【古演】開く新たな世界
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/15 19:00



■オープニング本文

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●劇場『彩苑楼』
「ちょっと、源駿!」
「瑛祝? なんですか?」
 劇場の廊下を歩く源駿を、瑛祝が呼び止めた。
「待ってよ!?」
「待てと言われても。そろそろ稽古を始めないといけないんだけど?」
「うっ‥‥け、稽古は大事よね。うん、大事だけど、あの、その‥‥」
「? 用がないなら行きますよ?」
 源駿を止めたはいいが、もじもじと歯切れの悪い言葉を発する瑛祝に、源駿はくるりと瑛祝に背を向ける。「あっ! え、えっと、そのこの間は大変だったわね!」
「‥‥ええ、瑛祝。貴方には感謝しています。ありがとう」
「‥‥え? い、いいのよお礼なんて! 貴方の為ですもの‥‥」
 突然の言葉に、瑛祝は顔を真っ赤に俯く。
「そ、そんなことより‥‥源駿! あの、その――」
 瑛祝はじっと床を見据え、ぶつぶつと呟いた。
「そそ、そろそろお返事もらえないかな‥‥? えっと、『何の?』とか言わないでよ、ね? もも、もちろん、け、けっこ――」
 意を決した瑛祝は、自分の前で静かに話を聞いているであろう相手に向け、表を上げる。
「あ、あれ? 源駿‥‥?」
 きょろきょろと廊下を見渡す瑛祝。
 すでに廊下には源駿の姿はなかった。

●控室
 獣油の燃える匂いが鼻につく。小さな灯りを照らされたうす暗い控室で一人机に向かうのは源駿であった。
「源駿」
「壇老?」
 一人で机に向かう源駿に、いつの間に現れたのか壇景が声をかけた。
「また悩んでいるようだな」
「‥‥壇老には隠し事はできませんね」
 ふっと自嘲気味に微笑んだ源駿は、書類を机の上に置くと、壇景へ向き直る。
「先日の一件で、借金は無くなりました」
 そして、源駿は真剣な面持ちで淡々と語り始めた。
「しかし、それも元に戻っただけ。このまま同じ事をしていては再び借金をする羽目になります」
「ふむ‥‥今一度地下の門を叩く、という事態にはしたくはないの」
「はい‥‥もう光彩殿の眠りを妨げるつもりはありません」
「しかし、どうする。
「新しい演目を取り入れるといっても、公演日まで日がない‥‥」
 そう言って、源駿は机に山と積まれた書類へ目を落とす。
「それは、新しい演目の台本か?」
「ええ、色々と調べては見たのですが‥‥主要役者がほとんど欠けたこの状況で、できる演目がなくて‥‥」
 項垂れる様に机に視線を落とす源駿。
 螺殷の執拗な妨害は、こんなところにまで影を落としていた。
「ふむ‥‥また、彼らの力を借りるか」
「彼らというと?」
「開拓者じゃよ」
 その言葉にふと顔を上げた源駿に、壇景は語りかける。
「え? でも彼らは演技など‥‥」
「開拓者の中には、芸に長ける者も多いと聞く。それに、螺殷がこのまま諦めたとも思えぬ」
「‥‥それは確かに」
「護衛も兼ねて、彼らに再び助力を乞うてはどうじゃ?」
「‥‥しかし」
「それに、開拓者とは様々な境遇の人間がおるらしい。新たな演目の参考になるやもしれぬぞ?」
「‥‥そうですね。こうしていても仕方ありません。彼らに託してみましょう」
 壇景の提案に、一つ大きく頷いた源駿。
 憑き物が取れたように、その顔は晴れやかであった。

●常鼓郊外のとある屋敷
 広大な屋敷の一角にある薄暗い部屋。
「――例の件はどうなっておる」
「はっ! 借金を返済されてしまい、現在打つ手立てを探っている所で――」
「いい訳はよい」
「は、はっ!」
「何としてでも手に入れろ。手段は問わん。あの土地さえ手に入ればよい」
「心得ております! 今しばらく、今しばらくお待ちを!!」
「もう、これ以上は待てんぞ。これが最後だと思え」
「は、はいっ!」
 ――二つの息遣いだけが、その部屋を支配していた。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
巳斗(ia0966
14歳・男・志
出水 真由良(ia0990
24歳・女・陰
紬 柳斎(ia1231
27歳・女・サ
劉 厳靖(ia2423
33歳・男・志
フェルル=グライフ(ia4572
19歳・女・騎
御神村 茉織(ia5355
26歳・男・シ
早乙女梓馬(ia5627
21歳・男・弓


