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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ある語り部は紡ぐ――。 8年前、理穴のとある地方をある異変が襲った。 突如発生した魔の森から、湧き出すアヤカシの群れ。 湧き出すアヤカシに対処する為に、この地方の領主は空賊の一団を派遣した。 新進気鋭の空賊団『崑崙』。 船団長の名を『白月・A・ズイセン』という。 荒くれ者の集まる私領船団であった『崑崙』を、若干25歳の若さで纏め上げ、天儀公認空賊に最も近いと言われた傑物である。 湧き出すアヤカシの群れにも一歩も引かない『崑崙』船団。 『白月』を筆頭に、『崑崙』は死力を賭してアヤカシの進行を食い止めた。 しかし、圧倒的物量を誇るアヤカシの群れに、徐々にであるが押され始める。 そして、3日目。 満を持して領主の統制の元、一個船団が駆けつけた。 共同戦線を張った領主軍と『崑崙』。 見事な連携を見せる両軍により、こう着状態であった戦いは一気に決着へと加速する。 5日目。 魔の森から湧き出すアヤカシは、ついに途絶えた。 最後の一団を葬り去った両軍は、長き戦いに終止符を打った――かに思われた。 6日目深夜。 戦の勝利に沸く両軍。 誰もがその勝利を心から喜んでいた。 しかし。 空賊団『崑崙』は突如反転。その矛先を領主軍へと向けた。 アヤカシ討伐後、3日間にもわたる人対人、飛行船対飛行船の戦いが始まる。。 昼夜を問わず繰り広げられる、激戦の中次々と倒れ行く両軍の船、そして、人。 10日目の朝。 領主の軍勢は、ついに空賊団『崑崙』の旗艦『デスリカ』を追い詰める。 日の出と共に一斉射される大筒。 10日にも及ぶ戦いを経て、最早『デスリカ』に反撃する余力は残っていなかった。 数多の砲撃を受け、ゆっくりと魔の森へ下降する『デスリカ』。 空賊団『崑崙』。そして、船団長『白月』は、怨嗟の声と共に魔の森に沈んだのだった――。 ●捺来近隣の村 「‥‥」 「副長‥‥」 船室の隅に腰かけ、じっとうつむくレダに向け、嘉田が声をかけた。 「‥‥」 しかし、レダは何も語らない。 「‥‥」 嘉田は、そんなレダにかける言葉も見つからず、背を向けた。 「黎明」 そして、船長室の中央に座る黎明に声をかける。 「‥‥」 しかし、黎明もじっと机を睨みつけ、じっと黙りこむ。 「‥‥ふぅ」 深い溜息。 嘉田は、何も言わずに船室を後にした。 ●甲板 「どうだった?」 「駄目ですね」 石恢の問いかけに、首を振り答える嘉田。 「ったく、こんな時に二人揃ってかよ。この後どうすんだ」 「今は仕方ないでしょう。突然、死んだと思った人間が目の前に現れたのですから」 と、二人は遠くに霞む捺来の街を見やる。 「それにしても、本当に白月だったのか?」 「どうでしょう。共に調査に向かった開拓者の話では、確かに黎明が『白月』と呟いたと言っていましたが」 「はぁ‥‥まったくとんでもねぇ事になったもんだな」 「ええ。しかし、どうして今さら」 何の変化も見せない事がかえって不気味にさえ映る捺来の街。 光の柱が出現してから、すでに1週間が過ぎていた。 「復讐でもおっぱじめにきたか?」 「‥‥かもしれませんね」 「おいおい、否定しろよ」 「できれば否定したいところですが、否定する根拠を持ち合わせていませんので」 「‥‥ったく、どいつもこいつも」 と、石恢は遠く捺来の街に背を向けた。 「どこへ?」 「ちょっと散歩だ」 「お気をつけて、といった方がいいでしょうか」 「けっ!」 毒気づく石恢は、そのままタラップを下り地上へと降りて行った。 ●捺来 「報告にあった光ってのはすっかり消えているな」 斥候の一人が変わらぬ姿を湛える捺来の街を遠巻きに眺め呟いた。 「ああ、でも代わりに‥‥」 見えるのはうっすらと靄を纏った捺来。 光柱の消えた後に出現したそれを、斥候は諦めの表情で見つめていた。 「一体、あんな大がかりな代物どうやって造ったんだ‥‥」 「わからないよ‥‥。第一、入る事も出来ないんだから」 共に潜入を試みた二人。 しかし、捺来の街に入ろうかとしたその時、二人の行く手を見えない壁が遮ったのだった。 「まぁ、本隊に報告するのが俺達の任務だしな。危険を冒す――」 「な、何か来るぞ!!」 斥候の一人が捺来の街を指差し叫んだ。 「なんだありゃ‥‥!」 そこには――。 結界をすり抜け、街の外へと飛来する小型の鳥に似た姿。 しかし、明らかに鳥ではない特徴が見て取れた。 それは、首から先が鋭利な槍の穂先と化していたのだ。 「アヤカシか!」 「まずい! こっちに来るぞ!!」 斥候は伏していた身体を、急いで持ち上げると、 それは、その数を徐々に増やしていくかつてとある村を壊滅寸前まで追い込んだ、アヤカシの姿に酷似していた。 「と、とにかく、セレイナへ報告に戻るんだ!」 「あ、ああ‥‥!」 二人の斥候は、母船へと急ぎ足を向ける。 ついに動き出した魔街『捺来』。 果たして、その目的とは何なのか。 そして、現れた二つの影の正体は――。 |
