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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●治療院 春の陽気をそよ風が運んできた。 「‥‥おじゃまするの」 毎日のように見舞いに来る二人が帰り、しんと静まり返った病室に一人の少女が姿を見せた。 「‥‥」 とてとてと小さな歩幅で懸命に近づいた少女は、寝台で穏やかな寝息を立てるGTの顔を覗き込む。 「‥‥それでも、私の認めたライバルなの?」 初めの邂逅ではその声量と音量に完膚なきまでにやられた。 再戦を誓い、修練を積み二度目の邂逅を待っていた。――そして、邂逅は叶った。 「‥‥――」 桜色の春風の様な暖かで静かな歌声。 静寂に包まれた部屋に流れる、心休まる子守唄。 「‥‥」 しばし、幻想的な時間が支配した部屋は、再び静寂に包まれた。 「‥‥これでもダメなの?」 その声に明らかな悲しみを滲ませ。 「‥‥つまらないの」 その声に明らかな怒気を滲ませ。 「‥‥んー、勝ち逃げは許さないの!」 何の前触れもなく、少女の渾身の百虎箭疾歩がGTの横隔膜にクリーンヒットしたのだった。 ●酒場 「へぇ、アリソンをねぇ」 「ちょっと業績悪くなっただけですぐ解雇。ったく、職人をなんだと思ってやがるんだ!」 白髪交じりの男の愚痴に、周りから何人もの男達がそうだそうだと喚き立てる。 「取引先が倒産したんじゃ、人員削減は仕方ねぇだろ? 工房まで潰れたら、それこそ全員首吊る事になるぜ?」 解雇された職人達は、タダ酒を飲ませてくれるこの男の問いかけに、元の職場について愚痴交じりに色々と話していた。 「倒産? 一体何の事だ?」 と、男が発した言葉に、集った元職人達の視線が集まる。 「え‥‥? あんた達、大口の取引先が倒産したから業績が悪化して解雇されたんだろ?」 こちらも予想していなかったのか、少し間の抜けた声で返す言葉に、職人達はお互いを見合った。 「業績が悪化したのは確かだけど、倒産じゃないですよ」 「なんだって?」 「取引先が取引を打ち切ったのさ」 「打ち切った? 俺の聞いた話とは違うな‥‥一体なんでそんな事になったんだ?」 「詳しい事は知らねぇが‥‥アリソンの造るアーマーが『古い』んだとさ」 「古い? 一体どういうことだ?」 「そのままさ。まぁ、もう終わったことだけどな」 そう言うと職人は酒をぐびぐび煽る。 「古い、か‥‥」 男はやけ酒にも似た勢いであおり続ける男達を眺め、ぽつりと呟いた。 ●アリソン 「何かご用でしょうか?」 門戸を閉ざした店を見上げる少年に黒服に眼鏡の男が声をかけた。 「お、お前は!?」 「‥‥どこかでお会いしましたか?」 「忘れたとは言わせないぞ! あの夜‥‥三号機を盗んだのはお前だろ!」 「三号機? 一体何の事かわかりませんね。言いがかりはよしていただきましょうか。一体どこにそんな証拠があるというのです?」 「‥‥確かに夜だったから確実じゃ無いけど‥‥試作機を持ってきたGTって奴の名前を知らない訳じゃないだろ!」 「GT? はて、知りませんな」 男はわざとらしく首を傾げる。 「お前達‥‥利用するだけ利用して、いらなくなったら捨てるのかよっ! 人間は愛玩動物じゃないんだぞ!!」 そんな男の不遜な態度に拳を振るわせる少年は、そのまま男の襟元を掴みにかかるが、 「やめろ。ここでこいつを締め上げても、何も解決しない」 間一髪の所で青年が少年の腕をとった。 「そちらの方は幾分利口だと見えますね」 まるで初めからこうなる事を予想でもしていたのか、男は薄ら笑みすら浮かべ少年を見下ろす。 「なら、証拠があれば認めるんだな?」 「何を認めろとおっしゃっているのか見当もつきませんが、証拠とやらがあれば認めざるを得ないでしょうね」 「‥‥その言葉、忘れるなよ」 青年の刺さる様な視線も物ともせず、黒服は飄々と答える。 