【遼華】まだ見えぬ未来
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/12/26 11:20



■オープニング本文

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●武天のとある地方の街『掛珠』
「さぁ、どうぞ」
 一軒の民家。その戸を開け放ち、お泉が声をかける。
「どうぞって‥‥ここ?」
 にこやかなお泉に対して、やや怪訝そうに答えるのは遼華だった。
「お嬢様のお家と比べちゃダメですよ? 一般庶民からすればそれなりに立派な家なんですから」
 さぁさぁと遼華の背を押すお泉は、気の進まない遼華を、半ば無理やり家の中へと導き入れる。

 開拓者の活躍のおかげで難を逃れたお泉と遼華は、身を潜めるため、この街に逃げ込んでいた。

「さぁ、こちらですよ。まずはご挨拶です」
 恐る恐るついてくる遼華に、お泉が優しく声を掛け、先導する。
 人気の無い家内を、我が家の様に慣れた足取りで進んで行ったお泉は、奥にある仏間の戸を開ける。
「お母様、お父様、ご無沙汰しておりました」
 部屋の中央に置かれた、質素な仏壇。お泉は膝を折り、手を合わせた。
「えっと‥‥お邪魔してます」
 お泉に習うように、遼華も隣に正座し、手を合わせる。
「これはまた、珍しい客人だな」
 二人が祈りに更ける中、廊下から声をかける者がいた。 
「お久しぶりね、ビルケ」
 視線を仏壇から外さず、声の主の問いかけに答えるお泉。
「あ、え? お、お邪魔してます」
 現れた人物とお泉を交互に見やりながら、遼華が挨拶する。
「お嬢様、紹介しますね。これが私の旦那。名前はビルケ・ラウレール」
 戸惑う遼華に、にこやかに微笑みかけるお泉。
 そして、その様子を静かに見守る、金髪碧眼、細身長躯の壮年の男。
「え‥‥えぇ!? お泉の旦那さんってジルベリアの人っ!?」
 驚く遼華は目を見開き、ビルケと呼ばれた男を見つめる。
「あれ? 言ってませんでした?」
 そんな遼華を、くすくすと楽しそうに見つめるお泉。
「君がここに来るなんて‥‥何かあったのか?」
 苦笑いのビルケは、やれやれとお泉に声を掛けた。
「ちょっと、困った事になったの。力を貸してくれないかしら?」
 ビルケを真剣な眼差しで見つめるお泉。
「‥‥話を聞こうか」
 そのただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、ビルケは静かに呟いた。

「――やはり、あの噂は本当だったのか」
 静かにお泉の話に耳を傾けていたビルケが口を開く。
「さすがに耳は早いわね」
 苦笑混じりに話を終えたお泉が呟いた。
「これでも商人の端くれなのでな。情報こそ命だと思っている」
 そんなお泉を優しく労わるように呟くビルケ。
「あ、あの‥‥その‥‥」
 一方、事の当事者遼華は、状況を飲み込めずにいた。
「それで、どう? 力を貸してくれる?」
 戸惑う遼華の背を優しく撫でながら、お泉はビルケの瞳を見つめる。
「‥‥妻の真剣な願いを断れるほど、腐ってはいないつもりだ」
 見つめるお泉に、ビルケは微笑を持って答えた。
「ありがとう、感謝するわ」
 まるで子供のような笑顔。お泉は、ビルケに深々と礼をする。
「とにかくだ。そのままでは色々と不都合があるだろう」
 ビルケは遼華を見据える。
 遼華は今だ逃亡時のままの白襦袢を纏っていた。
「来てくれ」
 そう言うと、ビルケは出口へ向かっていった。

