【古演】開かぬ道
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/01/30 00:34



■オープニング本文

●泰国地方の街『常鼓』
「団長!」
 けたたましい音を立て、劇場の扉が開かれる。
「どうしました?」
 息を荒げる男の叫びに、目を通していた書類から顔を上げ、落ち着いた声で源駿が問いかけた。
「剤思が‥‥剤思がっ!」
「なっ!? 剤思がどうしたのです!?」
 ガタンと腰掛けていた椅子を倒し立ち上がった源駿が、男に詰め寄る。
「やられた‥‥また奴らだっ!」
 血相を変えて詰め寄る源駿に、男は悲痛な面持ちで訴えかけた。
「‥‥くそっ!」
 吐き捨てる様に呟いた源駿は男をその場に残し、外へ向け駆け出した。

「剤思! 大丈夫ですか!?」
「これ、静かにしなさい」
 血相を変え診療所へ飛び込んできた源駿を、壇景のしわがれた声が迎える。
「壇老! 剤思は!」
 代わらず声を荒げる源駿に、壇景はやれやれとため息をつき、診療所の奥に置かれた寝台を指差した。
「剤思!」
 壇景の指を目で追い、寝台に横たわる剤思の姿を捉えるや、源駿が叫び駆け寄る。
「あ、団長。ごめん、やられちゃった‥‥」
 痛む腕を押さえながら、青白い顔に必死で笑顔を浮かべる剤思。
「酷い‥‥」
 厳重に包帯をまかれ、首から吊り下げられた剤思の腕を見つめ、源駿が呟いた。
「どうしよう。これじゃ次の舞台‥‥」
 剤思の心配は自分の事より、次の舞台のこと。
「心配しないで、今はゆっくり休んでください。きっと僕が何とかしますから」
「で、でも、もう公演までに日がないし‥‥!」
 心配させまいと穏やかな笑顔を浮かべる源駿に、剤思は必死に声を荒げた。
「大丈夫、大丈夫ですから。そんなことより早く直して復帰してくださいね。お客様も剤思の舞台楽しみにしているのですから」
 そんな剤思に源駿は諭すように語りかける。
「では、僕はいきますね。たまの休暇だと思って、しっかり養生してください」
 そう言い残すと、見上げる剤思の視線を振りきるように、源駿は踵を返し診療所を後にした。 

●『無雁家』
「へへ、旦那。次はどうしやす?」
 卑下た笑みを浮かべ、闇に向け声をかけるごろつき紛いの男。
「‥‥主人代理と呼びなさい」
「へ、へい! すいやせん‥‥!」
 凍りつくほどに冷たい闇からの声に、男はビクリと身体を震わせ背筋を正す。
「‥‥計画に変わりはありません。主要役者から順に潰していきなさい」
 尚も冷たく淡々と語りかける闇からの声。
「わかっているとは思いますが、ばれるようなへまはしないように」
「へ、へいっ! それはもう重々承知で‥‥!」
「わかればよろしい。さっさと消えなさい。息が臭くてたまらない‥‥」
 終始闇に恐怖していた男は、逃げ出すように部屋を後にした。

●劇場
「団長、すまない‥‥」
「気にしないでください。どうかお元気で」
 旅支度を整え申し訳なさそうに頭を垂れる男に、源駿は明るく声をかける。
「ほんとに申し訳無い‥‥」
 何度も何度も頭を下げる男は、とぼとぼと劇場の扉をくぐり出て行った。

「若」
「壇老‥‥」
 去り行く団員をじっと見つめていた源駿に、壇景が声をかける。
「また一人去ったか‥‥これからどうするつもりじゃ?」
「どうもしませんよ。僕達はお客様の為に精一杯、舞台で演じるだけです」
「そんな当たり前の事を聞いているのでは無い。このままでは舞台‥‥いや、劇団自体潰れるぞ?」
 淡々と語りかけてくるしわがれた声。
「わかっています‥‥わかっていますからっ」
 壇景の言葉に、源駿は声を搾り出すように答える。
「‥‥わかっておるならいいのじゃがな」
 その後二人に交わす言葉はなく、劇団員が見えなくなった彼方を、じっと見つめていた。