■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
アルティア・L・ナイン(ia1273)
28歳・男・ジ
黎乃壬弥(ia3249)
38歳・男・志
各務原 義視(ia4917)
19歳・男・陰
神鷹 弦一郎(ia5349)
24歳・男・弓
シルビア・ランツォーネ(ib4445)
17歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●捺来近郊の村 冷たくなった秋の風が冬の到来を予感させる。 村の彼方此方では、厳しい冬に向けての準備に追われる住民の姿が見て取れた。 「いやぁ、聞いた事もねぇなぁ」 冬支度の為の薪を割る手を止め、神鷹 弦一郎(ia5349)の話に耳を傾けていた男がそう答えた。 「‥‥ふむ、そうか」 「例の事件と関係があんのかい?」 「‥‥いや、わからない」 男の問いかけに、言葉少なくも弦一郎は深く考え込み答える。 「ふーん、まぁなんだ。もっと古い話が聞きてぇなら、長老のとこに行ってみな」 「‥‥長老?」 「ああ、この村で一番長生きしてるばぁさんだ。ほれ、あの家に住んでるぜ」 と、男が指したのは村の外れ。林に隠れるように佇む一軒の民家であった。 「‥‥わかった。感謝する」 「おう、とっとと解決してくんな。近くにあんなのがあるなんてなぁ気味が悪いからな」 そして、男は遥か彼方に霞む黒柱へ視線をやる。 そこには時折不規則に陽光を乱反射させる薄気味悪い黒柱を湛える街があった。 「‥‥尽力しよう」 と、弦一郎は黒柱の街へ視線を移すことなく男に礼を述べる。 「‥‥威織。行くぞ」 『わうっ!』 そして、弦一郎は愛犬『威織』へ声をかけると、指示された長老の家へと足を向けたのだった。 ●セレイナ 「‥‥」 船倉の一角に作られた簡易の机に向かう各務原 義視(ia4917)は、机一杯に積まれた書物を漁っていた。 パタン――。 「‥‥ふぅ、それらしき文献は無しか」 最後の本を閉じ、天井を仰いだ義視は深く溜息をつく。 「お役に立ちませんでしたか」 と、義視の後ろから声をかけたのは嘉田であった。 「いえ、大変参考になりました。それにしても、飛行船にこれだけの書物があるとは驚きです」 「色々な物を相手にしないといけませんからね。情報は出来る限り揃えておかなくては」 「なるほど。さすが天儀王朝公認といったところですか」 「名だけが先行している様な物ですけどね」 表情は変えず自嘲気味な笑みを浮かべる嘉田に、義視はクスッと笑みをこぼす。 「では私はこれで。なにか入用な物がありましたら、申しつけてください」 そして、嘉田は義視に一礼、船倉を後にした。 再び静寂に包まれる船倉。 「‥‥五行の技とは少し違うのはわかる。でも、あれは何だ?」 静けさが思考を加速させる。 複雑に絡んだ糸を、一本一本手探るで解いていくような感覚。 実際にその眼で見た事象。そして、今までの経験が、手となり力となる。 「‥‥ふぅ、よく考えるんだ。きっと突破口はどこかにある」 義視は自分に言い聞かす様に小さく呟くと、再び机に視線を落した。 そこに広げられた捺来の地図に。 ●捺来近郊の村 弦一郎が訪れた村とは、捺来の村を挟み正反対の位置にある村。 この川辺の村に黎乃壬弥(ia3249)は、愛龍『定國』と共に訪れていた。 「ちょいと、話を聞きたいんだが」 「うん?」 川に入り漁に勤しむ漁師に、壬弥が川岸から声をかけた。 「仕事中にすまねぇな」 「いや、構わんよ」 漁師は声をかけて来た壬弥に向け、ざぶざぶと川を岸へと上がってくる。 「この川、あの街まで繋がってるのか?」 「あの街‥‥ああ、捺来か。いや、近くまでは行ってるが、繋がってはないよ」 「ふーむ、川からの水路とかもねぇのか?」 「うん? いや水路はあるんじゃないかな? あの街の周りは田んぼだからね。用水路を辿っていけば街に繋がってると思うよ」 「ほう。って事は、そっから街に入れるって事か」 漁師の話に壬弥は、ニヤリと口元を吊り上げた。 「入るってあんたがか?」 しかし、そんな壬弥に漁師は驚いた様に問いかける。 「うん? そのつもりだが」 「用水路だよ? 人は通れないと思うけど」 「なに? そんなに狭ぇのか?」 「水さえ通ればいい通路だしねぇ。多分小さいと思うけど」 「‥‥ふーむ。まぁ、あるってわかっただけでも儲けもんだ。ちょっくら見てくるか」 「見てくるって‥‥あの街に行く気かい?」 「まぁ、ちょいと野暮用があってな」 「野暮用って‥‥。訳ありみたいだね。ま、気をつけて」 「ん。あんがとさん」 と、壬弥は漁師に軽く一礼し、定國に跨る。 そして、捺来郊外で待機しているセレイナへと向け空へ舞い上がった。 ●セレイナ コンコン――。 