●輸入商会『コットンフォード』
「う、うわぁーーー!!」
 店内に入るなり、遼華が目を輝かせ大声を上げた。
「お嬢様、落ち着いて‥‥」
 はしゃぐ遼華を、お泉が苦笑混じりに宥める。
 店内に飾られていたのは、ジルベリアより取り寄せた、様々な衣装。
 ここは輸入商会『コットンフォード』。ジルベリアの衣装や小物、装飾品を扱うビルケの店だった。
「ねぇ、お泉! これどうかな!?」
 お泉の咎めも耳に入らない遼華は、陳列された服を手に取り、身体にあてがう。
「よくお似合いですよ」
「そう? そうよね! あ、これも可愛い!」
 呆れるお泉の適当な答えも、衣装に魅了された遼華には絶賛にしか聞こえない。
「‥‥連れてきたのは失敗だったか?」
 そんなお泉に、ビルケが耳打ちする。
「いえ、さすがにあの服では目立ち過ぎるから‥‥」
 そう呟き遼華を見つめるお泉。
「ねぇ、お泉! これなに!?」
 そんなお泉の心遣いを知ってか知らずか、遼華は次の品を手に取り、嬉しそうに問いかけてくる。
「それは、ジルベリアの少女が穿く『スカート』と言うものだよ」
 遼華の問いをお泉に代わり、ビルケが答えた。
「スカート! これも貰うわ!」
 ビルケの答えに輝く瞳をさらに輝かせ、遼華がスカートを腕に抱く。
「ビルケ、ごめんね‥‥」
「なに、気にするな」
 呆れる二人を他所に、遼華の衣装選びは日が暮れるまで続いたとか――。

●此隅郊外・越中家屋敷
「――田丸麿様」
 広大な部屋に一人佇み杯を傾けていた田丸麿を呼ぶ声が聞こえる。
「空か」
 酒を一気に煽った田丸麿は、声の主の名を呼んだ。
「――標的を発見しました」
 空と呼ばれたまるで抑揚の無い声が、淡々と成果を報告する。
「‥‥くくく」
 その報を受け田丸麿の口元が歪んだ。
「さて、はじめようか‥‥くくく‥‥」
 一人ほくそ笑む田丸麿は、刀を手に取り自室を後にした。

●『掛珠』――数日後
「な、にこれ‥‥」
 手に取る瓦版を眺める遼華は、その記事に目を通した途端、へなへなと力無く座りこむ。
「お嬢様‥‥」
 そんな遼華をお泉は悲痛な面持ちで見つめる。

 瓦版に記された内容。
 越中家の嫡男、田丸麿が此隅にて盛大な挙式を上げた事。
 会刻堂家は、越中家にその商いの全てを権限委譲した事。
 そして、謀反人・会刻堂が獄中で自害した事――。

「なんで‥‥? どうして、父様が‥‥」
 遼華の声は震えていた。
「許さない‥‥許さないっ!!」
 瓦版を持つ手を、わなわなと震わせていた遼華は、堰を切ったようにわめき散らす。
 そして、瓦版を破り投げ捨てたかと思うと、一目散に出口へ向け駆け出した。
「お嬢様!」
 お泉が叫ぶ。しかし遼華は、その声に耳を貸すことなく、出口へとひた走る。
「待ちなさい」
 玄関から飛び出そうとした遼華を、ビルケが手を掴んだ。
「離してっ!」
 ビルケの手を必死に振り解こうと暴れる遼華。
「落ち着きなさい、遼華さん」
 取り乱す遼華を、ビルケが静かな声で宥める。
「落ち着いてるわよっ! だから離して!!」
 留めるビルケをキッと睨みつけ、遼華が叫ぶ――。
 
 パンっ――

 ビルケが遼華の頬を張った。
「落ち着きなさい」
 静かだが厳しいビルケの声。
「うぅ‥‥父様‥‥うわぁぁぁ――」
 大声を上げ泣き崩れる遼華は、へなへなとその場に座りこむ。 
「‥‥ここも安全ではないかもしれないな」
 遼華を見下ろしながら、ビルケが静かに呟いた。
「どう言う事‥‥?」
 考え込むビルケに、お泉が問いかける。
「‥‥ここは越中家傘下の氏族が治める街。追っ手がつくのは時間の問題だ。とにかく、遺言にあった通り、朱藩を目指そう」
 言い難そうにビルケが告げたのだった。

●月夜の下
「ふん、せいぜい兎狩りを楽しむといい――」
 闇に紛れる呟きは、邪な色が滲み、風に溶けて消えた。


■参加者一覧
真田空也(ia0777
18歳・男・泰
一ノ瀬・紅竜(ia1011
21歳・男・サ
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
煉(ia1931
14歳・男・志
佐竹 利実(ia4177
23歳・男・志
御神村 茉織(ia5355
26歳・男・シ
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
神咲 六花(ia8361
17歳・男・陰