●劇場控え室
「源駿いる?」
「‥‥何の用ですか、瑛祝」
 まるで友達の家にでも上がりこむように、気安く劇場へ足を踏み入れた瑛祝に、事務処理に追われていた源駿は怪訝な表情を向ける。
「なによ、つれないわね。折角、幼馴染が訪ねて来たっていうのに」
 源駿の怪訝な態度に、瑛祝はぶすっと頬を膨らませ抗議した。
「用が何のでしたら、出ていってください。こちらは忙しいのです」
 瑛祝の抗議など聞く耳を持たないとばかりに、源駿はさっさと書類に目を戻す。
「――この間の話、考えてくれた?」
 そんな源駿に、瑛祝はぼそりと囁く。
「‥‥その話なら断ったはずですよ」
 瑛祝の囁きに、顔を上げず源駿が答える。
「どうして? こんな古い劇場が目を見張るような値段で売れるのよ? これで今まで溜まった借金もチャラ。それとも金額が不満?」
 そういって劇場へ視線を移す瑛祝。

 その視線の先には、古い古い舞台と客席がある。
 この劇場が建って100年は経過しているだろうか。幾度となく補修を繰り返しては来たものの、どうみても老朽化が進んでいることがわかる。

「これでも、貴方のことを心配して話を持ってきているのよ? お給料払うだけでも、随分借金してるんでしょ?」
 
 古くからあるこの劇場では、昔から繰り返し同じ演目が演じられてきた。
 しかし、時代と共に代わり映えのしない演目に客足は遠のき、今では公演の度に空席のほうが目立つようになって来ていた。
 
「‥‥ご心配は無用。ここは僕の大切な『家』なんです。手放す気は毛頭ありません。それに、卑怯な手段を使う相手の話など聞きはしません!」
「なによ、卑怯な手段って! 心配して話を持って来てるのに!」
 声を荒げる源駿に、瑛祝は負けじと声を荒げる。
「‥‥いいから出ていきなさい」
 最早話すことは無いとばかりに、視線を机に落とした源駿。
「‥‥いいわ、今日は帰る。でも、私は諦めないからね」
 幼馴染の強情は今に始まった事では無い。瑛祝は交渉を諦め、控え室を後にした。

 再び訪れた一人の空間。
「くそっ‥‥!」
 舞台から微かに漏れる練習の声を聞きながら、源駿はギリッと唇を噛むのだった。 

●無雁家
「お帰りなさい。お嬢様」
「お嬢様はよしてって言ってるでしょ、螺殷」
 暖簾をくぐり無雁家へ戻ってきた瑛祝に、螺殷が声をかける。
「そうだ、螺殷」
 開いているのか閉じているのかもわからない細い螺殷の瞳を、瑛祝がずいっと覗き込む。
「なんでしょう? 私の顔に何かついていますか?」
「‥‥いいわ、何でもない」
 瑛祝はかくりと首を傾げる螺殷から視線を外すと、二階へ続く階段に足をかける。
「例の物件、どうですか? 買い手の催促がうるさいのですけど‥‥」
 階段を上がる瑛祝に、螺殷が再び声をかけた。
「‥‥もうちょと待って。ちゃんと約束は守るから」
 そう小さく呟いた瑛祝は、自室のある二階へと足早に階段を上って行った。

「まったく手ぬるい‥‥」
 瑛祝の背が完全に見えなくなったのを確認し、螺殷が口元を釣り上げぼそりと呟いたのだった。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
出水 真由良(ia0990
24歳・女・陰
紬 柳斎(ia1231
27歳・女・サ
劉 厳靖(ia2423
33歳・男・志
フェルル=グライフ(ia4572
19歳・女・騎
御神村 茉織(ia5355
26歳・男・シ
早乙女梓馬(ia5627
21歳・男・弓
神咲 六花(ia8361
17歳・男・陰


