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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●劇場『彩苑楼』 「ごめんなさいっ!」 「顔を上げてください」 劇場の入り口で深く頭を垂れる瑛祝。その相手はこの劇団の団長源駿であった。 そんな光景を劇団員達は、何事かと興味津津に見守る。 「まさか、あんなことになってたなんて‥‥主人である私の責任だわっ」 瑛祝は顔を上げることなく、呻くように言葉を続けた。 「あなたのせいではありませんよ。元はと言えば借金を作った私の責任‥‥」 しかし、源駿は瑛祝を責めることなく、自戒する。 「で、でも――」 ドゴーンっ!! その時、突然の轟音。 「な、何事だ!?」 劇団員達がざわめき、我先にと音のした表へと出る。 そこには屈強な男たちが抱える、巨大な破城鎚が劇場の壁へと深々とめり込んでいる様があった。 「なっ!?」 深々と劇場の壁にめり込んだ破城鎚に、源駿は声にならない悲鳴を上げる。 「これはこれは、団長殿。ご無沙汰しておりますよ」 そこに現れたのは螺殷。細い眼を緩ませ満面の笑みで源駿を迎えた。 「こ、これは何事ですか!?」 「何事と言いましても、邪魔な物を壊しているだけですが?」 慌てて詰め寄る源駿に、螺殷はいたって平然に答える。 「やめなさい!」 「おっと、そうはいきませんよ」 破城鎚を構える男達に、飛びかからんとばかりに迫った源駿の前に立ちふさがったのは螺殷。そして、螺殷は一枚の文を取り出した。 「それは借用書!?」 瑛祝が螺殷の取り出した書面を見て驚愕の声を上げる。それは、劇団名義の借用書であった。 「さすがお嬢様。一目見ただけでわかりますか」 驚く瑛祝を螺殷はにやにやと卑屈な笑みで見つめる。 「なんで貴方がそんな物を持っているのよ!」 「どうしてと仰られましても、残念ながらお嬢様の所は解雇になったようですので――」 残念そうに首を振る螺殷に、瑛祝はさらに食って掛かった。 「当り前でしょ!」 「まぁ、そう怒鳴らずに」 「あ、あなた‥‥!」 「あるお方に拾っていただいたのですよ。再就職といったところでしょうか?」 「再就職って‥‥」 「そのお方がこの土地を所望しておりましてね。どうしてもと仰るので、この地に詳しい私が選ばれたわけです」 「この裏切り者!!」 「これは人聞きの悪い。私は職務に忠実なだけの、ただの仕事人ですよ」 「こ、この‥‥!」 瑛祝も商人の一人。この借用書の持つ力の意味を痛いほどわかっていた。 「さて、今すぐお支払いいただけないのであれば、早々に立ち退いていただきましょうか」 「くっ‥‥!」 突き付けられる借用書を前に、源駿はただただ唇を噛むだけ。 「待って」 「え?」 その時、立ちすくむ源駿の横で、わなわなと震えていた瑛祝が低く声を上げた。 「‥‥螺殷。その借用書、期限がまだみたいだけど?」 相手を牽制するように、慎重に言葉を続ける瑛祝。 瑛祝が見つけたのは、小さく端のほうに書かれた返済期限であった。 「‥‥これはこれは私としたことが」 瑛祝の指摘に、一瞬表情を強張らせた螺殷であったが、すぐに余裕の笑みに戻り続ける。 「さすがお嬢様。伊達に才媛とは呼ばれていませんね」 「貴方に褒められても嬉しくないわね」 褒めたたえる螺殷の言葉を、瑛祝はすっぱりと斬り捨てた。 「これは手厳しい。‥‥確かに期限は10日後。しかし、10日でこれだけの金額を用意できるとでも?」 螺殷の手にしている借用書に書かれている金額は、どう見積もっても10日で返せるような代物ではない。 「‥‥私が出すわ」 見せつけられる借用書を苦々しく見つめる団員達を見回した瑛祝が呟いた。 