「お話はもう終わりですか? では早々に御引き取りを。我々は『引っ越し』で忙しいのです」 「引っ越しだと‥‥? おい、ちょ、ちょっと待て!」 投げかけられた単語に一瞬思考を奪われた青年の隙をついて、黒服は門を閉ざした。 ●工房 「‥‥なるほど」 「くそっ! あいつ等、ぶっ飛ばしてやる!」 「GT落ち着けって!」 鼻息荒く袖を捲るGTを赤髪の青年が抑え込む。 「そうです。貴方の様な素人がこれ以上首を突っ込むと、今度こそ本当に‥‥死にますよ?」 切りそろえられた金髪を揺らし、キッとGTを睨みつけた少女の言葉には、少女らしからぬ凄味があった。 「‥‥なんでしたら実力で寝台に戻してあげてもいいのですよ?」 「あんだとぉ!?」 「お前等、いい加減にしろよっ!?」 一触即発のGTと少女の間に、青年が体を割り込ませる。 「ったく、お前等喧嘩っ早すぎるぞ! ちょっとは落ち着いて話を‥‥って、はぁ‥‥」 割り込んだ青年越しにも視線で火花を散らす二人に、青年は呆れはてた。 「とにかく教えてくれ、あいつ等何がしたいんだ?」 最早仲裁は諦めたのか、押さえつけたままで問いかける。 「‥‥詳しくは俺にもわかんねぇけど‥‥奪った機体で量産機を作るみたいだ」 「量産機、ですって‥‥?」 「一体そんなの作ってどうする気だ? まさか、売るなんて事は無いよな?」 「そんな事をすれば、誰が犯人かすぐに足がつきます。そのような愚かな行為には流石に及ばないと思いたいですが‥‥」 「どうするかはわからねぇけど‥‥『実戦』って言葉を聞いた気がする」 悩む二人にGTはおぼろげな記憶を辿り情報を伝える。 「実戦、だと? まさか‥‥」 「その、まさか、かもしれませんね。アリソンは新戦力でどこかに『攻める』気なのかもしれません」 「おいおい! まさか戦争始めようっていうんじゃないだろうな!」 「いくら大きいと言っても所詮1工房。流石にそこまではしないと思いたいのですが‥‥」 「とにかくもう一度アリソンを当たった方がいいな」 「同感です。急ぎましょう」 「おい、待てよ! 俺も連れて行け!!」 二人は喚き散らすGTを置いて、さっさと部屋を出る。 胸に去来する言い知れぬ不安はどんどん膨らんでいた――。 ●飛空船 この日、空港から一隻の超大型輸送船が飛びたった。 「くくく! 遂にこの日が来た!」 偶像達が整列する船倉。船窓から差し込む月明かりに照らされた壮年の男は、血走った目で歓喜の雄叫びをあげる。 「我がアリソンを馬鹿にしたあいつ等を、必ず地べたに這いつくばらせてやる!!」 憎しみは、栄光に照らされた自分の道に影を落とし、さらに暗い谷底に突き落とそうとした商売敵に向けられる。 「そうです。我らアリソンの技術力は、あの様な二流達に劣る訳が無いのです」 偶像を眺めながら陰鬱な笑みを漏らす工房アリソン代表『ルギス・A・ファウマン』に、すっと闇から現れた影が声をかけた。 「ここに並ぶアリソンの技術の結晶が、それを証明してくれることでしょう」 「くくく‥‥! 待っていろ、三流ども! どちらが優れているか『実戦』ではっきりさせてやる!」 |
■参加者一覧
小伝良 虎太郎(ia0375)
18歳・男・泰
水月(ia2566)
10歳・女・吟
グリムバルド(ib0608)
18歳・男・騎
煉谷 耀(ib3229)
33歳・男・シ
久坂・紅太郎(ib3825)
18歳・男・サ
アナス・ディアズイ(ib5668)
16歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●上空 少し色の薄い青だけの世界。 小さな二対の翼は、白雲の大海原を静かに泳ぐ。 「どう?」 小伝良 虎太郎(ia0375)が愛龍『龍太郎』の背を撫でつけながら、隣の空を舞う水月(ia2566)に問いかけた。 「‥‥しばらく雲は晴れないの。目隠しにはもってこい」 愛獣『闇御津羽』の暖かな背の上で瞳を開いた水月は、この先輸送船が達するであろう空域の天候を読み当てる。 「なら、上空から奇襲ができそうだな!」 「‥‥」 グッと拳を握る虎太郎に、水月はこくこくと頷き肯定を示した。 この分厚い雲の下には、確かにそれが浮かんでいる。 駆鎧の街を舞台にした強奪傷害事件の首謀者たるアリソンの主が乗る船が。 「‥‥GTの仇、なの!」 「まだ死んでないけどねっ!?」 ぽつりと呟いた水月の言葉に虎太郎は思わずツッコミ。 「い、いやまぁ、そうだよな。あいつ等の悔しそうな顔、忘れられない‥‥」 それは虎太郎が別れ際に見た三人の顔。駆鎧強奪の実行犯に仕立て上げられ、用が済めばさっさと捨てられた。 「‥‥だから仇討ちなの」 「うん、そうだよね。三人の無念を晴らすんだから、仇討ちだ!」 大きな瞳に宿る強い意思に虎太郎も力強く頷いた。 「よおっし! 龍太郎いこうか!」 「‥‥闇御津羽さん、続くの」 決意も新たに二人は、同時に友の背を叩いた。 ● 「やはり来ましたか」 伝声管から聞こえる声に答えるでもなく小さく呟いた黒服は眼鏡をくいっと持ち上げる。 「しかし、私がこの事態を予想していなかったでも思いか」 黒服は窓の外に流れる雲に目をやる。 「たった二騎で何ができると」 輸送機の上空には飛翔する有翼の影。 「――ルギス殿、貴方の工房の最高傑作の実力が試される時が来たようですぞ」 「う‥‥ぐ、あ‥‥あ」 「とは言っても‥‥喋れませんか」 黒服の男がくいっと上げた眼鏡が陽光を反射しきらりと光った。 ● 分厚い雲を突き抜けて現れた二騎に、輸送船の乗組員は一瞬の動揺を見せた。 「行くよ、龍太郎!」 虎太郎の呼びかけに一鳴きした龍太郎が、急旋回からの急降下。 「ソニックブームだ!」 一気に輸送船との距離を詰め、船の舳先へと取り付くと龍太郎の手綱を引く。 再びの一鳴きと同時に発せられる音速の刃は、未だ混乱から立ち直らない乗組員達を無視し甲板上部前方に設置されてある大筒へと狙いを定めた。 「よっし! まずは一門! これはおまけだよ!」 虎太郎はおまけとばかりに焙烙玉を取り出すと、狙いをつけ投げ放つ。目標は弾け飛んだ大筒の火種。 「次は船尾! 行くよ、龍太郎!」 結果を確認する事無く手綱を引き反転した虎太郎の背を、大筒の火薬を巻き込んだ盛大な爆発が押した。 「もう逃げられないのー」 無数に降り注ぐ砲撃に雨を巧みにくぐり抜け、水月は甲板に向って呼びかけた。 「だから大人しくー、お縄についちゃった方がー、身のためなのー」 風にかき消されぬようゆっくりと語る水月の言葉が甲板に届く。 しかし、投降どころか砲撃の勢いは徐々に増していた。 「‥‥むぅ、聞き分けのない大人は、大人って言わないの」 輸送船からの実に好戦的な返事に水月はぷぅと頬を膨らせる。 「‥‥闇御津羽さん、わからずやな大人さん達にはお仕置きが必要と思うの」 と、水月はこの場で唯一意思の疎通が可能な闇御津羽の背に語りかける。 「‥‥やっぱり闇御津羽さんもそう思うの」 もちろん返事はないが水月には何か聞こえるのか、こくこくと頷くとビシッと輸送船を指差した。 「‥‥ちょっとお仕置きなの」 水月が指すのは船腹に無数に並ぶ大筒の火口。 闇御津羽は指差された場所を目掛け、大きく一つ羽ばたいた。 瞬間、超高圧で圧縮された空気が疾風の刃となり、船腹に突き出した砲台数基を薙ぎ払った。 ● 「ヤリーロさん、左舷正面、砲撃来ます!」 伝声管に向けアナス・ディアズイ(ib5668)が叫ぶと、飛空船は急旋回をかける。 「うおぉっ! おい、大丈夫だろうな!?」 グリムバルド(ib0608)は、突然の遠心力にふらつく体を船縁に預けた。 