【黎明】天地の脅威
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: シリーズ
EX :危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/12/13 20:02



■オープニング本文

前回のリプレイを見る


●セレイナ
「黎明!!」
 扉が壊れるかと思うほどの轟音を部屋に響かせ、石恢が船長室へと現れた。
「静かにして」
 そんな石恢を、レダがキッと睨みつける。
「す、すまねぇ。それより黎明は‥‥!」
「静かにしてください」
「す、すまねぇ‥‥」
 しかし、恐縮した声であっても、石恢の声は人一倍大きい。
 再び嘉田に制され、しゅんと縮まり込む石恢。
「大丈夫。生きてるわ」
 と、レダが椅子から立ち上がると、そこから黎明の顔が見えた。
「随分と酷くやられたもんだな‥‥」
「一人で無茶しましたからね。当然の報いです」
「嘉田、お前なっ!」
 平然とそう告げる嘉田に向け、石恢は思わず飛びかかろうとした。その時。
「‥‥やめろ」
 ベッドの上からか細い声が部屋に響いた。
「黎明」
 ベッドに横たわる長の元へ駆け寄ったレダは、すっと膝を折り黎明の顔に自身の顔を近づける。
「‥‥なんて顔してるんだ、レダ」
 ほとんど口を動かすことなく紡がれる小さな言葉。
「‥‥変なの。その口調似合わないわよ」
「‥‥それは悪かったね」
 静かに交わされる二人の会話を、部屋に詰めかけたクルー達は静かに聞いていた。
「レダ‥‥白月はどうなった‥‥」
「‥‥白月は死んだわ。あなたも知ってるでしょ」
 問いかける黎明に、レダは少し表情を曇らせ、そう答える。
「‥‥そうか。そうだな。なら、あいつを倒してもかまわないよね」
 と、身動きとれぬ黎明の身体が唯一動く口が、そう紡いだ。
「‥‥ええ、もちろんよ」
 そんな黎明の言葉に、レダは感情を消し答える。
「嘉田、石恢」
 瞳だけを動かし、黎明は心許す二人の名を呼んだ。
「なんだ!」
 その呼びかけに答えたのは石恢。
 立ち上がったレダに代わり、黎明のベッド脇に膝を折る。
「‥‥必ず、あの裏切り者を倒してくれ」
「あ、ああ! 任せておけ!!」
 傷つき床に伏す船長の嘆願。石恢はその大きな声で力強く答えた。
「‥‥少し眠る。あとは任せ――」
 その声に安心したのか、黎明はすっと瞳を閉じると、深い眠りへと落ちた。

「‥‥」
「行くのですか?」
 一人部屋を出ようと出口へ向かうレダに向け、嘉田が声をかけた。
「‥‥」
「彼らを待ってはどうですか。貴女一人では死にに行くようなものです」
「‥‥」
 嘉田なりの気遣いの言葉。しかし、レダは答えることなく部屋を後にした。

●捺来郊外
「動き出したぞ!!」
 洞窟のある丘の上で見張りをしていた斥候の一人が、洞窟へ向け大声で叫んだ。
「マジかよっ!」
 入口付近の瓦礫の除去を行っていたもう一人の斥候が慌てて地上へと舞い戻る。
「デスリカか!」
「いや、アヤカシの方だ‥‥。デスリカは黒柱の中に潜ったままみたいだが‥‥」
 洞窟から戻った仲間と共に、捺来を見つめる二人の斥候。
 丘の上から見える捺来の街には、巨大な亀の姿。そして、何よりも不気味に天を貫く黒い柱がそびえていた。
「この洞窟が使えれば、街まで気付かれずに行けるかもしれないが‥‥」
 と、斥候の一人が丘の麓に口を開ける洞窟の入口に視線を落す。
「あの瓦礫を取り除かねぇとな‥‥」
「それよりあのアヤカシだろう。どうすんだよあんなでかいの‥‥」
 二人の斥候は眼下に見える捺来の街を見下ろした。

●セレイナ
「あれは‥‥!」
 望遠鏡で捺来の街を偵察していた船員が声を上げた。
「回穴で見た‥‥アヤカシ!」
 前方、捺来の街を貫く黒柱から、生まれ出る様に現れた紫の球体。
 船員は望遠鏡をしまい込むと、一目散に甲板を船長室へ向け駆けだした。

 遠く眼下には巨大な亀。そして、前方街の上空には濃い紫色をした不気味な水球。

「次から次へと‥‥一体どういうつもりだよ、白月船長‥‥!!」
 誰もいない甲板を一人駆け抜ける船員は、捺来の街にそびえ立つ黒柱を横目に見つめ、ぼそりと呟いたのだった。


■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
黎乃壬弥(ia3249
38歳・男・志
各務原 義視(ia4917
19歳・男・陰
神鷹 弦一郎(ia5349
24歳・男・弓
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
シルビア・ランツォーネ(ib4445
17歳・女・騎


■リプレイ本文

●セレイナ
 初冬の蒼天が冷たい空気をもたらせる。
 穏やかな朝の日差しが世界を輝かせる。そんな何気ない日常の光景がここにも広がっていた。そう、この街を除いて――。
「まったく、次から次へと‥‥」
 甲板から、じっと捺来の街を眺めるシルビア・ランツォーネ(ib4445)。
「あのバカ二人には後でたっぷりと説教してやるとして――」
 と、シルビアは瞳を閉じると一度深い溜息をつき。
「今はアレをどうにかしないとね」
 キッと捺来の街に蠢く二体のアヤカシを睨みつけた。
「さてと――」
 しばらく捺来を睨みつけたシルビアは、フッと表情を緩め甲板へと視線を移す。
「もう少し待っててね。貴方にはとっておきのデビューをプレゼントしてあげるから」
 と、甲板の隅に置かれた巨大な木箱にそう囁きかけたのだった。

