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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●沢繭 「なんだとっ!?」 「ひぃ!」 男の胸倉を力いっぱい掴み上げ、頼重が吠えた。 「どういうことだっ!」 「も、申し訳ありませんっ‥‥!」 掴む腕にさらに力を込め、頼重が男に凄む。 「よ、頼重様! それでは話もできません!」 その様子を見るに見かねた従者の一人が止めに入った。 「くっ‥‥」 掛けられた言葉に頼重はふと拳に込めた力を緩める。 「ひ、ひぃ‥‥!」 やっとの思いで解放された男は、頼重の刺すような視線に酷く怯えていた。 「お気持ちはわかります。ですが、どうか落ち着いて‥‥」 胸倉こそ離しはしたが、頼重の拳に籠った力は衰える事が無い。 「すまぬ、取り乱した‥‥。許せ」 ギリッと唇を噛み怯える部下に謝罪する頼重。 「詳しく話してください」 頼重の従者が男に問いかける。 「は、はい。‥‥評定が開かれたあの日の夜――」 頼重の視線に怯えながらも、男はその日あった出来事を克明に語り始めた。 その話にはこうあった。 袖端評定が終了した夜。振々は開拓者達と別れ、長兄永眼の屋敷で館の主としばし歓談した後、屋敷を出た。 その際、丁度居合わせた次兄真来に付き添われ、夜の街を散策。当日宛がわれた宿へと同行する。 そして、真来と別れ部屋でくつろぐ振々の元に、同じ宿に宿泊していた末弟侘鋤が訪れた。 侘鋤は振々としばらくの時、部屋で家族の話に花を咲かせた後、自室へと戻っていった。 侘鋤が去り一人となった振々は、人払をし就寝したという。 「‥‥」 男の話を聞く頼重。 話が進むごとにその表情は険しいものになっていった。 「――翌日の朝、振姫様をお迎えに上がろうと、部屋を訪れた所‥‥」 そこまで語り、男は頼重の顔色を伺う。 「‥‥続けよ」 「は、はい‥‥っ! あ、あの‥‥振姫様のお姿がどこにもありませんでした」 頼重の無言の圧力に、男は再び絞り出すように締めくくった。 「‥‥馬を引け!」 「っ!? お、お待ちください頼重様!」 激昂と焦りの滲む頼重の顔。 頼重は従者の制止を振り払い馬屋へと足を向けた。 ●沼蓑 「‥‥では、ご存じないと?」 評定の開かれた豪奢な屋敷。 頼重は振々の行方を探る為、永眼の屋敷を訪れていた。 「くどいぞ、頼重。なぜ私が振を攫う必要がある」 「‥‥恐れながら、必要ならば在るかと存じます」 主の兄である永眼に対しても、頼重は一歩も引かぬ気丈な態度でのぞむ。 「‥‥私を疑うとはな。頼重、覚悟はできておろうな?」 「元よりこの命、振姫様に捧げた身。主の無事が確認できるのであればいかようにでも」 「その覚悟見事‥‥とでも言うと思ったか?」 「いえ、そのようなお言葉を望んでのものではありません」 怪訝な表情を向けてくる永眼に、頼重は真摯に返答した。 「‥‥ともかく、私は知らぬ。悪いが無駄足であったな」 「‥‥そうですか。わかりました、今日はこれで失礼いたします」 これ以上の問答は無駄だと悟ったのか、頼重は話を切上げる永眼の意向に従う。 「どうか、振姫様捜索への御助成を」 「‥‥」 深々と頭を下げ退室する頼重を、永眼はいつもと変わらぬ無表情で見送った。 ●河蛹 「なんだって‥‥?」 森深くにある質素な屋敷。 頼重の発した言葉に、真来は驚き再び問いかけた。 「振姫様が姿を消されました」 「どういうことだ‥‥あの日、振を宿まで送ったのは俺だぞ‥‥?」 つい先日久しぶりに会った幼い妹の姿を思い浮かべ、真来は信じられないものでも見た様に言葉を絞り出す。 