【黎明】空の二雄激突す
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: シリーズ
EX :危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/02/02 21:59



■オープニング本文

前回のリプレイを見る


●セレイナ
 雲一つない空の元、セレイナの白銀の船体を朝焼けの光が薄紅色に染め上げる。
『嘉田! 宝珠暖めとけよ!!』
 伝声管から伝わる怒声は、緊張の色を含んでいた。
「問題ありません」
『よし! 元団長さんよ、そのどてっ腹に大穴開けてやるぜ!』
 焦りはわかる。それでも弱音一つ吐かないのは、流石と言うべきか。

「嘉田」
「黎明ですか」
 珍しい。黎明がここに足を運ぶとは。
「これを使ってくれ」
「‥‥」
 部屋に現れた黎明は、徐に嘉田に向け一つの宝珠を差し出した。
 驚いた。それをここに持ってくるとは。
「‥‥いいのですか? それは――」
「ああ、構わない。使ってくれ」
「‥‥」
 風宝珠。
 黎明が差し出した宝珠の正体。
 それは、このセレイナのクルーであれば誰もが知っている物である。
「‥‥本当にいいのですね?」
「ああ、あいつが生きているんじゃ、形見の意味がないからなぁ」
 帰ってくる言葉は、いつもの捉えどころのない黎明のもの。しかし、その言葉にはどこか影があった。

 あの8年前、デスリカを脱したレダがグライダーに取り付けていたものが、この宝珠。
 それは、沈みゆくデスリカから取り外された風宝珠。言わば、白月の形見として遺された物だった。

「わかりました。十分な高度が取れ次第、浮遊宝珠と換装します」
「‥‥ああ、頼むよ」
 宝珠を託し、黎明は制御室を後にした。

●8年前
 甲板に出れば剥き出しの素肌に、冬の空気が容赦なく突き刺さる。
「敵は怯んだ! 一気に多々かけるぞ!!」
 甲板で一際大きな声を上げ、味方へ呼びかけるのは、この船団『崑崙』の長『白月』である。
『おおー!!』
 返ってくる声はどれも覇気に満ち満ちていた。
「‥‥これで俺達も王朝公認の空賊だ」
 自船、そして、仲間達の船から次々と上がる鬨の声に、自然と拳に力が入る。
「全砲門開け!! 目標、前方魔の森中央部!! アヤカシの親玉に、でかいのくれてや――」
 振り向いた白月が、仲間達に最後の指示を下そうとした――。その時、白月の声は爆音にかき消された。

 ドウっ!

「なっ!? 何事だ!!」
 突然の衝撃が甲板を揺らす。轟音が悲鳴を呼ぶ。
「船尾に被弾!! 第3から第5旋回翼に直撃!!」
「なんだと‥‥!」
 もうもと立ち上がる煙を見つめ、白月が苦々しく呟いた。

 煙の先、そこには崑崙船団の後方に陣取り、魔の森討伐の援軍として駆けつけた、この土地の領主率いる大船団がある。
「奴ら‥‥裏切るのか‥‥!」
 白月は煙の先に浮かぶ、数多の船団を睨みつけた。

「船長!! どうするんだ!」
「‥‥」
 後方からの砲撃は止むどころか、一層その勢いを増していた。
 味方の船の全砲門の照準は前方、魔の森にあわされている。
「この時を待っていたのか‥‥!」
 今から反転し腹を晒せば、それこそいい的になる。
 白月は後方に浮かぶ船団を睨みつけた。
「パジテロが!!」
 船員の叫びに、白月は左舷に浮かぶ仲間の船へ視線を向ける。
「ぐっ‥‥!」
 そこには、数多の砲弾を受け、船体に炎を纏いながらゆっくりと降下する味方の船。
「船長!!」
 縋る様なクルーの声はあちらこちらから上がる。
「‥‥全船反転!! 敵は、後方にあり!!」
 白月の号令。
 その声に、船団員達の表情が一変する。

 デスリカを筆頭とする空賊団『崑崙』は、ゆっくりと旋回を開始した。


 止む事の無い砲撃を受けながらも、デスリカを含む3艘の飛行船がなんとか後方への反転を終えた。
「白月!!」
「‥‥レイディアか」
 短く切りそろえた赤髪を振乱し、一人の女が白月の元に駆けつける。
「これはどういう事!?」
 突然の戦況の変化に、レダは困惑気味に白月へ答えを求めた。
「‥‥お前は船を降りろ」
 しかし、返ってきた答えはレダの予想していたものではない。
「はっ!? いきなり何を言って――」

 ドゥ――。

「うっ――しろつ‥‥き‥‥」
「‥‥」
 腹への一撃。レダは白月に倒れ込む様に気を失った。
「船長‥‥」
「試作中のグライダーがあっただろう。あれに乗せてやってくれ」
 腕の中で力無く倒れ込むレダに視線を落とし、白月は部下にそう告げる。
「し、しかしあれはまだ動力を積んで――」
「この船の風宝珠を一つ外せばいい」
「なっ!?」
 白月の言葉に、部下は言葉を失う。
「早くしろ。こいつまで心中させる気か?」
「は、はいっ!」
 差し出されたレダの身体を受け取り、部下は急ぎ船室へと舞い戻った。


 レダがグライダーに乗せられた事を確認した白月は、最後の指令を下す。
「貴様等の欲の為に、この身をくれてやる訳にはいかん!!」
 白月最後の咆哮。
 黒炎の弾丸と化したデスリカは、大船団へ向け最大船速を持って突っ込んだ――。



