【黎明】風雲急を告げる
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 1人
リプレイ完成日時: 2010/11/13 19:17



■オープニング本文

●捺来

 その日、太陽が消えた。

「な、なんだ、あれは‥‥」
 街と外を隔てる漆喰の壁に寄り掛かり、空を見上げていた一人の農夫が声を上げる。
「空が‥‥」
 その日の空は、絵に描いた様な秋晴れであった。

 つい数分前までは――。

●此隅
「おい、聞いたかあの噂」
「おお、聞いた聞いた」
 仕事帰りの男達でごった返す一軒の酒場。
 この日の酒場は、ある一つの噂で持ちきりであった。
「お、お前も聞いたのか?」
 隣の席から身を乗り出す男が、嬉しそうに話しかける。
「まさか、捺来の街がねぇ‥‥」
 と、椅子に腰かけた男が噂の出所へ想いを馳せた。
「でもよ、あの街は武術が盛んな街なんだろ? アヤカシなんか退治しちまうんじゃねぇのか?」
「よっぽど強いアヤカシが来たんだろ?」
 話の輪は広がり、我も我もと机に詰めかけてくる。
「おいおい、俺の聞いた話は違うぞ? 確か病気かなんかなんだろ?」
「ああ、疫病が蔓延したって聞いたな」
 男達はまるで作戦会議でも開くかの様に、一つの机に集まりそれぞれが耳にした話題を披露しあう。
「お前ら何言ってやがんだ? 領主が乱心して町民全員斬り殺したんだぜ?」
「はぁ? いくら志体持ちの領主つったって、町民全員で何人いると思ってんだよ」
「俺は地震で壊滅したって聞いたぞ?」
「そんなでっかい地震なら、此隅もあぶねぇだろ?」
 男達の話題はどれもこれも核心に迫るものはなく、あくまで噂の域を出るものではない。
「おら、どけどけ!」
 その時、一人の男が酒場に駆け込んできた。
「うん? なんだ、喜平か。新しい情報でも手に入ったのか?」
 と、息を切らし不敵な笑みを浮かべる男に向け、机を取り囲む男の一人が声をかける。
「おう! 聞いて驚け! 何でも巨勢王が使者を派遣したんだとよ」
「そら派遣するだろ?」
「まぁ、落ち着いて聞けよ。でだ、その使者が何日たっても戻ってこないっつぅぜ!」
「‥‥おいおい、本気でやばいんじゃねぇのか?」
 再び始まった酒場会議。
 その夜、男達は酒を肴に遅くまで噂話に花を咲かせたのだった。

●遭都
 天儀六国を取り纏める天儀王朝の本拠地、天儀の都である。
「まったく、またただ働きか‥‥」
「あのね、全部あなたのせいでしょ?」
 かつて極めた栄華を彷彿とさせる重厚な扉をくぐり、遭都の街に足を踏み出した男女。
「えー! あの場合は諦めるしかないでしょ!?」
「だから寄り道せずに戻ろうって言ったのよ!」
「それは俺のプライドが許さないっ!」
「プライドでご飯は食べれないわよね?」
「‥‥ゴメンナサイ」
「わかればよろしい」
 絢爛で閑静な街並みを似合わぬ怒鳴り合いで過ぎ行く二人を、街の住民が何事かと視線を送る。
「ともかく、今回の依頼はちゃんと達成させて、報告するのよ?」
「ハイハーイ」
「『はい』は一回」
「はいっ!」
 まるで女との会話をずっと楽しんでいたいとでも言いたげに、ころころと口調と表情を変える男。
「‥‥もぉ、いい加減真面目にやらないと、王朝の公認を取り消されるわよ?」
「おぉ!? それはまずい。うん、まずいぞ、それは」
「でしょ? だったら今回は真面目にやるのよ」
「ハイハイハーイ」
 まるで堪えない男の言動に、女は深い深い溜息をつく。
 そんな様子をちらちらと伺う街の住人からも、くすくすと含み笑いが零れた。

