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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●湖卵 「姫様、くれぐれも軽率な行動は取らぬようお願いいたしますよ」 漆黒の衣に身を包むシノビ。 「うむ。わかっておるのじゃ! 蜜はしんぱいしょうすぎるのじゃ!」 蜜と呼ばれたシノビが見下ろすのは、気高き小姫。 建物の物陰に潜み辺りを伺っているにも関わらず、その声量は普段のままだ。 「姫様、声が大きい‥‥」 注意するのは、幾度目だろう。 蜜はあきらめ半分に振々に声をかけるが。 「む、そうであった。振はおんみつこうどうの最中であったな。すまぬ、許せ」 と、素直に謝るものだから、こちらも対応に困ってしまう。 「いえ、わかっておいででしたら構わないのです」 「うむ! 振はわかっておるのじゃ!」 蜜の声に、無い胸をドーンと張る振々。 この尊大な態度さえなければ、素直でいい子なのだが‥‥。いや、これであるからこの姫様は好かれるのだろうか。 「ほれ、蜜! こんな所でぐずぐずしておれぬのじゃ! 行くぞ!」 「はい。でもくれぐれも慎重にお願いしますよ」 蜜は振々に腕を引かれるまま、迷路のように入り組んだ路地の裏へと姿を消した。 ●郊外の森 「――では、いつものように」 「ああ、くれぐれも内密に頼むよ」 獣道すらも外れた森の奥。 辺りに人目などあろうはずがないこの場所でさえ、二人の男は声を殺し囁き合う。 「報酬の方もお忘れなく」 淡々と語る商人風の男。 「わかっているよ。君もしつこいね」 そして、そんな男を面倒臭そうにあしらう青年。 その仕草には、何処となしかぎこちなさが伺える。そう、それは虚勢というのかもしれない。 「ははは、これは失礼いたしました。では、そろそろお暇させていただきましょう。あまり長居もしていられませんので」 そんな青年の心情を察したのか、男はいやらしく口元を歪め、青年に深く礼をした。 その時。 「侘鋤兄様!」 突然の声と共に茂みの中から飛び出してきた少女の姿に、侘鋤は思わず固まった。 それは見知った顔。そう、自分の妹振々であったのだから。 「ふ、振々‥‥?」 「‥‥侘鋤様。これはどういうことでしょう?」 突然の侵入者に呆気に取られる侘鋤に、交渉相手の男が怪訝な表情を向ける。 「し、知らないよ! 振々、こんな所で何をしているんだっ!」 男の視線に気押されるように、侘鋤は振々へ向け声を荒げた。 「それはこちらのせりふなのじゃ!」 しかし、振々は侘鋤の顔をじっと見据えたまま、怒りを含んだ声で返す。 「‥‥説明していただけるのですかな?」 低く響く男の声。 「くっ‥‥樹、律! その子を捕まえて!」 『はっ!』 男の視線に気押された侘鋤は、後ろに控える二人の護衛に指示を飛ばした。 「む! ぶれいもの! その手をはなさぬか!!」 一瞬の出来事。常人を遥かに上回る速度で振々に詰め寄った二人は、抱え込む様に少女の体を抱き上げる。 「‥‥こんな所にいるお前が悪いんだよ?」 男達の腕の中で暴れる振々に、侘鋤は震える声で笑みを浮かべた。 「侘鋤兄様!! このものたちはなんなのじゃ! 振は兄様にはなしがあるのじゃ!!」 いくら暴れても小さな少女の力では、男達の拘束を解く事が出来ない。 「姫様っ!?」 そんな時、二人の男に捕えられた振々の姿に、蜜は思わず声を上げた。 「!? まだいるよ! そいつも捕まえて!!」 茂みの奥から響く、女の声。 侘鋤は過剰なほどにその声に反応すると、再び部下に命を下す。 「くっ、しまった‥‥姫様、すみません!」 ここで捕まるわけにはいかない。例え振々を見捨てるとしても。 