「ちょっといいかしら」 部屋の主の返事も待たずシルビア・ランツォーネ(ib4445)が戸を開く。 「はい、何か御用ですか?」 迎えた部屋の主、嘉田は何時もの抑揚のない声でこの訪問者を迎えた。 そこはセレイナの中央部。宝珠制御室であった。 「あんた、この空賊団――えっと、『崑崙』とか言ったかしら。そこに入って長いんでしょ?」 「長い‥‥そうですね、今年で十年になりますか」 「なら話は早いわ。あの船の事教えて」 「あの船‥‥デスリカの事ですね」 「ええ、あんたなら知ってるんでしょ?」 「よく知っていますよ」 淡い光を放つ風宝珠の照らし出す室内。 シルビアの相手をしながらも、嘉田はその手を休めず作業を続ける。 「なら教えて。あの船の長所と短所を」 「長所と短所ですか」 と、その質問に今まで休みなく動き続けていた嘉田の手が止まった。 「そう、街の異変にあの船が絡んでいるのは明確だから。だから教えて、見た所この船と同型艦と思うんだけど?」 「なるほど、わかりました。確かにこのセレイナは、デスリカを元にして造られました」 そう言うと嘉田は立ち上がり、奥に積まれた書の山へと歩み寄る。 「何? 設計図でもあるの?」 その後を追う様に歩くシルビアが嘉田に問いかけた。 「設計図もありますが、見てもわからないでしょう?」 書の山の前に座りこみ、目的のモノを探す嘉田がそう答える。 「‥‥」 そんな嘉田の背をヒクヒクと頬を引きつらせながら見つめるシルビア。 「‥‥ありましたよ。これをどうぞ」 と、そんなシルビアの事など気にも留めず、嘉田が一枚の紙を差し出した。 「これはなに?」 「仕様書。そうですね、あの船の説明書の様な物です」 「へぇ」 紙を受け取ったシルビアはそこに記されている文字を目で追った。 「‥‥なるほどね。速度重視の中型戦闘艦。長所は速度、短所は航行距離ってところ?」 一通り目を通した仕様書をシルビアはひらひらと振る。 「ほぼ正解ですね。装備はあちらの方が充実してますが。まぁ、これも8年前のままであれば、の話ですけどね」 「‥‥なるほどね。わかったわ。ありがとう」 渡された紙を握りしめ、シルビアは話を打ち切る様に嘉田へ背を向ける。 「よろしくお願いします」 「‥‥」 最後の言葉に答えることなく、シルビアは部屋を後にした。 ●近隣の村 「‥‥邪魔をする」 「おや? どなたかいのぉ?」 戸をくぐった弦一郎を、一人の老婆が迎えた。 「‥‥村人に聞いてきた」 「はて?」 言葉短く語る弦一郎に、老婆はゆっくりと首を傾げる。 「‥‥あの街、捺来の事を何か知らないか」 「捺来? ああ、捺来の村かい。よく知ってるよ」 「‥‥村? 捺来は街ではないのか?」 老婆の言葉に、違和感を覚え弦一郎は再度問いかけた。 「ふぅむ、そう言えば今は街になったんだっかのぉ」 穏やかな笑みを崩さず、この突然の訪問者の質問へ丁寧に答える老婆。 「‥‥昔は村だったのか」 「あぁ、この村と向うの村それから、捺来の村。三つ肩を並べて三つ子村って呼ばれててねぇ――」 「‥‥すまない。昔話は後にして、捺来の街について知ってる事を教えて欲しい」 「おや? これはせっかちなお客さんだ事」 声に焦りを滲ませる弦一郎に、老婆はけらけらと明るい笑顔を向けた。 「20年ほど前だったかねぇ。あの村で宝珠が見つかったのさ」 「‥‥宝珠? 村の中に遺跡でもあったのか?」 話を変えた老婆に、弦一郎は問いかける。 「いんや。村の地下さね。おや、可愛らしい犬だねぇ、あんたの犬かい?」 「‥‥ああ、威織という」 と、膝を折り威織の頭を撫でつける老婆。 「‥‥で、地下に遺跡が見つかったんだな?」 「そうさ。それであの村は一気に活気づいたんだよ」 威織を愛おしそうに撫でつける老婆に弦一郎は問い続ける。 「‥‥という事は、あの街の地下には洞窟なりの空洞が広がっている、と」 「まぁ、もう掘り尽くされて宝珠は出ないみたいだけどねぇ」 「‥‥洞窟の入口は何処にある」 「入口ねぇ‥‥どこだったか。捺来の北にある丘の麓にあったと思うけどねぇ」 「‥‥情報感謝する」 と、弦一郎は突如会話を打ち切り、踵を返した。 「おや、もういいのかい? 折角久しぶりのお客さんだったのにねぇ」 戸をくぐる弦一郎に、老婆が声をかける。 「‥‥今度は手土産の一つでも持ってこよう」 そして、弦一郎は民家を後にする。 この情報を一刻も早くセレイナへ持ち帰る為に。 ●セレイナ 「あれ? 部屋を間違ったかな?」 部屋の入口からひょっこりと顔を覗かせるアルティア・L・ナイン(ia1273)が、きょとんと部屋を見渡した。 「うん? レダの部屋なら向うだぜ?」 と、そんなアルティアに呆れる様に答えたのは石恢。 「いやいや、嘉田くんを探していたんだけどね」 「嘉田を? なんだ、そんな趣味があったのか?」 「うん、なんなら石恢くんでもいいんだけど?」 「‥‥おいおい、冗談でもやめてくれ。で、何の用だ」 くすくすと笑うアルティアに向け、石恢は殊更呆れる様に問いかけた。 