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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●安州 年の瀬もせまり冬の色を深める朱藩の首都『安州』。道を行く住民の皆がどこか足早だ。 「もうすっかり冬になったねぇ」 貸し与えられた屋敷の二階から眼下に広がる安州の街風景を眺め、『高嶺 戒恩』がふぅと白い息をふきだした。 「黄昏ておらんと、主も手伝わぬか!」 静寂と静謐が支配していた自室に轟く鈴を鳴らしたような若い声。 戒恩は微笑みを浮かべ外の景色から中へと視線を移した。 「報告は纏めた筈だよ? 後は、我等が軍師殿にお任せせねば」 「‥‥お主、奪われたとはいえ自分の領地であろう。なぜそのように無関心でおられる‥‥?」 「これは心外だね。表から見えない心の奥じゃ、毎日毎日慟哭の叫びを上げているのに」 「‥‥」 柔和な微笑みを絶やさずに言うものだから、まったくもって説得力はない。 「残念だけど、私には心津を奪還できる程の力が無いからね。まぁ、代わりにきる見栄は沢山持ってるけど」 「‥‥まったく呆れた狸親父じゃの」 「お褒めいただき光栄ですよ。理穴の若き姫君様」 腕を組み胡散臭そうに見下ろす振々に、戒恩はジルベリアの執事を思わせる丁寧な礼をもって答えた。 「で、振姫様。今回、朱藩軍にはどう動いてもらう予定だい?」 「作戦は変わらぬ。再び霧ヶ咲島近海へと赴き、陽動を頼むのじゃ」 「ん、わかった。栄にはそう伝えておくよ」 「出来るのであれば、二三砲撃も加えてくれると助かるがの」 「砲撃か‥‥届くかな?」 「夜になれば霧が薄まると聞いたのじゃ。ならば、霧が薄まった夜に近づき、砲撃を加えれば相手もおちおち眠れまい」 「おお、なるほどね、敵に休む暇を与えない作戦ってわけか」 そんな事もわからんのか。と見下してくる振々に戒恩は大袈裟に喝采を送る。 「で、その隙に開拓者の皆に協力してもらって潜入だね」 「うむ、そのまま奪還したいのは山々じゃが‥‥焦りは禁物じゃ。まずは頼重の居場所を探る!」 以前であれば逸る気持ちをそのままに突っ走っていたであろう振々だが、この一連の騒動を経て一回りも二回りも成長していた。 「それじゃ、私はせいぜい敵の目を引かないとね。振姫様の潜入がうまくいくように」 「任せるのじゃ!」 「はは、本当に頼もしいね。今孔明殿もよい後継者をもったものだ」 ぐぐっと拳を握り、今孔明奪還に燃える振々を戒恩は微笑ましく見つめる。 「む? 何か言ったかえ?」 「いやいや、なにも。それよりそろそろ開拓者の皆と打ち合わせの時間じゃ?」 「む、もう、そんな時間かえ? ふむ、では、振はこれで失礼するのじゃ」 「ああ、わざわざ足労ありがとね。作戦、お互い頑張ろう」 「うむ!」 そう言うと、振々は戒恩の部屋を後にした。 「ふぅ、若者の覇気はやっぱり素晴らしいね」 襖の閉まる音を確認し、戒恩は懐から一枚の報告書を取り出した。 そこには先日行われた決闘の始終が記されている。 「越中の片割れは死んだか‥‥」 執拗に心津に迫り遼華を追っていた田丸麿は、因縁を持つ開拓者の皆の力により討たれ死んだ。 心津を一人で陥落させたといっていい程の力を持っていた田丸麿がだ。 「‥‥遼華君、一体どこにいる」 心津の仇敵は討たれた。しかし、まだ戻ってきていない者がある。 戒恩は今なおどこかで助けを待っているであろう、『娘』の顔を思い浮かべる。 「ごふっ‥‥!」 腹の底から湧きあがる嘔吐欲求に、戒恩は手で口をきつく押さえつける。 「もう時間が、ないね‥‥」 その手には、床にまで滴る程の夥しいまでの鮮血が付着していた。 ●陵千 「‥‥なに?」 目の前に傅く黒装束のもたらした報告に、領主屋敷の上座に座す『越中 実時』は眉を顰めた。 「これは本当なのだろうな」 「‥‥」 実時の手にある一冊の報告書には、心津の復旧状況、地理調査状況、戦力状況――様々な調査報告が記されていた。 これ自体実時が命じて調査させていたものであるから、なんら問題はない。問題は最後の一項、『死者報告』と銘打たれた一文であった。 