『 空賊団『崑崙』、反逆す 』


翌日の瓦版には、そんな文字が躍っていた――。

●捺来
 外界には蒼穹の空。
 しかし、この街だけは外界から切り離された様に暗霧が立ち込めていた。
「‥‥」
『その顔は思い出に浸っている。と言った所か?』
 甲板で遠方を眺める白月に、女の声がかかる。
「‥‥」
 しかし、白月は女の言葉に答える事無く、前方の空を指差した。
『ほう、ようやくお出ましか。随分待たせてくれたな』
 蒼穹の天が照らし出す白銀の船体を眺め、黒霧の住人『亜螺架』が口元を僅かに釣り上げ小さく呟いた。
「‥‥次は落とせるんだろうな」
『どうだかな。向うもやる気の様だしな』
 呟く白月に、とぼける様に答える亜螺架はくいっと顎で空の彼方を指し示す。
「‥‥」
『ふっ。そう心配するな。色々と策は用意している』
 無言で睨みつけてくる白月の視線すらも快楽であるかのように、亜螺架はフッと笑みをこぼした。


 この因縁に終止符は打たれるのか。
 それぞれの思いが交錯する戦場は、ついに最後の戦端を開いた――。


■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
黎乃壬弥(ia3249
38歳・男・志
各務原 義視(ia4917
19歳・男・陰
神鷹 弦一郎(ia5349
24歳・男・弓
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
シルビア・ランツォーネ(ib4445
17歳・女・騎


■リプレイ本文

●セレイナ
 曇天が空を支配する。
 湿った匂いが真白い冬の精の到来を予感させた。
「船長‥‥あの時、誇らしげに語ってくれた。空の話。――あれは嘘だったの?」
 小さく呟く天河 ふしぎ(ia1037)の瞳に映るのは、塔を思わせる黒柱であった。
「ここまで来たんだ。感傷に浸って剣先を曇らせる事の無い様にね」
 そんなふしぎに、各務原 義視(ia4917)が背から落ちついた声で語りかける。
「‥‥うん、大丈夫。今は感傷とかそう言うのは、どうでもいいんだ」
 義視なりの励ましの言葉であったが、返ってきた答えは随分とあっさりしたものであった。
「今は‥‥なんて言うのかな、使命? それに似た感じがしてるんだ」
「使命、か‥‥」
 ふしぎの言葉に思う所があるのか、義視はその言葉を反芻する。
「とにかく気だけは緩めない様に。どこに落とし穴があるかわからないからね」
「大丈夫なんだからなっ! 第一、空に落とし穴なんて、掘れる訳ないんだからっ!」
「い、いや‥‥そう言う意味じゃなくて‥‥」
 ぐっと拳を握り力説するふしぎに、義視は呆れる様に呟いた。
「‥‥うん。ありがとう義視。僕は大丈夫」
 一転、ふしぎはその表情を真剣な物に変え、義視に向け軽く頭を下げる。
「そ、そうか。わかっているならいいんだ」
 そんな態度に、義視の方が気押され思わず咳払いをした。
「それじゃ、私も準備があるから」
「うん、お互い頑張ろうねっ!」
 そして、義視はふしぎの元を去る。励ますつもりが逆に励まされた事に気づいて。

『素直じゃないですねー』
 ふしぎの元を離れた義視に、『葛 小梅』が駆け寄ってきた。
「素直じゃない? 一体何の事を言ってるんだい?」
『一言言えないんですかー? 力を貸すって』
「な、なにを言ってるんだ。仲間なんだからそんな物当然だろ」
『それならいいんですけどねー』
「そうだよ!」
『はいはいー』
 甲板から船室へと向かう二人。
(そうだね。小梅の言う通りかもしれない――)
 決戦を間近に、義視は隣に寄り添う小梅の姿を、頼もしく見つめた。

●船首
「ここまで人を巻き込んだんだから、きっちりと落とし前付けて貰おうじゃない」
 ゆっくりと航行するセレイナの船首。
 頬に受ける風。身を凍えさせるには十分な寒風にも怯む事無く、ただ一点を見つめるシルビア・ランツォーネ(ib4445)が小さく呟く。
「よぉ、嬢ちゃん。独り言かい?」
 声に振り返ったシルビアの視線の先にはいつものお気楽な笑顔を携えた黎乃壬弥(ia3249)が立っていた。
「あんたはいつもお気楽でいいわね」
 しまりの無い笑顔を向ける壬弥に、シルビアは深く溜息をつく。
「おいおい、これでもかなり真面目なんだがなぁ」
 と、壬弥はわざとらしく、キッと眉を吊り上げた。
「はいはい、大層真面目です事。――で、何か用?」
 そんなわ壬弥の仕草に、シルビアは更に深い溜息をつく。
「うーん、なんだ。これと言って用は無いんだけどよ」
「はぁ‥‥? ならこんな所で油売ってないで、相棒の世話でもしてきたら?」
「ん? ああ、そうだな。あいつの相手もしてやらないとな」
 呆れる様に呟くシルビアの言葉にも、壬弥は生返事で返した。
「まだ何かあるの? 少し一人になりたいんだけど」
「お、そうそう、思い出した。この間渡したひみつへい――ぐほっ!?」
 と、話題を探し求め口にした壬弥。しかし、その言葉は腹部突き刺さった蹴りによって止められる。
「それ以上言ったら殺すわよ」
 眉間をひくつかせるシルビアは、壬弥の腹を踏み笑顔で見下ろした。
「いつつ‥‥。それは勘弁だな。今は」
 床に押し倒され腹を踏まれ続ける壬弥は、シルビアを見上げ語りかける。
「い、今は‥‥?」
「殺されるなら、あいつ等から、娘‥‥みたいな奴を護ってからならな、ってこった」
「ばっ、馬鹿じゃないの!? なに保護者ぶってるのよ!!」
 そんな壬弥の言葉に、シルビアは顔を真っ赤に猛反論。がしがしと更に壬弥の腹を踏み拉く。
「ぐおっ!? ちょ、ちょっとま――げはっ!? し、死ぬから!? 本気で死ぬから!!?」
 小さな体とは言え、そこは開拓者。その踏みこみは十分に死ねた。
「痛ぇ!! ちょ、ちょっと待て嬢ちゃん!! わかった、わかったから――うん?」
 必死にもがく壬弥の命乞いにが功を奏したのか、シルビアの踏み込みが突如止む。
「――」
 腹から足を退け、じっと壬弥を見下ろすシルビアの唇が僅かに動いた。
「うん? 何か言ったか?」
 突然の事に、痛む腹をさすりながら起き上った壬弥が、シルビアに問いかける。
「なんでもないわ。気にしないで」
 と、問いかける壬弥に背を向けたシルビアは、すたすたと船首へ足を向けた。
「おいおい、今確かかなり殊勝な言葉が――」
 そんなシルビアの背に向け、壬弥が小さく呟く――。
「なんでもないって言ってるでしょっ!!」
「ぐほぉ!?」
 再び壬弥の腹を電光石火の蹴りが襲った。