●船室
「皆様、お初にお目にかかります。本日よりお手伝いさせていただきますジークリンデと申します」
 船室に集った一行に向けジークリンデ(ib0258)が上品に頭を下げる。
「‥‥よろしく頼む」
 にこりと微笑むジークリンデに、どこか目のやり場に困った様に答えたのは神鷹 弦一郎(ia5349)であった。
「どうした、顔が赤いぞ?」
 そんな弦一郎の仕草に、黎乃壬弥(ia3249)は冷やかす様に問いかける。
「‥‥そんな事はない」
「そうか、俺の気のせいか。ははっ」
 プイっと視線を逸らせる弦一郎に、壬弥は豪快な笑みを浮かべた。
「みんな、お待たせ!」
 そんな時、部屋の扉を開き天河 ふしぎ(ia1037)が現れる。
「お、来たか」
 両手にいっぱいの書を抱えたふしぎを壬弥が迎えた。
「ごめん、遅くなって! ちょっと纏めるのに手間取っちゃって」
「‥‥うまく纏ったのか?」
「うん! これが亀の方。――で、こっちが大玉の方」
 弦一郎の言葉に、腕に抱えたいくつもの書を二つに分けるふしぎ。
「ふむ‥‥ギルドの報告書か」
「うん、写しを貰ってきたんだ。後、注釈を加えてるから見てみて」
 パラパラと書をめくる壬弥に、ふしぎが追記した部分を差し示す。
「私も拝見してよろしいでしょうか?」
 と、書を囲む三人の元へジークリンデが顔を覗かせた。
「え、あ、うん! どうぞ!」
「ありがとうございます」
 そんなジークリンデにふしぎは、大玉の書を差し出す。

 しばしの黙考。4人は手にした書を、じっくりと読みふける。
 捺来に現れた二つの脅威を思い浮かべながら。

●制御室
 セレイナの心臓部ともいえる宝珠制御室。
 そこで三人の男達が顔を突き合わせ話こんでいた。
「んで?」
「ですから、我々が一方のアヤカシに当たります。その間、もう一方へ牽制をかけていただきたいのです」
 各務原 義視(ia4917)の言葉に、怪訝そうな表情を向ける石恢に義視は淡々と状況を説明し、対策を進言する。
「お話はわかりました。しかし、指揮官不在のこの船を我々が勝手に動かす事は出来ません」
 部屋にあるもう一人に人物、制御担当の嘉田が義視に向け、いつもの抑揚のない声で答えた。
「だからこそ、残った者が動かねばならないのです」
 じっと見つめる嘉田の視線を見返し、義視が続ける。
「昨日今日来た奴が、偉そうなこと言ってんじゃねぇよ!」
 しかし、義視の言葉も石恢には届かない。
 石恢は唾を撒き散らし激しい剣幕で、義視の言葉を否定する。
「この状況下において、まだそのような事を‥‥。貴方達はそれでもセレイナのクルーですか」
「なに‥‥?」
 少し声を強め語る義視に、石恢があからさまに怪訝な表情を向ける。
「床に伏す船長殿の指令を待たねば何もできない。――腑抜だと言っているんです」
「なんだと!?」
「待ちなさい、石恢」
 義視の言葉に怒りを露わにする石恢を、嘉田が片手で制した。
「続けてください」
「‥‥この状況下において無為無策となれば、船長殿も失望されるでしょう」
 嘉田の言葉を受け、義視が話を続ける。
「今、ここで貴方達が奮い立たねばこの船は負けます」
「勝手に決め付けんじゃ――」
「石恢」
 最早怒り心頭な石恢を嘉田が再び諌めた。
「私も出来うる限りの策を進言します」
「‥‥少し時間をもらえますか」
「はい。では、私はこれで。貴方達の奮起、期待していますよ」
 と、淡々と語り終えた義視は、そのまま制御室を後にした。

「‥‥はぁ」
 廊下を進む義視が深い溜息をついた。
『先生、お疲れさまでしたー』
 そんな義視を迎えたのは人妖『葛 小梅』。
「どっと疲れた気がするよ」
『慣れない事するからですよー』
 力無く肩を落とす義視に、小梅はくすくすと笑いかける。
「後でちゃんと詫びないとね」
『全部終わってからですけどねー』
「そうだね。今はこの状況をどうにかしないと。実験とか言って多くの人が死んでるかもしれないんだから」
 と、ひょこひょこと隣を歩く小梅に、義視はくこんと一度頷いた。
『それまでは嫌われ役ですかー。先生も難儀な星の元に生まれたモノですねー』
「はは。一人くらいこういう焚きつけ役がいないとね」
 廊下を行く二人は、互いに顔を合わせることなく甲板を目指す。
 甲板の先。その先の捺来にある強敵に向かう様に――。

●船長室
 コンコンと一定のリズムを刻み叩かれる部屋の扉。
「どうぞ」
 床に伏す黎明が、扉の音に答える様に声を上げた。
「失礼しますわね」
 黎明の返答から一呼吸おき、静かに開かれる扉からジークリンデが現れた。
「見ない顔だな」
「初めましてですね。この度、お手伝いさせていただく事になりましたジークリンデと申します。よしなに」
「そうか。すまないな、こんな格好で」
「いえ、お気になさらないでください」
 部屋の奥のベッド。そして、そこから一番離れた扉。
 端と端とで言葉を交わす二人の間には、どこか穏やかな雰囲気が流れていた。
「お怪我をなされたとか」
「‥‥ああ、情けない事にな」
「そちらに寄せていただいてもかまいませんか?」
「好きにしてくれ」
「ありがとうございます」
 黎明の許しに、ジークリンデが部屋の中へと一歩を記すとゆっくりとした足取りで、ベッドへ歩み寄る。