「はい、その後、宿に一泊された振姫様は、翌朝姿を消されました」 「なんて事だ‥‥こんな事になるなら、共に泊まるべきだったか‥‥」 頼重の真剣な眼差しに、真来はギリッと唇を噛んだ。 「とにかく俺の方でも探してみる。何かわかれば連絡を送ろう」 「御助成いただけますか‥‥! あ、ありがとうございます!」 「当然だ、可愛い妹の為だからな!」 不思議と人を落ち着かせる笑顔。 頼重は真来に深く礼を述べ、屋敷を後にした。 ●湖卵 「さぁ? 知らないなぁ」 「何か少しでも覚えておいでではありませんか」 「しつこいよ。知らないものは知らないって言ってるだろ?」 人々が活気と創造に満ちる街。その最奥に位置する一際豪華な屋敷。 頼重は館の主侘鋤の元へと訪れていた。 「お言葉ですが、侘鋤様の妹君が行方知れずになっておいでなのですよ」 「‥‥はぁ、あれが妹とは情けないよ。自分の身も守れないようで、よく領主なんてできるよね」 真摯に語りかける頼重の言葉に返って来たものは、面倒臭そうに顔を歪ませる侘鋤の声。 「なっ‥‥!」 そのあまりに無関心な態度に、普段は温厚な頼重もグッと身構えた。 「おっと、下手な事はしない方がいいよ? そもそも、なんで僕の所に来たんだい? まさか、僕を疑ってる、なんて事はないよね?」 「そ、それは‥‥」 饒舌に言葉で牽制する侘鋤。 頼重は返す言葉が見つからず言い淀む。 「僕を下手人に仕立て上げたいんなら、もう少し頭を使うことだね」 言葉を詰まらせる頼重を、見つめ侘鋤が余裕の笑みを浮かべた。 「さ、もういいだろ? とっとと出ていってくれないかな。僕は忙しいんだよ」 そう言うと侘鋤は、まるで蠅でも追い払うように頼重に向け手を払う。 「ぐっ‥‥。わかりました。どうか、振姫様捜索の御助成を」 「うん、気が向いたらね」 こんな相手であっても仕えるべき主家。頼重は深く首を垂れ、屋敷を後にした。 ●沢繭 あれから数日が経った。 「ぐっ‥‥」 「頼重様! 少しお休みになってくださいっ!」 東奔西走。領内を休みなく走り回っていた頼重が疲労に膝を折る。 そんな頼重に、従者の一人が悲痛な声を上げた。 「ええぃ、これしき何でもない! 替えの馬だっ!」 「頼重様!?」 頼重は従者の制止を振り払い、疲労滲む体に鞭を打つ。 「ぐっ‥‥」 しかし、頼重も若くはない。一度崩れた身体は言う事を聞かなかった。 「頼重様、それ以上は無理です‥‥っ!」 「く、くそぉ‥‥」 いう事を聞かぬ膝を力いっぱい殴りつける頼重。 「‥‥あの者達を呼んでくれ」 震える足を握りつぶさんとばかりに掴み、頼重がぼそりと囁いた。 「あ、あの者達?」 「あの夜、姫様の共をした開拓者だ‥‥早くっ!」 頼重は疲労と悔しさの滲む瞳で従者を見上げる。 「は、はいっ!」 頼重の悲痛な願いに、従者は大きく返事をすると一目散に駆けだした。 「‥‥頼む」 小さくなっていく従者の背を見つめる頼重。 最早一人の力ではどうにもならない。 彼の思いは、再び開拓者へと託されたのだ――。 |
■参加者一覧
出水 真由良(ia0990)
24歳・女・陰
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
御神村 茉織(ia5355)
26歳・男・シ
リーナ・クライン(ia9109)
22歳・女・魔
レイラン(ia9966)
17歳・女・騎
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
更紗・シルヴィス(ib0051)
23歳・女・吟
エルネストワ(ib0509)
29歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●沼蓑 「――はい、有難うございました」 立ち去る宿の主人に優雅に礼を尽くす更紗・シルヴィス(ib0051)。 「はぁ、さっぱりだ。そっちは?」 そんな更紗に御神村 茉織(ia5355)が声をかけた。 「芳しくありませんね。袖端家の御子息二人が泊られていただけあって、当日の警備は相当に厳戒であったそうなのですが、不審な者を見たという証言がまるでありません」 「そうか‥‥という事は、別のルートを探るしかねぇな‥‥」 「ですね‥‥本当の事を言えればもう少し確かな情報が集まるのでしょうが‥‥」 「さすがに、領主様失踪ってのは公にできねぇよな‥‥」 「はい‥‥。これは骨の折れる仕事になりそうですね」 「まったくだ」 二人は一瞬互いの目を合わせると、再び情報を得るため、街へと消えた。 ●湖卵 「レーちゃん、何かわかった?」 「にゅ‥‥決定的な何かって言うのは、意外と転がってないものだね‥‥って、ユリアちゃん喋りにくいんだけど」 「あら、そう?」 と、ユリア・ヴァル(ia9996)を見上げるレイラン(ia9966)。 レイランは、なぜだかユリアの懐に深く抱かれていた。 「にゅー。もう諦めてるけど‥‥」 「振ちゃーん。お菓子上げるから出てらっしゃーい。栄堂の小豆桜餅よー」 「それで出てきたら、ボク、ユリアちゃんを尊敬するよ‥‥」 「あら、遠慮しなくてもいつでも尊敬していいのよ?」 「にゅーん‥‥そう言う意味じゃないんだよぉ‥‥」 「ま、いいわ。こそこそ裏で聞き回るなんて私の騎士道に反するもの。直談判よ」 「開き直ったんだね‥‥で、あそこに行くの?」 と、レイランが指差したのは街の中央、一際豪奢な造りの建物。 「そ。虎穴に入らずんば虎児を得ず、って言うでしょ?」 「にゅー」 「ほら、そんな難しい顔してないで行くわよっ」 そうして、ユリアはレイランの手を引き、一路侘鋤の屋敷へ向け歩みだした。 ●沼蓑 「初めましてだね」 「‥‥用件を聞こう。あまり暇な身分でもないのでな」 沼蓑にあって一際絢爛を誇る建物の執務室でリーナ・クライン(ia9109)を迎えた永眼が、抑揚のない声で問いかけた。 「うんと‥‥もうズバッと聞いちゃうね。振々ちゃんの行動について、お兄ちゃんとして思い当たる節は無いかなー?」 机に視線を落とす永眼に、リーナは単刀直入に問いかける。 「‥‥そんな事か。それならばすでに頼重に話した」 しかし、返ってきた言葉はリーナの期待するものではなかった。 「あ、うん。違うの。そう言うのじゃなくて、振々ちゃんの事を知りたいの」 「‥‥わからぬな。簡潔に話せ」 「あー‥‥それじゃ、ズバリ聞くけど、振々ちゃんの好きなものは?」 「簡潔すぎて漠然としているぞ」 「うーん‥‥あ、じゃぁこの街で振々ちゃんの好きな場所ってあるのかな?」 「‥‥さぁ、どうだろうな。それこそ本人に聞かねばわかるまい」 「そっかー、お兄さんだったら妹さんの好みもわかるかとおもたんだけど‥‥」 「生憎、興味が無いな」 「むー‥‥」 質問の尽くをあっさり返され、リーナはぶすっとむくれる。 「あ、じゃぁさ。振々ちゃんと最後に会った時の事を教えてくれるかなー?」 しかし、リーナは話を変え、再び永眼に問いかけた。 「最後?」 「そう。評定だっけ? あれの後に会ったんだよね?」 「‥‥ああ、会った」 しばし考え込んだ後、永眼は短くそう答える。 「で、何か変な様子はなかったかな?」 「特に変わった様子は無かったが‥‥」 「そうかー‥‥」 「もうよいであろう。私は忙しいのだ」 「え、あ、ちょっと!?」 最早話は無いとばかりに永眼は立ち上がり、強引にリーナを部屋の外へと追い出した。 