【黎明】雌伏の時
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/01/08 21:03



■オープニング本文

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●甲板
 その日はよく晴れていた。
 見渡す限り雲一つない蒼穹の空。
 日差しとは裏腹に、容赦なく吹き付ける寒風でさえ、この景色の一端を担っているかのようであった。
「‥‥」
「日向ぼっことはいいご身分だな」
 そんな初冬の景色をぼんやりと眺める黎明に、石恢が声をかけた。
「石恢か」
 後ろから掛けられる馴染みの声に、黎明は振り返る事無く答える。
「石恢か、じゃねぇよ。フラフラと出歩きやがって‥‥傷はもういいのか?」
「ああ、心配掛けたな」
 憎まれ口の中に滲む小さな優しさに、黎明は静かに礼を述べた。
「‥‥なぁ、黎明」
 石恢は、そんな黎明に肩を並べる。そして。
「‥‥レダが捕まった」
 一呼吸置き、そう告げた。
「‥‥そうか。やっぱり行ったのか」
「知ってたのかよ」
「いや、知らなかった。――ただ予感はあった」
 肩を並べ、共に冬の蒼穹を眺める二人は、静かに言葉を交わす。
「行くんだろ?」
「‥‥」
 石恢の問いかけ。しかし、黎明はじっと空を見つめ沈黙した。

●船室
「ようやく来ましたか」
 セレイナに届けられた一通の文。
 それに目を通しながら、嘉田が呟いた。
「これで大義名分もたちます‥‥か」
 綴られている事務的な書面にも、嘉田は表情を変える事は無い。
 それは、嘉田自身が必要になるであろうと踏み、以前より申請していた、白月討伐のご免状であった。
「‥‥援軍は、望めないですか」
 文を読み進める嘉田は、ある一文に記された文字に目を止めた。
 それは、遠回しな拒絶。
「空賊風情にまで体裁が気になりますか」
 その呟きは普段と変わらない。
 しかし、余程近しい者であればわかったであろう。その言葉に込められた憤慨が。
「このような文言を考える為に、返事が遅れたのであれば――と、愚痴を言っても仕方ありませんか」
 文はまだ続いていた。
 しかし、嘉田は静かに文を閉じる。
「‥‥望みは彼らだけの様ですね」
 そして、薄暗い制御室の天井を見上げたのだった。

●デスリカ
 薄暗く重い空気が支配する空間。
 そこは見る物によっては、こう呼ぶかもしれない。

『地獄』と――。

『ふむ、腹が減ったな』
 甲板に佇むフードの女が、ふと呟いた。
「下に降りて殺してくればいいだろう」
 答える男の声。
 それは女の事などまるで無関心かのように、淡々と紡がれた。
『降りるのが面倒だ。殺すのも面倒だ。お前が狩ってきてくれ』
 しかし、女はまるで駄々をこねる様に男に向かい、ねだる様な視線を向ける。
「ならば、飢えて死ね」
 だが、男の答えはまるで無関心な物。すっぱりと女の願いを斬り捨てた。
『つまらん。まったく、お前はつまらん男だな』
 と、女は今まで決してとる事の無かったフードを取り去る。