「えっと聞きたい事はいくつかあるんだけど」 「俺のわかる事なら教えられるけどな」 「石恢くんもこの空賊団には長く居るんでしょ?」 「まぁ、腐れ縁って奴でな」 「うん、なら聞くけど――あの話は本当?」 「‥‥どの話の事かわからねぇな」 アルティアの問いかけに、石恢の表情があからさまに変わったのがわかる。 「八年前の起こった空賊団反乱の話」 きっぱりと言い放ったアルティアの言葉に、石恢の表情は更に険しくなった。 「僕は真相が知りたいんだ」 そんな石恢の目を真摯に見つめ、アルティアが問いかける。 「‥‥悪いが、あの話は本当だ」 「‥‥」 告げられた事実に、今度はアルティアの表情が険しいものとなる。 「と言いたいところだが、正直わからねぇ」 と、表情を一変させ疲れた様に石恢が呟いた。 「わからない?」 「俺、いやこの船はあの戦に参加していなかったからな」 「‥‥崑崙の一員だったんじゃないの?」 「一員だったさ。だがあの戦があった時、この船は建造中だった」 「建造中‥‥という事は、この船のクルーは誰も真相を知らないって事?」 「‥‥ああ、レダ以外はな」 アルティアの問いかけに、石恢の表情が再び変わる。 それは、どこか困った様な、真剣なもの。 「レダくんが? なぜ?」 「あいつは副長だったからな。あの漆黒の船デスリカのな」 「デスリカの副長‥‥。その彼女がなぜここに居るんだい?」 「ったく、遠慮なしだな」 なおも続くアルティアの質問に、石恢は苦笑いで答える。 「興味を持ったものは、知らないと我慢できない性分なんだよ」 そんな苦笑いに答えるように、アルティアはいつもの笑顔を作った。 「‥‥あの戦の最後、船が沈む間際、グライダーでレダだけが逃がされた」 「逃がされた?」 「ああ。もちろん領主軍がレダのグライダーを見逃す訳もなく、敢無く撃墜」 「‥‥」 「でもよ、あいつは生きてた。瀕死の重傷を負いながらもな」 「その瀕死のレダくんを黎明くん達が助けた、と」 「ご明察。ま、俺が知ってるのはここまでだ。真相が知りたいならレダ本人に聞いてみるんだな」 「教えてくれるのかな?」 「多分無理だ」 と、ようやく石恢にいつもの豪快な笑顔が戻る。 「無理といわれれば挑戦してみたくなるのも、男の性だよね」 「失敗に千文賭けとくよ」 「おっと、余計に燃えるね」 と、アルティアは呆れる石恢にグッと拳を握った。 「行くのか」 「うん、千文の為にね」 「けっ」 舌打ちする石恢へくるりと背を向けたアルティアは船室を後にする。真相を確かめる為レダの部屋へ向け――。 ●捺来郊外 「まったく静かなもんだな」 見えない結界に覆われた捺来の街を眺め、壬弥が呟いた。 辺りには、収穫間近であったのだろう、稲穂が首を垂れ秋風に揺れていた。 「おかげでいい隠れ蓑にはなるが、な」 大きい身体を稲穂に隠し、慎重に街へと近づく壬弥。 「報告じゃ、命ある者は通れねぇって事だったが――」 と、壬弥は地面に視線を落とし、稲穂の間を弄る。 「‥‥っと、いたいた。すまねぇがちょっちばかし協力してくれよ」 稲穂の間で落ちた米粒を頬張る鼠の尻尾を、壬弥はひょいっと摘み上げると。 「よっとっ」 結界があるであろう街の方角へ、ぽいっと放った。 バシュ! 「おぉ‥‥こりゃすげぇ」 一瞬にして火の玉と化す鼠に、壬弥は感嘆の声を上げた。 「にしても‥‥石が結界の中とはね」 燃え尽きた鼠の奥に見える、漬物石程の置き石に目をやった壬弥。 「さて、どうやってぶっ壊したもんか‥‥」 発火地点から置き石までの距離は、30mほどあるだろうか。とても剣や槍では届く距離ではない。 と、しばらく意思を眺めていた壬弥は、くるりと身を翻した。 「ともかく、一度戻るかね」 そして、身を屈めたまま来た道を戻る。 結界の要と目される置き石の情報を持ちかえる為に。 ●セレイナ 船長室の窓から空を流れる雲をじっと見やる黎明。 「黎明! なんとか言ってよっ!!」 そんな黎明に天河 ふしぎ(ia1037)が声を荒げた。 「‥‥」 何度も何度も問いかけるふしぎに、黎明は何も語らずただ外を眺める。 「‥‥黎明のバカっ!! もういいよっ!」 沈黙を守る黎明に苛立ちを露わにするふしぎは、そのまま扉の取っ手に手をかけると。 「白月の事、事件の事‥‥絶対自分で調べて見せるんだからなっ!!」 一気に扉を開け放ち、大股で部屋を後にした。 「‥‥白月、か」 背から浴びせられる怒りの声。そんな声にも黎明は反応しない。 ただ、空に流れる雲の向う、捺来の街をじっと睨みつけていた。 「‥‥」 部屋を出て、怒りを滲ませる表情でふしぎは廊下を甲板へ向かう。 「こんなにわからず屋だとは思わなかったよ‥‥っ!」 その怒りは、この船の船長へ。 「ショックだって言うのはわかるよ‥‥でも、何もしようとしないなんて、そんなの許せないっ!」 「何が許せないの?」 と、そんなふしぎの背後から声がかかった。 「え‥‥? レダ?」 「随分と御機嫌斜めね」 振り向いたふしぎ。