「うーん‥‥お兄さんは妹さんが心配じゃないのかなー‥‥」 部屋を出たリーナは、そう呟いて沼蓑を後にした。 ●沼蓑 「やっぱり、攫われたとみた方がいいのか」 均整のとれた街並みにも多数の死角が存在する。 茉織と更紗は、今日何度目かの情報交換を街の路地深くで行っていた。 「振々様が姿を消されて、すでに10日余り。何の音沙汰もない所を見ると、やはりそうでしょうか‥‥」 茉織の言葉に、更紗は俯きながら答える。 「あの派手なお譲さんと珍しいミズチを一緒に攫う‥‥どんな凄腕だ?」 と、茉織が視線を落としたのは一枚の絵。 それは頼重から託された振々の絵姿が描かれてあった。 「ですね。町民の方のみならず警備の兵までもが見ていないと言っていました。よほどの手練の仕業か、やはり別の何かがあるのか‥‥」 「別の何か‥‥か」 「もしかして、評定に来ていた氏族の方に紛れて、この街を脱出されたと‥‥という可能性は?」 「‥‥ない事は無いかもしれないが‥‥考えたくはねぇな」 「そうですね。あまり深読みして思考の闇に嵌るのだけは避けませんとね」 「ああ、そう言うことだ」 「では、再び情報収集へ」 「ああ。今度は沢繭で、だな」 「はい、また後ほど――」 路地の奥で交された密談。 二人は再び沼蓑の街へと姿を消した。 ●湖卵 「こんにちわ。晩餐会以来かしら?」 ゆるりと優雅に礼をするユリア。 その相手は、部屋の中央豪奢な机を前に深く腰を据える侘鋤であった。 「なんの用だい?」 「まずは謁見頂き、誠にありがとうございます」 ユリアの後を追うようにすっと姿を現したレイラン。 その仕草はいつも見せる元気な女の子のそれではなく、実に淑女然とした立派なものであった。 「さて、ずばり聞くんだけど、振々ちゃんの行方を知らない?」 そんなレイランの淑女たる姿を満足気に見つめたユリアが、侘鋤に向き直り話を切り出す。 「それは頼重にも伝えたんだけど? 僕は何も知らないよ」 「あら、つれないのね」 「‥‥わるい?」 「ねぇ、振々ちゃんが好きなんでしょ? ちょっとぐらい協力してくれてもいいと思うんだけど」 「振々を好き? あの我儘娘を? 笑わせてくれるね。あんなの迷惑以外の何者でもないよ」 真摯に語りかけるユリアの言葉を、侘鋤は鼻で笑い飛ばした。 「随分と酷い物いいですね。私どもは貴方がこの件に関わっているとは考えていないのです。なぜなら貴方の敵になるには彼女はあまりにも幼い」 そんな侘鋤に、レイランが一歩前に出る。 「ごめん、何が言いたいの?」 「彼女は政敵には成り得ない。ですから、良き兄として幼き姫君のお味方をしていただきたいのです」 「‥‥悪いけど、それはできないよ」 「なぜ?」 「残念だけど、敵なんだよね。沢繭の領主になった振々は」 「はぁ‥‥貴方は何も分かってないのね。今の言葉、振ちゃんが聞いたら悲しむわよ?」 「悲しむ? ああ、勝手に悲しめばいいさ」 「貴方ね‥‥」 まるで温かみの感じられぬ侘鋤の言葉に、ユリアが怒りに震える。 「本当に貴方ではないのですね?」 「疑われるのはひどく心外なんだけど。僕が振々をどうにかした証拠でもあるの?」 「そうではありません。例え貴方がしなくとも、配下の者が皆そう考えているとは限りません、と申し上げたいのです」 「‥‥」 「私はそれをとても危ぶんでいるのです。貴方への忠義ゆえに起こす暴挙を」 レイランは押し黙る侘鋤の瞳をじっと見据え、言葉を紡ぐ。 「‥‥はぁ、残念だけどうちの部下にそんな甲斐性をもった奴はいないよ」 「そう言いきれるの?」 「ああ、残念だけどね。って、もういいだろ。気分が悪くなってきたよ」 「ちょ、ちょっと!」 侘鋤はいきなり話を切上げると、二人を無理やり部屋から追い出した。 