 漆黒の黒髪。絹の様な白い肌。やや切れ長の黒い瞳。薄い唇。
 まるで絵にでも描いた様な艶やかな美人が、そこにいた。

「何の真似だ」
『食事に邪魔だからな』
 そんな絶世の美人に対しても、怪訝な表情を向ける男に、女は悪戯っぽくそう告げる。
『さて、頂こうか』
 と、女は男に向けすっと手を差し出した。
「‥‥お前の餌などここには無い」
 しかし、男は女のねだりを突っぱねる。
『ない? 無い事はあるまい。先日仕入れた女があるだろう』
 振り払われた手を大げさに振るい、女が再び男を見上げる。
『船倉にでも閉じ込めているのだろ? どれ、一つ頂いてくるか』
 そして、女は船倉へと続く扉へ向かう為、男の脇をすり抜ける様に歩を進めた。
「‥‥」
『何のつもりだ?』
 しかし、その歩みは男の手により止められる。
 男は、女の側頭部に短銃の銃口を押しあてたのだ。
「亜螺架、あいつに手を出したら――殺す」
『おぉ、なかなかの殺気と憎悪だ。お前の負の感情は、実に美味いな』
 銃口を突き付けられてなお、女は舌をぺろりと覗かせる。
「‥‥」
 そんな女の歓喜に、男は引き金に添えられた指に力を込めた。
『冗談だ。あれは大事な人質なんだろう?』
 呆れる様に両手を天へ向け、再び男を覗きこんだ女がそう問いかける。
「‥‥」
 しかし、男は答えない。代わりに突き付けた銃口をすっと下ろした。
『それにしても、奴等はまだ来んのか』
 下ろされた銃口に、女は一度口元を吊り上げると、再び船縁から空を見やり呟く。
『折角、次の実験準備ができたというのにな』
 空の向う。捺来の街の外に再び戻ってきた、白銀の船体を眺め――。


■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
黎乃壬弥(ia3249
38歳・男・志
各務原 義視(ia4917
19歳・男・陰
神鷹 弦一郎(ia5349
24歳・男・弓
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
シルビア・ランツォーネ(ib4445
17歳・女・騎


■リプレイ本文

●セレイナ
 晴れぬ雲。低い空。
 今にも雪が降り出しそうな空の元、セレイナは小さな街に寄港していた。
「とりあえず、これを見てくれるか」
 傷ついた身体を湖に浮かべ、静かに雌伏の時を過ごすセレイナの一室。
 黎乃壬弥(ia3249)が卓を囲むセレイナのクルーに向け、一枚ずつ書類を差し出した。
「受け取りましょう」
 書類を受け取るのは、嘉田。受け取った書類を、各人へ配ってゆく。
「――行き渡りましたか」
 皆の手へ書類が行き渡った事を確認し、各務原 義視(ia4917)が声を上げた。
「では、説明させていただきます」
 そして、書類に目を落した一同へ向け、作戦の説明を始めた。

●甲板
「余裕面で高みの見物‥‥気に入らないわね」
 修理中で動けぬセレイナの甲板で、シルビア・ランツォーネ(ib4445)が遠方を望み一人呟いた。
「と、今はそんな事言ってる場合じゃないわね。こっちを仕上げないと」
 シルビアは甲板に視線を戻す。そこには愛騎『サンライトハート』が力無く横たわる。
「‥‥初陣であの様。こんな事、家には報告できないわね」
 先の戦いで傷付いた相棒にそっと手を当てるシルビア。
「調整不足、いえ、私の力が足りなかったのよね」
 物言わぬ相棒に語りかける様に呟くシルビアは、相棒のハッチに手をかけた。
「今度は完璧に仕上げてあげる。だから、見返してやりなさい、必ずね」
 そして、来るべき決戦手と向け、相棒に最終調整を施して行く。
「整備ですか。船室での作戦会議にはお出にならないので?」
 と、そんなシルビアの背後からジークリンデ(ib0258)が声をかけた。
「する事があるから。あんたこそ出ないの?」
 そんな声に振り返ったシルビアは、声の主に逆に問いかける。
「私も準備がありますから」
 シルビアの問いかけにジークリンデはにこやかに答え、懐から数枚の符を取り出した。
「それは?」
「精霊符ですわ」
「‥‥そんなの見ればわかるわよ。それをどうするのって聞いてるの」
 話すたびにフルフルと揺れるジークリンデの胸の前に差し出された符に、シルビアはどこか怒りの含んだ声で問いかける。
「はい、この船に貼り付けます」
「この船に‥‥?」
「ええ、瘴気耐性の為に。前回の戦いでデスリカに迫った神鷹さんが仰っていましたから。『瘴気の濃さが半端ではない』と」
「‥‥そうね。今や街全体瘴気の海だものね」
「はい」
 共に思い浮かべるのは、昨年末の死闘の末、街を覆った瘴気の海の姿であった。
「それにしても船全体に貼るなんて、大事よ?」
「その点はぬかりなく。彼も手伝ってくれていますので」
 と、問いかけるシルビアにジークリンデは甲板から遥か地上を指差す。
 そこには、黙々と船体へ符を張りつける神鷹 弦一郎(ia5349)の姿があった。
「なるほどね。ま、あたしも自分の事が終わったら手伝ってあげるわ」
 ジークリンデの視線を追っていたシルビアは、サンライトハートを見つめる。
「はい、ありがとうございます」
 今度はシルビアの視線を追うジークリンデ。
 静かに時を待つシルビアの友を頼もしく見つめ呟いた。