それが、シノビとしての教えを受けた自分の使命。 今は生き延びて、この窮地を伝えなくては――。 身に刻まれた記憶がそう告げる。 蜜は逃げる様に森深くへと駆けだした。 ●沢繭 開拓者よりもたらされた報に、沢繭の領主屋敷は混乱を一層深めていた。 「こ、こうしては居れん! 急ぎ湖卵へ向かうぞ、早急に兵を集めろ!!」 「ま、待ってくださいっ!?」 頼重の言葉に側近の一人が慌てて止めに入る。 「同じ領内である湖卵に兵を向かわせるなどど、もしご当主様に知られたらただでは済みませんよっ!?」 「わかっておるっ! しかし、姫様の身にもし何かあれば‥‥っ!」 「お、落ち着いてください頼重様! 兵を指し向けるなど、それこそ姫様の身に危険が及びますっ!」 普段の頼重であれば、そのような事百も承知であろう。 しかし、今の頼重に正常な判断は着かないのかもしれない。 側近の一人は必死に頼重を説得する。 「ぐっ‥‥どうすれば‥‥っ!」 切腹でもしたかのような苦渋に満ちた顔。 進退極まった頼重は、ただいたずらに自身の腿に拳を振り下ろす。 「頼重様‥‥」 そんな頼重をどうする事も出来ず、側近の者達はただ、見守るしかなかった。 バタンっ! その時、突然障子が倒れ込んだ。 「な、何奴っ!」 倒れた障子に寄り掛かるように、身を伏す傷付いた人影。 突然の侵入者に、側近達は腰に下げる刀の鞘に手を掛け身構える。 「ぐっ‥‥最上殿は‥‥おられ‥‥るかっ!」 顔だけを上げ辺りを伺う人影は、肺の奥から絞り出すように声を発した。 「‥‥私が最上だ。お主は何者だ」 身構える側近達を制し、頼重が人影の前に歩み出る。 「‥‥このような‥‥格好‥‥で失礼いた――」 「よい、話せ」 傷付き息も絶え絶えに話す女は、律儀にも前口上を述べようとするが、それを頼重が制した。 「は‥‥い。私は‥‥真来様の手‥‥の者。ある使命‥‥を受け‥‥振々様の‥‥警護を――」 「振姫様だと!?」 振々。その名を聞いた途端、頼重の顔色が一変する。 頼重は傷付き倒れ込む女の肩を掴むと、がくがくと揺する。 「ぐっ‥‥!」 「頼重様!? それでは話もできません!」 「ぐっ‥‥すまぬ。続きを‥‥続きを話してくれ!」 部下の制止に何とか我を取り戻した頼重は、膝を折り女の声に耳を澄ます。 「はぁはぁ‥‥。はい‥‥。振々様が‥‥侘鋤様‥‥に捕えられました‥‥」 最後の力を振り絞るように言葉を続けた女は、そう言いきると力無く首を畳へと落とした。 「なに‥‥? なぜ侘鋤様が‥‥! おい! どういうことだ!」 「頼重様! いけません、これ以上はこの者の命にかかわります! どうか落ち着いてください!」 「うぐっ‥‥!」 再び女の身体を掴もうと身を乗り出した頼重は、側近の者に止められる。 「頼重様、如何なさいますか‥‥?」 血でも吹き出しそうなほど拳を強く握り俯く頼重に、側近が恐る恐る声をかけた。 「‥‥あの者達をここへ。早くっ!」 歯がゆさと焦りを含んだ声。 相手が仕えるべき主家の人間であれば、頼重にはどうする事も出来ない。 それが悔しさを一層強いものにさせる。 頼みは、あの者達だけ。 あの自由を生きる開拓者に全てを託すしかない。 頼重はそれだけを伝えると、自室へと足早に引き上げていった。 |
■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029)
23歳・女・巫
出水 真由良(ia0990)
24歳・女・陰
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
御神村 茉織(ia5355)
26歳・男・シ
浅井 灰音(ia7439)
20歳・女・志
レイラン(ia9966)
17歳・女・騎