●船倉
 冬の外気は作業を進める剥き出しの手を凍えさせた。
「‥‥他に手伝う事は無いか?」
 冷えた手の事など気にも留めず、神鷹 弦一郎(ia5349)がジークリンデ(ib0258)に向け問いかける。
「ありがとうございます。後は精霊符を起動させるだけですので」
 ジークリンデもまた、凍るような空気の事など気にもせず作業を進めていた。
「‥‥そうか。そこまでは力になれないな」
 そんなジークリンデの言葉に、弦一郎は作業を止め近くにあった木箱の上へと腰かける。
「‥‥ついに正面対決か」
「ええ、この日の為に準備してきたとはいえ、どこか気乗りがしませんね」
 そんな呟きに、ジークリンデは弦一郎と顔も合わせず答えた。
「確かに‥‥何か不思議な気持ちだな‥‥いや、それが何かと言われても、答えられないのだが」
「ふふ」
「む‥‥何かおかしなことを言ったか‥‥?」
「いえ、神鷹様もそのように感じる事があるのかと、少し意外だったもので」
「そ、そうだろうか‥‥」
 ジークリンデの言葉に、困った様な表情を浮かべる弦一郎。
「いえ、失礼いたしました。私もその気持ちは同じですから。同じ気持ちを共有出来て、仲間として頼もしい限りですわ」
「そ、そうか‥‥」
 やんわりとした笑顔を向けてくるジークリンデに、弦一郎は少し頬を染め思わず視線を外した。
「‥‥ただの兄弟喧嘩で済めば、簡単なんだがな」
「ここまで来てしまってはそうもいきませんわね」
「‥‥なんにせよ、どちらにも不幸の無い結末である事を願う」
「そうですね。願わくば彼らにも、精霊の慈悲があらん事を願うばかりですわ」
 すっと瞳を閉じ祈るようなしぐさを見せたジークリンデは、ここからでは見えぬ捺来の街の方角に向い、そう呟いた。

●捺来
「来たぞ!!」
 愛騎『定國』を駆り先陣を駆ける壬弥が、後方のセレイナへ向けありったけの大声で叫んだ。
「‥‥またあのアヤカシか!」
 そんな壬弥の声に、弦一郎は準備していた矢筒から手を離し前方を見つめる。
「あれは、私にお任せください」
 炎龍を駆るジークリンデが見つめるのは紫毒の水球。
「頼んだぜ。ジークリンデの姉さんよ。俺はあちらさんをやる」
 と、壬弥は下方から押し寄せる黒の波へと視線を移した。
「‥‥甲板は死守する」
『当然ね』
 甲板に残った弦一郎の呟きに、答えるシルビア。
『サンライトハート』を起動させたシルビアが主君に剣を捧げる騎士の如く、直立不動で甲板に佇んでいた。
「敵は新たな兵器を繰り出してきています。皆さん、十分に用心を!」
 そして、そんな二人に向け、共に甲板を護る義視が注意を喚起する。
「‥‥心得ている」
『右に同じよ』
「期待させてもらいますよ」
 二人の慎重な中にも自信に満ちた言葉に、義視は頼もしく頷いた。

 一方――。
「天空竜騎兵‥‥後少しだよ。後少しで、船長と会える」
 一人甲板の奥で、ふしぎは『天空竜騎兵』の操縦桿にそっと手を当て、小さく呟いた。

 セレイナ対デスリカ。最後の決戦が幕を開けた。

●上空
 セレイナへとゆっくりと向かう紫毒の水球。
「もう貴方達の解析は終了しました」
 炎龍に跨るジークリンデは、眼下を見下ろし静かに呟いた。
「先の戦いの失態は繰り返しません」
 と、空に蠢く紫球を睨みつけたジークリンデは。
「邪まなる鎧を脱ぎ捨て、その本性を晒しなさい!」
 舞い散る雪の如き灰の雨を、紫毒の水球へ向け投げ放った。

●低空
 セレイナの船底が頭上に見える。
「定國、そのまま滞空してろよっ!」
 前方にある無数の黒点全てが、アヤカシなのだ。
「さぁて、いっちょやってやるか!」
 滞空する定國の背に立ち上がり、壬弥はくるりと槍を振りまわすと、その切っ先をアヤカシの群れへと向けた。

●セレイナ
 流石の二人であっても、全てのアヤカシを防ぎきることはできない。
「‥‥流石に数が多い」
 矢筒から抜き放たれた矢は、寸分違わぬ軌跡を描き、弓に番えられる。
 そして、一杯に引き絞られた弦が弾かれると同時に、矢は意思を持ったかのように蝙蝠型のアヤカシを射抜いた。
「‥‥この船には」
 何本目の矢を射ただろう。
 数えきれないアヤカシを撃ち落とし続けた弦一郎の言葉は。
「指一本触れさせはしない!!」
 普段の姿からは想像もつかない怒気を含んでいた。

