恩の言葉を確かめる。 「ちゃんと聞いてる? だから、心津を開拓しようって話」 顔を見合わせる二人に、戒恩は三度繰り返した。 「‥‥穏さん!」 「代行殿‥‥」 「明日は大雪かもしれませんっ!?」 「いや、雪ですめば穏の字ですぞ‥‥アヤカシでも降ってくるやもしれません」 「ええっ!? そんなの一大事じゃないですか!?」 「まさに、心津始まって以来の一大事ですな‥‥」 「どどど、どうしましょうっ!?」 「とりあえず落ち着いてくだされ。ここは落ち着いて事態の対処をですな――」 「ははは、はいっ!」 「おーい、二人ともー」 新年早々右往左往する二人に、戒恩は呆れる様に声をかけた。 「ととと、とりあえず武器ですねっ!! 裏の竹藪から竹を切ってこないとっ!」 「それは名案ですな!」 「おーい、お二人さんー」 「あっ!?」 「ど、どうされました代行殿!」 「防具はどうしましょうっ!?」 「‥‥しばらく放っておこう」 最早自分達が発している言葉すら理解できているのか怪しい二人を眺めながら、戒恩は茶を啜った。 そして、二人が落ち着きを取り戻すまで、実に1時間の時間を要したのだった。 「では、色々と準備を進めねばなりませんな」 「うん、うちにいる人材だけじゃ足りないだろうから、また彼らの助けを借りよう」 「そうですな。では、早速手配いたしましょう」 「と言う訳で、遼華君。よろしく頼むね」 「は、はい‥‥」 未だ戒恩の言葉が信じられないのか、恐る恐る頷く遼華。 「どんな土地に仕上がるか、楽しみだねぇ」 何故かやる気になった戒恩の指揮の元、今ここに、心津大開拓時代の幕開けである――。 ●心津概要 交通網: 一年の半数が霧に覆われている為、飛行船の発着陸が困難で、航空交通網はほとんど使用できません。 よって、島外からの交通はおもに船ですが、周辺海域は海流が早く、しかも暗礁海域も多い為、海の難所として知られています。 生活&人口: 島の住民の約8割は島南部『心津』に集中しています。 小さな村や集落が点在し、ほぼ自給自足の生活を送っています。 産業: 主だった産業は茶葉の生産。 気候風土が影響し、他の生産物はほとんど育ちません。 最近蕎麦の生産も開始しています。 土地: 平地がほとんどなく、なだらかな斜面ばかりです。 気候の為、高い木はほとんどなく、低木や草原が広がっています。 山脈から融け出る水が川を作り、斜面にはいくつもの小さな川が流れています。 ●施設 陵千: 心津の数少ない平地部に造られた領主『高嶺 戒恩』が住まう街。 街とは言っても、本土の村ほどの規模しかない小さな街です。 人口は300名程です。 実果月港: 心津唯一と言ってもいい、外海からの玄関口。 断崖絶壁に穿たれた海の洞窟を利用した、半地下の港です。 本土との交易を始め約1年が経ち、流通も軌道に乗ってきました。 |
■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029)
23歳・女・巫
一ノ瀬・紅竜(ia1011)
21歳・男・サ
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
ミル ユーリア(ia1088)
17歳・女・泰
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
アーニャ・ベルマン(ia5465)
22歳・女・弓
夜刀神・しずめ(ib5200)
11歳・女・シ
天ケ谷 昴(ib5423)
16歳・男・砲 |