「ほう、お嬢様が?」 瑛祝の言葉に、螺殷はまるで珍獣でも見るかのように眼を見開く。 「それは出来ません」 しかし、そんな瑛祝の言葉を源駿が遮った。 「源駿!」 「これは我々の問題です。部外者の貴方に助力を請うことはできません」 「ぶ、部外者‥‥」 言葉を遮られたことより部外者とされたことが、瑛祝は愕然とさせる。 「これは頼もしい。ではお支払いいただけると?」 愕然と俯いてしまった瑛祝を横目に、螺殷が源駿に詰め寄った。 「今すぐには無理ですが、期限までに用意します」 「ほう、これだけの額を?」 「ええ、その借用書に書かれた金額全額を」 「なるほど‥‥」 「ぶ、部外者‥‥そ、そうだ、源駿と私が――」 「必ずお返しします。ですから、今はお引き取りください」 螺殷を前に、源駿の気丈な声。隣でブツブツと呟く瑛祝の声など耳に入っていない。 「‥‥わかりました。では、待たせていただきましょう。10日後を楽しみにさせていただきますよ。おっと、壁の補修は我々が。私の早とちりで壊してしまいましたからね。くくく‥‥」 まるで蛇のような陰湿な笑い。螺殷は借用書を丸め、懐へとしまい込む。 「それでは、ごきげんよう。またお会いしましょう」 深々と礼をした螺殷は、男達を従え劇場を後にした。 「くそっ、どうすれば‥‥!」 去りゆく螺殷の背を、憎々しげに見つめていた源駿が肩を落とし呻く。 「‥‥そうよ、私と源駿が一緒になれば、部外者じゃ無くなって――」 重々しく言葉を漏らす源駿と、地面に視線を落としブツブツと呟く瑛祝。 「‥‥源駿。着いてきなされ」 そんな時、突然源駿に声をかけたのは壇景であった。 「壇老‥‥?」 一人劇場に姿を消す壇景の後を、源駿は言われるまま追った。 「そうよ! だから、源駿! わ、私と、けけ、結婚を――あ、あれ、源駿‥‥?」 意を決し顔を上げた瑛祝の前には、すでに誰の姿もなかったのだった。 ●劇場地下 「こんな所が劇場にあったなんて‥・・」 壇景の導きにより源駿達が訪れたのは、劇場の地下。 そこは薄暗くカビ臭い部屋であった。 「知らぬのも無理はない。お前の爺様が封印したのだからな」 ついてくる源駿の呟きに、壇景は振り返ることなく答える。 「壇老、ここはいったい?」 「着いてくればわかる」 雑多に積まれた古い木箱の間を、縫うように歩みを進める壇景。 そして、部屋の最奥で足を止めた。 「この奥にお前の先祖が残した宝が眠っている」 「え!?」 壇景が差したのは、壁に取り付けられた重厚な鉄扉。 「『遺志光彩』と呼ばれる物らしい」 「『遺志光彩』?」 「うむ、ワシも詳しいことはわからぬが、もしもの時の為に使えと、お前の先祖が残した物だそうだ」 「そんな物が劇場の地下に‥‥」 「‥‥しかし、封印されるほどの物。危険な物やもしれん」 「危険な物‥‥」 重厚な鉄扉を二人はじっと見据える。 「俺も行くぜ!」 その時、源駿の後ろから声がかかる。声の主はこの劇団一の力持ち、馬応であった。 「劇団の一大事だ。黙って見てられねぇよ!」 「ありがとう。貴方が来てくれるなら心強い」 「おう、任せとけ! 行くぜ‥‥」 馬応が扉の取っ手に手をかけ力を込める。そして、錆びた鉄が擦れ合う嫌な音を立て、鈍重な鉄扉が開かれた。 そこには吸い込まれそうな深き闇が、源駿達を見つめていたのだった。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
巳斗(ia0966)
14歳・男・志
出水 真由良(ia0990)
24歳・女・陰
紬 柳斎(ia1231)
27歳・女・サ
劉 厳靖(ia2423)
33歳・男・志