●セレイナ操舵室
 甲板上で繰り広げられる激戦にも関わらず、艦橋には異様な程の静けさが支配する。
「石恢、俺に舵をくれ」
「ちょっと待て!? お前、何言ってやがる!!」
 黎明の突然の申し出に、舵を握る石恢は思わず反論した。
「‥‥すまん。これだけは自分の手でやりたいんだ」
 石恢の反論に、黎明は深々と頭を下げる。
「お、おい! よせよ!? 頭なんて下げるんじゃねぇ!! くそっ!」
「ありがとう」
 深々と頭を下げる船長の願いに、石恢は渋々舵の前から身を退けた。
「‥‥わかってるんだろうな」
「ああ、わかっている」
 引いた石恢の投げかける言葉に、黎明はその顔を見る事無く返事をする。
「‥‥好きにしな」
 と、そんな答えに、石恢はどっかと床に座り込んだ。
「この船の最後になるかもしれねぇからな‥‥」
 そう、小さく呟いて。

●セレイナ
「‥‥何かおかしい」
 黒柱を境に激戦を演じる両軍を眺め、義視が小さく呟いた。
『どうかしましたかー?』
「小梅。この戦局、どう見る?」
『えー、この戦局ですかー?』
 と、義視に問いかけられ、小梅はふと上空の激戦を眺める。
『こちらが優位に戦いを進めてるように見えますけどー』
「うん。一見そう見えるよね」
『何か思う所があるんですねー?』
「攻撃が偏り過ぎだとは思わないかい?」
『そうですかねー? 上下からの挟撃。敵ながら理にかなった攻撃だと思いますけどねー』
「‥‥そうみえるか、やっぱり」
 小梅の言葉に、義視は口元に手を当て深く考え込む。と、その時。セレイナの加速が一気に増す。
『動き出したみたいですねー』
「もう止まらない、か‥‥」
 速度を上げる甲板上で、義視は小さく呟いた。

●上空
『ぐおおぉぉ!』
 上空に木霊す、声にならない悲鳴。灰の雨によって、紫球達が上げる悲鳴であった。
「同じ戦略で挑んだ貴方達の負けです」
 と呟いたジークリンデは、黒珠の核を晒す水球を睨みつけ、手綱をグッと引いた。
「――絶え間なく吹きすさぶ氷嵐よ」
 急降下と共に頬に突き刺さる冷気にも表情一つ変える事無く、ジークリンデは静かに言葉を紡ぐ。
「――凍えを知らぬ者を、氷塊と化せ!」
 そして、剥き出しになった核へ向け杖を振るった。
 凍りつく黒珠の核は再生の力と浮力を同時に奪われ、力無く地面へと落下していった。
「次!」
 そして、ジークリンデは次なる水球を目指し再び炎龍の手綱を引いた。

●低空
 戦火に焼かれた地面すれすれを飛行する定國の背の上で、壬弥は無心に槍を振るう。
「次から次へと、雑魚ばかり来てくれるぜ!」
 槍一閃。上方から襲う蝙蝠達を槍の矛先でなぎ払った壬弥は、すぐに前方の目標へと視線を移した。
「数ばっかり揃えても、俺達には勝てねぇってな!」
 神速の一穿。
 壬弥の繰り出した槍の一突きは、前方から襲い来る3匹の蝙蝠を纏めて串刺しにする。
「っと、あぶねぇ」
 と、突き刺したアヤカシの生死を確認する間もなく、壬弥は槍を振るい突き刺さった蝙蝠を振るい落す。
 瞬間、後方から上がる爆発音。振り落とされた蝙蝠が自爆した音であった。
「ったく、弱ぇくせに面倒だぜ‥‥」
 そんな爆音にも振り返る事無く呟いた壬弥は、次なる目標へ視線を移した。

●デスリカ
「左舷砲門開け!」
 デスリカの甲板に、白月の声が響き渡った。
『‥‥』
 しかし、その声に呼応するものは無い。
ただ、その命に忠実に動く砲門口だけが、その矛先をセレイナへと向けた。
「てぇ!!」
 そして、再び白月の号令が甲板に響き渡る。

 ドウッッ!!

 と同時に、甲板を揺らす程の振動と轟音が黒い空に響き渡った。
「次弾装填!!」
 放たれた砲弾の戦果も確認せず、白月は次なる命を無言のデスリカに向け放つ。
『ふむ』
 そんな、砲門が盛大な轟音をとどろかせる中、亜螺架はふと足元へ視線を落した。
「‥‥どうした」
 そんな亜螺架に、白月は怪訝そうに問いかける。
『鼠が紛れ込んだようだ。少し行ってくる』
 瞬間、亜螺架の姿が蒸発するように黒い霧へと変化する。
「‥‥」
 そんな突然の変化にも白月は動じない。ただじっと、亜螺架のあった場所を見つめた。

●セレイナ
「正面! 砲撃です!!」
 物見をしていた船員から上がる叫び声。
「なっ! 正面だって!?」
 そんな叫びにいち早く反応した義視が、船縁から身を乗り出し、前方を見やった。
 そこには デスリカより放たれた無数の砲弾が、一直線に直進するセレイナ目掛けて襲いかかる。
「黎乃さんとジークリンデさんは!」
 と、義視は即座に戦況を確認する為、物見へ問いかけた。
「上方に炎龍。下方に甲龍! 共にアヤカシと戦闘中です!!」
 しかし、その答えは義視の望むものではない。
「くっ‥‥これが狙いですか‥‥!」
 空にぽっかりと穴が開いた様な空白地帯。
 セレイナの航空戦力の二人は、徐々にであるがセレイナから引き離されていた。
『退いて』
 敵の策にギリッと唇を噛む義視に、声がかかる。
「シルビアさん!」
 そこには、サンライトハートを起動させたシルビアがその巨体を晒していた。

「待たせたわね、サンライトハート」
 駆鎧の中。シルビアは淡く光る宝珠の光に向け小さく呟くと、瞳を見開き。
「空戦ばかりでごめんね。でも、それももう少しの辛抱よ」
 外殻越しに見える砲弾の雨を見つめ、シルビアが呟いた。
「さぁ、今こそパワーアップしたその力見せつけてみなさい!!」
 シルビアの命に呼応するように、鈍い音を上げサンライトハートが両腕を大きく開く。

「シルビア。ここを任せてもいい?」
 と、そんな砲弾に向いセレイナの船首に立ちつくすシルビアに向け、ふしぎが問いかけた。
『‥‥好きにすれば?』
「‥‥ありがとう、シルビア」
 背から掛けられた声にも振り返る事無く、シルビアは不思議に答える。
「なっ!? 待てふしぎ! この弾幕の中、飛び立つのは自殺行為だ!」
「ごめん義視‥‥。でも行かなくちゃ」
 制止する義視の言葉にも、ふしぎの決意は揺るがない。
「砲撃来ます!!」
 そんな中、物見の声が甲板に響いた。

 ドンっ!

