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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●安州 安州へと一旦帰還した開拓者達の元へ、別働隊として海路の制圧に動いていた『秋嶽』の状況が報告された。 報告の内容は――撃墜。 部隊長である栄はもちろんのこと開拓者達までが驚き開口する中、辛くも脱出に成功した数少ない生き残りの兵が事の顛末を聞かせる。 その言によれば、霧ヶ咲島への補給路を断とうと会場の防衛に当たっていた秋嶽は、補給船と思しき黒い船を発見し、これを追跡していたという。 そして、数時間の追跡の末、実果月港へ進路を取った黒船を拿捕すべく航路上に立ち塞がった、その時――。 「なんだと‥‥?」 ついで紡がれた生き残りの兵の言葉に栄は耳を疑った。 兵が口にしたのは、黒船の船首より吐き出され秋嶽を襲ったと言うた真黒い閃光の話。巫女が使う精霊砲と酷似した黒く太い閃光が黒船から放たれ、秋嶽の機関部を一瞬して破壊したと言うのだ。 「なんだそれは‥‥」 栄も軍部に身を置き、少なくない年月を過ごしている。しかし、そんな熟練の軍人であっても、未だかつてそのような物が存在していたことなど聞いたことが無かった。 「奴ら、一体何者だ‥‥?」 この時栄は気付いた。この事件、ただの野心家が起こした反乱で終わる様な単純な話ではないと。 「何か‥‥大きなものが動こうとしてるのか?」 ● 頬を刺す冷気に身ぶるいし自らの腕で両肩を抱く。 「こんな所に居たら、風邪引くよ?」 下から覗きこんでくる快活な少女の不思議そうな表情に笑顔で答え、再び彼方へ視線を向けた。 ここからでは海も見えはしないが、その先には幾度となく足を踏み入れては退いた地がある。 「あちらも寒いのでしょうか‥‥」 「うーん、どうかなぁ? この間は薄着で行ったけど耐えられない程じゃなかったよ?」 「さすがシノビの方は鍛え方が違いますね」 「え、そうかな‥‥? いやぁ、それほどでもぉ」 照れたように頭の後ろに手を回しくねくねと身体を捩る少女を微笑ましく思いながらも思い出すのはあの日。潜入し手を伸ばせばそこに確信が届く距離にまで近づいたにもかかわらず、あと一手が出なかった。 あのまま伸ばせばあるいは核心となっていたかもしれない。しかし、それがもし罠だったら‥‥? 「‥‥」 「あら、わたくしの顔に何かついていますか?」 「うんん、貴女もそんな顔するんだなって、ちょっと意外に思って」 また見上げてくる少女の言葉にはっとなった。一体自分はどんな顔をしていたのだろう。 「そんなに変な顔をしてましたか?」 「うーん、なんだかちょっと‥‥困った感じ?」 抽象的だが核心を得た答えに、ハッとなり苦笑い。 「申し訳ありません。あの蔵の事を考えていました」 「蔵って、あの蔵? うーんあの蔵かぁ‥‥」 少女はうーんと頭を捻る。あの蔵を前にした時、姿を消し気取られぬように潜入しようと考えた。だが、それは仲間の手によって止められる。理由は相手の職種。確かに自身と同じシノビの者が守備しているのであれば、見破られる危険はかなり高かっただろう。 「シノビが守ってるの‥‥なんとかできないかなぁ」 「そうですね‥‥まずはシノビ、そして、鍵ですね」 「鍵?」 「ええ、捕えられているのであればきっと地下室です。ただ、地下室へ続く鉄扉には鍵がかかっています」 「見張りのシノビが持ってるのかな?」 「‥‥だといいのですけどね」 見上げれば、いつの間にか鈍い鉛色の雲が空一面を覆っていた。まるで、二人の心の色を写した様に――。 ● 「やはりあの霧の壁は厄介だな‥‥」 「ええ、視界がほぼ零というのがどうにも‥‥」 「ねぇ、他に道はないの?」 「あの湿地帯抜けたいんやったら、桟橋しかあらへん。ま、沼に入ってジャブジャブ進むんやったら別やけど」 円卓を囲み心津の地図を睨みつける四人。 「この寒いのに濡れるのは御免ね」 「沼に足を取られてはまともに戦えもしないですしね‥‥」 「港は鉄壁、浜は難攻‥‥何ともしがたい地だな」 「ついでに謎の地下水道も忘れんといてや」 何度地図を眺めても、第一に沸いてくるのは霧ヶ咲島が難攻不落の要害である事実。 「半分奇襲やったとはいえ、越中家の面々も、よぉこんな島落したもんやで‥‥」 「心津に迎撃戦力があればまた違ったんでしょうけどね。まぁ、今さらこんな事を言っても仕方ないでしょ。今は頼重を取り戻す算段をつけましょ」 「やはり蔵が本命でしょうか?」 「まだ港だと言う可能性も完全になくなったわけではないが、話を聞く限り可能性は高いだろうな」 「まぁ、罠ゆぅ可能性も捨て切れへんけど‥‥次はどう動くかやな」 「前回、結構派手に動いたから相手も警戒を強めているでしょうね。それがうまい具合に目暗ましになってくれればいいのだけれど」 「逆に警戒を強め、殻に閉じこもる可能性もありますわね」 「相手がどう出ようと俺は俺のやるべきことをするだけだ。行く手を塞ぐものがあれば全てを倒してでもな」 「またそんな死に急ぐような事を言う。そんなに私を怒らせたいの?」 「貴方一人犠牲になっても、なにも好転いたしませんよ。死せば全てが無駄です」 「‥‥死にはしないさ。多分な」 「貴方には一度徹底的なお仕置きとお説教が必要な様ね。いいわ、ちゃんとメモっとく」 「内輪もめはどこか別の場所でお願いしますね? 夫婦喧嘩は犬も食わないと申しますし」 『夫婦じゃない(わよ)!』 きょとんととぼけるメイドの言葉に男と女は声を揃えて否定する。 「夫婦漫才はそれ位にして‥‥ええ加減、これ以上時間かけとったら相手も完全に防御を固めるやろ。そうなったら、今度こそ出を出せへん。勝負は‥‥あと一手や」 小さな少女が突き出した拳から人差し指を立てるのを見て、残りの三人は決意を固める様に一度深く頷いた。 ● 「‥‥ちょろちょろと鼠が這いまわっているのか」 「ええ、何度も懲らしめたんですけどね」 「一体何が目的だ? 忍び込んで私の首級でも上げようと言うのか?」 「さぁ、どうでしょう? 私が見たのは一人だけですけど‥‥まぁ、他にも鼠がいると思うのが妥当でしょうね」 「‥‥東の浜へ上陸した朱藩軍は全軍引いたのだな?」 「ええ。結構あっさりしてたみたいですよ。それが何か?」 「‥‥陽動か」 「陽動‥‥ふむ、という事は鼠こそが本体で、朱藩軍が囮。なんともまぁ、我々がとった作戦の意趣返しという訳ですか」 「たかだか志体持ち数人でなんとかなるとは相手も思っていないだろうが‥‥気になるな」 「でしたら、今孔明殿に意見を伺ってみては?」 「‥‥奴は相変わらずよ」 「ふむ、まだだんまりですか。どうです? いっそその姫様とやらも攫って来ては」 「それは考えたがな。‥‥袖端家は理穴でも名門だ。流石に敵に回すにはまだ早い」 「家臣を攫った時点で十分敵に回してるとおも――いえいえ、何でもありませんよ?」 「‥‥とにかくだ、港と浜の警備の強化を急がせろ。黒船の配備も忘れるなよ」 「はい、了解しましたよ」 |
■参加者一覧
出水 真由良(ia0990)
24歳・女・陰
叢雲・なりな(ia7729)
13歳・女・シ
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
更紗・シルヴィス(ib0051)