■リプレイ本文

●『掛珠』
「前回は急な事だったしな。改めて名を名乗ろう。一ノ瀬 紅竜だ」
 お泉、ビルケを控える形で開拓者の一行に対峙する遼華に向け、一ノ瀬・紅竜(ia1011)が名乗り出る。
「えっと‥‥」
 目の前に現れた開拓者の一行に戸惑う遼華は、後ろに控える二人にすがる様に視線を移した。
「護衛を頼んだ。挨拶しておきなさい」
 視線で問いかける遼華に、落ち着いた声でビルケが答える。
「あ‥‥えと、よろしくお願いします」
 ビルケの言葉を受け、遼華は一行へ振り返るとぺこりと頭を垂れた。
「もう依頼人じゃないんだ、敬語を無しで」
 そんな遼華に、佐竹 利実(ia4177)が気さくな笑顔で手を差し出す。
「‥‥なにも心配せず、俺達に任せておけ」
 煉(ia1931)が、手を差し出し不器用ににこりと微笑んだ。
「あ、は――うん!」
 力強く差し出された手と、照れて若干震える手を、遼華は両手でしっかりと握り締める。
「皆さん、よろしくお願いしますね」
 そんな様子を伺っていたお泉が、一行に向け深々と礼をする。
「うん、任せておいてよ。僕達が海赤まで無事に送り届けるから!」
 ちらちらと遼華を横目で見ながら、神咲 六花(ia8361)はお泉に力強く宣言する。
「行きましょう。あまりぐずぐずもしていられませんよ」
 菊池 志郎(ia5584)が指差す先には、ビルケの用意した荷馬車があった。
 一行は、ビルケの商隊に紛れる形をとり、一路目的地へ向け出発したのだった。 

●関所
「仲良い奴は一緒にいてやれっての。ったく」
 街道を行く行商人に変装した御神村 茉織(ia5355)が悪態をついた。 
「言ってやるな。これも彼女の為ならばとやっていることだ」
 答えるは隣を歩く皇 りょう(ia1673)。普段する事の無い化粧を施し、旅装束を身に纏っている。
「なんか言ったか? 俺きこえなーい」
 行商人を護衛する狩人に成りすました真田空也(ia0777)が、手で両耳を塞ぎ、聞こえないふり。
「お、見えた。あれが関所ってやつだな」
 街道を進む一行の前に、深い谷間。そして、谷を閉ざすように堅牢な関所が現れた。
「‥‥うまく逃げたな」
「うぐっ! さ、さぁいくぞ! 調査調査!!」
 りょうの言葉に声をつまらせた空也だったが、気を取り直し関所へつき進む。
「やれやれだな」
「まったくだ」
 残る二人は呆れながらも、空也の後に続き歩き出した。

●街道
「以上だ。それじゃ、俺は戻るぜ」
「ああ、助かる」
 報告に戻ってきていた茉織を、煉が見送る。
「っと、忘れてた」
 その時、茉織が突然踵を返した。
「どうしたんです?」
 戻ってきた茉織に、利実が問いかける。
「ん――あった。ほれ、これ」
 懐を漁る茉織が取り出したのは、一総の髪。
「え?」
 遼華は差し出された髪束を、訳もわからず受け取った。
『くれぐれも御身を大切にされよ。何かあれば、私は本気で怒るからな?』
 キリッと瞳を鋭く光らせ、真摯な眼差しで遼華を見つめる茉織。
「え?」
「どうだ、似てたか?」
 戸惑う遼華に、茉織は真剣な表情を一転させ、悪戯な笑みを浮かべた。
「これって‥‥」
 そんな茉織と手に取った真白い髪束を、交互に見やる遼華。
「白き女志士様からの伝言だ。自分の代わりに、それを傍に置いてやってほしいとさ」
 ぽんぽんと遼華の肩を叩き、茉織が話し掛けた。
「あ‥‥」
 その言葉に、遼華は手に持つ髪をギュッと握り締める。
「それじゃな! 親父さんの願い、しっかり聞き届けろよ!」
 それ見届けた茉織は、くるりと体を返し、瞬く間に走り去った。
「‥‥では、これも渡さないといけませんね」
 茉織を見送った遼華に、利実が青いリボンを手渡す。
「これって、もしかして‥‥」
「あなたのお友達から預かってきました。共に在りたいという言葉と一緒に」
 遼華に真剣な眼差しを送り、利実が話し掛ける。 
「ありがとう、吉梨。ありがとう、佐竹さん‥‥」
 渡されたリボンを握り締め、微笑む遼華に、利実は頭をぽりぽりと掻いたのだった。