 目ですら追えぬ程の速度で飛来する砲弾を、あろうことかサンライトハートはその拳で打ち砕く。
『行くなら早くしなさいよ』
 打ち砕いた砲弾の破片を振り払い、シルビアはふしぎに向け突き放すように言い放った。
「うん、ありがとうシルビア」
『お礼は事が成ってからにして』
「うん、わかった」
 短く言葉を交わす二人。
 シルビアの言葉を受け、ふしぎは天空竜騎兵の操縦桿に手をかけた。
「待て、ふしぎ! 一人で行ってどうにかなる戦局じゃない!!」
 無謀な行為に走るふしぎを必死で止めようと、義視が手を伸ばす。
「‥‥」
 しかし、ふしぎは義視の制止を振り切る様に、操縦桿を起こし、激戦の空へとその身を躍らせた。

「くっ‥‥! 馬鹿な真似を!」
『ほら、そこにいたらとばっちり食うわよ』
 止められなかった自分にいら立つ義視に、シルビアが淡々と声をかける。
 砲弾は一つではない。
 そうしている間にも、無数に飛来する砲弾は、寸分違わぬ狙いをつけ次々にセレイナへ迫ってきていた。
『次!』
 そんな砲弾へ向け、何事も無かったように向き直るシルビア。
 その姿はまさにセレイナの守護神であった。

●地下施設
 どれほど滑空しただろう。
 深い深い闇の底。気圧の差に壬弥を耳鳴りが襲う。
「‥‥撒いたか?」
 重力に従いただ闇の底へと滑空する定國の背で、壬弥は上空を見上げた。
 そこには、先程まで礫の如く襲いかかってきた蝙蝠達の姿が、遠くに霞んでいる。
「さてと、報告のあった施設ってのは、この下か?」
 蝙蝠を振りきり、デスリカの注意を惹きつけようと大穴の底に建造された地下施設へと向かう壬弥。
「おいおい‥‥なんだこりゃ‥‥」
 と、ふと視線を穴の底に落とした壬弥は、その光景に思わず絶句する。
 そこには、規則正しく並べられた巨大な水晶球の様な物が所せましと並んでいたのだ。
「随分と気味悪いもん造りやがって‥‥」
 施設の光景に圧倒されながらも、壬弥は定國を地上へと下ろし、そして、自らも地上へと。

 その時。

『ようこそ。招かれざる客人よ』
「っ!?」
 突然の声は壬弥の真正面の闇の中から。
 壬弥は咄嗟に槍を構え身構えた。
『そう身構えずともいいだろう。小物っぷりが際立ってしまうぞ?』
 まるで嘲笑するような笑いを含む声と共に、ゆっくりと闇から現れたのは、鮮血色のローブにすっぽりと全身を包む艶やかな美女。
「‥‥美人の招待を断る程、野暮じゃないんでな」
 と、返す壬弥は槍の切先を正面の美女に突き付けたまま動けない。
 それは、圧力。
 目の前の美女から放たれる、異様なまでの殺気であった。
『はは、外見でしか物事を見ようとしない、人間らしい物言いだな』
 そんな壬弥の言葉に、亜螺架は楽しげに笑う。
「‥‥悪いが、そこを退いてくれるか」
『それは出来ぬ相談だな。折角造った玩具を壊されてはかなわない』
 気丈にも言葉を紡ぐ壬弥に感心しながらも、亜螺架は明確な拒否を示した。
「やっぱお前さんが、この茶番劇の黒幕ってわけか‥‥」
 無意識に流れ落ちる汗を拭きとる事もせず、壬弥は亜螺架に向け問いかける。
『だとしたら、どうだというのだ?』
 しかし、答える亜螺架は逆に問いかけた。
「こうするまでだ!!」
 凍った様に動かなかった足を気合で無理やり動かし、壬弥は亜螺架へ向け駆けだした。

●セレイナ操舵室
「くそ‥‥遠慮なしに撃ってきやがって‥‥!」
 甲板から聞こえる破裂音に、石恢は苦々しい言葉を吐く。
「‥‥行くぞ」
「お、おい! 今砲撃の真っ最中だぞ!?」
 黎明の小さな言葉に、石恢は慌てて声をかけた。
「滞空している今がチャンスだ」
 しかし、黎明は短く答え。
「セレイナ、発進!!」
 操縦桿を大きく倒した。

●上空
 頬を切り裂くような冷たい冷気。
 横を振り向けば漂う薄雲が速度を上げ流れゆく。
「‥‥あそこに船長が!」
 そして、眼前。
 黒く曇った世界の中に佇む、漆黒の船。
 ふしぎはそのただ一点を見つめ、天空竜騎兵を奔らせる。
「行くよ天空竜騎兵。僕達がセレイナの道標になるんだ!」
 と、ふしぎは天空竜騎兵に語りかえる様に呟くと、備えたあった一本の棒を取り出し。
「皆、僕に続け!!」
 大きく一振り。

 バサッ!!