23歳・女・吟
夜刀神・しずめ(ib5200)
11歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●浜 高く舞い上げられた白砂が月光を受けキラキラと舞落ちた。 「第二射――てぇぇーー!!」 そんな幻想的な光景には似つかわしくない野太い声が夜空に響く。数秒、轟音と共に濃霧の壁に新たな大穴が穿たれた。 開拓者達の指示により、朱藩国軍は再び浜への陽動攻撃を仕掛けた。先の教訓から、濃い霧の壁にも対応できるよう広範囲の炸裂弾を使用し、点ではなく面でのせん滅を目的とする。 「ちっ‥‥撃ち甲斐の無い場所だぜ‥‥」 しかし、いくら打ち込もうと反応が無ければただ派手な花火を上げているだけ。 「ったく、ここが観光地だぁ? 何処をどう見ても‥‥要塞じゃねぇか」 心津の民が浜を含む陵千へと続く道を観光資源に利用していると聞いていたが、長年、空軍に籍を置く栄とて、これほどに攻めにくい場所を経験するのは初めての経験だった。 「と、愚痴言ってても仕方ねぇか。頼んだぜ開拓者達よ」 霧の中で今まさに戦わんとしている6人に向け栄は小さく呟き、次弾発射を告げる指揮棒を振り下ろした。 ●陵千 空は凪いでいた。風に飛ばされる事の無い霧は地面近くに重く溜まり陵千は深い白に覆われている。 月光が霧の中をぼんやりと照らしだす中――。 「‥‥」 突き立てた人差し指をクイクイと二度三度折り、夜刀神・しずめ(ib5200)が後ろに続く仲間へ合図を送る。 地面には枯れた竹の葉が積り、歩くたびにごく微細な破砕音を発する。そんな中を今まで気付かれる事無く潜入できたのも、しずめやなりな(ia7729)が細心の注意を払い『道』を作って来たからに他ならない。 二人のシノビが刻んだ道を、残る4人は息を殺しゆっくりと進んでいく。しばらく進むと不意に竹の緑と霧の白の世界から緑の色が抜け落ちた。竹藪を脱し道に出たのだ。 「――」 誰が合図するでもなく出水 真由良(ia0990)は符を取り出し、心の中の呟きで命を吹き込む。符は転じ実を結び、小さな羽虫となり霧の中へと消えた。 一秒が数分にも感じられる静寂は、自身の心音さえ辺りに響いているのではないかと錯覚させる。そんな無限にも感じられる緊張と静寂の中、皆が注視する真由良は式と意識を切り離し瞳を開いた。 そして、真由良は一度頷いてから北を指差した。 「‥‥」 更紗・シルヴィス(ib0051)は指された方角に意識を集中させる。そちらに目指すべき蔵、そして頼重がいると判断したのだ。 しばらく無言で耳を澄ましていた更紗が皆の方へ振り向くと同時に、指を3本立てて見せた。それは蔵の前に見張りが3人居るという事。 「‥‥」 カサの村から島へと入り、地元の者しか知り得ぬ獣道を進み、監視者であるアヤカシの索敵範囲を避ける様に大回りで陵千を奥へ奥へ。 ついに辿りついた領主屋敷に忍び込み、再びここまでたどり着いた。なりなはほっと一息つくと共にキリッと表情を改める。 そして、皆への確認の意を込めて一人一人を見回し、最後に一人と視線を合わせた。 「‥‥」 なりなの視線にこくりと頷いたユリア・ヴァル(ia9996)。隠密の手を持たぬユリアは白い布に身を包み霧の中でも目立たぬよう偽装している。そんな隠密用の布を脱ぎ捨て黒く染められた長髪をふわりと宙に漂わせると、キッと視線をある一点に向ける。そして。 「凍れる精霊よ。その吐息今こそ目覚めさせ、解き放て力の嵐! ブリザードストーム!!」 力ある言葉と共に吐き出された力の渦は、蔵とは反対方向領主屋敷へ向け辺りの霧を凍りつかせながら一直線に氷の道を刻んでいく。 