強襲用に用意された飛空船が、まるで大嵐に遭遇した漁師船の如く大きく揺れる。 「喋ると舌を噛みますよ。接舷するまでじっとしていてください」 飛空船の操縦を買って出たヤリーロであったが、操縦はずぶの素人。この上空まで船を運べたのさえ運がよかったのかもしれない。 本来ならば無理せず、開拓者達を射出し離脱するのがセオリーであったが――。 「奇襲とは相手の虚を突いてこそでしょう」 だが、素人だからこそ取れる作戦もある。アナスが多少強引ともとれるこの作戦を実行したのも彼我の戦力差を考えての事。 そして、ついにその時が来た。 「合図来た!」 久坂・紅太郎(ib3825)が叫ぶ。目指す甲板は先行隊による撹乱が功を奏したのか、砲撃が上方に逸れ始める。 「っしゃ! 頼むぜ一号機!」 それを合図に紅太郎はすぐさま試作一号機の操縦席に飛び込んだ。 「俺と焔と出培った経験を全部使って‥‥あいつ等の無念晴らしてやる!」 ハッチが閉まり、目の前に浮かぶのは宝珠が灯す力の光。 そして、握りこんだ操縦桿は以前ノービスが握っていた物。 「行くぜ! 起動しろ試作一号機! 俺がお前に命を吹き込んでやるぜっ!」 グッと握りこんだ。 「利に聡い商人がなぜこのような暴挙に‥‥いや、アリソンの主もやはり職人であったという訳か」 上空を吹き荒れる強風にもびくともせず、飛空船の舳先に佇む影一つ。 「やはり何かが蠢いている、のか‥‥仄暗い扉の奥の奥に‥‥不気味な笑みを浮かべながら」 空中要塞の名に恥じぬ砲撃の雨を注ぐ輸送船をじっと眺め。 「うっ‥‥些か酔ったか」 煉谷 耀(ib3229)は胸の奥から込み上げてくる物をなんとか垂下する。 『耀さん、何やってんだよ!!』 試作一号機へと搭乗した紅太郎が、耀の立つ舳先へと共に並ぶ。 「うむ、飛空船でも船酔いをするのだなと、感心していた所だ」 『そんなもんに感心している場合じゃないだろ!?』 「このまま突撃します! 皆さん、準備を!」 後ろでアナスの声が響いた。 「大詰めだ。心してかかれよ」 『それは俺の台詞だと思うんだけどさ!?』 紅太郎のツッコミをさらりと聞き流し、靡く黒髪を掻き揚げた耀が眼前に迫った輸送船を睨みつける。 『くそ! やってやるよ!』 そして、一号機の持つ灼熱剣を掲げた。 更に速度と揺れを増した強襲船が蒼天を裂く。 強襲船はその身に無数の砲撃を受けながらも、強引に輸送艦へと接舷――いや、体当たりした。 ●格納庫 大破した壁面から容赦なく暴風が吹きこむ。 「この風ではあまり効果は望めぬか。だが」 迎撃の為に起動した9体の駆鎧が武器を携え剥き出しの殺気を放つ。 「皆の腕ならば問題無かろう」 駆鎧対駆鎧の戦いの中にあって、人に生身を晒す耀の表情に焦りも恐れも感じられない。 矮小な闘技場と化したこの空間にあって、唯一の身軽が己の武器。 耀は何の迷いもなく、9体が武器を構えるただ中へと身を躍らせた。 「この一瞬の逡巡が、貴様等と我等の力の差と知れ!」 一瞬で姿を消した耀が、9体の中央で再び姿を現す。 そして、突き上げられていた拳を金属板で覆われた床にたたきつけた。 『うおぉぉぉ!!』 白い機体が樹盾を前面に。 『数だけ揃えりゃどうにかなるって考え‥‥その思いあがりを、ぶった切ってやるぜ!!』 灼熱する巨剣を一薙ぎに、一号機は白に染まった世界を切り取った。 『人から盗んだ物を元に、大量生産か‥‥』 赤い機体が巨大な魔槍砲を突き出し、霧の中へ突っ込む。 『そんな偽りの力ばっかり集めてもな――本物の力の足元にも及ばないんだぜ!』 乗り込んだ一瞬の光景を絵画に切り取った風景の如く、グリムバルトは瞼に焼き付ける。 狙うは準備に戸惑っていた一体。この仄暗い煙幕の中を正確にその影を投影させる。 『まずは一体! 沈んでおけっ!!』 気付いた時にはもう遅い。量産機は何もできず、大口径の魔槍砲から放たれる巨大な火炎に焼かれるしかなかった。 