 それと共に、棒に巻きつけられてあった蒼き大旗が寒風を浴び翻った。

●甲板
『行きなさい!!』
「くっ、我ながら無茶な作戦だ‥‥!」
「‥‥」
 速度を上げるセレイナの甲板上。
 シルビア、義視、弦一郎の三人は、それぞれの想いを抱き進行方向に浮かぶ黒い船をじっと睨みつける。

 最大限まで速度を上げたセレイナは、黒柱目掛け一直線に空を突き進んだ――。

●デスリカ
「来るか」
 砲弾鳴りやまぬ甲板の上で、静かに遠方の空を見つめる白月。
 その瞳には、精霊の助けを借り光り輝く船体の姿が映る。
「貴方の相手はこの僕だ!!」
 どこか別世界の様な雰囲気を醸し出す甲板上に、上空からの声。
「‥‥」
そんな声に上空を見上げる白月は、砲弾を避け滑空する蒼い大旗。そして、真っ直ぐに自分を見つめる翡翠の瞳を見た。
「‥‥射角変更。狙いは上空のグライダーだ」
 そして、小さく呟いた白月。
 その命にセレイナを標的に捕えていた砲門は、一斉に上空の天空竜騎兵へとその砲口を向ける。

「そんな物には当たらないんだからなっ!!」
 襲い来る砲弾の雨を、ふしぎは操縦桿を巧みに操り間一髪のところで避けていく。
「天空竜騎兵! 強行着陸だっ!!」
 そして、眼前に迫ったデスリカの甲板に向け、最後の舵を切った。

●地下施設
 淡く輝く球体が発する光だけが、地下施設の異様を照らし出す。
『どうした? もう終わりか?』
 息一つ乱さず壬弥の攻撃を尽く弾き返した亜螺架が、つまらなさそうに問いかけた。
「はぁはぁ‥‥なんて堅ぇ体してやがんだ‥‥」
 そんな亜螺架と距離を置いた壬弥は、対照的に肩で息をする。
『つまらぬな――』
 と、次の瞬間、壬弥の視界から亜螺架が消えた。

 キーン――。

 地下の空洞に響き渡る金属音。

 カラン――。

 そして、振い手を失い地に転がった槍。
『もう少し楽しめると思ったのだがな』
「ぐ‥‥」
 突如目の前に現れた亜螺架は、鋭く尖った爪先を壬弥の喉元に突きつけていた。

「――踏み荒らせ氷武!!」
 動けぬ壬弥の喉元に、亜螺架の爪先が突き刺さらんとした、その瞬間。
 声は頭上から。
『他にも居たのか』
 雨の如き降り注ぐ氷柱の攻撃を、大きく後ろへ飛退き楽々と避ける亜螺架。
「随分と楽しそうでしたから。私も混ぜていただけますか?」
『ほう。丁度退屈していた所だ。歓迎するぞ』
 丁度壬弥と亜螺架の間へ割って入る形で舞い降りたジークリンデの申し出に、距離を取った亜螺架は嬉しそうに頷いた。
「お招きありがとうございます――!」
 そんな亜螺架の狂気の笑みに、ジークリンデはジルベリア式の丁寧な礼を述べると、その足で一気に距離を詰めにかかる。
『ほう、魔術師か』
 その艶やかな肢体からは想像もできない速度で距離を詰めるジークリンデに、亜螺架は興味深げに呟くと。
『さて、どんな手品を見せてくれるのだ?』
 ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「――紅の香気」
 しかし、ジークリンデは亜螺架の挑発ともとれる言葉にも動じず、全速力で距離を詰めると。

 コロン――。

 突然、懐から取り出した小さな球体を地面へと転がした。
『うん?』
「喰らいなさい!」
 地に転げ落ちた球体に目を奪われた亜螺架の隙を、ジークリンデは見逃さない。
 落ちた球体『焙烙玉』をそのまま足で亜螺架へ向け蹴り飛ばした。
『何の真似だ。そんな物で――』
「手品がお好きなのでしょう? ならば黙って観覧するべきですわ」
 高速で向ってくる焙烙玉をつまらなさそうに見つめる亜螺架に、ジークリンデはニヤリと口元を吊り上げ呟く。

 そして――。

「灼炎!」
 詠唱を終え生み出した火球を、蹴り込んだ焙烙玉目掛け投げつけた。

 ドウンッ!!

 火球の点火を受け、焙烙玉の爆発力は二倍にも三倍にもく触れ上がる。
「おらぁぁ!!」
 焙烙玉が巻き上げた砂塵を突きぬけ、壬弥が亜螺架へと槍を向けた――。
『ふんっ!』
「なにっ!?」
「きゃぁ!」
 瞬間、見えない圧力が膨らみ、二人を弾き飛ばした。

 数十m吹き飛ばされ、身体を壁へ強打した二人。
「ぐっ‥‥。姉さん、大丈夫か!」
 槍を支えに何とか立ち上がった壬弥は、共に飛ばされたジークリンデに声をかけた。
「ふふふ‥‥」
 しかし、横に見えるジークリンデは不敵な笑みを浮かべている。
「お、おい。姉さん‥‥?」
「はい? なんでしょう?」
「い、いや‥‥大丈夫か‥‥?」
「はい、身体機能に問題はありませんわ」
「そ、そうじゃなくてよ‥‥」
 不敵に微笑むジークリンデの豹変に、壬弥は恐る恐る問いかける。
「久しぶりに楽しめそうです、ね!」
 しかし、ジークリンデは口元に流れる血を拭き取ると、亜螺架へ向け再び駆けだした。

●デスリカ
「ふしぎ! 避けろぉ!!」
 セレイナの甲板上から大声を上げる義視。
「っ!」
 そんな声にふしぎは大きく船尾へと飛んだ。

 瞬間。

 ドウゥゥッッッ!!

 自ら白銀の弾丸となったセレイナは、デスリカの左舷へと、その鋭角を深々と突き立てた――。

「くっ‥‥!」
 まるで嵐の海を進む小舟の様に揺れる甲板上で、白月は思わず体勢を崩す。
『もらったぁぁ!!』
 その瞬間をシルビアは見逃さない。
 セレイナの甲板を蹴った巨体はデスリカの甲板へと一足飛びに飛び移り、その勢いを借り剛腕を白月目掛け振り下ろした。

 ガンっ!