■リプレイ本文

●劇場『彩苑楼』
 古いながらも壮美な門構えを誇る、大衆演芸劇場『彩苑楼』。
 古の時よりこの劇場は、街の住人達の憩いの場であった。
「この度はお世話になります。未熟者ですが精一杯努めさせていただきます」
 壇上の劇団員を前に、紬 柳斎(ia1231)が優雅に礼をした。
「同じく世話になる」
 次いで言葉短く自己紹介をする早乙女梓馬(ia5627)。
「用こそ来てくださいました。歓迎しますよ」
 そんな二人に爽やかな笑みを向けるのは、この劇団の団長源駿であった。
「皆、怪我をした団員の補充ということで、臨時で来てもらった方々です」
 突然現れた二人に怪訝な表情を向けたいた団員達も、団長の紹介でその表情を緩める。
「芸の道には疎いですが、よろしくご指導お願いいたします」
「及ばずながら力になれればと思う。よろしく頼む」
 物腰柔らかな美女と容姿端麗な若者の補充を受け、若い団員の間から黄色い歓喜の声が上がった。

「あなたが壇景殿で?」
「いかにもそうじゃが、何かご用かな?」
 控え室で書類の整理に追われていた壇景に、羅喉丸(ia0347)が声をかける。
「少し相談があるんだ。今回の依頼の件で」
「なんであろうか?」
「壇景殿のご友人に、信頼できる役人は居ないか?」
 その言葉に壇景は羅喉丸をじっと見据え。
「いない事もないが」
「そうか! 今回の事件、どうも黒幕がいると睨んでいるんだ」
「ふむ‥‥」
「頼む! このまま劇場が潰れていくのを、黙って見てられないんだ!」 
「‥‥わかった。当ってみよう」
 羅喉丸の真剣な眼差しに、壇景は深く頷きゆっくりと腰を上げた。

●無雁家
「邪魔するぜ」
 常鼓の街の大通りに建つ、一際大きな店『無雁家』。
 その軒先に吊るされた藍の暖簾を御神村 茉織(ia5355)がくぐった。
「どちら様かな?」
 向かえたのは螺殷。
「‥‥あんた一人か?」
「生憎と主人は出かけていましてね」
 小さく囁く茉織に、ただならぬ気配を感じたのか螺殷が声を落とし答えた。
「それは好都合。どうだ、俺を雇わないか」
「‥‥はて、異な事を仰るお客人だ」
 惚ける螺殷に、茉織がぼそりと続ける。
「これでも仙人骨持ちだ。役に立つぜ」
「‥‥奥へ。話を聞きましょうか」
 わざとらしく卑屈な笑みを浮かべた茉織を、螺殷は奥へと導いた。

●街の一角
 一枚の符が光に溶ける。
 光は瞬きを繰り返し、一つの形を成した。
「ようこそ、泰国へ」
 自分の手のひらにちょこんと乗る小鳥に、出水 真由良(ia0990)がにこやかに微笑んだ。
「早速で申し訳無いのですけど、怪しい所などないか、街の様子を調べてきてくださいね」
 真由良は小鳥の乗る手を高々と掲げると、小鳥は嬉しそうに大空へ飛び立つ。
「‥‥皆様の笑顔を取り戻す為に」
 飛び行く式を見つめ、真由良は静かに呟いたのだった。

●酒家
 客達は大盛りに盛られた泰国料理を箸でつつきあい、巷の噂に花を咲かせる。
 泰国独特の活気ある昼時の風景が、そこにあった。 
「天儀とは随分とちげぇな」
 活気に満ちる酒家の風景を、物珍しげに眺めていた劉 厳靖(ia2423)が呟いた。
「お客さん、注文は!」
 席に着き店内を眺めていた厳靖に、給仕婦が大声を張り上げる。
「あん? 俺か?」
「あんた以外誰がいるのよ!」
 怒鳴声かと思える給仕婦の声。そんな天義ではあるまじき接客態度に、厳靖は楽しげに口元を歪ませた。
「いや、すまん。んー、あれもらえるか?」
「焼飯だね、ちょっと待っててね!」
 隣の客が旨そうに頬張る焼飯を指刺す厳靖。その指を目で追った給仕婦は、品物を確認すると飛ぶように厨房へと駆け戻る。
「さてと、出来上がるまで暇でも潰すかね」
 給仕婦の背を楽しげに見つめていた厳靖は、立ち上がると談笑する客達の方へ歩みを向けた。