刹那、耳障りな程甲高い笛の音が吹き鳴らされ、この場に侵入者がある事を知らせた。 「‥‥よく訓練されているな。タイミングがいちいち鬱陶しい」 まるでタイミング合わせたかのように鳴らされた警笛に、竜哉(ia8037)は小さな嫌味と共に感心を現し地面を蹴った。向うは、もちろん蔵。 「行くで! こっからは時間との勝負や! もう後戻りできん、強引やろうがなんやろうが必ず救出するで!」 「うんっ! これが正真正銘一発勝負のラストチャンス! 必ずものにするよ!」 竜哉を追い抜く勢いで二人のシノビが蔵へと大地を蹴る。いくら訓練されているとはいえ、所詮は人。集中力を散らされた今、深夜、しかも濃い霧の中から強襲すれば一溜まりもあるまい。二人は刃を握ると霧の中へ身を躍らせる。 「――先発隊の為にも警戒は厳に。霧深いです『眼』はお任せしますね」 「はい、更紗様の『耳』も頼りにしていますよ」 人では見ることのできない高度から見下ろせる式を通した真由良の『眼』。人の何倍もん感度を誇る超越的な更紗の『耳』。二つの感覚が蔵を中心とした一帯にある種の『結界』を張り巡らせる。 二人は後衛として援軍を警戒しながら後ろ向きで蔵への道を進んだ。 「ふぅ、一人ぼっちはあんまり好きじゃないんだけれど」 最後に残ったユリアは去っていく5人の足音を背に聞きながら、霧の中にぽっかりと空いた氷の道を、そして正面に建つ屋敷からわらわらと姿を現すシノビ衆を睨みつける。 「さぁ、せいぜい派手に騒いでちょうだい。貴方達の親分の命を狙いに来た暗殺者のお出ましよ!」 ユリアは大地を蹴った。先の5人とは全くの正反対、屋敷へと向けて――。 ●領主屋敷 「鼠が」 「あら、こんな美人を捕まえて鼠だなんて失礼よ?」 じりじりと砂利の上に足を滑らせる。 「口の減らぬ奴が‥‥!」 明らかに怒気を孕んだ暴言がユリアに投げかけられる。 ユリアは陽動を一人で買って出、領主屋敷の縁側まで迫った。しかし、そこに待ち受けていたのは――。 「我が命を狙うなどという愚行に及んだことを、思い知らせてやろう!」 血走った目をあらん限り開き狂気に瞳孔を揺らす、首魁『越中 実時』であった。 「残念だけれど、そんな思い出はごめんだわ」 と、なんとか口にし笑みを浮かべながらも、ユリアは高速で思考を回転させる。 囮を買って出た時には敵の主力すら叩く勢いで乗り込んだ。しかし、それは早計であったのかもしれない。 目の前の男は事前に聞いていた狡猾な蛇を思わせる容貌とはまるで違う。そう、これではまるで‥‥。 「はっはっはっ! 最早籠の鳥の貴様に選択権などあると思うなよ!」 実時の狂気が増した。まるで闇のオーラを纏ったように殺気が身体から黒い霧となって立ち上る。 「悪いけれど‥‥今貴方とやり合うつもりはないわっ‥‥アクセラレート!」 それがユリアの出した答えだった。この男は『やばい』。頭の中で直感がそう告げている。力量や人格がとかそういう次元ではない。そう、目の前の狂気の塊はまるで‥‥アヤカシだった。 ●蔵 「さぁて、どうしようか?」 蔵の内外に居たシノビを全て討伐したが、鍵らしきものを所有している者はいなかった。 なりなは重厚に封印が施された地下へと続く鉄扉の前に立ち、うーんと首を傾げる。 「無ければ壊せばいい」 きっぱりと言い放った竜哉がつかつかと扉の前へと歩み出た。 「壊すって‥‥鍵穴塞がれてるから、破錠はできないよ?」 「鍵を壊すなんて誰が言った。‥‥頼む」 「はい」 竜哉がすっと身体を傾け、真由良へ扉への道を譲る。 「あ、なるほどね」 真由良の手にかかれば鍵すらも必要がない。目の前にあるのは鉄の扉がいくら堅牢な扉であろうとその術の前には紙も等しい。真由良は鉄扉の前に符を握った両手を差し出し。 