■リプレイ本文

●彩苑楼
「大入り満員です!」
 巳斗(ia0966)が表情を綻ばせ、駆け戻ってくる。
 舞台袖で待機する面々の耳には、劇を待ちわびる客達の声が届いていた。 
「恥を忍んで通りに出た甲斐があったか‥‥」
「そんな、お似合いですよっ!」
 男装を纏う紬 柳斎(ia1231)に、フェルル=グライフ(ia4572)が真剣な眼差しを送る。
「す、すごい‥‥」
「宣伝効果ってやつさ」
 口をポカンと開け呆ける源駿に、羅喉丸(ia0347)頼もしげに呟いた。

「ったく、これじゃ目立って仕方ねぇな」
「さすがは舞台衣装という所か」
 豪奢な衣装を纏う劉 厳靖(ia2423)に、早乙女梓馬(ia5627)が苦笑する。
「これじゃ、出番のない時に客席を回るって訳にはいかねぇな」
「ああ、奴らが何かしてこなければいいがな‥‥」
「まぁ、なるようになるか」
「なるようにするのが俺達の仕事だ」
 そうして二人は互いに頷き合う。
「皆様、お待たせいたしました」
 そんな時、控室より出水 真由良(ia0990)が現れた。
「わぁ‥‥真由良さん、とてもお綺麗ですっ!」
 真由良に駆け寄った巳斗は、美しく着飾った真由良を瞳を輝かせ見つめる。 
「ありがとうございます。でも、瑛祝様に少し悪い気がいたしますね」
 巳斗の言葉に真由良は少し困惑気味に微笑む。
「あー、言えてるな。なぁ、源駿?」
 と、御神村 茉織(ia5355)が苦笑交じりに、源駿に問いかけた。
「え? なぜです?」
 いきなり話題を振られた源駿は、何の事かと首をひねる。
「ダメダメ。うちの団長、そう言う事にはとんと疎いから」
 と、真由良に続き楽屋から現れた李詩が、呆れ顔で告げた。
「‥‥まぁ、そうだろうとは思ってたがよ。なんだ、少しは自分に向けられてる視線を感じてやれよ」
「はぁ‥‥」
 茉織の節介に、源駿は生返事。
「ははっ。団長には10年早いかもな」
 そんな源駿を馬応が笑い飛ばす。
 そして、一行も釣られるように笑みを浮かべた。

●一幕
「はっ! やるじゃねぇの!」
「お互いにな!」
 小さな舞台を戦場に、二人の豪傑が揮う矛が火花を散らす。
 剛布と呂恢。共に両軍一の豪傑だ。
 二人は相手の出方を伺うように、距離を置いた。

 ジャーンジャーン。

 突然、銅鑼の音が木霊した。
「おっと、退却の合図か」
「逃げるのか?」
 矛を収め、踵を返す呂恢に剛布は呆れる様に問いかける。
「ちげぇよ。仕方なくだ。また、機会があったら遊んでやるよ」
「ふん、それはこっちの台詞だ」
 そう言って、剛布もまたくるりと踵を返し自陣へ戻った。

 暗転。

「崔良。次の策を言え」
「智将といえどその血は逸りますか」
 柵に囲まれた陣営に佇む崔良に、美髪をなびかせ班尚が歩み寄る。
「‥‥何が言いたい」
「申し訳ありません。別段他意があったわけではなく」
「‥‥策を言えと言っている」
 くすくすと笑う崔良に、班尚は怒気を帯びた声ですごんだ。
「右翼が劣勢です。戦場を大きく迂回し森を抜け敵補給部隊へ横撃を」
「承知した」
 淡々と紡ぐ崔良の策に小さく頷いた班尚は、一刻も早くその場から立ち去りたいとばかりに、脚を早め戦地へと向かった。

 暗転。

「悌羽様、腕から血が」
「この程度、問題ない」
 兵幕の中央に腰を下ろす悌羽に、貴姫が寄り添うように肩を並べた。
「そうはまいりません。貴方様はこの軍の柱石。どうか、ご自愛くださいませ。兵の為に、そして、私の為にも」
 憂いを帯びた声で囁きかける貴姫は、懐から一枚の布を取り出し悌羽の腕へあてがう。
「貴姫‥‥」
 優しく腕を包む貴姫の手を、悌羽はそっと握りしめた。
「お前だけは、何としても生かしてみせる‥‥」
「そのような不吉な事をおっしゃらないでください。私は生涯貴方と共にあります」
 沈む悌羽の声を、貴姫は力強い声で支える。

