黒曜華 〜決戦の旗印〜
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: 難しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/06/14 21:04



■オープニング本文

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●ギルドの奥
「……どういうことだ」
 低い声に怒気が滲む。
 ギルドでも奥まった場所にある部屋に通された男は、正面に座る5人の男達を睨み付けた。
「理由を申さねば理解できぬのか、貴様達が犯した罪を! これだから野蛮な者は困る」
 完全に見下した態度と口調。
 5人の中でも特に豪奢に着飾った男が、罵りを交え断罪した。
「なんだと……!」
「落ち着け」
 今にも噛みつかんばかりに席を立った男を、もう一人の男が制した。
「ここで噛みついても、俺達の立場が好転するわけではない」
 男の怒りは握られた拳に浮く無数の血管が如実に物語っている。
 だが、ここで共に立っては意味がない。
 もう一人の男は、同調したい気持ちを強引に押さえつけた
「そちらの者が言うに尤も。曽我部殿、少々言葉を慎まれよ」
 そんな二人の忍耐に、応える声が上がる。
 声は目の前に座す5人のうちの一人。見事な白髭を蓄えた老齢の男であった。
「……ちっ、大伴殿か」
 口を挟んだ老人を睨み付け、曽我部と呼ばれた身なり豊かな男は憎々しげに吐き出す。
「そもそも、ギルド側の人選に問題があったのではないのか」
「護衛隊を編成されたのは、天護隊であったと記憶しておるが……いやはや、最近はめっきり物忘れが増えましてな」
 ほほほと好々爺然とした笑みを浮かべる大伴に、曽我部は豊満な頬の肉を引き攣らせた。
「ほかに何か意見のある者はおりますかな?」
 曽我部を完封した大伴は、残りの3名を見渡す。ある者は曽我部同様、憎々しげに大伴を睨み、またある者は大伴裁きにご満悦であった。
 結果、誰一人として声を上げる者はなく、大伴は再び正面に座らされた男を見やる。
「改めてもう一度伝える。神代の一件からその方らを外す。これは朝廷及びギルドの総意である」
「ぐっ……!」
「……」
 毅然とした態度で告げられた大伴の言葉に、二人の男は返す言葉を見つけられず、自戒に唇を噛むより他なかった。

●書架
 書物を日焼けから守る為とはいえ、どうしてこうも書架というのは薄暗く陰鬱な雰囲気にさせるのか。
 そんな事をぼんやりと考えながら、男は本のページをめくった。
「……」
 植物学、動物学、自然学――、一見開拓者達には無縁とも思える書物の数々を読み漁る。
「はぁ……」
 男は凝り固まった肩に血を巡らせるように、二度三度腕を回した。
「お疲れ様です。一息入れてはどうですか?」
「ああ、すまないな」
 男はかけられた声に、首だけで振り向き、差し出された熱く湯気を立てるジルベリア製の陶磁器を受け取る。
「何かつかめましたか?」
 男に差し出したものと同じ模様の陶磁器を口に運びながら、女は問いかけた。
「いや、何も」
 ジルベリアの茶なのだろうか。あまり舌に馴染みのない味に困惑しながらも男は正直に答える。
「そうですか」
 女も答えに期待していなかったのか、別段気に留める様子もなく熱い茶を口に含んだ。
「あれは効いたと思いますか?」
 茶にひと時の舌鼓を打ち、女が艶のある声で問いかける。
「地炎か?」
「はい」
 亜螺架に向けた虚を突いた一撃。酒精の発火も力にした巨大な炎は亜螺架の体を確かに包み込んだ。
「正直言うと、わからねぇ。だが、効いていないわけじゃない――と思う」
「随分と希望的観測ですね」
 二人の喉を同時に熱い液体が流れていく。
「あいつの能力はいったい何なんだ……」
 男が誰に問いかけるでもなく小さく呟いた。
 何度となく刃を交えてなお、その力の全貌を明らかにしない亜螺架。
 大アヤカシとなったことで、さらなる力を得ていることは確実だった。
「性質の変異」
「それもありそうだが、全部じゃねぇ気がする。奴はあくまでカビ型だろう?」
「カビ……ですか。改めて考えても、厄介なものを素体に持つアヤカシですね」
「まったくだ」