「お怪我の調子はいかがですか? 前の戦いでかなりの負傷を負われたとか」
「情けない話だが、起き上がる事も出来ない」
 覗き込むジークリンデに答える黎明は、天井を眺め自嘲気味の笑みを浮かべた。
「残念ながら回復術は身につけておりませんが――」
 と、そんな黎明に、ジークリンデは小さな小箱を差し出した。
「うん?」
「私の一族に伝わる秘伝の塗り薬です。よろしければ使ってください」
 パカッと小箱を開けるジークリンデ。
 そこからは、この世のものとは思えぬ得体のしれない香りが漂った。
「少し匂いますが効果は保証します」
「あ、ああ‥‥」
 再び小箱の蓋を閉じたジークリンデは、箱をベッドの脇にある机の上に置くと。
「では、私はこれで。色々と準備がありますので」
 立ち上がり、黎明に背を向けた。
「‥‥すまん、頼む」
 そんな黎明の言葉を背に受け、ジークリンデは一度深く頷いたのだった。

●西の村
「そっちはどうだ?」
「‥‥残念ながら漆喰はないそうだ」
「そうか。まぁ、ないもんは仕方ねぇか」
 村を訪れた弦一郎と壬弥。
 二人は、報告書を元にアヤカシの弱点である「あるモノ」を探しに来ていた。
「‥‥灰の方はどうだ」
「そっちは問題ねぇ。今村の奴らが集めてくれてる」
「‥‥そうか、ならばなんとかなるな」
「ああ、効果が出ればいいんだけどな」
「‥‥改良されている可能性が高いのは仕方がない。だが――」
「何事も試してみねぇと、な」
「‥‥その通りだ」
 土が剥き出しの村の道を歩く二人は、そのまま街の中央の広場へと足を向けた。

「――こんなにもてねぇよ」
 目の前に積まれた麻袋の山を苦笑交じりで見つめる壬弥が呟いく。
「あの薄気味悪い大玉に効くんだろ? いっぱい持っていってくれよ。俺達にはこれくらいしかし出来ねぇんだから」
 二人と麻袋の山を囲む様に集う、村の民達。その瞳は期待と不安に満ちていた。
「まだ効くとわかった訳じゃねぇけどな」
 そんな村人の期待に答えたいのは山々。しかし、確信がない。
 壬弥はどこか申し訳なさそうに、苦笑いで答えた。
「‥‥だが、これほどの期待、答えない訳にはいかないな」
 と、麻袋の山をじっと見つめる弦一郎がぼそりと呟く。
「へぇ、お前さん、意外と熱い男なんだな」
「なっ!?」
 感心したよう声をかける壬弥に、弦一郎は思わず声を上げた。
「ともかくよ。早く持って帰ろうぜ。いつ動き出すかもわからねぇからな」
 動揺を隠せない弦一郎の背をばしばしと豪快に叩く壬弥。
「‥‥あ、ああ」
 そんな壬弥に、弦一郎は小さく頷いたのだった。

●甲板
「‥‥そう言えば、回穴にいたフードを被った女」
 遠く離れた甲板からでもはっきりと見える黒柱を眺め、ふしぎが呟いた。
「もしかして、デスリカで白月の傍にいた奴と同じ?」
 じっと黒柱を見つめながらも、ふしぎは必死に記憶の紐を手繰り寄せる。
「何、黄昏てるのよ」
「え? あ、シルビア」
 と、そんなふしぎの背後からシルビアが声をかけた。
「『あ、シルビア』じゃないわよ。こんな所で何油売ってるの」
「ごめん。ちょっと考え事をしてて‥‥」
 両手を腰に当て、呆れる様に見つめるシルビアに、ふしぎは申し訳なさそうに頭を下げる。
「まったく、いい御身分ね。他のメンバーがせっせと準備してるっていうのに」
「そうだね‥‥。ホントごめん」
「はぁ‥‥あんたバカ?」
「え?」
 しきりに謝るふしぎに向け、シルビアは大きく溜息をついた。
「気になる事があるなら、話せばいいでしょ。最初は他人だったかもしれないけど、もう何日一緒にいると思ってるのよ」
 そして、シルビアは少し視線を外すと、ふしぎに向けそう言い放つ。
「あ‥‥そうだね。僕一人の問題じゃないもんね。ごめん――じゃないや、ありがとう、シルビア」
 突放す言葉の裏に隠れたシルビアの優しさに、ふしぎは口元を緩め、にこりと微笑んだ。
「べ、別にお礼言われる為に言った訳じゃないわよっ! 事実を言ったまでよ、事実をっ!」
 そんなふしぎの笑みと素直な感謝に、シルビアは言葉早にまくしたてる。
「そ、そうなの‥‥?」
「そ、そうよ!」
「そ、そうなんだ」
「そ、そうだって言ってるでしょ!?」
「う、うん。わかった、ありがとうシルビア」
「だ、だから、別に礼を言われる様な事してないでしょっ!?」
「そ、そうなの‥‥?」
「そ、そうよ!」
「そ、そうなんだ‥‥」
「そ、そうなんだから――」
 果てしなく続く言葉の応酬。
 似た者二人は、甲板の上で日が暮れるまで言い争った?のだった。