●関所
「いつもご苦労様です」
「ビルケ殿か、ご苦労である」
 ビルケを先頭に、荷馬車を引き連れた一行は関所に踏み入った。
「今日はえらく大人数だな」
「賊が出るとの噂を聴きましてね。護衛代わりです」
「ははは! さすが商人。ぬかり無いな」
 怪訝な表情も一瞬の事、ビルケの言葉に役人の顔は笑顔に変わる。
「ええ、積荷は商人の命ですからね。それに、今日は急ぎの用もありまして」
 と、ビルケが指差したのは荷台の隅に、肩を寄せ合うように座る兄弟。
「道中で拾ったのですが、どうも流行り病のようで」
 目深にフードを羽織る二人は、わざとらしく咳き込んだりする。
「そ、そうか。ご苦労だったな。行っていぞ!」
 ビルケの言葉を真に受け、役人は後退りしながら関所の門を開けた。
「荷改めはよろしいので?」
「ど、どうせいつもの変な服だろ? いいからさっさと行け!」
「では」
 一行を従えたビルケの商隊は、こうして関を越えた。

「ふぅ‥‥緊張したぁ」
 関所を抜けた一行。六花はほっと胸を撫で下ろす。
「なるほど、怠慢だと下調べした時に気付いてはいたが‥‥」
「ああ、えらくあっさりだったな‥‥」
 あっけなく通過できた関所に、りょうと空也は複雑な表情を浮かべた。
「いいじゃねぇか。無事通れたんだからよ。それよりこっからだ」
 関所を越えた先に広がる険しい山道を睨みつけ、茉織が呟く。
「行こうか」
 紅竜が荷を引く馬の手綱を引き、一行は山道へと足を踏み入れた。 

●『海赤』側街道
「では、私は先に行って、受け入れの準備をしてくる」
 難所を乗り越えた一行に向け、ビルケが語りかける。
「うん、よろしくお願いしますね」
 その言葉に、一行を代表して六花が答える。
「それでは、後ほど」
 ビルケは一度大きく頷き、荷馬車を引き街へと下って行った。

「それにしても、噂の賊っての出なかったな」
 ビルケの姿が見えなくなった頃、空也がぼそりと呟く。
「ああ、拍子抜け続き、と言うのは不謹慎か。賊の討伐が目的で無い以上、出ないに越した事は無いが」
 心眼を駆使し、山越えを乗り切ったりょうも一息付いていた。
 
『賊と言うのはこれかな?』

 突然の声は、林の中から。

 ゴロン。

 声に反応し林を見据えるよりも早く、一行の足元に数多の球形が転がりこんだ。
「え? ――きゃぁ!?」
 転がった物を見た瞬間、悲鳴を上げた遼華は、そのまま気を失い倒れこむ。
「あぶないっ!」
 倒れる直前、紅竜がなんとか受け止めた。
「‥‥随分と悪趣味だね」
 地面に転がる無数の頭。
 それを苦々しげに見つめながら六花が呟いた。
「こんなのが居たら、僕の大事な花嫁が危険だろ?」
 山賊であったモノを指差し、田丸麿は実に楽しそうに答える。
「田丸麿様」
 声の主は四天王一番隊隊長の穏。そして、穏に続くように四天王の面々が林より、続々と顔を出した。
「うん、殺っていいよ。遼華君以外はね」
「はっ!」
 主の言葉を受け、四天王はそれぞれの獲物を抜き放つ。
「どうにも、簡単には通れそうにもありませんね」
 いの一番に刀を抜き放ったのは、志郎だった。
「極力戦闘は避けたかったが‥‥いた仕方あるまい!」
 次いで、りょうも刀を抜く。
「しつこい男は嫌われるって、親父から習わなかったか?」
 拳をパキパキと鳴らす空也も、戦闘体制に入った。
「まったくまったく」
 空也の言葉に、うんうんと頷く六花の手にもすでに符が握られる。
「そのまま、しばらく眠っていろ」
 気を失った遼華を背に庇い、紅竜も槍を構えた。 
「大丈夫、俺達が盾になりますから」
 眠る遼華に利実が囁きかけ、刀を抜き放つ。
「‥‥数ではこちらが上。侮りすぎだ」
 戦力比を冷静に見つめる煉が呟く。
「‥‥だといいな」
 ニヤリと界が余裕の笑みを浮かべ、右手を上げた。

 カンカンカンッ!