●遭都
「……よく来たな」
「お招きいただきまして、ありがとうございます。なー……じゃない、武帝様」
 御簾越しにかけられた声に、穂邑は別段緊張することもなく答えた。
 穂邑が通された御所の奥、謁見の間は人払いされ、今は二人しかいない。
「……神代はどうなのだ」
「ごめんなさい……わかりません」
 聞かれる内容は事前に理解していた。だけど答えを用意する事は出来なかった。
 穂邑は御簾の奥に見え隠れする人影の視線を避けるように目を伏せる。
「……そうか。身体はなんともないのだな?」
「はい、それがどういう訳かなんともないのです」
 穂邑の身体に突き入れられたと思われた亜螺架の腕。
 しかし、穂邑の体に傷どころか、服にすら小さな破れの一つもない。
 腕を突き立てられた時は、確かに内臓を素手で掻き回されているのではないかと思うほどの不快感を感じた。
 だが、それが抜き去られた後は――。
「変な感じです……」
 自分自身でも不思議に感じるほど、普通なのだ。
 自身の体に何が起きたのか、それとも何も起きていないのか。今はまだ何もわからない。
 ただ一つ言えることは、あれ以来『声』は聞こえていなかった。
「本当に変な感じ……」
 穂邑は胸に手を当てながら小さく呟く。
「……神代の件はこちらで調べよう。しばらくは御所で暮らしてもらう」
「はい……」
 御簾越しに受けた軟禁宣言を穂邑は何も言い返すことなく受け入れた。
 今は神代である自分に起こったことを調べることが最優先される。それは理解できる。
 ただ、一つだけ心残りなのは――。
「……皆さん」
 あの時、共にあった6人の事だった。

●三位湖
『……風』
 無口なほうのケモノが口を開いた。
 日は西へと沈み、空を茜に染め上げる。
「臭うにゃ?」
 猫耳をぴくんと震わせ、小柄な少女がケモノへ問いかけた。
『……お前と同じ匂い』
 ケモノの言葉が意味する匂いとは、人間としての匂いを意味するのではない。
 少女の『内』から臭う邪な気配である。
「場所は分かるにゃ……?」
『……問題ない』
 初夏の頬をくすぐる程度のそよ風。
 人の身では感じることのできない細微な匂いを敏感に感じ取ったケモノの鼻は、西へと向いていた。
『お前ら、付いてくるなら邪魔するなし』
 おしゃべりなほうのケモノが開拓者たちを見下ろした。
「もちろんだ。よろしく頼む」
 面倒臭そうなケモノの言葉にも、無表情ながら真摯に答える男。
『……足並みを合わせるつもりはないし』
 その態度が余計に癇に障ったのか、ケモノは表情険しく視線を外した。
「無論、合わせてもらう必要はない。ついていけぬ程度であれば、そもそもあれを相手にできるはずもない」
『いい度胸だし』
 男の言葉に振り返ることはしなかったが、ケモノは口元を僅かに歪ませる。
 そして、そのまま後ろの事など気にもせず、ケモノ達は全力で大地を蹴った。


■参加者一覧
劫光(ia9510
22歳・男・陰
フレイア(ib0257
28歳・女・魔
ロック・J・グリフィス(ib0293
25歳・男・騎
破軍(ib8103
19歳・男・サ
白鋼 玉葉(ic1211
24歳・男・武
小苺(ic1287
14歳・女・泰