●診療所
「こんにちわ、剤思さん」
 診療所の窓から物憂げに外の景色を眺めていた剤思に、神咲 六花(ia8361)が声をかけた。
「えっと、どなたですか?」
 突然現れた六花に、剤思はきょとんと問いかける。
「団長さんから依頼を受けた、一介の探偵ですよ」
 そんな剤思に六花は人懐っこい笑みを浮かべ答えた。
「で、剤思さん」
「は、はい?」
「ずばり、団長さんとは何処までのご関係で!?」
「え‥‥ええっ!?」
「おっと、ごめん。つい本音が‥‥」
「は、はぁ‥‥え、本音?」
「あ、気にしないで。これ団長さんから」
 剤思は六花の差し出した文を受け取ると、目を通しはじめる。

「‥‥事情はわかりました。何をお話すれば?」
 文を置き、六花に向き直った剤思が問いかけた。
「君が襲われたって言う現場と状況、それとどんな奴に襲われたのか教えて欲しいんだ」
 先の砕けた表情を真剣なものに一変させ、逆に剤思に問いかける六花。
「はい‥‥。あの日は月も出ていない――」
 そんな真剣な眼差しに、剤思は辛い思い出を少しずつ話し始めた。

「私の覚えているのはこれくらいで‥‥。お役に立ちますか?」
 落としていた視線を上げた剤思は六花を見上げ、問いかける。
「うん、ありがとう。僕達に任せておいて、必ず解決して見せるから!」
 グッと拳を握り微笑みかける六花に、剤思も答えるように微笑んだ。

 コンコン。

 そんな時、病室に扉を叩く音が響く。
「失礼します。えっと、入ってもよろしいでしょうか?」
 扉の隙間から顔を覗かせるのはフェルル=グライフ(ia4572)だった。
「お客様だね。僕は失礼するよ。しっかり養生してね」
 来客を受け六花は剤思に軽く会釈すると扉へ向け歩き出す。そして、過ぎ去り様フェルルに目配せし部屋を後にした。
「‥‥お邪魔でしたか?」
 六花と入れ替わり訪れたフェルルが、剤思に尋ねる。
「いえ、大丈夫ですよ。えっと、はじめまして‥‥でしょうか?」
「はいっ! この度劇団でお世話になることになりましたフェルル=グライフと申しますっ!」
「あ、そうだったんですね。よろしくお願いします」
 珍しいフェルルの髪の色に少し戸惑いを見せつつも、剤思はにこやかに微笑む。
「はいっ! えっとですね、先輩にお聞きしたい事が‥‥」
「はい?」
「芸事に対する心構えとか、コツとか――」
 共に芸に想いを馳せる者同士、二人は時も忘れ会話に花を咲かせた。

 どれほどの時を話し込んでいただろう。
 フェルルは会話に区切りをつけるように、剤思を励ます。
「大丈夫です! 剤思さんもすぐによくなって、舞台に戻れますよっ!」
「そうですね。早く治さないと‥‥」
「はい! 先輩の演技楽しみにしていますからっ!」
 元気よく話しかけてくるフェルルに、剤思の顔にも自然と笑みが零れたのだった。

●無雁家
「失礼する」
「いらっしゃい!」
 無雁家の暖簾をくぐった梓馬を、瑛祝が迎えた。
「この街一の土地貸しと伺ったのだが、相違ないか?」
「ええ、それはもちろん! どこにも負けないですよ!」
「値は気にしない。良い物を所望する」
「おぉ! では、早速これなんて――」
 瑛祝は身形の良いこの客に、上機嫌で物件の紹介をしていった。

「こんにちわー、っと、先客かな?」
 梓馬と瑛祝が商談に入ったころを見計らい、店に六花が現れる。
「あ、いらっしゃい! ごめんなさい、少し待っててもらえますか? 今、家人は皆出払ってて‥‥」
 梓馬との交渉の席に着いていた瑛祝は、訪れた六花に申し訳なさそうに話しかけた。
「ええ、ごゆっくり。ここで待たせてもらいますね」
 そう言って入り口脇の椅子に腰かけた六花。その足元には小さな黒猫が寄り添うように付き従っていた。

