【黎明】終炎の残滓
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: シリーズ
EX :危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/02/21 22:51



■オープニング本文

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●捺来近隣の村
 北風が厚い雲を送りつける。
 捺来の街一帯は、あの決戦の最中から降り続く雪によって、真っ白に雪化粧を施されていた。
「黎明、あいつの事、聞いたか‥‥?」
「‥‥ああ」
 村の空き家を借りる『崑崙』のクルー達は、囲炉裏を囲みこの寒さに耐えていた。
「一体、なんだったんだ‥‥」
 先の戦いで邂逅した『崑崙』初代団長白月。
 8年の空白の時を越え再び黎明達の前に現れた初代団長は、まるで別人であった。

 しかし、それも数日前の話。
 もう、白月はこの世にいないのだから――。

「ともかく、敵はまだいます。天儀王朝公認の空賊として、最後まで職務を果たさねばなりません」
 一様に沈むクルー達を見渡し、嘉田が声を上げた。
「しかしよぉ、船が無いんじゃどうする事も出来ねぇだろう?」
 そんな嘉田の言葉に、石恢がいつもの覇気なく答える。
「確かに、セレイナを失ったのは痛手です」
 と、嘉田が徐に呟くと、その声に沈んだ小屋の空気は一層重くなる。
「しかし、幸いにも人的被害は出ていません。
「黎明」
「ああ、あれは必ず倒す。『崑崙』が振り巻いた災厄は『崑崙』が決着をつける」
 決意に満ちた黎明の呟きに、一同は一度深く頷いたのだった。

●穴の底
 等間隔に並べられたいくつもの球体が、淡く輝き地下深いこの空間を仄かに照らす。

 おぉぉぉぉおぉん――。

 まるで赤子が母の温もりを求め泣き叫ぶように、穴の底に巨大な鳴き声が響く。
『黙れ』
 しかし、その母たるものの言葉は冷たく尖っていた。
『‥‥白月め。大言を吐いていた割にはあっさりとくたばったな』
 亜螺架は船上で上空を見上げる巨大な赤子眺め、不機嫌そうに呟いた。
『まぁ、いい。おかげでこいつが完成したのだ。それには感謝せねばならぬかな』
 と、亜螺架は生まれ出でた巨体を満足そうに見つめる。
『さて、あの森で拾った残滓。どれほどの力を持っているか‥‥』
 そう呟いた亜螺架は、二隻の船の墜落でも無事であった施設の一部に向かう。
『早く来い人間ども。我を退屈させるのではないぞ』
 深くかぶった鮮血色のローブから覗く口元をニッと吊り上げ、亜螺架は不敵に微笑んだ。

●捺来近隣の村
 雪は夜になっても振やむ気配はない。
 厚い雲が月を隠し、村は真の闇に支配されていた。
「‥‥」
 しんと静まり返った村に、雪の降る音だけが小さく響く。
「黎明、どこへ行くのです?」
 音も無く小屋の戸に手をかけた黎明に、嘉田が声をかけた。
「‥‥」
「昼間言った事は嘘なのですか?」
「嘘じゃない。ただ――」
「副長の事ですね。まったく一人で何ができると言うのですか。それに副長はもう――」
 口を開いた黎明の言葉を遮り、嘉田はその思惑を口にしてやる。
「‥‥それでも行く。あいつは俺を待っている」
「大した自信ですね。でしたら――」
 と、嘉田は黎明の脇を通り過ぎ戸の前に立ち塞がった。
「何のつもりだ」
「‥‥これを」
 と、訝しむ黎明に嘉田はすっと手を差し出した。
「鍵?」
「行くにしても足は必要でしょう。使ってください」
「‥‥すまない」
 差し出されたグライダーの鍵を受け取った黎明は、嘉田に向け軽く頭を下げる。
「似合わないですよ。副長も言っていたでしょう」
 そんな殊勝な船長の姿を嘉田は苦笑交じりに見つめた。
「‥‥必ず連れ戻してください。副長がいないとここは男臭くてかないません」
 脇を抜け戸に手をかけた黎明に、嘉田はそっと呟いたのだった。

 長かった戦いに終止符が打たれる時が来る。
 この戦いを終えた時、笑っているのは誰なのだろうか。
 それは、静かに降り積もる雪の精霊だけが知っているのかもしれない――。


■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
黎乃壬弥(ia3249
38歳・男・志
各務原 義視(ia4917
19歳・男・陰
神鷹 弦一郎(ia5349
24歳・男・弓
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
シルビア・ランツォーネ(ib4445
17歳・女・騎


■リプレイ本文

●近郊の村
 捺来の街の異変は徐々に周辺の村へも不穏な影を落とし、次第に活気を失っていた。
「積載量的に見ても大筒輸送は厳しいですか」
 そんな中、先の戦いで残された資材の山を、各務原 義視(ia4917)が見つめる。
『なかなかうまくいきませんねー』
「はは、この数カ月ほとんど支援無しでやってきたんだ。もう慣れたよ」
 足元から聞こえる『葛 小梅』の言葉に、義視は苦笑交じりに答えた。
『数少ない物資を有効に使う、それも先生のお仕事でしょー?』
「ああ、小梅の言うとおりだね。出来る限りこれを利用しないと‥‥」
 と、小梅の言葉に誘われる様に義視は再び物資の山へと視線を向けた。
「嘉田さん。砲弾のみ輸送と言うのは可能ですか?」
 物資の脇に積まれた鉄の砲弾に、義視は嘉田へと提案する。
「ええ、それでしたら」
「であれば、お願いします」
「ええ、ですが肝心の大筒はどうしますか?」
「流石にグライダーで輸送は難しいでしょうから、現地で調達します」
「現地で?」
「ええ、先の戦いで嫌という程浴びた敵船の大筒が、一基位は残っているでしょう」
「なるほど、わかりました。準備させましょう」
「助かります」
 提案に大きく頷いた嘉田に、義視は小さく首を垂れた。