●甲板
 日は天頂を指し、正午を告げる。
「動き出したぞ!」
 時を同じくして、突然見張りが大声を上げた。
「‥‥来たか」
 その報に弦一郎は閉じていた目を開き、キッと捺来の街を見下ろした。
「皆! あの女は以前、戦いの結果を観察してた。きっとあのアヤカシ達も改良されてる、気をつけて!」
 寒風に翻る蒼紺の大旗を掲げ、ふしぎが一行へ向き直る。
「言われるまでもないよ」
 その覇気に義視が答え。
「では、打ち合わせ通り、ジークリンデさん、神鷹さんは上空から。残りはセレイナで水球を迎え撃つ!」
 バッと腕を広げると、捺来の上空を漂う水球を指差した。
「先行します。神鷹様、続いてください」
 ゆっくりとした歩で街中を闊歩する亀型アヤカシ。そして、空を漂いながら向かってくる水球。
 二つのアヤカシに狙いを定め、ジークリンデは炎龍に跨った。
「‥‥ああ。行くぞ八尋」
 同じく、愛騎『八尋』に弦一郎が跨る。
 そして、二匹の龍はセレイナの甲板から飛び立ち、大空へと。

「あの水球、酸で出来てるんだろ? 酸で下の亀が溶けたりしねぇもんかね」
「何バカな事言ってるのよ」
 甲板に残った壬弥の呟きに、シルビアが呆れるように返した。
「あれだけでかいアヤカシだぞ。ぶつけたら面白ぇ事になると思うんだがなぁ」
「そもそもどうやってぶつけるのよ。少しは頭を使ったらどうなの?」
「おー、言われちまったよ」
 呆れるシルビアの言葉を、壬弥は軽く笑い飛ばす。
「二人とも、じゃれ合いはそれ位にして、こちらも準備を」
 そんな二人に義視が呆れ気味に声をかけた。
「そうだな。天河の兄ちゃんは随分やる気みたいだしな」
 と、壬弥が視線を向けた先。そこには大旗を掲げ船首に立ち、じっと前を見つめるふしぎの姿。
「そうね。さっさと終わらせましょう」
 同じくシルビアもふしぎの背を見つめ呟いた。

(あの時、僕に未来を示してくれた船長を信じる‥‥。もう、塞ぎ込むのは終わりなんだからなっ!)
 黒柱をじっと見つめるふしぎは、そう心の中で誓いを立てた。

 今、捺来の街を巡る激戦の火ぶたが切って落とされた――。

●デスリカ
 黒柱の中。
 薄暗くまるで黒い霧がかかった様な空間を漂うデスリカの船上では――。
「つまらぬ実験に付き合っているのだ。成果は見せてくれるんだろうな」
『はは。つまらぬか。お前は実に面白い。人間にしておくのが勿体ないな』
 動き出した二体のアヤカシを無表情で眺め、顔を合わせることなく言葉を交わす白月とフードの女。
「‥‥質問に答えろ」
『おお、恐ろしい。その形相、まさにアヤカシその物ではないか』

 パン――。

 突然の銃声が黒柱の中に木霊す。
『まったく短気な奴め』
 白月の短銃が吐き出した鉛弾は、確かにフードの女の腹部を抉る。
「‥‥」
 しかし、フードの女は平然とその銃痕を見つめ、自らの腹に手を突っ込むと受けた鉛弾を取り出した。
「‥‥化け物め」
 白月の嫌悪を露わにした呟き。
『お褒めに預かり光栄至極。はははははっ』
 そんな呟きをも、女にとっては楽事でしかない。
『まぁ、見ていろ。我が研究成果をな』
 そして、女は再び眼下に視線を落すと、自慢げにそう呟いたのだった。

●セレイナ
「まさか初の空戦が、空賊の船だなんてね」
 水球に向け舵を切ったセレイナの船縁で、シルビアが呟いた。
「シルビア、どうしたの?」
 そんなシルビアに、ふしぎが後ろから声をかける。
「何でもないわ。騎士学校で習った空戦技術をようやく披露できるって意気込んでるだけだから」
「そ、そうなんだ。騎士学校ってそんな事も教えてくれるんだ‥‥」
「あたりまえよ。騎士はあらゆる戦いとあらゆる礼節を学ぶものなんだから」
「す、すごいんだね‥‥一度僕も習ってみたいよ」
 どんと無い胸を張るシルビアの言葉に、しきりに感心するふしぎ。
「ま、あんたじゃ無理ね」
「え? そ、そうなの?」
 きっぱりと言い切ったシルビアに、ふしぎはきょとんと問いかける。
「そもそも騎士じゃないあんたが騎士学校に入れる訳ないでしょ」
「そ、そうなんだ‥‥」
「そういう事。だからあんたは自分ができる事をしなさいよ」
「自分ができる事‥‥」
「何ができるか、なんて素っ頓狂な質問しないでよね?」
「あ‥‥う、うん!」
 ビシッと指を指すシルビアに、ふしぎは思わず何度も頷いた。
「まぁ、空賊を倒す為に学んだ技術を、空賊の為に使う事になるなんて――皮肉だとしか思えないけど」
 感心するふしぎに聞こえないよう、小さく呟くシルビア。
「え? 何か言った?」
「何でもないわよ。あたしは行くわ。浮足立ってるクルーに喝を入れてこないといけないし」
「そ、そうなんだ。うん! お願いするね」
「あんたに言われるまでも無いわよ」
 そして、シルビアは一度捺気を一瞥すると、くるりと体を翻し船倉へと向かう。
「僕もしっかりしなきゃ‥‥。黎明は動けない、レダもいない。今僕達があれを止めないと、白月が掲げて、黎明達が守り通して来たこの旗の為にも!」
 去り行くシルビアの背を眺め、ふしぎは再び堅く心に誓ったのだった。