■リプレイ本文 ●心津 穏やかな晴れ間が南洋の島『霧ヶ咲島』を照らす。 年が明けて初めて覗いた青空は、これから始まる物語の道標となるのだろうか――。 領都『陵千』にある領主屋敷。 その一室に、心津開拓の礎を築くために集まった一行が集っていた。 「皆さん、ようこそお越しくださいましたっ!」 卓を囲む一行に向け、領主代行遼華は深く頭を下げる。 「いよいよ、心津にも大開拓時代の到来だねっ!」 そんな遼華に真っ先に声をかけたのは天河 ふしぎ(ia1037)。 どこか使命感にも似た闘志を燃やし、グッと拳を握った。 「ですね! 開拓‥‥うーん、心躍りますよっ!」 ふしぎの言葉に、万木・朱璃(ia0029)も同意する。 二人は互いの顔を見合わせると、うんうんとしきりに頷き合った。 「そうだね。普段、気軽に開拓者なんて名乗ってるけど、開拓らしい事はあまりしてないからね。ようやく俺達の実力が発揮できる機会が訪れたってことかな」 そんな二人を眺め、天ケ谷 昴(ib5423)が自信あり気に呟く。 「おお〜、何だかすごい自信ですね〜。昴さんは開拓作業もお得意なんですか〜?」 自信あり気に語る昴に、アーニャ・ベルマン(ia5465)は少し驚いた様に問いかけた。 「いや、まったく」 「あ、あれ〜?」 しかし、返ってきた答えは予想したものではない。アーニャはかくりと小首を傾げた。 一方、卓の反対側では――。 「仮にも朱藩国王が与えた領地やろ? それをポッと出てきたうち等みたいな人間に任せてもえぇんかいな‥‥」 今回の依頼で初めて心津を訪れた、夜刀神・しずめ(ib5200)はどこか不安げにそう呟いた。 「あー、別にいいんじゃない? なんせ領主があんなだし」 と、そんなしずめにミル ユーリア(ia1088)は、窓際で日向ぼっこ真っ最中の領主戒恩を指差す。 「うん? 呼んだかい?」 話題が自分の事に向いたのに気付いたのか、戒恩はにこやかな笑顔を二人に向けた。 「うんん、気にしないで。おっちゃんはそこでのんびりしてくれてればいいから」 「うん、言われなくてもそのつもりだよ」 「そうよね」 「な、何やこの人ら‥‥」 笑顔で微笑み合うミルと戒恩に、しずめの不安は増して行く。 「気にしない方がいいぞ」 そんなしずめに、一ノ瀬・紅竜(ia1011)が苦笑交じりに話しかけた。 「うむ。戒恩殿は実に大らかな人物であるからな」 そして、皇 りょう(ia1673)もまた、二人のやり取りを納得した表情で見つめている。 「いやいや、ほんまにそれでえぇのんか‥‥?」 「ああ、問題無い。普段通りだ」 「であるな」 「はぁ‥‥」 そんな様子を当然の様に受け入れる二人に、しずめは大きな溜息をついた。 ●会議室 「――じゃ、自然を生かして観光地化する。と言う事でいいかな?」 卓を囲む一同に向け、ふしぎが問いかけた。 「うん、いいんじゃない?」 「だな、異論は無い」 そんな問いかけに、皆一様に頷く。 「それじゃ具体的な計画だけど――やっぱり、観光地として売り出すんだから、誰でも気軽に訪れる事のできる場所にしたいなって思うんだ」 皆の同意に大きく頷いたふしぎは、会議を進めていく。 「飛行船が使えない場所だからこそ、女性やお年寄りでも安心して行ける手段を用意したいって思う」 「ふむ。では、第一に必要になるのが道であろうな」 と、自身の想いを伝えるふしぎに、りょうが声を上げた。 「そうだな。目的地は遥か先の様だし、道がなくては資材も運ぶに運べない」 「うむ。遼華殿、どうであろう?」 紅竜の言葉に頷いたりょうは、遼華へ向き直り問いかける。 「はいっ! 異論ありませんっ。資材の方は任せてくださいっ!」 「港との連携も必要になってくるであろう。よろしくお願いいたす」 元気よく答える遼華に、りょうは深く頭を下げた。 「あの〜、私からも一つ提案いいですか〜?」 と、じっと皆の話を聞いていたアーニャが、すっと手を上げる。 「うん、どんどん案を出していこうっ」 「ありがとうございます〜。えっとですね〜、折角開拓するんですから、ついでに何か特産品になるような物を探しませんか〜?」 「特産品か。そんなに都合よくあるものなのか?」 そんなアーニャの提案に、昴が問いかけた。 「植物は生えている場所みたいですから、何か食用になる様な山菜とかあると思うんですよ〜」 「あ、いいかもしれませんね。お茶はもともと特産品としてありますけど、それ以外に主だった特産品がないですから、これを機に何か見つけるのは、大賛成です」 と、昴の問いかけに答えたアーニャに、朱璃が賛同する。 「と、盛り上がってる所悪いんやけど」 そんな会議をじっと眺めていたしずめが、ふと声を上げた。 