 嘉田達が最後の決戦を前に進める準備を遠巻きに見つめる、義視と小梅。
『――地の利は敵方にあるとして、せめて天の時と人の和はこちらが掌握したいところですねー』
「そうだね。相手が打って出てきてくれれば、地の利も得られたかもしれないけれど、流石にそれは贅沢というものかな?」
『贅沢でしょうねー。地下の施設に引きこもっちゃってますしー』
「だね。‥‥人の和はこちらに分があるとして、後は天の時か」
『こればっかりは流石の先生でもどうしようも無いですかー?』
「いや、きっと来るよ。『その時』と言う奴がね」
 と、義視は小梅に向け柔らかな笑みを向けた。
『それってつまり‥‥出たとこ勝負?』
 しかし、それが義視なりの強がりである事は、共に暮らす小梅にはよくわかった。
「うっ‥‥。来るべき時が来ればわかるんだよっ!」
『それは楽しみですねー』
「ああ、楽しみだね!」
 にこにこと微笑む小梅、対照的んにプイっと顔を逸らした義視。
「ほら行くよ! 皆待ってるんだから」
『あー、待ってくださいよー』

 そして、義視は一行の待つ捺来郊外の集合場所へと足を向けた。

●捺来郊外
 街へと続く街道沿いには、春の足音を感じさせる梅花が咲く。
 例年であれば街道の梅の開花を心待ちにする街の人々も今はいない。
「‥‥白月」
 春の訪れとは裏腹に天河 ふしぎ(ia1037)は、己の拳をじっと見つめた。
「あんまり気を張るなよ。終わった事は終わった事としっかり認識しろ」
 そんなふしぎの肩にそっと手を添え、黎乃壬弥(ia3249)が呟く。
「‥‥うん、ありがとう、壬弥」
「若けぇ時の無茶は買ってでもしろって言うが、無茶と無謀は違うからな?」
 しかし、そんな呟きにも力無い笑みを向けるふしぎに、壬弥は諭す様に言葉を続けた。
「‥‥その通りだ。無謀な行動は仲間にも危険を及ぼす」
 と、そんな二人の会話に神鷹 弦一郎(ia5349)が、ふと口を挟んだ。
「お、神鷹の兄さん、わかってるじゃねぇか。流石、クールな弓術師。よく見てるな」
「別にクールなわけではないが‥‥」
「おんや? 俺の見間違いか‥‥?」
「‥‥喋るのが苦手なだけだ」
「そうだったのか!? 2ヶ月一緒にいて気付かなかったぞ‥‥」
「‥‥それは、黎乃さんの洞察力が無いだけだ」
「おいおい、冗談も言えたのかよ!?」
「‥‥冗談を言ったつもりはない」
「ぷっ。あはははっ」
 そんな二人の会話を呆然と眺めていたふしぎが思わず噴き出した。
「そうそう、それでいい」
 堰を切ったように笑い続けるふしぎを微笑ましく眺め、壬弥はそう話しかける。
「そうだね。うん、わかったよ。壬弥、ありがとう!」
「礼なんてよせや。一緒に闘う仲間だろ?」
「うんっ! よかったよ、壬弥が仲間で! じゃ、僕は準備してくるね!」
「おう、思い残す事の無い様にしっかりと準備しろよ」
「うんっ!」
 そして、ふしぎは二人を残し自身のグライダー『天空竜騎兵』の元へと戻っていった。

「‥‥いい様に使われた気がするが‥‥」
 意気揚々と準備に戻るふしぎの背を眺めながら、弦一郎はどこか不機嫌そうに呟いた。
「ま、結果オーライって事で、勘弁してくれや」
 そんな弦一郎に、共にふしぎの背を眺めていた壬弥が悪びれる様子もなく答える。
「‥‥わかった。一つ貸しておく」
「うおっ! きびしぃな!?」
「‥‥ああ、また結果オーライでいい様に使われてはかなわないからな」
 普段、あまり変える事の無い表情を僅かに微笑ませ、弦一郎は呟いた。
「‥‥了解。なら、どこかで返さねぇとな」
 そんな弦一郎に、壬弥もつられる様に微笑んだのだった。