そこには呆れた様な笑顔を向けるレダの姿があった。 「レダ‥‥もういいの?」 いつもと変わらぬ明るい笑顔を見せるレダに、ふしぎは恐る恐る問いかける。 「いいって何が?」 「何がって‥‥捺来の街に現れた――その、白月の事」 一つ一つ言葉を選びながら、ふしぎは問いかける。 「白月は死んだわ。八年前にね」 しかし、レダは何の迷いも無くそう答えた。 「じゃ、あの捺来に居た黒い船は何なの! 船に乗ってたあの人影はっ!!」 廊下で対峙する二人。ふしぎはギュッとゴーグルを握りしめレダへ疑問をぶつける。 「他人のそら似でしょ。死んだ人間は生き返ったりはしないわ」 「そんな訳ないよっ! レダも言ってたじゃないか、『白月』って!!」 「‥‥気のせいよ」 ふしぎの激情に、レダは一瞬表情を曇らせ、小さく答える。 「気のせいじゃないっ! 僕はちゃんと聞いたんだからなっ! 教えてよ、白月の事、そして、八年前のあの事件の事っ!!」 「伝承で聞いたのでしょう? あの通りよ」 「違うっ! 僕は信じない。僕は‥‥僕は真実が知りたいんだっ!!」 レダの言葉を否定し、掴みかからんとばかりに迫るふしぎ。 その時――。 ドゴンっ!! 突如襲った轟音と震動。 二人は思わず廊下の壁に手をついた。 「なにっ!?」 「攻撃が始まったようね‥‥!」 と、レダが廊下に備えられた伝声管へ向け走る。 『左舷被弾!! 一番旋回翼動きません!!』 時を同じくして、伝声管から伝う悲痛な声。 「船を街に対して垂直方向へ旋回! 急いで石恢に伝えなさいっ!」 『はいっ!』 伝声管を握ったレダは、声を荒げ指示を伝えた。 「話はお終いよ」 そして、レダはくるりと踵を返すと船長室へと駆けこむ。 「ま、待ってっ!! ――くそっ!!」 レダを追い宙を泳がせた手をぎゅっと握り、ふしぎは甲板へ向け踵を返す。 「僕は絶対に証明して見せるんだからなっ。伝承が間違ってるって!!」 そして、全速力で甲板へと駆けだした。 ●セレイナ 「来たぞ! 大漁だ!」 定國に跨り離艦の準備をする壬弥が叫んだ。 空には飛来する無数の鳥。 「やっとお出ましだねっ! 行くよ、スーヴォルン!!」 アヤカシを確認し、真っ先に飛び立ったのは、愛騎『スーヴォルン』を駆るアルティアであった。 「‥‥船は俺達が護る」 と、そんなアルティアに弓に矢を番える弦一郎が声をかける。 「とっとと行きなさい。このままじゃ纏めてお陀仏よ」 そして、愛龍『フィリップ』に跨るシルビアが、飛び立つ二人に向け言い放った。 「おー、怖いねぇ。んじゃま、行きますか!」 と、二人の後押しに壬弥が中空へと飛び出す。 「二人とも船は任せたよ。頼りにしてるから」 そして、アルティアもまた迫りくる鳥の群れへと向かった。 ●操舵室 「石恢殿!」 「わかってらぁ!!」 義視の言葉よりも早く、石恢が舵を切る。 「垂直方向に向けるだけでは不十分です。後進して、敵の戦線を伸ばしてください!」 そんな石恢に、義視が次の策を打ち出した。 「おいおい、勝手な指示はこま――」 『石恢!! 全速で後退しなさい!! 囲まれるわよ!!』 と、渋る石恢へ向け伝声管から声が響く。 「そういう訳です。早く!」 「ちっ!」 どこか納得のいかない表情で、石恢は風宝珠の制御桿を引き倒した。 「後は出来る限り補足されないよう、絶えず動いていてください。私は甲板へ」 「わぁったよ! さっさと行け!」 義視の言葉に不承不承頷き、石恢は追い払う様に声を上げる。 「――では、お互いご武運を」 そして、義視は操舵室を後にした。 ●上空 「一つ!」 アルティアの放った矢が、アヤカシの一体を撃ち落とす。 「スーヴォルン! もっと速くだっ!」 そして、アルティアは相棒の背をポンと叩いた。 相棒の意思に答える様に、スーヴォルンは一段速度を増す。 「それが全力か! そんな事では名が泣くよっ!!」 しかし、アルティアの要求は際限がない。 『グァっ!!』 渾身の一啼き。スーヴォルンは大きく翼をはためかせると、急降下を利用し一気に速度を上げる。 「ようやく本気になったんだね」 風に流される鳴き声を頼もしく感じ、アルティアが再度スーヴォルンの背を叩いた。 「さぁ行け! 黒き暴風!!」 まるで乗り手の事など考えていな乱暴な飛行。 スーヴォルンはその名の示す通り、暴風と化しアヤカシの群れを引き裂いていく。 「へぇ、あちらさんもやるねぇ。だけどよ――」 切り裂かれるアヤカシの群れ。 それを頼もしげに見つめた壬弥は、視線を下方へ向けた。 「前だけ見てちゃダメだぜ、坊主」 そして、壬弥は定國の背に立ち上がる。 「定國。俺達は下だ! 行くぜ!」 目指すは下方、新たに湧いたアヤカシの群れ。 壬弥は定國の背で立ち上がり、槍を構える。 そして、人龍一体の弾丸は、アヤカシの群れへ向け急降下を始めた。 ●甲板 「随分派手にやってくれてるじゃない」 空を縦横無尽に駆け巡る二匹の龍を頼もしげに見つめ、シルビアが呟いた。 