「そもそも開拓に必要な資金は大丈夫なん? 見た所大した領地やなさそうやし、十分な資金があるよぉには見えへんねんやけど」 今まで誰も口にしなかった、根本的な疑問。 しずめはやや怪訝そうな表情を遼華に、そして戒恩へと向けた。 「あ、えっと、その辺りは――」 「うん、大丈夫だよ。気にせず思いっきりやってくれていいから」 と、しずめの疑問に言い淀む遼華を制し、戒恩はあっけらかんと言い放つ。 「あ、でも無駄遣いはダメだよ?」 そして、しずめに似合わないウインクをかますと、再び窓の外へ視線を向けた。 「なんや怪しいな‥‥あくどい事しとるんとちゃうやろな‥‥」 そんな戒恩を訝しげに見つめ、小さく呟くとしずめはしぶしぶ席に着く。 「ともかく、現地を見て見ぬ事には始まらぬであろう。ここで議論していても机上の空論と言うやつであるしな。一先ず現地の視察を行うという事でいかがであろう」 と、一通り出そろった意見にりょうが椅子から立ち上がると、一同に問いかけた。 「そうだね。現地を見て、それから新たな案を出してもいいだろうし、行ってみよう」 りょうに続き昴も立ちあがる。 そして、大よその方向性を決めた会議は、開拓の準備の為一旦の解散となった。 ●廊下 「ねぇ、リョウカ」 「あ、ミル。どうしたの?」 解散となった会議。 皆がそれぞれ目的の場所に向かう中、ミルが遼華を呼び止めた。 「この間の偉そうなもふら、どうしてる?」 「偉そうって‥‥。えっと、屋敷にいるよ?」 「あー、やっぱり居座ったのね」 「うん、厨房の隅に大きな籠持ってきて、『自分の縄張りだ』って」 「うわ‥‥」 呆れるミルに、遼華は苦笑交じりに現状を報告する。 「まぁ、でも一応神様だし‥‥あんまり無碍には扱えないかなって、屋敷の皆でお世話してるよ」 「偉そうなくせに、脛かじりまくりとか、ほんと使えないわね、もふらって」 「あはは‥‥。起しちゃったのは私達だしね」 「でさ、提案があるんだけど」 苦笑いで答える遼華に、ミルが問いかける。 「うん?」 「さっき案出たでしょ。特産品を探すって」 「うんうん。なにか見つかるといいねっ」 「それよ!」 「え、どれどれ?」 ズビシッと遼華に向けて人差し指を突き付けるミルに、遼華は辺りをきょろきょろと見渡す。 「その見つかった物!」 「え?」 「アーニャが詳しい人探してくるみたいだけど、全部わかる訳じゃないでしょ?」 「う、うん。多分‥‥?」 「そこよ!」 再びズビシッと遼華を指差すミル。 「毒――味見をさせるのよ!」 「‥‥今毒って言ったよね‥‥?」 「働かざる者食うべからず! 人間社会では常識よっ!」 遼華のツッコミを軽くスルーしつつ、ミルはグッと拳を握った。 ●領主部屋 「邪魔をする」 「ああ、いらっしゃい」 ノックと共に現れた紅竜を、戒恩は快く部屋へと迎えた。 「ほう、随分と見違えたな。これがあの部屋か」 と、部屋に踏み入った紅竜は、綺麗に整理整頓された部屋を見渡す。 「いやぁ、使いにくいったら無いんだけどねぇ」 「そんな事を言っていると、罰が当たるぞ」 困った様に呟く戒恩に、紅竜は苦笑交じりで話しかけた。 「そうかぁ‥‥うーん、そうなのかぁ‥‥」 「で、戒恩」 納得のいかない表情で考え込む戒恩に、紅竜が問いかける。 「うん?」 「今回の件だが。開拓を行う東方の地について、何か知っている事は無いか?」 「東方‥‥? 何の事だっけ?」 しかし、戒恩はかくりと小首を傾げ、紅竜をまじまじと見つめた。 「おいおい‥‥」 「はは、冗談だよ。知ってる事かぁ、何かあったかな?」 呆れる紅竜を楽しげに見つめる戒恩は、ふと考え込む。 「うーん、わかる事と言えば‥‥」 勿体つける様に話す戒恩に、紅竜は思わず唾を飲んだ。 「訪れる人がなくて、自然がそのまま残ってる。って事くらいかな?」 「‥‥それだけか?」 得られた答えの呆気なさに、紅竜は思わず問いかける。 「他には‥‥うーん」 紅竜の問いかけに戒恩は再び考え込んだ。 「あ、そうそう。確か川が流れてるって話なんだけど、その河原だか上流だかに温泉が湧いてるとか聞いた事があった‥‥かも?」 