●捺来近郊の村
 近郊の村の一軒の民家の納屋を借り自身のグライダーを入念に整備する黎明は、作業に打ち込んでいた。
「あんた」
 と、そんな黎明を不機嫌そうに呼ぶ声。
「一人で行く気?」
 かけられた声に振り向いた黎明に、シルビア・ランツォーネ(ib4445)は言葉を続けた。
「‥‥悪いな。こればっかりは俺がやらないとならないんだ」
「はぁ? それって何使命感? 馬鹿じゃないの?」
「馬鹿か‥‥確かにそうかもしれないな。だけど、あいつは大切な仲間なんだ」
 シルビアの言葉に、深く感心した黎明はそう自嘲気味に答える。
「仲間、か‥‥仕方無いわね。あたしが連れてってあげるわ」
 そんな黎明の言葉に、シルビアはツンと澄ましそう告げた。
「‥‥なに?」
「無謀なだけじゃなくて、耳まで遠いの? ほんと、救いようがないわね!」
 突然の言葉に呆然と問いかけた黎明に、シルビアは怒りを露わにする。
「あ、いや、すまん‥‥。今、連れていくと聞こえたから」
「そうよ! そう言ったのよ! ちゃんと聞こえてるじゃない!」
 黎明の言葉にもシルビアは一層その怒りを増して行く。
「共に行ってくれるのは頼もしいが‥‥今回の依頼には俺の護衛なんて、入っていたか?」
「ええ、入ってないわ! でもね、勝手に一人で行って野たれ死にでもされたら、寝覚めが悪いのよ!」
「‥‥野たれ死にか。流石にそれは遠慮したいな」
「なら大人しくあたしの言う事を聞いていればいいのよ!」
「なんだ、俺の事心配してくれてるのか?」
 どんと無い胸を張り勇ましく語りかけるシルビアに、黎明はふと問いかけた。
「――っ!? ば、馬鹿じゃないのっ!? ここ、これはあくまで騎士としての使命がそうさせてるのよっ!!」
 そんな黎明の言葉に、シルビアは顔を真っ赤に猛反論。
「騎士としての使命‥‥? 別にお前は俺の配下でも何でもないだろう?」
「主従関係が無ければ護ったらダメな訳じゃないでしょ! まったく何言ってるのよっ!」
「そう言うものか‥‥」
「そう言うものよっ!」
 どこか困った様な、嬉しい様な複雑な表情を浮かべる黎明に、シルビアは言葉早くまくし立てる。
「あら、お邪魔でしたかしら?」
 と、そんな二人の元へジークリンデ(ib0258)が驚いた様な表情を浮かべ現れた。
「べべべ、別に邪魔じゃないわよっ! 何言ってんの!? ほんと、訳わかんないっ!!」
 答えるシルビア。しかし、その顔は熱く焼けた溶岩の如き赤色であった。
「ああ、君か。何か用かい?」
 そんなシルビアを他所に、黎明は訪れたジークリンデに、何事かと問いかけた。
「大した用ではないのですが、単騎で彼のお人の元へ行かれると聞きましたので――」
 と、黎明の問いに答えたジークリンデは、懐から小さな小包を取り出す。
「うん? これは?」
「符水ですわ。共に行く事は出来ませんが、せめてこれを。彼のお人が怪我をされているかもしれませんからね。もちろん、黎明様が怪我をされて時に使っていただいてもかまいません」
「そうか、すまないな。気を使わせる」
「いえ、私にできる事と言えばせいぜいこの程度ですので、お気になさらずに」
 差し出された黎明の手に小包を置いたジークリンデは、にこりと微笑み。
「では、私はこれで」
 優雅にジルベリア式の礼を行うと、そそくさと納屋を後にする。
「――お邪魔しました。ごゆっくり」
 すれ違いざまにシルビアの耳元でそう囁いて。
「――っ! どいつもこいつも、バカばっかりっ!?」
 残された二人。ジークリンデの言葉にフルフルと体を振るわせたシルビアは、魂の絶叫を納屋に響かせたのだった――。

●大穴上空
「みんな、行くよっ! 狂ったアヤカシ兵器の研究を止めて、この街みたいな悲劇はもう二度と起こさせはしないんだからなっ!!」
 青き大旗を掲げ天空竜騎兵を駆るふしぎが仲間達へ鬨の声を送る。

「ったく、若いねぇ」
 そんな様子を愛龍『定國』に跨る壬弥はどこか頼もしく見つめた。
「おっさんも年甲斐もなく興奮してきたぞ!」
「‥‥まったく、年甲斐もないな」
 と、息巻く壬弥に冷静なツッコミを入れる弦一郎。
「‥‥おいおい、さっきの事まだ根に持ってるのか‥‥?」
 上げた気勢の腰を折られた壬弥は、恨めしそうにグライダーで運ばれる弦一郎を横目で見た。
「‥‥そんなつもりはない」
「左様ですか‥‥」
 まったく表情を変えない弦一郎に、壬弥は大きく嘆息する。
「お二人とも、仲がよろしくてらっしゃいますね」
 そんな二人を、炎龍に乗るジークリンデがくすくすと笑いながら見つめていた。
「どこをどう見たら、そう見えるのかねぇ?」
「‥‥まったくだ」
 しかし、当の二人はその言葉に納得がいっていない様子。
「私の言葉にも、意見をぴたりと合わせる所ですよ」
 そんな様子にもジークリンデはにこりと微笑み言葉を続ける。
「‥‥はぁ、ジークリンデの姐さんにはかなわねぇな」
「‥‥まったくだ」
 微笑むジークリンデの言葉に嘆息する二人は、そう顔を見合わせたのだった。

 一方、石恢の駆るグライダーに吊るされる形で運ばれるアーマー『サンライトハート』。
「‥‥サンライトハート」
 その中でシルビアは静かに呟き、時を待っていた。
「今までいっぱい傷付けちゃったけど、それも今日で最後」
 淡く光る宝珠の光に語りかける様に、シルビアは静かに言葉を紡ぐ。
「今日は出し惜しみなしよ。必ず決着をつける」
 静かな言葉の中にも揺るぎない決意。
 淡く輝く光をそっと撫でつけたシルビアは、その時が来るまでと、静かに瞳を閉じた。

●洞窟
『こちらは先生だけでしたねー』
「まぁ、別段有用な道程ではないからね」
 暗い洞窟を行く義視と小梅。
『だったら、皆と一緒に行けばよかったのにー』
「進入路が一つだと、纏めて迎撃される危険があるからね。分けた方がいいんだよ」
『‥‥でも、先生一人ですけどねー』
「さぁ、見えてきたよ。準備はいいね?」
 小梅の言葉にひくひくと頬を痙攣させ、義視は前方を指差した。
『はいー。準備万端大器晩成ですよー』
「‥‥意味がわからないよ」
 小梅の答えに深く溜息をついた義視。
 二人は上空から攻め入った仲間達と時を同じくして、洞窟から大穴へと潜入した。