「‥‥あまり余所見をするな」 と、弦一郎がアヤカシの一体を打ち落とし、シルビアに声をかける。 前線の二人が奮戦していると言っても、アヤカシの数はけた違いに多い。二人の攻撃を抜け、セレイナに迫るものも少なくなかった。 「余所見なんてしてないわ。ね、フィリップ」 弦一郎の言葉を聞き流し、シルビアはフィリップへと視線を送った。 「さぁ、あたし達の力、見せつけてあげましょっ!」 そして、フィリップの元へと駆け寄ったシルビアは、手綱に手をかける。 「‥‥俺達は後衛だ。勢い余って突出するなよ」 「あんたに言われなくても、わかってるわよ!」 後ろから掛けられた言葉から逃げる様に、シルビアはフィリップの背へと跨ると、即座に中空へと身を躍らせる。 「‥‥言葉が過ぎたか」 そんなシルビアを見つめ、弦一郎は一人肩を落した。 ●上空 黒風が螺旋を描き宙を舞う。 「スーヴォルン、上昇だ!」 と、アルティアの言葉に即座に呼応したスーヴォルンは、急に角度を変え天へと。 「行け、どこまでも高くっ!」 アヤカシ達の追撃を従え、スーヴォルンは一直線に天へと舞い上がる。 「さぁ、これならどうかな?」 と、アルティアは背後から迫るアヤカシの群れを確認すると、懐から取り出した焙烙玉をポンと中空へと投げ捨てた。 ドゥン!! 「おぉ‥‥。なんか見事にはまったね」 パラパラと堕ちる肉片を眺め、アルティアは驚愕の声を上げた。 ●中空 迫りくるアヤカシの一団を騎槍の一撃が屠る。 「わかったでしょ? あたしとフィリップに挑もうなんて考えないことね!」 フィリップの背の上で、豪快に騎槍を振りまわし、どーんと無い胸を張るシルビア。 「‥‥下だ!」 そんなシルビアに、甲板から弦一郎の檄が飛ぶ。 「なっ!?」 それは直下からの突撃。 屠った一団に隠れる様に忍び寄った一匹のアヤカシ。 完全に虚をつかれたシルビアは。 「フィリップ、避けてっ!!」 大きくフィリップの手綱を引くが、アヤカシとシルビア達の距離は零にも等しい。 ガツっ! 「っ!」 まさに刹那の技。 「‥‥余所見をするなと言っただろう」 アヤカシの突撃がシルビアを捉えた。誰もがそう思った瞬間、アヤカシは一本の矢に射抜かれ、地上へと堕ちた。 「べ、別によそ見してたわけじゃないわよっ! ちょ、ちょっとあんたの仕事を残してあげただけでしょっ!」 厳しい言葉をかける弦一郎に、シルビアはプイっと顔を背ける。 「‥‥そうか、それはすまなかった」 そんなシルビアの背に向け、弦一郎はぺこりと頭を下げ謝罪した。 「ばっ!? ばっかじゃないの!? 謝るくらいなら、とっとと残りもやっちゃいなさいよ!」 そんな弦一郎の謝罪に、シルビアは思わず甲板へと再び向き直る。 「‥‥承知した」 と、シルビアの動揺にも弦一郎は平然と構え、弓へ矢を番えた。 「んもぉ! なんだってのよ! あったまくるわねっ! なんであたしが援護なんて受けなきゃなんないのよっ!」 誇り高き騎士のプライドか、それとも自分への怒りか。シルビアは顔を真っ赤に騎槍を振るうと。 「フィリップ! あいつには負けないわよっ!」 再び手綱を引くと、中空のアヤカシへと向け高度を上げた。 ●上空 「この俺に槍勝負挑むたぁ百年早ぇ!!」 壬弥の槍一閃。 槍の一薙ぎは、三体ものアヤカシを一瞬にして6つに割った。 「はっはっ! 久しぶりの散歩は気持ちいいだろ、定國!」 背でその武を見せつける主の動きを邪魔せぬよう注意深く飛ぶ定國に、壬弥は豪快な笑みを向けた。 「お次はどいつだ!」 と、壬弥は次なる獲物を求め、前方へ視線をやった。 その時。 「っと、正々堂々前からこいっての!」 突如隙をつき背後から襲うアヤカシを、壬弥は見もせず一突きの元に斬り伏せた。 「さぁ、来い来い! 大穴開けてやるぜ!!」 瘴気へと還るアヤカシを振落とし、壬弥は再び定國を奔らせる。 衰えることなく現れるアヤカシの群れへと――。 ●甲板 「‥‥数が多い」 上空の三人、そして船を護る船員達の奮戦により、セレイナには被害らしい被害は出ていない。 しかし、いつ途絶えるとも知れぬアヤカシの攻撃は、刻一刻と一行の力を奪っていた。 『わうっ!』 疲れを見せる弦一郎の足元、威織が突如吠えた。 「‥‥っ!」 そこには中空の遊撃、そして上空の防衛を突破する一団が、セレイナへと迫っていた。 「‥‥抜かせはしない」 と、弦一郎は矢筒から5本もの矢を一気に抜き放つと、纏めて矢に番える。 「‥‥神鷹の矢。その身に刻めっ!!」 狙いをつけるのは一瞬。 弦一郎は、ただアヤカシの一団だけを見据え、矢を解き放った。 ●洞窟 弦一郎によってもたらされた情報を元に、義視は一人地上へ降りていた。 「これは流石に通れませんか」 洞窟の入口――であったものを前に、義視が大きく溜息をついた。 そこは長い年月人が通る事がなかった為、崩れ去り原形を止めていなかった。 『私が行ってきましょうかー?』 と、そんな義視に声をかけたのは人妖『葛 小梅』であった。 「何があるかわからないだよ。一人じゃ危険だ」 『大丈夫ですってー。