 バサッ。

 その時、兵幕を潜る一人の白翁。
「水入らずの処申し訳ない。失礼するぞ」
「あ、亜儀様」
 兵幕をくぐり現れた亜儀の姿に、貴姫は悌羽からぱっと離れた。
「亜儀、如何した」
「‥‥ここでは話辛い」
「‥‥わかった。貴姫、後を頼む」
 亜儀の神妙な表情に、只ならぬ気配を察した悌羽は、貴姫を残し兵幕を後にする。
「悌羽様‥‥」
 残された貴姫は一人悌羽の身を案じ、祈りを捧げた。

●二幕
「‥‥悌羽様」
 舞台の中央で一条の光を浴び、花禄が一人佇む。
「花禄」
「‥‥これは楽茂将軍」
 月を見上げる花禄に声をかけたのは、楽茂だった。
「浮かぬ顔をしているな」
「‥‥貴方には隠し事ができませんね」
 楽茂の言葉に、花禄はフッと自嘲気味に笑う。
「例の噂か」
「悌羽様こそが、我が主と仰ぐに足る人物であると信じていましたが‥‥」
 花禄が深い悲しみを宿した声で小さく囁く。
 二人が耳にした噂。
 それは、悌羽は圧政打倒を口実に領土を広げ、私利私欲に走る。との噂であった。
「‥‥花禄」
「はい?」
「俺は抜ける」
「え‥‥?」
「共に来ないか。いや、答えはすぐでなくてもいい。考えておいてくれ」
 それだけ言い残すと、楽茂はその場を後にする。
「‥‥悌羽様」
 再び訪れた一人の空間。花禄は天に問いかけるように空を見上げていた。

 暗転。

 自軍の精鋭たちを柳敏が頼もしげに見つめる。
「呂恢、班尚。悌羽の軍の動きはどうだ」
「すでに我が軍の術中にはまっております」
「一飲みにしてやるぜっ!」
 脇に控える二人の弟達の言葉に、柳敏は満足気に頷いた。
「うむ。奴の野望はこの俺が止めてみせる。皆の者、よく聞け! すでに悌羽軍に義はなし! せめて我らが矛を持って冥途へと導いてやろうぞ!」
『おぉ!』
 一際声を張り、柳敏は兵士たちを鼓舞していく。 
「全軍突撃! 狙うは悌羽の首ただ一つっ!!」
『おぉ!』
 二人の弟達に率いられた軍が、鬨の声を上げ戦場に駆けだした。

 暗転。

 戦場を望む指揮台に崔良が佇む。
「右翼へ合図を」
 崔良の指示に、兵士は陣太鼓を盛大に打ちつけた。
 
 ドーンドーン!

「続いて左翼へ転進指示を! そのまま右翼に回り、一気に押しつぶします!」
 崔良はその英知を如何なく発揮し、軍をまるで手足の如く操っていく。
「今です! 本隊突撃!!」
 崔良は力いっぱい指揮棒を振るった。

「もうすぐ、もうすぐ仇が討てる‥‥!」
 眼下には悌羽軍を蹴散らす自軍の姿。
 敵を圧倒する自軍を見下ろし、崔良は小さく、小さく呟いたのだった。 

●幕間
「え? あれは螺殷さん‥‥?」
 舞台袖から観客席を見つめる巳斗が声を上げる。
 長丁場となる演劇は途中の休憩時間に入っていた。
「ああ、券渡しておいた」
 と、茉織がさらっと口にした。
「えぇ!? 呼んだんですか!?」
「どこから来るかわからぬより、目の届く所にいた方がいいとは思うが‥‥」
 そんな茉織の言葉に、フェルルや柳斎も困惑気味だ。
「ついでに役人も呼んであるぜ」
 驚く一同を愉快気に見つめ茉織が続けた。
「まぁ、用意周到ですわね」
「これで見張りは必要なくなったってか?」
 そんな茉織を真由良と厳靖は頼もしく見つめる。 
「いや、安心はできないだろう」
「そうだな、役人といっても観客としてだろうから、劇中に監視は難しい」
 梓馬の言葉を受けた羅喉丸が、うーんと唸る。
「それに関しましては、わたくしが式を放っていますので御心配には及ばないかと」
 と、真由良の声に一同は舞台へと戻っていった。
「さすが真由良さんっ!」
 笑顔の真由良を巳斗が嬉しそうに見上げる。
「おっと、そろそろ幕が上がるな。しゃぁねぇ、行くか」
 そう面倒臭そうに話す厳靖を、一行が楽しそうに見つめたのだった。 