「まさかとは思うが‥‥ドク」 「はい、お呼びで?」 名を呼ばれ、長身痩躯の白衣の男が襖を引き現れる。 「港の復旧はどの程度進んでいる」 「随分と派手に爆破してくれていたので難航していますけど、現在の復旧率は6割といった所です。後一月もあれば開通できるでしょう」 「6割か‥‥」 「まだ討って出るには早い時期かなとも思いますけど?」 「そうではない。‥‥今朝方、港で部下が一人崩落事故で死んだ」 「崩落事故? そのような報告は聞いていませんが」 「階段部分ではない。港の中、家屋の崩壊に巻き込まれた様だ」 「はは、まさか。貴方の部下はシノビでしょう。崩壊如きに巻き込まれる素人などおりますまい」 「では、お前ならばこれをどう説明する」 「‥‥他殺、以外には考えられないでしょうね。死亡したシノビに何らかの怨恨があったとかないんですか?」 「無い。我が部下は感情の一切は排除させている」 「そうでしたね。まったく持って素晴らしい部下達です」 「‥‥それが死んだ。 「ならば、外部の犯行でしょうな。厳戒態勢を引いているこの島に入れる程の手練です。訓練されたとはいえ志体無しのシノビなど物の数ではないでしょう」 「やはりそう思うか」 「相手方も奪還に向けて動き出したということでしょう」 「‥‥ドク。島の警戒を厳にしろ。それから、あの女に戦力の増強を急ぐように伝えるんだ」 「はい、了解です」 まるで祭りが始まる前の様に心躍る笑顔を見せたドクは、再び襖の奥へと消える。 「‥‥来るなら来るがいい。この島の本当の力を教えてやる」 再び孤独となった広い部屋で、実時は薄ら笑みを浮かべた。 |
■参加者一覧
出水 真由良(ia0990)
24歳・女・陰
叢雲・なりな(ia7729)
13歳・女・シ
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
更紗・シルヴィス(ib0051)
23歳・女・吟
夜刀神・しずめ(ib5200)
11歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●安州 東屋の戸を叩き玄関の戸をくぐると暖かい火と柔和な老婆の笑顔が迎えた。 「ご無沙汰しております」 ぺこりと首を垂れる更紗・シルヴィス(ib0051)に、老婆はよく来たねと笑顔で手招きする。 「お婆様、もう一度カサの村の事を教えていただけませんか?」 「お願い。もうあまり時間が無いの」 尋常ならざる雰囲気に少し驚いた顔を見せた老婆は、何かを察したのかすぐに口を開き始めた。 「他に道があれば教えて。脇道でも獣道でも何でもいいわ」 老婆が話した陵千への道は、カサが滅んだあともまだあるという。 しかし、ユリア・ヴァル(ia9996)はその道とは別の道の存在を知りたかった。 「別の村を中継する道でも構いません。出来るだけ複数の道を知りたいのです」 こちらは更紗。二人の思う所は同じだった。上陸場所と決めたカサの村から陵千へ至る道の可能性を一つに絞らず、複数用意することで到達する確率を少しでも上げる。 「そうねぇ」 二人の思惑を悟ったのか、老婆はしばし考えたのち再び口を開いた。 ●南洋 暗い夜空を満天の星達が補う様に照らし出す。 「せいぜい見つからんように気をつけるんやな」 朱藩国軍が海へと下ろした二艘の船。 一方には竜哉(ia8037)が乗り込み、もう一方にはなりな(ia7729)と夜刀神・しずめ(ib5200)が乗り込む。 「‥‥こちらの台詞だ。遊びに来ている訳ではないぞ」 と、竜哉はなりなをちらりと見やり嘆息する。 「な、なんだよー! 水に潜るんだから普通でしょ!」 溜息をつかれたなりなは、ぷぅと頬を膨らせへの字口。 「あぁ‥‥まぁ、趣味は人それぞれやで?」 竜哉と同感、しずめは肩を落とす。 「しずめまでっ!?」 がーんとショックを受けるなりなの姿。それは南洋であるとはいえ真冬の海に向うというのに、ある意味とても気合の入った水着姿だったのだ。 「‥‥港に捕えられている可能性は低い。それでも港へ行くのか?」 しょぼんと肩を落とすなりなを他所に竜哉が呟いた。 「竜哉の兄はんこそ、そこまで考えとって、なんで港へ行くんや?」 