「なんだか、可哀想なくらいね」 屋敷を後にしたユリアとレイランは、一路沢繭への道を急いでいた。 「にゅ? なにが?」 「この街の領主様」 「あの人?」 「そ。余程危ない橋を何度も渡ったんでしょうね。人を信じないってオーラがびんびん出てたわ」 「あー、それはボクも感じたよ」 「でしょ? ああいう疑心暗鬼に捕らわれてる人って、得てしてとんでもないことをやらかすのよね」 「にゅー。じゃ、ユリアちゃんはあの人が犯人だと思うの?」 「それがねぇ‥‥どうにもそういう感じがしないのよねぇ」 「にゅー。だよね‥‥そんな大それたことできそうなタイプじゃなさそうだったもんね」 「ね‥‥」 街道を歩く女騎士二人は、どこか晴れぬモヤモヤとした気持ちを胸に帰路を急いだ。 ●沼蓑 暗い暗い闇の中。 手を伸ばせばすぐに突き当たってしまう。 狭い狭い檻の中。 光を恋しいと思ったのは、初めてだ――。 「――こ、これはっ!?」 一本の糸を手繰り寄せるような感覚。 長い長い闇のトンネルを越え、その一本をついに掴んだ。 「‥‥間違いねぇ! 薔薇色の未来は今俺の手の中にっ!!」 闇の覆いを撥ね退け、ガバッと身を起こす大男。 「‥‥」 「‥‥」 喪越(ia1670)とエルネストワ(ib0509)の目があった。 「‥‥いやん☆」 振々が泊ったとされる部屋。 そこは振々が行方を眩ませてからずっと閉ざされていた部屋で、二人は調査にあたっていた。 「‥‥それで、何か見つかった?」 ベッドの上で照れる喪越に、こめかみを引きつらせるエルネストワが問いかける。 「ふっ‥‥聞いて驚くなよ」 「‥‥ええ、これ以上驚きようが無いわ」 自信満々に拳を掲げる喪越を、頭痛を堪え見つめるエルネストワ。 「さもありなんっ! これを見よっ!!」 どどーんと喪越が突き出した拳。 そこには一本の金糸が握られていた。 「それは振々ちゃんの‥‥?」 「いえぃす、セニョリータ。俺の浪漫の結晶だ」 「浪漫云々はいいとして‥‥ベッドに振々ちゃんの髪の毛が落ちているという事は」 「そう、姫さんはこのベッドで寝たって事だ」 「という事は寝込みを襲われた‥‥?」 「ね、寝込みを‥‥っ!?」 口元に手を当て思考に耽るエルネストワが口にした言葉に、喪越が過敏に反応する。 「‥‥変な想像しないようにね」 驚愕する喪越を他所目に、エルネストワが部屋を見渡す。 「部屋には振々ちゃんのいた痕跡‥‥後は誰がどうやって連れだしたか、ね」 「もう少し部屋を調べてみるか――よっと」 グキっ。 「あ」 ベッドから華麗に飛び降りた喪越が着地と同時に足首をあらぬ方向へ曲げた。 ゴロゴロゴロ――ガタンっ! 「うごごぉぉっ!?」 バランスを失い床を転がった喪越は、壁に後頭部を強打し豪快にのた打ち回る。 「なにやってる――え? これは‥‥?」 喪越の失態にエルネストワが呆れる様に声をかけた、その時。 「ぐぬぬ‥‥ん?」 頭を押さえる喪越がエルネストワの視線を追う。 「ちょっと退いてくれる?」 エルネストワが涙目喪越を強引に退かし、見つめるのは壁。 「‥‥隠し扉ってか?」 「ええ‥‥これは‥‥」 エルネストワが壁を押す。 そこには、深い闇へと続く小さなトンネルがあった――。 ●河蛹 「第3次魔の森討伐隊、出陣せよ!」 馬に跨り、軍へ指揮棒を振るう真来。 「ご無沙汰しておりました」 出陣を控え、部下達を戦地へと送った真来に出水 真由良(ia0990)が声をかけた。 「おぉ、いつぞやの。こんな所で会うとは奇遇だな」 「はい、この近くをたまたま通りがかったものですから、折角ですしご挨拶をと」 「それは俺の所に来る決心がついたってことか?」 「それとこれとは話が別ですわ」 「あちゃ。