●大穴上空
「黎明!」
「なんだ?」
 並行飛行する黎明にふしぎが声をかけた。
「僕は僕の成すべき事をする。だから、黎明も必ず‥‥!」
「‥‥ああ、わかった。必ず救い出す」
 ふしぎの言葉に答える黎明。二人が思うのは共に空を駆けた仲間の姿。
「その言葉が聞けてよかったっ! 皆!」
 黎明の言葉に決意を固めたふしぎは、風を受ける旗を掴むと。
「最後の決戦だ!!」
 大きく振りかぶり、その先端で穴の底を指した。

 一行がそれぞれの思惑を胸に秘める中。
「お前達、覚悟はいいな! 行くぞ!!」
 大型のグライダーを駆る石恢の言葉が空に木霊した。
 一行はその声に無言で一つ頷き、深い闇へと視線を落した。

●地下施設

 おおぉぉぉん!

 空洞に怪物の雄叫びか木霊す。
『落ちつけ。もうすぐだ』
 天を見つめる炎鬼に向け、亜螺架は今日何度目かの指令を下さした。

 おぉぉぉん!!

 しかし、炎の巨鬼は胸の内に揺らめく荒ぶる怒りを抑えようともせず、低く響く雄叫びを上げ続ける。

「後は頼むぞ!」
『ええ、心配はいらないわ。きっちりと終わらせるから!』
 と、その声は上空から。

 ドンっ!!

 重厚な着地音と土煙を巻き上げ、サンライトハートを駆るシルビアが地下施設へと降り立った。
『ようやく来たか』
 大地を振るわせるほどの振動にも、亜螺架は顔色一つ変えずに迎える。
『ふんっ! 大口叩けるのも今のうちよ!』
 そんな亜螺架に向け、シルビアを乗せたサンライトハートは、まるで主人の仕草を真似る様にどんと胸を張り亜螺架に指を突き付けた。

 おおぉぉぉん!!

 セレイナクルーの助けを借り、次々と地下施設へと降り立つ開拓者達。
「あ、あれはまさか‥‥」
 その声を発する紅の巨人に、弦一郎の視線は釘付けとなった。
「なぜだ‥‥なぜここにいる‥‥! 貴様が、なぜここにいる!!」
 紅の巨人の姿に、弦一郎は沸き上がる怒りを抑える事無く、怨言を吐く。
 それはかつて弦一郎の故郷理穴の地を蹂躙し、数多の恐怖と死をもたらしたモノの姿をしていたのだから。
「ったく、厄介なもん生んでくれたもんだぜ‥‥!」
 弦一郎が睨みつける紅き鬼の姿は、壬弥にとっても見知った存在であった。
「余所見は感心しませんよ?」
 と、圧倒的な威圧感を放つ巨鬼に注意を奪われていた2人に向け、ジークリンデが落ち着き払った声で語りかけた。
『そうよ。あれは倒すべき敵。どんな形をしていようが、関係無いわっ!』
 そして、ジークリンデと意見を同じくするシルビアが、サンライトハート越しに叫ぶ。
「‥‥すまない。取り乱した」
 そんな二人の言葉に、弦一郎は一度深く深呼吸をし呼吸を整えた。
「生かしておけば、再びあの悲劇が繰り返される‥‥。此処で息の根を止める‥‥!」
 そして、弦一郎は亜螺架とそのやや前方に構える炎鬼をキッと睨みつけた。
『アホ船長。ここは私達に任せて行きなさい』
 と、前方の敵から視線を外さず、シルビアは後方に着陸した黎明に声をかける。
「ああ、任せた!」
 シルビアの言葉を受け、黎明は地下施設を大きく回り込む様に駆けだした。
『‥‥さぁ、始めようじゃないの!』
 そんな黎明の行動をじっと見つめていたシルビアは、前方の敵へと視線を戻し、サンライトハート越しに大きく叫んだ。

 一行と対峙する二体のアヤカシ。楽しげに一行を見つめる亜螺架とは対照的に、炎鬼は狂ったように拳を振りまわし、所構わず破壊をもたらしていた。
『さぁ、存分に楽しませてくれ』
 目深にかぶった鮮血色のフードから僅かに覗く口元を厭らしく歪め、亜螺架が呟く。

 おおぉぉぉん!!

 亜螺架の呟きと時を同じくして、炎鬼は一行へ向けその巨腕を振り下ろした――。

●決戦
 炎鬼の初撃を左右に飛び避けた4人は、それぞれの思惑を胸に散開する。

 ある者は巨大な炎鬼に正面から向かい。
 またある者は、思惑を胸にセレイナへと向かう。
 そして、別の者は静かに時を待つ。

 ついに捺来の街を舞台に繰り広げられてきた激戦の最後の幕が上がった。

●セレイナ周辺
 炎鬼が繰り出す鈍重な攻撃は、開拓者である二人にとって避ける事など造作もない。
「ちぃっ! またか!」
『これじゃ近寄れないじゃない!』
 しかし、炎鬼に向かい合う壬弥とシルビアを乗せたサンライトハートの身体には数多の傷が刻まれていた。
 炎鬼が放つ鈍重な一撃は、地下施設の床を大きく抉る。そして、床であったモノは礫となり二人に襲いかかるのだ。
「白月よぉ!」
 と、壬弥は突然巨鬼に向け、その名を叫んだ。
「そん中で生きてるのなら、聞け! お前を食ってるそいつの弱点を教えろ!!」

 おおぉぉん!