ちょっと見てくるだけですからっ』 「お、おい、小梅っ!」 主の引きとめも聞かず、小梅は小柄な体を活かし、崩れた瓦礫の間を器用にすり抜けていく。 「待て小梅! これを持って行って!」 と、義視は引き留めるのを諦め、小梅に何かを放り投げた。 『はいー? げげっ!? 何ですかこれ‥‥』 放り投げられた物を受け取った小梅が表情を引きつらせる。 「結界が地下まで達しているかもしれない。それで調べてきて」 『それはわかりますけどー‥‥。何も蛙でなくても‥‥』 と、小梅は摘み上げた蛙に更に表情を強張らせた。 「我儘言わない。いつも実験で扱っているでしょう」 『それはそうですけど‥‥』 「行きなさい。時間がない」 『はーい‥‥』 そして、心配そうに見つめる義視に背を向けた小梅は、そのまま洞窟の奥へと足を向けた。 ●セレイナ 絶え間なく続くアヤカシの攻撃に、セレイナは防戦一方であった。 そんな甲板上。突如黎明が動いた。 「ちょっと黎明っ!? どこ行くのっ!!」 船長の奇行にレダは思わず声を上げる。 「少し任せる」 「何バカな事言ってるのっ!? 貴方船長でしょ!!」 レダが必死で止めるのも聞かず黎明は、船尾に備えられたグライダーへと向かう。 「ちょっと!! 今どういう状況だかわかってるのっ!?」 「‥‥」 しかし、黎明は答えることなくグライダーの操縦桿を握ると、一気に空へ。 「ちょっとっ!! ‥‥馬鹿、飛び出して行きたいのは貴方だけじゃないのよ」 空へとその姿を溶け込ませる黎明に向け、レダは小さくそう呟いた。 ●捺来近郊 『天空竜騎兵』を駆り地上へと降りたふしぎは、水路の所在を探っていた。 「これは‥‥っ!」 稲穂を利用し、アヤカシに見つからない様に進むふしぎは、ついに街へと続く水路を発見した。が――。 「とても人間が通れるような幅じゃないよっ‥‥!」 突破口になりえる可能性が一つ潰れた。 ふしぎはギリッと唇を噛む。 「え? あれは‥‥!」 と、ふしぎが視界を横切った飛行物に思わず振り返った。 そこには熾烈な空中戦を掻い潜り、グライダーで大地へと着陸する黎明の姿が映る。 「黎明! なんでこんな所に!」 ふしぎは駆けだしていた。 言い知れぬ不安がその足を突き動かしたのだ。 ●洞窟 『中は崩れてないみたいですねー』 薄暗い洞窟を軽い足取りで進む小梅。 『おっと、結界を調べるんでした。さて、結界は何処でしょう?』 きょろきょろと辺りを伺った小梅は、用心しながらも少しずつ前進していた。その時。 バシュっ! 『わっ!?』 突如燃え上がった蛙。 小梅は思わず摘み上げていた蛙を手放した。 『ここが結界ですかー。何も無いから気付きませんでした』 と、蛙の燃えた場所。結界の内と外をひょいひょいと行き来する小梅。 『先に進んでみたい気もしますが、先生に怒られるのは嫌ですしー。帰りましょうか』 往復も飽きてきたのか、小梅は一度奥に続く闇を見据えると、踵を返し義視の元へ戻った。 ●置き石 瘴気へと戻るアヤカシの群れが、足元を埋め尽くす。 「これならどうだ!!」 パンっ――。 死地に一人立ちつくす黎明が構える長銃は、結界の先の置き石へその砲身を向けていた。 「ちっ! 頑丈な石だな!」 しかし、打ち込まれた弾丸にも置き石はびくともしない。 「だが、まだまだ!」 そんな置き石を睨みつけ、黎明は新たな銃を懐から取り出す。 「いくらでも打ち込んでやるっ!!」 そして再び置き石へ向け狙いをつける黎明。 「黎明!!」 その時、稲穂の間からふしぎが悲痛な声を上げた。 「‥‥」 「一人で無茶しちゃだめなんだからなっ!!」 アヤカシの攻撃にも怯むことなく銃を撃ち続ける黎明に、ふしぎが駆け寄ろうかとした時。 「来るなっ!」 しかし、黎明の一吠えに、ふしぎは足を止めた。 「これは俺が壊す。お前は突入の準備をしておけ」 「な、何言ってるのっ!?」 黎明の言葉に、ふしぎは悲鳴にも似た声を上げる。 それもそのはず、黎明の身体はアヤカシの攻撃に傷付き、服は裂け、身体からは絶え間なく赤い血が滴り落ちているのだから。 パンっ! 「っ!? ダメだよ黎明!!」 しかし、ふしぎの言葉は黎明に届かない。 黎明は、何発目かの銃弾を置き石へと放った。 「‥‥まだか!」 置き石を睨みつける黎明が、歯を食いしばり苦々しく言葉を吐き出す。 ぴきっ――。 「石が‥‥」 ふしぎが思わず声を上げた。 黎明の渾身の一撃がついに石を割ったのだ。 そして、ついにその時が訪れる。 パキン――。 実際には『音』ではなかったのかもしれない。 しかし、その『音』は確かに一行の耳に届いた。 「‥‥手こずらせやがって」 がくりと膝を折る黎明。 「黎明!!」 「来るなっつっただろ!!」 駆け寄ろうかとしたふしぎを再び制し。 「行け‥‥あいつの正体見極めてきてくれ‥‥」 そう、ふしぎに向け呟いたのだった。 ●セレイナ 「‥‥どういう事?」 今まで無尽蔵かと思う程湧き出ていた鳥型のアヤカシが、その出現をぴたりと止めた。 