 一方、地上では。
「‥‥何としてでも、俺達をあの船に」
 と、二人の話声を地上から静かに聞いていた弦一郎が、小さく呟いた。

●船長室

 ダンっ!

「黎明!」
 大きな音を立て開かれた扉から天河 ふしぎ(ia1037)が室内へ身を躍らせた。
「‥‥もう少しお淑やかにしないと、嫁の貰い手がないよ?」
 そんなふしぎを、黎明は椅子に深く腰掛け笑顔で迎える。
「はっ! そ、そうだよね‥‥お嫁さんに貰ってもらえないと――って僕は男だぁぁっ!?」
 思わず黎明のノリに付き合いそうになったふしぎは、なんとか思いとどまり猛反論を見せた。
「うーん、それは残念だ」
「そんな事より、これっ!」
 ちっとも残念そうではない黎明に、ふしぎが詰め寄りどんと机に一枚の紙を突き付けた。
「‥‥見たのか」
 表情を一変させ机に置かれた紙に目をやった黎明が呟く。
「嘉田が見せてくれたんだ‥‥これ、本当なの‥‥?」
 そんな黎明に、ふしぎはどこか恐る恐る問いかけた。
「‥‥本当だ。これだけの事やらかしたんだ。朝廷さんも重い腰をやっと上げたんだろ」
「そ、そんな‥‥」
 セレイナの長に告げられた言葉は、一枚の紙などよりも余程重い。
 ふしぎは張っていた肩の力をがくんと抜いた。
「やめとくか?」
「っ!」
 そんなふしぎにかけられた黎明の言葉。
 そこ言葉にふしぎは驚いた様に黎明を見つめた。
「奴との思い出があったんだろ。辛いなら、今降りろ」
 抑揚のない声で紡がれる事務的な言葉。
「‥‥やめないよ」
 その言葉に、ふしぎは囁くように小さく言葉を発する。
「やめない! 僕は白月に会って真実を聞くまで絶対にやめない!」
「‥‥そうか」
 思いの丈をぶつけてくるふしぎに、黎明は短くそう呟いた。