 しかし、返ってくるのは人の言葉ですらない。
『‥‥無駄なようね』
「ちっ、最後まで人の敵かよっ!」
 シルビアの言葉に、壬弥は舌打一つ。槍を巨鬼へと向けた。
「お二人とも、こちらです!」
 その時、ジークリンデの声が二人の元に届く。それは上方から。
 ジークリンデはセレイナの甲板の上から二人に声を駆けたのだ。
『遅いわよっ!』
 その声にシルビアは炎鬼に背を向け、崩れた瓦礫を駆けあがりセレイナの甲板へ。
「待ってたぜ!」
 そして、壬弥もまた定國に跨り上空へと舞い上がった。

「さぁ、こちらにいらっしゃい!」
 二人が甲板へと到着した事を確認したジークリンデは、前方の炎鬼に向い呼びかける。

 おぉぉぉぉん!!

 目標を見失った炎鬼はジークリンデの挑発する様な呼びかけに怒りを露わにし、セレイナへとその矛先を向けた。
「祖を阻むは、鉄盾――」
 そんな炎鬼にジークリンデは細く微笑み、力ある言葉を紡ぐ。
「――」
 そして、どこのものとも知れない言葉を呟いた。

 ガンっ!!

 その言葉を受け、突如せり立つ鉄の壁。
 それは炎鬼の進行を妨げる様に、そして、3人が乗るセレイナを守護するように現れた。

 おぉぉぉんっ!!

 しかし、現れた鉄の壁にも見向きもせず、炎鬼の目標は船の上の三人へと向けられる。
「これだけではありませんよ――氷霹靂!」
 そんな炎鬼の行動など予想済みだと言わんばかりに再び紡がれる力ある言葉。
「爆ぜよっ!」

 ピキっ――。

 ジークリンデの声に呼応するように、炎鬼が立つ大地が一面の氷盤へと姿を変えた。

●施設中央
『そんな事でアレを止められるとでも思っているのか』
 奮戦するジークリンデ達を呆れる様に見つめる亜螺架。
「余所見をしている余裕はないぞ‥‥!」
『わうっ!』
 そんな亜螺架と対するは忍犬『威織』を共にする弦一郎。
 ぎりぎりと弦を引き絞り、狙いを亜螺架ただ一点に定めていた。
「‥‥覚悟」
 そして、放たれる一矢。
 矢は予測不能の軌道を描き、定められた一点へ向け突き進んだ。

『そんなもので、我をどうにかできるとでも思っているのか?』
 しかし、神速の矢を向けられる亜螺架の口元から余裕の笑みは消えない。
「‥‥かもしれないぞ」
 矢を放った姿勢のまま、弦一郎はその笑みに、同じ笑みを持って返す。
『ふんっ!』
 真似る様に浮かべられた弦一郎の余裕の笑みに、一瞬笑みを消した亜螺架は、その矢を難無く掴み取った。
「その余裕が命取りだ」
 しかし、弦一郎の攻撃は終わっていない。
「弐矢を持って神鷹の弓とする‥‥!」
 第一矢の影に隠れる第二矢。黒く塗られた矢は、音も無く亜螺架へと忍び寄る。

 カッ!

『‥‥なかなか面白い技を使うな』
 しかし、音すら聞こえぬ影矢は亜螺架の手中にあった。
「‥‥くっ!」
 表情を曇らせるのは弦一郎の番であった。

 カラン――。

『さぁ、次はどんな技を見せてくれ――』
「はぁぁぁっ!!」
 と、掴み取った影矢を興味なさげに地へを放った亜螺架に、上空から声が。
「行け、天空竜騎兵!!」
 それは亜螺架の直上から急降下するふしぎの声であった。
 ふしぎはグライダーの最大速度に重力を加え、亜螺架へ向け強襲をしかけた。

 ドウッ!

「どうだ!」
 天空竜騎兵が亜螺架に激突する寸前、身を宙へと躍らせたふしぎは、地を転がり衝突地点を見つめる。
『‥‥どうと言われても困るな』
 その声は、衝撃により立ち込めた噴煙の中から。
「くそっ!」
 晴れる噴煙から現れたのは、片手を大きく天に向け天空竜騎兵の舳先を掴む亜螺架の姿であった。
『やっと来たか』
 天空竜騎兵を軽々と持ち上げる亜螺架は、悔しがるふしぎを楽しそうに見つめる。
『相手が一人では、退屈で仕方なかった所だ』
 ふしぎと弦一郎へ向け、不敵な笑みを浮かべた。
「僕は空賊団『夢の翼』団長、天河 ふしぎ! 志半ばで逝った白月の空への想いを継ぎ、お前を倒す!」
 大剣を亜螺架へと突き付け、ふしぎが堂々と名乗りを上げた。
『ほう、威勢だけはいいな。だが、お前は勘違いをしている』
 しかし、ふしぎの決意の一言を、亜螺架は一笑に伏す。
『白月と言ったか。あの人間の性根は、真の闇よ。想いは全て黒く染まっている、な』
 そして、込み上げる笑いを押えながら、言葉を口にした。
「違うっ! 船長はそんな人じゃない!!」
 しかし、ふしぎはその言葉を信じない。
『ならば聞いてみてはどうだ? ほれ、そこにいるぞ?』
 と、そんなふしぎに亜螺架は暴れる炎鬼の姿を指差した。
「‥‥天河。今は言い争っている時じゃない」
 興奮するふしぎの肩をギュッとつかみ、弦一郎が耳元で呟く。
「う‥‥くっ!!」
 その言葉に冷静さを取り戻したふしぎは、グッと言葉を噛み殺した。