「可能性は零じゃない。ならば確実に一か所ずつ潰す」 「‥‥なるほどな。まぁ、うち等も場所こそ違え考えは同じやし」 「そうだよ! 海底洞窟の先に秘密の部屋があってそこに掴まってる‥‥なーんて可能性もあるんだしね!」 気を取り直したなりながぐぐっと拳を握る。 「‥‥好きにすればいいが、邪魔はするなよ」 そうして、二艘の小舟は激しさを増す南洋の荒波へ櫂を漕ぎだした。 ●カサの村 カサの村は、変わることなく生を感じさせない死の村のままだった。 「竜哉様、申し訳ありません」 港のある方角を見つめ、出水 真由良(ia0990)ぺこりと首を垂れる。 「こんな事になるなら港に罠でも仕掛けてくるんじゃったの」 「先の戦いは壮絶を極めたと聞きます。流石にその余裕はなかったでしょう」 真由良に手を引かれ砂浜へと上陸した振々が、口惜しそうに呟いた。 「振姫様、お待ちを。少し辺りを探ります。しばらくここを動きませんように」 「うむ!」 返事だけは年相応の少女のもの。振々の元気のいい返事に真由良は微笑みで返し、懐から取り出した符を人魂へとかえた。 「出水様、人の気配はありますか?」 「‥‥人魂の範囲で確認できる限りではありませんね」 「アヤカシもとりあえず居ないわ。変な術もなさそうよ」 真由良が同期していた人魂から意識を戻し、ユリアが印を解く。 「やはり、ここはまだ見つかっていない様ですね」 「今はね。でも、いつ見つかるかわからないわ。出来る限り痕跡を残さない様にしましょう。振ちゃんも注意するのよ?」 廃村であるからこそ新しい痕跡を残せば目立つ。敵のシノビの一人でもこの地に来ようものなら、一目で潜入がばれるだろう。ユリア達は細心の注意を払い村を進む。 「で、どの道を行くのじゃ?」 「はい、一番山側の道を行きます。猟師だけが使う細道だそうです」 もう出口は目の前という所で投げかけられた振々の問いに、更紗が答える。 「行きましょう。本番はこの先よ」 ●実果月港 月光すら朧に霞む濃い霧の中、ちゃぷんちゃぷんと小さな水音だけが大空洞に木霊した。黒装束を身に纏い、敵に使役される影に成り済ました竜哉が洞窟の入り口をくぐる。 海を覆っていた霧は港までは届かず、次第に視界が晴れてくる。竜哉は回復する視界に最大限の注意を払い櫂を漕いだ。 「っ!」 突然、辺りの視界が朱に灯される。光が目を焼くのを防ぐため顔を手で覆ったが。 「まさか、まったく同じ手段で現れるとは‥‥いやはや、余程腕に自信があるのかそれともただの阿呆なのか」 いくつもの篝火が照らし出す港にに立っていたのは、竜哉と酷似した黒装束を身に纏ったシノビ集団と、その中央で不快な笑みを浮かべる長身痩躯の白衣であった。 「一体何が目的なのか、洗い浚い吐いてもらいましょうか」 卑しく口元を歪めた白衣の男が右手を掲げると同時、周りに詰めていたシノビから一斉に鉤爪付きの縄が竜哉の小舟に向って投げられた。 「‥‥やるしかないか」 カツンカツンと次々にかけられる縄手に、竜哉は動揺することなく薄く微笑む。 「所詮、頭を叩けば烏合だろう!」 瞬間、不安定な小舟を蹴り一気に地上へと躍り出た。 「うわうわ‥‥見つかっちゃったよ!?」 「相手もアホやなかったゆぅことや、な」 実果月港の入口脇。岩礁の上に身を顰め中を伺っていたなりなとしずめ。 「ど、どうする‥‥?」 「当然、助けに入る――」 「そ、そうだよね! えっと、ここは水中からじんわり攻め込んで‥‥」 「といいたい所やけど、今回は無視させてもらうで」 「えっ!?」 「しー! 声が大きいわ!」 「うぐうぐっ!? ――ぷはぁ! む、無視するってどういう事だよ!?」 「そのまんまの意味や。竜哉の兄はんには悪いけど、この状況は隠密潜入としては最上や。利用させてもらわん手はあらへん」 「そ、そんな――うぐうぐっ!?」 「行くで」 わたわたと暴れるなりなの口を塞ぎつつ羽交い絞めにしたしずめが、ちゃぷんと小さな水音を立て水中に没した。 ●陵千へ至る道 「ユリア様、何をされているのですか?」 カサから陵千へ至る道を進みながらも、きょろきょろと辺りを伺うユリアに真由良が問いかけた。 