またフラれたな」 大仰に顔を手で押さえ天を仰ぐ真来。 「いえ、そういうつもりは‥‥」 そんな真来の仕草に、真由良も困り顔。 「ん。いやいやすまん。で、どうした? って、聞くまでも無いか」 先程のおどけた表情を一変させ、真来は真由良に問いかけた。 「‥‥それも心配ではありますが、用件は別のもの」 「別?」 「はい。先日、評定でご一緒させていただいた時に仰っていた『侘鋤に気をつけろ』あの言葉の真相をお伺いできればと思い、伺いました」 「ふむ‥‥」 「もし、詳しく聞かせていただけるのでしたら、私が真来様の元にというお話の‥‥続きもできるかと」 真摯に見上げる真由良の瞳を、真来はじっと見つめ。 「‥‥はぁ、俺って奴はつくづく美人の願いに弱いなぁ」 ぼりぼりと髪を掻き毟り大きく溜息をついた。 「真来様?」 そんな真来を真由良は首を傾げ見上げる。 「侘鋤は弱い奴なんだよ」 「弱い? 領主様であるのにですか?」 「ああ、あいつは志体を持ってないからな。人一倍臆病になっちまった」 「志体を持っていないだけで?」 「そう言う奴なんだよ。卑屈で頑固で、でも見栄だけは一丁前な、な」 「そのような方には見えませんでしたが‥‥」 「見栄だけは一丁前だからな。まぁ、そんな奴だから、振々も――っとと、何でもねぇ」 「‥‥振々様が何か?」 「いや、気にしないでくれ。それよりも、どうだ? 俺の元に来る気になったか?」 「‥‥そうですわね。少し考えさせてください」 「かぁ! つれないねぇ!」 その言葉に冷静に考えを巡らす真由良を、真来は豪快に笑い飛ばした。 「さて、どうする? まだ話を聞きたいなら一緒に来るしかないが?」 そして、真来は改めて真由良に問いかける。 「一緒に‥‥とは、魔の森にということでしょうか?」 「あー、それでもいいさ。来れば振々の行方が掴めるかもしれないぜ?」 「どうしてそう思われるのです?」 「んー‥‥男の勘? って奴だ」 「まぁ、それは‥‥わかりました。ご一緒させていただきますね」 真摯に語りかけてくる真来に、真由良はにこりと微笑み、一度大きく頷いたのだった。 ●沢繭 一行はそれぞれの情報を持ち寄る為に、沢繭へと帰還していた。 「――お主たちであっても、振姫様の所在は分からぬか‥‥」 一行が集められた大きな部屋。 それぞれからもたらされる報告に、頼重は肩を落としていた。 「そう気を落とさないでくださいませ」 そんな頼重を更紗が気遣う。 「そうそう、全く何も分からなかったってわけじゃないんだから」 同じくリーナも頼重を気遣い言葉を掛けた。 「だな。潰せる所は潰した。後は消去法で探っていけばいいさ」 情報を纏める茉織が、不安を拭うように声をかけた。 「お待たせっと」 そんな時、喪越が屋敷に戻ってきた。 「皆、おそろい?」 「いえ、真由良がまだみたいよ」 集まった一行を眺めたエルネストワの言葉にユリアが答える。 「そう‥‥でも、先に報告しておかないとね」 「だな。姫さんの泊った部屋。あそこで隠し通路を見つけた」 普段のおちゃらけた表情を一変させ、喪越が真剣な眼差しで言葉を紡ぐ。 「隠し通路‥‥?」 「ああ、大人じゃとても通れないような小さな抜け道だ」 「そう、丁度振々ちゃんなら通れそうなくらいのね」 説明を続ける喪越とエルネストワ。 「にゅ? 振々ちゃんはそこから消えたってこと?」 「可能性は大ってとこだな。攫われたのか、自分で消えたのかは定かじゃねぇけどな」 レイランの問いに答える喪越。 その報告が更なる推測を呼び、一行を果ての無い迷宮へと誘う。 そんな一行の元に真由良から、ある一報が届いた。 その報には。 『振々は湖卵にあり』 とだけ記されて――。 |