「かもって、お前な‥‥。まぁ、いい。温泉か。いい話を聞けた。開拓のついでに探してみる事にしよう」 「うんうん、見つけたら是非招待してね」 「ああ、見つかったらな」 嬉しそうに話す戒恩に、紅竜は軽く頭を下げ部屋を後にした。 ●陵千の街 「えっと‥‥確かこの辺りに」 街中の道をきょろきょろと辺りを伺いながら歩く遼華とアーニャ。 「遼華さん、そのおばあさんはずっと心津で暮らしてるんですか〜?」 「はいっ、昔からここに住んでるおばあちゃんって聞きましたよっ。あ、ここですっ!」 アーニャの問いかけに答えた遼華はある一軒の民家の前で立ち止まった。 「おぉ〜、では早速伺ってみましょうか〜」 そして、アーニャは民家の扉をノックした。 「まぁまぁ、よく来てくれたねぇ」 迎えた老婆は、足が悪いのか床の間に座り二人を手招きする。 「お邪魔しますねっ」 「おじゃまします〜」 老婆の手招きに二人はぺこりと首を下げ、居間へと上がった。 「おばあちゃん、こちらアーニャさん。開拓者さんだよっ」 「まぁ、それはそれは。こんな田舎にようこそいらしてくれたねぇ」 遼華の紹介するアーニャは、老婆はまじまじと見つめ、深く頭を下げる。 「おばあちゃん、今日は聞きたい事があってきたんです〜」 そんな老婆にアーニャは早速問いかけた。 「おや? 私にわかる事があるのなら何でも聞いておくれ」 「ありがとう、おばあちゃん〜。えっとね、私達、心津の東の方を開拓する為に来たんだけど」 「へぇ、それは御苦労さま」 「うん、でね。そこで何か特産品みたいなものが採れないかなと思って、詳しい人を探してたんだ〜」 「特産品ねぇ‥‥。何かあったかねぇ‥‥」 アーニャの言葉に老婆は記憶を辿る様に深く考え込む。 「山菜とか、お花とか、何かないかな〜?」 「うーん、山菜ねぇ‥‥山菜なら西側の山の方が採れるしねぇ。お花はどうだったかねぇ‥‥」 と、老婆は申し訳なさそうに答えた。 「うーん、ないのかな〜‥‥」 老婆の答えに、アーニャはしゅんと肩を落とす。 「ああ、そう言えば随分昔になるけど、東の端まで行った旅人が持って帰ってくれた山葵は美味しかったねぇ」 と、そんなアーニャに老婆はようやく思い出した昔の話を聞かせる。 「わ、山葵‥‥?」 ふと出た植物の名前にアーニャは思わず頬を引きつらせた。 「アーニャさん?」 「あ、い、いえ、何でもないです〜」 そんなアーニャの異変に、遼華は思わず問いかけた。 「山葵と言えば、水辺に出来る植物でしたよね〜。うん。探してみますねっ!」 「おや、役にたてたかい?」 「うん、おばあちゃん、ありがと〜」 小首を傾げる遼華を他所に、アーニャは老婆に向けにこりと微笑んだ。 ●低木地帯 人の背丈ほどの低い木が乱立し、海風に揺れている。 一行は開拓の手始めとして、陵千に最も近い低木地帯の開墾に乗り出していた。 「いやぁ、絶景だね」 その光景に昴は感心したように見入る。 それはなだらかな斜面にびっしりと生えそろった低木。 季節も冬だというのに、色を失わない低木達が織り成す翠の絨毯であった。 「これなら少し手を加えるだけで、十分見世物になるんじゃないか?」 振り向いた昴は、その景色を背景に皆に問いかける。 「確かにええ景色やけど、この先にもっとええ景色がまっとるかもしれへんで?」 「それもそうか。ここで終わったんじゃ楽しみも無くなるしな」 そんなしずめの言葉に、昴は大きく頷いた。 「じゃ、打ち合わせ通り、二手に分かれて作業を進めようかっ」 皆に向けかけられたふしぎの言葉に、一行は頷き、それぞれの持ち場へと向かう。 この大自然をどう『魅せる』か、心を躍らせながら。 ●低木地帯 低木地帯の玄関口となる場所。 「杭をこちらにも頼む」 りょうはこの一帯に野営地を設営すべく、陵千から駆けつけた有志10名程に、てきぱきと指示を下して行く。 「りょうさん、この布は何処に持っていけばいいですかっ?」 「それは天幕に使うつもりでいる。すまないが、中央の杭が立っている場所までお願いできるか?」 「はいっ!」 大きな布を抱え駆け寄ってきた遼華に、りょうは微笑み答えた。 