「黎明殿!」
 そんな二人に後ろから声がかかる。
「これは書記官殿、どうされました?」
 答えたのはレダ。なれぬ全力疾走で息も絶え絶えな男に声をかけた。
「はぁはぁ‥‥」
「落ち着けって。で、どうしたのよ?」
「――ふぅ、た、大変なのです!」
「大丈夫、我々は逃げませんから」
 涙目で必死に訴えかけてくる書記官に、レダは苦笑い。
「す、すみません‥‥。えっとですね――」
 レダに優しく背をさすられ、若干頬を染める書記官が、話し始めた。

 その内容は――。
 突然、死せる街となった武天の街の事。
 音信不通の街には、不気味な影が蠢いているという事。
 そして、それを調査してこいとの命令書であった。

「‥‥ふーん」
「あまり聞いてて楽しい話じゃないわね‥‥」
 書記官の話に、真剣な表情で黙考する二人。
「で、ですので、すぐにでも出立を!」
「それはいいけどさ。俺達だけじゃちょっとばかし、きついかもしれないな」
「そうね。街一つとなると、相当のモノが待ち受けているような気もするし‥‥」
 書記官の焦りとは裏腹に二人は乗り気でないのか、顔を顰めた。
「武天といえば、巨勢王の国でしょ? 私達なんかが出て行って、話がこじれないの?」
「だよねぇ。武天の軍勢と鉢合わせ。そんなシュチュエーション嫌だよ、俺」
「そこは問題ありません。これは武天からの依頼なのです」
 二人の怪訝に書記官は自慢げに胸をドンと叩く。
「武天自らの依頼‥‥? なんだか、信じられないわね」
「現に巨勢王が、ギルドに手配し精鋭を用意するとの通達もあるくらいなのです!」
 と、書記官は自信をのぞかせた。
「‥‥いいぜ、やるよ」
 そんな書記官に黎明が短く答える。
「ちょ、ちょっと!?」
「おお! やってくださるか、ありがたい!」
 慌てて黎明の袖を掴むレダとは対照的に、瞳を輝かせる書記官。
「こんな訳のわからない依頼受けるっていうの!?」
「まぁまぁ、落ち着きなよレダ。俺達は前回の汚名を晴らさないといけないんだろ?」
「それはそうだけど、何もこの話しじゃなくても!?」
「‥‥ちょっとな、胸騒ぎ‥‥というか、予感がするんだよ」
「え‥‥?」
「という訳で、話は纏まった。書記官殿、『崑崙』すぐに出るぜ!」
「はい! よろしくお願いします!」
「ちょ、ちょっと!?」
 喜ぶ書記官を残し、黎明はレダの腕をとり大通りを行く。

 この後に待ち構える壮絶な戦いの事など、知る由もなく――。


■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
アルティア・L・ナイン(ia1273
28歳・男・ジ
黎乃壬弥(ia3249
38歳・男・志
各務原 義視(ia4917
19歳・男・陰
神鷹 弦一郎(ia5349
24歳・男・弓
シルビア・ランツォーネ(ib4445
17歳・女・騎


■リプレイ本文

●村
「ふぅん。まったくの音信不通ねぇ」
 遠くに霞む捺来の街を見やりながら、黎乃壬弥(ia3249)が深く頷いた。
「おかげで此隅まで行く羽目になって、こっちは困ってんだ」
 そんな壬弥に、村の男が困り果てた様に訴える。
「じゃぁ、捺来の街へは、誰も行ってないって事か?」
「あたりまえだ。あんな薄気味悪い事件が起きた街、のこのこ商売なんぞに行く方がどうにかしてる」
 壬弥の問いかけに、呆れる様に答える男。
「ふむ‥‥ちなみに、あの街で米や野菜なんかは採れるのか?」
「そりゃ、多少なりとは採れるが‥‥。もともと武術の街だからな。取れる量は限られてる」
「足りない分は、他の街から買ってるってわけか」
「だから困ってんだって」
「なるほどな‥‥」
 と、得られた情報に壬弥は一人黙考する。
「まぁ、悪いこたぁいわねぇ、近寄らない方が身のためだ」
「ん。忠告感謝するわ」
 そして、壬弥は心配する男に軽く礼を述べると、そのまま捺来へ向け歩きだす。
「お、おい! ‥‥ったく、死ぬなよ!」
「はは。そん時は化けて出てやるよ」
「お、お前な!?」
 背から掛けられる男の言葉に、壬弥はすっと手を上げ答える。
 そして、街へと――。

