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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●沢繭 「いま帰ったのじゃ!」 「姫様!?」 (自身が招いた)様々な困難を乗り越え、屋敷へと戻った振々を頼重が震える声で迎えた。 「うむ、振なのじゃ!」 どどーんと無い胸を張り、入口に仁王立つ振々。その表情は、何故か誇らしげであった。 「‥‥」 「うん? どうしたのじゃ? 振が帰ったのじゃ、もっと盛大に迎えぬかっ!」 しかし、ふるふると肩を振るわせ立ちつくす頼重。そして、その頼重をはらはらと見守る家臣達。 「‥‥」 「むぅ、折角のかんどーが台無しではな――っ!」 そんな家臣達に振々が不満をぶちまけ様とした、その時――。 「よくぞ‥‥よくぞご無事で‥‥」 駆け寄った頼重が、振々を抱きしめた。 「離さぬか頼重! 苦しいでは――もがもが」 「どれほど心配したとお思いか‥‥」 その声は小さくも優しくあった。 「‥‥すまぬ」 頼重の声よりもさらに小さな呟き。 「‥‥もうよろしい。無事に帰ってこられたのですから」 そう言うと頼重は振々の肩に手をやり、身体から離した。 ●森 深き森。 理穴にあっては珍しくない木々が生い茂る森。 その森の深部で小さく、まるで何者にも聞こえてはならぬよう囁く声が聞こえた。 「――様、手筈は整いました」 「わかった。しくじったら承知しないからね」 「御意」 「で、あいつ等は使えるんだろうね」 「信頼できる伝手を辿って手配した者達です。問題無いかと」 「‥‥信頼してるよ、律」 「はっ!」 「じゃぁ頼むよ。必ずね」 男の言葉に、無言で頷く人影。 そして、人影は取り巻きを引き連れ、森の闇へと溶けていった。 「――待っていろ兄上‥‥僕が、僕が次期党首なんだ‥‥っ!」 森へと消えた影達を見送る人影が、ぼそりと呟いたのだった。 ●沢繭 「その件であれば、開拓者の皆より連絡を受け、永眼様へ伝令を送っております。あの方であれば、問題無く処理されるでしょう」 「それがいかんのじゃ!!」 袖端家にあって、もっとも聡明とされる長兄の永眼である。情報さえ得れば何事も完璧にこなすであろう。 頼重はそう思い口にした言葉であったが、振々はその言葉に激怒する。 「な、なぜですか‥‥?」 何にそんなに怒っているのか、頼重は訳がわからずきょとんと呆けた。 「永眼兄様がはむかう者にようしゃするはずが無いのじゃ!」 「あ‥‥」 振々の言わんとしている事がようやくわかった。 何事も完璧を期す永眼であれば、いくら弟であっても寛容に許すはずが無い。 「わかったであれば早々にあのものたちに伝令をおくるのじゃ!」 振々の発する怒声には、ほのかに焦りの色が浮かぶ。 「畏まりました」 振々の兄を想う気持ち。 その気持ちに答える為に、頼重はギルドへと急ぎ伝令を走らせた。 ●沼蓑 「‥‥」 一本の蝋燭が照らし出す薄暗い部屋。 この部屋の主が机に広げられた一枚の書に眼を落していた。 「‥‥馬鹿な弟だ」 眼球だけを動かし書を読み終えた永眼はぼそりと呟く。 「‥‥」 表情すら変えずそう呟いた永眼は、ふと天を仰いだ。 「‥‥虚栄心ばかり私に似たのか」 ピクリと頬が動く。 「‥‥誰か」 と、永眼が部屋の戸へ向け声をかけた。 『はっ!』 即座に返ってくる返事。 「‥‥厳戒態勢に入る。この屋敷に入った者は皆、斬り捨てよ」 『はっ!!』 「‥‥」 廊下を遠ざかる足音。 その音を聞きながら永眼は、一度だけ深く溜息をついたのだった。 |
■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029)
23歳・女・巫