●船室
「――今のお話の様に、主力は我々が担います」
 卓を囲む作戦会議。
 書き記された作戦内容に沿い、義視が順を追って説明していた。
「それはいいとしてよ。この改造案。どういう事だ?」
 こういう会議の場は最も苦手であろう石恢は、丁寧に説明する義視の言葉よりも、先に書かれた改造案が気になるのであろう。
「書いてる通りだ。俺達だけじゃ、あの船まで辿りつけねぇ」
 そんな石恢に、義視のサポートに回っていた壬弥が声を上げた。
「俺達は運び屋になったつもりはねぇぞ」
「なら、戦闘するか? あの得体のしれねぇ船とよ」
「当たり前だ! この2ヶ月、俺達はその為に来てるんだからよ!」
「この船でか? 明らかに装備が劣ってると気付かないのか?」
「装備がなんだ! そんな差、俺の操舵で埋めてやらぁ!」
 的確に現状を説く壬弥。しかし、石恢はこの案が気に入らないのか、全てを否定する。
「二人とも、落ち着いてください」
 議論が口論へと発展しかけた場を、義視が制した。
「この場で言い争いをしても何も生みません」
「石恢、座りなさい。判断するのは全て聞いてからでもいいでしょう」
 壬弥を制する義視。そして、石恢を睨みつける嘉田。
「‥‥けっ!」
 嘉田の言葉に石恢は舌打をし、不承不承席に着く。
「‥‥では、少し飛びますが改良案へ進みます。――黎乃さんお願いします」
 と、再び落ち着きを取り戻した場を確認し、義視は壬弥に話を振った。
「おう」
 義視に代わり立ち上がる壬弥。
「作戦は単純明快。この船で突っ込んで俺達が奴らを倒す」
 そして、作戦の根幹を端的に言葉にした。
「この上なくシンプルな作戦ですね」
 そんな壬弥に嘉田は淡々と言葉を向ける。
「言っただろ、単純明快ってな。聞いた話じゃ、大した増援も見込めないんだろ?」
「‥‥ええ、その通りです」
 壬弥の問いかけに答えたのは嘉田。いつもの冷静な口調に少量の怒りを滲ませて。
「なら話ははえぇな。最大船速での一点突破。これしかねぇ」
「そんなことすりゃ、相手の攻撃の格好の的じゃねぇか!」
 しかし、壬弥の提案を石恢が再び遮る。
「‥‥それによ。副長の嬢ちゃんを助けにゃならんだろ」
 そんな石恢の言葉を受けながらも、壬弥は真摯にそう告げた。
「うっ‥‥」
 この言葉には流石の石恢も黙り込む。
「ちまちま砲撃し合って、もし嬢ちゃんが囚われてる場所にでも、弾ぶち込んだら洒落にならねぇ」
 再び静寂が包む船室に、壬弥の力強い声だけが響く。
「だからよ。俺達が乗りこむ」
 最後に見せた決意の視線。
 この言葉に反論するものはこの場にはいなかった。
「その為の改造案がこれだ――」
 と、一度皆を一望し壬弥が机に置かれた提案書を指差した。

 壬弥の説明が終わり、セレイナの改造案が決定された。
「決まったようだな」
 と、そんな船室へまるで頃合いを図っていたかのように黎明が姿を見せた。
「随分と遅い出勤ですね」
「重役出勤、って言うんだっけ?」
 義視の冷やかしにも、黎明は飄々と答える。
「纏まりました。早速準備に取り掛かります」
「ああ、頼むよ」
 席を立ちあがった嘉田の言葉に、黎明は一つ頷く。
「お前達も頼むな」
 そして、義視と壬弥に向け、頭を下げた。

 会議の結果、セレイナは速度重視の突撃特化兵装への換装が決まった。

●洞窟
「皆、がんばってくれたみたいだね」
 すっかり瓦礫の取り除かれた洞窟を進むふしぎ。
『うむ、綺麗さっぱり排除済みの様じゃ』
 そんなふしぎの前を行く 鼠に変じた相棒『天河 ひみつ』が感心したように呟いた。
「気をつけてね。敵の本拠地に近付いているんだから」
『妾に任せておくのじゃ。蟻の子一匹見逃さないのじゃ!』
 ふしぎの気使いにひみつは嬉しそうに答え、暗い洞窟を進む。
『もうすぐ瘴気の壁ですよー』
 と、そんなふしぎ達に『葛 小梅』が声をかけた。
「ほんとに大丈夫なんでしょうね?」
 同じく洞窟の探索を申し出たシルビアが、小梅に問いかける。
『結界はもうないですからねー。大丈夫だと思いますよ、たぶん』
「たぶんって、あんたね‥‥」
「結界は黎明が壊してくれたから、大丈夫だよ」
 小梅の返答に呆れるシルビアの肩を、ふしぎがポンと叩く。
「出来る限り相手の情報を手に入れないと」
「わかってるわよ、そんな事。それにしても狭い洞窟ね」
 と、シルビアは手に持った松明を天井にかざす。
 洞窟はとてもではないがアーマーの巨体が通れる広さは無い。
「もう少し広かったら、サンライトハートを連れて来たのに‥‥」
 他の三人に届かない程小さな声で呟くシルビア。