●上空
「これでどうですか!」
 水球の更に上空。
 ジークリンデは、壬弥達が調達してきた袋の中身を、水球目掛けてぶちまけた。
「‥‥喰らえ!」
 弦一応もジークリンデに続き、麻袋を投下する。

 まるで雪の如く舞落ちる灰は、宙を漂う水球を包む様に降り注いだ。

 ジュゥゥ――。

 酸の雨も届かない上空から降り注ぐ、灰の雨にアヤカシはその身を溶かし始める。
「効いている‥‥?」
 灰に中和され、見る見るその身を縮めるアヤカシに、弦一郎は戸惑ったように呟いた。
「どうやら、弱点までは克服できていなかったようですね」
 どこかほっとした様な表情で、ジークリンデもまた呟いたのだった。

●セレイナ
「おっ! 効いてやがるぞ!」
 二人の奮戦は、セレイナからもよく見える。
 壬弥は戦況の好転に、思わず声を上げた。
「なんだって‥‥? 以前の弱点をそのまま残すなんて‥‥一体どういう事?」
 明らかに有利な状況。しかし、義視はその事に疑問を抱く。
「いいじゃねぇか。現に効いてるんだよ」
「そうだよっ! 今が好機なんだからなっ! こっちも行こうっ!」
「そうね。あの二人だけじゃ、役不足かもしれないし。こちらも打って出るのが定石ね」
 だが、三人はこの機会を逃すべきではないと主張した。
「いや、でもおかしいと思わないですか? あれではまるで進歩していない。弱点のわかっているものをわざわざ再度投入してくるでしょうか‥‥」
「お前ぇさんの心配もわかるがよ。あの二人を放っておくわけにもいかねぇんじゃないか?」
 と、そんな義視に壬弥は上空で奮戦する二人を指差した。
「それはそうですが‥‥」
 壬弥のいい分は尤もである。今躊躇していては、折角掴んだ好機を逸する可能性がある。
 しかし、義視は胸の内に引っかかる何かに、答えを出せずにいた。
「迷ってる暇はないよっ! それに‥‥レダの事も気になるし‥‥」
「そう言えば、この一大事に副長はどこ行ったのよ」
「わからないけど‥‥きっと、あそこに行ったんだと思う」
 と、シルビアの言葉にふしぎは捺来の街を指差した。
「はぁ? 一人で行ったって事?」
「うん、確信はないんだけど、それしか理由が見つからないんだ」
「‥‥まったく、これだから空賊なんて当てにできないのよ」
「そんな言い方はないよっ! 空賊だって、人間と一緒で善悪あるんだからなっ!」
「べ、別にそう言う事言ってるんじゃないでしょっ!」
「じゃぁ、何だって言うのっ!」
 シルビアの言葉がふしぎの琴線に触れる。
 普段は見せない剣幕でふしぎは、シルビアに言い寄った。
「おいおい、こんなとこで言い争ってる場合か」
 そんな二人を、壬弥が間に入って止める。
「ほれ、行くぞ! 各々持ち場に戻れ」
 そして、4人を乗せたセレイナは、一路捺来の街へ向け船を進めた。

●上空
「‥‥見えた! あれが本体だ!」
 溶け落ちる酸の身体から覗く、吸い込まれそうなほどの黒珠。
 弦一郎はその姿を指差した。
「好機を逃しはしません!」
 時を同じくして、ジークリンデが竜杖を天高く掲げ。
「雷よ、瞬きの内に彼を貫け! 『アークブラスト』!!」
 貯め込んだ魔力を一気に解き放つ。

 夕暮れを上下に貫く黄色い閃光。

 閃光は、姿を現した水球の黒珠を的確にとらえた。

 ピキっ――。

 そして、辺りに響く破砕音。
 黒珠はジークリンデの雷を受け、砕け散ったのだった――。

●デスリカ
「お前の兵器も大したことはないな」
 黒珠を砕かれ霧散する水球を興味なさげに眺め、白月が呟いた。
『ははは。あれはこれでいいのだよ』
 一方、自身の作品が崩れ去る様を嬉々として見つめる女。
「呆気なく打倒されておいて、何の強がりだ」
『まぁ、そう慌てるな。――人の世ではこういう時何と言うのだったか』
「‥‥」
『おお、そうだ。せっかちな男は嫌われる。だったな』
 フードから僅かに覗く口元を吊り上げ、女は嬉しそうに白月に話しかける。
「‥‥アヤカシ風情が人の真似事か。滑稽だな」
『なんとでも言うがいい。お楽しみはこれからだ。まぁ、見ていろ』
 と、女は至極満足そうに霧散する水球を眺めた。
「‥‥下種が」
 隣で呟いた白月の言葉すらも、快楽として――。

●上空
「‥‥呆気なすぎる」
「ええ‥‥」
 弱体化したとも見える水球の散り際を、空を行く二人は訝しげに見つめる。
 雷によって砕かれた黒珠は5つに割れ、四方へと飛散した。
「ともかく、これで脅威が一つ減りました。残るは――」
「‥‥ああ」
 と、二人が残る亀型アヤカシに視線を落した。