「――では、日を改めてまた来よう」
「お待ちしてます!」
 商談を終えた梓馬は、瑛祝に一礼すると店を後にした。
「お客さん、お待たせしました! ――お客さん?」
「え? ああ、ごめんなさい! で、何の話だっけ?」
「それはこっちの台詞ですよ‥‥冷やかしならお断りだけど?」
 心此処にあらずな六花に、瑛祝は怪訝な表情を向ける。
「あ、違うんだ! えっと‥‥これ!」
 ごそごそと懐を漁った六花が取り出したのは、一通の封書。
「なにこれ?」
 瑛祝は差し出された封書を受取ると、目を通し始める。
「――源駿から?」
「うん、手紙をあなたに手渡すように頼まれたんだ」
「へぇ、源駿が‥‥」
 六花の話は半分に、瑛祝の興味はすでに手紙に移っていた。

「何かあったら、僕に知らせてね」
 瑛祝が文を読み終えると同時に、六花が囁いた。
「別に何もないと思うけど‥‥それより、源駿元気だった?」
 手紙を丁寧に折りたたみ、瑛祝が尋ねるのは源駿の事。
「え? うん、元気にしてるよ。ちょっと悩み事が多いみたいだけど」
「そうよね‥‥」
 それっきり瑛祝は黙り込み思考に耽る。
「じゃ、僕はこれで、くれぐれも用心してね」
 六花はそう言い残すと、無雁家を後にしたのだった。

●無雁家
「さすが先輩、華麗なお手並みでした!」
「いやいや、お前もなかなかのもんだったぜ。がはは!」
 下品な笑い声を浮かべるごろつきに、喝采を送るのは茉織だった。
「それにしても、なんであんな庶民を狙うんでしょうね?」
「さぁな、旦那の考えることなんざ、下っ端にはわかんねぇさ」
「そうですかぁ‥‥」 
「これで自由に外出でも出来りゃぁ天国なんだが‥‥って、贅沢言えねぇな」
 男が愚痴る。家人達は無雁家の敷地内で寝食を共にし、統制された生活を送っていた。
「さて、風呂でも入るかな。お前もどうだ?」
「いえ、俺は先輩の後に」
「そうかそうか、んじゃ、お先に!」
 上機嫌のごろつきは茉織を残し、意気揚々と風呂場へ向かった。

「さてと、どう知らせるかな。――ん?」
 男を見送り、中庭をぶらりと歩く茉織は小鳥の囀りに、ふと空を見上げる。
「‥‥なるほどな」
 空を旋回する小鳥を見上げる茉織は、スッと片手を頭上にかざした。

●劇場裏
「――以上が茉織様からのご伝言です」
 真由良が文から目を挙げる。劇場裏にある小さな庭に7人は集まっていた。
「‥‥やはり狙いは主要役者か」
 ギリッと唇を噛む梓馬が、搾り出すように呟く。
「いくら一人で歩いても、気配を感じないわけだね‥‥」
 隣では、羅喉丸が口惜しそうにぼやいた。
「とにかく、各々集めた情報を報告しよう」
 そんな二人を黙して見つめていた柳斎が声をかける。
「そうだね。じゃ僕から――」
 ズイッと一歩前に出た六花が話し始めた。
 それは式を使い集めた、無雁屋の内部情報だった。
 内部は店と家人の居住区画が切り離され、余程のことがない限り行き来は困難なものになっていた。

「次は俺から――」
 六花の報告を梓馬が継ぐ。
 梓馬の報告は瑛祝に関するものだった。
 梓馬の見た瑛祝は、裏でこそこそと何かを画策するような人物ではなく、至って真剣に商売に取り組む努力家に映った。

「きっと騙されてるんだよ!」
 ともに無雁家を訪れた六花も、激しく同意する。
「騙されてる、って件では俺も同感だな」
 離れた所で皆の話に耳を傾けていた厳靖が、突然声をかけた。
「街で色々と噂を聞いて回ったんだが――」
 厳靖が語ったのは、街での無雁家の噂。
 表向きは剛腕で知られる不動産屋。しかし、共に聞こえてくるのは酷い悪評であった。