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
御神村 茉織(ia5355)
26歳・男・シ
リーナ・クライン(ia9109)
22歳・女・魔
レイラン(ia9966)
17歳・女・騎
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
更紗・シルヴィス(ib0051)
23歳・女・吟
エルネストワ(ib0509)
29歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●郊外 分厚い雲が星空を覆い、闇の中を吹き抜ける音。 虫の声か、それとも人か。否、風鳴りか。 「――」 木々の隙間をまるで蛇のようにうねり吹く。 「ちっ」 小さな舌打。 闇深き森の中を聴覚だけを頼りに御神村 茉織(ia5355)が駆け抜ける。 「色々と考えつくもんだぜ、まったく」 背後には数多の気配。 「ちっ」 二度目の舌打。茉織はただひたすらに闇を駆け抜けた。 ●門前 カシャン! 「っ!」 金属が打ち合う甲高い音。 「ちょっと、なにするんだよ!」 文を片手に永眼の屋敷の門をくぐろうとしたリーナ・クライン(ia9109)を衛兵が槍で制した。 「‥‥」 無言の衛兵は恨めしそうに見上げるリーナを見下す。 「袖端家が末子、振姫の書状だよ!」 蔑むように見下ろす衛兵へ向け、リーナは文を突き付けた。 「死にたくなくば帰れ。これは我らの恩情だ」 しかし、衛兵は制止した事を恩と言う。 「何言ってるの! あなた達のご主人様を思ってやってることなんだよ!」 「‥‥静かにしろ」 「な、永眼様!?」 門より一歩も引かないリーナ。そこに現れたのは永眼であった。 「何時ぞやの小娘か」 感情の欠片も見られない表情。永眼はリーナを冷たく見下ろす。 「永眼くんが出てきてくれたのなら話ははやいよ。これ振ちゃんからのお手紙だよ」 交差された槍の隙間から、リーナは文を永眼へと伸ばした。 「‥‥」 「ちょっと!?」 それを受け取った永眼は、見もせず無言で破り捨てた。 「下がれ。今からここは死地となる」 そして、くるりと背を向け立ち去る永眼は小さくそう呟いたのだった。 ●街 「喪越君じゃありませんか」 暖簾をくぐった万木・朱璃(ia0029)が、席で蕎麦を啜る喪越(ia1670)を見つけた。 「よぉ。おめぇもどうだ? 一杯」 一方、朱璃を見つけた喪越は口に含んだ蕎麦を飛ばしながら、隣の席を勧める。 「魅力的な提案なんですけど、遠慮しておきますね」 「ん、そうか。残念無念」 にこりと微笑んだ朱璃に喪越はかくりと肩を落とした。 「ん? 結局座るのか?」 「お話だけですよ」 「ふむ――。で?」 昼時を外していた為、周りに客の姿はほとんど無い。 しかし、朱璃は声を殺し喪越に語りかける。 「外出を控える様にと通達が出ているようですね」 「なるほどな。そんな中で怪しい動きしてる奴がいれば、一発でわかるってわけか」 「さすがは聡明な永眼君。徹底していますね」 「こっちも下手な動きはできねぇな」 「ええ」 小声で話す二人。 「‥‥長話はできねぇな」 「ですね。じゃ、私はこれで」 すっと席を立つ朱璃。 二人は絶えず付きまとう視線を逃れる様に、再びそれぞれの役目へと戻っていった。 ●街 「あら、レーちゃん元気ないわね」 袖端領内で1,2を争う街とは思えぬ閑散とした通り。 レイラン(ia9966)とユリア・ヴァル(ia9996)の、二人が辺りを伺いながら歩いていた。 「厳戒態勢なの‥‥」 「全くね。寂しいったらありゃしない」 行き交う人もまばらな通りを、二人は眺め呟く。 「でも、いいじゃない。厳戒態勢」 「うに?」 にこりと微笑むユリアに、レイランははてと問いかけた。 