●セレイナ
 船体を盾に一進一退の攻防を繰り広げる炎鬼と三人は、ジークリンデの氷縛により一時の停滞を見る。
『いつまでもこのままじゃないでしょうし‥‥折角だし、使わせてもらおうかしら』
 と、シルビアは徐にセレイナの船首へと向かい、そこに設置されていた大筒をむんずと掴む。
「じょ、嬢ちゃん‥‥?」
 そんな行動に、壬弥は思わず目を丸くした。
『使える物は何でも使う! 戦場の常識よっ! でも、流石に重いわね‥‥』
「それはそうでしょう。そもそも飛行船用ですよ、それ」
 アーマーを持ってしても、飛行船用の大筒は相当な重量である。
 大筒を掴んだまま動けぬサンライトハートを、ジークリンデは苦笑交じりで見つめた。
『‥‥仕方ないわね』
「諦めたか」
 諦めた様に大筒から手を離したサンライトハートを、壬弥はほっと見つめる。
『誰が』
 しかし、シルビアは諦めてはいなかった。
『ちょっと勿体ないけど‥‥』
 と、手に持っていたアーマー用の巨剣をしげしげと見つめ。
『しばらく貸しといてあげるわ!』
 あろうことか、凍りついた炎鬼へと向け投げつけた。

 ピキ――。

 シルビアの投げた剣が炎鬼に直撃しようかというその時。
 地下施設に氷解音が響いた――。

●デスリカ
 黒き巨珠が存在した場所は、抉れなくなっている。
「どこだ、レダ‥‥」
 遠くから聞こえる激戦の様子にも、黎明は動じず人の気配の無い船内を行く。
『キッ!』
「っ!」
 まるで人の気配の無い船内で、突如黎明に向け鋭い爪が振り下ろされた。
「ちっ! まだ居たか!」
 間一髪攻撃をかわした黎明は、ごろごろと床を転がり距離をとる。
 それは、闇の中から現れた小さな小鬼の姿をしたアヤカシ。
「お前達にかまっている暇などない!」
 黎明は懐から短銃を取り出すと小鬼へと銃口を向けた。

●施設中央
「死出航路――」
 地下施設の一角に、小さく紡がれた言葉。
「――閻淵招々」
 酷く冷たい言葉が、黒く変色した地へと注がれる。
「怨来々!!」
 そして、義視の声に呼応した何かが、二人と格闘する亜螺架へ向けその矛先を向けた。

『む‥‥』
 突如動きの鈍る亜螺架。
「‥‥なんだ?」
 その変化を弦一郎は訝しんだ表情で見つめる。
「神鷹さん、ふしぎ、待たせた!」
 そんな二人の元に現れたのは、義視であった。
『洞窟から潜入したまではよかったんですけどー、高すぎたのでさっきようやく縄を伝って下りてきたんですー』
 そして、その足元でぺこりと頭を下げる小梅。
「いちいち説明しなくていいからっ!? ‥‥さて」
 小梅の説明にやや頬を染めながら、義視は視線を移す。一角だけが切り取られた様に重く沈む空間に。
「正面きっての攻撃は無効と話にありましたからね。でも――」
 義視は見えない圧力で歪む空間を見やった。
「流石に呪いまでは防げないでしょう」
 不可視の死霊が放つ怨嗟の叫び。目に見えず声も聞こえない何かは確かに亜螺架を捉えていた。
『――なかなか面白い技を使う』
「なっ!?」
 しかし、怨嗟の叫びの中に立つ亜螺架に焦りの色は無い。
『だが、我にとっては子守唄にも等しいな』
 まるで空気ごと持ち上げるかのように、亜螺架は天へと掌を突き出した。
 そして、広げた掌をぎゅっと握った瞬間、今までそこにあった重空間がいともあっさりと霧散した。

●セレイナ
 シルビアの投げつけた巨剣が炎鬼の拳の一振りで弾き落とされた。
「もう動きだしましたか。その姿は伊達ではないようですね」
『ふんっ! 姿形だけ真似たって所詮コピー。再生品は絶対に勝てないってジンクスがあるのよっ!』
「‥‥お前ぇら、余裕だな」
 最早目と鼻の先まで迫った炎鬼を睨みつける二人を、壬弥は呆れる様に見つめる。
「この鉄壁の要塞は、そうそう落とされる事はありませんよ」
『移動砲台もあるしね』
 そんな壬弥に、ジークリンデとシルビアは楽しげな笑みを向けた。
「まぁ、そんだけ自信あるなら口はさまねぇけどよ‥‥」
 一方、呆れるような口ぶりを見せる壬弥も、二人の言葉にどこか頼もしさを覚えていた。
「シルビア様」
『ええ、粉々にしてやるわっ!』
「ふふ、では――哀しみの連鎖に終焉を」
 シルビアの言葉に一つ頷いたジークリンデは、小さく力ある言葉を紡ぎ出す。

 おおぉぉぉん!!

「まずいぞ!!」
 その時、突如壬弥が声を上げる。
 そこには炎鬼の口元に集まる炎の息吹。
「――」
 炎鬼が炎弾を吐きだした瞬間、ジークリンデの力ある言葉が現出する。
生み出された嵐は炎鬼を襲い、極寒の息吹は灼熱の身体すら瞬時に凍りつかせた。
「来るぞ!!」
 しかし、炎鬼の放った炎弾は健在。
 凍てつく嵐の中もその威力を失う事無く、一直線にセレイナへと突き進む。

 ドウっ!