「さて――」 嬉しそうに野営地の中央へ駆け戻っていく遼華の後姿を眺め、りょうは再び低木地帯へ視線を戻す。 「辺りに危険は無さそうであるが、肝心の水場が見当たらぬか‥‥」 目の前に広がる緑の絨毯を前に、りょうが呟いた。 「わきゃっ!?」 その時、突然耳に届く素っ頓狂な遼華の悲鳴。 「遼華殿!?」 りょうは一目散に遼華の元に駆け寄った。 「いたた‥‥」 「遼華殿、大丈夫であるか?」 「あ、はい、すみません‥‥」 差し出されたりょうの手を取り置き上がった遼華。 「いや、無事ならば良い。あまり無理せずとも、支援者の方々がいる――うん?」 と、立ち上がった遼華の足元にあったそれを、りょうは思わず見つめる。 「へ? な、何かまずい事しましたか‥‥?」 突然足元を凝視するりょうに、遼華は恐る恐る問いかけた。 「遼華殿、少し避けてくださるか」 「え? は、はい」 「これは‥‥」 遼華のあった場所。そこには低い石組の様な物が見て取れる。 「え? あ、これに躓いたんですね。でもこれって――」 りょうの視線を追い遼華も石組を見つめた。 「なるほど――。遼華殿、これに耳を近づけてくださるか」 「え? は、はい。こうですか?」 と、りょうが指差した石組に、遼華が耳を近づける。 「行くぞ――」 そして、りょうは石組の中央に空いた穴へ、小石を放りこんだ。 ――――ちゃぽん。 「あ」 「どうやら井戸の様であるな。先人が作ったものであろうか‥‥。ともあれこれは利用できる」 「え?」 「丁度、水場の確保に手間取っていた所であったのだ」 「あ、いえっ! お役に立てて嬉しいですっ!」 「これでこの場所も、野営地として十分に機能するであろう。後は――」 そう言うと、りょうは再び低木地帯へと視線を向けた。 ●低木地帯 低木地帯の道とも呼べぬ獣道を歩く二人。 先行隊としてミルとふしぎは、一足先に土地の調査に乗り出していた。 「ちょい待ちぃ!」 と、そんな二人の元へ声が届く。 「うん?」 「シズメじゃない、どうしたの?」 茂る葉をかき分け現れたのはしずめであった。 「うちも行くわ」 現れたしずめは、二人に向い服についた葉を払いながらそう告げる。 「開拓の方はいいの?」 「うちはかよわいかしな。あっちにおっても、力になれへんやろ」 と、ふしぎの問いかけにしずめは腕を捲り力こぶを作ってみせる。 「あー、なるほどね」 細い腕に申し訳なさそうに盛り上がる力こぶに、ミルは苦笑交じりに頷いた。 こうして、しずめを加えた三人は、再び道なき道を歩み始めた。 ●低木地帯 りょう達とは別に未踏の地を貫く道を整備する部隊は低木地帯を前に作業の準備をしていた。 「皆さん〜、危ないですからちょっとはなれていてくださいね〜」 弓を構えるアーニャは、後ろの二人に声をかける。 「右の方はダメだからな。ちゃんと山の方を狙えよ?」 「はい〜、お任せください〜」 「お、おい!? ちょっと待て!!」 意気揚々と弓を構えるアーニャを、昴が慌てて止めに入る。 「え? あ――」 しかし、いっぱいまで引き絞られた弓は、紅竜の声を合図に解き放たれた。 どぉぉぉぉん!! 「あぁ‥‥」 「ごめんなさい。なにかありましたか〜?」 矢の衝撃が拓いた焼け野原を眺め肩を落とす昴に、アーニャはかくりと首を傾げ問いかける。 「うーん‥‥折角の景色だから、出来ればそのまま残した方がいいと思ったんだけどな」 「あ‥‥それもそうですね〜‥‥ちょっとやりすぎちゃいましたか‥‥」 ぷすぷすと火種が燻ぶる広場を眺め、アーニャはポリポリと頬を掻いた。 「それにしても‥‥派手にやったな」 低木地帯にぽっかりと空いた空白に、紅竜が苦笑交じりに呟く。 「幸い地形までは変わってないけどね」 その横で、噴煙を眺める昴も同じ感想を持ったようで、呆れる様に呟いた。 「まぁ、やってしまったものは仕方がないだろう。折角だし、散策の途中で休憩できるような場所にすればいいんじゃないか?」 と、そんな二人に紅竜が声をかける。 「ふむ、そうだね。それならこの場所も有効に使えるか」 「紅竜さん、冴えてます〜!」 紅竜の出した案に、二人も納得の表情。 