『その機体の弱点はすでに把握しています』 鉄板張りの床を滑る様に移動したアナスの愛機『リエータ』。 アーマーの脚越しに感じる微かな挙動を頼りに、オーラを纏ったリエータが煙幕を切り裂いた。 『じっくりと削ってあげますよ。動けなくなるまで』 チュイィィンという高速回転する機械音が響き渡り、 『移動も出来ぬ砲台などただの筒。そのままされるがままに嬲られなさい!』 次いでガリガリと鉄が鉄を削り取る音が船倉に響き渡った。 「将監」 『へい、兄貴! って、なんですかいこの真っ白空間!?』 視界は0。金属と金属がぶつかり合い弾けへしゃげる音だけが響く空間に呼び出された蝦蟇『将監』は、いきなりの異様に目を剥く。 「時機に晴れる。晴れてからがお前の出番だ」 そして―― 煙幕が晴れた。 『‥‥‥‥兄貴』 「なんだ」 『あっしのかわいいほっぺたをつねってもらえやすか?』 「こうか?」 『いででででっ!? やっぱりこれは現実! な、なんですやす、このとんでもアーマー大決戦!? あっしの浮きっぷりが半端ねぇっす!?』 「紅一点だ。頑張れ」 『あっし雄っす!?』 「大筒を二門積んでいた機体だけは生け捕りにしろ。さぁいけ!」 『話を聞いてほしいっすぅぅ!!』 蝦蟇の油をたらたらと流す将監を、耀は半ば蹴り飛ばす様に戦場へと向かわせた。 ●上空 甲板からの砲撃はいくらか落ち着いたものの、それでも近づくにはかなりの勇気を必要とした。 「甲板は‥‥まだ駄目か‥‥こうなったら、水月! あそこから行くよ!」 虎太郎の指差した船腹は、闇御津羽の真空の刃と龍太郎の旋刃により巨大な十字を刻まれている。 「‥‥駆鎧の応援は?」 「うーん、奇襲は成功したしきっと大丈夫だよ。それよりも‥‥」 「‥‥黒服さん」 「うん。なんだか胸の辺りがモヤモヤするんだ。とっても嫌な感じ」 「‥‥私も同じ感じがするの」 そう言い合うと二人は同時に自らの胸をグッと掴む。 「とにかく捕まえてからだ。いくらアーマーを倒したからって言っても、設計図と犯人が残ってたんじゃ意味が無いしね」 「‥‥うん、なの」 絶えず降り注ぐ砲弾の雨をくぐり抜け、二人は船腹に開いた『切り傷』に向け、朋友を駆った。 ●船内 大筒が一発発射される度に、鈍い音と細かな振動が船内を奔る。 下の方では金属同士がぶつかり、砲声が地響きの様に鳴っていた。 「龍太郎、すぐに戻ってくるから、もう少し大筒の相手をしててくれるかな」 船腹に鉤爪を突き立て静止する龍太郎は虎太郎の言葉に、一鳴きするとすぐさま船腹を離れる。 「‥‥闇御津羽さんも、しばらく離れてて。まだして欲しい事もあるから」 水月もまた闇御津羽にしばしの別れを告げた。 「‥‥この通路だと駆鎧は通れないけど、何が待ってるかわからない。用心していこう」 「‥‥」 無言で頷く水月ににこりと笑みを浮かべた虎太郎は小さな明かりだけが照らす、細長い廊下の奥へ視線を向ける。 「行くよ!」 しかし、二人は戸惑う事無く敵地のど真ん中へと足を向ける。その先にいる、敵の首魁と――胸に残るわだかまりの正体を突き止めるために。 ●船倉 『そんな玉じゃ、この一号機にはかすりもしないぜ!』 煙が晴れた船倉を縦横無尽に駆け回る一号機。その機動性はこの場にいる駆鎧のゆうに二倍はある。 量産機達はそれでもこの機体を捉えようと、肩に積まれた大筒から火を吹き続けるが。 『遅いんだよっ!』 一号機が繰り出す灼熱の剣が量産機の一体の車輪を斬り溶かす――が。 ドウンッ! 『なっ!?』 一瞬止まった一号機へ向け無数の砲弾が発射されたのだ。 樹盾を構え、砲弾の雨をなんとかしのいだ一号機。しかし、同じ場所で砲撃の雨に晒された量産機は、無残にハチの巣とされた。 『お前等‥‥それは‥‥それだけはやっちゃいけねぇだろぉぉ!!』 仲間を囮にしたこの戦法に紅太郎がキレた。 