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
御神村 茉織(ia5355)
26歳・男・シ
早乙女梓馬(ia5627)
21歳・男・弓 |
■リプレイ本文 ●迷宮 松明が照らし出す光から逃げるように、闇が蠢く。 自然物と人工物が互いに主張しあう『迷宮』の中を、一行は慎重に歩みを進めた。 「おぉ、これが迷宮か‥‥」 松明の光が照らしだす闇を見つめ、紬 柳斎(ia1231)が、ぼそりと呟いた。 「柳斎さん、楽しそうですね」 そんな柳斎を巳斗(ia0966)が楽しげに見つめる。 「あ、いや‥‥そうだな、楽しくないと言えば嘘になる。実に不謹慎な話ではあるが」 口元を綻ばせ嬉しそうに見上げてくる巳斗に、柳斎は自嘲気味の苦笑で答えた。 「ふ、冒険を求めて開拓者となった者にしてみれば、心躍る事かもしれんな」 後方を守る早乙女梓馬(ia5627)が、珍しく愉快気に話しかけた。 「ええ、大冒険なのですっ! って、ボクまで不謹慎ですね」 自分の言葉にペロッと舌を出し、照れ笑いの巳斗。 「封印‥‥お宝‥‥」 そんな和やかな雰囲気の一行の中に、ぼそりと聞こえる小さな声。 「どうやら、そこの女史も同じようだな」 梓馬の視線に、声の主フェルル=グライフ(ia4572)がドキリとすくみ上がった。 「フェルルさん?」 「えっ!? は、はい、何でしょうっ?」 かくりと首を傾げ見上げる巳斗に、フェルルはわたわたと手を振る。 「ったく、そろいもそろって物好きだねぇ」 ぼりぼりと髪を掻く劉 厳靖(ia2423)が、面倒臭そうに呟いた。 「あら、ここにいる時点で人のことは言えないと思いますっ」 まだ若干頬の赤いフェルルが、標的をそらすために見つけたのは厳靖だった。 「俺は付き添いなの。坊っちゃん嬢ちゃん達の保・護・者。それ以上でもないし、それ以下なら大歓迎だ」 しかし、そこは年の功。フェルルの言葉を厳靖は巧みにかわす。 「ほら、皆。じゃれるのはそれくらいにして。最初の曲がり角だ」 和やかな雰囲気を微笑ましく見つめていた羅喉丸(ia0347)が、闇を指さす。 そこには陽炎に揺れる人工の壁。 「‥‥地図によれば、ここを右だったか?」 羅喉丸は地図を持つ壇景に尋ねた。 「うむ、間違いない」 「よし。皆いいね? 行くよ」 羅喉丸の言葉に頷く源駿に続き、一行も大きく頷く。 そして、一行は深き闇へと踏み入っていった。 ●劇場『彩苑楼』 「なんで居残りなのっ!?」 劇場の入り口で癇癪をおこすのは瑛祝であった。 「あら、主人の留守を守るのは妻の務めですよ? 泰国では違うのでしょうか?」 激昂する瑛祝に、竹箒を携え玄関先の掃除に勤しむ出水 真由良(ia0990)が不思議そうに声をかける。 「っ!? そ、そうよね。留守を守るのが『妻』の務めよね!」 妻の部分を強調し、瑛祝は真由良の言葉に力強く頷く。 「ありがとう! えっと、出水さん、だったかしら」 「はい?」 「なんだか光が見えた気がするわ!」 「それはよかったですね」 ぐっと拳を握る瑛祝に、真由良はにこにこと嬉しそうに微笑む。 「こうしちゃいられないわ! 留守を守らないと! 妻として!!」 語尾を更に強調して、瑛祝は一目散に劇場へと駆け出した。 「おいおい、あんま調子に乗せるなよ‥‥」 瑛祝が消えた劇場の入り口。そこへ陰から呆れ声が聞こえる。 「あら?」 突然の声に真由良がきょろきょろと辺りを見回すと。 「こっちだ、こっち」 見当違いの方向を見渡す真由良の前に、御神村 茉織(ia5355)が声同様に呆れ顔で姿を現した。 「あ、おかえりなさいませ、茉織様」 「ああ、ただいま‥‥って、和んでる場合じゃねぇよ!」 危うく真由良ペースに呑まれかけた茉織は、崖っぷちで踏みとどまる。 