「じゃ、こっちも始めるか」 「ああ、野営地の方は随分進んでいるみたいだしな」 と、二人は後方で着々と進められる野営地の設営を眺める。 「それじゃ、俺は木の剪定をしようか。やたらめったら斬りまくって、折角の景色を壊す訳にはいかないしね」 「そうだな。力仕事は任された。拓く道筋の選定は頼んだぞ」 「ああ、任されたよ」 「あ、私は朱璃さんと合流して、色々調べ物をしてきますね〜」 「うん、そっちもよろしくね」 そして三人は、それぞれ道具を手に鬱蒼と生い茂る低木の木々へと向かった。 ●砂岩地帯 静かに流れる川のせせらぐ音が次第に大きくなってきていた。 低木地帯を踏破した三人は、砂岩地帯へと足を踏み入れる。 「うわ‥‥大きな河原だね」 数百mはある河原を眺め、ふしぎが感心したように呟いた。 「ま、全部を観光地化しなくても、通過地点って言うのでもいいと思うけどね」 砂岩地帯を眺める三人は、この不毛の地を困った様に見つめる。 「別に観光地にこだわる必要はないんとちゃう?」 と、そんな三人にしずめが声をかけた。 「うん? シズメは何か他の案でもあるの?」 そんなしずめにミルが問いかける。 「アーニャ姉はんがゆぅとった山葵やったっけ?」 「そう言えば、街のおばあさんが話してたって言ってたね」 「そうそう、それ。折角ええもんあるんやから、売り出さなもったいないんとちゃうかな?」 「えっと、どういう事‥‥?」 しずめの言葉に、ふしぎはかくりと首を傾げ問いかける。 「ああ、なるほど。それだけ美味しい物があるんだったら、いっそのこと山葵畑を作って、産業にしてしまおうってことね」 「そそ、そうゆぅことや」 ミルが導き出した答えに、しずめは満足気に頷いた。 「旅人が見つけられるくらいやから、多分うちらでも見つけられるやろ。まだあればの話やけど」 「そうね、自生している所を探さないといけないわね」 しずめの言葉に、ミルが頷く。 「えっと、確か山葵は綺麗な水がある所に出来るって聞いた事があるんだぞっ。きっとあれの事だよねっ!」 と、ふしぎは砂岩地帯の向うに見える大きな川を指差した。 「そうね、ここはあんまり見る所なさそうだし、先に進みましょ」 そして、三人は歩き辛い河原を飛ぶように渡り、目の前に広がる大河を目指した。 ●低木地帯 道路の轢く方向を決める為の目印をつける為、林に踏み入った朱璃とアーニャは手帳片手に、木々の間を分け入っていく。 「この木、一体何の木なのでしょう? 見る限り全部同じ種類の様ですけど〜」 と、鬱蒼と生い茂る木々を見つめアーニャが呟いた。 「そう言えば、何の木なんでしょうね? どれどれ――」 朱璃が木についた葉の一枚を手に取りまじまじと見つめる。 「わかりますか〜?」 「――あ、これ、お茶の木ですね」 アーニャの問いかけに、朱璃は手に取った葉をくんくんと嗅ぎ、その正体を見極める。 「すごいですね〜! これが全部お茶ですか〜!」 「心津の特産品は、ここから広がっていったのかもしれませんね」 予期せぬ場所で垣間見た心津の歴史に、二人はふと表情を緩めた。 「それにしても、野生のお茶の木なんて珍しいですし、これは観光地の目玉の一つになるかもしれませんねっ!」 「ですね〜! じゃ、これもしっかりとスケッチして、後で遼華さんにご報告しておきますね〜」 「はいっ、お願いしますねっ!」 そして、二人は再び低木地帯の奥へと分け入って行った。 ●名も無き河 先程まで聞こえていた川のせせらぎは、すでに轟音と言ってもいい程に膨れ上がっていた。 「ちょっと、話が違うんじゃない‥‥?」 「これじゃ、先に進めないよ‥‥」 「見事に増水しとるな」 普段は穏やかであろう川。しかし、目の前に横たわる大河は、まさに濁流と化していた。 三人は自然の脅威を呆然と見つめる。 「どないする? 雨は降ってないみたいやし、二、三日したら渡れるようになるかもしれへんけど」 「まぁ、無理しなくてもいいんじゃない? 下手に動いて今後の開拓に悪影響が出ても問題だし、今日はこれくらいにして引き上げておくってのも手かと思うわ」 しずめの問いかけにミルが答える。 