「全部やったって事か‥‥?」 中空で肩を並べるアルティアと壬弥は、捺来をじっと見つめる。 「違うわ。あれを見て」 と、そんな二人の元へ駆けつけたシルビアが、大地に膝を折る黎明を指差した。 「‥‥黎明がやった様だな」 甲板からは弦一郎が、眼下を見つめる。 「やったって‥‥結界が消えたのか?」 セレイナの甲板へ向け、壬弥が声をかける。 「‥‥そうだろうな。現にあれを」 と、弦一郎が指差した方角には、街へと向かう一つの人影。 「ふしぎくんか」 アルティアがその人影を捉える。 「あたし達も行きましょう! あいつにばっか、いいかっこさせておけないわ!」 シルビアの言葉に頷いた一行は、ふしぎを追う様に地上へと舞い降りた。 ●??? 「大した結界だな」 男が女へ声をかけた。 『このくらいの余興がなくては、面白くなかろう』 「余興ですめばいいがな」 『柄にもないな。そんなに不安か?』 「‥‥あまり奴ら、開拓者を舐めない方がいい」 『苦い思い出でもあるのか? 実に興味深いな。聞かせてくれ』 「‥‥その慢心。いずれ仇になると覚えておけ」 『なんだ、昔話は無しか。つまらん』 「‥‥」 漆黒の甲板。 そこに佇む、ただ二つだけの人影。 二つの人影は、再び街へと踏み込んで来る一行をじっと見下ろしていた。 ●捺来 結界は消え去った。 合流した一行は、ついに敵の本拠地である捺来の街へと、再び足を踏み入れた。 「これは‥‥」 と、弦一郎が目の前に広がる光景に思わず声を上げた。 「家が‥‥」 ふしぎもまた呆然と声を上げる。 街へと踏み入った誰しもが、その光景に目を疑った。 「崩れて‥‥いや、溶けている?」 義視は民家の傍に屈みこむと、まじまじとそれを見つめた。 最早原形をとどめているのは屋根のみ。それ以外の部分はまるで地面に吸い込まれたように、綺麗に無くなっていた。 「‥‥」 義視に並ぶように膝を折った弦一郎が、懐から何かを取り出し民家であったものを弄る。 「何やってんだ?」 そんな弦一郎に、壬弥が問いかける。 「‥‥これを持ち帰ろう」 と、弦一郎は壬弥に手に持つ矢先を向けた。 「‥‥これは、例のカビですか」 その矢さきにこそぎ取られた黒いシミ。 義視は矢先に付着したシミを興味深げに覗き込んだ。 「‥‥さっきの結界、それにあの穴。このアヤカシが関係しているのかもしれない」 と、弦一郎は取り出した印篭の中へと、慎重にカビを収めた。 「ま、ここじゃ調べるなんて出来ないものね。懸命な判断だわ」 「‥‥ありがとう」 「べ、別に褒めてないわよっ!」 丁寧に礼を述べる弦一郎に、シルビアは首が折れるのではないかと思えるほど大きく顔を背ける。 「なんだろうね。ふしぎくんが二人いるみたいだ」 そんな二人のやり取りアルティアが、かくりと小首を傾げた。 「え? どこどこ?」 と、そんなアルティアの言葉に、ふしぎはきょろきょろと辺りを伺った。 その時――。 『ようこそ、我が町へ』 「っ!?」 突然の声は上空から。 一行は声に釣られる様に、上空を見上げた。 「あれは‥‥!」 その声の主にアルティアが声を上げる。 漆黒の闇の柱からその船首だけを覗かせるデスリカ。 『おかげでいい実験結果が得られた。感謝しよう』 再び一行に浴びせられる、冷たく凍りつくような女の声。 「‥‥奴は」 弦一郎が咄嗟に弓を構え、人影に向け矢を向けた。 『さぁ、次の実験を開始しよう』 と、そんな一行の警戒を嘲笑い、船首の人影はローブをはためかせ、大きく腕をふる。 「何が実験だ! お前になんか用はないんだからなっ! 船長の偽物を出せっ!!」 そんな仕草にふしぎの苛立ちが爆発した。 ふしぎは手に持ったゴーグルを握りしめ、空に漂うデスリカにへ向け叫ぶ。 『偽物? ほう、あれは偽物であったか。面白い』 そんなふしぎの悲痛な叫びにも、ローブを纏う人影は興味深そうにせせら笑う。 「何がおかしい」 と、そんな人影の元へもう一つの人影が。 「し、白月!」 そこに現れたのは、数週間前見たその人影。 セレイナの船長、黎明とよく似た顔立ちをした、白月と呼ばれる人影であった。 『これは偽物の船長殿』 「‥‥お前達だけか」 と、おどける様に声をかけるローブの人影を無視し、白月と呼ばれた者は、眼下の一行を見下ろした。 「ご期待に添えねぇのは申し訳ないが、俺達だけで十分だったんでな」 そんな白月に壬弥が槍を構え、啖呵を切る。 「‥‥ならば、その実力見せてもらおうか」 と、壬弥の挑発にも白月は動じない。 外套を翻し、一行の視界へと消えた。 「ま、待って、白月!! 僕は聞きたいんだ! どうして――」 姿を眩ませた白月に向け、必死で訴えかけるふしぎ。だが――。 「な、何よあれ‥‥」 シルビアの上げた声に、一行は視線を落す。 そこには、以前の倍ほどに拡大した黒穴から這い出たモノ。 「今度の相手は、あれってか‥‥?」 壬弥が槍を構え一行の前へ出た。 それは辺りの崩れた民家の倍はあろうかという、巨大な亀の姿をしていた――。 |