「ふふ、瑛祝様は予定通り、劇場の中へ匿いましたわ」 「お、おう。護衛の方もよろしく頼むな」 「はい、この身に代えましても」 現れた茉織に真由良はにこりと話しかける。 「ああ、それと一つ。また奴が動いてる。用心しとけ」 情報収集にあたっていた茉織が、真剣な眼差しでそう告げた。 そして、それだけ言い残し、茉織は再び蔭へと消える。 「はい、用心用心」 今まで茉織のいた場所にぺこりと一礼した真由良は、再び玄関先の掃除に勤しむのだった。 ●迷宮 「ここで休憩にしよう」 くるりと振り向いた柳斎が声をかける。 幾度目かの曲がり角を曲がり、辿り着いたのは小部屋ほどの空間であった。 「うへぇ、やっと休憩かよ‥‥」 柳斎の言葉に、へなへなと床に腰を落とすのは厳靖だ。 「貴方も開拓者であろう。もう少し3人を見習われよ」 そんな厳靖に柳斎は苦笑交じりで、団員3人を指さす。 「さすが劇団の方々! 鍛え方が違うね、鍛え方が」 しかし、厳靖は団員達に感嘆の表情と共に、ぱちぱちと拍手まで送る始末。 「それにしても、こんなに入り組んだ場所に保管されるなんて‥‥余程大切な物なのでしょうね」 そう巳斗が呟く。慎重に迷宮を進む一行が、この場所に辿り着くのにすでに半日を要していた。 「うむ、これほどの迷宮に隠すのだからな‥‥」 とくに障害らしい障害には当たらなかったものの、先が見えぬ闇を進むのは一行の精神を疲弊させる。梓馬は額に浮いた汗をぬぐった。 「お食事の準備ができましたよ。一息ついてくださいねっ」 「すみません。助かります」 差し出された食事を源駿は柔らかな笑みを浮かべ受取った。 「あの‥‥」 「はい?」 差し出された干飯に口をつける源駿に、フェルルが恐る恐る話しかける。 「こちらでもジルベリア人は珍しいのでしょうか‥‥?」 「なぜそのような事を?」 「よそ者でも人を思う気持ちに変わりはありませんっ! だから、この依頼を通じて泰国との架け橋になればと思っていますっ」 源駿の瞳をじっと見据え、力強く語るフェルル。 「あ、ごめんなさい、変な話をしてしまって‥‥宝、きっと見つけましょうねっ!」 「ありがとうございます。貴方方にお願いしてよかった」 源駿の答えに、フェルルははにかみながら嬉しそうに頷いた。 「壇景さん、少しいいか」 「なんじゃな?」 腰を下ろし一息ついていた壇景に、羅喉丸が声をかける。 「この場所、他に知っている者はいないのか?」 「‥‥おらん、と言いたいところだが、正直わからん」 「わからんって‥‥源駿さんも知らない場所なんだろ?」 壇景の煮え切らない答えに、羅喉丸はさらに問い詰める。 「では問うが、ここは誰が建てた?」 しかし、壇景の答えは更なる問いかけであった。 「誰がって‥‥源駿さんのご先祖様ですか?」 「依頼主はな」 フェルルの答えも、壇景の望むものではないようだ。 「‥‥あ! 大工さん!」 「うむ、建てたのは大工だ。この場所を知っていても不思議ではない。もっとも、知っているのはその後継者か、子孫であろうがな」 壇景が満足気に頷く。正解を導き出したのは巳斗だった。 「なるほど‥‥では、その筋を辿れば黒幕にいきつく可能性もあるわけであるか」 壇景の答えに、柳斎は深く頷き思考に耽る。 「ともかく、上の事は二人に任せて、我々は先を急ごう」 腰を上げた梓馬に続き、一行は再び闇の奥を目指し歩みを始めた。 ●劇場 「これは螺殷様。本日はどのようなご用件で?」 ゴロツキ達を従え劇場の前に姿を現した螺殷に、真由良が丁寧に声をかける。 「なに、下見ですよ。もうすぐ私の物になる物件をね」 真由良の問いかけに、螺殷は上機嫌に答えた。 「そう言えば、この所団長さんの姿を見かけませんね?」 