「青清塊解。在りし姿を解き――朽ちよ。錆壊」 静かに呟くと、握る両手から一滴の雫がぽたりと鉄扉の上へと落ちた。 瞬間、波紋の如く鉄扉の上を広がる青錆がゆっくりと、だが確実に重厚な鉄扉を蝕んでいく。 「‥‥なんか居るな」 錆の浸食は進み、ついに鉄扉は人一人通れるほどの大口を開けた。 しずめは真っ暗な地下室へ視線を落し、中の様子を伺った。 『うおぉぉぉ!』 途端、地下室から響いた奇声に一行は咄嗟に身構える。 『人生二度目の脱出! ひゃっはー!!』 地下室より飛びだした塊は空中で華麗に前方伸身宙返りを決め、すたっと床に降り立った。 『やっぱシャバの空気はう――ぐあぁ!!??』 折角見事な宙返りを魅せ、かっこよく決めようとした塊――白い毛玉――の台詞を遮ったのはしずめの拳骨だった。 「まぁ、わたがし様、ご無沙汰しております」 『お、ねぇちゃんか。相変わらず‥‥うむ、とりあえず俺様を抱きしめ――ぎゃぁっ!?』 現れた謎の毛玉ににこやかに微笑み深々と礼をする真由良を見つけ、短い手を器用にワキワキさせながら近づいた毛玉――わたがしと呼ばれたもふら――に、再びしずめの拳骨が落ちる。 「なんでお前がここにおんねん‥‥!」 『ふっ‥‥聞きたいか。ならば聞かせてやろう! 俺様がこの数カ月経験した、それはそれは壮絶な戦いの日々を‥‥!』 わたがしは明後日の方向をぼんやりと見つめ――目には涙なんて浮かべ――ポツリポツリと悲劇を語っていくが、もちろん誰も聞いていない。 「申し訳ありません。私達にもわかる様に説明して頂けますか?」 「あ、そうですね。ご説明しますね――」 完全に蚊帳の外に追いやられた更紗と竜哉、なりなの三人に、真由良の説明が終わるまでしばしの時間を要した。 「‥‥で、領主代行さんのペットがなんでこんな所に居るの?」 『ペット違うし! 俺様が飼い主だ――ぎょふぉ!?』 三度目の拳骨に問答無用の沈黙を強いられたわたがしを置いてしずめが答える。 「まぁ、前の戦の時逃げ遅れたんやろな。一応こんなでも神様やし、生け捕りにされとった‥‥ゆぅとこか」 「そう言うことだろうな」 と、同意したのは声は地下から。それは竜哉に肩を借り階段を上がって来た頼重だった。 「おかげで退屈せずに済んだよ」 「頼重様、随分とお待たせして申し訳ありません。お身体は大丈夫ですか?」 「ああ、ずっと座っていたので足元が頼りないが‥‥他はこの通り」 更紗の問いにやや細った身体に力瘤を作り笑いを誘う辺り、見知った頼重であるようだが‥‥。 「‥‥悪いが一つ問わせてもらう」 ふと肩を貸す竜哉の顔に真剣みが帯びた。 「わたくしにもお伺いしたい事があります」 と、空いた肩に身を寄せた真由良も問いかける。 「なんだ? 私のわかる範囲なら何でも答えよう」 「ならば――」 「でしたら――」 二人が頼重に向けた問いは、頼重が本人かどうか確認する為のある種の合言葉であった。過去、頼重や振々と時間を共有した事のある開拓者しか知り得ぬ事を、二人は別の問いで問うたのだ。 「なるほど、用心深いな」 質問を投げかける二人に、頼重は軽く口元を歪ませた。 「シノビを相手にする場合、実に的確で有効な手だ。ならば、問いに答えようか。君達の落胆は見たくないのでね」 ●蔵前 制圧した蔵の入口から顔だけを覗かせ、なりなはきょろきょろと辺りを伺う。 「‥‥うん、周りに反応は‥‥って、え?」 大丈夫だと一つ頷きかけていた、なりなは再びガバッと顔を上げた。 「こ、この足音って‥‥ユリア?」 「加速中のようではありますが‥‥待ってください。他にも音が――」 聞き慣れた足音に、なりなと更紗は困惑しながらも霧の中に向け耳をすませる。 