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
エルネストワ(ib0509)
29歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●沢繭 沢繭の領主屋敷。その一室で密かな会談が行われていた。 「これが皆が集めてくれた情報を纏めた見取図だよ」 レイラン(ia9966)が机を覆うほどの巨大な紙を広げる。 「これだけの物、よく調べられましたね」 「ちと危ない橋を渡ったがな」 紙に描かれた建物の見取図に驚嘆する万木・朱璃(ia0029)に、御神村 茉織(ia5355)がまるで買い物にでも行ってきたかのように答えた。 「うにゅ。まーくんお手柄なの」 「ま、まーくん? まぁいいけどよ‥‥で、問題の屋敷だが――」 茉織に向けぱちぱちと拍手を送るレイラン。 そんなレイランを横目に見ながら、茉織が図を指差しながら説明を始めた。 「狙いは見張りの交代の時間だね」 茉織の説明を静かに聞いていた一同。 最初に声を上げたのは浅井 灰音(ia7439)であった。 「ああ、王道だが一番警戒が緩む時間だと思う」 「問題なかろう。いや、それ以外の機会は無いだろうな」 と、頷いたのは喪越(ia1670)。 「喪越の旦那‥‥か?」 「他に喪越という名の者があるのか?」 茉織の動揺も納得できる。喪越のその姿は普段のそれとは全く違うものであったのだから。 「変装‥‥にしては凝ってますね?」 「そうだろうか。皆も変わらぬと思うが?」 朱璃の言葉に答える喪越は、一同を見渡す。 ここ集った皆が、普段のそれとはまるで違う姿形を取っていた。 「面が割れてるからね。用心に越した事は無いよ」 町人に扮し長髪を纏める灰音が喪越の言葉に同意した。 「うに。ばれると厄介だからね。――で、ここを見て欲しいの」 と、レイランが指差したのは屋敷の最奥の小さな空白。 「よっちゃんと大工さんに聞きいた話を合わせても、地下の入口はここしかないと思うの」 「だな」 レイランの指す場所に茉織もこくりと頷いた。 「決行の時間と目的地は絞れたの。後は――」 「あの二人が陽動で動くわけね」 レイランの言葉を継ぐように、ユリア・ヴァル(ia9996)が声を上げる。 「うに。二人はそれぞれ準備してくれてるはずなの」 と、レイランの言葉に頷いたユリアは。 「あの二人なら問題ないでしょう。さて、いよいよお姫様を救出ね。白馬には残念ながら跨ってないけど、騎士様が助けに行くから大人しく待ってるのよ」 すっと視線を机から外す。その方角にあるのは振々が在る湖卵の街。 「うむ。では、決行は明晩。新月が昇る夜に」 喪越の言葉に、一同はこくりと頷いた。 ●湖卵郊外 濃い雲が月光を遮り生み出される漆黒の闇を翔る一陣の風。 「‥‥ここがいいわね」 まるで虫の声の様な小さな声。 黒衣を纏ったエルネストワ(ib0509)が打ち捨てられた廃屋の敷地の前に佇んでいた。 「延焼は‥‥風向き次第だけど、問題なさそうね」 漆黒の闇にあってもその眼力は衰えない。 「‥‥まったく、大した兄弟喧嘩ね。このシステム見直す必要があるかもね‥‥」 すっと闇に溶ける黒衣。そう、誰にも聞こえぬほどの小さな呟きを残して――。 ●湖卵 夜の帳も近づいた湖卵の町。昼間の活気は形を潜め、通りを行く者も自然と早足となる。 「‥‥」 そんな湖卵でも一際豪奢な屋敷の正門の前に佇む、二つの影。 ぎぃ――。 鈍重な音を響かせ、僅かに門が開く。 「生憎と主人は留守にしております。真来様」 門の隙間から顔を覗かせる男は、人影に呟きかける。 「おいおい、俺が来るってのは伝えてたはずだが?」 「申し訳ありません。