●三幕
「貴様っ!」
「‥‥」
 無言で弓を向けてくる花禄に、剛布が怒声を上げる。
「待て! どこへ行く!」
 弓の牽制に動けぬ剛布に、花禄は背を向けた。
「もう会う事もないでしょう」
「くっ!」
 ちらりと背中越しに剛布を一瞥した花禄は、そのまま戦場を後にした。

 暗転。

「策なんかなくてもこの通りよ!」
 呂恢が矛を大地に打ち付ける。
「あまり驕るなよ。まだ決着がついたわけではない」
 勝利に沸く呂恢を班尚は苦笑交じりに見つめた。
「両将軍、お見事でした」
 そんな二人に、崔良が微笑みかける。
「けっ! 嫌な顔見ちまったぜ。俺は先にふけるぜ」
 捨て台詞を残し場を後にする呂恢に向け、崔良はやれやれと手を上げる。
「いやはや、僕も嫌われましたね」
「‥‥軍師殿」
「はい? なんでしょう」
 自分の瞳をじっと見つめる班尚に、崔良は小首を傾げ問いかける。
「‥‥いや、なんでもない」
「はぁ、そうですか」
「では、私も失礼する。呂恢同様、私もあまり貴方を好きになれぬのでな」
「‥‥」
 呂恢に続き場を去る班尚の背を、崔良は無言で見つめた。

●四幕
「貴姫はどこだ!?」
 幕舎の立ち並ぶ陣を、悌羽が焦燥を隠そうともせず走り回る。
「悌羽、少し落ち着け」
 そんな悌羽を亜儀が呼びとめた。
「亜儀! 貴姫を知らぬか!」
「‥‥落ち着けと言っている」
「くっ! 貴姫! 貴姫!!」
 亜儀の言葉も悌羽を止めることはできない。
 悌羽は再び愛妃を求め、彷徨い始めた。

「女一人失っただけでこの有様‥‥。最早我が軍の命運は尽きた、か」
 空を見上げる亜儀の頬には、一筋の涙が流れたのだった。
 
 暗転。

「貴方は‥‥?」
 状況を理解できずうろたえる貴姫を、崔良が冷たい眼差しで見下ろしていた。
「‥‥貴女に恨みはない」
 崔良がぼそりと言葉を紡ぎ始める。
「だが奴には奪われる苦しみを存分に思い知らせてやる」
 憎々しげに言葉を続ける崔良の瞳には、憎悪の炎しか見えない。
「貴女にはここで大人しくして頂きます。奴が死ぬまでね」
 狂気にも似た笑い声を崔良は場を後にした。
「あぁ‥‥悌羽様」
 繋がれた腕の痛みすら貴姫の想いを縛ることはできない。
 貴姫は戦場を今も流離う最愛の人に向け、想いを馳せるしかなかった。

 暗転。

 キーン!

 矛と矛が激しく打ち合う甲高い音が響いた。
「お前に勝機はない! さっさと降伏しろっ!」
「くっ! 悌羽殿はどうなった!」
 再び相見えた二人の豪傑。
「ふん、奴ならとっくに死んでるぜ」
「なんだとっ!?」
「楽しかったお遊びもこれで終わりだっ! 選べ! 降伏か死か!」
「ぐっ‥‥」
 突き付けられた矛を恨めしげに見つめ、剛布は言葉を詰まらせる。
「‥‥降ろう」
「よく言った。それでこそ俺の好敵手だ」
 肩を落とす剛布に呂恢はすっと手を差し出したのだった。

●終幕
「はははっ! 悌羽将軍、もう後がありませんよっ!」
 蔑むように崔良が見つめるは、ついに一人となった悌羽。
「ぐっ!」
 鎧は裂かれ剣を飛ばされた悌羽に、最早反撃の術はない。
「呂恢将軍、とどめを!」
「けっ! 言われなくともっ!」
 崔良が最後の命を下す。
 命を受け呂恢が矛を振り上げた。その時――。

「待て!」

「何のつもりです班尚将軍!」
 仇敵打倒の瞬間に突如現れた班尚に、激昂する崔良。
「もうよい。軍師殿」
 激昂する崔良に班尚は悲しげな瞳を向けた。
「全てはこちらの方から聞いた」
「あ、貴女は!?」
 すっと身を引いた班尚の影から現れたのは、貴姫であった。
「貴方のご両親を策にはめ亡き者とされたのは、皇帝が差し向けた刺客です」
「なっ!?」
「ここに書状がある」
 班尚が一枚の文を取り出した。
「崔良、ご両親からお主宛だ」
「え‥‥」
 班尚は取り出した文を、茫然と佇む崔良に手渡す。

「‥‥」
 肩を震わせ文を読み進める崔良。
「そんな‥‥」
「崔良」
 茫然と文を見つめる崔良に、柳敏が声をかける。
「柳敏様、愚かな私をお許しください‥‥」
 目を伏せたまま、崔良は懐から短刀を取り出し喉に当てた。
「この償いは死をもってっ!」

 ザシュ!