「これだけ警備が厳しかったら、どこかで誰かが悪戯したらすぐわかるもの」 「相変わらずユリアちゃんは、ポジティブなの」 「ふふ、良い女は根暗に物を考えないものよ」 「いい女も良し悪しなの‥‥」 にこやかな笑顔を向けるユリアにレイランはぼそっと呟く。 「ふふ、レーちゃん何か言ったかしら?」 そんなレイランの首に腕を回し、耳元で囁くユリア。 「にゅー、ボクにそんな趣味は無いの」 そして、ユリアの腕の中でレイランがもがいていた、その時。 「おい、ここで何をしている!」 突然の怒声が二人を呼び止めた。 「ほら釣れた」 「にゅー、なんだか複雑な心境なの‥‥」 顔を見合わせた二人。 そして、詰め寄ってきた衛兵に向け、二人はにこりと微笑んだのだった。 ●物見櫓 「いかがですか?」 櫓の頂上へ顔を出した更紗・シルヴィス(ib0051)がエルネストワ(ib0509)に声をかけた。 「見晴らしはいいのだけれどね。さすがに屋敷までは遠いわ」 物見櫓から眼下に広がる街を見下ろし、エルネストワが呟く。 「リーナ様のお話では、屋敷は厳戒態勢。街まで衛兵が見回ってるようですね」 「みたいね。ここからでもよく見えるわ」 と、更紗の言葉を受け再び街に視線を落したエルネストワ。 「どこから来るの‥‥」 「もう入ってるのかもしれませんね」 「‥‥その可能性も高いわね。内部工作も考えておかないと」 「ですね。切羽詰まった人間は何をするかわかりません」 「全く、仮にも振ちゃんの兄さんが、器の小さい事を」 不甲斐ない兄ですら思う気持ちは、振々から痛いほど伝わってきた。 「あ、エルネストワ様!」 突然声を上げた更紗。 「‥‥ユリアさん達ね。いよいよ動くわね」 二人は眼下に、衛兵を路地裏に連れ込むユリア達の姿を捕えていた。 ●夜 辺りを夜の帳が覆い始めた頃、それは起こる。 大音量の警鐘が沼蓑の街に響き渡った。 「いたよ!」 屋敷を囲む塀の外、リーナが声を上げた。 「あの姿形‥‥律って人みたいですね!」 共に駆ける朱璃が、塀沿いを逃げる人影に見当をつける。 「朱璃ちゃん、あそこにも!」 と、影を追うリーナが突然塀の上を指差した。 「別働隊ですか!」 「どうしよ。二手に分かれる? それとも――」 朱璃はリーナに釣られる様に塀の上に視線を移す。 「だね! まずは屋敷の防衛を優先!」 「です!」 視線を合わせた二人は、申し合わせる事無く塀の上の影に狙いを定めた。 ●櫓 「屋敷の方が騒がしいですね」 警鐘の音。そして人の怒声。 櫓の上でその様子を伺っていた更紗がぽつりと呟いた。 「始まったわね」 そんな更紗の横でエルネストワが呟く。 「私達も向かいますか?」 「屋敷には4人向かっているはず、今は動かない方がいいわ」 「‥‥エルネストワ様も、感じますか」 「ええ、嫌な空気ね」 二人は屋敷の方角を見据え、小さく呟いた。 ●路地 「‥‥巻いたか」 壁を背に息荒く律が呟いた。 「お生憎様。そう簡単には行かないわよ」 その声は背後の路地から。 「くっ!」 「おっと、こっちは行き止まりなの」 声に反応し、反対側へと逃げようとした律の進路をレイランが塞いだ。 「ね、レーちゃん。衛兵さんに聞いた通りだったでしょ?」 「にゅー、たまたまだと思うの」 「まぁ、酷いわ。そんなこと言う子は後で悪戯ね」 「それは勘弁なの‥‥」 律を挟み、世間話でもするかのように話す二人。 「くっ」 細い路地。二人に囲まれ律が刀に手をかけた。 「どれ程腕が立つか知らないけど、やめておいた方がいいわよ?」 「大人しくお縄を頂戴するといいの」 囲む二人も、それぞれの武器に手をかけた――。 ●外壁 「手加減なしです! 刻みなさい、精霊の力を!」 夜の黒を昼に変えるほどの閃光が辺りを照らす。 「一人! 次!」 身に宿る練力を吐き出した朱璃が、次の標的を捕えた。 「巫女二人で戦闘する事になるなんてねー」 霊杖を振りかざし、朱璃に白銀の加護を施すリーナが呟いく。 