 長く続く洞窟を四人は慎重に進んでいった。

●街
 セレイナがその身を横たえる街の一角にある、精霊を奉る神社の境内。
「――確かに」
 ジークリンデは神社の巫女へ向け、ジルベリア式の礼を述べた。
「お役にたてれば幸いです」
 ジークリンデの礼に答える巫女から手渡された物。それは大量の符であった。
「これだけあれば、なんとかなりそうですわ」
 風呂敷に包まれた大量の符を見つめ、ジークリンデが呟く。
「あまり過信はしないでくださいね。瘴気を防げると言っても、限度がありますから」
「はい、それは肝に銘じておきますわ」
 心配そうに見つめる巫女に、静かに笑みを向けるジークリンデは、巫女を安心させるようにそう告げ、境内を後にした。

●甲板
「全部捨てちまえ!」
 甲板でどこか自棄になった様に大声を張り上げる石恢。
「‥‥捨てるんじゃない。置いていくだけだ」
 そんな石恢に、弦一郎が船室から椅子を運び出しながら声をかけた。
「んなこと、言われなくてもわかってらぁ!」
 そんな弦一郎の言葉にも、石恢は不機嫌な表情を浮かべ怒声で答える。
「‥‥わかっていればいい」
「神鷹さん、作業の方はどうですか?」
 と、弦一郎の背後から義視が声をかけた。
「‥‥順調に進んでいる。後半日もあれば終わるだろう」
 と、弦一郎は文句を垂れ流しながらも黙々と作業を進める石恢を指差した。
「大変な役目を押し付けてしまったみたいですね」
 そんな石恢の姿に、義視は苦笑交じりに弦一郎へ向け礼を述べる。
「‥‥気にするな。この手の作業は苦手だ。俺に出来る事があれば何でも手伝う」
「そう言っていただけると助かります」
「‥‥で」
「はい?」
「‥‥本当にあれも外すのか?」
 と、問いかけた弦一郎が指差した物。それはセレイナの主力兵器『大筒』であった。
「はい、遠慮なく外してください。出来る限り軽くしなくては本作戦は遂行できません」
「‥‥だが」
「この戦いは、砲撃で相手の船を沈めるものではありません」
「‥‥わかった。作業を進めよう」
「お願いします」
 短く答えた弦一郎は再び、セレイナ軽量化の作業へと戻った。

●セレイナ
「ふぅ‥‥こんなもんか」
 地上からセレイナの船首を見上げ、壬弥が額の汗を拭う。
「こんだけでかけりゃ、どんな船だろうと一撃だろう」
「突き刺されば。の話ですけどね」
 己の仕事を満足気に見上げていた壬弥の後ろから、嘉田が声をかけた。
「突き刺すのは俺達の仕事じゃねぇからな」
「他人事ですか。まったく‥‥」
 しかし、壬弥は振り返ることなく嘉田の言葉に答える。
「王朝公認の空賊さんなんだろ? それ位の腕はあると信用してるんだがな」
「‥‥焚きつけてるつもりですか?」
「さぁて、どうかな?」
「食えない人間は黎明一人で十分です」
「おっと、先客がいたとはな。こりゃ残念だ」
「残念がってるようには聞こえませんが」
 はははと軽く笑い飛ばす壬弥に、嘉田は呆れる様に声をかけた。
「‥‥とにかく頼むぜ。俺達の仕事につなげる為によ」
「‥‥わかっています。崑崙の実力、お見せしましょう」
 急に声色を真剣な者に変えた壬弥に、嘉田もまた真摯に答える。
「それを聞いて安心した。んじゃ、後はよろしく」
 と、嘉田の答えに満足したのか壬弥は軽く手を上げ、嘉田に合図を送った。
 そして、二人はそれぞれ、その場を後にする。ただの一度も視線を合わすことなく――。