「ちょっと現場の確認をね」 答えるユリアは真由良に視線を合わすことなく、空を見上げたり地に手をついたり。 「‥‥陸の方はそれほど霧が濃くないのね。これなら馬を走らせることができるかしら‥‥?」 ぼんやりと道の行きながらも、その地形情報をしっかりと頭に刻んでいく。 「歩くのであれば可能かもしれませんが、走らせるのは難しいのではないでしょうか。お婆様のお話ではこの島に馬は一頭も居ないそうです。霧で走ることができないからと」 「訓練された霊騎であれば可能かもしれませんが‥‥」 「そう‥‥となると、脱出は何か別の手立てを考えないといけないわね‥‥」 「ですね‥‥」 頼重を見つけるだけであればそれほど難しい事ではないだろう。頼重を連れ出す事も開拓者である彼らならば不可能ではない。 だが、その後が問題だ。敵中深く潜入し、要人を抱え逃げる。戦で殿を務める部隊が死を覚悟するのと同様、撤退戦とは戦で最も困難な戦いだ。 「振ちゃん、何かいいアイデアはない?」 「ふむ‥‥そうじゃの。脱出の時は下り坂じゃ。荷車でもあれば一気に下れるのではないかえ?」 「ふむふむ、それはいいアイデアだけど‥‥最後どうやって止まるの?」 「海に飛び込めばいいじゃろ。なに、死にはせんのじゃ!」 「近海は暗礁地帯ですよ、振姫様‥‥」 「む? むむむ‥‥」 「とりあえず、救出してからの事はもう少し考えましょう。それより真由良、街の案内お願いね」 「はい、お任せください」 この中で唯一、陵千の街に出入りした経験のあるのは真由良だけだ。 例え様子は変わっていようとも、一度踏み入った事のあるというのは有利に働く。 「で、実際問題。どこに捕えられていると思うの?」 「わたくしの見た陵千の街は、こういうのも何なのですが非常に田舎です」 「らしいわね。戒恩も笑ってたわ」 「そんな田舎で人一人監禁できる場所と言えば、やはり領主屋敷だと思います」 「そうですね。いくら田舎といっても街は広いそうですし、見張りを置けばその分手薄な個所ができる。であれば、首魁と同じ場所に置き警備の手間を無くすのが常道でしょう」 「目指すは領主屋敷ってことね」 「しかし、領主屋敷に絞るとして、その中のどこに捕らわれているかですが‥‥」 「人を閉じ込めておくくらいだから、牢屋とかじゃの?」 「牢屋はなかったように記憶しています」 「‥‥牢屋が無いとなれば、代わりになる様な頑健な建物‥‥例えば蔵、とかでしょうか?」 「蔵‥‥ああ、あの真っ白い建物ね。真由良、そんなのあった?」 「蔵ですか‥‥そう言えば屋敷の裏にありましたね。以前に大掃除させていただきました」 真由良は一年前の記憶を辿りる。 「蔵は非常に堅牢です。牢屋としそこに閉じ込める可能性は高いのではないでしょうか」 「そうね。一先ずの目標は領主屋敷と蔵に絞りましょう」 5m先も見えぬ霧の中、ユリアの呟きに一行は無言で首肯した。 ●海中 幸い港で煌々と明かりがともっているので、夜中であっても海中を見通せるほどに明るい。港の外の岩礁に命綱を結び付けたなりなとしずめは、陸上での戦闘に紛れ実果月港の海中部分を潜水で進んでいた。 しばらく進むと眼前にぽっかりと口を開ける海底洞窟の入口が二人の目に飛び込んでくる。まるで地底深くへと誘うかの如く暗い闇を内包する洞窟の入口。二人は互いに顔を合わせ今一度意思を確認すると、同時に頷いた。 瞳に闇色の光が灯る。二人のシノビは意を決し深く暗い闇の底へと水を掻いた。 暗視により仄かに洞窟の壁面は今まで全く人の手が入っていない天然の洞窟である事を告げていた。二人は多少息苦しさを感じながらも水を掻く手を休めず、奥へ奥へと闇をかき分ける。 進むこと数分、首を傾け当たりを伺う二人の眼には、変わり映えの無い景色だけが永遠と映し出される。どれ程の距離を進んだのかもよくわからない。何せ景色が変わらないのだ。それでも二人は奥に何か――潜入の糸口になる何かがある事を信じ、水を掻き続けた。 だが、それもついに限界を迎える。音の無い水中で自分の鼓動だけが一際早く脈動し、空気を寄こせと要求してくる。 二人はついに掻く手を止め互いを見やった。そして、しずめが一度左右に首を振る。 