■リプレイ本文


 初夏の青い空に緑に染まった稜線が美しく映える。
 珪山は、絵画と見まごうばかりの自然芸術を見せていた。
「美し山だな」
 様々な美に触れてきたロック・J・グリフィス(ib0293)をして、この絶景に感嘆を漏らした。
「見た目だけはな」
 しかし、返す劫光(ia9510)の顔に楽観はない。
 緑の裾野から山頂へ。鋭い視線を稜線に沿わせた。
「話によれば、今だ活動中の火山だという。山頂は地熱に水蒸気……まさにカビの楽園だろうな」
 手に入れた少ない情報を元に、白鋼 玉葉(ic1211)は山頂の光景を予測する。
「……まだ臭いは続いているんだな」
 雄大な姿を見せつける珪山に向け、スンスンと鼻を鳴らす二匹に破軍(ib8103)が問いかけた。
『間違いないし』
 破軍の物言いにむっと一瞥くれながら、阿業は山頂を睨み付け小さく零す。
 隣でまったく同じ動作をする吽海もまた、こくりと小さく頷いた。
「行きましょう。ここで立ち止まっていても何も解決しません」
「ちょっと待ってにゃ」
 フレイア(ib0257)が先を急ごうと歩み出そうとした時、小苺(ic1287)が皆を呼び止める。
「ずっと考えてたのにゃ」
 皆の視線が集まる中、小苺は口を開いた。
「アラカビは……一体何がしたいのにゃ?」
 小苺が口にした言葉の真意は、ここにある者全てが抱く疑問でもあった。
「……亜螺架は他者の力を自らの物にするらしいな」
 各々が答えを胸の内で探す中、最初に口を開いたのはロックだった。
「今まで随分と取り込んだみたいだな」
 答える劫光の表情が一層険しさを増す。
「ああ。だが果たしてそれは人やアヤカシにだけなのか?」
「……どういうことです?」
 問うたフレイアに、ロックは慎重に言葉を選びながら口を開いた。
「火山とは、いわば大地が蓄えた力の塊のようなものだと聞いた事がある」
「まさか……」
「うむ。奴は……亜螺架は、火山を力ごと取り込むつもりではないのか……?」
 ロックの導き出した仮説を、荒唐無稽と笑う事のできる者はこの場にはいない。
 相手は予測不能の力と知恵を持った憎むべき者なのだから。
「……それは二つ目の護大を取り込んだ、との推測からだろうか?」
「その可能性も……否定はできない」
 玉葉の問いに、ロックは苦々しく言葉を紡ぐ。
 大アヤカシは二つの護大を取り込める。過去、それが可能だと証明した存在は、確かに開拓者達の前に立ち塞がったのだ。
「黄泉みたいに、護大を自らに取り込む……シャオもそれ以外の使い道が想像できないのにゃ……ほむほむから、奪った、あれで」
 しゅんと肩を落とす小苺。
 つい先日起こった出来事が彼女の心に暗い影を落としていた。
「あれは貴女の責任ではないでしょう」
 へなっと耳を折りたたむ小苺に、フレイアは柔らかな微笑みを向ける。
「それに、神代は奪われたと確定したわけではありません」
「え?」
「……どういう事だ。あれは確かに穂邑殿に深く接触したのだぞ」
 きょとんと見上げる小苺に変わらぬ微笑みを向けたまま、まるで確信する様に力強く語るフレイアに、玉葉は疑念をもって問いかけた。
「本当に神代を得たいのであれば、黄泉の様に穂邑さんを浚えばいいのです」
 フレイアの言葉に、皆がハッとする。
「彼のアヤカシは、貪欲に知識を求めると聞きます。穂邑さんを浚い人体実験でもすれば神代の事を深く知ることができるでしょう」
 フレイアの言うように、確かにそれが最も簡単で効率がいい。
 そして、それを容易にこなすだけの実力を亜螺架は持っているのだ。
「知識欲を満たすだけの力を持っていながら、なぜそうしなかった。皆さんは違和感を覚えはしませんか?」
 フレイアは仲間一人一人の顔を順に見つめる。
「そもそも神代とは何です? ――わかりませんよね。なぜなら私達の誰もがそれを何なのか知らないのですから」
 再び開いた口から零れた言葉には、強い確信が滲んでいた。