●大空洞
 長く暗い一本道を抜け、ついにそれは姿を現した。
「なによ‥‥これ」
 それは街一つ分の大穴。
「これは‥‥」
 自然の洞窟などそこにはない。
 明らかに人工的に作られた大穴の威容に、ふしぎとシルビアはただ見つめるしかなかった。
「50m。いえ、それ以上あるかしら‥‥さすがに飛び降りたらタダでは済まなそうね」
「だね‥‥どうにかして降りる手段があるといいんだけど‥‥」
 洞窟はまるで切り取られたかのように終焉を迎えている。
 その先に広がる大穴へ降りる為には、それこそ空を飛ぶでもしなければ無理であろう。
「あれは何だろう?」
 と、穴の奥底に視線を移したふしぎが呟いた。
「‥‥光ってるように見えるわね」
 そんな呟きにシルビアも穴の底に目を落す。
 そこには、いくつもの光が瞬いていた。
「あれが、アヤカシの製造装置だったりしないかな?」
「その可能性はあるわね」
 二人が見つめる先には、いくつもの容器らしい物。
 それが淡く光り輝いていたのだ。
「ひみつ、鳥になって行ける?」
『うむ、任せておくのじゃ!』
 辺りを見渡しても目ぼしい物は何もない。ふしぎはひみつへと声をかけた。
「待って」
 しかし、そんな二人をシルビアが止める。
「ここは敵の本拠地よ? あんたは相棒を失いたいの?」
「う‥‥」
 シルビアの言葉に、ふしぎは言葉を詰まらせる。
 敵の本拠地への単独潜入。その危険性を理解したからだ。
『懸命な判断だと思いますよー。とりあえず報告に戻った方がいいかとー』
 そんなシルビアの言葉を小梅も後押しする。
「待って」
 しかし、小梅の提案までもシルビアは止めた。
「な、何か名案でもあるの?」
 やけに自信ありげに皆を制するシルビアに、ふしぎは問いかける。
「少しね」
 と、シルビアは懐から、やや大きめの袋を取り出した。
「そ、それは‥‥?」
「壬弥のおっさんが渡してくれたの。『もし洞窟調査の時、何かあったら開けてみろ』って、やたらに合わない笑顔でね」
「す、すごい! 一体何なんだろう‥‥!」
 無い胸を張り自信気に語るシルビアに、ふしぎもドキドキが抑えられない。
「開けるわよ」
「う、うん‥‥」
 一行の視線はシルビアの手元に注がれた。

 そして、ついに秘密の袋が開かれた――。

●夜
 雲一つない夜空に、真円を描く満月。
「では参ります」
 煌々と降り注ぐ月光に元、甲板に立つジークリンデが静かに呟いた。
「――満天より降り注ぐ金の雨」
 まるで歌を詠み上げるジークリンデは、自身も月の光を受け取る様に、大きく両手を広げた。
「――荘厳なる雫は、我が渇きを癒す」
 そして、広げた両手を静かに胸の前で交差させると。
「――」
ジークリンデが聞いた事も無い言語を口にした。

その瞬間、 船体に隙間なく貼られた精霊符が、ジークリンデの言葉に呼応するかのように一瞬光を帯びた。

「‥‥終わりました」
 静かに見つめる一行に向け、ジークリンデはにこりと微笑む。
「これでいいのか?」
 そんなジークリンデに、壬弥が問いかける。
 光は一瞬。今はセレイナに見た目の変化はない。
「完璧ではありませんが、多少なりとも効果はある筈です」
「ありがとうございます。これで防御面での目処も立ちました」
「過信はしないでください。あくまで一時しのぎですから」
「わかっています。だけど、その一瞬が勝敗を決する」
「‥‥ですわね」
 義視の力強い言葉に、ジークリンデはすっと目を閉じ静かに微笑む。
「疲れたでしょう。今日は休んでください」
「ありがとうございます。そうさせてもらいますわ」
 そして、ジークリンデは静かに船を降りた。