しずめに合わせる様に掻く手を止めたなりなが悔しそうに洞窟の奥を一瞥した。 洞窟はなおも奥へと暗き闇を湛えていた――。 ●陸上 「はぁ‥‥はぁ‥‥」 無意識に跳ね上がる鼓動を独特の呼吸法で落ちつけようと試みるが、なかなかうまくいかない。 「この人数を相手によくやりますね」 深く一息つき無理やり呼吸を整えると、相変わらず薄ら笑みを浮かべる白衣を睨みつけた。シノビの数はざっと見積もっても30は下らなかった。しかし、竜哉はすでに三分の一を倒して見せている。 だが――。 「ですが、そろそろ限界の様ですね」 白衣の薄ら笑みが哄笑へと変わる。 ただの一般人であれば、一呼吸のうちに5人は倒せるだろう。だが、相手はシノビの技を駆使する精鋭達。それを相手に今だ立っているのは竜哉の実力というよりほかないだろう。しかし、竜哉の身体には無数の傷を刻まれていた。 「はぁぁぁ!」 龍の爪にも似た肉厚の刃を胸元に構え、竜哉が白衣を目指し迫る。 だが、距離を半分も詰めた所でシノビ達の一斉投擲の前に、後退を余儀なくされる。 「もう諦めさない」 哄笑が嘆息に変わる。 今まで幾度となく繰り返した攻防でシノビも数を減らしているが、このまま続けても竜哉が力尽きるのは時間の問題だろう。 だが、白衣はそれを待たなかった。ずっと地面に突き立てていた杖を掲げ、初めて自ら動いく。 「なっ‥‥! ララド=メ・デリタだと‥‥っ!?」 後退し呼吸を整え再び白衣に迫ろうとした竜哉が、目の前に出現したものに絶句する。 突如虚空に現れた灰の光球。周りを覆う空気さえも灰燼にせしめんとは竜哉に迫るそれは、魔術師が使う中でも超高位の魔術だ。 「灰になるといいですよ!」 「くっ‥‥ここまでか‥‥!」 竜哉の冷静さは失われていなかった。灰の光球を前に反転、一気に海に身を躍らせた。 ●陵千 「待って!」 ずっと隠密を保ってきたユリアが突然声を上げ一行を止めた。 「む、どうしたのじゃ。敵かえ?」 「違う‥‥アヤカシよ」 声低く緊張の色を含んだ声でユリアが実を低くする。もう陵千の街の境である低い木の杭の柵は目の前に見えている。 ユリアが感じたアヤカシの気配。それは柵の内側、陵千の中から発せられていた。 「アヤカシ‥‥しかし、ここは敵方の本拠地の筈。もしや敵は‥‥」 「アヤカシにやられたのでしょうか‥‥?」 今まで心津にアヤカシが出た事はなかった。アヤカシの生成に負の感情がここにはほとんどないのだ。それほどまでに心津は田舎である。 「分からないわ‥‥でも、このまま出ていくのは危険ね。――真由良」 「はい。人魂を放ってみますね」 ユリアに名を呼ばれるよりも早く、真由良は符を羽虫に変化させていた。 瞳を閉じ式に感覚を同期させる真由良の報告を三人はじっと待つ。 視線が暗転し、次に目を開けた時には眼下を陵千の景色が高速で流れていく。 式は霧の立ち込める陵千を通り沿いに進む。しばらくして、それは突然霧の中から現れた。 初めは音。カシャンカシャンとまるで重鎧を着こんだ騎士が行進する様な、規則正しい金属音が近づいてくる。 そして姿。それは音に同じく人の背の倍はあろうかという巨大で首の無いアーマーであった。 「‥‥」 「真由良様、いかがでしたか‥‥?」 瞳を開けた真由良の顔を、更紗が覗き込んでくる。 「首の無いアーマーの様なものが、三体通りを闊歩しています。‥‥アヤカシ兵器、といわれるものかと」 「アヤカシ兵器ですか‥‥噂では自爆するとも‥‥」 「どうしましょうか。街の中へ入れば領主屋敷まで式を飛ばす事も出来ますが‥‥」 伺いを立てる様な真由良の視線に、ユリアはちらりと視線を落した。 「‥‥止めましょう。アヤカシがいるのなら体勢を立て直さないとダメだわ」 戦力が足りないと言ってもここには開拓者が三人もいる。多少無茶でも会敵して相手の戦力を探るくらいはできただろう。 しかし、ユリアは即時撤退を提案した。能力が不明なアヤカシとやり合い、万が一のことがあってはと考えたのだ。情報を持ち帰ることが第一。そして、見上げてくるこの瞳を守る事も。 「‥‥懸命な判断かと思います」 「異存はありませんわ」 二人もユリアの意図するところを悟ったのか、しばしの黙考の末、提案を歓迎した。 |