●此隅
「――なるほど、では普段通りの街であったんですね?」
「ああ。まったく、危ない所だったよ」
 此隅の市で捕まえた一人の商人の話を聞く各務原 義視(ia4917)。
「では、少し質問を変えます。周辺で妙な噂を聞いたり、変な出来事などは起こったりはしていませんでしたか?」
「いや、これと言ってそんな噂は聞かないな」
「ふむ‥‥」
 商人の答えに義視は、口元を押さえ考え込んだ。
(となると、目撃の在った霧は街中から発生したものではない?)
 一人、思考に耽る義視。
(しかし、外部から流れて来たにしては不自然すぎる‥‥。やはり何者かが裏で動いていると考えるべきか)
『先生。商人さんがお待ちになってますよ』
 と、思考の海に沈んだ義視を引っ張り上げたのは、人妖『小梅』であった。
「うん? ああ、これはすみません。貴重な情報ありがとうございます」
『ます』
 待ちぼうけを喰らっていた商人に向け、義視は深々と頭を下げる。ついでに小梅も下げる。
「いや、あの街がないと商売あがったりだからね。うまく解決してくれる事を祈っているよ」
「ええ、ご期待に添えるよう尽力しますよ」
 商人らしく柔らな物腰で礼に答えた商人は、二人の元を去っていった。

「さて、小梅。行きましょう」
『はい、先生』
 義視は小梅の手を引き此隅を離れる。
 皆が待つセレイナへと向けて――。

●捺来郊外
「あれが一夜にして壊滅した街、か」
 丘を越え眼下に現れた捺来の街を眺め、アルティア・L・ナイン(ia1273)が呟いた。
「スーヴォルン。ここからは速度を落して」
 と、アルティアは跨る騎龍『スーヴォルン』の背をポンと叩く。
「ゆっくりと近づくんだ。そう、できるだけ低くね」
 アルティアの言葉を理解したのか、スーヴォルンはその指示に従い、低く低く飛ぶ。
「帰らぬ使者‥‥消された? いや、喰われた‥‥。どちらにせよ、いい気はしないね」
 徐々に全景を現す街に、アルティアはグッと表情を強張らせた。

●セレイナ
「黎明、また手伝いに来たよっ!」
 船長室の扉を開き、天河 ふしぎ(ia1037)が現れた。
「お、お前か。よく来た―――って、何しに来たんだ‥‥?」
 迎えた黎明、そしてクルー達はふしぎの姿に呆然と固まった。
「黎明を誘惑に来たんでしょう」
 と、宝珠制御担当の嘉田が、何事もなかったように呟く。
「なっ!?」
 その言葉に驚いたのは黎明。目を見開きふしぎを見つめる。
「‥‥え、えっと、皆目が変だよ‥‥?」
 奇異の視線に晒されるふしぎは、状況が飲み込めずきょろきょろと部屋を見渡した。
「‥‥あのね。手伝いに来てくれたのは嬉しいんだけど。その格好はどうにかならない?」
 そんなふしぎにレダが呆れる様に声をかける。
「格好‥‥? こ、これは動きやすいように‥‥し、下着じゃないんだからな! 勝負服なんだからなっ!」
 レダの忠告に、自身が身に纏う服装を見やったふしぎは、一瞬にして顔を真っ赤にし、猛反論。
「やはり正解だったようですよ、黎明」
 しかし、ふしぎの猛反論に嘉田はこくりと頷く。
「お、おう‥‥」
 と、黎明はごくりと唾を飲み込んだ。
「まったく‥‥。とりあえずこれを着ていなさい。さすがに色々と目の毒だから」
 慌てるふしぎにレダが自身のコートをふぁさりとかける。
「あ、ありがとうレダ」
「どういたしまして。でも、年頃の男の子がそんな格好してちゃダメよ?」
「そ、そうなんだ‥‥照が似合うって言ったんだけど‥‥」
「まぁ、似合う似合わないは別としてね」
 しゅんと項垂れるふしぎの肩を、レダは苦笑交じりにポンと叩いた。
「さぁ、もうすぐ着くわ。皆準備に取り掛かって」
 そして、レダは部屋に集うクルーへ向け、指示を飛ばした。