「とまぁ、散々だわな」
 呆れるように両手を天にかざす厳靖。
「おっと、もう一個。これは出所の怪しい情報なんだが‥‥あの無雁家ってとこ、裏で糸を引いてるのがどっかのお偉いさんらしい。――この土地、何か曰く付きかもしれねぇな」
「曰く付きねぇ‥‥そんなことで劇団の人に危害を加えるのは、やっぱ納得いかないな」
 厳靖の話を聞いていた羅喉丸に、ふつふつと怒りがこみ上げる。
「落ち着け羅喉丸さん。行動を起こすなら、情報を纏めた後だ」
 逸る羅喉丸を抑え柳斎が皆の情報を纏め上げた。
 
 真由良からは町の危険個所の情報が。
 六花からは、無雁家の内部情報が。
 梓馬からは、瑛祝の人となりを。
 厳靖からは無雁家の風評と、背後関係の噂が。
 そして、茉織からの次の目標が、それぞれ皆の共有するところとなった。

「でも、これで狙いを絞りこめますねっ! もう、犠牲は出しませんっ!」
 報告を黙って聞いていたフェルルは燃えていた。
「茉織様からの情報によると、次に狙われるのは李詩様‥‥確か女性の方でしたね」
 真由良の言葉に一行は顔を見合わせ、一度大きく頷いたのだった。

●路地
「り、李詩さん、こんな人気のない所、大丈夫でしょうか‥‥?」
 買出しに出ていた李詩の腕をつかみ、きょろきょろと辺りを伺うフェルルが呟いた。
「大丈夫よ! 変なのが出てきても私が守ってあげるから!」
 怯えるフェルルに李詩が片目を瞑り明るく声をかける。
「へぇ、それは勇ましいな」
 野太い声は背後から。
「誰!?」
 その声に振り向いた李詩の前には、数人の男達が二人をにやにやと眺めていた。
「おめぇ達に恨みはねぇが、これも仕事なんでな」
 男の一人がそう言って、二人ににじり寄る。
「だ、大丈夫だから! 私の後ろに――って、フェルルちゃん?」
 男達から庇おうと前に出た李詩を、フェルルは手で制した。
「後は任せてくださいね。危険な事に巻き込んでごめんなさいっ」
 呆ける李詩にフェルルはにこやかに微笑みかける。
「ようやく現れましたねっ。覚悟してくださいっ!」
 男達に向き直ったフェルルは、勇ましく短刀を抜き放つ。
「へっ! そんな玩具でなにすんだ、嬢ちゃん」
 立ちはだかるフェルルを男達は下品な笑みで見つめた、その時。

 ヒュン――。

「っ!?」
 突如、男達の足元に一本の矢が突き刺さる。
「こちらの相手もしてもらえるかな」
 闇より現れたのは、大弓を携えた梓馬だった。
「よくも出し抜いてくれたな! もぉ手をぬかねぇぞ!」
 パキパキと拳を鳴らし、羅喉丸が男達ににじり寄る。
「もう観念なさって、投降してはいただけませんか?」
 焦る男達を心配そうに見つめながら、真由良が殊更優しく語りかける、が。
「う、うるせぇ! やっちまえ!」
 真由良の説得にも男達は耳を貸さず、一行へ向かってきた。

「お、おいシノビのにぃちゃん! 手を貸せ!」
 相手は開拓者。不利を悟った男の一人が、後ろに控える茉織に声をかける。
「ん? あーごめんな先輩。俺、こっち側なんだわ」
 しかし話を振られた茉織は、そう言い残すと高く跳躍し柳斎達の元へ。
「お、おめぇ!」
「ま、そういう訳だ。おとなしく捕まったほうが身のためだぜ?」
 戻った茉織を確かめ、厳靖が男達に詰め寄る。
「こうなりゃ、自棄だ!」
 自棄を起こした男達は、それぞれ獲物を構え一行に向かっていく。
「無駄な努力だと知るがよかろう!」
 そんな男達を溜息混じりに見つめ、柳斎は愛刀を引き抜いた。
 
 8人の開拓者に囲まれた男達は、あっけなくその身を拘束される。
 捕えた男達は役人に引き渡された。そして、その証言により無雁家の強引な手法が明るみになる。
 しかし、証拠を元に乗り込んだ無雁家に、すでに首謀者である螺殷の姿はなかったのだった――。