「そんな悠長な事言ってないで! 敵はまだいます!」 「はーい。わかってるよー」 気を張る朱璃の声にのほほんと答えるリーナ。しかし、その瞳には決意の色が浮かぶ。 「あっちだよー」 「はい!」 リーナが指差した先。そこには新たな二つの影。 二人は影を追い、再び駆けだした。 ●通り 「待たせたな」 通りを散歩でもする様にふらりと歩いていた喪越に、路地の影から声がかかった。 「うむり、お勤め御苦労」 「‥‥おいおい。随分な出迎えだな」 影からの声に、喪越はなぜか無意味に胸を張る。 「一度やってみたかったのよ」 「左様ですか旦那様。――でだ」 喪越の冗談に着き合う影は、声色を真剣な物に変える。 「うむ、用件を言え」 「‥‥はぁ、気が抜けるわ」 再び無意味に胸を張る喪越の元へ路地から姿を見せたのは、茉織であった。 「‥‥手酷くやられたもんだな」 「まぁ、色々あってな」 現れた姿に喪越の顔が曇る。 気丈に振る舞う茉織の肩からは、一筋の血が。 「詳しく話せるか」 「‥‥奴さん、やる気だぜ」 「やる気?」 茉織の言い回しに、喪越が苛立ちを募らせ聞き返した。 「来るぞ。でけぇのが」 「‥‥屋敷か!」 短く呟く茉織の言葉に喪越はくるりと屋敷へ向き、そのまま駆けだした。 ●櫓 「こんな時間に?」 エルネストワが通りを行く一台の荷馬車を見つけた。 「あからさま過ぎますが。罠‥‥でしょうか?」 既に夕刻。人々も帰路に足を速める時間だ。 「その可能性もあるわね。――更紗」 「はい」 二人は馬車から視線を外さず、追うように一気に櫓から舞い降りた。 ●路地 「貴方達の狙い、洗いざらい教えてもらえるかしら?」 「これ以上は無意味なの。大人しく従った方がいいの」 二人の技に倒れた律。二人は地に伏す律に膝を折り問いかける。 「‥‥ふん、引っかかったな」 絞り出す声とは裏腹に、律は口元を釣り上げ余裕の笑みを浮かべた。 「きゃー、やられちゃったわ」 「にゅー、大失敗なの」 しかし、その笑みに二人はわざとらしく嘆息する。 「な‥‥」 そんな二人の態度に、逆に律が驚愕した。 「私達も馬鹿じゃないのよ」 「そうそう、諦めて侘鋤さんの居所を教えて欲しいの」 「く‥‥だが、もう遅い」 二人の問い詰めに、その顔に諦めの色を映す律が呟いた。 「‥‥どういう事?」 「すでに計画は止まらない、と言う事さ!」 「ぬっ!」 突然、転がった刀を取った律は、そのまま白刃を喉へと突き立てる。 「‥‥馬鹿な真似を」 「この覚悟、半端ないの。‥‥ユリアちゃん」 「ええ、屋敷が危ないわね」 絶命した律を見下ろし、二人は小さく呟いたのだった。 ●正門 「なんだあれは!」 門を守る衛兵が叫んだ。 それは闇夜を照らす程、荷台を真っ赤の燃やし、一直線に屋敷へと向かってくる一台の馬車。 「敵襲だ! 閉門!」 衛兵が屋敷の中へと叫ぶ、が――。 「お、おい! 門だ!」 再び叫ぶ衛兵。 しかし、門はピクリとも動く気配が無い。 「ま、まずいぞ!」 最早、火車は目前まで迫っている。その時――。 「そんなへっぴり腰じゃ、あれは止まらないよー」 拍子抜けするほど気楽な声。 緊張に肩を振るわせる衛兵の背をポンと叩いたのは、リーナだった。 「さて、一仕事しますかね」 「だな」 リーナを追う様に現れた喪越と茉織。 「あれー? 酷い怪我だね」 「ああ、ちょっとドジ踏んじまってな」 肩を押さえる茉織をリーナが見つめる。 「あらら、いいよ。治してあげる」 「お、助かる」 「ほいじゃ俺はあっちを。ほれほれ、お馬さん。大好物のにんじんでちゅよー」 癒しを受ける茉織を置いて、喪越が突進してくる火車の前へ立ち、符を放った。 形を結ぶ符。その姿は――足の生えた人参であった。 「わぁ、かわいいー」 そんな式の姿に、リーナ感動。瞳をキラキラと輝かせる。 「さぁ! 存分に喰らいつ――」 ぷちっ。 