 その時――。

 夕闇せまる捺来の街から、一条の巨大な黒閃光が放たれた。

●セレイナ
『攻撃来ます!!!』
「やろぉ!!」
 伝声管の声に瞬時に反応した石恢が力一杯舵を切る。

 天へと登る漆黒の閃光。

『左舷、船首から船尾にかけ被弾! 第一から第三砲門大破しました!!』
 辺りに焦げた臭いが充満し、濛々と黒煙が上がる中、船員の報告が伝声管を伝う。
 捺来の街から放たれた閃光は、その牙をもってセレイナの左舷を焼いた。
「な、何なのよ!?」
 突然襲った衝撃に、尻もちをついたシルビアは思わず怒りの声を上げる。
「亀からの攻撃‥‥?」
 船縁に掴まるふしぎは、眼下に見える捺来の街を見下ろす。
 亀であって亀でない、その首がある筈の部分にぽっかりと空いた大きな穴を。
「あれは‥‥精霊砲? いや、アヤカシが精霊の力など‥‥!」
 漆黒の閃光が貫いた空を見上げ、義視が苦々しく呟く。
『先生、精霊砲じゃないですよー。どちらかと言えば、私と同じ物ですー』
 そんな義視の裾を、小梅が引っ張った。
「小梅と同じ‥‥? 瘴気だって言うのか」
『まったく同じではないでしょうけどねー。主成分は同じだと思いますよー』
「く‥‥改良は亀の方か!」
「つーことはなんだ、あの水玉は囮で、主力は亀だって言うのか‥‥?」
 説明を続ける小梅に、壬弥が問いかける。
『そうなるでしょねー』
「なるほどね、瘴気の大砲を撃つ間の時間稼ぎって訳‥‥やってくれるじゃない!」
 三人の会話を後ろで聞いていた、シルビアがギリッと唇を噛む。
「あたしは降りるわ。あのどん亀をなんとかしなきゃ、下からやられ放題よ!」
 そして、シルビアは甲板の脇に置かれた大きな木箱を開いた。
「さぁ、あなたの力見せてみなさいっ!」
 そこには、膝を抱える様に折りたたまれたアーマー『サンライトハート』が眠る様に佇んでいた。

●上空
「な、何だ今のは‥‥」
 そして、セレイナを貫いた漆黒の閃光を、弦一郎は呆然と見つめる。
「どうやら、改良されていたのは亀型の様ですね‥‥」
 同じく、セレイナの被弾を見ていることしかできなかったジークリンデも、苦々しく呟いた。
「くっ‥‥! 八尋、行くぞ!!」
「待ってくださいっ!!」
 龍を駆り、降下を始めた弦一郎をジークリンデは咄嗟に止めた。
「あれを‥‥!」
 と、ジークリンデが指差した先。それは、先程打倒したばかりの水球が、まったく同じ姿をして漂っていたのだ。
「なにっ!? 馬鹿な‥‥!」
「‥‥どうやら、こちらも改良されていたようですね」
 弦一郎が驚愕し、ジークリンデはギリッと唇を噛む。
 砕いたはずの水球は、その数を一気に5つに増やしていたのだ。

●セレイナ
「え‥‥?」
 捺来上空へと差し掛かったセレイナの甲板で、ふしぎは目の前の光景に思わず声を上げた。
「おいおい‥‥」
 壬弥もまた船縁から身を乗り出し、捺来の街を苦々しく眺める。
「超再生‥‥だとでも言うのか!」
 復活した水球の群れに、義視はガンと船縁を拳で叩いた。
「あんなのどうやって‥‥」
 折角見えた勝機の扉が閉ざされる。それも厳重な鍵を5つもかけて。
 ふしぎは、思わずその場へへたり込んだ。
「まだ諦めるのは早ぇんじゃねぇか?」
「で、でも‥‥」
 そんなふしぎの肩を、壬弥がポンと叩く。
「まだ終わっちゃいねぇんだ。現に俺達はまだ戦ってもいねぇ」
 そして、壬弥は近付く捺来の街を見下ろし。
「あいつらならやってくれるさ」
 と、壬弥は上空を旋回する二匹の龍へ視線を移した。
「‥‥そうですね。行きましょう」
 壬弥の言葉に全てを理解した義視は、大きく頷く。

 そして、3人はシルビアを追い、地上へと降り立った。

●デスリカ
『はははっ! どうだ、我の研究成果は!』
 目の前に繰り広げられた逆転劇に、女は狂気にも似た笑い声を上げる。
 5つに分裂した水球に守られた、亀は再び充填を開始していた。
「‥‥」
『どうした? あまりの威力に言葉も出んか?』
 無言で戦況を見つめる白月に、女はほくそ笑み声をかける。
「‥‥」
『今度はだんまりか。もう少し感動してくれてもよさそうなものだがな』
「‥‥まだ、誰一人として倒してはいない」
 白月の無反応に、不機嫌な声を上げた女に向け、白月は小さくそう呟いた。
『おお、そうだったな。我は期待されているんだったな。では、期待に答えねばな』
 と、そんな白月の呟きに、女は開拓者と対峙するアヤカシへと向き直り。
『さぁ、行け! 矮小な人間どもを焼きつくせ!』
 僕達へ、号令を発した――。