火急の用との事で、先日湖卵を立たれました」 「火急の用なぁ‥‥俺との面会よりも重要な事なのか? 樹よ」 人影の一人が顔を覗かせる男の名を呼ぶ。 「私ではお答えいたしかねます」 「ふむ‥‥まぁいい。折角来たんだゆっくりさせてもらおう。邪魔するぜ」 「お、お待ちください真来様!」 僅かに開いた門の隙間に手を捻じ込んだ真来が、強引に門を開かせる。 「さぁ、いこうか」 「はい」 慌てる樹に一瞥をくれ、真来は後ろに着き従うもう一人の人影に声をかけた。 「樹。侘鋤が帰ってくるまでお前が相手をしろ」 「なっ!?」 驚く樹を尻目にくるりと体を返した真来は、連れの人影に向き直る。 「珍しいもんがたんと出てくるはずだ。何せここは芸術の街らしいからな」 「まぁ、それは楽しみですわ」 樹を押しのけ真来は、出水 真由良(ia0990)を伴い屋敷へと足を踏み入れた。 ●夜 すっかり夜も更けた湖卵の街。 しかし、この屋敷だけは絶えず松明の炎が赤々と照らし出していた。 「交代だ」 「ふぅ、やっとか」 屋敷の真裏。小さな通用門を守る衛手に男が声をかけた。 「最近やけに厳重じゃないか?」 「侘鋤様がまた何かやってるんだろ。気にするな」 「はぁ‥‥金持ちの道楽に着き合わされる身にもなってくれってもんだ」 ぼやく衛手の男をもう一人の男が苦笑いで見つめる――。 「まったくだね」 と、突然門の外側から響く女の声。 「っ!? なに奴――がっ!」 「ちょいと夢でも見ててくれよ」 一瞬の早技が男二人の意識を奪う。 かちっ――。 「にゅー、さすがシノビだね。お見事なんだよ」 地に伏した男二人を見下ろし、レイランが口笛交じりに茉織を称賛する。 「そりゃどうも。と、無駄話してる時間はねぇな。灰音」 と、茉織は門の外で辺りを伺う灰音に声をかけた。 「うん、退路の確保は任せておいて。姫様の救出任せたよ」 「はいっ! 必ずや」 「か弱いお姫様を助けるのが騎士の役目よ」 灰音の言葉に、朱璃とユリアが頼もしい声を上げる。 「それじゃ行くんだよ」 と、レイランが一同に声をかけた。 「あら、レーちゃん似合ってるわよ」 「にゅ‥‥それは褒めてないと思うの‥‥」 ユリアが微笑む。そこには気絶した見張りの男の服を剥ぎ取り身に纏ったレイランがいた。 「先行はお任せしますね」 「にゅ。頑張るよ」 朱璃の言葉にこくんと頷いたレイランは、先陣を切り屋敷へと足を向けた。 「さて、いよいよ本番だね」 「ああ、俺達は後詰だ。せいぜい攪乱してやろう」 「うん、そうだね。派手にやろうか」 残った灰音と喪越。 二人は闇に紛れ屋敷へと向かう四人を見送った。 ●庭 「――賊だ。賊が侵入したぞ!」 闇を裂き庭に警鐘が響く。 「おい、お前! 賊を見なかったか!」 棍を携えた男が息を荒げ問いかける。 「見ておりませんでげすっ!」 そんな男にびしっと敬礼をかますのは、いつものフーテン。 「くっ! どこ行きやがった‥‥。おい、お前も手伝え!」 「へいへーい」 にへらと笑った喪越は、衛手の男の後を追い庭の奥へと足を向けた。 「‥‥さてと、にゃんこさん、行ってみようかっ」 衛手の隙をつき物陰へとのがれた喪越。そして、懐から取り出した符を猫型へと転じさせる。 「外のセニョリータによろしくな」 そう言って、猫を放った喪越は再び闇へと消えた。 ●庭 夜明けの赤が辺りを照らす。 しかし、時刻は未だ深夜。こんな時間明ける夜などない。 「火事だ!!」 悲鳴にも似た声が夜の闇を劈いた。 朱に照らし出される黒煙。 「――こんな所かしら」 絶えず黒煙を上げる藁束を見つめるエルネストワが囁いた。 「こっちだ! 早く消せ!」 その時、男の怒号があがる。 「うまく釣れてくれたわね」 燃え盛る藁に駆け寄った男達を見て、エルネストワが満足気に頷いた。 