「ぐっ‥‥!」
 砲弾をも砕く剛腕の一撃を、白月は交差させた腕でなんとか受け止めた。
『まだまだぁぁ!!』

 バンっ!

「喰らいなさいっ!!」
 サンライトハートの胸部ハッチを強制的に蹴り飛ばし、現れたシルビア。その手には銃が握られている。
 そして、シルビアはその銃口を白月に向け、躊躇う事無く引き金を引いた。

 パンっ――。

 辺りに響き渡る乾いた音。
「きゃぁ!!」
 誰もが至近距離から放たれた銃撃が白月を捉えたとおもった。
 しかし、吹き飛んだのはシルビアであった。
「‥‥シルビア!」
 吹き飛ばされた勢いで、船縁から落ち行くシルビアの手を、弦一郎が間一髪掴み取る。
「かはっ‥‥!」
 腹に喰らった一撃は、シルビアの肺に溜まっていた空気を強制的に排出する。
 シルビアはまるで水に溺れる様に、もがき苦しんだ。
「しっかりしろ、シルビア! くっ!」
 痛みに苦しむシルビアを甲板へ引き上げ、弦一郎が白月を睨みつける。
「あれは‥‥まさか人を辞めていたのですか‥‥!」
 そして、セレイナからデスリカへと飛び移った義視が、目の前で蠢く白月を見つめ苦々しく呟いた。
「どうだかな。俺にもよくわからん」
 そんな二人の呟きに答える白月。
 シルビアの銃撃により肌蹴たその体には、びっしりと黒い影が蠢いていたのだ。
「‥‥あれは、カビか!」
 呻くシルビアを引き上げた弦一郎は、その黒い影の正体を看破する。
「‥‥正解、なのだろうな。正直、俺もこれの正体はしらんが」
「まさか、アヤカシへとなり下がったのですか‥‥!」
「‥‥アヤカシではない。かといって、人間でもないがな」
 いつになく饒舌な白月は自分を睨みつける義視と弦一郎の言葉に、静かに答えていく。
「白月ぃ!!」
 その時、背後からふしぎの怒声が上がった。
「‥‥」
 声と共に現れたふしぎは、饒舌に言葉を口にする白月の背後へと一瞬にして迫り、渾身の力を込め拳を放った。

 ガシッ!

「うっ‥‥!」
 しかし、時間を越えたその一撃ですら、白月の急所には届かない。
 白月はふしぎの一撃を素手で難なく受け止めた。
「‥‥無駄だ」
「無駄じゃない!!」
 素手同士。互いに得手としない獲物で鎬を削る両者。
「‥‥8年前、きっと僕には想像もできない事が起こったんだよね」
 と、押しこむ力を緩める事無く、ふしぎは静かに語り始めた。
「人格さえも変えてしまう程、凄惨な事が起きたのかもしれない‥‥。それでも! 今やってる事はけして許される事じゃない!」
 今まで言えなかった想いを全てぶつける様に、ふしぎは白月に言葉をぶつけ続けた。
「‥‥説得のつもりか?」
「違うっ!! 僕はただ思い出して欲しいんだ‥‥あの頃の優しかった船長自身を‥‥!」
 だが、白月の心は揺るがない。
「‥‥何度も言う。無駄だ!」
「違うっ!!」
 白月の言葉を何度も否定するふしぎ。しかし、闇に支配された白月の心に、その言葉は届かない。
「‥‥何を言っても無駄だとわからないのか」
 ふしぎの必死の叫びに、白月はゆっくりと首を振り、空いた手にすっと力を込める。
「ふしぎ!」
 ふしぎが気付かない白月の変化。そんな変化に静観していた義視は、ふしぎの名を叫んだ。
「臨界閃光答申系祖――ふしぎ、離れろ!!」
 そして、取り出した符を白月目掛け投げつけた。
「百役の使途『白之王』!!」
 宙を一直線に白月へと向かう符は、中空で白く変じ像を成す。
 その姿は白狐。巨大な尾を持つ白き王はその顎を開き白月へ牙を向けた。
「‥‥小賢しい」
 気を逸らそうと、わざとらしく声を上げ術を放つ義視の攻撃に、白月はふしぎへ向けようとした反対の手を白き獣へ向け突き出す。
「なっ!」
 まるで蹴鞠の球でもつかむ様に、白狐の頭を鷲掴みにした白月に、義視は思わず驚愕の声を上げる。

 その時を狙っていた。

「‥‥俺を忘れてもらっては困る!」
 静かに呟いた弦一応。引き絞る弓の限界。そして、張り詰める弦の限界。
 あらん力を込め引き絞った矢は、真っ直ぐに二人の攻撃に両腕を取られた白月に向っていた。
「‥‥神鷹の矢『無月』!!」
 剛弓から放たれる神速の矢は、無防備になった白月の頭を目掛け、一直線に宙を奔る。

 ガっ!

 弦一郎の矢が、白月の眉間を捉えた。
 誰もがそう思った。

 しかし。

「‥‥惜しいな」
 呟く白月。弦一郎渾身の一矢はその頬に一条の傷を刻んだだけであった。
「爆ぜろ、白之王!!」
 しかし、三人の連携は止まらない。
 義視は、白月の左手に押さえつけられていた白狐を瘴気へと還す。
「む‥‥!」
 突然消えた感覚に、白月の体勢が崩れた。
「やぁぁぁぁ!!!」
 その隙をつき、ふしぎが背負った大剣を抜き放つと、白月目掛け突き立てた――。

●地下施設
「右に氷勢! 左に炎解!」
 生み出された氷塊と火球を、同時に亜螺架へ投げつけるジークリンデ。
「たぁああぁ!!」
 そして、ジークリンデの詠唱の隙を埋める様に、亜螺架へ槍を突き付ける壬弥。
『無駄な事を』
 そして、その尽くを弾き飛ばす亜螺架。

 幾度となく込める全力。対するは余裕の笑み。
 地下施設での戦いは、数的有利にもかかわらず一方的なものになっていた。

『――ふむ、そろそろか』
「やぁぁ!!」
 真剣勝負の最中にもかかわらず、上空のデスリカを見上げた亜螺架の隙に、壬弥が槍を一閃させる。

 ガキン!