徐々に近づいてくる足音は確かにユリアのもの。そして、追従するように別の足音が――。 「出水、夜刀神、軍師殿を任せるぞ」 「かしこまりました」 「了解や」 二人の同意を確認し竜哉は霧向うへ足を向けた。 「更紗、相手はシノビ‥‥任せる」 「お任せを。吟遊詩人は音のプロフェッショナルです」 頼もしい更紗の返事にこくりと頷いた竜哉は、次第に近づく足音へ向け駆けた。 ●領主屋敷 耳を劈く爆音が霧を揺らし響き渡った。 「くぅ‥‥耳のええもんにはきつい音やで」 「う、うん‥‥頭くらくらするよぉ‥‥」 遠くで響いた音爆の影響を少なからず受ける二人のシノビは何度かかぶりを振り意識を覚醒させる。 「しばらくの足止めはできる筈です。この隙に脱出を」 皆に声をかけながらも更紗は脚を止めず、一直線に裏門へと駆けた。 「頼重様、お体は大丈夫ですか?」 「おかげさまで楽させてもらってるからな」 真由良の肩を借りる頼重が苦笑交じりに礼を言う。 『見えたぞ! 出口だ!』 新たに加わった精霊の化身が声を上げる。無駄に広い領主屋敷の終点がようやく霧の中に浮かんでいた。 ●領主屋敷 「ぐぅ‥‥! 何処へ行った! 私の命を狙おうなどという愚か者は!!」 鳴り響いた爆音に意識を奪われていたのは数秒。実時はその数秒の間に見失った獲物を探し首を振る。 「‥‥もう一度発動できるな」 「‥‥当たり前よ。この程度の傷何ともないわ」 風が竹の葉を揺らすタイミングと同期させ、小さく呟き合った二人。 「瞬風の精霊よ‥‥巻き返す息吹を我等に! アクセラレート!」 ユリアが発した明確な言葉が力となり、二人の脚を包む。 「突き放すぞ」 「‥‥ええ!」 傷付いたユリアの手を取り、加速の加護を受けた竜哉は一直線に竹藪を抜ける。 「――そこかぁ!!」 遠くで狂気の主が吠えるのを聞きながら――。 ●陵千 「な、なんで今になって気付くんだよぉ!」 なりなが苦無を投げつける。 領主屋敷を脱した一行は陵千の裏道を一路カサの村へ向け進んでいた。しかし――。 陵千の大通りを闊歩していた筈の『首なし』が、わらわらと道なき裏道へ殺到していたのだ。 「‥‥まさか罠だというのですか?」 リュートをぎゅっと握りしめ数を増して行く甲冑達をじっと睨みつけた。 「ユリア、大丈夫か」 「このくらい平気だって言ってるでしょ」 「‥‥」 ユリアの声にもどこかいつもの調子が感じられない。傷付いたユリアを下がらせ竜哉は槍を振りかざし前衛に出る。 「このままやったら全滅やで‥‥なぁ、おっちゃん、無理ゆぅて悪いんやけど‥‥なんやえぇ策あらへんか?」 じりじりと距離を詰めてくる無数の首なしを前にしずめが呟いた。 いくら手練の開拓者とはいえ状況が不利すぎる。このままでは敵に挟まれ全滅する。 「‥‥状況を」 「はい」 立ち止った頼重に真由良が出来うる限り細かく、そして出来うる限り簡潔に現状を説明していく。 「なるほど‥‥戦力は」 「我々6人‥‥と、わたがし様ですね」 「詳しく聞かせてくれ」 こうして話している間にも、状況は刻一刻と悪化の一途をたどっている。 進むに進めず、退くに退けぬ状況はじりじりと一行の神経を蝕んでいる。 「こうなったら、一か八か突っ込んで!」 神経をすり減らす緊張感に耐えきれなくなったのかなりなが声を上げるが。 「‥‥そんな事をしなくても、案外簡単に抜けられるぞ?」 「へ‥‥?」 まるで緊張感の無い頼重の言葉になりなは素っ頓狂な声を上げた。 「この状況を打開できるような、良い策でもあるのですか‥‥?」 「なに、策というのもおこがましい、実に簡単なことだ。ようは――」 不安と期待の入り混じる顔達に向け、頼重はどこか悪戯っ子の様な不敵な笑みを浮かべた。 |