同時に一号機のコックピットに光る宝珠の光が煌々と赤く明滅を始める。 『な、なんだこれ‥‥もしかして‥‥お前も怒ってるの、か‥‥? そうか、そうだよな!』 いっそ激しさを増す明滅に、一号機の意思を感じたのか、紅太郎は操縦桿をより強く握り直す。 『なら許せないよな! あいつ等に思い知らせてやろうぜ!』 一号機は重い樹盾を放り出し、灼熱の剣を低く構えた。 そして、先程のさらに倍する速度をもって広い船倉を駆け抜けた。 「どうやらあちらはそろそろかたがつきそうですね」 風となり量産機の群れを切り裂く一号機を眺めながら、リエータの中でアナスは呟いた。 『おいおい、よそ見してんじゃねぇよ』 と、そんなアナスに振りかかる言葉には、不機嫌な色が浮かんでいた。 『相手をされないからと言って嫉妬とは大の大人がみっともない』 『な、なんだと、この! この状況でよくそんな事が言えるな!』 淡々と抑揚無く紡がれるアナスの言葉に、量産機を駆る傭兵が怒りの声を上げる。 『もうどこにも逃げられねぇぜ!』 『とっとと始末して、あの白いのも奪ってやるよ!』 どれも粗野で卑猥な品の欠片も感じられない3つの声。 壁へと追いやられたリエータを三体の量産機が囲む。 『‥‥この状況でその戦況分析。貴方達、よく今まで生きてこられましたね』 しかし、アナスは焦るどころか呆れすら感じさせる声で答えた。 『なんだと、このアマ!』 その挑発が引き金となった。 三機の量産機は逃げ場のないリエータ目掛け一斉に詰め寄る。 『何故私が絶えず移動していたか、その答えを教えてあげましょう』 アナスはゆっくりとかぶりを振ると、無造作に回転鋸を床へと突き立てた。 と、迫って来ていた三機の量産機の姿が視界から消えた。 『なっ!?』 『うおぉっ!?』 量産機の中から響く驚愕の声。 突然抜けた床に足を取られ肩から先を埋めた量産機は、抜けだそうと必死にもがく。 『さぁ、パイロット、その鉄塊の中で首を引っ込めておきなさい。さもなくば、共に飛ばします』 そこへ忍び寄る回転鋸を構えた機体。 アナスはまるで死刑執行人の様に巨大な剣を振り上げると最後通告した。 ● 『さぁ、もう貴方だけです。大人しく降参しなさい』 『その機体じゃ、俺達の相手は荷が重いだろう?』 灼熱の剣が、回転鋸が、喉元へと突き立てられる。 三号機は一号機の高速移動から繰り出される斬撃と、リエータの突撃によりすでに二門の砲台と車輪を失い、死に体と化していた。 『‥‥くそ』 ダルマとなった三号機のコックピットから、傭兵隊長が苦渋に満ちた呻きを上げる。 『返してもらうぜ。それは俺達の友達の物だ』 地上で待つ三人を想い、虎太郎が灼剣をコックピット付近に突き立てた。 『それは違いますよ? あの三人も盗人です。相応の罰を与えるべきです』 一方、回転鋸で三号機を縫いつけていたアナスが、それは違うと反論する。 『いやまぁ、そうなんだけどさ‥‥騙されていたんだから、ちょっとくらいはさ』 『そんな事をするから法が蔑にされるのです。この機体は元の持ち主に返すべきです』 『いや、うん。そうはするつもりさ‥‥だけど』 『だけどもへったくれもありません』 先程まで争っていた者を前にして、この余裕。 『敵わないな‥‥』 目の前で口論しだした二体のアーマーを、どこか羨望に似た眼差しで見上げた隊長は、 『降参だ‥‥』 自らハッチを開けた。 ●船室 「‥‥くそっ」 虎太郎が吐き捨てる。 「その程度の腕で我々に挑もうとは、いやはや、無知とは恐ろしい」 今だ硝煙を上げる短筒を片手に、黒服眼鏡が溜息をついた。 紅太郎達の潜入を切欠に、混乱に乗じて乗り込んだ船長室に奴らは居た。 黒服眼鏡が冷笑と共に出迎え、 「‥‥なんで量産機がこんな所に‥‥!」 量産機が入口に大筒の照準を合わせ、 「あれは‥‥ルギス!」 ガラス窓には首魁と目されていたルギスが、磔いたられていた。 