「!?」
「‥‥死して詫びるより、その知恵をもって柳敏様を支えろ」
 短刀が崔良の喉を貫かんとした、その瞬間。班尚の力強い腕が止める。
「う、うわぁぁぁあ!」
 その慈悲に崔良は誰に憚ることなく大声で泣き叫んだ。

「さぁ、あんたは自由だ。あるべき場所へ帰りな」
「ありがとう」
 すっと背を押してくれる呂恢に、軽く一礼した貴姫は想い人の元へ駆けだした。

「貴姫!」
「悌羽様!」
 孤軍となった悌羽の胸に、貴姫飛び込んだ。
「御無事でよかった‥‥」
 頼もしい腕に抱かれ、貴姫は安らぎに目を閉じる。

「ふっ、とんだ茶番ですね」
 その時突然、観客席から野次が上がった。
「つまんねーぞ!」
「やめろやめろ!」
 螺殷の声に端を発した野次は取り巻きのごろつき達へ伝染、次第にその騒動は激しさを増す。

(おいおい、ここで邪魔か?)
(野次で妨害とはな‥‥)
 観客に聞こえぬよう囁き合う一同。
(このままじゃ‥‥)

 その時。

「おい、邪魔するな!」
 騒動の中心から遠く離れた客席から、声が上がった。
「そうだそうだ、今いいとこなんだ!」
「静かにしてよねっ!」
 声を合図に騒動を起こす連中への非難の声が広がる。

 その時。

「そこにいたか、兆皇帝!」
 突然、柳敏が騒動の中心をビシッと指差した。 
(さ、源駿様合わせてください)
(え?)
 傍に寄りそう真由良の突然の囁きに、源駿は役も忘れて呆ける。
(皆様待っています)
(あ‥‥)
 再び掛けられた声に、舞台を見渡す源駿。そこには、期待に微笑む一行の視線があった。
「さぁ、共に王朝を討たんが為に立ち上がった我ら、今こそ一つとなろう!」
 一際力の篭った柳敏の声が、舞台を支配する。
「‥‥いいだろう。長きに渡る因縁、今は捨ておく!」
 柳敏の声に呼応するように、悌羽が客席をキッと睨む。
「圧政打倒に立ち上がりし英傑達よ! 思い出せ、我らが志はただ一つ――」
『兆王朝打倒!!』
 両手を広げ高らかに宣言する悌羽の声に呼応したのは、客席の最上段から声を上げた花禄であった。
「花禄!」
 花禄の姿を確認した剛布が、表情を照らし声を上げる。
「悌羽様より下された使命を果たしに、今帰参いたしましたっ!」
 微かに悲しみの滲む声で、だが精一杯力強く花禄が叫ぶ。
「諸悪の根源、今我らが眼前に現れたり!」
 更なる援軍を頼もしく見つめると、柳敏は客席に向けすらりと剣を抜いた。
「貴様の敷きし悪政、死をもって償えっ!」
 悌羽が剣を抜き、柳敏のそれに合わせる。
 そして、剛布が呂恢が、そして崔良までもが剣を矛を客席に向けた。
「ひ、ひぃ!」
 偽物とはいえ武器を向けられた螺殷達は、情けない悲鳴を上げる。 
「かかれっ!!」
 先陣を切るのは柳敏。
 剣を揃えた一行は、柳敏に続き我先にと客席へ躍り出た――。



 先月の開拓者からの一報を受け裏を探っていた役所は、ある豪商の存在を嗅ぎ付けた。
 そして、今回捕えられた螺殷の自白により明るみになった数々の悪事を元に、豪商は縄についたのだった。

 一方、劇団はというと――。
 仇敵『兆皇帝』を捕え処断した所で劇は幕を閉じた。
 起死回生を賭けたこの舞台は、大盛況の元に終劇を迎える。
 これ以降、演目には次々と新たな要素が付け加えられ、常鼓の街の住人達を楽しませたのだという。