「おっと、消されちゃ困るのよ」 と、エルネストワは弓に矢を番える。 狙いは、男達が懸命に消火にあたっている場所から少し離れた藁束。 「せいぜい時間稼ぎさせてもらうわね」 そして、エルネストワは矢の先に火を灯し、新たな藁束へと矢を放った。 「っ!? 延焼したぞ! 水を早く!」 新たに発生した炎に、男達の混乱が更に増す。 「悪いけど、もう少し付き合ってね」 無数に集まる男達を眺め、林を駆けながらエルネストワが呟いたのだった。 ●屋敷 「ん? 騒がしいな猫でも迷い込んだか?」 慌ただしさを増す庭の声に、真来がからかう様に声を上げた。 「くっ‥‥」 そんな真来の態度に、樹は焦りの色を深める。 「まぁ、猫ですか?」 「お? なんだ、出水。お前猫好きか?」 「特別好きという訳ではありませんが、可愛らしとおもいますわ」 真来と真由良の和やかな会話。そんな様子が更に樹の焦りを誘った。 「少し様子を見て参ります」 「おっと、猫如きにお前が出張る必要もないだろう。さぁ、もっと呑め呑め」 「くっ‥‥」 「樹様。盃が空になっていますわ。ささ、もう一献」 にこりと微笑み、樹の盃に酒を継ぐ真由良。 「うっ‥‥頂く」 相手が真来では樹はどうする事も出来ない。 屋敷防衛の要、樹はこの場に足止めされた。 ●屋敷奥 窓も無く松明さえも灯されていない暗黒の廊下。 そこを音も立てずに進む4つの影があった。 「‥‥」 息を殺し手振りだけで茉織が合図を送る。 「‥‥不自然なの」 不気味なほど人の気配が無い。 「本当ですね‥‥まるで奈落まで続いているよう‥‥」 「あまり不吉な事言わないの。この先に振ちゃんが待ってるんだから」 茉織の先導でようやく目が慣れ出した暗闇を進む一行。 「‥‥止まれ。――この先のようだ」 と、突然茉織の歩みが止まった。 「ここ?」 そんな茉織にユリアが問いかけた。 そこは何の変哲もない唯の廊下の一部のように見える。 「ああ、微かだが聞こえる。――なんとも偉そうで騒がしい声だな」 「間違いなさそうですね」 その説明だけで確信する。朱璃は苦笑いでそう答えた。 「大人しく待っていれば絵になるのにねぇ」 「‥‥そんなドラマチックに事は運ばないの」 ふぅと溜息をつくユリアを、これまたレイランが溜息混じりで見つめた。 「‥‥」 茉織の超越した聴覚にのみ届く音。 そんな些細な音を頼りに茉織は、壁に手を付き念入りに調べる。 「――ここか」 かちり――。 小さな金属音。 「開いたの?」 「多分な」 ユリアの問いかけに答える茉織。 ギギィ――。 開かれた隠し扉。 そこには奈落へと続いているのではないかと思える様な、黒い穴がぽっかりと開いていた。 ●地下 『――こんなとこに押し込めるなど、ごんごどーだんじゃ!』 奥から響く聴きなれた声。 「ほんと、わかりやすくていいわね」 「にゅ。大人しく待ってるとは思ってなかったの‥‥」 遠くから響く声に、ユリアとレイランは互いを見つめ苦笑い。 「この様子ですと、なにもされていないようですね」 と、朱璃がほっと安堵のため息をついた。 「早く助けようぜ。あんまり待たせると後が怖ぇ」 同じく苦笑いの茉織が奥へと足を向けた、その時――。 どさっ――。 「っ!?」 床に倒れ伏す人影。 「ちょっと油断しすぎだよ」 「灰音!」 後ろからの声。それは灰音の声であった。 「入口は私が見張ってる。早く姫様を!」 気絶させた男を見下ろす灰音の言葉に、四人は頷き奥へ向け足を速めた。 ●牢 どさっ――。 「む?」 牢を守る屈強な男達が地に伏した。 「なにごとじゃ?」 突然倒れ込んだ男に、振々は何事かと牢の外を覗く。 「振ちゃんお待たせっ。救出の騎士のお出ましよ」 そこに立っていたのはにこりと微笑むユリアの姿だった。 「遅いのじゃ!」 