●舳先
「人が忽然と消えた、ね。確か天儀では『カミカクシ』って言うんだったかしら」
 舳先に立ち流れる雲と風に身を任せるシルビア・ランツォーネ(ib4445)が呟いた。
「まっ、犯人が神であろうがアヤカシであろうが、この混乱の責任はきっちり取らせてやるけどね。――うん?」
 迷わぬ視線を前方の空へ向けていたシルビアの背に、突如温かな感触が触れた。
「フィリップ。どうしたの?」
 そこには、シルビアに寄り添う様に頭を預ける愛龍『フィリップ』の姿。
「少し寒くなった? なら、船倉の方に入れてもらおうか?」
 と、そんなフィリップに心配そうに声をかけるシルビア。
 その姿はまるで弟を想う姉の様でもあった。
「違うの? じゃぁ、どうし――」
 しかし、そんな姉の気使いにもフィリップは小さく首を振る。
「あ、初めての実戦だから緊張してるのね」
 愛龍が何を言わんとしてるか、共に育ったシルビアにはすぐに理解できた。
「大丈夫。何かあったら、あたしが護ってあげるから、ね」
 と、シルビアは小さなフィリップの背を優しく撫でた。

●船室
「‥‥」
 提供された様々な情報が書かれた書類。
 机の上に乱雑に置かれたそれを神鷹 弦一郎(ia5349)は、一つ一つ丁寧に目を通す。
「これは必要な情報だ。――こちらは眉唾か」
 弦一郎は情報の記載された書面に優劣をつけ、優先度順に並べ直して行く。
「邪魔するぜ」
 と、そんな弦一郎の元へ、操舵士である石恢が新たな書を持って現れた。
「追加の情報だ。ここでいいか?」
「‥‥ああ、すまない」
 書が散乱する部屋の中に開いたスペースを指差す石恢に、弦一郎がこくりと頷く。
「にしてもすげぇ量だな。お仲間さんはよほど熱心に調べてるようだな」
 書類を乱暴に床に置き、石恢がこきりと肩を鳴らした。
「‥‥ああ、頼もしい仲間だ」
「んで、あんたは情報整理担当って訳かい?」
「‥‥いや、そういう訳ではないんだが」
「ふーん。ま、いいや。よろしく頼んだぜ」
「ああ‥‥」
 と、石恢はつまらなさそうに部屋を後にした。

「‥‥」
『くぅん‥‥』
「‥‥威織か」
 石恢の去った部屋で主人にすり寄る忍犬『威織』。
「‥‥やはり、うまく説明するのは苦手だな。こういう時、威織が喋れたらとつくづく思う」
 膝を追った弦一郎は、威織の頭を撫で小さく呟いたのだった。

●セレイナ
 一行は甲板に集い、各々調査した情報を報告し合う作戦会議が開かれていた。
「――って訳で、周辺の村からは大した情報はないな」
 壬弥の報告。調査した周辺の村々から聴こえる話は、どこも同じ様なものであった。
「私も此隅で捺来出入りの商人に声をかけましたが、特にこれといった情報は得られませんでしたね」
 と、義視が続く。
「‥‥俺も報告書を洗ってみた‥‥が、謎に繋がる様なものはない」
 そして、弦一郎が。
「ふぅ、やっぱり、あれかね。街へ入るしかないってわけか」
 芳しくない報告の数々に、壬弥はどこか諦めた様にそう呟いた。
「事が街で起きてるなら、入って調査するのは当然でしょ?」
 そんな壬弥に、シルビアが半ばあきれる様に声をかける。
「いや、まぁそうなんだけどな。事前にもう少し情報が欲しかったな――」
「皆! お待たせ!」
 と、壬弥が答えた、その時、、ふしぎがグライダー『天空竜騎兵』から甲板へと舞い降りる。
「ふしぎ、どうでした?」
 甲板へと降り立ったふしぎを義視が迎えた。
「うん、さっき照に貰ってきたんだけど――これ」
 と、ふしぎが懐から取り出した一通の文。
 そこには『美少女シノビ記者 照ちゃん 参上っ!!』と、達筆な文字で記されていた。
「なにこれ‥‥」
 そんな文を、シルビアは怪訝な眼で見つめる。
「僕の、その知り合いの記者なんだけどね。今回の件で色々と動いてもらってて――」
 と、ふしぎは文を広げた。
「で、なんて?」
 文を読むふしぎの横から覗きこむ義視が問いかける。
「――えっと、街の周辺には目ぼしいものは無かったって」
「ふむ、やはり外見は正常そのもの――」
「あ、待って! 最後に――『街の周りに変な置き石を何個か見つけた』――だって」
「‥‥置き石?」
 文の最期を読み上げたふしぎに弦一郎が問いかけた。
「うん、後は――『関係無かったらごめんねっ! はははっ!』。‥‥うぅ、照ぁ」
 最後の一文に、ふしぎはがくりとうなだれる。
「作為的に置かれた物なら、調べる必要はあるけど‥‥」
「置き石程度、どこにでもあるでしょ?」
 もたらされた情報に、考え込む義視であったが、シルビアの見解は違った。
「まぁ、ただの道標かもしれないよな」
「‥‥気には止めておこう」
 あまりに不確か情報に、壬弥と弦一郎も判断しかねるのか、曖昧に答える。