「生憎と団長は隣町へ出稼ぎだ」 螺殷の問いかけに、塀の陰から茉織が答える。 「ほう、出稼ぎですか」 「誰かさんが脅迫紛いの事してるからな、団長は大忙しだ」 「おお、それは大変だ。団長さんに頑張ってくださいとお伝えください」 茉織の言葉に螺殷は厭味ったらしく答えると、深く一礼をし、劇場を後にした。 「ちっ‥‥」 小さくなる螺殷の背を憎々しげに見つめながら、茉織が舌を打つ。 「茉織様、何かわかりましたか?」 そんな茉織に、真由良が後ろから声をかける。 「いや‥‥あの野郎、巧みに背後の姿を隠しやがる。この手の事に相当手慣れているとみていいだろうな」 「そうですか‥‥」 苦々しく言葉を続ける茉織に、真由良も表情を曇らせた。 「そっちはどうだ?」 「はい、役人様には以前の事態をお伝えしておきましたが‥‥その後、螺殷様はここを訪れるだけで何もしようとはしていませんね」 「ふむ、さすがに役人は怖い、か」 「少しでも抑止力となってくれればいいのですけど‥‥」 「しかしなぁ、奴には借用書って、大義名分があるからな‥‥」 「そうでしたわね‥‥」 言葉が途切れ、思考の海に沈む二人。 「あれ? 二人揃ってどうしたの?」 そんな時、劇場の中から瑛祝が現れた。 「ん、なんでもねぇよ。そんなことより花嫁修業は進んでるのか?」 「任せてよ! 掃除に洗濯、団員達の世話まで完璧にこなしてるわっ!」 「さすが瑛祝様。恋する乙女は無敵ですわね」 息巻く瑛祝に、真由良は嬉しそうに微笑みかける。 「おう、その意気だ。しっかり団長の心をつかまねぇとな!」 「ええ! さて、そろそろ夕食の準備しなきゃ! じゃぁね!」 茉織の鼓舞に、瑛祝は腕をまくり劇場へ戻る。 「最後はお前頼みになるかもしれないしな‥‥」 そんな瑛祝の背に向け、茉織は小さく呟いたのだった。 ●迷宮最深部 ジャラ―― 「っ! 止まれ!」 深き闇の中より木霊す異音に、先頭を行く柳斎が皆を片手で制する。 ジャラリ―― 「何の音でしょう‥‥?」 「‥‥鎖の音?」 音を聞き巳斗とフェルルが顔を見合わせた。 「‥‥なんか面倒くせぇ事になりそうだな」 やる気のない口調とは裏腹に、厳靖の瞳は鋭く光る。 その時。 『人間か』 闇に響く皺枯れた声。 「何者だ!」 腹に響く、という表現が似合う鈍重な声に、柳斎が剣を抜いた。 「いよいよお出ましか‥‥!」 ギッと闇を睨みつけ、羅喉丸も拳を固く握る。 「‥‥そこです!」 心眼で気配を探っていた巳斗が、闇の一点を指差した。 「承知!」 静かに目を閉じていた梓馬が、巳斗の言葉を受け闇へ火矢を射る。 描く光の軌跡。しかし、火矢は闇の底で停止した。 『随分と無粋な人間だな』 梓馬の放った火矢が、声の正体を炙り出す。 そこには、火矢を咥え低く身を伏せる一匹の獣の姿があった。 「狼‥‥?」 フェルルが声を絞り出す。 火矢の炎に照らし出される鉛色の毛皮を纏う、3mはあろうかという巨体。 そして、首には赤く錆びの浮いた巨大な鉄輪と、千切れた鎖が巻きつけられた巨狼の姿であった。 「ケモノか‥‥!」 見るだけで恐怖心を煽るその巨体に、梓馬が再び矢を番える。 「‥‥あんちゃん達、危ねぇから下がってな」 すっと腰を落とし刀の柄に手を添えた厳靖が、源駿達3人を背に隠した。 「なんだお前は!」 松明の光に映し出されるケモノに向け、刀の切っ先を突きつけ、柳斎が叫ぶ。 『先に名乗らせるか、つくづく無粋な人間よの。まぁよい、我が名は光彩。見ての通りケモノと呼ばれる身だ』 しかし、久しぶりの会話を楽しむようにケモノは上機嫌に言葉を紡ぐ。 「光彩だと!? ではお前が宝の正体か‥‥?」 『宝? そんな物はここにはない。いや‥‥これの事か?』 柳斎の声に、光彩の鉛色の毛皮がざわりと逆立つ。 