しかし、振々は折角助けに来たユリアに対して怒鳴る。 「あら、そんなこと言うの。我儘言う子は出してあげないわよ?」 「うっ‥‥」 子供をあやす様に語りかけるユリアの言葉に、さすがの振々も押し黙った。 「開いたぜ。姫さん」 そんなやり取りの横では、茉織が牢番から奪った鍵で戸を開く。 「ご無事で何よりですっ! 振々様」 そして、朱璃が牢へ入り振々を迎えた。 ●地下 「振姫様! 良かった‥‥無事だったんだね!」 出口へ向け歩みを進めていた振々に、灰音が思わず抱きついた。 「うむ! 当然なのじゃ!」 くしゃくしゃと頭を撫でる灰音の抱擁にも、振々は嫌な顔一つせずされるがまま。 「早く脱出するぜ。そろそろこちらの動きも知られているかもしれねぇ」 「にゅ。そうだね。感動の再会はそれ位にして、急ごう」 茉織とレイランが先を急かす。 振々はユリアと灰音に両手を預け、屋敷の外へと急いだ。 ●庭 「おお、姫さん無事だったか!」 庭に出た振々達を喪越が迎える。 「む? お主はだれじゃ?」 「がーん!?」 両手を広げ振々を迎えようとした喪越に対し、振々はてと小首を傾げる。 「‥‥」 そんな喪越の肩に、灰音がそっと手を添えた。その時――。 「よくも好き勝手やってくれたな!」 ざわざわ――。 待ち伏せていたように物陰から続々と現れた侘鋤の部下達。その数は百を越える。 「ちっ‥‥油断しすぎたか」 と、舌打ちした茉織が武器を構えた。 「生きて帰れると思うなよ。賊共!」 振々救出に成功した一行を待ち構えていたのは更なる試練であった。 「にゅー、こんな可愛い賊なんていないの」 「まったく、人を見て物を言ってほしいね」 続々と終結する侘鋤の部下達を前に、レイランと灰音は溜息混じりに見つめ合う。 「んで、どうするよ。降参するか? 多勢に無勢だぜ?」 相手は一般人。しかし、数はこちらを圧倒する。そして、その全てが袖端家の家臣なのである。そんな状況にさすがの喪越の声にも諦めの色が見える。 「こんなこともあろうかと――朱璃!」 「はいっ!」 ユリアが朱璃に目で合図を送る。そして――。 「控えなさいっ! こちらをどなたと心得るのですかっ!」 家臣達を見渡した朱璃は、振々を指差し一際大きな声で凄んだ。 「こちらにおわすは袖端家が末子、振々様! 主家に弓を引く気? さぁ、武器を納めなさい!」 同時にユリアが突き出したのは、袖端家紋入りの印篭であった。 『なっ!?』 ユリアが掲げた印篭を前に、男達の間からざわめきが起こる。 「雑魚にようはないのじゃ! 侘鋤兄様を呼んでまいれっ!」 そこに振々の一喝。 いつの間にか喪越の肩に座り、家臣達を見下ろす振々が怒りを含んだ口調で怒鳴った。 「おぉ、絶景絶景。領主様のお力ってのはすげぇもんだな。――将来は俺も‥‥」 ひれ伏す部下達を見下ろし喪越が感嘆の声を上げ妄想にふける。 「そ、それがご領主は今不在で‥‥」 「不在じゃと! 振をこのような目にあわせて、不在じゃと!」 男の返答に振々が激怒すした。 「ええぃ! きさま達ではらちがあかぬ! そこをどけいっ!」 そして振々は侘鋤の部下達をその迫力だけで圧倒し、一行を伴い屋敷を後にした。 ●屋敷外 「振姫様! 無事だったのね」 「うむ! 無事なのじゃ!」 屋敷を出た振々とその一行をエルネストワが迎える。 「さぁ、早く頼重様の元へ急ぎましょう。随分と心配してましたよ」 と、エルネストワは振々を抱きしめ声をかけた。 「そんなことよりも、大変なのじゃ!」 「大変?」 「永眼兄様があぶないのじゃ!」 振々拉致。 公にされた事実に、袖端領内は騒然となる。 首謀者侘鋤を捕えよ。 真来の指示により、侘鋤捕縛の命が下った。 しかし、主犯である侘鋤の姿は湖卵の何処にも無かったのだった――。 |