「まさかあのような奇策に出るとは、私も予想外でしたが詰めが甘かったようですね」 黒服はガラス窓に銃口を向け嘲笑を浮かべた。 ガラス窓に小さな鉛玉を打ち込めば、この高空である気圧差によりルギスは宙へとはじき出されるだろう。 詰めるに詰められぬ絶妙の距離が二人の焦燥をさらに煽る。 「多少の不確定要素はありましたが、この辺りが潮時でしょう。――おっと、変な動きはしない事ですね」 「くっ‥‥くっそ!」 カラン――。 床に転がる狼煙銃。 目暗ましにと虎太郎が咄嗟に出した狼煙銃を、黒服は目にも止まらぬ早撃ちで弾き飛ばした。 「‥‥あの黒服さん、砲術士なの」 早撃ち。そして虎太郎の挙動を正確に見抜く目。 今の黒服からは熟練の砲術士が持つ鋭敏なオーラを感じさせる。 「さぁ、大人しくアーマーに潰されるか。このまま墜ちる船と運命を共にするか。好きな方を選んでください」 「‥‥」 選択を迫りながらもまったく隙を見せない黒服に、水月は無防備に両手を上げた。 「‥‥み、水月?」 突然の行動に、虎太郎すら驚きの声を上げる。 しかし、よく見ると水月の口元が微妙に動いていた。 「おや降参ですか? ですが生憎と人質は定員超過なので――ぐっ!」 無音の歌声。 水月は人には聞き取れない超高音を発し、呪歌『夜の子守唄』を紡いだのだ。 膝を落しそうになる黒服はなんとか体勢を持ち直すが、量産機の挙動が一気に鈍る。 「今だ!」 水月の作った隙に虎太郎は一気に量産機へと距離を詰めた。 「はぁぁぁ! ごめん、時間が無いんだ。一撃で決めるよっ!!」 甲高い鳴き声と共に、床を蹴った虎太郎に紅蓮の炎が舞い降りる。 降り注いだ炎と練気を練り合わせ、拳へと送りこむ。 「天呼鳳凰拳っ!!」 ぐらりと揺らいだアーマー目掛け、火の玉と化した拳が突き立てられた。 「くっ‥‥! さすが最後まで油断なりませんね! しかし終幕です! さっさと助けないとこの高さ、確実に死にますよ?」 量産機が虎太郎の一撃に沈むのを横目に、黒服はルギスが磔られるガラス窓に向け無造作に引き金を引いた。 甲高い音を上げ割れたガラスがルギスを引き連れ吸い込まれる様に船外へ飛び散る。 「‥‥っ! 闇御津羽さん!」 真っ逆さまに地上へと落ちていくルギスに、水月は友の名を呼んだ。 すぐさま船の外で待機していた闇御津羽が船尾へと頭を向けるが、如何せん待機していた場所が悪い。 「それでは私も失礼させていただきましょうか!」 黒服は部屋の脇に待機させたあったグライダーに手をかけた。その時。 「気になって来てみたが‥‥どうやら正解だったようだな」 『へへへっ! はにひ、あっひのおへはら、ほえてほひいっふ!』 そんな声は船の外から。 宙へと放り出されたルギスの身体は、でろーんと伸びた舌が絡み取っていた。 「な、なにっ!?」 「‥‥耀さん!」 「ぐずぐずするな! とっとと取り押さえろ!」 「おうっ!」 もう開拓者を縛る枷は無い。 虎太郎と水月は中から一気に距離を詰める。 「くそっ!」 最早、囮として使える物は無い。黒服はグライダーに飛び乗ると、一気に空へと飛び出した。 「は‥‥ははは! ここまでは追ってこれないだろう! 私の勝ちだ」 宙へと逃げおおせた黒服が起死回生の一策に、余裕を取り戻すが。 船内から見つめる三人の瞳は実に冷やかであった。 「な、なんだその眼は! 私の勝ちだと――」 「‥‥闇御津羽さん、目標変更なの! 逃がさないで!!」 きゅいんと一鳴きした闇御津羽は中空で急旋回。黒服が乗るグライダーへ体当たりをかました。 ●結 量産機の設計図と共に見つかったジェレゾ襲撃計画書により、黒服の背後には大規模なレジスタンスの存在がある事が明らかとなる。 この情報は至急ジルベリア帝国へと伝えられ、黒服達が画策した襲撃計画は事前に露見しレジスタンスは壊滅に追い込まれる事となった。 |