 突如飛来し、地面に突き刺さる無数の刃。
「苦無だと! シノビまでいるのか!?」
 叫ぶ茉織が林を睨みつける。
「おとなしく死ね!」
 道の叫びと共に一行目掛け、一斉に凶刃が向けられた。
 
 戦端が開かれて、どれほどの時が経っただろう。
 一行と田丸麿達の戦闘は、一進一退の攻防を続けていた。

「さぁ、行こうか遼華君」
 にこりと微笑む田丸麿。
 敵に立ち向かう一行の僅かな隙をついて、田丸麿が遼華へと迫った。
「お嬢様は渡しません!」
 恐怖に立ち竦む遼華へ魔手が届こうかとした、その瞬間。
 お泉が間を割って立ち塞がった。

 ザシュ――

 鈍く肉を抉る刀音。
「邪魔だよ」
 刀についた返り血を一降りで振り落とし、田丸麿はまるで蟻でも見るように、お泉を見下す。
「え‥‥?」
 遼華の目の前で背を裂かれ、崩れ逝くお泉。

「なに‥‥!」
 四天王に対峙する錬は、横目に見た田丸麿の技に驚愕していた。
「どうした、練」
 煉の背を預かる茉織が、問いかける。
「斬撃が見えなかった‥‥」
 しかし、錬は苦々しく言葉を噛むだけ。
「見えなかった?」
 符を構え、四天王と対峙する六花が再び問いかける。
「‥‥奴は、志士だ」
 田丸麿の繰り出した技は、紛れもなく志士の技。
「なんだって‥‥?」
 煉の言葉に、動揺する六花。
「余所見とは随分と余裕だな。我らが主が気になるか」
 そんなやり取りを、穏の静かだが怒気を孕んだ声が遮った。
「我ら志体持ちが金や権力の為だけに、仕えていると思ったのか?」
「どう言うことだ」
 珍しく饒舌な穏に茉織が問いかける。
「力だ。私達四天王が束になってかかっても、あの方には到底かなわん。お前達も覚悟するんだな!」
 その言葉を合図に、再び戦端が開かれた。

「お泉! お泉!!」
 大量に血を流し倒れるお泉の手を取る遼華が、必死に名を呼ぶ。
「に、げなさ‥‥い」
 苦痛に歪むお泉の口からは、遼華を思うその一言だけ。
「お別れはすんだかい?」
 二人に詰め寄る田丸麿は満面の笑み。その微笑みは並の女であれば即座に恋に落ちるだろう。
「遼華!」
 叫ぶ空也。しかし、道に阻まれ駆け寄る事ができない。
「一ノ瀬さん! ――くっ!」
 飛び苦無を弾き、利実が叫ぶ。しかし、名を呼ばれた紅竜は、咆哮で引きつけた敵の攻撃により深い傷を負っている。
 遼華を護る二人の盾は、死角から襲い来るシノビ衆の攻撃に翻弄され、釘付けにされていた。 
「さぁ、行こう。あまり世話を掛けちゃいけないよ?」
 再び遼華に迫る魔手。

 その時――

 ボフッ!

 突如、街道を覆う程巨大な煙幕がたちこめた。
「な、何事だ!?」
 聞こえてくるのは悦の戸惑う叫び。
 辺りの視界は限り無く零に近い。
「今が好機だ! 逃げるぞ!!」
 りょうが叫ぶ。
 一行はたちこめる煙に紛れ、逃げ出した。