●上空
「水球は防御。攻めはあの亀ですか」
「‥‥ああ。またアレをやられては船が落ちる」
 上空を漂う二匹の龍に跨る二人は、流れの変わった戦局をじっと見下ろしていた。
「核になった黒珠を砕けば、再び増える可能性が高いですね」
「砕かず無力化出来れば‥‥」
 眼下に漂う5つの水球を眺め、弦一郎は口惜しさにギュッと拳を握りしめる。
「出来ますわ」
「‥‥なに?」
 予想外の返答に、弦一郎は思わずジークリンデの顔を伺った。
「一瞬ではありますが、再び灰をかぶせれば」
「‥‥一瞬ではどうする事も出来ないぞ」
「それは、あちらの働き次第。と言う事ですわ」
 と、弦一郎の問いかけに、ジークリンデは捺来の街の入口を指差した。
「‥‥降りたのか」
 そこには、地上へと降り立った4人の仲間の姿。
「どうやらあちらも狙いを亀一点に絞ったようですね」
「‥‥再び勝機を見出すのが俺達の仕事か」
「ええ、効果は一瞬。灰ももうそれほど残っていません。タイミングの見極めと俊敏な行動力が鍵になりますよ」
「‥‥任せろ。ここまで来たんだ、やりきってやる」
「頼もしいですわね」
 決意の弦一郎に、ジークリンデはふと表情を緩め微笑みかける。

 そして二人は、捺来の街を駆け抜ける4人の仲間達の動向を、じっと見つめたのだった。

●捺来
「変わってない‥‥やっぱり毒の霧に包まれてる」
 目の前で巨大な体躯を晒す大亀を包む靄を眺め、ふしぎが呟いた。
「あれが例の麻痺の霧か」
「範囲はそれほどでもないようですね。しかし、報告によれば志体持ちであっても抗う事が困難なほどの強毒。皆さん気をつけて」
 不気味に亀の歩みを続けるアヤカシに、壬弥、そして、義視も表情を強張らせる。
『あたしが行くわ』
 と、そんな三人の前に、一際巨大な人型が歩み出た。
 シルビアの駆るサンライトハートである。
「ダメだよ、シルビアっ! 水球もまだいるんだっ! 一人じゃ危険なんだからなっ!」
 亀へ対峙し、戦闘態勢をとるシルビアに向け、ふしぎが叫ぶ。
『サンライトハートの機密性なら問題ないわっ! ジルベリアの技術の結晶を舐めないでよねっ!!』
 と、ふしぎの制止も聞かず、シルビアは大亀向けて駆鎧を奔らせた。

●上空
「‥‥動いた」
「ええ、私達も参りましょう」
 地上の動きを察知し、上空の二人はすぐさま騎龍の手綱を引いた。
「‥‥3匹やる。残りは頼んだ」
 狙いは亀を守護するように佇む水球の群れ。
 弦一郎はそう呟くと、八尋の手綱を強く引いた。
「かしこまりましたわ」
 先に駆ける弦一郎を追い、ジークリンデも後を追う。
「八尋!」
 弦一郎の駿龍が風を纏う。
 一気に速度を上げた八尋は上空で、灰を撒き散らしながら螺旋を描く様に飛ぶ。

『グオォォォ!!』

 辺りに響く悲鳴にも似た『声』。
 二人の連携がもたらす灰の雨に、水球達はその身を溶かし悶え苦しむ様に核を晒した。

●捺来
「雨が消えた!!」
 上空の二人の攻撃に沈黙する水球に、ふしぎが歓喜の叫びを上げた。
「黎冷結縛――『界氷塊』!!」
 落ち行く黒珠に、義視が符を解き放つ。
「破壊が駄目なら、封じ込めるまで!!」
 解き放たれた符は、地上間近に落下してくる黒珠を包む様に捉えた。

 ピキンっ――。

「よし!」
 義視の放った氷撃は5つ全ての黒珠を封じ込める。
『うおぉぉ!!』
 そのタイミングを見計らい、シルビアが駆けた――。

 ドウっ!

 土煙を上げ、激突音が辺りに鈍く響く。
『なっ!?』
 サンライトハートの渾身の突撃を受け、大亀は数m後ずさる。しかし、それだけ。その姿に変化は無い。
「シルビアさん、駄目だ! 一旦退いてください!!」
 効果の無いシルビアの一撃に、義視は後方から必死に叫びを上げた。
『それなら、これでどうっ!!』
 しかし、シルビアはその声に答える事はしない。
 サンライトハートを巧みに操り、大亀の腹部にその手を突っ込むと――。
『ひっくり返りなさいよっ!!』
 渾身の力を込め亀を持ちあげる。

『くっ‥‥!』
 しかし、サンライトハートの渾身の力にも、亀の重量はびくともしない。
「ごめんねサンライト。とんだお披露目になっちゃったわね」
 サンライトハートの両足が地面へめり込み、腕や膝の関節が上げる悲鳴が中まで響いてくる。
 駆鎧の中。シルビアが一呼吸おき、静かに囁いた。

 と、その時。

「一人でいいとこ持って行こうなんて、おっさん泣いちまうぞ?」
 突然、横から壬弥の声がシルビアの耳に届いた。
『なっ!? ば、馬鹿じゃないの!? 生身でこの毒の中に入ってくるなんてっ!』
 そこにはサンライトハートの動作に倣う様に、亀を持ちあげようと甲羅に手をかける壬弥の姿があった。
「おいおい、折角駆けつけたってのに、酷い言われようだな」
 毒の霧は容赦なく壬弥を包んだ。
志体を持ってしてでさえ、抗う事の出来ない麻痺の狂毒に壬弥の顔色は見る見る変化していく。
『なに強がり言ってるのよっ!? 早く離れなさいっ!!』
「嬢ちゃん一人に危険な目は、見せられねェだろうが」
 その口調はいつもと変わらぬ飄々としたそれ。しかし、壬弥の顔には止めどなく冷や汗が伝っていた。

●デスリカ
『ふははっ! 無駄だ無駄だ!』
 懸命に亀アヤカシと対峙する開拓者の姿を、女は船上から見下ろし嘲笑する。
「‥‥」
 そんな女とは対照的に、白月は無表情に眼下を眺める。と、その時――。

「白月っ!!!」

 その声はデスリカの上方から。
『うん?』
 黒柱の内部に響く慟哭に、女は上空を見やる。
「あなたに用はないっ!」
 グライダーを駆り急降下してくるレダであった。
「どけぇぇ!!」
 そして、レダはデスリカの直上でグライダーから身を投げる。
 無人となったグライダーは弾頭と化す。一直線に女へ向け。

 ドゥっ!!