 巨大な炎球は鉄壁を吹き飛ばし、セレイナの船体へと着弾した。
「きゃぁぁ!!」
 その一撃はセレイナの船体を真っ二つに割る程のもの。
 術後の隙に動けずにいたジークリンデは、セレイナ破壊の衝撃をまともにその身に受け、船から大きく吹き飛ばされた。
『きゃぁぁっ!?』
 一方、船首では大筒を抱えるサンライトハートの床が、破壊の衝撃により瓦解する。
「二人とも!! う、うおっ!」
 セレイナの崩壊に巻き込まれる二人を目で追った壬弥もまた、セレイナの崩落に巻き込まれ、瓦礫の中へと消えた。

●地下施設
『どうしたどうした。もう終わりか?』
 幾度となく繰り返される三人の攻撃は、まるで霞みを相手にする様に手応えが無い。
「くっ‥‥あの技さえ封じれれば‥‥!」
『先生ー、しっかりしてくださいよー』
 片膝を地に着く義視は、小梅の回復を受けながらも亜螺架の挙動をつぶさに見つめる。
 攻撃が当たる瞬間、亜螺架は鮮血色のローブごと塵となり消えるのだ。
「‥‥これでは狙いが定まらん」
 幾度となく矢を放つ弦一郎もまた、霞みの如く移動する亜螺架を捉えられずにいた。
「どこかに規則性が‥‥。ん? あれは‥‥」
 義視がぶつぶつと呟く。
『どうした。そんなものではかすりもせんぞ!』
 その間にも、亜螺架はまるで弄ぶように、二人の攻撃を避けて続けていた。
「義視! どうすればいい! 指示を!」
 消える亜螺架を何度も追いながら、ふしぎは義視に指示を求める。
「‥‥現れる一瞬に隙があるな」
「気付きましたか」
 絶え間なく矢を放ちながらも呟く弦一郎に、義視は同意を得たと頷いた。
「神鷹さん、そのまま倍の矢を射かけられますか?」
「‥‥承知した」
 顔を合わせる事無く言葉を交わす二人。
 弦一郎は義視の出した無茶な注文を、何も言わず承諾した。

●地下施設
 まさに矢の雨。
 不規則な軌道を描く風矢。
 闇に紛れ急所を狙う影矢。
『何度も言うが、無駄だ』
 しかし、予想もつかぬ矢の応酬を、亜螺架は体を霧散させ尽くかわしていた。
「ふしぎ!」
 その時、義視がふしぎの名を呼ぶ。
「‥‥わかった」
 突然の呼びかけに義視を見たふしぎは、その眼が語る意味を読み取り頷いた。
『ふん、今度は何を見せてくれるのだ?』
 そんな不穏な気配を感じ取ったのか、亜螺架は霧散と現出を繰り返しながらも楽しそうに呟いた。

 その時。

「そこだ!!」
今まで散々翻弄されていたふしぎが時を越える。

 ザンッ!

 そして、その姿をあらわした時。ふしぎの一撃は亜螺架の身体へと鉄の刃を突き立てていた。
『うおぉぉぉ!!』
 地下施設に響く亜螺架の絶叫。
 突き立てられたふしぎの剣は、亜螺架の身体に深々と突き刺さっていた。
「どうだっ!」
『――などと言うと思ったか?』
「え‥‥?」

 ガンっ!

「がはっ!」
 体から大剣を生やした亜螺架は、まるで何事も無い様に背に縋るふしぎを吹き飛ばす。
『この程度か』
 つまらなさそうに呟いた亜螺架は、体に刺さる大剣を引き抜き投げ捨てた。
「なんだあの身体‥‥」
 弦一郎がその姿に呆気にとられる。
 僅かに覗いた鮮血色のローブの隙間。
「体が‥‥無い?」
 義視もまたその光景に釘付けとなっていた。
 そこには、ただただ真黒い闇だけが広がっていた。
『つまらんな。もう少し、色々と見せて欲しかったのだがな』
 鮮血色のローブに黒みがかる。それほどの錯覚に陥る程の濃い瘴気を纏った亜螺架は、残念そうに三人へ向けゆっくりと歩き出した。

●セレイナ残骸
 崩壊に巻き込まれた3人。

 おおぉぉぉん!!

 だが、炎鬼は止まらない。
 残骸と化したセレイナを跨ぎ、ゆっくりとした速度で3人の元へ歩を進めていた。
「シルビアの嬢ちゃん! ジークリンデの姐さん!!」
 そんな炎鬼をキッと睨みつけながら、壬弥は吹き飛ばされた二人の仲間の気配を追う。
『くっ‥‥やってくれるじゃない‥‥!』
 その声は右後方から。
 ギシギシと鉄の軋む音と共に紡がれた、シルビアの苦言。
吹き飛ばされた衝撃により、サンライトハートの脚部は破損し歩行する事すらできないでいた。
「‥‥ふふ」
 その声は左後方から。
 静かな息遣いと共に聞こえる、ジークリンデの微笑。
 ピクリとも動かないその体とは裏腹に、その表情は薄い笑みを浮かべていた。
『この程度で勝った気にならないことねっ! これでも喰らいなさいっ!』
 地に座り込んだサンライトハートの一撃。崩落に巻き込まれてすら手放さなかった大筒が炎鬼目掛けて火を噴いた。

 ドウっ!

 大筒の咆哮が大穴に響き渡る。

 おおぉぉっ!!