●林
「撒いたか‥‥」
 心眼を使い周囲を伺っていた練が呟く。
 一行が身を潜めるのは、深い林の中。
「助かった‥‥のでしょうか」
 利実が乱れた息を整えながら呟いた。
「皆、無事か?」
 先頭を切ったりょうが一行を見渡す。
「紅竜、大丈夫か?」
 茉織が息を荒げる紅竜に声を掛けた。
「‥‥問題ない。それより――」
 刀傷を全身に受けた紅竜は、自分の事よりと、横たわるお泉を指差す。
「応急処置はしたけど‥‥」
 せめて止血だけでもと、手を尽くしていた六花が呟いた。 
「くそっ、なんで巫女がいねぇんだ!」
 運ぶ際に手についたお泉の血を悔しげに見つめながら、空也が叫ぶ。
「落ち着け、空也! 逃げられただけでもよしとしねぇか!」
 そんな空也を、茉織が激しく諌めた。
「ぐっ‥‥」
 一向に好転し無い事態に、空也が歯噛む。 
 その時、息を荒げるだけでピクリとも動かなかったお泉が、地面に手を付き力を込めた。
「お泉殿!? 動いてはならん!」
 起き上がろうとするお泉を、りょうが必死で止める。
「お泉しっかりして!」
 遼華は必死に身を起こすお泉に駆け寄った。
「あ‥‥あなたの、父‥‥様の頼み‥‥どうか、聞き‥‥届けて――」
 苦痛で歪む表情を柔らかく変え、遼華に微笑むお泉。
「お泉さん‥‥」
 起き上がるお泉の背を、六花がそっと支えた。 
「‥‥これを」
 戸惑う遼華にお泉が差し出したのは、一本の短刀。
「これは‥‥?」
 それを遼華は恐る恐る受け取る。
「あなたの‥‥父上の‥‥もので‥‥す」
 短く、だが悔しさを滲ませ煉が呟いた。
「っ!?」
 その言葉に、声なくへたり込む遼華。
「遼華‥‥」
 短刀を握り締め震える遼華を、利実が掛ける声を見つけられず静かに見つめた。
「なっ!?」
 その時、遼華が突然刀を抜き放ち、立ち上がる。
「待て! 仇を討ちたいという気持ちもわかるが、今は逃げて機会を伺え!」
 決意に満ちた遼華の視線に、煉が何かを悟り必死に声をかけるが。
「‥‥うんん」
 そんな錬に、遼華は優しく微笑み首を横に振った。
「お泉‥‥」
 そして、遼華はお泉をじっと見つめると、おもむろに自分の髪の毛を掴み――。
 
 ザン――

 父の短刀で、流れる黒髪を断ち切った。
「お、お前なにを‥‥」
 突然の遼華の行動に、空也が恐る恐る声をかけるが。
「‥‥私、もう何がなんだかわからない。でもね、お泉」
 遼華は断ち切った髪の毛をギュッと握り締め、苦しそうに瞳を閉じるお泉の元にひざまずいた。
「みんながこんな私の事を、大切に想ってくれてるの、よくわかるよ」
 時々霞みそうになる声をぐっとこらえ、遼華の言葉が続く。
「もう迷わないから‥‥私はこの人達と行くね。だから、おせ‥‥ん」
 遼華の紡いできた言葉は、ついに限界を向かえた。
「ええ‥‥それ‥‥で、こそ‥‥お嬢‥‥様です‥‥よ」
 言葉につまる遼華に向けられたのは、優しいお泉の声。その顔はいつもの気丈な顔だ。
「皆さん‥‥頼み‥‥ます」
 最後の言葉を紡いだお泉は、皆に見守られながら静かに息を引き取った。

「‥‥よく頑張ったな」
 静まり返った林。
 紅竜が遼華の肩に手を置き、静かに囁く。
「うああぁぁーーー!!」
 その優しさに、遼華は泣いた。
 誰の目を気にする事もなく、大声で泣き叫んだ。

「‥‥護らなければなりませんね」
 泣きじゃくる遼華を、悲痛な面持ちで見つめる志郎が呟く。
「それが父上の遺言。そして、我らの使命であるからな」
 静かに、そして、決意を込めてりょうも頷いた。
「お嬢‥‥きっと君を護るから‥‥こんな物しかないけど、御守」
 悲しみに暮れる遼華の傍らに、小さな御守代わりの勾玉を置く六花。 
「‥‥遼華を阻む障害は、俺達が全て払う」
 瞳を閉じ自身に言い聞かせるように、煉が呟く。
「‥‥この子を見守り導くと、俺は約束します」
 そう呟く利実は、己の刀に誓いを立てた。
「ったく、しゃぁねぇな」
 そんな言葉とは裏腹に、茉織の瞳には決意が滲む。
「遼華‥‥。くそっ、うおおぉぉぉーー!!」
 やり切れぬその思いをぶつける様に、大空へ向け空也が力の限り叫んだのだった。

 犠牲を払いながらも、何とか『海赤』に到着した一行。
 彼らの道程は、果てしない。この逃亡劇はいったいどこまで続くのか――。