「そうだね。残念だけど、無理はよくないよね」 「懸命な判断やと思うで」 そんなミルの見解に二人も同意した。 「で、ここで行程の半分ほどだっけ?」 「そうみたいやな。川向うに湿地帯も見えとるし、あの先が海岸なんやろうな」 ふとしたふしぎの問いかけに、しずめが濁流の先を見つめる。 そこには、低木地帯とはまた違った翠の絨毯が見えた。 「うーん、この川を渡る方法も考えないといけないね‥‥」 「せやな。普通に橋架けただけやったら、流されてしまうかも知らへん」 流れる濁流を前に渡河の方法を思案する二人。 「ねね、そう言えばさ、今まで山葵って見た?」 そんな二人に、ミルがふと問いかけた。 「そう言えば見てへんな。この川の上流にでもあるんかとおもっとったんやけど、この流れやったら生えへんやろうしなぁ」 「と言う事は、この先の湿地帯にあるのかな?」 「そう願いたいわね。確かめられないのは、もどかしいけど」 「焦る事あらへんやろ。幸い期間は十分にある様やし、一つずつ解決していけばえぇんちゃう?」 「うん、そうだよねっ!」 濁流を眺め言葉を交わす三人は、進めぬ進路をじっと見つめた。 「とりあえず進む事だけ優先してきたし、一旦引き返して色々調べない?」 「賛成や。見落としもあるかもしれへんしな」 ふしぎの問いかけに、二人は頷き答える。 そして、三人は報告と再調査の為に一旦来た道を戻った。 ●中継地点 アーニャが拓いた焼け野原の整備にあたっていた三人。 「一先ずこれくらいでいいか」 「そうだね、日も大分傾いてきたし」 「うぅ〜‥‥、手が豆だらけです〜‥‥」 三人は作業の手を止め、額に流れる汗を拭った。 「お疲れ様ですっ!」 そんな二人の元に、遼華が現れた。 「すごいですねっ! ちゃんとした道になってましたっ!!」 二人が切り開いた道は、簡素ながら立派な道として機能する。 遼華は造られた道を眺めながら、嬉しそうに二人に声をかけた。 「まだまだ先は長いけどね」 と、そんな遼華に昴はまだ拓かれていない東方を眺め呟く。 「っと、そうだ。この場所を展望台を兼ねた休憩所にしようかと思うんだけど、どうかな?」 「え? あ、はいっ! すごくいい案だと思いますっ!」 自分達が整備した広場を両手を広げ自慢げに紹介する昴に、遼華は嬉しそうに大きく頷いた。 「よかった。これで爆破――じゃないか、開拓の後も有効に使えるよ」 と、そんな遼華の笑顔に、昴はアーニャをちらりと見やり頷く。 「そうだ遼華」 と、昴と話し込んでいた遼華に、紅竜が声をかけた。 「はい?」 「この地帯に名前はあるのか?」 「え‥‥? い、いえ、聞いた事ありませんでしたけど‥‥」 「ふむ、そうか。それならば一つ案があるんだが」 「え?」 「この地を『矢立ヶ原』と名付けたはどうだろう」 「矢立ヶ原ですか‥‥?」 「ああ。矢は始まりを連想させる。この地も東方の、いや、心津開拓の第一歩になるだろうからな」 「おぉっ! すごくいいと思いますっ! 矢立ヶ原‥‥うん、決定ですっ!」 と、紅竜の命名した低木地帯の名を気にいったのか、遼華は即決した。 「わわ、名前決まっちゃいました〜。これがこっかけんりょくというやつですね〜!」 「いや、少し違うと思うが‥‥」 そんなやり取りを後ろで見ていた二人。 「でも、いいものだね。名前の無かった土地に、新たな名前が付けられる。うん、開拓している気分になってくるよ」 「ですね〜。この先もまだまだ未開の地がありますし、もっともっと素敵な名前が増えるといいですね〜」 どこか感慨深く言葉を交わした二人は、遥か東方へ視線を移したのだった。 ●夜 日の入りと共に、開拓作業は一旦終了となった。 りょうの手がけた野営地はほぼ完成し、作業につかれた者達に憩いの一時を提供していた。 「わわっ、いい匂いですっ!」 「もうすぐ出来るので、ちょっと待ってくださいね」 開拓に参加した者たちすべての胃袋を満たす大鍋を、ぐるぐるとかき混ぜながら朱璃はにこりと答えた。 「アーニャさん、採ってきた山菜を入れちゃってくださいっ」 「は〜い」 と、朱璃の呼びかけにアーニャは低木地帯で採取してきた山菜を鍋へと放り込んだ。 