「なにっ!?」
 しかし、亜螺架は壬弥の神速の突きを片手で掴み取った。
「炎渦召喚! エルファイア!!」
 亜螺架の注意が壬弥に注がれている。その隙をジークリンデは待っていた。
 生み出された小さな火種は、大穴の底に漂う炎の精霊の力を掻き集めながら、交錯する二人へ向け放たれた。
『味方ごと焼くつもりか?』
 しかし、巨大な炎球へと成長したジークリンデの攻撃を、亜螺架は腕の一払いで弾き飛ばす。
「くっ‥‥!」
『さて、始めようか――』
 その圧倒的な力に不敵な笑みを浮かべていたジークリンデの表情にも焦りの色が浮かんでいた。
「ぐあっ!」
 そして、亜螺架は掴み取った槍ごと、壬弥の身体を大きく弾き飛ばす。
『脇役はそろそろ死んでおけ』
 なんとか膝をつき立ち上がった二人に向け、亜螺架はゆっくりと、ゆっくりと歩み寄よる。
 口元に悪戯な笑みを浮かべながら――。

「そうはさせねぇ!!」

 そんな死戦場へ突然の声が上空から。
「あれは‥‥」
 壬弥は痛む身体を起こし、声の方角を見た。
「掴まれ!」
 再び響く声。
 それは大型のグライダーを駆る石恢であった。
「姉さん!」
「‥‥はい」
 突然の救援に、壬弥はジークリンデの手を取り上空のグライダー向け全力で飛びあがった。

『‥‥何とも拍子抜けだな』
 二人を乗せ高度を上げるグライダーを見上げる亜螺架は、つまらなさそうにそう呟いた。

●デスリカ
「‥‥これでいい」
「せ、船長!!」
 ふしぎが最後の力を込め繰り出した一撃が、白月の腹に深々と突き刺さっていた。
「これで最後の仕上げができる‥‥ぐふっ‥‥」
 巨剣が腹を割り、口からは大量の血が噴き出す。
「船長!! なんで、何で避けなかったのっ!!」
 渾身の力を込めた一撃とはいえ、ふしぎの攻撃は白月にしてみれば容易く避ける事の出来る直線的なものであった。
 しかし、白月はその一撃を避ける事無く、自らの腹へと受けたのだ。
「船長! 船長!!」
 自ら突き刺した大剣を引き抜こうと必死に力を込めるふしぎ。
 しかし、その剣は
「どうして‥‥どうしてこんなっ!!」
 悲痛な面持ちで白月に問いかける。
「‥‥最早、何も語るまい」
 しかし、答える白月はどこか満足したような表情を浮かべ。
「さぁ、亜螺架!! その成果見せてもらおうか!!」
 血に染まった手を、不気味な闇を湛える甲板の黒い半球に向け突き立てた。

 ピキ――。

 白月の絶叫に呼応するかのように、甲板のど真ん中に据えられた黒球にヒビが入る。

 ピキ――――。

「存分に喰らえ! これが最後の血だ!!」
 そう叫んだ白月は、ふしぎの大剣を腹から抜くと、吹き出る大量の血と共に黒球の中へと倒れ込んだ。

 硬質な音とは対照的に白月を喰らう黒球は、まるで水の様であった。
 ぬるりと粘つく液体が白月を飲みこんだ。

 ――ドクン。

 白月の姿が完全に黒球へ飲み込まれた時。黒球は心の臓が鼓動する様に脈打ち始める。

 パキン――。

 そして、幾度かの脈動ののち、黒球は唐竹に割った様に真っ二つに割れた。

「ま、まさか‥‥」
 それはまさに孵化であった。
 卵の殻が割れる様に、黒球に入ったヒビの間から現れたのは、巨大な指。
「一体なんなのよ‥‥!」
 炎の様な赤毛を纏った巨大な指。そして、腕、肩。
 落ちてきた雪の白と対照的な、紅蓮に輝く赤。

 漆黒を割り、殻の中から甲板へと這いずり出してきた、それは――。

『うおおぉぉぉぉぉ!!!』

 巨大な咆哮と共に、この世界へと誕生した。

「いけない!」
 甲板に響く咆哮に固まる一行の中、セレイナの甲板から嘉田が大声を上げた。
「高度が下がっています!  皆、脱出を!!」
 腹を穿たれたデスリカは、セレイナを道連れに高度を下げていたのだ。
「‥‥皆、退くぞ!」
 その声に弦一郎がいち早く反応すると、シルビアを抱えセレイナへと飛び移った。
「ふしぎ!!」
 デスリカの甲板上で、呆然と立ち尽くすふしぎに、義視は声をかけた。
「‥‥」
 しかし、義視の言葉にもふしぎは何の反応も示さず、ただ血に濡れた自身の手を見つめる。
「ふしぎ! しっかりしろ!」
 そんなふしぎに歩み寄った義視は、その頬を思いっきり張った。
「‥‥義視?」
「もう戦いは終わったんだ! いい加減目を覚ませ!」
 呆けるふしぎの手を取ると、その手を引き無理やりにセレイナへと挽きもどした。

 デスリカを脱した4人は嘉田の用意した脱出用のグライダーに乗り、上空へ退避する。
脱出した皆が見つめる中、闇より這いずり出したモノを抱えるデスリカは、セレイナを道連れにゆっくりと穴の底へと墜ちていった。