「っと、お待たせ。僕が最後かな?」
 そこへ、アルティアがスーヴォルンに跨り、甲板へと降り立つ。
「何か情報は得られたか?」
 スーヴォルンの背を撫でつけるアルティアに、壬弥が問いかけた。
「いや、まったく」
「結局、誰も収穫なし?」
 アルティアの答えに、シルビアは落胆する。
「でも、収穫はなくはないよ」
 と、そんなシルビアにアルティアが微笑みかけた。
「何かあったの?」
「うん、関係あるかどうかはわからないんだけどね」
 問いかけるふしぎに、アルティアが。
「確か、あの街の中央にシンボルの櫓があったよね」
「‥‥物見櫓がある」
「うん、それが見当たらなかった」
「え?」
「まぁ、遠目から見ただけだから見落としたのかもしれないけどね」
 と、飄々と答えるアルティアの言葉に、一同は黙り込んだ。

「やっぱ、入ってみないとわからないかね」
 しばしの沈黙を割り、壬弥が声を上げる。
「だね。もう一度上空から調べてみるよ」
「俺も行こうかね。久しぶりに定國を飛ばしてやりたいしな」
 と、壬弥が甲板の隅でじっと待つ愛龍『定國』に視線をやった。
「では、上空組がアルティアと黎乃さん。残りが地上組という事で」
 義視の言葉に皆が頷く。

 時を同じくして、セレイナは捺来近郊へとその巨体を静かに下ろしたのだった。

●捺来
 捺来門外。

 びぃ――ん。

 弦一郎が弓の弦を掻き鳴らす。
「‥‥っ!?」
 反響する微細な共鳴音。その音に、弦一郎の表情が強張った。
「どうですか?」
「‥‥アヤカシがいる」
 問いかける義視に応える弦一郎。そこ言葉に一行に緊張が走った。
「そんな‥‥何も聞こえないのに」
 と、ふしぎが焦った様に呟く。
 それもそのはず、微細な音も捉えるふしぎの聴覚には、何の音も聞こえないのだから。
「どれくらいいるのですか?」
 じっと考え込んでいた義視が弦一郎に問いかけた。
「‥‥数えきれない。まるで街全体がアヤカシの様だ」
 返ってきた答えに、一同の緊張がさらに膨らむ。
「あからさまに罠ですね‥‥」
 弦一郎の言葉に、義視が答え再び深く考え込んだ。
「‥‥それでも行かない訳にはいかない」
 しかし、弦一郎は力強くそう言葉にする。
「あたりまえでしょ。あたしたちはその為に来たんだから」
 当然とでも言わんばかりに、シルビアは無い胸を張り街の入口を見据えた。
「行こうっ! まだ街の人が残ってるかもしれないんだっ。アヤカシだらけの所になんか置いていけないよっ!」
 ふしぎが第一歩を刻む。

 そして、一同はアヤカシの巣窟と化した街へと足を踏み入れた。

●上空
「な、なんだこりゃ‥‥」
 定國の背に跨る壬弥が、眼下に広がる光景に目を疑った。
「異常なんて生易しいものじゃないね‥‥」
 と、アルティアも眼下の光景に釘付けとなる。声に緊張を孕ませながら。