しかし、足人参はあえなく暴走する馬に踏み潰された。 「あー‥‥」 リーナの残念そうな声。 「あー‥‥」 茉織の呆れ声。 「お、俺の渾身の人参さんをよくも‥‥!」 式を踏み潰された喪越はフルフルと肩を振るわせ。 「しゃーねぇ!」 その怒りをぶつける様に火車へと向け駆けだした。 どっ! 肉がぶつかり合う鈍い音。 「全く、可愛い動物さんをこんな事に使うなんて、天が許してもこの俺が――げっ!」 喪越が身体を擲って馬へと体当たりをかます。 しかし、引き手の勢いを殺しても、火車は止まらない。 地面へ躯体を擦りながらも、火車は行く手を塞ぐ喪越へと迫った。その時――。 「打ち砕きなさい! ガトリングボウ!」 無数の矢が空を裂く。 エルネストワが放った矢が、見事火車の車輪を打ち砕いた。 「まだか!」 しかし、片輪を失ってもまだ止まらない。 「旦那、先に逝っててくれ」 「ちょまっ!?」 火車に向け茉織が跳んだ。 がっ! 飛び蹴り一閃。茉織の一撃が火車の側面を捕える。 そして、火車はゆるりと体を崩し――止まった。 「うへぇ‥‥助かったぜ」 目の前で燃え行く荷車に、安堵のため息をつく喪越。 「いやぁ、残念」 そんな喪越を残念そうな溜息をつき見つめる茉織。 「どういう意味っ!?」 ひとまずの危機を脱した正門は、小さな笑いに包まれた。 ●裏門 正門の騒動に衛兵の注意が引きつけられた裏門。 そこで影が動いた。 「――御苦労様」 小さく呟く声。 「どういたしまして」 答えるのは、女の声であった。 「っ!?」 その答えに、影が固まる。 「なかなか用意周到だったわね」 「危なく出し抜かれる所だったの」 更に二人の女の声。 裏門をくぐった侘鋤を囲むのは、朱璃、ユリア、レイラン、そして。 「最早、貴方様の計画は頓挫いたしました」 更紗であった。 「うぐっ!」 「詰めが甘いな、侘鋤」 4人に囲まれ身動きの取れない侘鋤に更なる声がかかる。 「あ、兄上‥‥っ!」 憎々しげに言葉を絞り出す侘鋤。その相手は永眼であった。 「‥‥覚悟はできているだろうな」 冷たく突き刺さる声。 永眼は侘鋤を見下ろし、すらりと刀を抜く。 「お待ちください永眼様、どうか穏便に済ませる事は出来ないでしょうか」 そんな永眼の腕を押さえ、語りかける更紗。 「‥‥異な事を言う」 押さえる手に持ち主に視線を移した永眼が眉を吊り上げる。 「今回の件、永眼様にとっても醜聞になるかと思います」 「‥‥」 更紗の言葉に、永眼は沈黙する。 「随分と血が流れたわ。もういいでしょう」 そして、ユリアもまた永眼の腕に手を添えた。 「もう終りにしようよ」 そしてレイランもまた、その手を添える 「そうはいかん――」 しかし、永眼は三人の手を振り払い、刀を振り上げ――。 「侘鋤君!」 朱璃が咄嗟に侘鋤を庇うように立ち塞がる。 振り下ろされる刀。 しかし、永眼の刀は朱璃を、そして侘鋤を捕える事無く、宙を斬る。 「――『袖端』侘鋤は死んだ」 「っ!」 その言葉が意味するもの。 侘鋤は許されたのだ。永眼の、そして振々が遣わせた一行の慈悲に。 「一般人がここで何をしている。早々に立ち去れ」 それだけを言い残し、刀を納めた永眼がその場を後にする。 「‥‥」 その後ろ姿を呆然と見つめる侘鋤。 「まったく、素直じゃないんだから」 「同感なの」 ユリアとレイランも去り行く永眼を見つめる。 「終わりましたね」 ほっと肩を下ろす更紗。 「振々様の優しさが伝染したのかな? 侘鋤君、これで貴方は自由ですよ」 最後に朱璃が侘鋤に向け、にこりと優しく微笑んだのだった。 振々の命を受けた一行の嘆願により侘鋤は命を繋ぐ。 その後、騒動の張本人は、代償として袖端の名を剥奪され領内を去った。 「これが自由か‥‥」 天儀のどこか。 そこで氏族の呪縛から解放された一人の男が、そう呟いたのだった――。 |