「‥‥御苦労だったな」
 船を降りたジークリンデに、弦一郎が声をかけた。
「うまく効果を発揮してくれればいいのですが」
 弦一郎の労いの言葉にも、ジークリンデはどこか素直に受け取れないでいた。
「‥‥まだ何か足りないのか?」
「ええ、本来であれば街の周辺に仕掛けを施したかったのですが‥‥」
「‥‥今近づくのは自殺行為だろう」
「はい、ですからそちらは断念しました」
 ジークリンデは提出した案はもう一つあった。
 しかし、そのあまりに危険な案は、セレイナのクルーの反対により断念を余儀なくされていた。
「‥‥俺達は俺達の戦いの備えよう。船の事はあいつらがやるだろう」
 と、弦一郎は甲板を見上げる。
「そうですわね。共に闘う仲間を信頼せねば、勝てる戦いも勝てませんからね」
 つられる様に甲板を見上げたジークリンデが、弦一郎の言葉に静かに答えたのだった。

●洞窟
「‥‥」
 袋を広げたシルビアは、無言で肩を振るわせる。
「シ、シルビア‥‥?」
 小さな震えは次第に大きくなる。
 そんなシルビアに、ふしぎが恐る恐る声をかけた。
「あんのどスケベ親父! 帰ったらただじゃおかないからねっ!!」
 突如奇声を上げ振り向いたシルビア。
「シ、シルビア? どうしたの、一体何が――」
「うるさいっ!!」
「うぐほっ!?」
 心配して声をかけたふしぎをシルビアは一蹴。
 目にも止まらぬ喧嘩蹴りがふしぎの鳩尾に突き刺さった。
「何よこれっ! これが秘密兵器だって言いたいのっ!!」
 袋の中身を握りしめ、怒髪天を突く勢いのシルビアさん。
「40前のおっさんが、年頃の乙女に託すもんじゃないでしょうがぁっ!!」
 敵の本拠地が目の前だという事も忘れ、怒りを辺りにぶちまける。

『あれはなんじゃ?』
『えっと、私の記憶が確かならば、『ローライズ』と言われる人間用の装備ですねー』
『ふむ、ふしぎが着ていたあれか』
『へー、ふしぎさんにそんな趣味が。興味深いですねー』
 怒れるシルビアと、地に伏すふしぎを交互に見つめる人妖‘s。

 そんな外野の呟きに、シルビアの耳がピクリと動いた。
「天河が着てた‥‥? そ、そう言えば初めて会った時‥‥」
 と、シルビアは心落ち着かせ冷静に過去の記憶を辿る。

 蘇る記憶。そこには確かにこの装備を身に付けた(恥ずかしい姿の)ふしぎがあった。

「ま、まさか‥‥本当に秘密兵器なの‥‥?」
 握りつぶしていた魅惑の装備へ視線を落すシルビアが、わなわなと手を振るわせ呟く。

「なんで僕が‥‥」
 一方、しくしくと涙を流すふしぎの頭を、人妖二人が優しく撫でたのだった。

●セレイナ
「ぶえっくしょぉいっ!!」
 轟雷の如き、豪快なくしゃみ。
「‥‥くしゃみをするなら、口を塞いでくれ‥‥」
 頬を引きつらせる弦一郎は、盛大に飛び散った唾を拭いた。
「ういぃ、わりぃな」
 と、謝罪の言葉もそこそこに、壬弥はむずむずする鼻を啜る。
「‥‥誰か噂してやがるな。ったく、もてる男はつらいねぇ」
「‥‥いい噂ではないと思うが、な‥‥」
 噂の主に思いを馳せ、豪快に笑う壬弥に、弦一郎は呆れる様に小さく呟いたのだった。

 そんなこんな色々あり、セレイナは最終決戦に向けての最後の換装を完了させる。
 ほとんどの武装を捨て、最軽量化を図ったセレイナは、まさに『矢』となる。

 時は迫っていた。8年前から続く因縁に終止符が打たれる、その時が――。