 そこには――ある筈の物見櫓はない。
 代わりに、街の中央にぽっかりと口を開く大穴の姿があったのだ。

「奈落の入口ってか‥‥?」
「うまい表現だね。本当にその通りかもしれない」
「と、言う事はこれが街消滅の原因ってわけか」
「どうだろう。それはもう少し調べてみないとわからないね」
「ふーむ。降りるか?」
「いや、やめておこう。まだ他にも調べないといけない所があるしね」
「だな。んじゃま、最後の楽しみに取っておくか」
「うん、そうしよう」
 そして、二匹の龍は捺来の上空を低く飛ぶ。
 街の異変をその目にする為に。

●街
 街の大通り。
 普段なら人でごった返す昼下がりの通りには、蟻の子一匹姿が見えない。
「アヤカシなんてどこにもいないじゃない!」
 憤慨するシルビアが大通りのど真ん中に立ちつくした。
 慎重を期し踏み入った街で一行を出迎えた者は何もない。
「人の気配がまるでないよ‥‥」
 すっと瞳を開いたふしぎが、緊張した面持ちで呟いた。
「通りに気配がないとすると――建物の中か」
 と、義視が左右に犇めく家屋へと視線を送る。
「行こう! ここで何が起きたか、絶対に調べるんだからなっ!」
 拳を握り一軒の民家の戸に手をかけるふしぎ。
 そして、ふしぎは大胆かつ繊細に、その戸を開いた。

●家屋
「カビ‥‥?」
 捜索の為、踏み入った民家に付着した小さな異変。
 ふしぎが徐にすくい取ろうとした時。
『わうっ!』
 威織が大きく吠えた。
「‥‥触らない方がいい。それがアヤカシの様だ」
 と、ふしぎの前に立ち塞がる威織を宥めながら、弦一郎が答えた。
 人には感じる事の出来ない、固有の『臭い』。
 威織はその異変を敏感に感じ取っていた。
「これがアヤカシ‥‥?」
 どう見ても、普通のカビにしか見えない。
「面白いですね。今まで見た事のない形状だ」
 と、義視が家屋にできた小さなシミをじっと見やる。
『これサンプルになりますかね? ちょっと持って帰って調べます?』
 その横では、シミを興味深げに眺める小梅。
「こんな得体のしれないモノ、持って帰る気にはなれないけどね」
 そんな小梅に、義視は苦笑いで答えた。
『そっか、残念』
 とは言うものの、ちっとも残念そうでない小梅。
「‥‥他の家にもあるだろう。調べよう」
 立ち上がった弦一郎が威織を引き連れ民家を後にする。

「こんなカビ程度に、ここの人々が全て殺された‥‥?」
 謎は深まる。
 義視は深く考え込みながらも、弦一郎に続き民家を出た。

●廃屋
「少しいいかしら」
「うん、どうしたんだい?」
 調査の為入った廃屋の中で、シルビアが黎明を呼び止めた。
「あんた、王朝公認の空賊とかって聞いたけど」
「ああ、そうだよ?」
 シルビアの問いかけに、嬉しそうに答える黎明。
「‥‥なんで賊なんかを王朝は公認するのかしら」
 しかし、シルビアはひどく不満そうにそう呟いた。
「大体、王朝公認のくせして『賊』なんておかしいでしょ!」
 次第に声を荒げるシルビア。
 本来は討伐の対象である空賊。
 それが今はこうして肩を並べる存在なのが、シルビアにとっては腑に落ちない。
「うーんと、天儀の王朝さんも色々とあるんだよ。空賊って名乗る連中を使わないといけない、そんな事もね」
 しかし、そんなシルビアに対して、黎明はにこりと笑み、落ち着いた声でそう答えた。
「‥‥納得いかないわ」
「納得いかなくてもいいさ。――あ、でも、俺に興味を持ってくれるのは嬉しいよ」
 ふつふつと不満を煮え滾らすシルビアに、黎明の一言。
「な、何勘違いしてるのよっ! 言っとくけど、あたしが興味を持つのはその立場であって、あんた自身にはこれっぽっちも興味持ってないんだからねっ!」
 しかし、黎明の言葉に、シルビアは頬を染めながら堰を切った様に早口で反論した。
「お、おう。それは悪かったね、ごめん」
「なっ‥‥! な、何謝ってるのよっ! あんた仮にも船長でしょ!? 軽々しく謝ったりするんじゃないわよっ!!」
「お、おっとそうか。そうだよね。軽々しく謝っちゃ威厳が保てないね。忠告ありがとうね」
「ば、馬鹿じゃないの!? ほんと、もう最低っ!!」
 と、素直に礼を述べる黎明を残し、シルビアは全力で踵を返すとさっさと廃屋を後にする。