 大筒の咆哮につぎ炎鬼の悲鳴が大穴に響き渡った。
 シルビアの放った一撃は炎鬼の右腕を吹き飛ばしたのだ。
『どう!』
 大筒の反動で大きく後方に転がりながらも、シルビアはその成果に誇らしげに胸を張る。
「止めは――やっぱ俺かね‥‥! 嬢ちゃん――借りるぞ」
『え‥‥? ちょ、ちょっと!?』
 と、呟き立ち上がった壬弥は、無警戒に炎鬼へと歩み出した。

 その瞳に映る物は、ただ一つ。大地へと深々と突き刺さったサンライトハートの剣。

「うおぉぉぉ!!!」
 壬弥は到底、人では扱えぬほど巨大な剣を渾身の力を持って引き抜いた。
『ば、馬鹿っ! 人に扱える代物じゃないわよっ!!』
 サンライトハートの剣を担ぐ壬弥の腕の筋肉は盛り上がり血管が浮く。そして、その腰は大きく落ちる。
「これくらいのもんじゃなきゃ、斬れねぇんでな‥‥!」
 そんな悲痛な叫びに、壬弥は振り返る事無く答え。
「姐さん!」
 口から一条の血を垂らし、湧きあがる衝動に口元を歪ませるジークリンデへ向け大声で叫んだ。

 左手右足骨折。
 内腑破損。
 ――身体機能異常無し。

 頭の中に流れてくる情報の渦。
 ジークリンデは静かに瞳を閉じ、自身のおかれた状況を分析する。
「‥‥鎮魂歌第3楽章――」
 凍りつくような言葉の刃がジークリンデの口から紡がれる。
「氷の審判!」
 闘気を纏った凍気。
 ジークリンデの言葉に引きずり出された氷の精霊の力が、腕を失い怒りに我を忘れる炎鬼へと向け降り注いだ。

 ピキ――。

 残る腕を大きく振り上げた姿のまま凍りつく炎鬼。
「――北面一刀流奥義『炎雪紅葉』」
 巨剣を担ぐ壬弥の身体が更に沈む。
 そして、沈んだ体をバネにし、大きく大地を蹴けり一直線に炎鬼へと。
「奈落でも拝んで来やがれっっ!!」
 凍りつき動けぬ炎鬼の側面へ回り込んだ壬弥は、肩に担いだ巨剣を体をなげうつように振り回す。
「これで、終わりだっ!!」
 壬弥の最後の一太刀が逆袈裟に振り上げられた――。

 おぉぉぉぉ――。

 氷塊から脱した炎鬼の身体が、真っ二つに分断される。
「やった‥‥か!」
 しかし、常軌では考えられぬ一撃を放った壬弥の身体は、筋組織が破壊され体の至る所から出血していた。
「な‥‥に‥‥!」
 やっとの思いで見上げたそれは――。
 袈裟がけに両断された体を腕一本で引きずりながら、尚も3人の元へと這い寄ってきていた。
『んなろぉ! いい加減、大人しくしなさいっ!!』
 残弾尽きたシルビアは、何を思ったのかすぐ横に転がっていた巨大な球体を掴み上げた。

「あと一回でいいの‥‥」
 操縦室にギシギシと響く、サンライトハートの悲鳴。
 光の瞬きと共に異常を知らせる異音が木霊す中、シルビアは悲しげな表情を浮かべ呟く。

『動いてっ!!』
 そして、最後の気力を振り絞り巨大な球体を斬撃に苦しむ炎鬼へ向け投げつけた――。

●終焉

 おぉぉぉぉ――。

 まさに断末魔の叫びであった。
 シルビアの投げつけた球体は炎鬼に当たると砕け割れる。そして、中に詰まっていた液体が炎鬼へと降り注いだのだ。

『む』
 炎鬼の断末魔が亜螺架に一瞬の隙を作る。
「威織!」
 その隙を弦一郎は逃さない。
 すでに何度目かになる愛犬『威織』への命を下した。
『ふんっ!』
『きゃうんっ!』
 しかし、亜螺架は人の早さを越える威織の攻撃をもあっさりと弾き飛ばした。
『‥‥ここで得られるものはもう無いか』
 周囲で殺気を放つ開拓者達の事など意にも介さず、亜螺架は崩れゆく炎鬼を見つめ呟く。
「不動天の極み!」
 そんな亜螺架へ弦一郎の急所を突く一撃が放たれる、が。
『‥‥つまらぬ成果だったな』
 と、弦一郎の矢が亜螺架へと届いた瞬間、その姿は黒霧へと姿を変えた。
「待て! 逃がしはしないぞ!!」
 黒霧となり消えた亜螺架に向い、ふしぎが叫ぶ。
『逃げる? 違うな。‥‥次なる研究へと向かうのだ』
 その叫びの答えは何も無い空間から響く声。
 そしてその声は、次第に遠ざかって行った――。

「‥‥終わったのか」
 弓を引く力すら無く、地へとへたり込む弦一郎が呟いた。


「終わったか‥‥」
 亜螺架が消え、どことなしか沈んだ空気が漂う地下空間に、黎明の声が。
「そっちもなんとかなったみたいだな」
 と、傷付いた黎明の肩に力無く寄り掛かる赤髪の副長の姿に、壬弥はほっと胸を撫で下ろした。
「お前達のおかげだ。礼を言う」
 立っている事もやっとな開拓者達。そして、こちらも満身創痍。レダを肩に抱く黎明もまた深い傷を負っていた。
「終わったのかしらね‥‥」
「‥‥一旦は、でしょうね」
 そんな二人を見つめるシルビアとジークリンデは、スッと天を見上げた。

 こうして、街一つが地図から消えると言う災厄は、終焉を見た。
 失ったものは数知れず。だが、一方守りきったものもある。
 この戦いに参加した皆は、ようやく捺来の街に降り注いだ陽光を眩しげに見つめたのだった。