ぐつぐつと芳しい匂いを上げ煮立つ鍋。 「いっそ、心津の専属料理人でもやればいいんじゃないか?」 「そうですね。開拓者を廃業したら考えましょうか」 ふと漏らした紅竜の言葉に、朱璃は冗談交じりに答える。 「わっ! 大歓迎ですよ!」 「だそうだ。よかったな、引退後の心配が無くなったぞ?」 「あ〜! 私もお抱え絵師とかで雇ってもらえませんか〜?」 和やかに話す三人に、鍋へ食材を仕込み終えたアーニャも合流。 「わわっ! ありがとうございますっ! こんな辺鄙な所でよければ、いつでも大歓迎ですよっ!」 次々と上がる申し出に、遼華は嬉しそうに答える。 「それじゃ、俺も衛兵あたりで雇ってもらうかな」 「おおっ! 一之瀬さんが護ってくれるならアヤカシも怖くないですねっ!」 「お、おう。そうか、そこまで言うのなら‥‥お前の為だしな」 「私の為? 心津の為じゃないんですか?」 「あ、いや‥‥そ、そうだな。心津の為だな。うん‥‥」 無邪気に微笑みかける遼華に、紅竜はドギマギと答えたのだった。 「う〜ん、脈ありですかね〜?」 「どうでしょうねぇ? 遼華さん、意外と天然ですからねぇ」 一方、そんな二人のやり取りを女二人、にやにやと見つめたのだった。 そんな簡易厨房の隅では――。 「‥‥」 温かな光を放つ小さな竈を睨みつけるりょう。 「‥‥お、おかしい」 得も言われぬ匂いを放つ鍋が、ぐつぐつと煮たっていた。 ●宴 「では、かんぱーい!」 遼華が掲げた盃に集った開拓者達は己の盃をぶつける。 そんな、宴の片隅で――。 「なんでうちだけお茶なんや‥‥うちかて酒くらい――」 皆が盃を掲げ酒をあおる中、一人ぶすっとお茶を啜るしずめは、そろりと徳利に手を伸ばす。 「わわっ! ダメなんだぞっ! しずめは未成年なんだからなっ。お酒は14歳になってからなんだぞっ!」 瞬間、ふしぎが慌てて徳利を取り上げた。 「なんや、ケチくさいなぁ‥‥」 「はは、どうしても酒が飲みたいのであれば、これなどどうであるか?」 と、ふしぎに取り上げられた徳利を恨めしそうに見つめるしずめに、りょうが別の徳利を差し出した。 「お、皇の姉はん、話がわかるなぁ」 「りょ、りょう!?」 「私もそれほどいける口ではないからな。だがこれであれば――」 慌てるふしぎを他所に、りょうはしずめの湯呑みに白濁した液体を注ぎいれる。 「ちょぉまちぃ。これ‥‥」 「うむ。甘酒だ。冷えた体も温まるぞ」 「なんだ甘酒だったんだねっ。僕も一杯もらっていいかな?」 「ああ、まだ沢山ある。遠慮なくいってくれ」 盃を差し出したふしぎに甘酒を注ぐりょう。二人は甘酒の優しい甘さに癒される。 「子供扱い出来るんも今のうちや‥‥居間にみとき‥‥」 何故か闘志を燃やすしずめを他所に――。 ● 「‥‥」 宴の輪から一人離れ、昴が潮騒を肴に盃を一人あおった。 「こういう土地も悪くないかもしれないな‥‥」 空になった盃に次の酒を注ぎながら、昴はふと思い浮かべる。 「‥‥今度連れてくるかな」 本土に置いてきた、ただ一人の半身の顔を――。 ● 皆が宴の片隅。あの鍋の傍では――。 『へぇ、この俺に愛の手料理を?』 目の前に置かれた湯気を上げる紫の物体。 「そうそう、残念ながらあたしのじゃないけどね。ほらあの子がさ――」 含み笑いを噛み殺すミルは、りょうを指差した。 『ふーん、初めて見る顔だな』 黙々と朱璃の食事に手を伸ばすりょうの姿に、もふらは厭らしい笑みをこぼした。 「リョウは照れ屋だからね。自分でプレゼントするのはずかしんでしょ」 『ふふ‥‥愛い奴だな』 ミルの説明に、もふらは至極満足そうに答える。 「ささ、冷めないうちにどうぞ」 『ああ、頂こうか』 と、ミルは皿から紫の物体を一匙掬うともふたの口元へ――。 『‥‥』 一口りょうの料理を口に含んだもふらは、匙を口に含んだまま固まった――。 開拓の拠点となる野営地は完成し、低木地帯の開拓の目処は立った。 しかし、東方へいたる道はまだまだ先は長い。 この東方を観光地として、そして特産品の開発地として、開拓ははじまったばかりである――。 |