「俺、何かまずい事言ったかな‥‥?」
 そんなシルビアの背を眺め、残された黎明は呆然と立ち尽くしたのだった。

●上空
「一応、皆には知らせて来たよ」
「そうか、御苦労さん。こっちは、変わりなしだ」
 再び上空で合流した、アルティアと壬弥。
「それにしても、まったく人の気配がないどころか、死体すらないとはね」
 並び飛ぶ壬弥に、アルティアが語りかける。
「どこかに攫われたか。それとも――」
 と、壬弥が呟いた。

 その時。

 辺りを闇の閃光が包んだ――。

「なんなんだ、あれ‥‥」
「‥‥わからない。でも、急いで合流した方がいいかもしれない」
 大穴から噴き出した闇の息吹。
 それは一瞬の出来事であった。
 天まで貫く巨大な闇の柱が、そこに出現した。

●中央
 闇の黒が次第に薄れる。
 巨大な黒柱は徐々に透過していた。
「何か‥‥居る」
 義視が小さく呟く。
 色の薄れた黒柱の中に、浮かぶ『何か』を一同はその眼で捕えていた。
「‥‥船、か」
 弦一郎の研ぎ澄まされた視力が『何か』の正体を見破る。
 それは、一隻の飛行船。黒柱に溶ける様な真黒な船体であった。
「そ、そんな‥‥」
 と、レダが悲鳴にも似た声を上げる。大穴の上空に浮かぶ船に向け。
「黒い船‥‥? でも、あの形は‥‥」
 と、義視がその姿をある物と重ねる。
「‥‥セレイナ。そんな‥‥!」
 その物をふしぎが言葉とした。
 浮かぶ船。それは色こそ違え、細部までセレイナと瓜二つの船であったのだ。
「ちょっと、あんた‥‥あれ何なのよ」
「‥‥デスリカ」
 シルビアの問いかけに、黎明は一つの言葉を口にした。
『――久しぶりだな。レイディア・モルディス』
 どこかで聞いた様な声。
 黒き船の舳先に立つ男が、そう言葉をかけたのはレダに向けてであった。
「どうして貴方が‥‥」
 目の前に存在する影に、レダは声を振るわせる。
『知り合いか?』
『‥‥昔の馴染みだ』
 と、舳先に現れたもう一つの影。
 深い血の色のローブを纏う、小柄な人影がもう一人の人影に語りかけていた。
「‥‥白月ぃ!」
 謎の声に答えたのは黎明。
 憎々しげにその名を口にした。
「え‥‥? 白月って‥‥」
 その名に、ふしぎが再び漆黒の船を見やる。
 その姿は――。

 ドウっ!

 突然の轟音と閃光が一行を包む。
 朱、蒼、翠、茶、そして、金。5色の眩い光の柱が街を取り囲む様に吹きあがったのだ。

「皆、急いで街の外へ!!」
 突然の異変に呆気にとられる一同に、上空から声がかかる。
「ぐずぐずしてると、閉じ込められるぞ!」
 同じく上空からの声。
 アルティアと壬弥は、呆気にとられる一同へ向け急降下してきた。
「結界‥‥! くっ、ぬかりましたね!」
 一人冷静に状況を分析していた義視が声を上げる。
「ごちゃごちゃ言ってないで、急げ!!」
 再び壬弥の声。
 一行は、怪異を前に何もできない口惜しさを胸に、急ぎ街を後にした。

●郊外
「‥‥冗談じゃないわよ。何なのよこれ」
 シルビアの呟きに一同は後ろを振り向いた。

 5色の柱。そして中央の黒柱。
 街を覆う結界を前に、一同は呆然と立ち尽くすほかなかった――。