そこに現れたのは、虹の七色の光を纏う7本の巨大な棘。 「すごい、綺麗です‥‥」 そのあまりに美しい七色の輝きに、巳斗は呟きを洩らした。 『これを奪うか?』 逆立てた毛皮がさらに膨らむ。 身を低くした光彩は、低く唸りを上げた。 「くっ!」 今にも飛びかからんとする光彩に、羅喉丸が身構えるが。 「けっ、やめだやめ。やる気がねぇ相手とやり合うほど、暇じゃねぇよ」 『ほう、面白い人間もおるの』 ふぅと大きく溜息をひとつつき剣を納める厳靖に、光彩は口元をニヤリと歪める。 「あ、貴方は何者なのですか‥‥?」 厳靖に習い刀を納めたフェルルが、光彩に恐る恐る問いかけた。 『ふむ、我が誰か、とな? そうよな、今日は気分がよい。一つ昔話でも聞かせてやるか――』 そう言ってゆるりと身を伏せた光彩は、静かに語りだす。 光彩と名乗るケモノが語ったのは、源駿の祖先との話。 人に捕えられ、見世物として飼われていた光彩を、源駿の祖父が助けここに匿ったのだという。 そして、再び人の悪意に晒される事のないよう、ここを封印した。 「そ、それじゃなんで劇場の危機にここを開けろって‥‥?」 光彩の口から語られた、宝とはまるで関係ない話に巳斗が問いかける。 『危機?』 「それは私から。光彩殿、お恥ずかしい話ではありますが、この劇場を手放さなければならなくなりそうなのです」 一行の後ろに下がっていた源駿が、光彩へ向け真摯に語りかけた。 『ほう』 「私が不甲斐ないばかりに、借金を重ね、最早返す目処が立たず‥‥」 『人の世は、まだ金などというつまらぬ物に縛られておるのか』 「伝承を頼りに宝を求めてきたのです‥‥」 求めていた物がない。そんな焦燥からか源駿が光彩に詰め寄る。 『何度も言うが、そんな物はここにはない』 「う‥‥」 『しかし、金ならある』 「え?」 『どうやらそれが金になるらしい。我を隠した人間が言っておった』 そう言って光彩が顎で指す先を、梓馬が松明で照らした。 「こ、これは‥‥」 光に映し出される物に恐る恐る近づいた羅喉丸が、その光景に圧倒される。 そこには、小高い盛り土にびっしりと生える、茸群。 「これは‥‥きのこだと?」 自然の摂理を無視したように茂る茸の山を前に、柳斎は戸惑いの声を上げた。 「これは衣笠茸? わわ、こっちには松茸も‥‥。どうしてこんなところに?」 盛り土に駆け寄った巳斗が見た物。それは、高級食材として知られる茸の山だった。 『地の脈が通っておるからな』 「へぇ、こりゃまさに宝の山だ」 「これだけあれば、すごい額になるな‥‥」 厳靖だけでなく梓馬までも、この宝の山に見入る。 『好きなだけ持っていくがいい。必要なのだろ?』 「い、いいのか? これ、あんたの食糧だろ‥‥?」 茸の山を前に、羅喉丸が光彩に問いかける。 『構わぬ。昔の借りを返すと思えばどうということはない』 「すまん、助かる、これがあればなんとかなりそうだ」 光彩へ向け深く一礼をする柳斎。 一行は手に持てぬほど生い茂る茸を摘んだ。 「で、お前さんはいかねぇのか?」 茸を摘み終え、場を後にする一行。 最後尾を行く厳靖が、くるりと振り向き光彩に問いかけた。 『我は行かぬ。最早日の下に興味はない。それを持って早々に出ていけ。そして、再び開かぬよう封をしてくれ』 そう言って光彩は大きな欠伸一つ、瞳を閉じる。 「ありがとうございます、光彩殿‥‥」 再び深き眠りについた光彩に、源駿は深く一礼したのだった。 一行が持ち帰った夥しい数の茸。 瑛祝が伝手を頼り売り捌いた茸は、源駿達に莫大な金銭をもたらす。その額は借金を全て返済して、なお余りあるものであった。 これにより、劇団はひとまずの平穏を見た、はずだったのだが――。 |