●珪山
 なだらかな傾斜は時を追うごとに険しさを増す。
 小石が占めていた坂道は、合を増すごとに山肌を大岩が占有しだした。
「……」
「どうかしましたか?」
 足を進めながらも黙考する破軍に、フレイアが問いかけた。
「……昔の事を思い出していただけだ」
「亜螺架の事ですか」
 今ここで考え込むことなど、そのことしかない。
 フレイアはそれ以上追及する事無く、破軍に肩を並べた。
「……俺達の目の前に現れたあれは、本当に亜螺架だと思うか?」
「随分な謎かけですね」
「……回りくどいことは嫌いだ」
 普段の仏頂面を更に歪めながら、破軍は続ける。
「……カビはいくらでも増殖する。なら、何体居ようが不思議じゃねぇ」
 破軍はこの仮説にある種の確信を持っていた。過去に見た白と黒だけの特異な魔の森での出来事が彼にそう思わせる。
「私の魔法もその一体を焼いただけだと?」
「……それなら説明がつくだろう」
「そうですね。面白い推察だと思います」
「……違うってぇのか」
「否定はしませんが、肯定もできません。一つの可能性に固執することは危険ですから」
 むっと睨むように向けられた視線を涼しく受け流し、フレイアはそう口にした。

 破軍達の前方では――。
「もし護大が今だ亜螺架の物になっていないのであれば、――火口へと叩き落し焼き尽くす」
 傾斜も増し足場も悪い中、顔色一つ変えぬ玉葉が強く宣言する。
「それはいいが朝廷はどうする。奪還せねば何を言ってくるかわからないぞ?」
 護大の回収は朝廷にとっての第一命題である。それを反故にし、破壊しようとするならば――。
 ロックは諭すように言葉を返した。
「それはわかっている。だがそんな悠長な事を言える相手ではないと思うが」
 玉葉の申し出は、依頼を受ける身として止めねばならない事なのかもしれない。しかし、その言い分は理解できる。
 もし亜螺架に二つ目の護大が渡ってしまえば、黄泉の再臨となりかねない。そして、人類にはもうあの宝珠は残されていないのだ。
「確かにそうだな」
 ロックもその事は重々承知している。だからそれ以上口を挟むことなく頷いた。
「話すのはいいが、場所を考えろよ」
 と、そんな二人に声をかけたのは劫光だった。
「俺達の声が筒抜けになっている可能性もあるんだ。あまり滅多な事は言うな」
「……そうだな。確かに不用心だった。謝罪する」
 半分冗談交じりの劫光に、玉葉は真摯に首を垂れた。
「お前達もだぞ……って、小苺?」
 後方にも声かけようと振り向いた劫光は、あたりを忙しく見回す小苺に気付く。
「どうかしたか?」
「あたりに生き物の……気配が消えたにゃ」
 不安の混じる声で答えた小苺。
「確かに、感じねぇ」
 劫光は小苺に倣う様に辺りを見渡した。
「……いよいよ、ってことか」
 生の消滅。それが何を意味しているのかは、火を見るよりも明らかであった。
『……ここまでだし』
 小苺の気付きに皆が周囲に目を凝らす中、無言で先頭を行っていた阿業が足を止めた。
「臭いが途切れたのか……?」
『逆だし』
「……臭いが充満しているのか」
 狼を素体とする二匹ですら、感じることの限界を口にする。
 それは想像を超える程の濃い気配がこの先に待っている事を伝えていた。
「いいな、戦いは避けるぞ」
 劫光が仲間一人一人を見渡す。
「確実に奴を倒すためには相応の準備が必要だ。だから忘れるな。この命はもうすでに俺達だけの物じゃねぇ」
 何度も確認した約束を再び口に出した。
「必ず持って帰るぞ。奴の――情報をな!」
 劫光の気迫に、一同は大きく頷いた。