 デスリカの甲板へ突き刺さり、粉微塵に砕け飛ぶレダのグライダー。
『おっと』
 しかし、女はまるでシノビの身のこなしでも身につけているかのように、グライダーの特攻をあっさりと避けた。
「白月っ!」
 グライダーから飛び降り、ごろごろと甲板を転がったレダはすぐさま立ち上がり、白月に銃口を向ける。
「‥‥レイディアか」
 向けられる銃口にさえ無関心に、白月はレダを見つめた。

『ここまで乗り込んでくるとはな。執念か、それとも『愛』と言う奴か?』
 対峙する二人を離れた場所から興味深げに眺め、薄い笑みを浮かべる。

「復讐なんて馬鹿な真似はやめてっ!」
「‥‥」
「8年前の裏切りは確かに許せないわ‥‥でも、これじゃあいつらとやってる事が同じじゃない!!」
「‥‥そう思うなら、それでいい」
 レダの必死の叫びにも、白月は表情一つ変えることなく淡々と答える。
「仲間の復讐? こんなことしたって、あいつ等は戻ってこないのよっ!」
「‥‥」
「こんな薄気味悪い女と協力してまで、復習がしたいの!!」
「‥‥」
 レダの叫びは続く。しかし、その声にも白月は無関心に見つめるだけ。

「うおぉぉ!!」
 声は再び上空から。
 八尋を駆る弦一郎が、デスリカの甲板向けその翼を向けた。
『今、いい所なのだ。邪魔するな』
 神速の急降下を見せる八尋を、つまらなさそうに見つめる女は、突然ローブを翻し。
『――』
 人の言葉ではない何かを呟いた。

「ぐっ‥‥!」
 突然肩を貫いた鈍痛。
 弦一郎は、思わず八尋の手綱を引き、軌道を逸らせる。
 弓術師の目を持ってすら僅かにしか捉えられない攻撃。
 それは、亀の放った黒閃の一撃にも似ていた。

●捺来
「い、今の声‥‥」
 呆気にとられた様に上空を見上げるふしぎ。
 その耳には甲板で叫びを上げるレダの言葉が届いていた。
「ふしぎ! 何をしてる!」
 茫然と立ち竦むふしぎに、義視が怒気を含んだ声を向ける。
「ご、ごめん!」
「今はよそ見している暇はないよ!」
 そして、義視は再び符を取り出すと、亀へと向け解き放った。
「芽地盾白――『麓麓乃壁』!!」
 符は亀の腹の下へと潜り込み、その質量を爆発させる。

 亀を持ちあげる様にせり上がる白壁。

『んなぁろぉぉおお!!!』
 白壁の助けを借り、シルビアは最後の力を振り絞る。

 そして、開拓者の決死の連携を前に、大亀はその巨体の腹を天に晒したのだった。

●デスリカ
『はははっ! 面白いぞ開拓者! あの重量をひっくり返すのか!』
「‥‥負けか」
 高笑いする女とは対照的に、白月は淡々と戦況を見つめた。
『うん? なんだもう終ったのか』
 そんな白月に女はつまらなさそうに声をかける。
 その手には意識を手放したレダが抱かれていた。
「それよりもどうするつもりだ」
『まぁ見ておけ』
 と、白月の問いかけにも女の余裕は消えない。
 女はローブをはためかせると、大きく腕を振った。

●捺来
亀に闇が収束する。
「まずい! 自爆する気です! 皆、退けっ!!」
 引っくり返った亀から放たれる禍々しい気に、義視がいち早く気付き声を上げるが――。
「‥‥はは、わりぃな。もう動けねぇ」
 両膝を折りその場を動けぬ壬弥。視界は霞み、声も断片的にしか聞こえてこない。
「壬弥!!」
 動けぬ壬弥の姿に、ふしぎが悲痛な叫びを上げた。その時。

 どすん――。

『動かなくても、盾くらいにはなれるわ』
「‥‥だから、いい所持ってくんじゃねぇよ」
 動けぬ身体を庇う様に倒れ込んだサンライトハートの姿を最後に見、壬弥はその意識を手放した。
「壬弥!!」
「待て、ふしぎ!!」
 思わずその技を行使しようとしたふしぎを、義視が苦渋に満ちた表情で止める。
「今行けば道連れになる!」
「でもっ!!」
 目の前には動けぬ仲間が二人。
 追い縋るふしぎを引きとめた義視は、ギッと唇を噛みただ後退するほかなかった。

 その時。

「鉄なる天嶮! 『アイアンウォール』!!」
 その叫びは上空から。
 炎龍を駆るジークリンデが魔杖を振りかざした。

 せせり立つ巨大な黒壁。
 それは一行と亀の間へと割って入った。

 大亀の巨大な爆風が捺来の街を一掃する。
 僅かに残っていた建物の残骸をも吹き飛ばし、捺来の街は一つの大きな穴へとその姿を変えた――。