 フレイアと小苺は吽海を連れ、外輪山の外周を丑寅の口を目指し進んでいた。
「シャオは悔しいにゃ……。いっつもいっつもアラカビのいいようにやられっぱにゃしで……」
 一歩でも踏み外せば奈落へと繋がる細道を慎重に進みながら、小苺は不安に揺れる心の内を吐露する。
「フレイにゃは、アラカビの事をなんであんなに冷静に見れるのにゃ……?」
「……冷静ではありませんよ」
 自らの不甲斐なさからか塞ぎこむ小苺に、フレイアは穏やかに答えた。
「今まで磨き上げた魔術の技をあっさりといなされましたからね。悔しくてなりません」
 言葉とは裏腹にまるで悔しそうなそぶりは見せずに笑みをこぼす。
「それに先ほども言いましたが、あれは貴女だけの責任ではありません」
「そうにゃけど……」
「今は雌伏の時。来るべき時には私達に時間を与えたことを後悔させてやればいいのです。――さて、この辺りがよいですね」
「わぷっ!?」
 突然フレイアが足を止めた事で、小苺はその背に思い切りぶつかった。
「……ここからならよく見えますね」
 外輪の山肌に背を預け、僅かな谷間からカルデラ内部を覗き込む。
 フレイアはカルデラ内部が最も見渡せる場所を、ここと選定し、あえてこの道を選んだのだ。
「必ず情報を掴むのにゃ!」
 広く内部を見渡せるここから、二人は調査を開始した。

 一方、カルデラ内部へ入った者達は、辺りを覆った下草を掻き分けるように進み、一路噴煙を上げる内輪山へ向かっていた。
「……まるで死後の世界だな?」
 玉葉は思わず漏らす。
「枯れている、のか……?」
 と、ロックが手近な草を引きちぎり、まじまじと見つめる。
 辺り一面を覆っていたであろう下草は、姿形はそのままに、色だけが失せていた。
「……静かすぎる」
「何がどこから現れるかわからねぇ。十分に注意しろよ」
 破軍の呟きに答えるように、劫光が周りにだけ聞こえる小さな声で囁いた。
 阿業の鋭敏な臭覚もここでは役に立たない。頼りになるのは、自分達の視覚と直感のみ。
 一行は使える感覚器官を総動員し、息詰まる緊張感の中、一歩、また一歩と中心へと歩みを続けた。
「それほど高くはないな、これであれば中を覗ける」
 玉葉は徐々に近づいてくる内輪山を見上げた。
 険しい外輪山に比べ、内輪山はかなり低い。表面もなだらかで登頂は容易に見えた。
「……一気に登るぞ」
 首筋の疼き同様、胸騒ぎが消えたわけではない。だが、見える範囲に変異がない以上、進むしかない。
 破軍は仲間の返事も待たず、一気に山肌を駆けあがった。

「これはなんだ……」
 第一声は玉葉だった。
 内輪山の山頂から、火口と思われる場所を覗き込む。
 玉葉は活火山である珪山の火口には溶岩があるであろうと踏んでいた。
 そして、その溶岩を利用することも計画していたのだが。
「……これは溶岩なのか?」
 火口に当たるであろう数十m眼下には、確かに溶岩にも似た赤熱する『何か』がある。
 しかし、それは明らかに溶岩ではない。例えるなら――。
「……まるで生物」
 そう呟いた玉葉がさらに目を凝らす。
 火口の底で赤熱する『何か』は、時折明滅し――そして、蠢いていた。

「……」
 火口に視線を落とし調査を開始する中、ロックの様子だけが少し違っていた。
「ロック、大丈夫か? ……ロック?」
 そんなロックの異変を不思議に思ったのか、劫光が声をかける。
「あ、ああ。すまない。どうかしたか?」
「それはこっちの台詞だ。どうした、何か気付いたのか?」
 まるで心ここに非ずなロックの返事に、劫光は呆れながら問い返した。
「……首の疼き。亜螺架と接近……対峙した時には痛みに変わった」
 一瞬話すか迷った様に俯いたロックが、ポツリポツリと口を開く。
「ああ。まったくとんでもないもん残していきやがった。それがどうかしたのか?」
 ロックの話が見えない。劫光は更に問いかけた。
「気づかないか? 俺達が接近で痛みを感じるんだ。……ならば奴も――」

『ようやくそこに至ったか』

「「「っ!?」」」
 突然火口に響いた声に、一行は咄嗟に身構えた。
「……亜螺架っ」
 首筋に走る鈍い痛みを無視し、破軍が牙を剥く。
「破軍、忘れるな! 戦いはなしだ!」
 今にも飛びかかりそうな破軍を劫光が一喝した。
『なんだ、我を倒しに来たのではないのか』
 挑発とも取れる亜螺架の言葉が再び火口に響く。
「生憎と招待を受けた覚えがないな」
 ロックが噴煙の先から聞こえる声を一蹴。大盾を掲げた。
『そうだったか。折角、面白いものを見せてやろうと思ったのだがな』
「観客が欲しいのなら、正式な招待状をよこす事だな」
『ふっ』
 ロックと亜螺架の間に短い会話が交わされる。そして、この会話が時をくれた。
「ここまでだ、逃げるぞ!」
 隊列を立て直す隙を得た一行は、阿業を先頭に据え、劫光の合図で一気に内輪山を駆け下りた。


「っ!? 見つかったにゃ!」
「まずいですね……」
 咄嗟に山肌に姿を隠したフレイア達。焦りに自然と汗が噴き出す。
「ど、どうするにゃ……?」
 亜螺架は火口を下る仲間達を追う事は無かった。代わりにフレイア達に鋭い視線を向けてきたのだ。
「急いで降ります」
 フレイアは即座に判断を下す。
 今は助けにはいけない。行けば木乃伊取りが木乃伊になるだけ。
「で、でも!」
「ダメです!」
 初めて聞いたフレイアのきつい言葉に、小苺はびくりと身をすくませた。
「……ごめんなさい。でも、わかってください。私達も見つかったのです」
「うぅ……」
 空間を超える力を持つであろう亜螺架にとって、彼我の距離など無いにも等しいだろう。
 フレイアは不安に揺れる小苺の頭をゆっくりと撫で、その手を引いた。
「行きます。多少の怪我は覚悟してください」
 例え追いつかれようとも、得た情報を持ち帰らなければならない。フレイアは滑落する覚悟で眼下を覗き込んだ。
『……俺に触れろ』
 そんな時、ずっと沈黙していた吽海が口を開く。
「何を突然……」
『……死にたくないなら、触れろ』
「わかりました」
 声の質から冗談を言っていない事はわかる。
 フレイアは吽海の申し出に頷き、その巨体に触れた。
 途端、鋭い気配が和らぐ。亜螺架は明らかにこちらの存在を見失っているようであった。
「これは……どういう事です?」
『俺に触れている限り、見つからない』
 当然の事の様に語る吽海に、二人は驚きを隠せない。
 だが、今はこの不思議な能力に頼る他ない。
 二人は吽海の背に手を当て、慎重に山肌を下って行った。


『ほう、面白い技を使う』
 外輪山へと視線を向けた亜螺架の口元が卑しく歪む。
『まぁ、いい』
 だが、それっきり興味をなくした亜螺架は、草原を駆ける開拓者へ向き直った。
『そう急ぐな』
 そう口にすると、不敵な笑みを浮かべた亜螺架は草原に向け、腕を振り下ろす。
 その瞬間、柔らかであったはずの灰の草が鋭く斬れる凶刃と化した。
『これから面白いものが見れるのだ』
 刃の絨毯と化した草原に切り刻まれ転倒する開拓者に、亜螺架は更に腕を振るう。
 途端、草は軟化。まるで蔦の様に転倒した者達へと絡みついた。
『くくく……始めるぞ。貴様達はそこで見ているがいい。我が新たな力をな!』
 身動きを封じられた開拓者達を無理やりこちらに向けた亜螺架は、どこからともなく取り出した巨大な塊を火口へ投げ込んだ。